パンダさん、ご乱心
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/08 23:55



■オープニング本文

「め゛え゛え゛え゛ぇ゛!」
 村中に響く、荒くれた獣の叫び声。視線を向けた先では…白と黒のモフモフした物体、パンダが暴れ回っていた。
 意外な事に、パンダの鳴き声は羊に似ている。普段は大人しいのだが、野生動物特有の凶暴な面も持っているため、暴れる事も少なくない。
 とは言え…目の前で起きている光景は『異常』としか表現出来ないが。
 愛くるしいパンダが群れを成し、村を縦横無尽に疾走。収獲前の作物を発見すると、数匹が畑に飛び込んだ。土に塗れながらも芋や大根を掘り返し、一心不乱に喰い漁っている。
 違う場所では、豚舎や鶏舎の柵を跳び越えて乱入。家畜に襲い掛かり、容赦なく犬歯を突き立てた。
 笹を見付けたパンダ達は、地下茎ごと豪快に引っこ抜く。それを奪い合いながらモグモグする姿は、ある意味可愛らしいが。
 突然の襲撃に、驚きと恐怖で放心状態の村人達。幸いと言うべきか…パンダ達は住人に全く興味を示していない。近寄る者を威嚇しているが、襲う気は無いようだ。
「ど…どうしましょう、コレ」
「どうって……開拓者様に依頼するしかないだろ。俺達じゃ、手も足も出せねぇし」
 村長らしき老紳士の命令で、1人の青年が走り出す。一般人は誰も気付いていないが…パンダの体から、瘴気が漏れ出ていた。


■参加者一覧
建御雷(ib2695
17歳・男・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476
48歳・男・泰


■リプレイ本文


 清々しい秋晴れの昼下がり。大量の荷物を乗せた2台の荷車が、泰国を疾走している。それを引いているのは、4人の開拓者達。その姿に、周囲の視線が集まっていた。
 荷物の量が多過ぎるワケでもなく、珍しい物を運んでいるワケでもない。移動速度は飛脚並みに速いが、度を越した超高速というワケでもない。
 だとしたら、何故注目を浴びているのか? 答えは、『長身のパンダが荷車を引いているから』である。
 正確には、全身にボディペインティングを施したからくり。体型を似せるために手足や胴に古座布団を巻き付け、その上から塗装している。毛色の再現率は本物と見紛う程に高く、特に顔の出来は『見事』の一言。
 とは言え…瞳は赤く、カイゼル髭のようなパーツが付いているため、パンダなのに皇帝のような威厳に溢れているが。
「あ、あの〜…テラドゥカス様? ちょっと、質問したい事が…」
「分かっておる、みなまで言うな…全ては、わしの相棒の仕業なのだ」
 恐る恐る、建御雷(ib2695)がパンダ皇帝に質問を投げ掛ける。鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)はそれを遮り、一旦脚を止めて大きな溜息を吐いた。
「羽妖精のビリィという奴が居るのだが、『パンダに同族だと思わせれば、言う事を聞くかもしれない』と、わしの全身に塗料を塗りおったのだ」
 明後日の方向を見詰め、溜息混じりに状況を説明するテラドゥカス。朋友の提案はイイ線をいっているが……何かを致命的に間違っている気がしてならない。彼自身はペイントに乗り気じゃなかったが、それでも断らない辺り、朋友には若干甘いようだ。
「そっかぁ〜、あたしとお揃いだねっ♪ パフォ〜♪」
 楽しそうにパンダの鳴き真似をしたのは、リィムナ・ピサレット(ib5201)。その姿が陽炎のように揺らいだ直後、小柄な少女が一瞬でパンダへと変貌を遂げた。仮装や着ぐるみの類ではなく、毛並はフサフサのモフモフで可愛らしい。
 どこから見ても本物のパンダにしか見えないが、当のリィムナは小柄な少女のままだったりする。彼女自身が変わったのではなく、周囲の認識をズラして錯覚させているのだ。
 リィムナの変貌に若干驚きながらも、開拓者達は荷物の輸送を再開。パンダが2匹に増えた影響か、すれ違った一般人は誰もが驚きの表情を浮べていた


