『最悪』の護衛
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/31 21:15



■オープニング本文

 『成金』という言葉を聞いて、どんな人物を想像するだろうか?
 宝石をクドいくらい身に着け、小柄で小太り。人を小馬鹿にしたような、ニヤニヤとした笑みを浮かべた男。
 そんな人物を想像したなら、今ギルドに居る依頼人は間違いなく『成金オヤジ』だろう。無駄に金銀宝石をブラ下げ、薄笑いしている中年男性。脂ぎった手でワイングラスを持ち、両脇には護衛の者を従えている。
 彼の名は、ゴールドマン。朱藩では有名人で、色々と噂が絶えない。もっとも…9割近くは悪い噂だが。
「それで、職員さん。私の依頼、受理して頂けるんでしょうね?」
 ゴールドマンがギルドに来た用件…それは、自身と輸送物の護衛だった。安全確保のため開拓者を雇いたい、という気持ちは分からないでもないが…不可解な点が1つ。
 護衛なら一般の業者でも事足りるし、開拓者への依頼料はカナリは高い。金に汚いゴールドマンが、損をしてまで開拓者を雇うだろうか?
 答えは、『否』である。となると…何か裏があるのは間違いないだろう。
 ギルド職員が疑問を口にすると、ゴールドマンはヒキガエルのような独特の笑い声を零した。
「貴方が疑問を持つのも当然ですな。では…積荷をご覧になりますか?」
 予想外の提案に、職員の表情が若干強張る。それでも首を縦に振ると、一同は個室から屋外に移動。ギルドの裏に回ると、ゴールドマンの幌馬車が停めてあった。
 幌の入り口には布が垂れ下がっていて、中に何が入っているのか全く見えない。その布をゴールドマンが捲った瞬間、ギルド職員は言葉を失った。
 荷台に乗せてあったのは…人間。目隠しと猿ぐつわ、麻縄で動きを完全に封じられている。薬で眠らされているのか、静かにしているが。
「彼らは、護衛や用心棒を生業にしている者ですよ。その中でも、腕利きと呼ばれる強者です」
 混乱する職員の耳に、ゴールドマンの声が響く。相変わらずのニヤけた表情のまま、彼は更に言葉を続けた。
「このご時世、自衛の手段は必要ですからねぇ。アヤカシ以外の脅威から身を守るため、用心棒を雇う者は意外に多いのですよ。そういう人のために、人員を派遣しているワケです」
 そこで一旦言葉を区切り、ゴールドマンは煙草を取り出して火を点ける。煙を吐き出しながら、更に言葉を続けた。
「安全を『買う』連中は、金に糸目を付けませんから。これだけの人数を捌けば、今回の報酬以上の儲けが出るのですよ」
 再び笑いを零し、一吸いしただけの煙草を投げ捨てる。それを脚で踏んで消しながら、幌の中を指差した。
「彼らとは平和的に契約したかったのですが…どうあっても承諾して頂けなかったので。私としては不本意でしたが、少々強引にご同行して貰ったのです」
 言葉は丁寧だが…要するに『眠らせて拉致した』という事である。法を犯す事など、彼には痛くも痒くもない。頭にあるのは、自身が儲ける事だけなのだろう。
 このまま依頼書を出せば、犯罪の片棒を担ぐ事になる。職員が書類の作成を断ろうとした瞬間、ゴールドマンは歪んだ笑みを浮かべながら口を開いた。
「そうそう、大事な事を言い忘れてました。貴方の奥様とご子息…私の方で『招待』させて頂いておりますので」
 一瞬、言葉の意味が分からなかった。呆然とする職員に追い討ちを掛けるように、ゴールドマンが指輪を取り出す。簡素でお世辞にも綺麗とは言えない指輪だったが…職員はコレに見覚えがあった。
 数年前、自分が結婚した時に、妻に贈った指輪である。
「分かっているとは思いますが…この依頼書を出さなかったり、同心や奉行所に告げ口しないように。奥様とご子息を無事に返して欲しいのなら、ね?」
