|
■オープニング本文 天に昇った月は、全てを淡く照らす。大地も、家屋も、樹木も。 そして……凶暴なケモノも。 「ぐあぁっ!!」 「お父さん!?」 男性の呻き声と少女の悲鳴。冷たく煌めく凶暴な爪と、その先から滴る赤い雫。月の光を遮るように、父娘に巨大な影を落す。 「ぐっ……蘭歌(ランカ)、逃げろ!」 搾り出すような父の言葉に、首をフルフルと振る蘭歌。小さな手で、父親の上着を強く握る。 巨大な影が、大地を踏み鳴らしながら1歩を踏み出した。鋭い爪と牙。隻眼ながら、獰猛な眼。異常に筋肉が発達した、大熊。低い唸り声を上げながら、熊が爪を振り上げた。 ほぼ同時に、父親は蘭歌を胸に抱いて守り、熊に背を向ける。直後の衝撃で、彼女の意識は闇の中に消えていった。 どれくらいの時間が経っただろう? 優しい太陽の光が、蘭歌の頬を優しく撫でる。彼女が目を開けると……周囲は赤く塗り尽くされていた。 「ひぃ!?」 短い悲鳴。 彼女の手も、体も、大地も。赤い液体が、ベットリと付着している。その液体の正体は、考えるまでも無かった。答えは……すぐ近くにあるのだから。 「お…父さん?」 自身を守るように覆いかぶさった父親。無数の傷を負い、冷たくなった体。大熊の爪や牙を長時間受けたのだろう…その亡骸は、目を覆いたくなる程に損傷が激しい。 「おと…さ、ん? お父さん…! お父さぁぁぁん!! あああああぁぁぁぁぁあぁぁぁああ!!」 天を仰ぎ、狂ったような叫びを上げる蘭歌。10歳になったばかりの彼女には、耐えられない現実である。涙と声が枯れる程に、心の奥底から全てを吐き出す。ひとしきり泣いた後、彼女はゆっくりと立ち上がった。 「お父さん……仇は、絶対に討つから…!」 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●少女と仇討ち 冬特有の乾いた空気が、若干の冷気を伴って吹き抜ける。快晴の空の下、少女と開拓者は初めて顔を合わせた。 「私はサマンと言います。貴方が目的を達成出来るまで、お守り致します」 片膝を付いて目線を合わせ、丁寧な挨拶をする、シリーン=サマン(ib8529)。その立居振る舞いは淑やかで、育ちの良さが伺える。 「初めまして、神音だよ♪ 蘭歌ちゃん、よろしくね!」 元気良く挨拶し、石動 神音(ib2662)は手を差し出した。蘭歌は戸惑いながらも、薄っすらと笑みを浮かべて握手に応じる。 「同行するのは構わないが一つ条件がある。『絶対に勝手な行動はしない事』だ。良いな?」 琥龍 蒼羅(ib0214)の言葉に頷きながらも、蘭歌はシリーンの背に隠れる。厳しい事を言われた上、無表情の蒼羅が怖かったのかもしれない。 「蒼羅おにーさん、駄目だよぉ! そんな怖い顔してたら、蘭歌ちゃんが怖がるでしょ!?」 頬を膨らませながら注意する神音。その言葉に、蒼羅は軽く頭を下げた。 「依頼人が戦ってくれるワケ? それはまた、楽出来そうな仕事だこと」 悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、皮肉の言葉を口にする鴇ノ宮 風葉(ia0799)。蘭歌から少々離れた位置に居るため、声は届いていないが。 「だと良いんだすけどねぇ……俺の好きな『楽な仕事』じゃないですよ、今回は」 風葉の隣で、トカキ=ウィンメルト(ib0323)が苦笑いを浮かべる。依頼の内容的に、厄介な事になりそうな予感があるのだろう。 「早速で悪いケド、きみが襲われた場所まで案内して貰えるアルか?」 シリーンの背に隠れたままの蘭歌に、梢・飛鈴(ia0034)が声を掛ける。彼女の独特な口調に多少の戸惑いを見せたが、意味が分かると暗い表情でゆっくりと頷いた。 「思い出すのは辛いかもしれないけど…頼む。きみのためにも、な」 蘭歌の境遇を考えると、この要求は酷だろう。それが分かっているからこそ、鞍馬 雪斗(ia5470)は悲痛な表情を浮べている。 