たのしい『おしょくじかい』
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/04 20:02



■オープニング本文

「食事会をしましょう! いえ、させて下さい! むしろ、盛大に行うべきですっ!」
 相変わらず、突発的かつ意味不明な提案をする男…絶橘克騎。このノリに慣れているのか、彼の上司がコーヒーを飲みながら問い質す。
「激戦続きで、開拓者の皆様もお疲れだと思うのですよ。まだ戦いは続きますし、壮行式を兼ねて食事会を行い、英気を養うべきだと愚考したワケです」
 高いパフォーマンスを発揮するには、適度な休息は必須。そこに美味い食事と、楽しい会話が加われば、良い骨休めになるだろう。
「第一、開拓者の仕事はハードですよ!? 馬車馬の如くコキ使われているんですから、たまには我々から癒しの場を提供するべきです!」
 熱弁する克騎だが…開拓者は『コキ使われている』ワケではない。依頼への参加は自由だし、様々な作戦を強制する事もない。
 恐らく…馬車馬のような扱いを受けているのは、克騎自身の事だろう。ギルドの上司は、それをツッコむ事なく静かに話を聞いているが。
「会場や料理の手配は、私が行います。多分、協力してくれる調理師も居ると思いますし。ですから……食事会の許可を下さい!」
 言いながら、深々と頭を下げる克騎。許可を出すのは簡単だが…『食事会に誰も来ない』という可能性を考慮しているのだろうか?
 一抹の不安を抱えながらも、上司は静かに頷いた。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 皇 那由多(ia9742) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ローゼリア(ib5674


■リプレイ本文


 6月の某日。朱藩の集会所に、早朝から食材が搬入されていた。その大半は、泰国から輸送された物。燕の巣やフカヒレ、アワビといった高級食材だけでなく、ナマコや熊の手といった珍味まで揃っている。
 この食材は全て、昼から始まる食事会に使われる。調理場で克騎が品物の確認をする最中、彼以外の人影が2つ。
『まんかんぜんせき?』
「泰国の高級料理を集めたようなものなんだけどね。まゆも何の料理がこれに入ってるのか知らないの」
 上級からくり、しらさぎが口にした疑問に、礼野 真夢紀(ia1144)が言葉を返す。彼女達は調理を担当するため、他の参加者より早く集会所に来ていた。
 満漢全席…元は泰国の皇帝に出される豪華な食事の事で、数日かけても食べきれない量が出されるらしい。本来なら宮廷料理なのだが、昨今では『泰国の高級料理』の代名詞として使われる事が多い。
 真夢紀の言葉に、しらさぎは小首を傾げた。自分の主も知らない料理…それがどんな物なのか、興味が湧いてくる。
『まゆき、しらない? なら…つくってみたい』
 言いながら、しらさぎは小さく拳を握った。その瞳は、無邪気な子供のようにキラキラと輝いている。
 相棒の様子に、真夢紀は少しだけ笑みを浮かべた。
「そうねー、この機会に調べてみるのも良いかも。燕の巣なんて食材、普通に考えたら扱える事なんてないんだし」
 幸いな事に、泰国料理のレシピと食材は揃っている。彼女の調理技術があれば、再現する事は難しくないだろう。早速、2人はレシピ本を手に取り、イスに座って中身に目を通していく。
「では、満漢全席はお願いしますね。私は違う料理の準備を進めますので」
 克騎が2人に声を掛けるが、返事は無い。どうやら、彼の声が届かないほどに集中しているようだ。
 返答が無いのは寂しいが、手伝って貰えるのは有難い。克騎は苦笑いを浮かべながらも、2人の邪魔にならないよう調理を始めた。