 そう言い残し、ゴールドマン達は幌馬車と共にギルドを去った。
 ギルドに属する者として、犯罪は見過ごせない。だが、家族を助けるためには、ゴールドマンに従うしかない。悩んだ末、彼は辞職を決意して依頼書の作成を始めた。


■参加者一覧
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
カルマ=V=ノア(ib9924
19歳・男・砲
ジャミール・ライル(ic0451
24歳・男・ジ


■リプレイ本文


 朱藩北部に建つ、悪趣味な豪邸。その庭に、幌の付いた馬車が1台停まっている。馬車自体は珍しくないが、荷台はアンバランスな程に大きい。サイズ的に、十数人は余裕で乗れそうだ。
 この幌馬車を護衛するのが、今回の依頼である。彼らに加え、依頼主の側近4名も同行する。正直、開拓者が請け負うには簡単過ぎる任務だろう。
 だが…参加した開拓者達を見る限り、余裕や楽勝といった雰囲気は微塵も無い。むしろ、重苦しいような緊張感が漂っている。
 その理由は、幌の中身。大きな声では言えないが、この荷台には『商品』として人間が乗せられている。つまりは、人身売買。依頼主は腕の立つ用心棒を拉致し、薬で眠らせて売り捌くつもりなのだ。
 当然、そんな事が許されるワケがない。本来、ギルドや開拓者が犯罪に加担する事は無いが…依頼主は悪い意味で頭が回る。万が一に備え、担当ギルド職員の家族を人質に取っていた。
 拉致された人々と、人質になった家族を安全に助けるには、依頼主に協力するしかない。使い古された古典的な手段ではあるが、効果は絶大である。
(ちっ…なんと汚い連中だ。紛うこと無き屑だな。見ていろよ…必ず全員成敗してくれよう。なあ、うさみたん?)
 背中に背負ったヌイグルミ、うさみたんに『心の声』を送りながら、怒りの炎を燃やすラグナ・グラウシード(ib8459)。依頼主達の手口を考えると、怒るのも当然だろう。眉間にシワを寄せながら、鋭い視線を側近達に向けている。
「ラグにゃん…顔に出てんぞ。ほらほら、笑顔だぞ、笑顔〜♪」
 言いながら、ジャミール・ライル(ic0451)がラグナの頬を指で小突く。依頼主がどんな人物であれ、金を払っている以上は『お客様』。他の仲間達とは違い、ジャミールは仕事と割り切っているのかもしれない。
 仲間達から少し離れ、幌と側近達を観察しているのは、カルマ=V=ノア(ib9924)。端正な顔立ちをしているせいか、座って煙管を吹かす姿は、絵画のように美しく見える。
「ちょっと良いかな? 綺麗なお嬢さん」
 カルマに興味を持ったのか、側近の1人が歩み寄る。一瞬、カルマの眉がピクンと跳ねたが、愛想笑いをしながら煙を吐き出した。
「悪いが…俺は男だ。それでも構わないのか?」
 平静を装って言葉を返しているが、カルマは女性扱いされるのが好きではない。これが依頼と関係無い状況だったら、怒りを露にしていただろう。
「これは失礼。煙草の煙が見えたんでね、ちょっと火を貰えるかい?」
 苦笑いを浮かべながら、側近の男が懐から葉巻を取り出す。カルマは煙管を吸って火皿の火力を強めると、それを素早く差し出した。
 軽く礼を言い、側近は火皿を使って葉巻に着火。煙草を吸いながら、カルマは今回の依頼主や護衛の事について、側近男性から情報を聞き出した。
「それでは、出発しましょうか。開拓者の皆様、宜しくお願いしますよ?」
 噂をすれば何とやら。邸宅の扉が開き、依頼主のゴールドマンが姿を現す。『成金』という言葉が似合う、無駄に金銀宝石をブラ下げた小太りの男性が。
「はいは〜い、お任せ下さい♪ 素敵なおじさまは、しっかり守っちゃうからさ♪」
 ゴールドマンのような輩は、褒め言葉に弱い。彼の機嫌を取るため、ジャミールは愛嬌を振りまきながら歩み寄っていく。
