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■オープニング本文 長雨や豪雨が頻発する時期…6月。今年も例外なく、天儀では雨の日が続いていた。正確には、『天儀の一部地域』…と言うべきだが。 滝のような雨が降るのは、日常茶飯事。洪水や土砂崩れも多く、地域住人達は厳しい生活を強いられていた。 「ねぇねぇ、お母さん。外に女の人が居るよ〜?」 窓辺に居た少年が、外を指差しながら母親に呼び掛ける。その言葉に、母親は不思議そうな表情を浮べながら窓に近付いた。 「外? こんな雨の日に?」 言いながら外を覗いた瞬間、大量の水が押し寄せる。それが一瞬で母子を飲み込み、家を打ち崩して押し流した。 薄れゆく意識の中、少年の双眸に映っていたのは、女性の姿。透き通るような水色の長髪に、白い肌。青紫色の唇が、楽しそうに歪んでいる。その女性が腕を振った瞬間、水の流れが激化して意識を刈り取った。 次に少年が目を覚ましたのは、森の中だった。見慣れない場所に、周囲に散らばる家屋の残骸。そして……物言わぬ姿となった母親。 悲しみを吐き出すように、涙と叫びが次々に溢れ出す。水が、雨が、洪水が、少年の全てを奪った。 いや……違う。 意識を失う直前に見た女性は、水を操っていた。もしかしたら、この水害はアヤカシの仕業なのかもしれない。旅泰に発見された少年は、街に着くのと同時にギルドへ駆けていた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
からす(ia6525)
13歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
三郷 幸久(ic1442)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ● 重苦しい暗雲が空を覆い、大粒の雨が大地を濡らす。こんな天候の日は、外出を控えて家に居る者が多いだろう。 それでも…彼等は『ここ』に来た。洪水で更地になった、この場所に。 「ひでえことしやがるぜ…許せねえ!」 周囲を眺め、怒りを露にするルオウ(ia2445)。唇をキツく噛み締め、握った拳が小刻みに震えている。怒りの炎で、赤い頭髪が今にも燃え上がりそうだ。 彼の怒りを感じ取ったのか、相棒の輝鷹、ヴァイス・シュベールトが隣に舞い降りる。寄り添う相棒の頭をそっと撫で、ルオウは少しだけ笑みを浮かべた。 「この一帯に里があったんですね…それなのに、今は…」 更地を見渡すフェルル=グライフ(ia4572)の表情は、暗く沈んでいる。被害に遭った人々や、それを知らせてくれた少年。その気持ちを思うと、胸が締め付けられる。 「水か…恵みであり災害でも在る、とは昔からだが…」 「アヤカシだって言うなら話は別。絶対ぶっ潰す!」 天を仰ぎながら呟く竜哉(ia8037)に、フィン・ファルスト(ib0979)が言葉を返す。2人は視線を合わせると、静かに頷いた。 今降っている雨は自然の恵みで、人の手で止める事も抗う事も出来ない。だが、アヤカシが人為的に起こす水害なら、防ぐ事が出来る。 「これ以上、悲劇は繰り返させないんだからなっ! 正義の空賊団長として…あの旗にかけて!」 雨の中に響く、天河 ふしぎ(ia1037)の力強い叫び。緑色の双眸が見詰める先で、空賊団『夢の翼』の旗が揺れている。 滑空艇・改弐式の星海竜騎兵に装着した旗は、彼の誇りである。