 荷車を引く事、数十分。ようやく、目的地の村が見え始めた。異常が起きているのは、遠目からでも一目瞭然。普段は大人しいパンダ達が、縦横無尽に暴れ回っている。
 家屋は崩れ、田畑は荒らされ、人々の悲鳴が飛び交う。この地獄絵図を作り出しているのは、アヤカシで間違いない。その証拠に、パンダの体から微量の瘴気が漏れ出ている。
「あんなに暴れて…一体どうしちゃったのかしら? きっとゴル…いえ、アヤカシの仕業よ! ゆ゛る゛せ゛な゛い゛!」
 惨状を目の当たりにし、元凶のアヤカシに怒りを燃やす雁久良 霧依(ib9706)。怒りで感情が昂り過ぎたのか、若干声が野太くなっている。もし荷車を引いていなかったら、彼女は空を駆けるイキオイで突撃していたかもしれない。
「早く止めなきゃね! まずは…こっちに誘導できるか、試してみるよ」
 そう言って、リィムナは荷車から食べ物を取り出した。仲間達には村の入り口付近で待機して貰い、歩いてパンダ軍団に近付いていく。彼女の接近に気付き、暴れていたパンダ達は明確な敵意を向けてきた。
 リィムナの姿は、周囲からパンダに見えている。それは動物でも同じだが…彼女はパンダ姿のまま、二足歩行で接近しているのだ。怪しさ大爆発である。
 その事に気付いたのか、リィムナは立ち止まって地面に腰を下ろした。パンダの仕草を真似し、食べ物を頬張ってみせる。彼女の元気な食べっぷりは、美味しい餌にありつく動物のようだ。
 同族の食事姿に興味を引かれたのか、パンダ達が徐々に集まり始めた。その大半はリィムナに注目しているが、一部のパンダは鼻をクンクンと鳴らしながら周囲を見回している。数秒後、視線と鼻が荷車の方向で止まった。
「め゛え゛え゛え゛ぇ゛!」
 雄叫びのような鳴き声を上げ、十数匹のパンダ達が一斉に駆け出す。どうやら、荷車の食糧に気付いたようだ。
 積荷を守るため、リィムナは踊りながら歌声を響かせる。眠気を誘う曲がパンダ達の精神に作用し、数匹を眠りの底へと落としていった。
 が、彼女の歌声が効かなかったパンダも居るし、別の方向から接近して来る個体も少なくない。建御雷は弓を握り直し、荷車の前に立ち塞がった。
「来ましたね。荷物に手出しさせませんよ!」
 力強く叫び、矢を番えて狙いを定める。このまま射抜く事は簡単だが、操られているパンダに罪は無いし、傷付ける気もない。建御雷の技量なら、パンダ達の足元を狙って威嚇するのも難しくないだろう。
 建御雷が矢を放つより早く、テラドゥカスは大きく息を吸い込んだ。
「メ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛! (訳:これ同輩、大人しくするがよい)」
 周囲に響く、貫禄のある重低音。説得の想いを込めて放った咆哮は、残念ながらパンダ達には効かなかったようだ。動きを止めるどころか、余計に殺気立っているようにも見える。
「うふふ♪ 情熱的なのは嫌いじゃないけど…オイタは駄目よ?」
 妖艶な笑みを浮かべながら、霧依は指を鳴らした。直後、荷車の周囲に鉄の壁が出現。文字通り、『鉄壁の守り』で防御を固めている。
 食糧への道を塞がれ、怒りの表情を見せるパンダ達。爪や牙を剥き出しにし、開拓者達に襲い掛かってきた。
 リィムナは迫り来る爪を踊るように避け、『パフォ〜♪』という鼻歌に眠りの力を乗せて放つ。それを聞いたパンダが、次々に卒倒。『パンダがパンダを眠らせる』という、他に類を見ない光景が広がった。
 テラドゥカスはパンダを傷付けないよう細心の注意を払いつつ、古座布団を巻いた部位で爪や牙を受け止める。間髪入れず背後に回り込み、羽交い絞めして動きを止めた。
 若干、テラドゥカスが喜んでいるようにも見えるが…もしかしたら、パンダの抱き心地が気に入ったのかもしれない。
 足止めしている隙に、霧依が眠りの呪文を唱える。それを聞いたパンダは一瞬で眠りに落ち、愛らしい寝顔を開拓者達に晒した。
 睡眠状態のパンダは放置しても良いが、目を覚ました時に暴れられたら厄介である。それを未然に防ぐため、霧依と建御雷は荒縄でパンダを捕縛。身動きを封じて地面に転がした。
 4人の活躍で、視界からパンダが次々に減っていが……事件の元凶になったアヤカシは、まだ見付かっていない。リィムナは特殊な片眼鏡で瘴気の流れを見ているが、近くにあるのは微弱な反応ばかり。恐らく、アヤカシは村の奥に潜んでいるのだろう。
「みんな、後はお願いっ! あたしは『真の敵』を倒してくるからさっ!」
 瘴気の流れを目で追いつつ、仲間達に声を掛けるリィムナ。パンダを無力化しても、アヤカシを倒さない限り事件は終わらない。敵がどこに居るか分からないが、瘴気の反応を辿ればアヤカシに行き着くハズである。
「待て、わしも共に行く。幼子1人では危ないからな」
 パンダを地面に寝かせながら、テラドゥカスが同行を申し出る。彼の提案に、リィムナは嬉しそうに『パフォ♪』と返事をした。
「お2人共、気を付けて下さいね? 荷物の護衛は、僕と霧依様に任せて下さい」
 開拓者達が引いてきた荷車には、村の住人への救援物資が乗っている。アヤカシを倒す事も大切だが、物資が荒らされては元も子もない。建御雷の黒い瞳は、周囲を注意深く警戒していた。
「万が一怪我したら、私に任せて。怪我人でも怪我パンダでも怪我家畜でも、まとめて癒してあげるわ♪」
 霧依に癒して貰えるのは心強いが…パンダや家畜と一緒にまとめられるのは、少々複雑な気持ちである。軽く苦笑いを浮かべながらも、2人は村の奥へと駆け出した。


