彦星と織姫の代わりに
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/21 20:53



■オープニング本文

 7月7日。今年の七夕は、あいにくの雨天だった。梅雨の時期という事もあり、朝から晩までずっと雨。そのせいで、夜になっても星1つ出なかった。
 無論、夜空は黒一色で、天の川は全く見えない。この状況では、彦星と織姫も会えなかっただろう。
 天儀の風俗や伝承に疎い者でも、彦星と織姫の伝説を知る者は意外に多い。様々な説や解釈があるが、共通しているのは『七夕の日にだけ会える』という悲恋。その日が雨で流れてしまったのは、少々寂しい気もする。
「ですから…我々が彦星と織姫の代わりに、愛の素晴らしさを広めようと思っているのです!」
 拳を握り、熱く語る中年女性。彼女は今回の依頼人であり、『愛の伝道師』を自称する人物でもある。一見すると、どこにでも居そうな中年女性だが。
「どんな時でも、愛を忘れてはいけません! 心が貧しくなると他人を思いやる事を忘れ、殺伐とした世の中になってしまいます!」
 彼女の言う通り、紛争の多い地域や、治安の悪い集落では『他人を思いやる』という余裕は無いだろう。それが世界全体に広がったら…想像するだけで恐ろしい。
「苦しい時だからこそ、愛や絆が重要なのです! 分かりますか!?」
 説明に熱が入り過ぎているのか、目を血走らせながら身を乗り出す女性。愛の前に、彼女には冷静さが必要な気がする。
 とは言え、その主張には一理あるかもしれない。自然災害等で命の危険に晒された人々が、絆の大切さを再確認した話は多々ある。互いの大切さに気付き、それが結婚の決め手になったケースも少なくない。
「開拓者の方々でしたら、様々な体験をしているでしょう? きっと、愛や絆の深さは相当なものかと。それを、私達に聞かせて頂きたいのです!」
 要するに…『衆人環視の前でノロケ話をしろ』という事なのだろう。ギルド職員が話を纏めて書類作成を始めると、依頼人女性は期待を込めて笑みを浮かべた。
「彦星と織姫に負けないようなお話、期待していますよ!」


■参加者一覧
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
桂樹 理桜(ib9708
10歳・女・魔
サドクア(ib9804
25歳・女・陰
シマエサ(ic1616
11歳・女・シ