それにかけるという事は、ふしぎがどれだけ本気なのかが分かるだろう。 「熱くなるのは皆の自由だが、冷静さは失わんようにな? 敵の思う壺だ」 誰もが熱い想いを燃やす中、1人だけ冷静な少女…からす(ia6525)。彼女は事件に興味が無いワケでも、仲間達に呆れているワケでもない。 ただ…純粋に冷静なのだ。心の底に怒りや悲しみが渦巻いていても、それを押し殺して振る舞えるほどに。 「水害かぁ…あたしのお布団も毎日『水害』に、ゲフンゲフン」 リィムナ・ピサレット(ib5201)はワザとらしく咳き込み、言い掛けた言葉を誤魔化す。彼女は10歳の少女だが、未だにオネショが治っていない。連日の『水害』で、隠蔽や後始末が上手くなったとか。 予想外の暴露に、仲間達の緊張が若干緩む。もしかしたら、リィムナは皆の緊張を解すためにわざと暴露したのかもしれない。真意が何にせよ、相棒の上級迅鷹サジタリオは、呆れたように首を振っているが。 「それは随分と可愛らしい『水害』だね。寝る前の水分補給は控えた方が良いよ?」 クスクスと笑いながら、三郷 幸久(ic1442)がリィムナの頭を撫でる。彼は4人兄弟の次男という事もあり、年下の扱いには慣れているようだ。 とは言え…頭をワシャワシャし過ぎて、リィムナの紫髪がグチャグチャになっていたりするが。 「雨天ですし、体を冷やさないように注意ですね〜。必要なら、私が温めますよ? うふふ♪」 傘で雨除けしつつ、不敵な笑みを浮かべるサーシャ(ia9980)。糸目で瞳が見えないが、彼女の視線はリィムナとからすを捉えていたりする。依頼でなければ、サーシャは熱烈なハグをしていたかもしれない。 「気持ちだけ頂いておく。さて、と…」 サーシャの提案を軽く受け流し、からすは懐中時計を取り出した。市販の物よりも、針が2本多い時計。その中の1本が、時を刻む事なく南東を指している。 この時計には、精霊力と瘴気の流れを計測する力がある。針が南東を指しているという事は…その方向にアヤカシが居る可能性が高いだろう。 「方向は南東、か。距離が分からん以上、まずは私と三郷殿で探ってみよう」 おおまかな方向が分かっても、正確な距離までは分からない。場所を特定するには、開拓者達の技能が必要である。 からすが言葉と共に視線を向けると、幸久は若干困ったような表情を浮べた。 「そうだね。ただ、雨中だし精度は微妙かもしれないけど…」 2人の探索技能は、弓の弦を鳴らして反響音を聞き分けるスキル。雨の中では、音を聞き分けるのは難しい。万が一、敵が水中に居たら音が反響しない可能性もある。 迷いを見せる幸久の肩を、宮坂 玄人(ib9942)が優しく叩いた。 「それでも、闇雲に探すよりは遥かにマシだ。宜しく頼む」 真っ直ぐに見詰める、真紅の瞳。玄人は幸久達を信じているのか、一片の迷いも無い。その期待に応えるためにも、幸久は弓を構えた。 2人の弦音が重なり、雨天の空に広がっていく。からす達は感覚を研ぎ澄ませ、耳に意識を集中。反響音を聞き分け、異常を探っている。 数秒後。顔を見合わせた2人は、静かに首を横に振った。どうやら、射程内にアヤカシは居ないらしい。 気を取り直し、南東に移動して再び弓を鳴らす2人。他の参加者達は、周囲を警戒しながら彼等を追って行った。 ● 何度目かの鳴弦の直後、からすと幸久は同じ場所に視線を向けた。 「あの泉…多分、『何か』あるよ。弦の音が濁って聞こえる」 言いながら、前方の泉を指差す。正確には、巨大な水溜まりと表現するべきなのかしれないが。