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■オープニング本文 飛脚というのは、因果な職業である。明確な勤務時間は決まっていない上、仕事内容はハード。猛暑だろうが、雷が鳴ろうが、槍が降ろうが、届ける手紙がある限りは休めない。 その上、緊急の配達を頼まれたら、休日返上は当たり前。健康な肉体と強靱な足腰がなければ、絶対に勤まらないだろう。 だが…勤務内容が厳しい分、賃金は高かったりする。明確な金額はヒミツだが、飛脚になるために足腰を鍛えている者も少なくない…とだけ言っておこう。 ある夏の日。1人の飛脚が、武天への早便り…つまりは速達を運んでいた。野を越え山を越え、森の中を疾走。野獣や賊に遭わないよう、周囲を警戒している。 その視界に、一瞬『赤い飛沫』が映った。 反射的に、脚が止まる。見間違いかと思って視線を向けると…森の奥で、再び『赤い飛沫』が舞い上がった。 それが何なのか分からないが…分からないからこそ、知りたいと思うのが人間の本能。ゆっくりと、飛脚は現場に近付いていった。 数分後…後悔する事になるとも知らずに。 森の奥に居たのは、巨大なカエルだった。朋友のジライヤとは違い、禍々しい色で全体的にトゲトゲした姿。その足元には、服のような布キレが落ちている。 蛙は口をモゴモゴさせると、赤い塊を吐き出した。いや……正確には、『赤く染まった着物と帯』。何故、アヤカシ蛙がこんな物を吐き出したのか。その理由は、1つしかない。 『人間を喰ったから』だろう。さっきの赤い飛沫は、犠牲になった人々の鮮血に違いない。 震える両脚を押さえながら、飛脚は静かに後退。目撃した事をギルドへ伝えるため、さっきよりも速度を上げて走り出した。 |
■参加者一覧
水月(ia2566)
10歳・女・吟
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
エマ・シャルロワ(ic1133)
26歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ● 知っての通り、アヤカシという存在は神出鬼没極まりない。町などの人里だけでなく、大自然の中にも出現するため、場所次第では探すのも難しいだろう。 それでも…開拓者達は、アヤカシを探し出して排除する。罪無き者を守るためなら、どんな苦労も厭わない。人々を守るため、依頼を受けた開拓者達は深い森に来ていた。 背の高い木が生い茂る中、金色の光が何度も輝く。それを押さえるように、ケイウス=アルカーム(ib7387)は両手を伸ばした。 「落ち着いてよ、ガルダ。まずはアヤカシを探さないと…!」 彼の腕の中で暴れる、赤眼の迅鷹…ガルダ。腕白で気性が荒いせいか、気合が入り過ぎて逸っているようだ。 軽く苦笑いを浮かべながら、ケイウスはガルダの瞳を見詰めた。向かい合う、互いの赤眼……彼の気持ちが通じたのか、ガルダは翼を閉じて地面に降りた。 大人しくなった相棒を連れ、捜索を再開するケイウス。同様に、他の開拓者達もアヤカシを探していた。 (この森におっきいカエルさんが居るなら、物音とか鳴き声とかが聞こえる…ハズなの) 目を閉じて意識を集中し、周囲の物音に耳を傾ける水月(ia2566)。アヤカシの目撃された場所を起点に、音を探って痕跡を辿ろうとしているのだ。 その作戦自体は悪くないのだが… 『ミヅキ! アヤカシ探さないの? ボク、先に行っちゃうよっ☆』 水月の耳を直撃する、元気が良過ぎる声。その声の主は、白銀色の髪と氷蒼色の瞳を持つ人妖…コトハだった。天真爛漫で好奇心旺盛なため、ジッと待つのが苦手なのかもしれない。 今にも飛び出しそうになるコトハの手を、水月がシッカリと握る。『一人で遠くに行っちゃ、めっ!』という気持ちを込めて首を左右に振ると、白銀色の髪がサラサラと揺れた。 2人から数十メートル離れた場所で、黒猫を連れて歩く青年が1人。 『刃兼はーん、ちょろっと肩を貸しておくれなんし♪』 名前を呼ばれ、刃兼(ib7876)は足を止めた。