危険な猫ちゃん
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/15 19:12



■オープニング本文

 泰国の首都、朱春。夜の帳が落ちても賑う街の、裏通りを歩く人影が2つ。
「先輩、飲み過ぎですよ〜」
 苦笑いを浮かべながら、酔っ払いに肩を貸している眼鏡の男性。2人共、歳は20歳前後くらいだろう。
「イイだろ!? 酒飲んで酔ってるんだから、俺は正常だぁ!」
 意味不明な事を口走る先輩。完全なるよっぱらいである。顔が赤く、足元がフラフラしている。
「はいはい。それは分かりましたから、飲み過ぎに注意して下さいね?」
「あぁ!? 俺は飲んで無ぇ! ただ……酔っ払ってるだけだっ!」
 大きく溜息を吐く後輩。会話が成り立たない事を再認識したようだ。
 裏通りを進む2人の前に、1匹の猫が飛び出して来た。甘えるように近寄り、先輩の足にジャレつく。
「お、カワイイ猫だな……食べちまうぞ♪」
 本気とも冗談ともつかない発言をしつつ、先輩は猫を抱き上げる。そのまま、ワシャワシャと頭を撫で始めた。
「先輩、猫はもっと優しく扱わないと」
「お前、メスか? お前が人間だったら、相当な美人だろうなぁ〜」
 後輩の意見をキレイに無視し、尚も先輩は猫を撫でる。猫は嫌そうな声を上げると、彼の腕から無理矢理飛び下りた。
「ほら、嫌われちゃったじゃないですか」
「違う! 今の猫は、人間に変身しに入ったんだ! もうすぐ美人のネーチャンになって、俺の前に」
「ハイハイ、ソーデスネ。とりあえず、早く帰りますよ?」
 呆れながら先輩の話を聞き流し、肩を貸す後輩。暴れる先輩をなだめながら、二人は再び歩き始めた。
「うふふ♪」
 直後。
 二人の背後から妖艶な笑い声が響いた。振り返った先には、1人の美女。豊満な胸に、くびれた腰。その肌は雪のように白い。
 だが……その耳は猫のようにフサフサで、先端が割れた尻尾が生えている。
 明らかに、人間ではない。
「おぉ〜♪ 美人の猫ちゃん! 俺に会いに来たんだなっ!」
 後輩を突き飛ばし、美女に抱き付く先輩。美女が男性の背に手を回すと、その爪が猫のように鋭く伸びた。口元に歪んだ笑みを浮かべ、両手の爪を一気に突き立てた。
「っ!?」
 叫び声を封じるように、美女は先輩の口を塞ぐ。それは、口付けと言うより『口に噛み付いた』と言った方が正しいかもしれない。
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 悲鳴を上げながら逃げ出す後輩。暴れる先輩の背を引き裂くように、美女は腕を左右に広げた。血飛沫が舞い、空中に赤い花を形作る。そのまま、美女は先輩の喉笛を喰い千切った。先輩の体が一瞬痙攣し、そのまま崩れるように地に伏していく。
「ふふふ♪」
 楽しそうに、美女は爪の血を舐める。その姿が猫に変わると、闇の中に消えて行った。


■参加者一覧
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
ファムニス・ピサレット(ib5896
10歳・女・巫
仁志川 航(ib7701
23歳・男・志
大城・博志(ib7903
30歳・男・魔


■リプレイ本文

●囮作戦・甲
 薄い雲が空に広がり、満月を淡く覆う。満天の星空も悪くないが、霞掛かった月も風情があって良いモノである。
 淡い光の中、裏通りの北側を歩く人影…いや、酔っ払いが2人。
「今日は良い月だねぇ。綺麗過ぎて、ついつい酒が進んじゃったよ♪」
