|
■開拓者活動絵巻
1
|
■オープニング本文 初夏の夜を美しく彩る虫、ホタル。暗闇で淡い光を放つ姿は幻想的で、まるで別世界を覗いているような錯覚すら感じる。 ホタルの光に釣られて見物に来る者は多いが…その中で『ホタルの異名』を知っている者は少ない。 死者の魂を宿し、炎のような輝きを生み出す虫……即ち、『炎魂(ほたる)』という名を。 「お兄、ちゃん…!」 「パパ! ママ!」 「アナタ…また、会えたのね…!」 人気の無い河原で、感動の涙を流す者が多数。老若男女を問わず、誰もが泣き崩れている。 その原因は、彼らの目の前で揺らめく光。ホタルの発光に似ているが…決定的に違うのは、形。ホタルにしては大きい上に、人の姿に似ている。 この世に『霊』や『魂』というモノが存在するか分からないが、炎魂は『死者の生前の姿』を写す。それは肉親や友人だけでなく、種族が違っても例外ではない。 そして…炎魂の所以は知らなくても、『死者と会える場所がある』という噂が一人歩きし、河原を訪れる者が増えた。死者の面影を求め、失った悲しみを埋めるために。 だが。 とある朝、事態は思わぬ方向に動き始める。 炎魂を見た河原で発見された、血塗れの生首。その出血量は異常な程に多く、人間1人の血液量ではない。しかも、炎魂を見た者が数人、行方不明になっている。 これが、単なる『偶然』なワケがない。炎魂を見て生き残った者達は、助けを求めるようにギルドに雪崩れ込んだ。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
鬼嗚姫(ib9920)
18歳・女・サ
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
月城 煌(ic0173)
23歳・男・巫
ルッチェ・ニマーニュ(ic0772)
19歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ● 淡い月に惹かれたのか、蛙達の大合唱が闇夜に響く。草木も眠るような時刻、開拓者達は河原を訪れていた。 ここは、ホタルの名所として有名な場所。そして…アヤカシが人々を惑わせている場所でもある。 無数のホタルに紛れ、不規則に揺れる光が1つ。それが緋桜丸(ia0026)の周囲を飛び回り、次第に人の姿に形を変えていった。 「出たか。アヤカシは全て…――っ!」 声にならない言葉。緋桜丸が目にしたのは、幼い頃に死別した『初恋の女性』の姿だった。 脳裏に浮かぶ、過去の記憶。淡い恋心と、生温かい血と……冷たくなっていく骸。心の奥に閉じ込めた記憶が、次々に蘇ってくる。 アヤカシは歪んだ笑みを浮かべ、手にした刀を大きく振った。切先が緋桜丸の胸元を斬り裂き、長身の体が揺らぐ。 「あの時……俺が弱かったばかりに…」 絞り出すような、悲痛な言葉。無意識のうちに、緋桜丸は血が滲むくらいに拳を握っていた。自分を呪い、後悔を続けてきた日々…後悔だけが胸の中で渦巻く。 だが、彼は今も立っている。自分が体験した悲しみを、他人に負わせないために。 そして…心の中に居る『大切な人』を、今度こそ失わないために。 決意を胸に、緋桜丸はゆっくりと目を閉じた。 「すまない…死して尚、貴女に世話をかけるなんて、な…」 瞼の裏に映る『彼女』の姿。その表情が、謝罪の言葉に合わせて微笑んだように見える。 緋桜丸が目を開けるのと、アヤカシが2撃目を放ったのは、ほぼ同時だった。静かな怒りを表すように、緋桜丸の剣が炎を纏う。 「その姿を利用した事を後悔するがいい…!」 力強い斬撃が、敵の刀を打ち砕いてアヤカシを両断。怒りの炎が一瞬で敵を燃え散らせ、跡形も無く消滅させた。 アヤカシを倒した緋桜丸は、懐から横笛を取り出す。これは、彼女の形見。今まで自分を縛ってきた『枷』だが…彼はそれを吹き鳴らした。 彼女に届くよう、想いを込めながら。 緋桜丸の炎が消えた頃、別の場所で炎のような輝きが生まれている。その数は、1つや2つではない。複数の光が集まり、鬼嗚姫(ib9920)の『腹違いの兄姉弟妹達』を模した発光体が出現した。 