 村の奥には、数匹のパンダが残っていた。襲撃はテラドゥカスが受け止め、リィムナがパンダを眠らせながら、瘴気を辿って進んで行く。広場らしき場所に着いた瞬間、彼女の瞳が不審なパンダを捉えた。
 パッと見、怪しい所は全くない。むしろ、二足歩行パンダやパンダ皇帝の方が怪しいくらいである。リィムナが目を付けたのは外見ではなく、瘴気の流れと量なのだ。
(パンダっぽいのがいるけど、さっきの子達とは瘴気力が違う…だったら!)
 片眼鏡を通して感じる、大きな瘴気の流れ。自身の予測を確認するため、リィムナは釘状の暗器を投げ放った。
 無論、直撃させるような野暮なマネはしない。暗器の先端をギリギリで掠め、体表に小さな傷を作った。そこから薄っすらと血が……出ない。代わりに、瘴気がゆっくりと漏れ出ている。
「ビンゴ! あいつはアヤカシ確定!」
「アヤカシが相手なら遠慮せんぞ! 覚悟するがいい!」
 叫ぶや否や、2人はアヤカシに飛び掛かった。正体を見破られたアヤカシは、パンダの姿をしたまま逃亡を謀る。
 が、豊富な行動力を誇るリィムナと、俊敏な機動力を持つテラドゥカスから逃げられるワケがない。ほんの一瞬で、アヤカシは前後を挟まれた。
 リィムナは正面に立ち塞がり、黄泉の世界から高位の怨霊式神を召喚。その呪われた力を連続で開放し、アヤカシに叩き込んだ。圧倒的な呪力が全身を駆け巡り、口から瘴気が吹き出す。
 追撃するように、テラドゥカスは敵の背後から体当たりを放った。鉄山靠と呼ばれる泰国拳法の技を昇華させ、命中と同時に練力を開放。衝撃を体内に送り込み、内側から破壊していく。
 2人の連続攻撃を喰らい、アヤカシの姿がパンダから瘴気へと変化。数秒もしないうちに、空気に溶けて消えていった。姿を消したのではなく、完全なる消滅。アヤカシの撃破を確認したリィムナは、満足そうに勝利のポーズを決めた。


