前門と後門のアヤカシ
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/03 23:10



■オープニング本文

 伝承の時代より続いていた、人とアヤカシの争い。天儀の歴史は、アヤカシとの戦いの歴史と言っても過言ではないだろう。
 その、長きに渡る闘争も、ようやく『終わり』を迎えようとしていた。冥越の攻略により、アヤカシは勢いを失いつつある。魔の森は残っているが、『アヤカシの居ない世界』が訪れる日は、そう遠くないだろう。
 だが…その前に、絶望が人の心を覆う事になる。
「キャーーー!」
「ば…化物だ! みんな、逃げろ!」
 絹を裂くような悲鳴に、怒号や鳴き声が入り混じる。冥越と真逆の場所にある国、朱藩。その臨海の町に、大量のアヤカシが出現していた。
 魚のような頭に、エラや鱗の生えた人型。俗に言う『半魚人』達が、海から一気に押し寄せる。手にした三叉の銛を振り回し、派手に暴れ回っている。
「町を出ろ! 隣町に逃げるんだ!」
 蜘蛛の子を散らすように、四方八方に逃げていく住人達。息を切らし、路地を駆け抜け、希望を求めて町から抜け出そうとしている。
 次の瞬間…。
「う…うわぁぁぁぁぁ!?」
 町の出入り口付近には、小鬼達が群れを成していた。住人達を見るなり、錆びたナタを振り回しながら近付いてくる。その太刀筋や動きは、お世辞にも早いとは言えないが…戦闘に慣れていない一般人にとっては、脅威以外のナニモノでもないだろう。
 それでも、数人の青年が小鬼達に突撃。ナタで傷付けられながらも無理矢理前進し、アヤカシを突破して安州の方向に走った。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
からす(ia6525
13歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文


「キャーーー!!」
 町中に響き渡る、破壊の音と異形の咆哮。血飛沫が舞い、建物が崩れ、あちこちから火の手が上がる。人々は傷付き、泣きながら逃げるしかなかった。
 が……アヤカシ相手に、一般人が逃げ切れるワケがない。1人の少年が転倒すると、それに気付いた小鬼達が集まり始めた。
「う……うぁ…!」
 声にならない悲鳴。前後左右を囲まれ、少年に逃げ場はない。転んだ痛みと恐怖で、目に溜まった涙が次々に流れていく。
 そんな少年を眺めながら、小鬼達は声を上げて笑った。そして…1匹の小鬼が、持っていたナタを握り直す。微塵も躊躇する事なく、血濡れた刃を少年に振り下ろした。
 次の瞬間。
 真紅の風が吹き込み、小鬼の腕を斬り飛ばす。溢れ出る瘴気をも吹き散らし、2つの人影が少年と小鬼の間に割って入った。
 1人は、赤髪金眼の男の子…ルオウ(ia2445)。若干小柄だが、刀を構えた姿は雄々しく力強い。
 もう1人…いや、『1機』は、赤を基調とした外装の駆鎧。少年を守るように立ち塞がり、剣のように鋭い闘気を放っている。
「もう大丈夫だ! 俺達が来た以上、誰も死なせたりしねえぜ!!」
 咆えるように叫び、ルオウは明るい笑顔を少年に向けた。その言葉と表情が、小さな心を勇気付ける。
「必要なのは、手数と速度。威力等必要ない。行くぞ相棒…!」
 アーマー「人狼」改のNeueSchwert…その内部で静かに呟き、竜哉(ia8037)は小鬼の群れに突撃。敵の体勢が整うより早く、強烈な蹴撃を叩き込んだ。