彼に声を掛けたのは、隣を歩いていた猫、仙猫のキクイチ。刃兼が幼少の頃に拾って以来、家族同然に過ごしてきた大切な存在である。 キクイチは素早く刃兼の肩に登ると、橙色の瞳が微かに光った。鋭い眼光が周囲を見渡し、『動く物』に反応。その位置を正確に捉えていく。 数秒後、キクイチは残念そうに首を振った。それが意味するのは、『近くに敵は居ない』という事なのだろう。ガッカリするキクイチの背を撫でながら、刃兼は次の場所に向かって歩き始めた。 「うさみたん、ひさびさに戦闘だお。怯える人々を救うため…いざ!」 移動している仲間達とは違い、背負ったヌイグルミに話し掛けているのは…ラグナ・グラウシード(ib8459)。長身で筋肉質な19歳男性が、ウサギのヌイグルミに話し掛けている姿は…何とも形容できない雰囲気を放っている。しかも、ヌイグルミはピンクでカワイイし。 『おいラグナ…私のことを忘れてはいないか?』 主の姿に呆れるように、羽妖精のキルアが溜息を漏らす。人間よりも小柄で、飛べる彼女に様々な場所を探して貰っていたのだが…その間、ラグナはヌイグルミとお話中。キルアが呆れるのも、無理は無いだろう。 深い森での探索に、四苦八苦している開拓者達。そんな中でも、アヤカシに確実に近付いている者も居た。 それは小柄な少女と、標準的身長の女性。2人は別々の方向を調べていたのだが、アヤカシを追っている間に遭遇。そのまま、同じ方向に進んでいた。無論、その朋友も一緒に。 2人は一旦足を止め、意識を集中。女性の全身が一瞬光を放ち、周囲に結界が展開された。少女は精神を研ぎ澄ませ、巨大な弓を構えて弦を鳴らす。 彼女達に共通しているのは、『瘴気の反応を追っている』という点。それが功を奏したのか、アヤカシの位置を完全に捉えている。 「瘴気の反応を追って来たが…徐々に強くなっているな。からす君、そっちはどうだい?」 ほんの少しだけ微笑みながら、エマ・シャルロワ(ic1133)は隣に居る少女の名前を呼んだ。からす(ia6525)は弓を一旦置き、軽く笑みを返す。 「エマ殿がこの先に行くなら、目的地は私と同じだよ。針も弓も反応しているからな」 からすは弦音の他に、特殊な懐中時計も併用していた。その全てが同じ方向を示しているなら、アヤカシが居るのは確実である。 「なら、最後まで旅は道連れといこうか。リュネット、護衛は任せたよ?」 『わっかりましたっ、先生! シャオがお手伝いしますっ!』 エマの頼みを聞き、相棒のからくり…小月が元気良く返事をした。彼女の名前『小月』は、ジルベリア方面では『リュネット』、泰国では『シャオユエ』と発音する。エマと小月で呼び方が違うのは、そういう事なのだろう。 からすとエマが歩き始めると、2人を護衛するように小月が付き従う。出来るだけ物音をたてないよう、3人は静かに移動。アヤカシの居場所まで、徐々に距離を詰めていく。 数十分後…3人の瞳に、アヤカシの姿が映った。距離は、目測で約20m程度。巨木の間…木の根元で、巨大な蛙が眠っている。全体的にトゲトゲしている上、赤と紫の斑模様は不気味で毒々しい。 「ほう…あれが件のアヤカシか。私や水月殿なら、丸呑みにされてしまいそうだな」 思わず、からすから軽口が零れるが…彼女が言うと洒落になっていない。からすの身長は123cmだし、水月は102cm。対するアヤカシは、2人の3倍近い巨体をしている。体格差を考えたら…丸呑みも有り得るだろう。 からすの冗談を聞き、軽く笑みを浮かべるエマ。2人は視線を合わせて頷くと、懐から呼子笛を取り出した。これを吹けば、音で仲間達に知らせる事が出来るだろう。 その代わり…アヤカシに見付かって攻撃されてしまうが、仕方がない。エマとからすは呼吸を合わせ、笛を鳴らした。 ● 森の隅々まで響き渡る、甲高い笛の音。それに反応し、アヤカシが目を覚ました。巨体がゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。その視線がエマ達を捉えると、アヤカシは舌なめずりをした。 恐らく、彼女達を『餌』として認識したのだろう。