「炎の中の…懐かしい、顔…可哀相に…安らかな、眠りから起きてしまったのね…」 呟く彼女の表情は、普段と変わらない。懐かしむワケでも悲しむワケでもなく、静かに見詰めている。 「大丈夫…きおが、ちゃんと…もう一度、眠らせてあげるから…」 言うが早いか、鬼嗚姫は身長よりも大きな鎌を振り回す。灰色の斬撃が胴を分断し、首を刎ねるが、彼女に迷いや戸惑いは微塵も無い。 「兄様や姉様が…悪いの…。兄様を、殺せというから…傷つけるから…」 数年前。鬼嗚姫の家系で世継ぎ争いが起きた時、彼女は血縁達を斬り捨てた。『自身の存在を認めてくれた兄』を守るためなら、鬼嗚姫は躊躇わない。その気持ちは、今も同じである。 アヤカシの斬撃が肌を斬り裂くが、それを一切気にせず大鎌を薙いでいく。その動きは、まるで死神の舞踏。数分もしないうちに、周囲のアヤカシが全て消え去った。 「誘い、開きて…根の国の門。そこは、冷たくて…静かで…心地良いのかしら…きおも、いつか…そこに…」 暗い夜空を仰ぎ、一人呟く鬼嗚姫。青い双眸が見詰める先に何があるのか…それは、誰にも分からないだろう。 兄弟と戦っているのは、鬼嗚姫だけではない。フランヴェル・ギーベリ(ib5897)も、兄と剣を交えていた。 「兄上……貴方の愛した奥方はギーベリ家当主となり、今や大変な名君となられました。貴方の愛した娘は開拓者となり、日夜、人々の為に立派に働いています」 剣戟と共に語り掛けるが、反応は無い。熱烈に妻を愛した男が…一人娘が生まれた時、フランヴェルと円舞曲を踊った男が…今は何も語ろうとしない。 『フラン…妻と娘を…頼む』 頭の中に響く、兄の最期の言葉。彼は、娘が物心つく前に病で倒れた。フランヴェルは義姉と姪に協力してきたが…正直、自分が力になれたかは分からない。 だが、今するべき事は分かっている。 「ここからは、全力で行かせてもらいます。お覚悟を……!」 それは、危険なアヤカシを斬る事。例え、相手が兄の姿を模したアヤカシだとしても。 全神経を研ぎ澄ませ、一気に飛び掛かるフランヴェル。腰を落として地面を踏み締め、兵装を斜めに斬り上げた。 アヤカシが刀を盾代わりにして防御を固めるが、それを弾き飛ばして敵を斬り裂く。 更に、練力を一気に放出して天高く跳躍。月光で輝く刀身を掲げ、落下しながら全力で振り下ろす。 「2度目の、さようならです。親愛なる…兄上」 呟くような別れの言葉は、雷霆の如き一撃に掻き消された。 「やっぱり『アンタ』が出てきたか。悪いけど、アヤカシを兄上と呼ぶつもりはない」 松明の灯が照らす中、宮坂 玄人(ib9942)は兄を模したアヤカシに語り掛ける。ホタルのように淡い光の塊だが、その姿形は死別した兄と瓜二つだ。 「さて……覚悟は出来てるか?」 懐から符を取り出し、ゆっくりと構える玄人。覚悟が必要なのはアヤカシなのか、それとも兄と戦う自分なのか…。 薄暗い闇夜に、アヤカシの斬撃が奔る。玄人は身を翻してそれを回避し、後方に跳んだ。彼女を追うように、アヤカシが距離を詰めてくる。 「開拓者になる時、兄の名を…“玄人”を汚すまいと、不退転の覚悟でこの名前を名乗った。だから、それを汚す奴は何だって許さない…!」 静かな怒りを表す彼女に向かって、アヤカシが刀を振り下ろす。咄嗟に、彼女は松明を川へ投げ捨て、木製の円盾で敵の斬撃を受け止めた。 「大切な人への想い。時にはアヤカシより恐ろしいものだ…弄んだ事を後悔するといい」 言葉と共に呪符を握り締め、拳撃を放つ。拳が敵の胴に刺さるのと同時に、体内で幽霊系の式を召喚。内部に呪声を反響させ、内側から破壊していく。 ほんの数秒で、アヤカシの全身が四散。瘴気と化し、闇夜の中に消え去った。 「家に帰ったら墓参りして報告しないと…これで良かったんだよな? 兄上……」 玄人の呟きに、言葉を返す者は誰も居ない。代わりに、蛙の鳴き声だけが響いていた。 (気に入らねぇ……気に入らねぇな。アヤカシ共め、ぜってー許さねぇ。生きてる人間として、未練共々撃ちぬいてやるぜ!) 金色の双眸に怒りの炎を燃やしながら、ルッチェ・ニマーニュ(ic0772)は銃を握り直す。