芳醇な誘惑
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/24 19:56



■オープニング本文

 涼しい風と共に、暑過ぎる夏は終わりを迎えた。長雨で気温が下がり、季節がゆっくりと秋に移り変わっていく。
 秋は作物が美味しいし、脂の乗る魚も多い。山にも自然の恵みが溢れ、収穫が楽しい時期でもある。
 秋の味覚は数多いが…その代表格は、松茸だろう。独特の香りを放ち、天儀では高級食材として扱われる。一般人の中には、味を知らない者も多いだろう。
 雨で湿度が上がり、気温が一気に下がったため、キノコが急激に成長。松茸を求めて、若い2人の男女が山中を歩き回っていた。
「松茸マツタケ〜♪」
「おい……お前の目はガラス玉か? 大物を見逃して進むな」
 言いながら、木陰の松茸を収獲する男性。彼の言葉に、女性は苦笑いを浮かべた。
 2人が背負っている籠は、半分くらいが松茸で埋まっている。毎年、彼らは籠が満杯になるまで松茸を取り、業者に卸していた。それで得られる金額は意外に高く、オイシイ『臨時収入』だったりする。
 籠を満杯にするため、2人が場所を変えようと歩き始めた瞬間…何の前触れもなく、『それ』はやってきた。
「ア〜ッ、ハッハッハッ!」
「イヒャヒャヒャヒャヒャッハァ〜!」
 耳を貫くような、狂った笑い声。次いで、数人の老若男女が走ってきて……目の前を通り過ぎていった。
「え…えぇ!? 今の、何!?」
 女性が疑問を口にするのも、当然だろう。人々が奇声を上げ、目の前を走り去った…その理由は分からないし、原因も不明。何が起きているのか、見当も付かない。
 考え過ぎて思考が止まりそうになる中、鼻をくすぐるように芳醇な匂いが広がってきた。それが食欲を刺激し、口内に唾液を生み出す。空腹を直撃する、圧倒的で蠱惑的な芳香…この香りに、男性は覚えがあった。
「この匂いは…もしかして…」
「何だか、イイ匂いがしてきたね♪ アハハハハ〜ン♪」
 ハイテンションな様子で笑いながら、クルクルと回転する女性。その様子に危険を感じた男性は、籠を投げ捨てて彼女を抱き上げ、山を下りるために走り始めた。
「いや〜ん♪ 急にどうしちゃったのかなぁ?」
「いいから黙ってろ! あと、鼻と口を塞げ!」
 叫びながら、男性は思い出していた。さっき嗅いだ香りは、松茸の匂いに似ている。そして…奇声を上げた人々は、松茸狩りの最中に顔を見た記憶がある。
 加えて、急にハイテンションになった女性。この状況が、偶然だとは考え難い。男性は山を下りると、急いでギルドに駆け込んだ。