「心配するな。俺達が護衛する以上、お前の安全は保証する」 風雅 哲心(ia0135)は言葉と共に、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。蘭歌は再び無言で頷くと、8人を先導するように歩き始めた。少女を守るように、開拓者達は左右と後方を固める。 そのまま、数十分は歩いただろうか? 蘭歌の顔に、疲労の色が浮かび始めた。シリーンはそっと手を伸ばし、少女の手を握って歩調を緩める。 風葉は蘭歌の肩をそっと叩くと、振り向いた少女の鼻先にサボテンクッキーを突き付けた。風葉とクッキーを交互に見る蘭歌。戸惑いの表情を浮べていたが、それを受け取って満面の笑みで頭を下げた。それを見ていた雪斗は、ほんの少し笑い声を零す。 「あによ、何か文句でもあるわけ?」 若干不機嫌そうに、雪斗を睨む風葉。雪斗は微笑んだまま、言葉を返した。 「いやいや、風葉は相変わらずだな…て思っただけ」 歓談混じりで歩を進める9人。周囲の景色が徐々に変わり、蘭歌が森に踏み込んだ瞬間、彼女は突然足を止めた。 「蘭歌様、どうなされたのですか?」 膝を付き、顔を覗き込むように問い掛けるシリーン。蘭歌は視線を前方に移し、そっと指を差した。 「……私が襲われたの、あの辺り」 そこは、森の中にある少々開けた場所。地面には、赤い跡が不気味に残っている。恐らくは…血痕だろう。 「この辺りアルか…熊は、草むらに隠れて追跡者を不意打ちするなんて聞いたことがあるナ」 「まぁ、ケモノってのも案外厄介ですからね。それなりに警戒しながら進みましょう」 飛鈴とトカキの言葉に、周囲を警戒する一同。が、それも束の間。茂みを揺らし、正面から3頭の熊が姿を現した。その中には、隻眼熊の姿も見える。 「こうも簡単に出て来るとは、な。お陰で、探す手間が省けたが」 拍子抜けしながらも、蒼羅は兵装に手を伸ばす。哲心は刀の鞘を握りながら、蘭歌に視線を向けた。 「まずは熊どもを片づけないとな。どうするかは……それまでに考えてもらうか」 ●揺れる想い 飛鈴、トカキは地を蹴って熊との距離を詰める。その後を追う、哲心と雪斗。蒼羅、風葉、神音、シリーンの4人は、蘭歌の周囲を固める。咄嗟に、シリーンはローブを脱いで蘭歌に被せた。 「隻眼のクマー。お前の相手は、あたしがしてやるヨ」 言葉と共に、飛鈴は右脚を軸にして回転。遠心力を上乗せした回し蹴りを、隻眼熊の胴に叩き込んだ。 「まぁ、大した儲けじゃあ無さそうですが…修行にはちょうど良いですね」 不敵な笑みを浮かべ、トカキは大鎌を両手で握る。武器全体が透き通った瑠璃色の光に包まれると、それを横に薙いだ。切先が熊の胴を横に斬り裂き、鮮血が舞う。 「雑魚はこいつで片づける…響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」 哲心が構えた短刀から、電撃が奔る。閃光を伴った雷撃が手負いの熊に伸び、瞬く間に肩を射抜いた。 「同じ生命なのに…皮肉だよな……疾風よ走れ、願わくばその命に救い有らん事を…」 悲痛な表情を浮べる雪斗。詠唱が風を呼び、それが真空の渦と化して隻眼熊を飲み込んだ。全身を斬り刻まれ、空気の渦が若干赤く染まる。 隻眼熊は低い唸り声を上げると、爪を鋭く振った。飛鈴は瞬間的に動体視力を増幅させ、攻撃の軌道と間合いを読んでそれを避ける。 無傷の熊は地面を蹴り、弾丸の如くトカキに突撃した。その気配を感じ取り、トカキは攻撃の流れを見切る。体当たりは回避したものの、手負いの熊が牙を剥いた。咄嗟に地を蹴って後方に跳んだが、左肩に赤い線が描かれる。 前衛で激しい攻防が繰り広げられる最中、左右の茂みがガサガサと揺れる。直後、茂みの奥から2頭の熊が姿を現した。その距離、約10m。 蘭歌を狙うように駆け寄って来る2頭の熊。それを迎え撃つように、神音は右の方に駆け出した。 「蘭歌ちゃんには、指一本触れさせないよっ!」 