ハロウィンの悲劇
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/18 21:59



■開拓者活動絵巻
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はがわ






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■オープニング本文

『Trick or treat♪』
 夜の広場に響く、子供達の楽しそうな声。誰もが魔女や吸血鬼に仮装し、目をキラキラと輝かせている。
 その期待に応えるように、仮装した大人達が、小袋に入ったお菓子を手渡す。子供達は嬉しそうに袋を受け取り、元気にお礼を言って駆けていった。
 天儀でもハロウィンが行われるようになってから日が浅いが、その規模は毎年大きくなっている。朱藩の安州では町の大通りを会場に、派手なお祭り騒ぎになっていた。
 お化けカボチャや天儀の提灯が周囲を明るく照らし、頭上を三角形の旗が彩っている。道路沿いの壁にはカボチャやコウモリの飾りが施され、お菓子やオモチャを売る露店も少なくない。和洋折衷極まりないが…気にしたら負けである。
 人が多く、祭りで賑わう会場…一般人にとっては楽しい時間だが、こんな状況でもアヤカシの陰は静かに近付いていた。
 最初に異変に気付いたのは、警備担当の男性。仕事を終えて会場近くの森を通った瞬間、異臭が鼻を突き抜けた。生臭く、鉄錆に似た匂い…それを追って森の奥まで進んだ瞬間、男性は胃の中の物を吐き出しそうになった。
 そこに広がっていたのは…血の海と、人間の『残骸』。体の一部だけが残され、無残に転がっていた。それは刃物で斬られた傷ではなく、『食い千切られた』跡に似ている。
 恐らく、全員が祭りの参加者なのだろう。魔女の帽子や、お菓子の小袋、カボチャやコウモリの装飾をした提灯が、血に濡れて転がっている。
 男性は踵を返し、祭りの運営者の元へ走った。状況を説明して祭りの中止を申し出たが…相手がアヤカシなら、それは逆に危険かもしれない。
 祭りが中止になったら、アヤカシは次に誰を狙うか…?
 会場に集まっていた『餌』が居なくなり、アヤカシは次の標的を探すだろう。恐らく…町全体を暴れ回り、無差別攻撃が始まる。そうなったら、今回以上の大惨事が起きてしまうだろう。
 悩んだ末…2人は『開拓者に協力を願う』という結論に至った。


■参加者一覧
奈々月纏(ia0456
17歳・女・志
慄罹(ia3634
31歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ウルイバッツァ(ic0233
25歳・男・騎
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476
48歳・男・泰


■リプレイ本文


 宵闇の安州を照らす、無数の提灯。その光に惹かれるように、大勢の一般人が広場に集まっている。
 仮装して騒ぐ者に、お菓子を欲しがる子供達。露店や屋台が大通りに並び、様々な装飾やお化けカボチャが町をハロウィンの雰囲気に彩っていた。
「おー。めっちゃ賑わっとるな♪」
 ゆっくりと周囲の様子を眺めながら、奈々月纏(ia0456)が楽しそうに微笑む。スーツを着て男装し、腰まで届きそうな黒髪はオールバックにしているが……髪を押さえているカチューシャには、狸耳が付いていたりする。
 彼女が若干小柄な事もあり、男装しているのに可愛らしい。纏はスーツの内ポケットから『ハロウィン仕様の饅頭』を取り出すと、それを頬張りながら歩き始めた。
『おい、纏。吾輩は何をすれば良い?』