「勿論、馬車の護衛もね。こんな立派な馬車を守れるなんて、身に余る光栄だよ」
 ジャミールに同調し、ゴールドマンを盛り上げるケイウス=アルカーム(ib7387)。内心でジャミールの行動に感心し、彼に協力しているのだろう。
「依頼は確実にやり遂げますんで…依頼金の方、色を付けて頂けると助かりますです」
 更に、霧雁(ib6739)が頭を低くしながらゴールドマンに媚びを売る。当然、これも相手を油断させるための演技。3人の思惑に気付いていないゴールドマンは、満足そうに笑みを浮かべている。
 その様子を眺めながら、カルマは煙管の煙草を捨てて立ち上がった。
「ま、今から仕事が始まるし…楽しい話は、後で…な?」
 側近と視線を合わせ、軽く微笑む。こうして色目を使っておけば、多少は仕事がやりやすくなるだろう。
 数分後。ゴールドマンと側近の4人、開拓者達5人は、武天に向かって出発した。


 馬車と聞くと早いイメージがあるが、今回の目的は『荷物の輸送』。速度を抑え、歩くより少し早い程度の速さで移動している。
 運転席にはゴールドマンと側近が1人乗り、残り3人の側近は幌の中で待機。開拓者達は馬車から距離を置き、周囲を警戒中である。
 とは言え、開拓者が護衛をしているのに襲ってくる者は滅多に居ない。大半のメンバーは、雑談を交えながら道中を進んでいた。和気あいあい…とまではいかないが、和やかな雰囲気である。
 馬車が林道の奥に差し掛かった頃、ジャミールは不敵な笑みを浮かべながら右前方に視線を向けた。
「俺ってば戦闘はダメダメだけどさー、敵が来るのを見つけるのはワリと得意なんだよねー…ほら、あそことかさ♪」
 その一言で、周囲の緊張が高まる。側近が手綱を引いて馬車を停めると、ケイウスと霧雁は耳の神経を研ぎ澄ませた。遠くから聞こえる、人の話し声と呼吸音。正確な距離は分からないが、20mくらいだろう。
 停車した今が好機と見たのか、その茂みから人影が飛び出す。手に刃物を持った、10人前後の男達。どう見ても、友好的な雰囲気ではない。山賊らしき集団が、一気に押し寄せて来る。
「ゴールドマン様、お下がり下さい! 側近の方々は護衛を頼むでござる!」
 叫びながら、霧雁が馬車の前に立ち塞がる。彼に促され、ゴールドマンと側近は幌の中に逃げ込んだ。
「汚らわしい賊共め! この方達へは指1本触れさせんぞ!」
 霧雁同様、馬車の前に踊り出るラグナ。2人共、本心を言えばゴールドマンを守りたくないが…依頼が終わるまでは仕方ない。気持ちを切り替え、山賊達に突撃した。
 数だけ見れば圧倒的に不利だが、普通の人間が開拓者に敵うワケがない。霧雁とラグナは手加減して素手で戦っているが、山賊達が次々に地に伏していく。
 気絶した者は、ケイウスとカルマが捕縛。身動き出来ない状態にして、道の脇に転がした。その間も、周囲への警戒は忘れない。ちなみに、第一発見者のジャミールは、馬車の後方から戦況を覗いている。
 その背後の茂みが揺れた直後、2人の山賊が跳び出した。前方から襲ってきた10人は、開拓者の注意を引くための囮。後方から挟み撃ちにするのが、本当の目的だったようだ。
 突然現れた山賊に驚愕したのか、ジャミールの動きが止まる。それに気付いたカルマは、馬車の後方に向かって駆け出した。
「ったく、手がかかる奴だな…!」
 舌打ちしながら、カルマは両手の短銃を構えて同時発射。放たれた弾丸が山賊達の手前で急角度に曲がり、足元の地面に穴を穿った。
 カルマの牽制で、山賊2人の足が瞬間的に停止。その隙に、ジャミールはダッシュで横の茂みに逃げ込んだ。
「サンキュー、ヴィーちん♪ あとは任せたよ〜。俺ほら、か弱いし?」
 言うが早いか、ウィンクを送って身を隠す。ここまで堂々としていると、逆に清々しい。カルマは短銃を煙管に持ち替えると、手加減した殴打で山賊の意識を刈り取った。