■リプレイ本文


 嵐の後には、太陽が顔を出す。台風の過ぎ去った今、武天は快晴無風。抜けるような青空の下、野外特設ステージには多くの観客が集まっていた。
 彼らの目的は、これから始まる『開拓者の講演』。実際は『愛について語る』というシンプルな内容だが、人数不足で開催が危ぶまれていた。
 それが無事に開会でき、依頼主も胸を撫で下ろしている。
 周囲の期待が高まる中、ステージの袖から1人目の開拓者が姿を現す。と同時に、客席から盛大な拍手が上がった。
 ステージに上がったナキ=シャラーラ(ib7034)は、手を振りながら拍手に応える。設置された拡声器に近付き、小さく咳払いをした。
「期待されてる様な話が出来るかわかんねーけど…よろしく頼むぜ」
 そう言って、軽く頭を下げる。周囲の拍手が鳴り止むのを待ち、ナキはゆっくりと口を開いた。
「あたしさ…開拓者なる前は、アル=カマルでスリやってたんだ。んでもある日、『幸せそうな間抜け面した女』の財布に手ぇ出したんだけど…それがバレて捕まってさ」
 自嘲するように笑いながら、後頭部を掻く。その動きに合わせて、金色の長髪が糸のように揺れた。
「その女、良く見たら刀下げてやがるし、これは一巻の終わりかと覚悟したんだけど…あたしを…その…」
 急に口籠り、ナキの視線が周囲を泳ぐ。と同時に、彼女の頬が赤く染まっていった。恐らく、口にするのも恥ずかしい事をされたのだろう。
 ナキは大きく咳払いし、深呼吸を繰り返す。数秒で気持ちを落ち着かせると、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「んで、役人に突き出されるかと思ったら…『君はボクの愛する子猫ちゃんだよ♪ なんでそんな事をする必要があるんだい?』って言いやがってさ」
 相手女性の口調を真似しながら、当時の状況を説明するナキ。その表情は、どこか嬉しそうにも見える。
「もう意味分からねえだろ? だから『誰が子猫だ馬鹿!』って、思いっ切り蹴り入れて逃げてやったぜ!」
 自慢げに語るナキに、客席は笑いと拍手に包まれた。可愛い女性に対して、親しみを込めて『子猫ちゃん』と呼ぶ事が多々あるが、彼女にはそれが通じなかったらしい。
「その日から…あの女の事を考えると、妙にムシャクシャしてさ。近所のジプシーに技を教わって、開拓者になってクソ女を襲撃したんだ」
 話を聞く限り、ナキが狙った女性も開拓者なのだろう。だから、すぐに襲撃しないで技を磨いていたのだ。
 若干、力の使い方を間違っているような気もするが…ナキはまだ10歳。判断を間違うのも、仕方のない事だろう。それに、理由はどうあれ、今は立派な開拓者に成長している。
「でも…何回戦っても負けばっかりで…なのに、あいつに会うと…なんか、嬉しくなってる自分がいてさ…」
 今まで抱いた事のない感情に、戸惑いながらも嬉しそうなナキ。本人は気付いていないが、完全に『恋する乙女』のような瞳をしている。
「何が何だか分からなくて、一度、直接聞いてみたんだ。したらあのクソ女、何て言ったと思う?」
 問い掛けるナキに、言葉を返す者は誰も居ない。客席から注目が集まる中、ナキは大きく咳払いして喉に軽く触れた。
『それは、ナキがボクの事を愛しているからさ♪ ボクもナキを愛しているよ♪』
「とか、しれっと言いやがったんだよ! そんな訳ねえだろ、チクショー!」
 声真似をした直後、怒りを露にするナキ。どうあっても、自分の恋心を認めたくないようだ。
「あんな女を野放しにするなんて…この国はどうかしてるぜ! これ以上被害を出さねえためにも、監視が必要だな……」
 自分に言い聞かせるように、言葉を続けるナキ。一旦言葉を切ると、決意を固めるように拳を強く握った。
「だから…あたしはいつか、あいつと…けけけ結婚しようと思ってるんだ! かっ、勘違いするな! 監視の為だ、監視! ずっと傍で見張る為なんだからな!」
 大胆過ぎる宣言と共に、ナキの顔が一気に赤く染まる。どこからツッコんだら良いか迷うが、ここまで強情だと逆に微笑ましい。