自由奔放で天真爛漫な彼女にしては、珍しい一面かもしれない。 そんなルッチェの表情が、一瞬で変わる事になる。 彼女の眼前に現れたのは、厳格だった父。頭の中では『アヤカシの生み出した偽物』だと分かっていても、懐かしい気持ちになってしまう。 その心情を突くように、アヤカシがルッチェに突撃。鋭い太刀筋で刀を薙いだ。反射的に体を捻るが、切先が腕を掠めて鮮血が滴る。焼けるような痛みを感じながら、ルッチェは銃を構えた。 「父上。まやかしと心得ておりますが……銃を向ける事をお許し下さい」 人を愛し、国を愛し、誓いを守り、己に屈しなかった父親。その幻影を撃ち抜く事が、彼女なりの誠意なのだ。 「私はもう迷わん。父上に、誰より私に誇れる私である為に……くたばりやがれ、くそったれめ!」 叫びながら、弾丸に練力を集中。突撃してくるアヤカシに狙いを定め、引金を引いた。放たれた銃撃が衝撃を伴い、敵を貫通して幻影を吹き飛ばす。ホタルのような光は瘴気と化し、空気に溶けていった。 アヤカシの消滅を確認し、ルッチェは天に向けて銃を撃ち放った。『本物の父』に届くよう、想いを込めながら…。 (やっぱ皆、それぞれ理由かかえてんだよな…) 遠目に仲間達の戦いを見守りながら、想いを馳せるルオウ(ia2445)。その思考を邪魔するように、視界で淡い光が揺らめく。出現したアヤカシに視線を向けた瞬間、ルオウは心底不機嫌そうな表情を浮べた。 「ちぇ…よりによって、アンタかよ。会いたくなんかなかったぜ、オヤジ」 ジルベリアの騎士であり、地元の英雄だったと話していた父。ルオウに戦いの基礎を教えた、最初の師匠でもある。 が……両親が亡くなった後、腹違いの兄が居る事が発覚。それ以降、ルオウは父に対して『ロクデナシ』という認識を持つようになった。 「出てきたんなら相手になってやんぜぃ!」 相手が誰であれ、退く気も逃げる気も無い。覚悟を決め、ルオウは刀を構えた。同様に、アヤカシも戦闘態勢に移る。奇しくも、2人は同じ構えをとっていた。 月が見守る中、斬り合いを始める父と子。実力はほぼ互角。刀同士が交錯する度に、火花と金属音が周囲に舞い散る。 何度目かの斬り合いと同時に、ルオウは練力を放出して加速した。溢れる練力が光の渦と化し、衝撃で大気が震える。赤い疾風と化したルオウの一撃が、アヤカシを完全に粉砕した。 「おふくろに謝ってこいってんだ。ばぁか」 呟いた言葉と共に、目から汗が流れ出る。それを強引に拭い、ルオウは振り返らずに歩き出した。 広い河原に淡い光が数多く存在しているが、一際大きな光が1つある。それは、馬に乗った武人。弓を片手に『何か』を待っているようだ。 「あの夜の事は、とっくに決着がついたと思っていたのだが…」 言葉と共に現れたのは、愛馬に乗った篠崎早矢(ic0072)。アヤカシが模した武人は、彼女に馬術と弓術を伝えた者…亡くなった父親である。 「私は開拓者の到達点、奥義間近まで鍛え上げた。あの時の馬は翔馬となり、今もここにいる」 対話を試みた早矢だったが、父からの返事はない。代わりに、素早い弓撃が返ってきた。 不意討ち気味の一撃を、翔馬は難無く回避。彼女と翔馬の間に、言葉や指示は要らない。乗り手と馬の心が、完全に一致しているようだ。 早矢は攻撃に専念するため、精霊力を五感に集中させる。そんな彼女に向かって、アヤカシが再び矢を放った。 ほぼ同時に、弓の弦音が響いて3つの閃光がアヤカシを射抜く。早矢は敵が矢を放つ間に、3本の矢を射ったのだ。 「父様は私の永遠の憧れではあるが…志体を持たぬ身。とうの昔に、技量は追い抜いてしまった…」 言いながら、若干寂しそうな表情を浮べる早矢。彼女が見詰める中、アヤカシが瘴気と化していく。 「これが…本当に現時点での父様との技量の差なのだろうか?」 呟いた言葉は瘴気と共に風に吹かれ、彼方へ消えていった。 「確かめにきた。今の俺が、貴様と対峙した時どうなるのかを。あの時のように激昂するのかとも思ったが…存外、そうでもないらしい」 闇夜に響く、雪切・透夜(ib0135)の静かな声。『死人』と聞いて真っ先に浮かんだ人物…それは、実の祖父だった。 