 相棒の人妖、道明が言葉を発した瞬間、周囲の人々は耳を疑った。地の底から響くような、ドスの利いた重低音が聞こえたからである。
 その声の主は、和服姿でおかっぱ頭、身長50cm程度の人妖。一見すると天儀伝統の人形のようだが…吊り上がった大きな赤い唇と鋭い瞳が、独特の雰囲気を放っている。
 道明に周囲の注目が集まっているが、本人は全く気にしていない。纏は饅頭を飲み込むと、お茶をすすって一息ついた。
「きみなら、暗い場所でも見えるやろ? 怪しい奴が居ないか、周囲を観察して欲しいんやけど…」
『怪しい奴、か…その言葉に該当する者なら、あそこに居るが?』
 纏の頼みを聞き、小声で即座に言葉を返す道明。小さな手が指差す方向に視線を向けると、纏は少しだけ苦笑いを浮かべた。
 彼女の瞳に映ったのは……獅子舞。しかも、半纏や股引ではなく、スーツ姿の。天儀とジルベリア文化が、アンバランスで融合している。
 確かに外見は怪しいが、この獅子舞は纏と同じ開拓者。今回の依頼を共に受けた、仲間である。
『おじさんさあ…割とやる気ないよね。その格好、ナニ?』
 獅子舞の頭に座っている上級羽妖精…リプスが、下に居る人物に問い掛ける。相棒の言葉に、獅子舞がカタカタと歯を鳴らした。
「知らねえのかい、相棒。こいつは、天儀じゃあ割とポピュラーな化け物なんだぜ?」
『違うでしょ! それシシマイだよ! めでたいんだよ!?』
 主の発言に、リプスが間髪入れずツッコむ。恐らく、2人は日頃からこんなカンジの会話をしているのだろう。彼女の鋭い指摘を受け、獅子舞は頭と緑の布を外した。
 その下から現れたのは…口ひげと顎ひげがワイルドな中年男性、アルバルク(ib6635)。身なりには無頓着なのか、ネクタイは緩んでいるし頭髪は若干ボサボサになっている。アルバルクはリプスと視線を合わせると、ニカッと笑ってみせた。
「はっはっは。てな具合に、可愛がられるもんだ。『愛でたい』だろう?」
 中年男性特有の『オヤジギャグ』。この調子では、相棒に『おじさん』と呼ばれるのも仕方ないかもしれない。笑うアルバルクとは対照的に、リプスは呆れた表情で溜息を吐いた。
 そんな2人のやりとりを、複雑な心境で眺める男が1人。閻魔大王に仮装した、慄罹(ia3634)である。
 30歳を超えた彼は、自身の考え方が昔と変わった事を自覚していた。今回『子供達の笑顔を守りたい』という理由で依頼に参加したのも、歳を取ったからだと思っている。
 このままでは、自分もアルバルクのようなオッサンになるんじゃないか……そう考えると、一抹の不安が心に波を立てた。
「なあ、かぼすけ。俺、最近おっさん染みてきた気がするんだが…あんな感じか?」
『おぉ、拙者の同朋が大勢いるでごじゃるな。楽しみでごじゃる〜♪』
 不安になった慄罹が相棒に問い掛けるが、提灯南瓜のかぼすけは、周囲のかぼちゃランタンに興味津々のようだ。眼球は無いが、目の部分がキラキラと輝いているように見える。
 もっとも、周囲の人々は彼に興味津々だが。
 かぼすけは閻魔大王の補佐官に仮装し、烏帽子を被っている。手には普通のランタンを持ち、動くし話すし言葉も話せる。ハロウィンという事もあり、動くカボチャは子供や女性に大人気だ。
 相棒の無邪気で元気な姿に、慄罹は若干呆れながらも笑みを浮かべた。
『いくぜ! 新型駆鎧テラドゥカス、起動っ!』
 周囲に響く、元気な少女の声。次いで、貫禄ある濁声で『ま゛っ!』という言葉が返されると、子供達から歓声が上がった。
 騒ぎの中心に居るのは、鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)と、相棒の羽妖精…ビリティス。長身で金属質な外見のからくり、テラドゥカスが新型駆鎧の役を。その頭上にビリティスが座り、操縦士の役をしているようだ。
