故郷の味、大集合
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/31 18:46



■オープニング本文

 五月病、というモノをご存知だろうか?
 五月…皐月の時期というのは、春からの新生活に馴染めず、精神的負担が大きくなる。その影響で、不眠や疲労感、食欲不振や無気力になる者が多い。
 それらを総称したのが五月病なのだが…今年の天儀では、五月病らしき症状を訴える者が急増していた。
 職場や寺子屋などの新しい環境に加え、激化するアヤカシとの戦い。ストレスが増え、体調を崩しても仕方ないのかもしれない。
「それで、『故郷の味』の出番というワケですか?」
 克騎の質問に、彼の上司らしき男性が静かに頷いた。慣れ親しんだ料理は、懐かしさと同時に心を落ち着かせる。育った土地や環境が違っても、美味い物は心と体の栄養になるだろう。
 要は『故郷の美味い物を作って、皆の英気を養おう』という事である。他国や、他の儀に行く機会の多い開拓者なら、色々と美味い物を知っていそうだ。
 もっとも…料理を知っていても、それを作れるかは別問題ではあるが。
「面白そうですが…私に話が回ってきたという事は『雑用係を頑張れ』って意味……ですよね?」
 苦笑いを浮かべながら、上司の様子を窺う克騎。そんな彼に向かって、上司の男性は親指を立てながら満面の笑みを返した。


■参加者一覧
からす(ia6525
13歳・女・弓
澤口 凪(ib8083
13歳・女・砲
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
ウルリケ(ic0599
19歳・女・ジ
ドミニク・リーネ(ic0901
24歳・女・吟