一気に懐に飛び込み、拳撃を突き入れる。反撃するように振られた爪を紙一重で避けるが、切先が頬を掠めて薄っすらと血が滲んだ。 「お前達が人を襲うなら……放置しておくわけにはいかないな」 手裏剣を構え、蒼羅は左側の熊の進路を塞ぐ。投げ放たれた手裏剣が熊の全身に突き刺さると、熊は間合いを測るように足を止めた。そのまま、蒼羅と熊の睨みあいが始まる。 蘭歌の隣に座って戦況を観察していた風葉は、大きく欠伸をした。目をこすりながら小さな虫型の式を召喚すると、隻眼熊に向かって放つ。それが噛み付くと、猛毒が隻眼熊の全身を侵して動きを鈍らせた。 「良いですか? 声を上げてはなりませんよ? でも、見ていて下さい…皆様の戦いぶりを…」 シリーンは蘭歌の頭を優しく撫でる。短銃を構えると、左右の熊に向かって撃ち放った。銃弾が脚部を貫通し、鮮血が滲み出す。 「お膳立ての為とは言え…余り気分のいいもんじゃねーナ……」 飛鈴は両の拳を握り、胸の前で突き合わせる。呼吸と共に気功が全身を駆け巡ると、両腕が真っ赤な炎に包まれた。流れるような動きで演武を舞い、地を蹴って前方に跳ぶと、炎が鳳凰の翼のように広がる。けたたましい鳴き声のような音が響く中、飛鈴は隻眼熊に拳撃を打ち込んだ。 圧倒的な衝撃が全身を駆け巡る。その威力に、隻眼熊はよろめきながら血を吐き出した。 「鞍馬、あんたの出番よ! 巧くやんなさい…」 風葉の叫びに、雪斗は俯いて短刀を握り締める。直後、隻眼熊の周囲の風が渦を巻き、真空の刃となって全身を斬り裂いた。傷だらけになり、地響きと共に後ろに倒れる隻眼熊。だが、死んではいない。雪斗は力加減を調節し、ギリギリで止めを免れたのだ。 「手を下すのは自分達じゃない…きっと他の誰でもない…今はただ…そこで伏せていればいいさ」 搾り出すような雪斗の呟きは、風に乗って空に消えていった。 「しぶといな、ならばこいつでどうだ…轟け、迅竜の咆哮。砕き爆ぜろ―――アイシスケイラル!」 かざした哲心の掌から、鋭い氷が放たれる。それが手負いの熊に突き刺さると、炸裂して激しい冷気を生み出した。氷雪の嵐が熊の全てを凍結する。無論、その命さえも。 攻撃後の隙を突くように、もう1体の熊が爪を振るう。哲心は素早く副兵装の刀を構え、それを受け止めた。 「俺に接近戦を挑むか、いい度胸だ。だが……相手が悪かったな―――全てを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 叫んだ直後、哲心の刀が消えた。そう誤認させる程の、神速の一太刀。正確無比な斬撃が熊の胴を斜めに切り裂いたが、速過ぎる一撃は血飛沫すら吹かせない。 間髪入れず、トカキは武器に瑠璃色の光を宿す。それを振り回し、斜めに振り下ろした。哲心とトカキ、二人の攻撃が熊の胸に十字の傷を刻み込む。だが、深手を負いながらも、熊はまだ倒れない。 「おやおや…案外厄介ですね、これは」 トカキが大鎌を強く握ると、透き通った瑠璃色の輝きが増す。右脚で大きく踏み込み、それを軸にして回転。横薙ぎの回転斬りが、熊を腰から両断した。分断された躯が、大地を転がって血を撒き散らす。 「おー、おー。景気良く倒しちゃったわねぇ…親の居ない小熊、何頭生まれたのかしら」 風葉の言葉に、蘭歌はビクッと身を震わせる。目の前で繰り広げられる、命の取り合い。頭では分かっていた事でも、それを目の当たりにした衝撃は大きいのだろう。 不安そうな表情を浮べる蘭歌の前で、残った熊が蒼羅に爪を振り下ろす。蒼羅は臆する事なく前に踏み出し、刀を鞘に納めながら爪撃を紙一重で回避した。 「抜刀両断…ただ、断ち斬るのみ…!」 白刃が煌めき、すれ違い様の居合い斬りが熊の胴を斬り裂く。そのまま、足首と膝で半回転し、手首を返して下から斬り上げた。鮮血が舞い散り、熊は力無く崩れ落ちる。 それとほぼ同時に、神音は体勢を低くして最後の熊の懐に潜り込む。