 ご機嫌な様子で空を見上げる、仁志川 航(ib7701)。足元がフラフラし、見ているだけで危なっかしい。
 隣を歩く、滝月 玲(ia1409)も同様である。酒の匂いをさせながら、提灯片手に千鳥足。典型的な酔っ払いの姿だ。
 とは言え、航も玲も『酔ったフリ』をして囮になっているだけで、本当に酔ってはいないが。
 そんな2人の前に、1匹の白猫が飛び出して来た。
「おお、愛いやつよのう♪ おぬしに酌などしてもらえたら天国じゃ」
 満面の笑みを浮かべ、玲は猫を優しく抱き上げる。航が猫の頭をそっと撫でると、甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らした。
 その様子を、暗闇の中から2人の開拓者が覗いている。
「あれが猫のアヤカシ、か。俺…金が貯まったら、猫又飼うんだ 」
 大城・博志(ib7903)は、そう言いながら猫に熱い視線を送る。恐らく、猫に思い入れがあるのだろう。
「それは貴方の自由ですが……『お約束』て言葉、ご存知ですか?」
 対照的に、トカキ=ウィンメルト(ib0323)は苦笑いを浮かべている。演劇や物語で、戦場でささやかな夢を語る者は死亡する事が多い。博志の行動がそれに当たるため、トカキなりに心配しているのだろう。
 突如、白猫は玲の腕から飛び降り、闇の中へと消えて行った。航は懐から耳栓を取り出すと、素早く耳に嵌める。数秒後、闇の中から猫耳の美女が姿を現した。
 玲は驚異的速度で移動し、アヤカシの虚を突いて羽交い絞めを極める。更に、両腕の筋力を一時的に増加させて敵の動きを封じた。危険を感じたのか、猫女は抵抗するように激しく体を捻る。
「おやおや、熱烈な抱擁はお気に召さなかったみたいですね」
 不敵な笑みを浮かべながら、玲は腕を放した。素早く太刀を抜き放つと、唐竹に振り下ろす。そのまま更に踏み込んでの横薙ぎ。切先がアヤカシの体を深く斬り裂き、黒い霧のようなモノが立ち昇った。
 怒りの形相で、猫女は爪を振り下ろす。玲は後ろに跳び退いてそれを避けたが、猫女は地を蹴って腕を突き出した。爪が玲の肩を斬り裂き、赤い線が刻まれる。
 直後、航は武器に炎を纏わせた。玲に集中している猫女に、背後から遠慮無く斬撃を浴びせる。
「美人を斬るのはもったいないけど、綺麗な顔は傷付けたくはないからね」
 敵が振り向くよりも早く、殺気を込めたフェイントを絡めての2撃目。炎が猫女の肌を焦がし、斬撃で傷が広がる。黒い霧が立ち昇る中、航の体が聖なる光に包まれた。
「久々ですねぇ、魔術を使うのは。やはり、こっちの方がしっくり来る」
 ホーリースペルを発動させたトカキが、口元に笑みを浮かべる。彼が指を鳴らすと、風が渦を巻いて真空の刃と化し、猫女に降り注いで全身を斬り刻んだ。
「純真な猫好きの心を玩びやがって……俺が引導を渡してやるぜっ!」
 『ビシッ』と指を差しながら、怒りを露にする博志。杖を振ると、先端から聖なる矢が2本放たれた。それが猫女の胸と胴に突き刺さると、全身が黒い霧の塊と化し、空気に溶けて消えていった。黒い雫が数滴落ち、路地を汚す。
「まずは1体、だね。さぁ、次のアヤカシを探そうか」
 言いながら、耳栓を外す航。顔を見合わせて軽く頷き、4人は裏通りを更に奥へと進んで行った。

●囮作戦・乙
 同時刻、裏通り南側。こちらでも、アヤカシを誘き出す作戦が進んでいた。
 酒を染み込ませた手拭いを懐に入れ、酔ったフリをしながら歩く九竜・鋼介(ia2192)。