 アヤカシを倒した後、念のために村中を索敵したが…結局瘴気の反応は無かった。パンダの方は洗脳が解けたらしく、今は大人しい。つい数分前まで大暴れしていたのが、ウソのようだ。
 合流した開拓者達は、村人達を救助しつつパンダも保護。怪我をした者は霧依が癒し、住人達に事情を説明してパンダに罪が無い事を伝えた。幸いな事に、死者も重傷者も1人も居ない。
 事態が落ち着いたのを見計らって、荷物を下ろして食糧を手渡す。予想外の救援物資に、村人達は驚きながらも嬉しそうだ。誰もが笑顔を浮かべ、感謝の言葉を口にしている。
 全ての荷物を渡し終えると、開拓者達は協力して荷車にパンダを乗せた。アヤカシは倒したが、パンダを放置したままでは『依頼を達成した』とは言えない。村人に見送られながら、4人は山を目指して荷車を引いた。
 このパンダがどこの山から来たのか分からないが、村に残すよりは自然に帰した方が良い。その前に……1つ、やり残した事がある。
「んん〜、抱き心地いいわねぇ♪ もっふもふ♪」
 満面の笑みを浮かべながら、霧依は山の中でパンダに抱き付いた。これだけのパンダと触れ合う機会は滅多に無い。少しくらい可愛がっても、バチは当らないだろう。
 リィムナはパンダ姿のまま、パンダ達とジャレ合っている。パフォパフォ鳴きながら抱き合ったり、でんぐり返しをしたり、心までパンダになっているようだ。
 積極的な女性陣とは対照的に、建御雷はそっとパンダに手を伸ばした。
(モフモフ…すっごくモフモフ。これは癒されるなぁ…)
 指先から感じる、心地良い手触り。このモフモフを触る事こそ、建御雷が依頼に参加した最大の理由だったりする。開拓者である前に、彼は17歳の青少年。珍しい生物に興味を示すのは、当然の事かもしれない。
 モフモフを充分に堪能したのか、建御雷は自分の荷物から茶器一式を取り出す。慣れた手付きで火を起こし、茶釜で水を沸かした。
 平行して急須に茶葉を入れ、人数分の湯呑を用意。沸騰したお湯でお茶を淹れ、仲間達に差し出した。
「皆さん、お疲れ様でした。お茶でも如何ですか?」
「あら、ありがとう♪ 後で、少しお湯を分けて貰えるかしら?」
 微笑みながら湯呑を受け取り、礼を述べる霧依。彼女がお湯を何に使うか若干気になったが、建御雷は快く頷いた。
 テラドゥカスは受け取ったお茶を即飲み干し、湯呑を返して深々と頭を下げる。リィムナはパンダに夢中なのか、お茶を飲まないでずっと遊んでいた。
 それから数十分後。太陽が若干西に傾いた頃、別れの時が訪れた。
「パンダよ…余り人里に近付くではないぞ? さあ、往くが良い」
 優しくパンダの頭を撫で、別れの言葉を贈るテラドゥカス。彼がパンダと戯れたのは、これが最初で最後だ。
 その言葉が通じたのか、パンダ達が山の奥へと歩いていく。開拓者達はパンダの背を見送り、リィムナはずっと手を振っていた。
 パンダの見送りが終わると、霧依は茶釜のお湯の温度を確認。熱湯ではないが、ヌルくもない丁度いい状態になっている。それを静かに運び、リィムナの頭から勢い良くかぶせた。
「わっ! 何するのっ!?」
 全身ズブ濡れになり、驚きと怒りの入り混じった声を上げるリィムナ。ビックリし過ぎたのか、パンダの姿だったのが少女に戻っている。
「いや、何となく…お約束?」
 彼女の質問に、霧依は意味深な言葉を返した。『お湯をかぶると人間に戻る』というのはどこかで聞いたような気もするが…深く追求したら負けである。多分。
 霧依はタオルを取り出し、ご機嫌ナナメなリィムナの全身を拭いていく。あらかた水分を拭き取ると、彼女を抱き寄せて頭を撫でた。
「パンダちゃんも可愛いけど、私はリィムナちゃんを抱っこする方が好きよ♪ とっても可愛いわ♪」
 甘い言葉に加えて、頬擦りをする霧依。これはリィムナの機嫌を取っているワケではなく、自分のしたい事をしているだけ。霧依にとって、リィムナはパンダよりも愛らしい存在なのだ。
「あ…うん、霧依さん大好き♪」
 恥ずかしそうに頬を染めながらも、リィムナは笑顔で霧依に身を任せた。彼女達の周囲だけ、空気が甘くなっているような気がする。
 そんな2人とは対照的に、テラドゥカスはパンダの去った方向に視線を向けていた。
「ビリィの奴を連れてくれば喜んだであろうな…」
 相棒と一緒に来れなかった事が、最後まで心残りらしい。ボディペイントが残る横顔は、哀愁の色に染まっていた。