 それに合わせ、ルオウは逆側の敵に斬り掛かる。濁りの無い、澄みきった刀身が縦横無尽に奔り、宙に鮮やかな軌跡を描いた。
 更に。ルオウの相棒、撃龍のフロドが駆け付け、激しい咆哮で敵を威嚇している。
 戦闘が激化する中、少年に駆け寄る新たな人影が4つ。流れるような黒髪の女性、倉城 紬(ia5229)は少年に優しく手を伸ばし、体を支えて立ち上がらせた。
 素早く視線を巡らせると、黒い瞳が少年の膝で止まる。転んだ拍子に切ったのか、怪我で派手に出血していた。
「今治療しますから、少し待って下さいね? 穂輔、お願いします♪」
 少年に柔らかい笑みを向け、相棒に声を掛ける紬。彼女の声に応え、人妖の穂輔が小さく頷いた。身長は人妖と同じで小柄だが、その容姿は『ヤマト人』と呼ばれる民族に似ている。
 穂輔は小さな両手を広げ、精霊の力を借りて爽やかな風を生み出した。それが傷口を優しく包み、負傷を癒していく。風に合わせて、穂輔の頭上に生えた稲穂が左右に揺れた。
「なぁ、ボウヤ。近くに逃げ遅れた人が居てるかどないか、知らん?」
 特徴的な言葉遣いで話し掛けたのは、芦屋 璃凛(ia0303)。少年が視線を璃凛に向けた瞬間、驚きの表情を浮べた。
 璃凛自身、異様な外見をしているワケではない。赤褐色の肌と赤い長髪は印象的だが、服装は同年代の女性と大差ない。少年が驚いた理由は、別にある。
 それは…璃凛の相棒、上級からくりの遠雷。髪型と衣服は違うが、赤髪橙眼で顔立ちまでソックリで瓜二つ。鏡写しのように同じ顔が並んでいたら、驚くのも無理は無いだろう。
 驚きながらも、少年は璃凛の質問に答えるように、首を左右に振る。璃凛は残念そうな表情を浮べながらも、彼の頭を優しく撫でた。
 穂輔の治療が終わる頃、小鬼との戦闘も終わっていた。竜哉は少年に歩み寄り、駆鎧を操作して前部装甲を開けた。
「ここは危ない、集会所に避難してくれ。俺達も、後から必ず行く」
 必要事項を伝え、竜哉は装甲を閉める。開拓者達は視線を合わせると、救助作業を再開するために駆け出した。
「あ、あの…っ!」
 走り去る背中に掛けられた、少年の叫び。開拓者達が足を止めて振り向くと、少年は満面の笑みを浮かべた。
「助けてくれて、ありがとう!」
 言いながら、ブンブンと手を振る。そんな少年に笑顔で手を振り返し、開拓者達は町の中に消えていった。


 小鬼達との戦闘が繰り広げられていた頃、他の場所では半魚人と開拓者の戦闘が始まっていた。位置的には、町の中央付近。海から遠いが、上陸した半魚人の一部が侵攻しているのだろう。
「なんだって町で暴れてんだろな…?」
『ただの気まぐれにしては大所帯過ぎるわよね…』
 疑問を口にしながら戦っているのは、海神 江流(ia0800)と、相棒の上級からくり…波美。江流の黒い瞳が半魚人を捉えると、空気すら斬り裂く勢いで刀を振り抜く。そこから体を素早く横に捌くと、彼の背後には波美が立っていた。
 江流の動きに合わせて、波美は兵装の銃を発射。反動で、青みがかった黒髪が大きく広がる。放たれた弾丸が半魚人の眉間を射抜くと、大量の瘴気を吹き出しながら崩れ落ちた。
 互いの攻撃を邪魔しないよう距離を置いているが、連携の呼吸はピッタリである。敵と戦いながらも、物陰からの襲撃や、救助対象の住人を探す事も忘れていない。
「陸と海からの挟撃……まさか、示し合わせて?」
 陸を蹂躙する小鬼に、海から攻めてきた半魚人。この『異常』とも言える状態に、皇 りょう(ia1673)の疑問は膨らんでいく。愚直な性格が災いしたのか、彼女の動きが一瞬止まった。