周囲から水が湧き出ている様子は無く、雨なのに波紋が広がっていない。どう見ても、怪しいのは明らかである。 幸久の言葉に、フェルルは全身の精霊力を拡散して結界を生成。彼女の体が微かな光を放ち、アヤカシの存在を探っていく。 「間違いありません。水の中に瘴気の反応があります」 フェルルの発言で、周囲の緊張感が一気に高まる。目には見えないが、アヤカシが居るのは数十メートル先。敵にとっても、開拓者にとっても、攻撃圏内である。 「敵は水中、か。少々探ってみる。皆、念のために注意しておいてくれ」 そう言って、漆黒の鋼線を握り直す竜哉。彼に促されるように、開拓者達は兵装を構えた。竜哉の相棒、上級迅鷹の光鷹は、彼の頭上で周囲を警戒している。 ふしぎは滑空艇に搭乗し、素早く起動。幸久は駿龍の暁に騎乗し、サーシャは駿龍のイズゥムルートに飛び乗った。数秒もしないうちに、鉄の翼と駿龍の翼が舞い上がる。 彼等同様、玄人は空龍の義助に跨ると天高く飛翔。竜哉の動きに合わせ、開拓者達がゆっくりと泉に歩み寄って行く。からすだけは、アヤカシを警戒して移動していないが。 移動しながら、玄人は目を閉じて意識を周囲に広げた。上空からでも感じる、仲間達の気配。泉に近付いているのは、竜哉の気配だろう。逆に、泉の中央から岸に向かっている反応が1つ。その速度は、人間や動物の速さではない。 「竜哉殿、避けろ!」 玄人の叫びと同時に、泉の水面が盛り上がる。間髪入れず、1m程度の水の弾が竜哉に向かって撃ち出された。 次の瞬間、彼の足元から水の柱が吹き出し、その圧力で水弾の軌道を逸らす。更に、からすの精神力を込めた弓撃が、2つの水弾を射ち砕いた。 竜哉は横に跳びながら、光線を薙ぐ。漆黒の軌跡が、墨絵の風のように宙を奔り、向かって来る水弾を飛沫に変えた。 「間一髪ってトコか…玄人、からす、助かったよ。ありがとう」 着地して体勢を整えながら、礼を述べる竜哉。からすと、相棒のミヅチ、魂流が水弾を逸らさなかったら、大惨事になっていたかもしれない。 それに、玄人の一言で素早く回避に移れたのも事実。結果として、激しい飛沫で軽傷を負った程度で済んでいる。 開拓者達の視線が集まる中、盛り上がった水が人の形に変化。水色の長髪に、文字通り『透き通った肌』の女性に。歪んだ笑みを浮かべながら、泉から地面に着地した。 「出やがったな、アヤカシ!」 叫びながら、刀を抜くルオウ。彼の上空には、ヴァイスが控えている。 「水中に逃れられると厄介だし、速攻撃破でいこう! みんな、OK?」 「OKだぜ! 俺は大賛成だ!」 ルオウのノリノリな返事を聞き、リィムナは髪飾りに触れながら歌声を響かせた。軽快なリズムが仲間達の志体を活性化させ、身体能力を増幅させていく。 その状態で、ルオウは地面を蹴ってアヤカシに急接近。電光石火の勢いで刀を走らせ、敵の胴を斬り裂いた。体表が水面のように揺らぎ、傷口から瘴気が吹き出す。 間髪いれず、幸久は上空から矢を放った。その矢尻には、小さな布包みが結び付けられている。弓撃が命中するのと同時に、中身の食紅が炸裂。アヤカシの頭髪が真っ赤に染まった。 この状態なら、仮にアヤカシが水中に隠れても動きを追える可能性が高い。万が一に備え、敵を見逃さないように暁の金色眼が動きを追っている。 「あの子と、あの子のお母さんの無念…晴らさせてもらうよ!」 フィンの言葉に呼応するように、相棒の上級迅鷹、ヴィゾフニルが煌めく光となって彼女の脚部と同化。輝く翼が脚から生え、体を地面から浮かせた。 