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■オープニング本文 日の光を浴びた山は紫色に霞み、川の水は澄みきって美しい。 『山紫水明』。 大自然の美しさを称した、天儀古来の言葉である。 この季節…夏の新緑は終わりを告げ、秋の紅葉へと姿を変えていく。赤や黄色に染まっていく山々は鮮やかだが、どこか寂しい。もしかしたら…肌寒くなった風が、そう感じさせているのかもしれないが。 紅葉に変わった山を見るため、わざわざ脚を運ぶ者も少なくない。そんな中……理穴のとある森が注目を集めていた。 「うわぁ…本当に、こんな『色』してんだな」 「不思議でしょ? 私も、最初は単なる噂だと思ってたもん」 色が変わった木の葉を見上げながら、若い男女が言葉を漏らす。歳は恐らく、10代後半。物珍しそうに、周囲を見回している。 彼らの視線に映っているのは…『紫』。赤でも黄色でもなく、紫色に染まった木の葉。新緑の緑が、紫色に染まっているのだ。 誰かが人工的に染めたワケでもなく、自然に変色した無数の木の葉。その木の実を食べても人体に害は無く、動物達も普通に暮らしている。紫に染まった理由は分からないが…その珍しさは、人の目を引いていた。 「紫か…珍しいけど、さ。何か…不気味だよな」 普段とは違う色合いに、男性が苦笑いを浮かべながら言葉を漏らす。元々の色が紫なら、素直に『綺麗』だと言ったかもしれない。だが…彼の心のどこかで、警戒心が働いていた。 「え? ナニ? もしかして…怖いの?」 男性な弱気な発言をからかうように、不敵な笑みを浮かべる女性。そのまま指を伸ばし、彼の頬をウリウリと突く。 それを振り払おうとした瞬間、頭上の木の葉がガサガサと揺れ、巨大な影が落下してきた。4対の長い節足に、腹部から糸を出す虫…体長が2m程度の、真っ赤な蜘蛛が。 「キャ〜〜〜!」 不気味過ぎる姿に、女性が悲鳴を上げる。反射的に、男性は彼女の手を引いて走り出した。 直後。蜘蛛とは別の方向から、糸が飛来。それが脚に絡み付き、動きを封じられて地面に転がった。 身悶える2人の視界に、真っ青なクモが姿を現す。色は違うが、形は赤い蜘蛛と同じ。巨体も不気味さも、大差ない。 女性が悲鳴を上げるより早く、青いクモが口から糸を発射。大量の糸が2人の全身を覆い、真っ白い塊と化した。 ゆっくりと…2体が男女に近付いていく。この『紫化現象』は、化物蜘蛛達の仕業。目新しい現象で人々を誘き寄せ、機会を見て捕食する…人間を捉えるための『罠』なのだ。 赤と青のクモが、ゆっくりと口を開ける。節足を使って糸の塊を引き寄せると、それを一気に飲み込んだ。 こうして、犠牲者がまた2人。人を喰って満足したのか、クモ達は森の中に姿を消した。木の陰で、1組の老夫婦が覗いていた事も知らずに。 |
■参加者一覧
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
星芒(ib9755)
17歳・女・武
焔翔(ic1236)
14歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 肌寒い風が吹き、山の木々が色付き始めた頃…理穴の森の一部で『木の葉が紫色に染まる』という異常事態が起きていた。 毒の類ではないため、最初は誰も気に留めていなかったが、アヤカシの関与が発覚してから状況が一変。噂はあっという間に広がり、問題の森は封鎖されて立ち入り禁止になった。 そんな状態でも、森に人影はある。一般人ではなく、アヤカシ退治に訪れた開拓者達の姿が。 「見事に紫だね。これもアヤカシの仕業、かな…?」 『紫化現象』に興味があるのか、移動しながら周囲を見渡すケイウス=アルカーム(ib7387)。木の幹や草花は普段と変わらない色をしているのに、木の葉だけが鮮やかな紫。葉っぱを千切って間近で観察してみたが、元が緑だったとは思えないほど、綺麗に変色している。 