 ビリティスは自作のパイロットスーツに身を包んでいるが……極薄で体にピッチリ貼り付いているため、ボディラインが丸見えである。もっとも、本人は微塵も気にしていないが。
 テラドゥカスの方は、頭部に角のようなオプションを装着しただけ。簡単な仮装だが、それだけでも新型駆鎧のように見える。角は操縦桿に見立てて、ビリティスが握っている。
(やれやれだな。まさか駆鎧役とは予想外だが…まあ良いわ。存分に演じるとするか)
 心の中で溜息を吐きながらも、相棒の操縦に合わせて動くテラドゥカス。『動かされている』という状況は複雑な気持ちだが、周囲の注目を集める事には成功した。ここに人が集まっている分、他の場所で悪さをする者が居たら発見しやすくなるだろう。
 彼らを含め、この場に居る開拓者達はハロウィンの祭りを守るために来ている。昨夜遅く、この近辺で数人の惨殺死体が発見された。現場の状況から見て、被害者は祭りの参加者。加害者は…アヤカシで間違いないだろう。
 人々を守るためには祭りを中止すべきかもしれないが、アヤカシが町中を無差別に襲ったら被害は拡大してしまう。だから、祭りの主催者は開拓者の力を信用し、秘密裏にアヤカシを退治する方法を選んだのだ。
『テラドゥカス、ターボブーストだ!』
「はい、ビリティス」
 叫びながらチョップをかますビリティスに、テラドゥカスは不気味な程に穏やかな声を返す。直後、何の予備動作もなく加速し、一瞬で人混みの中を駆け抜けた。
 正に『目にも留まらぬ早業』に、人々は拍手喝采。更に人々を喜ばせるため、テラドゥカスは水平方向に跳んでみせた。白銀の巨体が宙に線を描き、15メートル近い距離を跳躍。それを目撃した人々から、拍手が送られた。
「凄い動きだなぁ。これは、僕も負けていられない…かな?」
 テラドゥカスのジャンプを目撃したウルイバッツァ(ic0233)が、呟きながら不敵な笑みを浮かべる。相棒のアーマー「人狼」改、スメヤッツァに搭乗すると、慣れた動きで手早く起動。駆鎧が動き出すと、周囲から歓声が上がった。
 今日のために、ウルイバッツァはスメヤッツァの胴体部分をカボチャと同じオレンジ色に塗装。頭部のタテガミは3本に増やして三角帽子を被り、顔はカボチャランタンに似せてペイントしている。本人が仮装していない分、相棒をハロウィン仕様にしたようだ。
 アーマーに乗ったまま、子供達に手を振るウルイバッツァ。時には広い場所でポーズをキメたり、おどけてダンスを踊ったりしている。その挙動は、ピエロに近いかもしれない。
「あたし達も行こうか、サジ太。まずは…仮装しなきゃねっ!」
 子供達の歓声を物陰から聞きながら、リィムナ・ピサレット(ib5201)は純白の大きな布をマントのように装着。その姿が蜃気楼のように揺らぎ、一瞬でもふらへと変化した。
 これも、開拓者のスキルの1つ。効果は見ての通り、自身の姿を違う生物に『誤認』させる事である。実際に彼女の姿が変わったワケでなく、『もふらとして瞳に映っている』と言った方が正しいかもしれない。
 準備を終えたリィムナは、相棒の輝鷹、サジタリオと共に移動を開始。アヤカシを探し出すため、青い瞳を周囲に向けた。


 警備やアヤカシの探索と言っても、今回は『一般人にバレない』事が重要になる。誰もが祭りを楽しむ『フリ』をしながら、周囲の動向に目を光らせていた。
「Trick or treat♪」
「ふむ、今宵は気分が良い。この菓子を其方にも分けてやるぞ」
 数人の子供に声を掛けられた慄罹は、微笑みながら相棒の口に手を突っ込んだ。提灯南瓜の口には、秘密のポケットが隠されている。そこからお菓子袋を取り出し、相棒に手渡した。