その証拠に…遅い動きではあるが、開拓者達に接近している。 『先生とからすさんには手出しさせませんっ! シャオが相手です!』 叫ぶや否や、小月は緑色の三つ編みを揺らしながら疾走。アヤカシとの距離を一気に詰め、脚絆の蹴撃を叩き込んだ。衝撃が駆け抜け、敵の全身が震える。 反撃するように、大蛙は舌を伸ばした。ヌメヌメした、気持ちの悪い殴打…小月は素早く防御を固め、腕を盾代わりにしてダメージを最小限に抑えた。 敵が攻撃した後の隙を狙い、からすは相棒を召喚。水で満たされた筒から、カミヅチの魂流が姿を現した。 魂流は素早く主の上空に位置取り、周囲の精霊に干渉。からすと同じ赤眼が微かに光った瞬間、アヤカシの足元から水が吹き出し、圧倒的な水圧が頭部を直撃した。 次いで、からすは敵の正面に立たないように位置をズラし、弓を構える。矢に練力を込め、木陰から射ち放った。その矢が弦から離れた瞬間、練力が発動。射線が歪み、軌道が捻じ曲がって敵の脚に突き刺さった。 傷口から瘴気が吹き出す中、それを吹き飛ばすように人影が駆け込む。 『アヤカシとの戦闘は久しぶりですが、はりきって参りますわ!』 茶色いツインテールを揺らしながら、巨大な白銀の鋏で斬り掛かったのは…上級からくりの、桜花。久々の戦いで気合が入っているのか、不敵な笑みを浮かべている。 「勢い余って、一飲みされないようにな?」 桜花に注意を促しつつ、主の宮坂 玄人(ib9942)は中衛の距離から式を召喚。呼び出された幽霊系の式が呪力を声に乗せ、強烈な悲鳴を敵の脳内に響かせた。 『その時は! アヤカシの内側から攻撃してみせます!』 力強く叫び、桜花は鋏を一閃。刃が宙を奔り、敵の胴を捉えた。 が…彼女の斬撃は、虚しく宙を斬る。攻撃が当たる瞬間、アヤカシは大きく跳び上がって回避したのだ。 落下しながら、大蛙は舌を振り回す。殴打を避けるため、小月と桜花は素早く後方に跳び退いた。 アヤカシが大地を揺らしながら着地した瞬間、複数の氷刃が殺到。それが突き刺さるのと同時に、封じられていた冷気が炸裂して体表を斬り裂いた。 その吹雪を突き破り、小鳥のような羽妖精が飛び出す。手にしていた、針のような刀をアヤカシに突き刺すと、瘴気が吹き出すよりも早く後方に退いた。 「みんな! これ以上被害が出ない様に、ここで絶対に倒そう!」 周囲に響く、ユウキ=アルセイフ(ib6332)の力強い声。自身が放った氷刃と同じ色の青い瞳には、静かな闘志が宿っている。そんな彼の肩に、相棒の羽妖精、桜が舞い降りた。 ユウキだけに限らず、開拓者達は離れ過ぎないように一定の距離を保っていた。その甲斐あってか、救援に早く駆け付ける事が出来たのだ。 そして、仲間達の救援は、まだ終わっていない。 「大蝦蟇退治だ。いくぞ、キクイチ――いざ、参る!」 『はいな♪ 蝦蟇は大人しく冬眠してるでありんすー!』 駆け付けた刃兼は、一気に敵の懐に潜り込む。巨大な太刀を抜き放つのと同時に、刀身の幻影が生まれて敵を惑わせる。水色の刀身が宙に軌跡を描き、アヤカシの体を深々と斬り裂いた。 間髪入れず、敵の周囲に『勾玉の形をした炎』が出現。それが一斉に命中し、体表を焼くのと同時に全身の動きを鈍らせた。 「あー…キクイチ。一応言っておくけど、蛙の冬眠はだいぶ先だと思うぞ?」 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、相棒の間違いを訂正する刃兼。彼の言葉に、キクイチは不思議そうに小首を傾げた。 炎が燃え尽きるより一瞬早く、木陰からラグナが強襲。水晶の刀剣が陽光を透過し、清浄な刃が大蛙の背中に傷を描いた。 「うわ、すごい色だねぇ…」 救援に駆け付けたケイウスが、開口一番に愚痴を零す。目の前に居る蛙は巨大な上、色は赤と紫の斑模様。素直な感想が口から出るのも、納得である。 気を取り直し、竪琴を掻き鳴らすケイウス。そのスローテンポな旋律が精霊を揺り動かし、仲間達の抵抗力を一気に上昇させた。 「私も…お手伝い、するの…!」 最後に駆け付けた水月は、ケイウスの演奏に合わせて歌声を響かせる。