■リプレイ本文


 開拓者。
 『志体』と呼ばれる特殊な力を持ち、精霊の加護を受けて人智を超えた現象を引き起こす者。その身体能力は常人を遥かに凌駕し、アヤカシと対等に戦う力を有している。
 だからこそ…人々の脅威となるアヤカシと戦う開拓者は多い。戦う理由は様々だが、その根底にある物は恐らく同じだろう。
 そんな開拓者達は今……料理の準備を進めていた。
 とある町の広場に設置された、特別会場。たくさんの調理台や食材が並び、鮮度を保つための氷も大量に置いてある。
 調理中の安全を考慮し、広場は立ち入り禁止にしているが、料理が完成すれば大勢の一般人が集まって来る。彼らに振舞う料理を作るため、開拓者に依頼が回ってきたのだ。
 アヤカシを始めとする様々なストレスを受け、精神的負担から心身の異常を訴える者が多い。そういう人達を癒すため、故郷の味や美味で『心の栄養補給』をするのが、今回の目的である。
(ほう…この鰤、悪くないな。あとは大根と生姜と調味料……白米も必要だな)
 からす(ia6525)は食材の中から鰤を選び、調理台に移動。慣れた手つきで包丁を走らせ、三枚に下ろしていく。その動きは、まるで熟練した職人のようだ。
 が、彼女はまだ13歳の少女。ピンクのフリフリエプロンを着た姿は、年相応に可愛らしい。ちなみに、このエプロンは克騎が準備した物であり、彼女は仕方なく使っていたりする。
「材料はほとんどあるみたいね。後は……香味野菜と、魚介類がたくさん欲しいわ」
 鋭い視線で食材を見渡し、独り言のように言葉を漏らすドミニク・リーネ(ic0901)。普段はサロンやショールを巻いてヒラヒラした服装をしているが、今日はエプロンを着用。桃色の長髪も纏めて縛り、ヤル気満々の様子である。
「魚介類なら、あっちのテーブルにありましたよ? さっき、からすさんと澤口さんが魚の品定めしてましたし」
 食材をカゴに入れながら、優しく微笑むウルリケ(ic0599)。表情は柔らかいが、その茶色い瞳は笑っていないようにも見える。もっとも、敵意や悪意は微塵も無いが。
 それを気にする事なく、ドミニクはウルリケに一礼。食材を求めて、ドミニクは海産物が置いてある方向に走りだした。
 一足先に準備を始めていたからすは、鰤のアラから鱗を剥がし、熱湯で軽く湯通し。別の鍋でお湯を沸かす間に、大根を乱切りにしていく。
 手早く下処理を終えると、今度は白米に手を伸ばした。適量の米をふるいに掛けて粒の大きさを揃え、洗い桶に投入。5合程の量になった処で水を入れ、両手で米を挟むように擦り合わせて素早く洗っていく。
 隣の調理台では、篠崎早矢(ic0072)が米の研ぎ汁を捨てていた。彼女の場合は、米を炊く準備をしているワケでは無い。身欠きニシンを戻すため、数日前から研ぎ汁に漬けていたのだ。
 ニシンの柔らかさを確認し、早矢は水と番茶の茶葉を鍋に入れて火にかける。その間にニシンの鱗を剥がし、食べ易い大きさに切って水洗い。沸騰した番茶から茶葉を取り出し、代わりにニシンを投入した。
 早矢もからすも、使っている食材は少ない。対照的に、ウルリケの調理台には様々な食材が並んでいた。使う物を全て揃え、ウルリケは泰国風のエプロンを装着。包丁と野菜を洗い、食材を切り始めた。
 まな板と包丁が奏でる『トントントン』という音が、心地良く耳に響く。まるで母親が台所で料理をしているような、どこか懐かしいような雰囲気…それに釣られたのか、ドミニクの脚がウルリケの調理台に向いた。
「ウルリケさま…包丁の使い方が巧いわね」
「ありがとうございます。芸人一座に拾われた後は、まず食事番から…でしたからねぇ」
 懐かしむように目を細めながらも、ウルリケの手は止まらない。丸鶏を捌くのも慣れているのか、あっという間に内臓と血合いを取り除き、肉を食べ易い大きさに切っていく。
 鮮やかな解体技術に、ドミニクは無意識のうちに拍手を送っていた。ウルリケは若干恥ずかしそうに微笑み、肉を塩水で洗って更に湯通し。臭みを抜き、ザルに取り上げる。
 自分の調理台に戻って来たドミニクは、食材の前で硬直していた。実は彼女、生まれてから24年間、一度も包丁を握った事がない。『楽師は指を怪我してはいけない』という教えで育ったらしく、俗に言う箱入り娘なのかもしれない。
 それはソレで悪い事ではないが…問題は『包丁を使えないのにどうやって調理をするのか』という事。彼女が作ろうとしているのは、ブイヤベース。食材を切るのに、包丁は必要不可欠である。
 ドミニクは周囲を見回し、食器やテーブルの準備をしている克騎をロックオン。素早く彼に近付き、潤んだ瞳でジ〜ッと見詰めた。