『分けてやるでごじゃる〜』
 出された袋を、かぼすけが子供達に手渡す。動くカボチャからお菓子を貰い、子供達は大喜び。嬉しそうに手を振りながら、大通りを駆けて行った。
 纏とリィムナは、屋台の団子を片手に大通りを散策。時には子供にお菓子を渡し、時には茶屋でのんびりお茶をすすり、祭りを楽しんでいる。
 2人が一緒に歩き始めてから約30分後。吸血鬼に仮装した男性と擦れ違った瞬間、彼女達の表情が一変した。人間とは違う、明らかに異質な雰囲気…一般人には分からなくても、彼女達は何かを感じ取っている。
「気ぃ付いた? 今すれ違った奴…明らかに怪しいわ〜」
 小声で話し掛けながら、纏は柏餅を懐にしまって呼子笛を取り出した。さっきの吸血鬼が本当にアヤカシなら、仲間達に伝えて警戒を促した方が良いだろう。
 リィムナは自作した赤い片眼鏡に練力を込めると、宝珠が反応してレンズの内側に数値が浮かんだ。これは、精霊力と瘴気の流れを測定した値。瘴気が感知されれば、アヤカシなのは間違いない。
「瘴気力、たったの5…ゴミもふね」
 彼女の言う『瘴気力』が何なのかは分からないが、気にしたら負けである。リィムナは片眼鏡を外してポケットに入れると、子供達に向かって大声で叫んだ。
「よい子のみんな〜! 僕と同じ様に歌って踊るもふ。そしたら…お菓子あげるもふよ♪」
 言うが早いか、元気に歌いながら簡単な踊りを披露するリィムナ。最初は子供達も恥ずかしそうにしていたが、1人が踊り始めるとそれに続き、あっという間に十数人のダンスが始まった。
 それに合わせて、纏は笛でリズムを取る。鳥の鳴き声のような甲高い音が大通り中に響き、開拓者達の耳にも届いた。
 リィムナのダンスと纏の笛は、どちらもアヤカシの出現を知らせる合図。視覚と聴覚、2つの方法を使えば、どちらかは必ず伝わるだろう。
 合図に気付いたウルイバッツァは、華麗な演舞を披露しているテラドゥカスに歩み寄った。
「そこの駆鎧さん。一人で踊ってても退屈でしょ? 僕と、手合せしてくれないかな?」
「ほう…わしに挑戦する気か? 奇抜な外見には似合わず、良い度胸だな」
 自身よりも大きなスメヤッツァを前にしても、テラドゥカスに退く気は無い。2人は大通りにある広場に移動し、正面から向かい合った。
 アヤカシが確認された今、一般人を守るには『現場に近付かせない』事が一番手っ取り早い。2人は戦う事で周囲の注意を引き付け、脚を止めようとしているのだ。
 空気が張り詰める中、ウルイバッツァは地面を蹴って突撃。一気に間合いを詰め、巨大な剣を振り下ろした。
 迫り来る切先を、テラドゥカスは流れるような動きで回避。反撃とばかりに、拳を突き出す。が…空気を切り裂くような一撃は、スメヤッツァの盾に防がれた。
 一進一退の攻防に歓声が上がる最中、アヤカシは標的を見付けたのか、数人組の女性客を尾行。彼女達は気付いていないが、その距離は徐々に近付いている。
「もふもふまじっく、始めるもふ〜♪ もふらうぃんぐ〜♪」
 アヤカシの動きに効きを感じたリィムナは、相棒に視線を送った。彼女の意図に気付いたサジタリオは、激しい風となってリィムナと同化。彼女の背中から、光の翼が生えた。
 子供達が驚きの声を上げるより早く、リィムナは飛び上がってアヤカシに急接近。着用していた白い大布を外すと、敵の頭上から被せて姿を隠した。
 直後。高位の怨霊系式神を召喚し、呪われた力を連続で叩き込む。音も姿も匂いも無い式神は一瞬でアヤカシを瘴気に還し、文字通り完全に『消滅』させた。
 タネも仕掛けもない『人体消失』マジックに、周囲の人々は大満足。アクロバティックに動き回るもふらに、拍手と賛辞が送られている。リィムナは照れ臭そうに微笑むと、さっきの約束通り、子供達にお菓子を配り始めた。