遠くまで届くような軽快で勇ましい曲が、全員の心を奮い立たせて闘志を増幅させていく。 『ボクもお手伝いする〜! ハガネ! ラグナ! オウカ! シャオユエ! がんばれ〜♪』 腕をブンブンと振り回しながら、元気良く声援を送るコトハ。単なる応援にも聞こえるが、その正体は精霊力と瘴気を織り交ぜた法術。彼女の声に呼応するように、刃兼とラグナの防御能力が強化された。 大蛙を取り囲む、8組の開拓者と朋友。これで、依頼に参加した開拓者が全員揃った。あとは、アヤカシを倒せば一件落着である。 なのだが…そう簡単に倒されてくれないのが、アヤカシの悪い所。開拓者達に同時に対応するため、大蛙は空中に水の弾を生み出した。大きさは30cm程度だが…数えるのが馬鹿らしくなるくらい、数が多い。 その水弾が、一斉に放たれた。狙いを定める事のない、広い範囲に飛ぶ散弾…毒々しい色の水弾が、開拓者達に迫る。 幸いと言うべきか、弾速は遅い。避けるのは難しくないが、それは平地での話。木々の多い森の中では、相当厄介である。 「くっ…ただの爬虫類のくせに生意気な!」 『違うぞラグナ! カエルは両生類だ!』 巨大な盾で身を守りながら、苦々しい表情で吠えるラグナ。間髪入れずツッコむキルアだが、コッソリとラグナの盾に隠れていたりする。意外と、2人の仲は良いのかもしれない。 水弾を避けるために距離を置き、回避と防御に専念する開拓者達。攻撃自体の威力は低いが…本当に厄介なのは、その効果。水弾が命中した木や草が、徐々に枯れ始めている。 「毒か…放っておけば直接的な被害だけでなく、水源や森に棲む動植物までもが汚染されかねないな」 医療に精通しているエマは、周囲の状況に気付いたようだ。彼女の言う通り、この水弾は毒素を含んでいる。抵抗力の高い開拓者でも、下手をすれば侵されてしまう程の毒を。 「桜、撹乱して敵の注意を逸らしてくれるかい? くれぐれも、無理は駄目だよ?」 木陰に身を隠したユウキが、桜にそっと語り掛ける。彼の言葉に、羽妖精は静かに頷いた。 『お任せ下さい。最善を尽くします』 身長が30cm程度の桜なら、小回りが利くし空も飛べる。撹乱を任せるには、適任かもしれない。 桜は木陰を飛び出し、水弾を避けながら一気に距離を詰める。兵装に精霊力を込め、アヤカシの目を狙って突き刺した。切先が右の眼球に命中し、瘴気が一気に吹き出す。 片目を失った事がアヤカシの怒りに油を注いだのか、瞬間的に水弾の数が増加。咄嗟の事で判断が遅れたのか、ラグナと刃兼は直撃を受けてしまった。 衝撃よりも早く、毒素が全身を駆け巡る。熱さとも痛みともつかない感覚に、2人は顔を歪めて片膝を突いた。動きの止まった彼らに、追撃の水弾が容赦なく迫る。 攻撃が命中するより一瞬早く、ユウキは大地の精霊に干渉し、敵の正面に鉄の壁を生成。それが水弾を防ぎ、2人を守った。 「アンタ達、大丈夫か? 援護は俺達に任せてくれ」 言うが早いか、玄人は2枚の符を投げて式を呼び出す。それが炎を形取って2人の体に張り付き、一気に燃え上がった。その炎に熱は無く、毒のみを焼き尽くす。数秒もしないうちに、全身の毒は消え去った。 消耗した体力を癒すため、エマは右手に治療の光を生み出す。それを周囲に開放すると、光の粒がラグナと刃兼の全身に吸収され、負傷を回復させた。 「玄人、エマ、すまない。毒の対応はお願いするよ。俺は…斬り込んでくる…!」 短く礼を述べ、刃兼は壁から飛び出す。水弾が殺到するが、そんな事は微塵も気にしない。仲間の援護を信じ、最短距離を突っ込んでいく。 刃兼を援護するため、魂流は地面から水を噴出させた。天に向かって勢い良く伸びる、水の柱…それが対空攻撃のように、敵の水弾を相殺している。 「お前の水球を操る事は無理だが、水の制御なら魂流もお手の物だ」 若干自慢げに説明し、からすは矢を番えた。それを射ち放った瞬間、周囲に女性の声のような甲高い音が響く。高速の一矢が命中した瞬間、アヤカシの体内に大音響が流れ込み、内側から細胞を破壊した。 その衝撃で、アヤカシの水弾が全て消滅。道が拓けた隙に、刃兼は距離を詰めて全力で斬り掛かる。 