 彼の両側で、此花 咲(ia9853)とファムニス・ピサレット(ib5896)が体を支えている。その様子は、まるで酔っ払いを介抱しているようだ。
 水月(ia2566)は若干後ろを歩きながら、周囲をきょろきょろと見回して猫を探している。
 4人が角を曲がると、道の真ん中に三毛猫が座っていた。
「おぅ三毛猫、お前さんも飲むか〜?」
 酒瓶片手に、フラフラと歩み寄る鋼介。咲は笑顔で猫を抱き上げ、優しく頭を撫でた。その様子を、水月が羨ましそうに眺めている。
「水月さん……もしかして、撫で撫でしたいんですか?」
 ファムニスの言葉に、水月はブンブンと首を横に振った。その表情は変わらないが、頬は真っ赤に染まっている。ある意味、分かり易い。
 三毛猫は咲の腕の中で甘い鳴き声を上げると、スルリと抜け落ちて闇の中に消えて行った。それを見て、水月以外の3人が素早く耳栓を嵌める。程無くして、闇の中に猫耳女の姿が浮かび上がった。
「うや、綺麗なおねーさんですよ〜♪」
 油断した様子で、咲は猫女に近寄る。猫女は妖艶な笑みを浮かべると、鋭い爪を一気に振り下ろした。
 その瞬間、咲の顔色が変わった。爪を紙一重で避けると、霊刀の居合いが猫女の脇腹を深々と斬り裂く。傷口から黒い霧が噴き出す中、即座に刀を逆手に持ち替え、白く澄んだ気を纏わせて一気に斬り上げた。
「油断大敵――不意打ちをするのは、貴方達だけでは無いのですよ?」
 そう言って、咲は不敵な笑みを浮かべる。周囲に漂う梅の香と黒い霧を振り払うように、鋼介は兵装を抜き放った。
「狼と虎の牙…喰らってみるか?」
 言葉と共に猫女との距離を詰め、擦れ違い様に小剣で胴を斬り裂く。そのまま身を翻して猫女に向き直ると、大きく踏み込んで加速し、刀の刺突を放った。衝撃が猫女の脇腹を抉り、霧が雫となって地面を汚す。
「本当の猫さんは……みんなイイコなの」
 呟きと共に、水月は真っ白い子猫の式が召喚した。それが猫女の手足に絡み付き、動きを阻害する。子猫の式が猫女を捕縛する姿は、猫好きが見たら悶絶しそうな光景である。
 更に、水月がスローテンポの曲を唄うと、緑色に輝く燐光が舞って味方の抵抗力が上昇した。
「猫ちゃんは好きですが…アヤカシなら、容赦しません…!」
 ファムニスは両手を突き出し、掌に精霊力を集中させる。それが小さな光弾と化して放たれると、白い軌跡を描きながら猫女の喉を撃ち抜いた。直後、アヤカシの体が崩れ落ち、黒い霧になって空気に溶けていく。子猫の式が水月の元に戻った時には、猫女の姿は完全に消えていた。
 アヤカシの消滅を確認し、耳栓をしていた3人はそれを外した。
「一丁あがりだな。さて…探索を続けようかぁ♪」
 再び、酔ったフリをする鋼介。先程と同じように咲とファムニスが体を支え、水月が周囲を見渡す。
 夜は、まだ長くなりそうである。

●甲と乙の共演
「おぅ。こんな所で会うなんて、奇遇だな。あんた等も飲んでるかぁ?」
 裏通りのほぼ中央で、鋼介の陽気な声が周囲に響く。2手に別れて探索していた甲班と乙班だったが、ここに来て再会したのだ。
「見ての通りじゃ♪ さっきまでは、愛い奴が1人おったんだがのぅ」
 上機嫌な酔っ払いを装う玲。『愛い奴』は、言うまでも無くアヤカシの事である。
「そうそう、美人さんだったよねぇ。嫌われちゃったけどさ」
 苦笑いを浮かべながらも、航は千鳥足を忘れない。
「私達と同じですねぇ。さっきまで『ないすばでぃ』なお姉さんが居たんですよっ♪」
 満面の笑みを浮かべ、自慢するように口を開く咲。
 4人共本物の酔っ払いに見えるが、誰一人酔ってはいない。なかなかの芸達者振りである。