 ケイウスは縄を取り出し、山賊達を素早く縛り上げていく。全員の捕縛が終わり、周囲の安全を確認すると、馬車は再び動き出した。


 山賊の襲撃以降は大きな戦闘も無く、馬車は順調に進行。途中で休憩を挟みながらも、無事に目的の町へと到着した。人目の少ない道を進み、郊外の豪邸へと近付いていく。
「やれやれ、無事に到着しましたな…ここで結構ですよ。皆様、お疲れ様でした」
 微笑みながら、開拓者達の労をねぎらうゴールドマン。町に着いた以上、もう開拓者に用は無い。『商品』の取引をする前に、さっさと別れたいのだろう。
 だが…開拓者達にとっては、ここからが本番である。
「無事仕事も終わったことだし、どうだ? その辺の酒場で酒でも…」
 ゴールドマン達を逃がさないよう、ラグナは馬車の後方に移動し、幌の中に居る側近達に声を掛ける。話の内容は何でも良い。大事なのは、側近達の足止めをする事だ。
「無論、酒代は拙者達が出すでござる。今宵は酒池肉林でござるよ」
 霧雁が言葉を付け加えると、側近の3人が話に喰い付く。彼らの気を引くため、霧雁は特殊な術を発動させていた。更にカルマも話に加わり、側近達の注意を引いている。
 ほぼ同じタイミングで、ケイウスとジャミールは馬車の運転席側に回った。ゴールドマンに軽く頭を下げ、馬車の手綱を受け取って町の柵に結んでいく。
「そういえば…あの職員の人、なんだか様子がおかしかったね」
「様子…変だったかな? 覚えてねぇけど、おじさま何か知ってる?」
 世間話のフリをして、情報を聞きだそうとするケイウス達。2人の話を聞いて何かを思い出したのか、ゴールドマンはポンと手を叩いて懐から小さな紙を取り出した。
「キミ。これを依頼の担当職員に渡しておいて下さい。お願い出来ますね?」
 ケイウスはそれを受け取り、静かに頷く。手で隠しながら紙を広げ、そっと視線を向けると、住所らしき文字列が書かれていた。
 ゴールドマンがギルド職員に伝える情報は、1つしかない。職員を脅す材料となった、人質の居場所。つまり…この住所が示す場所に、職員の家族が捕えられているハズだ。
 内容を確認したケイウスは紙を懐に仕舞い、顔を背けて軽く咳き込む。そのまま手で口元を隠し、口内に精霊力を集めた。
「カルマ…情報は手に入れた。もう我慢しなくて良いよ」
 小声で呟いた言葉が精霊力を纏い、弾丸のように高速で直進。周囲に音を漏らす事なく、進路上のカルマの耳に届いた。
 ケイウスの声を聞いたカルマは、彼と視線を合わせて不敵に微笑む。馬車後方では、側近達が幌から降り、開拓者と一緒に酒場の場所を話し合っていた。
 カルマは視線を戻し、素早く短銃を抜き放つ。その銃口を、近くに居た側近の頭に突き付けた。
「さぁて、観念しやがれよ? 大人しくしてりゃ、痛い目は見ないさ」
 予想外の言動に、驚愕の表情を浮べる側近達。情報収集が終わった事を理解した霧雁は、手近な側近の背後に素早く回り込んだ。間髪入れず鋼線を取り出し、相手の首に巻き付ける。頸動脈を正確に圧迫し、一瞬で失神させた。
「だ…騙したのか、開拓者共!」
 ようやく状況を理解したのか、側近が怒りの声を上げる。その直後、カルマは鋭い膝蹴りを腹部に喰らわせ、側近の1人を行動不能にした。
 残った1人が、ヤケクソ気味にラグナに飛び掛かる。それを難無く避け、ラグナは背中のヌイグルミを下ろした。
「このラグナ・グラウシード、外道に振るう剣は持ち合わせていない! うさみたんの『怒りの鉄拳』…存分に喰らうがいい!」
 叫びながら、ヌイグルミの腕を操ってパンチを繰り出す。一見すると『子供の人形遊び』にしか見えないが、考えて欲しい。超人的身体能力を有する開拓者が、ヌイグルミを操っているのだ。綿の塊が高速で衝突したら、どうなるか?