拳を突き入れ、バランスを崩したところに追い討ちの拳撃を鳩尾に叩き込んだ。衝撃で熊の体が『く』の字に曲がる。顎を狙い、神音は拳を振り上げた。命中と同時に凝縮された気が一気に爆発し、熊の体が天に舞う。それが落下してきた時、熊は既に事切れていた。 「これで、邪魔な敵は全て倒せたね……」 周囲を見渡し、悲しそうな表情を浮べる神音。その視線を、ゆっくりと蘭歌に向けた。彼女だけではない。全員の視線が、少女に集まっている。 「蘭歌様…今度は、貴女が戦う番です」 言いながら、シリーンは蘭歌の肩にそっと手を乗せる。 決断の時が、ついにやってきた。 ●涙の決断 「考えは纏ったか、蘭歌。止めを刺すか否か……決めるのはお前だ」 戦闘を終え、全員が蘭歌の元に歩み寄る。哲心は刀を鞘に納めながら、少女に問い掛けた。 「好きにしなさいよ。あたしは、どーでもいいし…」 「同じく。あなたの気が晴れるなら、それで良いんじゃ無いですか?」 座ったままの風葉に、その隣で木に背中を預けるトカキ。蘭歌の行動に、口を挟む気は無いようだ。 「トドメを刺したいなら、武器を貸してやってもいいアルぜ。ただし、近寄るのは却下。断末魔の一撃なんて可能性もあるしナ」 言いながら、飛鈴は苦無と短銃を差し出す。同様に、神音も短刀を差し出した。 「この熊にも子供はいるかもしれない。その恨みを受け止める覚悟があるなら……復讐を遂げないと蘭歌ちゃんが前に進めないとゆーなら、神音は止めないよ」 悲痛な表情で、言葉を搾り出す。 「自分は……正直賛成じゃないんだ。ただ、一つだけ…彼等も、自分達も同じ生命だって事だけは……忘れないでやってくれ」 膝を付き、少女の目を見ながら訴える雪斗。その瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいるように見える。 「如何なさいますか? 後は、今の貴方のお心のままに…」 シリーンの言葉に、蘭歌は顔を伏せた。その小さな手が小刻みに震えている。 「お前が決めた事なら、それが最善の選択だ。誰も、お前を責めはしない」 顔を上げた蘭歌と、蒼羅の視線がぶつかる。蒼羅が軽く頷くと、少女は神音の短銃を手に取った。そのまま、ゆっくりと隻眼熊に近寄る。 泣き出しそうな顔で、少しずつ距離を詰める。 震える手で、銃を構える。 一筋の涙が、頬を伝う。 振るえが全身に広がり、歯がカチカチと鳴る。 次の瞬間、蘭歌の手から……短銃が零れ落ちた。 「優しい娘…良いの、貴方は十分頑張りました…」 後ろから、シリーンが優しく蘭歌を抱き締める。それに安心したのか、蘭歌は膝から崩れ落ちた。それでも、シリーンは蘭歌を抱き包む。 「辛かったよね…もう大丈夫だから、今はイッパイ泣いても大丈夫だよ?」 満面の笑みを浮かべながら、神音は少女の頭をそっと撫でる。緊張の糸が切れたのか、蘭歌の瞳から涙が次々に溢れた。 「良かった…きみの手が、血に染まらなくて……」 言いながら、雪斗は少女の手を優しく握った。そんな彼の瞳からも、輝く雫が流れている。 直後、細い息をしていた隻眼熊の口から、血が流れ出した。恐らく、体力の限界を超えて命の灯火が消えたのだろう。 「さて……コイツ等の供養くらいしてやるカ。ケモノに対してなら、コレが最低限の作法ダ」 神音の提案に、哲心達は無言で頷いた。蒼羅は横目で蘭歌達4人を盗み見る。 「なら、俺達だけで埋葬した方が良いだろう。今のアイツ等は、作業の役に立ちそうも無いからな」 言い方は厳しいが、蒼羅なりに気を遣っているのだろう。それが分かっているからこそ、誰も彼の言葉を否定しない。 「人の嫌がることを率先してやりましょうって偉い人が言ってましたね、そういえば」 「ウィンが真面目な事言うなんて……明日の天気は槍かしら」 トカキの発言をからかう風葉。それは、いつも通りの姿かもしれない。5人は熊達を埋葬し、簡素ながら墓標を立てた。 数分後、依頼を終えた9人は帰路に着く。その蘭歌の顔は、晴れやかに見えた。 |