■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ
ノエミ・フィオレラ(ic1463
14歳・女・騎


■リプレイ本文


「みんな、準備は良い? 行っくよ〜〜〜!」
『お〜〜〜!』
 周囲に響く、リィムナ・ピサレット(ib5201)の元気な声。それに答えるように、仲間達も元気な声を上げた。
 理穴の山に集まった、4人の少年少女達。リィムナ以外は陣羽織を着ているが…何かの偶然だろうか? 全員が大きな竹籠を背負い、周囲を警戒しながら歩いている。
(可愛い男の子がいますね…はっ! いけない私には常春様が!)
 前言撤回。
 ノエミ・フィオレラ(ic1463)の青い瞳は、サライ(ic1447)をロックオン中である。細身で小柄な体形に、整った顔立ち。ロップイヤーの獣人という事もあり、パッと見は小動物のような印象を受ける。年下好きなノエミなら、目を付けるのも当然だろう。
 とは言え、彼女は『常春』が春華王である事も知らずに、片想い中だったりする。雑念を振り払うように、軽く頬を叩いて頭を左右に振った。
 当のサライは、周囲を探しながらも横目でチラチラとノエミを見ている。意を決したように深呼吸すると、視線を彼女に向けた。
「あの…えっと、ノエミさん? 山の中なのにスカートで大丈夫ですか?」
 恥ずかしそうにモジモジしながら、サライが静かに声を掛ける。彼の言う通り、ノエミはドレスを着て山に来ていた。しかも、純白の。この格好で山道を歩くのは、色んな意味で大変そうである。
「え!? あ、スカート姿には慣れてるので、山の中でも平気です!」
 何がどう平気なのか分からないが、力強く断言するノエミ。小声で『多分』と付け加えた気もするが…聞かなかった事にしよう。
「お、はっけ〜ん! あたいは山育ちだから、茸の生えてるとこは経験上分かるんだよねぇ〜♪」
 嬉しそうに声を上げたのは、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)。頬や白銀色の髪を土で汚しながらも、小さな手に15cmくらいの松茸が握られている。
 彼女達4人の目的は、この山に生えた松茸を全て採取する事。一見すると普通の松茸だが…匂いが強烈過ぎる上、微かに瘴気を放っていたりする。そんなモノを、一般人の手が届く場所に放置するわけにはいかない。
「悪い松茸がイッパイだねぇ〜。みんな狩っちゃうぞ♪」
 ルゥミは銃剣の刃で松茸を両断し、瘴気を抜いてから籠に放り込む。そのまま次の獲物に手を伸ばし、刃を走らせた。
 彼女に続くように、他の3人も周囲を探索。松茸を採取し、刃物で刻んでから籠に入れた。
 幸か不幸か、匂いが目印となり、松茸は次々に見付かっている。瘴気に蝕まれた影響か、高い木の上に生えている物もあったが…身軽なサライが駆け上り、アッサリと採取した。
 リィムナとノエミは地図を確認し、松茸の生え易い位置を確認。調査済の場所には印を付け、取りこぼしを防いでいる。
 山に入ってから、約1時間。籠が半分くらい埋まり、地図の3割程度に印が書かれた頃…『それ』は唐突に現れた。
「ア〜ッ、ハッハッハッ!」
「イヒャヒャヒャヒャヒャッハァ〜!」
 狂ったように笑いながら、山道を全力疾走する中年男性が2人。格好を見る限り、山にキノコ採りに来た一般人なのだろう。正気を失っているらしく、目が完全にイっているが。
 彼らが変になった原因は、例の松茸にある。強烈な匂いと共に『瘴気を含んだ胞子』を飛ばし、それを吸った人間を徐々に侵していく。最初はハイテンションになって走り回るが…体は徐々に弱り、限界に達すると昏倒。そのまま意識が戻らず、病院で治療を受けている者も少なくない。
「居ましたね…『人の命は天儀の未来』、絶対助けましょう!」
 言うが早いか、ノエミは竹籠を下ろして駆け出した。このまま一般人を放置すれば、最悪の場合は生死に関わる。それが分かっていて、見逃すワケにはいかない。
「急ごう! こんな瘴気の濃いトコに一般人が残ってるなんて、ヤバいよ…!」
 リィムナの言う通り、近隣の瘴気濃度は異常と言える程に高い。抵抗力の高い開拓者ならまだしも、一般人が長時間瘴気に晒されたら……取り返しのつかない状況に陥るだろう。
 3人は視線を合わせて軽く頷くと、竹籠を置いて走りだした。
「待って下さい! 止まって下さぁい!」
 叫びながら、ノエミは中年男性達に向かってダイブ! 力を加減しながらもタックル気味に抱き付き、優しい抱擁で2人の脚を止めた。
 彼女に足止めされながらも、男性達はハイテンションで笑っている。14歳の少女に抱き締められ、高笑いする中年男性……ハタから見たら、即通報されそうな光景である。
 ノエミに追い付いた3人は、即座に状況を把握。ルゥミとサライは一般人の足止めをするため、迷わずに飛び付いた。
 残ったリィムナは、歌声に練力を込めて周囲に響かせる。ゆったりとした曲が眠気を誘い、中年男性達を一瞬で眠りの底に落とした。
 一般人を大人しくさせる事には成功したが…ここで新しい問題が1つ。
 今回の参加者は小柄な者が多く、一番長身なノエミですら147cm。一番小柄なルゥミは、ギリギリで100cmに満たっていない。そんな4人が、成人男性2人を背負って運べるだろうか?
 答えは、『否』である。
「やっぱ、大人は大きいね〜。背負うの大変そうだし、担架作って運ぼうか」
 横たわる中年男性を眺めながら、溜息混じりに言葉を吐くルゥミ。こんな事もあろうかと、彼女は担架に使えそうな物を準備していた。もっとも…走る前に竹籠と一緒に置いてきたのだが。
「そうですね。ゆっくりしてたら、この人達も危険かもしれません…急いで運ばないと」
 ルゥミの意見に、サライが静かに同意する。2人は一旦竹籠の場所まで戻り、荷物一式を持って帰還。天幕に使う布と青竹、荒縄を組み合わせ、簡易的な担架を2つ作り上げた。
 その担架に中年男性を乗せ、全員で協力して山から運び出す。瘴気の濃い範囲を抜けて麓まで移動し、安全な場所で担架を下ろした。
 リィムナは深呼吸し、眠っている中年男性達に向けて子守唄を独唱。歌声が周囲の精霊に干渉し、癒しの力が生まれた。それが一般人2人に作用し、胞子の瘴気を中和していく。
 数分もしないうちに、男性達は目を覚ました。さっきまでのハイテンションが嘘のように、落ち着いた状態で。
「ここは危ないから、早く逃げて! 暫く、この山は立ち入り禁止っ! 分かった!?」
 リィムナの迫力に圧倒されたのか、言葉も返さずにウンウンと頷く男性達。開拓者4人は互いに顔を見合わせると、再び山の中へ消えていった。