 ツンデレ少女に向かって、観客席から歓声と拍手、冷やかしにも似た口笛が湧き起っている。
「って、おまえ達! 何ニヤニヤしてんだ! あ、あたしは別に…その…えっと…とにかく、笑うなぁ!」
 耳まで真っ赤にしながら、怒りの声を上げるナキ。そのまま、彼女は慌ただしくステージを下りていった。


「次は理桜の番ですね。よろしくお願いします」
 ナキと入れ違うようにステージに上がったのは、桂樹 理桜(ib9708)。2人共、同じ年頃の少女だが、ナキが雪のような白い肌に対し、理桜は健康的な小麦色。上着の隙間から覗く肩には、水着の日焼け跡が残っている。
 理桜は客席に向かって手を振ると、周囲が静かになるのを待って語り始めた。
「憧れの『あの人』に初めて会ったのは、都に突然アヤカシが出現した時です。理桜は逃げ遅れて、アヤカシに見つかってしまって…」
 アヤカシに人々が襲われる…昨今では、珍しい事でもない。その辛い出来事が、運命の出会いに繋がったというのは皮肉な事ではあるが。
「もうダメだと思って目を閉じたら…『あの人』が助けに来てくれたんです。あの時の光景は、今でも忘れません…」
 言いながら、理桜は胸の前で両手を重ねた。自分の命を救ってくれた相手なら、彼女が憧れるのも当然だろう。
「理桜と同じくらいの女の子が、手に持った杖でアヤカシの腕を受け止めてて…頭から血を流して、顔が血だらけなのに、彼女は自信満々な笑顔を向けてくれました」
 今でも脳裏に焼き付いている、『あの人』の勇姿。耳に残る、『大丈夫? 今からこいつブッ倒すから安心して♪』という力強い言葉。それが、彼女の胸を何度でも高鳴らせる。
 どうやら、理桜の憧れている人物も開拓者らしい。しかも、アヤカシをアッサリ倒せる実力を備えているようだ。
 ここまで順調に話を続けていた理桜だったが、その言葉が不意に止まる。頬を赤くしながら、モジモジと恥ずかしそうにしている。
「理桜は…彼女の姿が余りにも格好良くて…その…失神、しちゃったんです」
 照れながら、舌をペロッと出す理桜。その可愛らしい仕草に、客席から歓声が上がった。
 観客は誰もツッコんでいないが…『同性の姿に見惚れて失神した』というのは、色んな意味で問題な気がしないでもない。
「それからというもの、理桜の頭は『あの人』の事でイッパイなんです」
 恥ずかしそうな理桜を冷やかすように、ヒューヒューという口笛が飛び交う。その音に負けないように、理桜はハッキリした口調で言葉を続けた。
「あの人みたいに、どんな時でも笑顔で、人を助けられる様な開拓者になりたいって思って、両親を説得して開拓者になりました!」
 茶色の瞳に宿る、熱い情熱と固い決意。『あの人』に対する憧れが、彼女の原動力になったのだろう。10歳にして両親を説得したのは、見事としか言い様がない。
「絶対あの人の様な、すごい開拓者になります! なってみせます!」
 想いを込めた理桜の叫びが、青空の向こうまで響いていく。少女の決意を後押しするように、歓声と応援の言葉が雨のように降り注いだ。
 客席の声に応えるため、理桜は微笑みながら息を大きく吸い込む。
「そして…いつか告白するんです! 『あなたの事が好きです! 結婚してください!』って!」
 彼女の口から出た一言は、想像の斜め上をいく言葉だった。その発言が嘘や冗談じゃない事は、一目瞭然である。
「大丈夫、オネショは気にしなくていいです! 理桜もしてますから平気です! 幾らでもしてください!」
 暴露に次ぐ暴露。ここまで自信タップリに平気と言えるのは凄いが…公衆の面前でオネショ癖をバラされた『あの人』は、とんだ災難かもしれない。
「好きです! 大好きです! 愛してるんですうううう!!!」
 相手の事を想い過ぎたのか、理桜は軽く暴走状態になっている。愛の言葉が止まらず、周囲の声は届かず、完全に『アッチの世界』に行っているようだ。
 ナキは素早くステージに上がり、暴走した理桜を連れて袖に移動。2人の姿が見えなくなるまで、拍手と笑いが絶える事は無かった。