「泥棒〜〜〜!!」
 丁度その頃。大通り内の別の場所では、狼男に仮装した者が財布を盗んで逃げていた。被害者は、金持ちそうな老婆。逃げる狼男を、数人の男女が追っている。
『なにゅ! 拙者らの宴に不届き者が…それは退治しなきゃでごじゃる!』
 老婆の悲鳴を聞き、興奮気味に叫ぶかぼすけ。ハロウィンの主役が自分に似たカボチャという事もあり、若干テンションが上がっているのかもしれない。提灯をブンブンと振りながら、狼男の進路に飛び出した。
 突然現れた朋友を前に、狼男の殺気が一気に膨らむ。左手に瘴気が集まり、硬質化して鋭く長い爪と化した。瘴気を操る怪異…アヤカシ。恐らく、狼男はこのまま人通りの少ない方向に逃亡し、追ってきた者を喰うつもりなのだろう。
 幸か不幸か、日が暮れて薄暗いため、瘴気に気付いた一般人は居ない。無論、慄罹は狼男がアヤカシだと勘付いている。笏に見立てた鉄扇を手に、相棒同様、敵の進路に飛び出した。
「その方に裁きを申し渡す…汝に授ける菓子はないっ! 散れぃっ!」
 演技を交えつつ、慄罹は鉄扇に精霊力を収束。狼男が爪を振り下ろすと、それを紙一重で避けながら兵装の殴打を叩き込んだ。鉄扇が敵の体に触れた瞬間、精霊力を一気に解放して衝撃を送り込む。
 慄罹の攻撃に合わせて、かぼすけは小さな火の玉を2つ生み出した。それが狼男の周囲を飛び回り、人々の注意を逸らす。その間に、慄罹は懐から紙吹雪を出し、頭上に舞い上げた。
 閻魔様の裁きが炸裂して火の玉が生まれ、狼男は紙吹雪の中に消えていく…それが、慄罹達の演出である。その狙い通り、アヤカシは一瞬で瘴気に還り、夜の闇に溶けていった。
 目の前で起きた光景に、驚きを隠せない一般人達。慄罹が財布を拾って老婆に手渡すと、割れんばかりの拍手が湧き上がった。
 遠くから聞こえる歓声に、拍手の音。仲間達の活躍でアヤカシが消滅した事を確信し、ウルイバッツァとテラドゥカスは視線を合わせて動きを止めた。このまま睨み合い、テキトウな理由で戦いを中止するのは難しくない。
 だが…そんな2人の思惑を打ち砕くように、人混みを飛び越えて長身のゾンビ男が乱入。ヤル気マンマンなのか、無駄に殺意を振り撒いている。状況的に、このゾンビ男もアヤカシで間違いない。
 ゾンビ男の登場に、盛り上がる観客達。どうやら、これも演出の一種だと勘違いしているらしい。だとしたら…これを利用しない手はない。
「おっと、大胆な登場だね。僕達の勝負を邪魔するなら…手加減しないよ?」
「若造、一時休戦だ。この空気を読めぬ乱入者に、灸を据えるとしよう…!」
 少々芝居がかった台詞を口にし、ウルイバッツァ達が身構える。そのままタイミングを合わせ、ゾンビ男に突撃した。
 数分前まで敵対していた2人が協力し、新たな敵と戦う……ベタな展開ではあるが、盛り上がるのも事実。加えて、2メートルを超える巨体の戦闘は迫力がある。観客達の目は釘付けになり、誰もが熱狂していた。
「お〜お〜、派手にやってるねぇ。行ってこい、リプス。後は任せたぜ〜」
 騒ぎを聞き付けて覗きに来たアルバルクは、けだるそうに相棒を促す。リプスは軽く溜息を吐きながらも、彼の頭から飛び立った。アヤカシの死角に潜り込み、両手の兵装に力を込める。
『黄金色の妖精剣技を、みーるーがーいーいー!』
 可愛らしい叫びと共に、黄金色の片手剣が一瞬光った。左右の兵装を素早く振り抜き、敵の背面に傷を刻み込む。不意討ちに近い一撃に、アヤカシの動きが一瞬止まった。
 その隙を狙い、ウルイバッツァは兵装に練力を集めて素早く突撃。豪剣の刀身から青白いオーラを放ちながら、斬撃を放った。切先が斜めに奔り、敵の胴を深々と斬り裂く。