 『怒りの鉄拳』が側近の頬を直撃し、衝撃で脳が激しく揺れる。意識が空の彼方まで飛び抜け、脱力した体が膝から崩れ落ちて地に伏した。
「はっ! 愚か者どもめ! 貴様らなどの悪企み、天が見逃す道理はない!」
 気絶した3人を見おろし、ラグナが満足そうに胸を張る。霧雁とカルマは側近達を素早く縛り上げ、馬車から遠ざけた。
「おい! これは何の騒…ぎ…」
 馬車後方の騒ぎに気付いたゴールドマンだったが、叫び声が途中で途絶える。代わりにイビキが聞こえ始め、その場で崩れ落ちた。4人目の側近もイビキを上げ、地面に横たわっている。
 2人が行動不能になった事を確認し、ケイウスは竪琴から手を離した。彼が密かに演奏していた楽曲は、対象を眠りの底に落とす。抵抗力の低い一般人なら、曲を聞いた事を認識するより早く睡眠状態に陥っただろう。
「身を守るのは確かに大事だ。けど…このやり方、俺は間違ってると思う。人を売るなんて、絶対に見過ごせない」
 誰に聞かせるワケでもなく、独り呟くケイウス。声自体は小さいが、その言葉には強い想いが籠っていた。


「こちら、ケイウス=アルカーム。例の依頼、無事に完了した。人質を救助に行くなら、俺とラグナが手を貸すよ」
 ゴールドマン達5人を捕縛した開拓者達は、幌馬車ごと町のギルドへ移動。ケイウスは風信機を借り、朱藩のギルドに状況を伝えた。拉致された人々に怪我は無く、次々に目を覚ましている。
 通信を終えたケイウスは、ラグナと共に屋外に移動。人質の救出を手伝うため、朱藩に向かって走り出した。
「愚民共が…浮かれていられるのも、今だけだ!」
 状況の読めないゴオールドマンが、拘束されたまま叫ぶ。恐らく、金と人脈を駆使して、復讐する計画を立てているのだろう。
 だが…その発言は、拉致された人々の怒りに油を注いだ。
「ゴールドマン…!」
「こいつが、俺達を…!」
 瞳に怒りの炎を燃やし、ゴールドマンの周囲を取り囲む被害者達。これから何が起こるのか、想像するのは容易い。殺気に満ちた無数の視線に晒され、ゴールドマンは怯えた表情を浮べている。
「皆様、お待ち下され!」
 室内に響く、霧雁の叫び。被害者達を掻き分け、彼はゴールドマンを守るように立ち塞がった。
 霧雁の行動に、周囲から不満の声が上がる。激高した被害者達は目を血走らせ、今にも飛び掛かりそうになっている。
「ここで殺しても、一銭の得にもならぬ。それよりも、奉行所に協力し、被害者としての損害賠償を合法的に頂くのが得策ではござらんか?」
 そんな者達を落ち着かせるように、冷静に語り掛ける霧雁。彼の提案に納得したのか、被害者達は複雑な表情を浮べながらゴールドマンから離れていった。
 入れ替わるように、カルマとジャミールが歩み寄る。
「なぁ、あんた。自分の命にいくら出すつもりだ? ここは、誠意を示しておいた方が良いぜ。死にたくなけりゃ…な」
 不敵な笑みを浮かべながら、ゴールドマンの耳元で呟くカルマ。その言葉が嘘ではない事は、ゴールドマン自身が一番良く分かっているだろう。冷汗を流しながら、軽く放心している。
 ジャミールはゴールドマンを慰めるように、背中を数回叩いた。と同時に、神業のような指捌きが炸裂。誰にも気付かれる事なく、ゴールドマンのポケットから小さな指輪を抜き取った。
 数時間後。人質は無事に救出され、ギルド職員と再会を果たした。が…理由はどうあれ、彼が過ちを犯したのは事実。その責任を取り、ギルドを辞職した。
 風の噂では、彼は田舎に戻って家族と幸せに暮らしているらしい。