彼女が巨大な長槍を構えた直後、白銀の疾風が雨の中を吹き抜ける。高速の動きから兵装を薙ぎ払い、手首を返して刺突を放った。フィンの怒涛の槍技がアヤカシを直撃し、瘴気が漏れ出す。 「サンちゃん…久しぶりの依頼だけど、今回もよろしくねっ」 フェルルは相棒の上級迅鷹、サンに語り掛け、優しく頭を撫でた。微笑む彼女に向かって翼を広げた瞬間、サンの全身が光の粒と化して盾と同化。輝く盾を手に、フェルルは駆け出した。 彼女の目的は、仲間達のサポート。アヤカシに斬り掛かりながらも、盾で敵の視界を遮って回避を妨害している。 フェルルの狙いに気付いたのか、ふしぎとサーシャは相棒と共に急降下した。 「お前が水なら、こっちは炎の精霊の力だっ! 命刈り取る咆吼を上げろ、赤刃!」 咆えるような叫びと共に、魔槍砲に埋め込まれた宝珠が輝きを増す。それが先端の鎌に伝わり、赤々と燃え上がった。 滑空艇の素早い動きから繰り出される、赤熱した刃の斬撃。風切り音と雨粒が蒸発する音は、まるで炎の精霊が咆哮を上げているように聞こえる。 サーシャは巨大な剣を、イズゥムルートは爪を振り上げる。敵と擦れ違う瞬間、流れるような動きでそれを薙ぎ払い、アヤカシを深々と斬り裂いた。 瘴気が吹き出す中、星海竜騎兵とイズゥムルートは水面に激突する前に上昇。再び、高度を上げていく。 連続で攻撃を受けながらも、アヤカシは歪んだ笑みを浮かべたまま指を鳴らした。直後、泉の水面が波立ち、水が舞い上がる。それがアヤカシを包み、鎧のように重なっていく。 「遅い…水の護りに頼るなら、それごと斬り裂くのみ!」 言うが早いか、ふしぎは星海竜騎兵を加速させて急接近。練力を一気に放出して時の流れに干渉し、瞬間的に周囲の時間を止めた。 その間に霊剣を構え、滑空艇の速度を上乗せして全力で薙ぎ払う。神速の斬撃が敵を斬り裂くのと同時に、時が再び流れ始めた。 アヤカシにとっては、不可解な状況だろう。気付いた時には水の鎧を斬り散らされ、深手まで負わされたのだから。 だが、竜哉に攻撃の手を緩める気は微塵も無い。鋼線でアヤカシを包囲しながら精霊力を送り込み、一気に引っ張った。 黒い線が宙を奔り、水鎧が弾け飛ぶ。精霊力が瘴気と反応し、手傷を負った箇所が塩となって崩れ落ちた。 それでも、アヤカシの不敵な笑みは消えていない。指を鳴らしながら腕を振ると、泉の水が弾丸となって四方八方に飛び散った。 「あらあら、なかなか厄介な相手みたいですね〜」 迫り来る水弾を避けながら、余裕の表情を見せるサーシャ。弾の数は多いが、比較的速度が遅いのが幸いしたようだ。他の仲間達も、機敏な動きで回避している。 とは言え、弾幕のような攻撃で攻撃に転じる隙が無いのも事実。しかも、アヤカシは再び水の鎧を纏っている。 状況を打開するため、フェルルは盾を構えて前に出た。水弾を正面から受け止め、オーラを展開して仲間達の盾役を務める。 「ここに私がいる限り、皆さんの剣閃は衰えません。覚悟してください…!」 水弾を盾で打ち払い、攻撃を防いでいくフェルル。緑の瞳は水撃を逃がさず、彼女が盾を振るうたびに金色の頭髪が糸のように舞っている。 「義助。アンタの速さ、頼りにしてるよ…!」 敵の注意がフェルルに向いている隙に、玄人と義助が上空から強襲。素早く距離を詰めつつ、義助は口内で雷を生み出した。玄人は符を構え、幽霊系の式を呼び出す。 雷撃が宙を奔るのと、呪われた声が放たれたのは、ほぼ同時だった。雷光と共に衝撃がアヤカシの全身を駆け抜け、体内に響く呪声が内側から破壊していく。 