「まだ酔ったフリをしてるって事は…向こうも目標を達成してないみたいですね」
 囮役の会話を聞き、トカキが冷静に状況を分析する。実際、依頼成功の撃破数に至っていない。
「あぁ。それにしても……『ないすばでぃ』な猫か…!」
 俯きながら、拳を強く握る博志。恐らく、乙班のアヤカシが気になっているのだろう。
「……あ」
 周囲を見渡してした水月が、小さく声を上げる。その視線の先には、虎猫と黒猫の姿があった。
「あの猫……2匹とも、アヤカシですね」
 ファムニスが展開していた結界が、アヤカシの瘴気を捉える。それを知ってか知らずか、咲は無邪気に虎猫を抱き上げた。
「ぁはー、可愛い猫さんなのですっ♪」
 そのまま、優しく頭を撫でる咲。その隣では、黒猫が男3人に遊ばれていた。
 が、それも束の間。2匹の猫は甘い鳴き声を上げると、逃げるように消えて行った。鋼介、咲、ファムニス、航の4人は、準備して来た耳栓を素早く嵌める。月光が降り注ぐ中、虎猫と黒猫の美女が笑みを浮かべながら歩み寄って来た。
「ジーザス……虎猫と黒猫の美人なんて、反則過ぎるだろ!?」
 驚愕の表情を浮かべ、叫ぶような声を上げる博志。どうやら、猛烈にツボだったようだ。
 対照的に、玲は太刀を抜き放ち、瞬時に黒猫の懐まで踏み込む。
「今度は、熱い抱擁ナシでいきますよ!」
 裂帛の気合と共に太刀を鋭く振り、黒猫女の胸に『×』字の傷を深々と刻み込んだ。
 追撃するように、鋼介は大きく踏み込んで加速し、高速で刀を突き放つ。更に、擦れ違い様に小剣の斬撃で胴を斬り裂いた。
 深手を負って黒い霧を噴き出しながらも、黒猫女は体勢を低くして甲高い鳴き声を上げた。その不快さに、全員が耳を押さえて苦悶の表情を浮べる。特に、航は頭を抱えながら、崩れるように膝を付いてしまった。
 黒猫女は口元に歪んだ笑みを浮かべ、航に近寄る。拳を軽く握って開くと、鋭い爪を彼の肩に深々と突き立てた。
「ぐっ……がぁぁぁ!!」
 悲鳴のような、雄叫びのような声を上げる航。両手の兵装を交差させるように素早く振り抜き、黒猫女の腕を斬り落とした。その様子は尋常では無く、目の焦点が合っていない。
「錯乱を引き起こす鳴き声か…同士討ちが怖いねぇ…声だけに怖ぇ〜ってな」
 苦笑いを浮かべながら、駄洒落を口にする鋼介。航の一番近くに居たのがアヤカシだったのは、不幸中の幸いだろう。
 片腕を失ったアヤカシは、驚愕の表情を浮かべながら後方に跳び退く。
「戦闘中に背を向けるなんて、油断し過ぎですね」
 静かに言い放ち、咲は霊刀を抜く。刀身に白く澄んだ気を纏わせ、一気に横に薙いだ。斬撃が胴を両断し、黒猫女の姿が一瞬で黒い塊となって空気に溶けていった。
 咲は霊刀を納め、逆の手で名刀を抜く。残った虎猫女に向き直ると、梅の香を漂わせながら名刀を振り下ろした。切先が虎猫女の肌を裂き、黒い霧が漏れ出す。
「静かな夜の唄で……落ち着いて」
 水月の穏やかな歌声が周囲に響いた。安らぎを与える子守唄が航に作用し、精神を落ち着かせていく。
「あ…ありがとう、水月…さん」
 軽く頭を振りながら礼を述べる航。その瞳には、正気の色が戻っていた。
「皆さんに…優しい祈りの唄、を」
 薄緑色の燐光を舞い散しながら、水月はスローテンポの曲を歌う。
 その唄を邪魔するように、虎猫女は鳴き声を上げた。甲高い声だが、黒猫女の時よりも不快感は少ない。水月の歌声が、全員の抵抗力を上昇させたからである。
 腹いせをするように、虎猫女は虚空を引っ掻く。発生した真空の刃が飛来し、水月の腕を斬り裂いて鮮血が舞った。