 その隙を狙うように、半魚人がモリを突き出す。矛先がりょうに届く直前、彼女の体が微かに青く光り、攻撃の方向が僅かにズレた。
 と同時に、りょうは大きく踏み込んで太刀を奔らせる。白銀の頭髪と白銀色の刀身が煌めき、アヤカシを両断して瘴気に還した。
 様々な疑問が湧き上がる中…それを一切気にせず、半魚人を斬り散らす者が1人。
「考えるのは後だ。今は、敵の頭数を減らすのが最優先だろう?」
 状況に流される事なく、目の前の敵と対峙する琥龍 蒼羅(ib0214)。自身の身長よりも大きな野太刀を振り回し、確実に数を減らしている。
 彼は本来、小鬼の対応をするつもりだったが…索敵中に半魚人と遭遇。それを見過ごせるわけも無く、仲間達と共に戦っていた。
 蒼羅の言葉に、開拓者達が静かに頷く。アヤカシの襲撃が故意か偶然かは分からないが、考えた所で答えは出ない。それよりも、住人の命を救う方が重要である。
『どれ、姫様。どちらがより多く成敗できるか、競争と参りませぬか?』
 そう提案したのは、りょうの相棒、からくりの武蔵 小次郎。老年の武士に似た姿をしているが、二刀を操る剣の腕は間違いなく一流。貫禄もあり、相棒というより『家臣』という言葉が似合いそうだ。
 小次郎の言葉に、りょうは分かり易いくらいに苦い表情を浮べた。助けを待っている者が居るのに、敵の撃破数で競う事に抵抗があるのだろう。
『我等は、剣に生きる修羅。時には正気の沙汰を失ってでも、敵を狩る事だけに専念するべきではありませぬかな?』
 確かに…小次郎の言葉も、一理ある。疑問の答えを求めて思考と動きが止まるくらいなら、敵と戦う事に集中した方が良い…今は、そういう状況なのだろう。
 数秒の沈黙の後、りょうは静かに頷いた。
「いいでしょう。その戯れ、付き合います。ただし…『これ以上、新たな犠牲を出さぬ事』。それが条件です」
 戦闘に集中し過ぎた結果、守るべき民を傷付けてしまっては本末転倒である。敵を斃すだけでなく、弱き者達を守る…それが、皇家現当主としての、りょうの覚悟なのだ。
 彼女の返答を聞き、小次郎は豪快な笑い声を上げた。
『それでこそ姫様! では…儂は錆が少々気になります故、小鬼共を相手して参りますので。御免!』
 言うが早いか、小次郎は踵を返して海とは逆の方向に疾走。予想外過ぎる行動に、りょうは呆気にとられて相棒の背中を見送るしかなかった。


 敵は陸と海の2面から攻めているが、迎え撃つ開拓者達も2面に展開している。アヤカシ達の遥か頭上…海ではなく、空に。
 蒼穹を翔る、3つの影。その中の1つ…暖色系の毛色をした鷲獅鳥、彩姫から、複数の矢が放たれた。狙いは、アヤカシの足元。陸海を問わず、アヤカシの機動力を削いでいく。
 矢を放ったのは、彩姫の主、からす(ia6525)。身長の倍近い弓を軽々と扱っている辺り、流石は開拓者と言った処か。
「上空からの射撃なら、多少なりとも有利に戦えるだろう。兎に角、数を減らして住民を逃がそうか」
 言いながら、からすが再び矢を番える。上空を吹く風が渦を巻く度に、2つに結った黒い長髪が逆巻くように揺れた。
 その隣で、『光の翼』が大空に舞っている。
「りょーかい! アヤカシは速攻で殲滅して、村の人達の救助にとりかかるよ!」
 相棒の輝鷹、サジタリオと同化したリィムナ・ピサレット(ib5201)は、拳をグッと握りながら聴覚を極限まで研ぎ澄ませた。更に、全身の精霊力を一気に拡散して結界を張る。
 視覚と聴覚と感覚…その3つを併用して敵の位置を把握したリィムナは、不敵な笑みを浮かべながら急降下。紫色のセミロングが風を切る中、多数の小鬼を攻撃範囲内に入れ、歌声を響かせた。