「さて…再び殺し、過去に決着をつけようか。閉幕には遅過ぎるが、カーテンコールには悪くない」 静かに、透夜は刀を抜き放った。彼は昔、自分の祖父を手に掛けている。唯一の友を傷付けられ、激しい怒りで衝動的に。 その事で許しを請う気は無いが、今は怒りも後悔も無い。ただ…目の前の敵を排除するだけである。 互いに距離を詰め、斬撃を繰り出す2人。剣閃が入り乱れ、幾度となく火花が舞った。 透夜は敵の死角に潜り込み、一瞬で距離を詰めて心臓に刃を突き刺す。その状態で刀身に聖なる力を纏わせ、内部からもダメージを与えた。 「俺にとって、お前はどうでもいい…それが分かった。失せろ亡霊ッ」 言葉を吐き捨て、兵装を引き抜く。と同時に、破壊された瘴気が塩となって噴出。数秒もしないうちに、全身が塩と化して弾け散った。 「問いの答えは、己が歩んできたものが全て、といったところか。しっかり前に進めているよ。なあ、ミリート…」 自分なりの答えを出し、幼馴染の名を呟く。依頼が終わったら、この事を彼女に報告するかもしれない。 戦いの喧騒から離れ、1人で時を待つユウキ=アルセイフ(ib6332)。無防備にも見えるが、周囲に結界を張って敵の出現に備えている。 不意に、ユウキは後ろを振り返った。精霊魔法を通じて感じた、敵の気配…長身痩躯で長髪の男性がゆっくりと近付いてくる。 「お久しぶりです、『アルセイフ』さん」 現れたのは、彼の師匠。ジルべリア某所で死に掛けていたユウキを助け、その数年後に大アヤカシとの戦争で命を失った。 記憶を失っていたユウキにとって、唯一の家族であり、命の恩人であり…大切な人。偽者であっても、懐かしさが胸を込み上げる。 「凄く会いたいと思っていたけど…貴方は、本当のアルセイフさんじゃない。でも、その顔が見れて良かった…」 そんな彼の気持ちを踏みにじるように、アヤカシは刀を振り回した。切先が衣服の胸部を斬り裂き、薄っすらと血が滲む。 反撃するように、ユウキは儀礼用の短剣を構えて素早く詠唱。炎の球を生み出し、敵に向かって投げ放った。 それが命中と同時に炸裂し、周囲に炎を撒き散らす。次いで、ユウキは短銃を敵の眉間に突き付けた。 「ありがとう」 師と再会出来た事に精一杯の感謝を込め、引金を引く。乾いた銃声が周囲に響き、アヤカシは瘴気に還った。 「僕はもう一人じゃないから…大丈夫だよ」 消えた師匠に別れを告げ、ユウキはその場を後にした。 ホタルの光に導かれ、月城 煌(ic0173)は河原をフラフラと歩き回っていた。どこに行くのかは分からない。 それでも、『何があるか』は分かっている。逢いたいと思っていた者…自らの手で葬った、最愛の女性…。 「おまえの居るとこ、連れてってくれんの?」 待っていた女性に問い掛けるが、返事は無い。以前の煌なら、この場で彼女に命を差し出していただろう。だが、今は違う。 「俺は死ねない。大切だと思える友人と、約束したんだ…『必ず帰る』ってな」 無意識のうちに、煌は金属製の鏡に触れていた。それは、約束した友人から託された物である。 「おまえとも約束したよな。俺は、今でも覚えてる……安らかに眠らせてやるよ。何度でもな」 静かに、煌の闘志が膨れ上がっていく。それに気付いたアヤカシは、彼の胸部を狙って刀を突き出した。 敵の刺突を見切り、ほんの少し体をズラす煌。刃が腕の付け根に突き刺さり、鮮血が舞い散った。 直後。煌は不敵な笑みを浮かべながら、アヤカシの腕を取る。敵の動きを封じた上で兵装を深々と突き刺し、白く清浄な炎を生み出した。白炎が一瞬でアヤカシを飲み込み、浄化しながら燃え散らしていく。 「なあ、『煌』。俺、少しだけ、『――』として、生きてもいいか?」 消えていく敵に向かって、呟いた言葉。『月城煌』は、本来彼女の名前である。彼女を殺めて以来、彼は自分を殺して生きてきた。 だが…2度目の別れを迎えた今、想いを抑える事が出来ない。『本当の彼』の気持ちが、涙となって溢れてくる。 「くそっ…とまれよ…っ」 言葉とは裏腹に、涙は止まらない。彼が『月城煌』に戻ったのは、夜が明け始めた頃だった。 |