追撃するように、ヴァイスは全身から強烈な雷を放電。圧倒的な雷光で、一瞬周囲の視界が真っ白に染まった。 その『一瞬』の間に、ルオウとフィンが左右からアヤカシに迫る。刀と長槍が空中で交差し、水の鎧ごと一気に斬り裂いた。水を纏っていなかったら、アヤカシの胴は完全に両断されていただろう。 「魂流、頼む。水精たるミヅチの力、期待している」 敵に隙を与えないため、からす達が攻め立てる。魂流が小さく鳴くと、アヤカシの足元から水柱が吹き出して敵を直撃。水圧の衝撃で、アヤカシの体が大きく揺らいだ。 体勢の崩れた処を、からすの弓撃が貫通。精神力を込めて薄緑に輝く一矢が、アヤカシの水鎧と体を難無く貫いて穴を穿った。 次いで、幸久が上空で弓を構える。赤い双眸に精霊力を集め、狙いを定めて矢を放った。微かな弦音と共に、弓撃が鷹の嘴のように敵を射抜く。 怒涛の連続攻撃でアヤカシから瘴気が立ち昇る中、サーシャは相棒と一緒に斬撃を叩き込む。 止めとばかりに、リィムナは姿形の無い式を召喚。それを再構築し、敵に向かって撃ち放った。音も無く、静かに忍び寄る攻撃。呪われた力がアヤカシを直撃し、口から大量の瘴気を吐き出した。 敵が弱っている今、攻めるには絶好のチャンスである。誰もがそう思った瞬間、アヤカシは両手を叩き合せた。 雨の中、乾いた音が周囲に響く。アヤカシの行動に何の意味があるのか…それを考えるより早く、泉の水が高波となって溢れ出し、洪水のように押し寄せてきた。 明らかに泉の水量を越えているが、それをツッコんでいるヒマは無い。騎乗しているサーシャ、ふしぎ、玄人、幸久の4人は、洪水に巻き込まれないよう高度を上げた。 ルオウとリィムナは素早く相棒と同化し、光の翼を背負って上空に飛び立つ。フェルルとフィンも同化を翼に変え、天高く舞い上がった。 からすと魂流はアヤカシとの距離を置いていたため、洪水の範囲外だったようだ。 ただ1人…竜哉だけは、襲い来る水を避けようとしない。相棒の光鷹も、彼を見守っているだけである。 竜哉は両脚で大地を踏みしめ、腕を掲げた。腕輪に装着された円盤からオーラが放たれ、巨大な障壁を構築。それを正面に構え、防御を固めた。 激しい水圧が一気に押し寄せ、衝撃が全身を駆け抜ける。それでも、竜哉は退かない。泉の水が尽きるまで正面から受け止め、洪水を完全に耐え抜いた。 流石のアヤカシも、今度ばかりは驚愕の表情を浮べている。敵が水を失った今、攻めるには絶好の機会だろう。竜哉は両手から練力を放出し、実態の無い大太刀を作り出した。 竜哉の殺気と闘志に反応したのか、アヤカシは僅かに残った水を纏って防御を固める。 「抗っても構わん。だが…俺が斬ると言った以上、それは絶対だ」 静かだが、力強い一言。全身全霊を込め、竜哉は切札とも言える攻撃を放った。神速の斬撃がアヤカシを斜めに斬り裂き、片腕を斬り飛ばす。 「スゲェ洪水だったな。近くに村とか人が無くて良かったぜ…」 アヤカシの腕が瘴気と化していく中、ルオウは周囲を見渡しながら言葉を漏らした。仲間達に被害は無かったが、敵が起こす洪水は脅威以外の何物でもない。 だからこそ…アヤカシはここで倒さなければならない。 ルオウは刀を握り直し、全身から練力を放出。その勢いを利用し、流星の如く降下していく。衝撃が轟音を伴い、大気を震わせながらアヤカシを斬断。ルオウと竜哉の斬撃が、敵の胴に×字を刻み込んだ。 「さてさて、そろそろ退場して頂きましょうか…!」 糸目だったサーシャが目を見開き、青い瞳がアヤカシを睨む。