完全に命中したように見えた一撃だが、大蛙は地面を蹴って天高く跳躍。結果、刃兼の斬撃は宙を斬った。 「今だ、ガルダ!」 アヤカシが跳ぶ事を予想していたケイウスは、上空で待機していた相棒に向かって叫ぶ。主の声に応えるように、ガルダは金色の翼を広げた。その羽ばたきに合わせ、鋭い風が巻き起こる。 翼を持たない大蛙に、この攻撃を避ける術は無い。斬撃を避けたアヤカシは、迅鷹の風刃で全身を斬り裂かれた。 空中で体勢を崩した大蛙は、地面に向かって無様に落花。その動きを止めるため、巨木の枝に自身の舌を巻き付かせた。舌で枝を掴み、全身を支えた事で落下は止まったが…思い切り、無防備な姿を晒している。 (おっきいカエルさん…あの舌で食べられたりしたら……ぁぅ) 大蛙が『お食事中』の姿を想像し、ガックリと肩を落とす水月。そのイメージを振り払うように頭を振り、掌に収まるサイズの細い針を構えた。狙いを定め、それを一気に投げ放つ。飛針が橙色の閃光のように奔り、アヤカシの舌に突き刺さった。 次いで、ラグナは全身のオーラを一気に解放。身体能力を強化し、地面を蹴って跳び上がった。長剣にオーラを集中させ、アヤカシの舌を狙って舌から斬り上げる。斬撃と同時にオーラが炸裂し、枝ごと敵の舌を破壊した。 「うわぁ…何だか、痛々しい姿になっちゃった…ね?」 舌を失って落下する大蛙を眺めながら、1人呟くユウキ。アヤカシの口から瘴気が漏れ出ているが、それが舌を形作っていく。どうやら舌を再生しているようだが…それを許す程、開拓者達は甘くない。 「人を喰らう大蝦蟇アヤカシ…随分と、悪食が過ぎたようだな。今度は…お前が『喰われる』番だ…!」 アヤカシの落下地点に先回りした刃兼の刀身に、真紅の炎が燃え上がる。彼の周囲には、勾玉形の炎も浮かんでいる。 落下してくる大蛙にタイミングを合わせ、炎刃を鋭く薙ぎ払う刃兼。間髪入れず、キクイチの炎が敵に命中し、激しく燃え上がった。 刃兼とキクイチ、2つの炎が舞い踊り、アヤカシを焦がしていく。全員が見守る中、巨体が少しずつ瘴気と化し、全てが燃え散って消滅した。 ● 「ふう…気持ちの悪い化物だった。アレがぬいぐるみだったら、案外カワイイかもしれないが」 『お前のほうがキモい。いい年をこいて、うさぎのぬいぐるみに話しかけているし』 敵を倒して一息吐いたラグナに、キルアが鋭過ぎるツッコミを入れる。相棒の情け容赦ない一言に、ラグナは精神的ダメージを受けて崩れ落ちた。彼にとっては、アヤカシよりもキルアの方が脅威だったかもしれない。 「念のために、周囲を探索した方が良いかもしれんな。他にジライヤ『モドキ』が居たら大変だ」 イジケるラグナを華麗に放置し、からすが探索を提案する。他の開拓者達も彼女と同じ考えなのか、反対する者は1人も居ない。早速、ラグナを除いた全員で探索を始めた。 とは言え、2度目の探索は平穏そのもの。アヤカシどころか、凶暴な野獣の姿すらない。強いて言えば、タヌキやリスが出た程度である。 「式を飛ばしてみたが、怪しい奴は居なかった。血の跡は数か所あったが…な」 「えっと…あの…近くに怪しい物音もしない、なの…」 玄人と水月はスキルを使って索敵したが、アヤカシの姿はナシ。他の仲間達も、敵の姿は発見出来なかった。どうやら、この森はアヤカシの脅威から救われたようだ。 「これでもう…犠牲者を出さずに済みそうだね」 相棒の働きを労いつつ、安堵の表情を浮べるケイウス。彼の言う通り、近隣の住人が犠牲になる事も、『赤』が舞い散るのも、もうないだろう。 だが…犠牲になった者達は、もう帰って来ない。その悲しみを埋める事は…誰にも出来ない。 それを分かった上で、エマは独り、近隣の村を訪れた。 「このような結果になって、申し訳ない。『これ』を見付けるので、精一杯だった…」 言いながら彼女が差し出したのは…森で見付けた遺品。指輪や手帳等、個人を特定できる物ばかりだが…その全てが血に染まっている。 これを渡し、死を伝えるのは酷な事だが…誰かがやらねばならない。赤い血飛沫で始まった物語は、一般人の涙で幕を閉じる事になった。 |