ここまで奇妙な現象が起きたら、良くも悪くも人目を引くだろう。それがアヤカシの狙いであり、欠点でもあるが。 「でも…これだけ色が変わっていたら、居場所を知らせているようなものですよね」 紫化が敵の罠なら、その近くに潜んでいるのは間違いない。ファムニス・ピサレット(ib5896)の言う通り、アヤカシの居る範囲は一目瞭然。これだけ範囲が絞られれば、奇襲を受ける確率は格段に減るだろう。 加えて、彼女は瘴気を探知する結界を張っている。アヤカシに動きがあれば、ファムニスが真っ先に気付く可能性が高い。 「ん〜…紫色のお芋だったら、おいしそうなんだけどなぁ…」 樹上を見上げながら、星芒(ib9755)がポツリと呟く。アヤカシとの戦闘前ではあるが、食欲があるのは頼もしい限りである。と同時に、彼女の腹の虫が小さく鳴いた。 それを聞いていた仲間達から、思わず笑みが零れる。程良く緊張が解れたトコロで、開拓者達はアヤカシの捜索を再開した。 幸いな事に、紫化している範囲は直径数十メートル程度の円形。場所が限られているため、探し出すのは難しくないだろう。 誰もが周囲を警戒し、自然と空気が張り詰める中、ファムニスが不意に脚を止めた。 「ん? ファムニスちゃん、どうしたの?」 顔を覗き込みながら、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)が声を掛ける。が…ファムニスからの返事はない。青く大きな瞳を頭上に向け、何かを追うように忙しく視線を動かしている。 (近付いてる…瘴気の塊…それも、かなり大きな…) 結界を通して伝わる、大きくて濃い瘴気の反応。森に入ってから初めて感じる、禍々しい雰囲気。それが、高い木の上を移動しながら徐々に近付いている。 ファムニスが探知結果を仲間達に伝えようとした瞬間、頭上を動き回っていた気配が急降下。獲物を狙うように、一気に距離を詰めてきた。 「焔翔さん、上!」 そう叫んだ瞬間、紫の間から『赤』が姿を現した。 ● 木の葉の中から現れたモノ…それは巨大な赤い蜘蛛だった。長く鋭い節足が、焔翔(ic1236)の頭上から迫る。 それが届くより一瞬早く、焔翔は視線と共に盾を振り上げた。素早い動きに、金色の長髪が大きく揺れる。蜘蛛の節足は盾に遮られ、硬い衝突音が周囲に響いた。 「情報通り、襲撃してきやがったな! 悪ぃが、俺は簡単に喰えねぇぞ?」 不敵に笑いながら、蜘蛛を見上げる焔翔。敵の腹部後端からは糸が伸び、遥か頭上から宙吊りになっているようだ。焔翔が力を込めて盾を押し上げると、反動で蜘蛛の体が揺らいだ。 「やっと出てきたね! 遅いから首が痛くなりそうだったよ」 苦笑いと共に、星芒は朱色の鉄棍を構える。身長が140cmに満たない彼女にとって、頭上を見上げ続けるのはキツい体勢だったようだ。 仕返しとばかりに、兵装に精霊力を纏わせて突き出した。その瞬間、幾重にも重なった金属の筒が一斉に伸び、射程が伸長。強烈な一撃が蜘蛛を直撃し、衝撃で全身が振り子のように揺れた。 手痛い反撃を受けたアヤカシは、糸を縮めて素早く上昇。体の揺れを強引に治し、再び節足を振り下ろした。 「2人共、少しだけ相手お願い! 青いのも誘き出して、まとめてやっつけよう!」 「分かってるぜ、ルゥミ! きやがれ赤蜘蛛!」 アヤカシとの距離を詰める焔翔や星芒とは逆に、ルゥミ、ファムニス、ケイウスは後退。巨木を背にし、警戒を強めている。 (敵は連携して襲ってくる。赤が現れたって事は、青い奴も近くに…) ケイウスの赤い双眸が、周囲を鋭く見渡す。目撃者の情報では、今回のアヤカシは2体居るらしい。1体は目の前に居る赤い蜘蛛だが、もう1体の敵…『青いクモ』が近くに潜んでいる確率は高いだろう。 万が一に備え、ファムニスは盾を構えてルゥミを守っている。ケイウスは竪琴を構え、弦を弾いた。 しなやかな指が奏でるのは、彼の性格を表したような軽やかな楽曲。