イズゥムルートは翼で風を捉え、彼女と共に突撃していく。 「お前が水害にみせかけてみんなを苦しめてるなら、僕は絶対許さないんだからなっ!」 ほぼ同時に、ふしぎも星海竜騎兵を操って急降下。タイミングを合わせ、前後から挟むように斬撃を放った。サーシャ達の攻撃がアヤカシの脇腹を抉り、ふしぎの一閃が太腿を斬り裂く。 「仇はちゃんと取ってこないとな…そうだろ、義助?」 玄人の言葉に、相棒が低く唸った。素早く口を広げ、追撃するように雷の雨を降らせる。更に玄人が式を召喚して呪声を響かせると、敵の傷口から大量の瘴気が溢れ出した。 両手を失い、無数の傷を負ったアヤカシは、誰の目から見ても満身創痍。敵自身、それを一番良く分かっているようだ。視線を開拓者から外し、素早く周囲を見渡して逃走経路を探している。 敵の狙いを読んだのか、からすと幸久が素早く矢を発射。2人の弓撃がアヤカシの両脚を射抜き、動きを止めた。間髪入れず、魂流は『鉛色の水』を敵に飛ばし、足取りを更に重くする。 逃走を妨害されたのが癇に障ったのか、赤く染まったアヤカシの頭髪が逆立つ。と同時に水の弾が周囲に生まれ、一斉に放たれた。 アヤカシにとっては精一杯の抵抗かもしれないが、その数も威力も今までの半分以下。フェルルの『鉄壁の守り』が、全ての水弾を払い落とし、仲間への着弾を防いでいる。 「今がチャ〜ンス! サジ太、一気に行くよっ!」 「ヴィー、あたし達も行こう!」 リィムナとフィンが、上空で叫ぶ。光の翼を広げ、アヤカシに向かって急降下。高速で突っ込んで行く。 リィムナは空中で同化を解除し、膨大な練力を一気に消費して時間を停止。止まった時の中で高位式神を召喚し、呪われた力を放った。 停止した時間が流れ始めるのと同時に、アヤカシの顔面を掴む。 「中級のアヤカシ如きが、あと何発耐えられるかな?」 不敵な笑みを浮かべながら、連続で呪力を叩き込む。彼女の攻撃で、アヤカシの体が瘴気の粒子になり始めた。 「精霊よ……あたしの怒りに応えろ。悲しみを齎す魔を、今ここにて討ち祓え!」 フィンの叫びに呼応するように、周囲の精霊が聖なる力となって長槍に宿る。同化していたヴィゾフニルも兵装に移り、竜巻のような光が溢れ出した。 素早くリィムナが跳び退くと、フィンの槍撃がアヤカシに炸裂。全ての力と想いを込めた一撃が敵を両断し、その全身が水のように飛び散る。数秒もしないうちに、飛沫が瘴気となって雨に溶けていった。 ● アヤカシが消え、雨の音だけが静かに響く。開拓者の大半がギルドへ報告に戻ったが…幸久は、更地の周辺を歩き回っていた。 「あの子が使っていた物か、遺品があれば良かったけど…流石に厳しいね…」 溜息混じりの呟きが、口から零れる。彼は、アヤカシの被害を受けて全てを失った少年のため、村があった場所を探索していたが…目的の物は見付からなかったようだ。 落胆する幸久の背を、からすが優しく撫でる。 「きみが気に病む事はないさ。悪いが…少し手を貸してくれないか? グライフ殿と一緒に、近辺の遺体を弔いたいのだが」 彼女の気持ちも、幸久と同じ。命を失った者達のため、何かをしたいのだ。 雨の中、更地を中心に遺体を探す3人。野晒しになっていた骸を丁寧に土葬し、簡素ながら墓を建てた。花を供え、静かに祈りを捧げる。 「せめて…安らかに眠って下さい。大した手向けは出来ませんが…」 目を閉じて深呼吸し、静かに舞い踊るフェルル。被害者への祈りを込め、安息の眠りを願いながら。 彼女の舞が終わった時、雨が上がって雲が切れ、太陽が顔を覗かせていた。 |