 精霊力を込めた声が旋律を奏で、周囲に広がる。まるで魂を無に還すような、重厚で荒々しい曲……それが小鬼達を内部から破壊し、十数体を纏めて瘴気に還した。
「まだ間に合う…いや、間に合わせてみせる! 行くぞ!」
 宮坂 玄人(ib9942)の叫びに応えるように、紅い鱗の嵐龍、義助が低く唸る。リィムナを追って降下しようとした瞬間、玄人の赤眼が避難民の姿を捉えた。
 小鬼達から逃げる、少女と老婆の姿を。
 反射的に、玄人は義助の首を叩いて方向修正。真紅の矢の如く、アヤカシの後方から一気に距離を詰めていく。
 玄人達より一瞬早く、鋭い氷が避難民と小鬼の間を通過した。いや……正確には氷ではなく、水色の体毛の迅鷹。二対四枚の翼は鋭く、刃や氷を連想させる。
 迅鷹が横切った事で、小鬼達の動きが一瞬止まる。その隙を狙うように、義助は大きく口を開けて雷を放った。雷光が宙を奔り、小鬼達を射抜く。
 追撃するため、玄人は幽霊系の式を召喚。それを手負いの敵に向けて放ち、脳内に呪われた声を響かせた。内部からの負荷に耐えきれず、小鬼が瘴気となって崩れ去る。
 が、追ってくる小鬼を全て倒したワケではない。しかも、少女と老婆は突然の戦闘に驚いたのか、茫然と立ち尽くしている。
 舌打ちしつつ、玄人と義助は地面に降り、避難民を守るように立ち塞がった。更に、もう1人…風のような速度で駆け付けた蒼羅が並び立つ。
「良くやった、飄霖。この2人を逃がすためにも…玄人、一気に叩くぞ」
 主に名前を呼ばれ、氷色の迅鷹、飄霖が小さく鳴いた。玄人が剣を構えながら小さく頷くと、義助が一足先に突撃。それを追う形で、飄霖達も一気に距離を詰めた。
 緋色と水色、蒼羅と玄人の髪色の黒が入り乱れ、小鬼達を次々に瘴気に還していく。数分もしないうちに、避難民を追っていた敵は視界から全て消え去った。
 周囲を警戒し、聴覚を研ぎ澄ませる蒼羅。玄人は兵装を納め、少女と老婆に歩み寄った。
「もう大丈夫だ、良く頑張ったな。今、集会所が避難場所になってる。アンタも急いで逃げてくれ」
 手早く状況を説明し、避難を促す。返事を待つ事なく、蒼羅と玄人は別々の方向に走り出した。まだ残っている敵を倒し、人々を救うために。


「動ける奴は、集会所に避難してくれ! フロドが先導するから大丈夫だ!」
 町中を駆け巡りながら、避難を呼びかけるルオウ。幸いな事に、自力で動けないような重傷者は、今のところ居ない。住人達の避難誘導はフロドに任せ、ルオウ達はまだ救助していない人を探して奥に進んでいく。
 その最中、崩れた家屋の前で竜哉が足を止めた。NeueSchwertを通じて練力を特殊な波長に変え、周囲に放って反響音を調べている。
「近くに…何か『動くモノ』があるな。この瓦礫の下か?」
 動く物と停止している物では、音の響きが違う。それが生き埋めになった人間なのか、動物なのか…アヤカシなのか分からないが、瓦礫の下に居るのは間違いないようだ。
「そないいう事やったら、うちに任しとき。ちびっと、探してみるわ」
 言うが早いか、璃凛はムカデの姿をした式を2匹召喚。それを隙間から潜り込ませ、瓦礫の下を進ませた。
 璃凛が生み出した式は、彼女と視覚や聴覚を共有している。式の見た物が、そのまま璃凛にも見えているのだ。数分もしないうちに、ムカデは瓦礫を抜けて奥側から姿を現した。
「ビンゴや! この下に、2人居てる…瓦礫が、いっちゃん重なっとる辺りや!」
 不敵な笑みを浮かべながら、璃凛が瓦礫の中央付近を指差す。そこは、石壁の残骸や角材が折り重なった地点…撤去するのに骨が折れそうな位置である。