 時刻は正午。完成した料理が、テーブルに所狭しと並んでいた。大半は泰国の料理だが、アル=カマルやジルベリアの料理も並んでいる。何とも統一感の無い品揃えだが、気にしないでおこう。
「えっと…それでは皆さん、グラスを持って下さい。準備は良いですか? 乾杯!」
『カンパ〜イ!』
 真夢紀の音頭で、グラスを合わせる一同。中身を一口飲んでコップを置き、箸やスプーンに持ち替える。それがテーブルの上で入り交じり、料理が次々に減っていった。
「あたしは堅苦しいの好きじゃないし、手づかみで食べられる料理がいいな…あ、克騎! ドネルケバブ切って♪」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)に頼まれ、克騎は『垂直に立てた串』に刺さった巨大な肉を、回しながら削ぎ切る。それを皿に乗せて渡すと、リィムナは軽く礼を述べて嬉しそうに肉を頬張った。
「ケバブか…妾も頼む。他にも、柔らかい肉のソテーなど希望するぞ♪」
 北京ダックを味わいながらも、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が皿を差し出す。育ち盛りな少女が2人居ると、ケバブがあっという間に無くなりそうである。
 彼女達とは逆に、ゆっくりと料理を味わっているのは、皇 那由多(ia9742)。天儀以外の料理は珍しいらしく、物珍しそうに観察している。
「アル=カマル料理は初めてですが…豆料理が多いんですねぇ」
 豆は暑さや寒さに強く、生育に必要な水も少ない。砂漠や乾燥地帯が多いアル=カマルでも育成可能なため、豆を使う料理が発達したのだろう。
 美味しそうに料理を食べる那由多を見ながら、ローゼリア(ib5674)は苦笑いを浮かべた。
「でも…何と言うか、味が極端なものが多いので、私としては苦手ですの…」
 こればっかりは好みが分かれるが、アル=カマルの料理は香辛料が多い。人によっては、それが極端な味に感じられるのだろう。
 もっとも、天儀の料理も『醤油味ばかりで味に変化がない』という評価を受ける事が多いが…。
「なら…ローゼリアさんの好みの味とか、思い出の味があったら教えて下さいね♪ 僕、頑張って作りますから!」
 言葉と共に、拳をグッと握る那由多。発言自体はカッコイイし、ヤル気も充分だが…モグモグしながらでは、イマイチ決まらない。ある意味、彼らしい言動ではあるが。
 その可愛らしさに、ローゼリアは思わず微笑んでいた。
 一通り食事を味わった那由多は、デザートの焼き菓子に手を伸ばす。
「あ、那由多? 試しに食べてみるというのは良いと思いますが、デザートは気を付けた方が…」
 ローゼリアが注意を促すが、もう遅い。彼は焼き菓子をフォークで切り、口に運んでいた。
「こ…これは…!?」
 舌に感じる、尋常ではない甘さ。彼が食べたのは、バクラヴァと呼ばれる焼き菓子。軽い目眩を感じながらも、那由多はそれを紅茶で流し込んだ。
「あ…甘過ぎて頭が痛くなるって、初めての体験です…」
 アル=カマルは暑い気候のため、即エネルギーになる糖分を多く摂る傾向がある。その味に慣れていない者なら、甘過ぎて頭痛を起こすのも無理はない。
「にゃあああ! 甘いねっ♪」
「うっみゃー!甘くてほっぺたが落ちそうじゃ♪」
 その甘いバクラヴァを、リィムナとリンスガルドは嬉しそうに食べている。しかも、蜂蜜で更に甘さを加えながら。
「はい、リンスちゃん。あーん♪」
 シロップと蜂蜜に塗れたバクラヴァを、リィムナがフォークに刺して差し出す。リンスガルドは照れながらもそれを頬張ると、満面の笑みで悶え始めた。
 数秒後、今度はリンスガルドがバクラヴァを食べさせる。人目も気にせず食べさせ合う姿は、恋人以上に仲良しで情熱的だ。
 この場のデザート以上に甘々で、少々胸ヤケしそうだが。
「私達も『あ〜ん』しましょうか?」
 バクラヴァを手に、イタズラっ子のような笑みを浮かべるローゼリア。予想外の提案に、那由多は軽く咳き込んだ。
 脳裏に蘇る、数分前の衝撃的な味。『あ〜ん』は魅力的だが…頭痛は避けたい。那由多が激しい葛藤を繰り返す中、ローゼリアはクスクスと笑いながらバクラヴァを頬張った。
「宴に舞手が居ないのは少々寂しいのう…リィムナ、Shall we dance?」
 リンスガルドは椅子から立ち上がって手を差し出し、ジルベリア紳士のように誘いの言葉を掛ける。貴族育ちなためか、その振る舞いは優雅で品がある。
 誘われたリィムナは、その手を取って嬉しそうに微笑んだ。
「うん! 一緒に踊って盛り上げよう♪」
 言うが早いか、足早にテーブルから離れる2人。視線を合わせて脚で軽くリズムを刻むと、可愛らしい歌声を披露した。それに合わせて、2人が舞い踊る。
 刀を抜いて床を蹴り、流れるような動きを見せるリンスガルド。銀色の刀が宙を奔り、金色の頭髪と共に鮮やかな軌跡を描いた。
 リィムナは符に練力を込め、『白面を被った自分の姿』をした式を生み出す。それが鏡写しのように左右逆の動きを見せ、2人のリィムナが軽やかに宙を舞った。
 彼女達のダンスに合わせ、手拍子を送る一同。歓声や称賛の声も入り混じり、室内は盛り上がっている。最後にリィムナとリンスガルドがポーズを決めると、大きな拍手が湧き上がった。