 山の探索範囲は決して狭くないが、全員で協力している甲斐もあり、順調に進んでいる。途中、気絶している者が数人居たが、速やかに麓まで運んで治療。ハイテンションな者も片っ端から移送し、開拓者達は山道を何度も往復していた。
 探索を始めてから、数時間。太陽が西に傾き始めた頃、ノエミの持ってきた地図は9割が埋まっていた。残る1割は、山の中央部付近。そこは拓けた場所になっていて、松茸が大量に群生していた。
 想像して欲しい……『視界を埋め尽くす、大量の松茸』を。こんな光景を目撃したら、誰だってヤル気を失ってしまうだろう。
 それでも、開拓者達は互いに励まし合って松茸狩りを再開。端から少しずつ採取し、瘴気を抜いて籠に放り込んでいく。
「ん〜…数が多いなぁ。あ、奥義で一気に吹き飛ばしちゃおう!」
 名案を思い付いたのか、ルゥミの表情がパッと明るくなる。籠を下ろして短銃を構えると、意識を集中させて大量の練力を一気に解放した。小さな体から練力が溢れ出し、背中に白い翼を形作る。それが雪の結晶の幻影を生み出し、周囲に舞い散った。
 ルゥミの狙いに気付き、仲間達が彼女の後方に退避。ほぼ同時に、銃口から光の奔流が放たれた。雪のような純白の閃光が、松茸を砕いて瘴気を空気に溶かしていく。
 ほんの数秒で、視界の瘴気松茸は消滅。ルゥミの翼も光の粒子となって弾け散り、雪のように消えていった。
「あははは! あたい最高! あたい最強!」
 松茸を一気に吹き飛ばし、嬉しそうに笑うルゥミ。そのまま高笑いしながら周囲を駆け回り、いきなり木に登り始めた。
「あたいは最強の〜♪ 強くてかわいい雪妖精〜♪ とにかく究極で至高!」
 相当ご機嫌なのか、枝の上で小躍りしながら歌声を響かせる。ルゥミが10歳という事を考えても、この喜び方はオーバー過ぎだろう。まるで…瘴気松茸に毒された一般人のようなハイテンションっぷりである。
 ルゥミの使った技は、攻撃に集中する事で威力を高める反面、防御面は疎かになる、両刃の刃。恐らく…視界の松茸は排除出来たが、まだどこかに残っているのだろう。抵抗力の下がったルゥミは、その胞子を吸って精神異常を起こした…というワケである。
 彼女を治療するため、まず原因となった瘴気松茸を探す開拓者達。近くの茂みや木の陰等、目の届かない場所に数本が残っていた。それを採取し、刃物で刻んで籠に放り投げる。
 ノエミが大きな松茸を抜いた直後、青い瞳が僅かに濁った。それが一瞬で広がり、両目に怪しい光が宿る。ノエミはそのまま周囲を見渡すと、視線がサライを捉えて止まった。
「ひゃっはー! かわいいショタっこがいるじゃないですかぁ! これ食べてみて! さあ!」
 ハイテンションな歓喜の叫びを上げながら、ノエミはサライに突撃。素早く背後に回り込み、強引に抱き締めた。
 突然の事に驚きながらも、嬉しそうに頬を染めるサライ。その隙に、ノエミは手にしていた松茸を、強引に彼の口に押し込んだ。
「げほっ…な、何するんで……」
 涙目になって反論しようとしたサライだったが、言葉が途切れる。その代わり…緑色の瞳に怪しい光が宿り、口元に歪んだ笑みが浮かんだ。
「わあい、女の子がイッパイだぁ! 羽目外していいよね? 答えは聞きませんが!」
 言うが早いか、サライの手が一閃。その指先が、ノエミのスカートを捲り上げる。一瞬の間を置いて、彼女は頬を染めながらスカートを押さえた。
「えっ…? きゃ、何するんですかっ!」
「さっきの仕返しです!」
 何の迷いもなく、キッパリと断言するサライ。その脳裏には、数秒前に見た『レースの装飾が施された純白の布』が焼付いているだろう。
「ななな何やってんの! ていうか、皆その羽織脱いで! ソレ、抵抗下がるでしょ!」
 仲間達の異変を目の当りにし、焦ったように叫ぶリィムナ。彼女以外の3人が羽織っている陣羽織は、攻撃能力が上がる反面、防御が著しく下がる。今までは瘴気胞子に抵抗していたが…長時間の作業で、限界に達したのだろう。
 右を見ても、左を見ても、上を見ても、混乱状態の仲間が居る。この状況に、リィムナは大きな溜息を吐いた。
 そんな彼女の背後から、サライがジリジリと距離を詰める。
「僕…年下も結構好きなんですよ〜!」
 叫びながら、一気に飛び掛かるサライ。その動きに気付いていたのか、リィムナは素早く後ろを振り向いた。その手には、大きなハリセンが握られている。
「正気に…戻れー!」
 サライの襲撃を紙一重で避け、素早く半回転。紫の短髪を揺らしながら、リィムナはハリセンを振り抜いた。白い軌跡が宙を奔り、激しい炸裂音を伴ってサライの臀部に命中した。
「アッー! 痛い痛い! す、すみませんでしたー!」
 涙目になって悲鳴を上げ、反射的に土下座するサライ。リィムナは軽く咳払いし、眠りを誘う子守唄を仲間達に向けた。その歌声が神経に作用し、全員の体が膝から崩れて地面に転がる。
 木の枝から落下してくるルゥミは、リィムナが素早くキャッチ。優しく抱き止め、そっと地面に下ろした。
 仲間達を眠らせたリィムナは、全員の陣羽織を脱がせて籠に投入。安らぎの歌で全員の精神異常を癒すと、ナイフ片手に茂みの中に消えていった。