それが人影のような幻影を生み出し、曲に合わせてステップを踏んでいる。響き渡る旋律と練力が精霊に干渉し、仲間達の動きに鋭さが増した。 (重要なのは、逃げに回られねえ事だ。ちょっと隙を見せれば、多分…!) 蜘蛛の攻撃を避けながら、焔翔は思案を巡らせる。節足の長さは厄介だが、回避不可能な速度ではない。実際、焔翔は盾で防御しているし、星芒は風の如く駆けて攻撃を避けている。 敵が攻撃に集中していれば、逃げに回る事はないだろう。その代り…こちらからの反撃は最低限に抑えつつ、最大限の効果を発揮する必要がある。 意を決した焔翔は、敵の攻撃を凝視。その軌道を予測し、偶然を装って節足の刺突を喰らった。鋭い一撃が金髪を糸クズのように千切り、左肩に突き刺さって鮮血が飛び散る。 間髪入れず、焔翔はその節足を左腕で掴んだ。練力と精霊力を瞬間的に活性化させ、身体機能を強化。身の丈を超える魔槍砲に練力を送り込み、下から全力で斬り上げた。 斬撃が宙を奔り、軌跡を描く。その速さと力強さは、さながら獅子の爪撃。穂先がアヤカシを捉え、右脚を2本斬り裂いた。 「焔翔さん、ナイス! 木の上に居ないで、落ちちゃえ!」 言いながら、星芒は棒術の構えを取って精霊力を活性化。溢れる力が鉄棍に収束し、清浄な気となって兵装全体を包んでいく。 その状態で、星芒は鉄棍を薙いだ。狙いは、蜘蛛を支えている糸。彼女の意志に合わせて射程が伸び、木々の間を抜けて敵に迫る。 星芒の一撃が命中する直前、アヤカシは糸を縮めて上昇した。鉄棍は糸を逸れたが、蜘蛛の側面に命中。左の後足が1本折れて宙に舞い、焔翔が斬った脚も一緒に瘴気と化して消え去った。 一進一退の攻防。互角の勝負が続き、ほぼ全員の注目が蜘蛛に集まっている。 そういう状態こそ、不意討ちする最高の好機。後方に居る3人の真横…蜘蛛とは違う方向から、大量の糸が迫る。 が、聴覚を限界まで研ぎ澄ませたケイウスには、その攻撃も『見えて』いた。小柄な少女2人を抱え、木の無い方向に跳んで避ける。標的を外れた糸は遥か後方の木に命中し、粘着性の液体が流れ落ちた。 「糸は厄介だけど、当たらなきゃ意味が無いよね」 微笑みながら、ケイウスはファムニスとルゥミを地面に下ろす。彼が視線を向けた先に居るのは、不意討ちしてきた怪異…青いクモ。色以外は赤い蜘蛛と同じで、全長は2m近い。 「出たな! 悪い蜘蛛なんか、あたいの大筒で吹っ飛ばしてあげるよ!」 言うが早いか、ルゥミは円錐型の銃身を持った銃を構える。赤と青、2匹のアヤカシが揃った今、隠れる必要も様子身する理由も無い。ただ、目の前の敵を殲滅するだけである。 膨大な練力が一気に解放され、ルゥミの背中から『白い光の翼』となって噴き出す。それに呼応するように、雪の結晶に似た幻影が周囲に舞い散った。 「ルゥミちゃん、やっちゃって下さい!」 彼女を後押しするように、ファムニスは力強く舞いながら声援を送る。それは、周囲の精霊を活性化させる舞踏。精霊力がルゥミに集中し、光の翼が輝きを増した。 ルゥミは、練力と精霊力を限界まで弾丸に収束。青い瞳が怪しく輝いた直後、狙いを定めて引金を引いた。 銃口から衝撃波が発生し、雪の結晶が派手に舞い踊る。純白の閃光が枝や樹木を削りながら直進し、青いクモを飲み込んだ。回避する隙も、防御する暇も与えない。純粋な『破壊の力』がアヤカシの全身を徐々に崩し、光の中に消していく。 ルゥミの銃撃が終わった後、射線上の木々は倒れ、地面は大きく抉れていた。無論、そこにアヤカシの姿は無い。少量の瘴気が残り、空気に溶けている。 「おいおい、スゲェ威力だな…」 圧倒的な破壊力と轟音に、驚きの言葉を漏らす焔翔。自分より年下の小柄な少女が、小型船を一撃で破壊しそうな銃撃を放ったのだから、無理もないが。 「アヤカシに情けは無用! もう1発…ファイヤー!」 叫ぶや否や、ルゥミは『明後日の方向』に銃撃を発射。撃ち出した弾丸を練力で曲げ、仲間達に当たらない射線で赤い蜘蛛を狙い撃つ。 