 傷口から瘴気が吹き出すより早く、テラドゥカスは左右の拳を突き出した。素早い攻撃が空を切り、連撃が直撃して衝撃が駆け抜ける。
『止めはあたしに任せな! ぶったおしてやるぜ!』
 仲間達が返事をするより早く、ビリティスはアヤカシの頭上に移動していた。斧に精霊力を込め、渾身の力で振り下ろす。その風圧で、肩まで伸ばした金髪が揺れた。
 ビリティスの一撃が額に命中した瞬間、限界に達したアヤカシの体が崩壊。瘴気と化して崩れ去り、夜風に吹かれて消え去った。
 と同時に、周囲から拍手の雨が降り注ぐ。ゾンビ男の正体に気付いていないため、怖がっている一般人は1人も居ない。誰もが楽しそうに笑顔を浮かべている。
「あ〜! よーせーさんだぁ〜♪」
 違う場所から移動してきた子供達が、羽妖精を見るなり歓喜の声を上げた。キラキラした瞳で2人を見詰め、『カワイイ』とか『キレイ』を連呼している。
 褒められて悪い気はしないが…褒められ過ぎるのは恥ずかしい。ビリティスは頬を赤くそめながら、子供達から視線を逸らした。
『あ…あたしを褒めても、何も出ないんだからなっ!』
『ビリィちゃんてば、素直じゃないんだから〜♪』
 からかうように微笑みながら、リプスが彼女の頬をつつく。その一言でビリティスは真っ赤になり、恥ずかしそうにテラドゥカスの背後に隠れた。


 楽しい時間は、いつだって過ぎるのが早い。ハロウィンの祭りも、終了の時間が近付いていた。
 アヤカシは3体居たが、あれ以降は出現していない。平和な時間だけが流れ、開拓者達も胸を撫で下ろしている。
「お祭りも笑顔も守れたみたいだね。お疲れ様、スメヤッツァ」
 ウルイバッツァは相棒から降り、その装甲を優しく撫でた。彼の駆鎧の名前『スメヤッツァ』は、ジルベリアでは『笑顔』を意味する。もしかしたら…ウルイバッツァの『人々の笑顔を守りたい』という想いが込められているのかもしれない。
『拙者、今日は頑張ったでごじゃる! であるから、今日帰ったら…』
「あぁ、はいはい。出汁巻だな」
 かぼすけの要望に、笑顔で答える慄罹。提灯南瓜はお菓子が好きだが、かぼすけは最近、出汁巻き玉子がお気に入りらしい。その味を思い出し、興奮気味に提灯をブンブン振り回した。
『人通りが少なくなってきたな…もう観察は必要ないだろう』
 ずっと周囲を警戒していた道明が、纏に言葉を掛ける。道明の言う通り、大通りに人影は少ない。屋台も大半が閉店し、残っている一般人は10人程度。怪しい人物を探す必要は、もうないだろう。
「道明、お疲れさん。最後に…一ヶ所だけ回ってもええか?」
 纏の言葉に、道明が静かに頷く。それから数十分後…仕事が終わって全員が帰路に着いた頃、2人は会場周辺の森に来ていた。
 ここは、アヤカシの犠牲になった者が発見された場所。まだ血の跡が残る森に、纏は菊の花束を供えた。そのまま静かに手を合わせ、相棒と一緒に犠牲者の冥福を祈る。
 黙祷する2人の背後で、音も無く瘴気が収束。人の形になり、具現化していく。『犯人は現場に戻る』という事が多いが…今回のアヤカシも同じようだ。無防備な2人に、アヤカシの魔の手が伸びる。
「やれやれ…俺ぁオッサンなんだから、あんま働かせんなよ」
 そう言って、アルバルクは獅子舞を脱いだ。両手のナイフに蒼い炎を纏わせ、敵に向かって投げ放つ。素早い投擲が宙に線を描き、アヤカシを貫通。完全に消滅させ、無に還した。
 彼がここに来たのは、単なる偶然。目的があったワケでもなく、散策中にアヤカシに遭っただけである。
 もしかしたら…歴戦の勘が彼をこの場所に導いたのかもしれないが、真相は分からない。アルバルクは再び獅子舞を被り、纏達に気付かれないよう静かに闇夜へ消えていった。