「まったく…こういう時は抵抗上げる装備にしてきてよ! あたし、めっちゃ疲れたんだからね! まったく!」
 空が茜色に染まる頃、リィムナは疲れた表情で仲間達に説教をしていた。無論、全員に正座をさせて。
 治療を施した後、彼女は周囲を探索。一人で松茸を探し、処理をしていたのだ。そのお陰か、周囲に充満していた強烈な匂いは、もう感じない。多分、瘴気の量も大幅に減っているだろう。
「あははは、やっちった♪ ごめんねぇ〜」
 怒られながらも、ニコニコと微笑んでいるルゥミ。反省していないワケではないが、困っている人達を助ける事が出来た。それが、嬉しいのだろう。
「わ、私は何という事を…! ごめんなさい、申し訳ありません、失礼しましたぁっ!」
 ノエミは自身のした事を思い出し、赤面しながら頭を下げた。瘴気の影響とはいえ、大胆な行動をとった上、仲間達に迷惑を掛けたのは事実。恐らく、穴があったら入りたい心境だろう。
 ちなみに、サライは目覚めてからずっと土下座している。
「今度からは気を付けてよねっ! じゃぁ…無事にお仕事も終わったし、山を下りて松茸を食べようか♪」
 言うべき事を全て伝えたリィムナは、明るく微笑んで見せた。紆余曲折はあったものの、一般人は無事に救出したし、被害はゼロ。依頼自体は、大成功である。
「失態を晒した分、料理は頑張ります。任せて下さい!」
 そう言って、勢い良く立ち上がるサライ。が…正座して脚が痺れたのか、途中で転倒。苦悶の表情を浮べながら、地面に倒れこんだ。
 サライの姿に、思わず全員から笑い声が零れる。彼の痺れが治った後、4人は仲良く下山。採取した松茸を調理し、盛大な『松茸パーティ』が開かれた。
 10代前半の少年少女にしては豪華過ぎるが……材料の松茸はカナリ多い。もしかしたら、彼らは一生分の松茸をここで食べたかもしれない。