「わ、航さん! 水月さん! 大丈夫ですか!?」
 心配そうに声を上げるファムニス。彼女の杖から爽やかな風が発生し、航と水月を優しく包んだ。風の精霊力が、2人の負傷を癒していく。
「後方支援は間に合ってるみたいですね。俺は……嫌がらせに徹しますか」
 不敵な笑みを浮かべながら、トカキは指を鳴らした。空気の渦が虎猫女を飲み込み、真空の刃が無数に降り注いで全身を斬り刻む。黒い霧は、風に飛ばされて消えていった。
「美人局なアヤカシは、キッチリお仕置きしてやるぜっ!」
 博志の叫びと共に、2本の聖なる矢が生まれてアヤカシに飛来する。それが空気の渦を突き破り、虎猫女の体に深々と突き刺さった。
 双眸に怒りの炎を燃やしながら、虎猫女は左右に真空の刃を飛ばす。それがファムニスの太股とトカキの肩を斬り裂き、赤い飛沫が散った。
「エグいですねぇ…見えない攻撃ってのは」
 痛みで苦笑いを浮かべるトカキ。彼自身、魔術で真空の刃を飛ばしているので、他人の事は言えない気もするが。
「さて、そろそろ幕引きにしましょうか…!」
 玲は虎猫女との間合いを詰め、太刀を横に薙いだ。更に一気に突き出し、刀身を深々と突き立てると、傷口から黒い霧が溢れ出す。ほんの数秒で、虎猫女の姿は大気に溶けて消えていった。

●猫で始まり、猫で終わる
「やれやれ…酷い目に遭ったよ。もう、猫はコリゴリだねぇ」
 無事にアヤカシを撃破し、耳栓を外す航。錯乱させられた事もあり、その表情は猛烈に微妙そうだ。
「でも、悪いのはアヤカシですよ。猫さん達はカワイイのです!」
 拳を握り、熱弁する咲。その力強さに、手の中の耳栓が壊れそうである。
「畜生! 倒す前に、存分にモフり弄り触り捲れば良かったぜ!」
 悔しそうな表情で、博志は壁を叩く。咲と同じで、相当な猫好きのようだ。
「あの…トカキさん! お怪我は大丈夫ですか!?」
 心配そうな表情でトカキに駆け寄るファムニス。そんな彼女も、太股から出血しているのだが。
「俺よりも、あたなの方が傷が深そうに見えますけどね」
 顔を見合わせ、軽く笑みを浮かべる2人。スキルを発動させて互いを癒すと、出血が止まって傷痕すら残らなかった。
「疲れてるトコ悪いんだが…アヤカシの気配を探って貰えないか?」
 鋼介の頼みに、ファムニスは無言で頷く。彼女の体が微かな光を放つと、周囲に結界が形成された。その範囲内に、瘴気は感じられない。
「えっと……周囲にアヤカシの気配はありません。多分…」
 自信なさそうに答えるファムニス。だが、他のメンバーは安心して胸を撫で下ろした。
「これで、安心して酒も飲めるってもんさね」
 満面の笑みで、玲は酒瓶を撫でる。今度は、本当に酔ってしまいそうだ。
「飲むなら、俺も付き合おう。仁志川も一緒にどうだ?」
 鋼介に誘われ、微笑みながら頷く航。依頼が成功した日は、ハメを外すのも悪くないだろう。
「なぁ…もうアヤカシは居ないって事は、アレは普通の猫だよな?」
 博志が指差す先で、数匹の猫がこちらを覗いていた。恐らくは、この辺りを縄張りにしている野良猫だろう。女性陣3人が軽く手を振ると、猫達は一斉に駆け寄ってジャレついてきた。皆で猫を可愛がる中、トカキだけは複雑な表情で後ろに下がる。
「トカキさん? どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと……ね」
 玲の問いに、曖昧な返事を返すトカキ。猫や犬が嫌いなため、あまり近寄りたくないのだろう。
 水月は真っ白な猫を胸に抱き、その耳に口を近付けて呟いた。
「もう大丈夫…だよ」