 空が茜色に染まる頃、食事会は無事に幕を閉じた。那由多とローゼリアは一足先に帰ったが、リィムナとリンスガルドは集会所の庭で夕陽を眺めている。
 そんな2人の様子を、物陰から覗き見る克騎。彼女達がこれから何をするのか、気になっているのだろう。彼の背後から、真夢紀がゆっくりと手を伸ばした。
「覗きとは感心できませんね。非常識ですよ?」
 言いながら、上着を掴んで全力で引っ張る。その勢いで克騎が倒れると、しらさぎが両腕を拘束。そのまま2人に引きずられ、克騎は強制的に退場していった。
 お邪魔虫が居なくなったのを知ってか知らずか、リンスガルドは身なりを整える。深呼吸して決意を固めると、赤い瞳をリィムナに向けた。
「リィムナ…戦いが終わったら、妾と正式に結婚してくれぬか?」
 彼女の口から飛び出したのは、衝撃の一言。突然の事に、リィムナは驚きの表情を浮べている。
「もう、母上の了解は得ておる。リィムナと、ずっと一緒にいたいのじゃ…」
 胸の内にある想いを全て吐き出し、返事を待つリンスガルド。数秒の静寂の後、リィムナは満面の笑みを返した。
「うん…勿論だよ♪ 大好きなリンスちゃんとずっと一緒にいられるなんて嬉しい♪」
 彼女の言葉に、嘘偽りは無い。2人は互いに想い合い、同じ事を考えていたのだ。そこに年齢の問題や性別の壁があっても、微塵も気にしない。
 最高の返事を貰い、リンスガルドは嬉しそうに彼女を抱き締める。そのまま自然に、2人の唇が重なっていた。
「結婚したらガラドルフ皇帝のとこに忍び込んで、鬼魅降伏で誑し込み、リンスちゃんに帝位を禅譲する様に仕向けるね♪」
「って、流石に皇帝陛下をどうにかするのは拙いぞ…」
 不穏当な発言をするリィムナに、リンスガルドが苦笑いしながらツッコミを入れる。
 が、当のリィムナには言葉が届いていないようだ。結婚後の妄想が、どんどん膨らんでいく。
「その勢いで世界征服しちゃう? あたし達に勝てる人なんて誰もいないし♪」
 既に新婚生活を通り越し、脳内で世界征服の準備を始めるリィムナ。そんな彼女と視線を合わせながら、リンスガルドは思わず笑みを浮かべた。
「世界征服か…汝と一緒なら出来てしまいそうじゃの♪」
 本気なのか冗談なのか分からないが…2人が組んで大暴れしたら、本当に世界征服しそうなイキオイである。新婚旅行が『世界征服ツアー』にならない事を、心の底から祈っておこう。
 ほぼ同時刻。那由多とローゼリアは帰路を歩いていた。夕暮れの地面に伸びる、2つの影。その片方が、突然止まった。
「ん? どうしたんですの?」
 ローゼリアは後ろを振り向き、立ち止まった那由多に声を掛ける。ほんの数秒、彼の視線は宙を泳いだが、手を固く握って顔を上げた。
「先日は…中途半端に求婚してしまってごめんなさい…」
 そう言って、深々と頭を下げる。彼にとって、ローゼリアは大切な女性。そんな彼女と一生を共にしたいと思い、プロポーズしたが…それが中途半端な結果になってしまったようだ。
「もう少し待っていてもらえますか? ちゃんと言い直しますから」
 顔を上げ、柔らかい笑みを浮かべる那由多。伝えるべき気持ちは分かっているが、それを言葉にするのは難しい。
 あの日以来、彼はずっと探しているのだ。自分の気持ちを全て伝える、求婚の言葉を。
 不意討ち気味の告白に、ローゼリアの頬が赤く染まっていく。恥ずかしそうに微笑みながら、彼女は那由多の手をそっと握った。
「お待ちしておりますわね」
 たった一言に込めた、ローゼリアの気持ち。彼を信じ、待ち続ける覚悟。
 静かに寄り添い、見詰め合う2人。その頭上では、一番星が輝いていた。