「うし! さっさと助けようぜ、竜哉!」
 気合を入れるように、両腕を回すルオウ。その筋肉が急激に盛り上がり、逞しい腕に変貌した。これなら、瓦礫の撤去も楽に進むだろう。
 竜哉は駆鎧の反応速度と動作の正確性を高め、静かに瓦礫を除けている。その動きは、まるで人間のように滑らかで精密である。
 瓦礫を崩さないように撤去が進む中、遠雷は『嫌な音』に気付いた。遠くから近付いてくる、無数の足音と荒い息…小鬼の放つ音に。
『璃凛、敵が近付いている。支援を呼ぶか、俺達も戦闘する必要がありそうだ』
 遠雷の進言に、周囲の空気が張り詰めた。この状態で敵が現れたら、生き埋めになっている人達が戦闘に巻き込まれてしまう。だからと言って、瓦礫の撤去を中断したら救助が手遅れになる可能性が高い。
 開拓者達が答えを出すより早く、視界に小鬼の群れが出現。璃凛が戦闘態勢を整え、ルオウと竜哉が撤去を中断しようとした瞬間、頭上から重厚な歌声が響いた。
「あたし達、参上! 救助の邪魔はさせないからねっ!」
 高らかに叫びながら、リィムナは小鬼の群れに突撃。翼で軽やかに飛び回りながら歌い、 連続してダメージを与えていく。
 不利な状況を悟ったのか、逃げようとする小鬼も居たが…リィムナに背を向けて走り出した瞬間、銀色の光が一閃。救援に駆け付けた蒼羅の魔刀が敵の体を斬り裂き、小次郎の双刃が小鬼を両断。止めに、飄霖の爪撃が首を斬り飛ばした。
「雑魚の相手は任せろ。救助が終わるまでは、敵の注意をこちらに向けておく…!」
 蒼羅の言葉は心強いが…状況的に、戦闘の方が先に終わりそうなイキオイである。彼らに負けないよう、竜哉達は瓦礫の撤去を再開。遠雷も作業を手伝い、璃凛は念のために近くの瓦礫に式を潜らせた。
 小鬼の殲滅が終わると、リィムナは海側に向かって飛翔。残った開拓者達は瓦礫の下から住人を救出し、治療のために集会所を目指した。


「怪我人さんは、遠慮なく言って下さい。あと、行方不明者さんの特徴を教えて貰えると助かります」
 一足先に集会所に来ていた紬は、怪我人の治療を担当していた。癒しの光で痛みを和らげ、住人達を安心させるように微笑み、衰弱した者を寝かせるために布団を敷く。やる事が多くて、目の回る忙しさである。
 彼女の負担を減らすため、穂輔も治療を手伝っている。可愛らしい外見も相まって、若い女性からは大人気だ。
 2人の頑張りで怪我人の治療は進んでいるが、集会所の布団や、寝かせる場所が足りなくなりつつある。これ以上の被害を出さないためにも、開拓者達の戦いは続いていた。
 半魚人が町に侵入するのを防ぐため、海側では戦闘が続いている。担当の開拓者達は、海岸から数kmの地点で敵と対峙していた。
「アヤカシすらも泣き喚く、戦慄の大合葬…」
 地上で静かに呟き、からすは矢に精霊力を込める。複数の矢を同時に番えると、仲間達を巻きこまないように注意して一気に発射。放たれた矢は扇状に広がり、半魚人達に突き刺さった。
 命中の瞬間、矢に込めた精霊力が『音』となって周囲に響く。断末魔のような甲高い音がアヤカシに流れ込み、全身を駆け巡って内部から破壊。数秒もしないうちに、半魚人は瘴気の塊になって四散した。
 敵を纏めて倒したのは良いが…この技には難点が1つあり、断末魔がかなり五月蝿い。矢が当たらなくても、音で耳が痛くなってしまうのだ。
 仲間達にダメージは無いが…耳を押さえながら、からすに厳しい視線を向けている。それに気付いた彼女は、頬を掻いて深々と頭を下げた。