命中するのを悟ったのか、アヤカシは糸を切り離して落下し、直撃を回避した。が、弾丸が後ろ足を纏めて撃ち抜き、3本の節足を瘴気に還す。そのまま、銃弾は虚空の彼方へと消えていった。 弾道の周辺に衝撃が広がり、紫の木の葉を散らしていく。舞い散る木の葉が開拓者達の視界を遮り、アヤカシの姿を完全に隠した。 と同時に、蜘蛛は再び糸を発射。それを枝に繋げて素早く巣を張り、木々の間を移動していく。恐らく、木の葉を目隠しにして逃げるつもりなのだろう。 「おっと、逃がさないよ!」 森の中に、ケイウスの叫びが響く。青いクモが消滅した時点で、彼はこうなる事を予測していた。敵の動きを耳で追い、逃げた先に向かって音の塊を叩き付ける。重低音が空間を振動させて木の葉を吹き飛ばし、アヤカシの動きを止めた。 ほんの数秒程度の足止めだが、『彼女』にとってはそれで充分である。 「そういう事っ☆ これで終わりにするよ!」 元気良く叫び、星芒は木の幹を素早く駆け上った。蜘蛛よりも高い位置から飛び降り、鉄棍に練力を込めて突き下ろす。移動速度と落下速度が加わった一撃は、蜘蛛の腹部を軽々と貫通。その衝撃で糸が切れた。 アヤカシを貫きながら落下する星芒は、まるで金色の閃光。蜘蛛の体が徐々に瘴気と化し、風圧で散っていく。星芒の鉄棍が地面に突き刺さるのと同時に、アヤカシの体は完全に消滅。風圧で彼女の金髪が大きく広がった。 ● 「敵は両方倒せたし、作戦大成功っ! 最高に『ハイ!』な気分だよ♪」 赤い蜘蛛は仕留められなかったが、青いクモを瞬殺したルゥミは満面の笑みを浮かべている。スキルを解除すると練力の放出が治まり、雪の幻影も静かに消えていった。 「これで、紫色から戻るんだよね? 暫くは観光の目玉になるかも」 乱れた髪を整えながら、紫化した木の葉を見上げる星芒。アヤカシの瘴気で変色していたなら、敵が倒れれば元に戻る可能性が高い。どれくらいの時間で戻るか分からないが…安全が確認されれば観光地として利用出来るかもしれない。 誰もが安心して胸を撫で下ろす中、焔翔は木に拳槌を叩き付けた。鈍い音が周囲に響き、反動で木の葉が舞い散る。 「アヤカシは倒せたけど…襲われた人は戻ってこねぇ。俺にもっと力があれば…!」 敵への怒り…無力な自分への怒りで、拳が小刻みに揺れる。叩いた拳からは、薄っすらと血が滲んでいた。それだけ、焔翔は被害者や遺族の気持ちを汲み取り、共感しているのだろう。 そんな彼の肩を、ケイウスが静かに叩いた。 「気持ちは、分かるよ。俺も素直に喜べないけど…考えても仕方ない。そうだろ?」 ケイウスの言葉は正論だが、頭で分かっていても心で納得出来ない事もある。気付いた時には、焔翔はケイウスの胸倉を掴んでいた。銀色の瞳が怒りに燃え、鬼のような形相を浮かべている。 しかし…数秒もしないうちに、焔翔は気付いた。ケイウスの瞳の奥に、悲しみが潜んでいる事に。 彼も、犠牲者が出た事は無念に思っている。同時に、過ぎた事を悔やんでも『今』を変えられない事も知っている。少々不器用かもしれないが、彼なりに焔翔を慰めていたのだろう。 やり場の無い怒りを抱えたまま、焔翔はケイウスから手を離した。ほんの少し、小さな声で『ごめん』と謝りながら。 一息ついた後、5人は紫化した範囲内を再び探索した。今度はアヤカシではなく、被害者の遺品を探すために。生きて帰す事は出来なかったが…せめて遺品だけでも家族に返したい。そう思っているのだ。 数十分後。木陰で血濡れた靴と、髪留めを発見。これが誰の物かは分からないが…被害者が身に着けていた可能性が高い。 開拓者達は手を合わせ、静かに冥福を祈った。 「亡くなった方達のために出来る事はありませんが…せめて……」 静かに、ファムニスは神楽を舞い踊る。『魂』という物があるか分からないが…巫女である彼女なら、死者を安らかに眠らせてくれるに違いない。 彼女の神楽が終わる頃、木の葉はほんの少しだけ緑に戻っていた。 |