 再びステージに人影が現れた瞬間、周囲は静寂に包まれた。
「こんにちはぁ…今日は、ボクの大切な奉仕種族のぉ…シマエサちゃんについて話しますねぇ…」
 ゆったりとした口調で、サドクア(ib9804)が言葉を紡ぐ。だが…彼女の声は、観客達の耳に届いていないだろう。
 何故なら……全員の注意が、ネグリジェ姿のサドクアに集中しているからである。
「にゃー! サドクア様っ! その前にお洋服を着て下さいですにゃ!」
 悲鳴に近い叫びと共に、黒猫の獣人、シマエサ(ic1616)がステージに駆け上る。大きな布を素早く投げ、サドクアの全身を包み隠した。
 サドクアは並外れて呑気な上、少々天然なところがある。自身がスケスケのネグリジェを着ていた事も、シマエサに指摘されるまで忘れていたようだ。
 加えて、サドクアは目のやり場に困るほどのナイスバディ。そんな美女が超薄着で現れたら、色んな意味で大問題である。
 シマエサは急いでサドクアの身支度を整え、大布を取り払う。衣装替えも終わり、ようやく2人に拍手が贈られた。
「えっとぉ…ボクはぁ、何処かで神様だったらしいのですねぇ…」
「シマエサの部族で、神様として崇められていたのですにゃ♪ でも…ある日突然いなくなってしまったのですにゃ」
 記憶が曖昧なサドクアをフォローするように、シマエサが言葉を付け加える。神様が行方不明になったのなら、村は大騒ぎだっただろう。理由も気になるトコロである。
「あ〜…ボク、気が付いたら開拓者になっていたのですよぉ…だからぁ…神楽の都で寝ていましたぁ…」
 当時の状況を説明しながら、サドクアが柔らかく微笑む。内容を省略し過ぎている気もするが…彼女の性格を考えると、細かい事は覚えていないのかもしれない。
「そうなのですにゃ! だから、私も都でお傍に仕える事になったのですにゃ!」
 サドクアの言葉に疑問を持つ事なく、嬉しそうに言葉を続けるシマエサ。彼女は部族を代表し、『神様捜索』の任務に就いた。結果としてサドクアを発見し、今では主従のような関係になっているらしい。
「サドクア様は、『朝起きて昼寝して夜寝る』という恐るべき生活サイクルを、ず〜〜〜っと続けていますにゃ! 時には、『体を動かすのが面倒』という理由で、手を伸ばせば届く距離にある食事に全く手を付けない事もあるですにゃ!」
 自慢するように話すシマエサだが、観客の大半は自身の耳を疑っている。彼女の説明を聞く限り、サドクアは呑気と言うよりも、極度の面倒くさがりのようだが…。
「ボクは面倒くさがりなのでぇ…シマエサちゃんのお世話になっているんですよぉ…ご飯は全て、あーんして食べさせてくれますしぃ…」
 当人にも自覚はあるらしい。まるでノロケ話をするように、嬉しそうにシマエサの事を語っている。
「恐るべき怠惰ぶり! 私の部族では、怠惰こそ最上級の美徳! まさに我らが神!」
 『所変われば品変わる』という言葉があるように、文化や風習も様々。シマエサの部族の教えに従うなら、サドクアが神として崇拝されているのも納得である。
 その信仰心と情熱が、更に加熱していく。
「いあ! いあ! さどくあ!」
 隣に居るサドクアに向かって、祈りを捧げるシマエサ。その動きは、まるで降霊の儀式のように見える。
 彼女の祈祷を微塵も気にする事なく、サドクアはゆっくりと口を開いた。
「体を洗うために銭湯に行くときもぉ…ボクの事を気遣ってくれますねぇ…移動中も寝ていられる様にぃ…ボクを大八車に寝かせて、運んで行ってくれるのですよぉ…」
 面倒くさがりも、ココまでくると大したものである。食っちゃ寝を繰り返しているのに、抜群のプロポーションを維持しているのは、女性にとって羨ましい事だろう。
「勿論、体の隅々まで洗ってくれるのですよぉ…」
 サドクアの何気ない言葉に、客席の一部男性陣が反応。シマエサを羨ましがるような、嫉妬に似た視線を向けている。
 当のシマエサは、ようやく正気に戻って軽く咳払いをした。
「ち…ちょっと、興奮し過ぎましたにゃ。サドクア様は偉大な神様であるのに、奉仕種族である私にとてもお優しいのですにゃ♪」
 『ちょっと』ではなかったが、ツッコんだら負けである。
 シマエサの種族は、神に奉仕する事を続けてきた。彼女自身、サドクアに仕えるのに異論は無いし、むしろ嬉しいと思っている。
「それはぁ…シマエサちゃんがとても可愛いからですよぉ…毎晩、抱っこして寝ているのですねぇ…」
 そんな彼女に感謝するように、サドクアは優しく頭を撫でる。ご主人様に撫でられ、シマエサは嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような笑顔を浮かべた。
「光栄ですにゃ♪ 夜は同じお布団に入れて下さり…毛繕いまでして下さるのですにゃ♪」
「食べちゃいたいくらい可愛いのでぇ…時々、頭をカプカプしちゃうんですねぇ…」
 若干噛み合わない、2人の主張。本当は頭をカプカプされているのだが、シマエサはそれを勘違いしているようだ。どちらにせよ、彼女は『それでも幸せですにゃ!』と断言しそうである。
「サドクア様に抱きしめられると…体が溶けて、サドクア様と一つになるかの様な心地よさに包まれますにゃ…」
 シマエサはサドクアの手を取り、熱い視線を向けた。今までとは違う、決意の籠った瞳…ありったけの想いを込め、シマエサは口を開いた。
「ずっとずっと、サドクア様にお仕えしていきたいですにゃ!」
 彼女の言葉には、嘘も偽りも無い。そこにあるのは、サドクアに対する愛情。『神様』への信仰や尊敬ではなく、『サドクア』という人間を愛しているのだ。
 シマエサの告白に、サドクアは少しだけ首を傾げた。彼女にとって、シマエサが傍に居るのは自然な事であり、ずっと一緒だと思っている。離れる気は毛頭ない。
 が…その気持ちを伝えた事は、一度も無かった。サドクアはゆっくりと腕を伸ばし、シマエサを自身の胸に引き寄せた。
「ボクはシマエサちゃんにお世話して貰えてぇ…とっても幸せですねぇ…一緒にいたいと思う気持ちはぁ…同じなのですよぉ…」
 彼女の告白を受け止め、自身の気持ちを返す。衆人環視の前だが、そんな事は気にしない。サドクアは耳元に口を近付け、静かに呟いた。
「シマエサちゃん…いつも、ありがとうですねぇ…大好きなのですよぉ…」
「にゃあああ! サドクア様ああ!」
 歓喜の叫びと共に、シマエサがサドクアを強く抱き締める。それに合わせて、客席から盛大な拍手が贈られた。
 4人の『織姫』のお陰で、講演は大成功で閉幕。もしかしたら…来年は、今年以上に情熱的な話が聞けるかもしれない。