 軽く溜息を吐きつつも、残った敵に向き直る開拓者達。半魚人達はヤル気満々らしく、モリを振り回しながら接近してきている。
 迎撃するように、玄人と義助は呼吸を合わせて同時に攻撃を放った。玄人の式が敵の脳内を破壊し、義助の雷撃が一瞬で体表を駆け巡る。海から上がってきた半魚人達は濡れているせいか、電気を通し易いのかもしれない。
「半魚人でも、電気は通すみたいだな」
「なら、側撃雷も効果がありそうだね」
 玄人達の攻撃で確信を得たのか、江流は刀に精霊力を込めて雷電を生み出す。敵集団の先頭に狙いを定め、雷撃を刃の形にして撃ち出した。閃光の如き雷刃が、半魚人を深々と斬り裂く。
 直後。雷刃の電流が海水を伝い、再放電して半魚人達に広がった。今回は半魚人達が密集していた上、海水で濡れていた事もあり、格段に電気を通し易くなっていたのだろう。
 敵の動きが鈍った一瞬を狙い、波美は銃を一斉掃射。僅かな動きで弾丸を再装填し、半魚人を次々に蜂の巣にしていく。
 次いで、りょうは地面を蹴って疾走。豪刀が宙に剣閃を描くと、半魚人は瘴気を吹き出しながら消滅した。
 アヤカシの数が減っていく中、りょうと江流は増援や奇襲を警戒して神経を張り巡らせる。敵の姿が視界から消え、周囲の気配も全て無くなると、開拓者達は安堵の溜息を漏らした。


 町に開拓者達が到着してから、約1時間。小鬼と半魚人の姿は完全に消え、救助作業が進んでいた。被害に遭った者は多いが、幸いにも死者は1人も出ていない。重傷を負った住人は数人居たが、迅速な救助と治療で一命を取り留めた。
 命が助かった事を喜び、アヤカシの消滅を喜び、開拓者達に感謝の言葉を伝える住人達。そんな彼らとは対照的に、からすの表情は若干沈んでいた。
「何とかなったが…本当に大変なのは、ここからだな。近隣の町やギルドに、救援を頼んだ方が良いだろう」
 赤い瞳が見詰める先にあるのは、破壊された町。これを復興するのは大変だが…『ヒトが助かっていれば何とかなる』。心の奥で、そう思っていた。
「そうですね…住人さんにも、何が必要か聞いておきましょうか」
 からすに同意しながら、少しだけ溜息を吐く紬。念の為、紬は出発前に物資供給の手続きをしていた。だが…現状を見る限り、事前に準備した分だけでは足りない。2人は町や住人の状態を再確認し、救援の手配を進めた。
『はぁ……数が多過ぎたわね。火薬の匂い、髪に移ったかしら…』
 自身の髪を梳きながら、愚痴を零す波美。銃の特性上、火薬の匂いが体や衣服に残るのは仕方ない。それを気にする辺り、からくりであっても女性らしい。
「何処かで風呂に寄ってから帰るか…」
「お風呂!? あたし達も一緒に行きたいっ! ね、サジ太♪」
 江流の何気ない提案に、リィムナが超反応。同化を解いた相棒に、キラキラした視線を送って同意を求めている。
 彼女は風呂好きというワケではないが、皆で入るのは好きらしい。からくりや輝鷹と入れる風呂屋があるか、疑問ではあるが。
 無邪気に喜ぶリィムナの言葉を聞き、小次郎は期待の眼差しをりょうに向けた。
「先に言っておきますが、私達は帰りますよ? 波美殿やリィムナ殿に迷惑は掛けられませんから」
 相棒の考えが分かったのか、全力で釘を刺す。小次郎の性格上、女風呂を覗くのは間違いない。りょうの言葉が相当ショックだったのか、小次郎は部屋の隅に移動してしゃがみこんだ。
 アヤカシとの戦闘は終わったが…住人達の戦いは、今から始まる。
 『復興』という名の戦いは長く厳しいが、この町は負けない…開拓者たちは、そう確信していた。