「どうしたんですか、マイシスター・ドミニク? そんなに見詰められたら恥ずかし……」
 言おうとした言葉が途中で切れる。克騎の役目は、開拓者達のサポート。この状況で、甘酸っぱい展開が待っているワケが無い。自嘲するように苦笑いを浮かべ、克騎は後頭部を掻いた。
「何か、お手伝いしましょうか?」
 克騎の言葉に、ドミニクは満面の笑みを返す。そのまま2人で調理台に移動すると、克騎は彼女の代わりに食材を刻み始めた。
「けっこーシッカリしたモン作るお人が多いみたいだねぇ。ちょいと、手ぇ加えてみますか」
 仲間達の状況を眺めていた澤口 凪(ib8083)は、三角巾を被って気合を入れ直す。集めた食材を台に並べ、静かに目を閉じた。
(どんな風だったっけねぇ…やたら食べやすかったような気もするけど)
 かすかに残る、故郷の記憶。父親の好物として食卓に並んだ、豆と菜物と小エビの掻き揚げ。『家庭の味』を再現するため、彼女は記憶を辿っている。
 揚げ物なのに、サッパリとした口当たり。皿に盛られた掻き揚げとは別に、みぞれのような白い物が小皿に乗っている。父親が『それ』に醤油をかけ…。
(…っ!)
 目を開けるのと同時に、凪は新しい食材を求めて駆け出す。彼女が記憶の中で行き着いた答えは、大根おろし。今なら、ハッキリと思い出せる。あの時作ってくれた料理も、その味も。
 食材の山から大根を取り、凪は調理台に戻って大根をすりおろす。真剣な彼女の後方では、ウルリケが鼻歌交じりに大鍋を掻き混ぜていた。
 煮込んでいるのは、下拵えをした鶏肉と、カブやキャベツやタマネギ。アクを取りながら、天儀酒をチビチビ飲んでいる。頃合を見て、トマトを潰しながら入れて火を弱めた。
「ありがとう、とっても上手だわ! 後は任せてね」
 香味野菜を油で炒めていたドミニクは、食材を切り終えた克騎に礼を述べる。言うが早いか、切って貰った白身魚やエビ、ジャガイモやトマトを鍋にブチ込み、ハーブを豪快に投入して塩胡椒を軽く振った。
 ブイヤベースの作り方は知っているらしいが…美味く作れるかは別問題。ドミニクの豪快な料理に驚きながらも、克騎はその場を後にした。
「そこの『雑用係』。確か、馬車馬の如くコキ使って良いらしいな?」
 戻ろうとした克騎に、早矢が声を掛ける。ニシンの臭みを取るため、彼女はアクを丁寧に取りながら煮込んでいた。この状況で、作業を同時進行するのは厳しいだろう。
「ええ。ご要望とあらば、お手伝い致しますよ」
 克騎の言葉を聞き、早矢の黒い瞳が怪しく輝いた。ような気がした。不敵な笑みを浮かべながら、自分の調理台を指差す。
「では、ここにあるソバ粉を打ってくれ。手早く頼むぞ?」
 克騎が視線を向けた先にあったのは、蕎麦打ちの道具と粉袋。つなぎの混ざったソバ粉で、表面に2kgと書いてある。
 そば職人なら90分程度でソバ切りまで終わるが、克騎はズブの素人。これだけの量を打つのは、技術的にも体力的にも厳しいだろう。
「え……? あの、マイシスター・早矢? これ、全部打つんですか?」
「全部だ」
 困惑する克騎に、食い気味に言葉を返す早矢。克騎は深い溜息を吐くと、観念してソバを打ち始めた。
 その隣で、早矢はニシンの味付けに移る。新しい鍋で醤油と味醂、酒と砂糖を混ぜ、煮込んでいたニシンを投入。煮込み始めると、周囲に香ばしい匂いが広がっていった。
 ドミニクはブイヤベースのアクを取り、ついでに味を確かめる。思い通りの味になったのか、拳を握って小さくガッツポーズをした。鍋からヒラメの頭やロブスターのハサミが突き出ているが…気にしないでおこう。
 からすも鍋のアクを丁寧に取り、醤油を追加して汁を全体に馴染ませる。煮込んでいるのは、鰤のアラと大根。砂糖とみりんで味付けした煮汁は、生姜の効果で臭みが全くない。むしろ、空腹を加速させるような匂いが鼻をくすぐる。
 加えて、魅力的な白飯の匂い。からすが大釜のフタを開けると、炊き立てご飯の香りが一気に爆発。米と水を美味くするために入れた竹炭を取り出し、しゃもじで底から掻き混ぜていく。
 料理の匂いに釣られたのか、1人の少年が広場に侵入。つまみ食いをするため、コッソリと調理台に忍び寄っていく。
「そこの少年。気持ちは分かるが、完成するまでは匂いだけ楽しめ。親が作る料理も、腹を空かせて待っていただろう?」
 気配に気付き、注意を促すからす。怒られると思ったのか、少年は半泣きになりながら広場から逃げ出した。当のからすに、怒る気は微塵も無かったのだが。
(親が作る料理…故郷の味、かぁ。なんだか……すっかり遠くなっちまったねぇ)
 からすの言葉を聞いた凪は、ほんの少しだけ苦笑いを浮かべる。完成した掻き揚げの味を確かめると、故郷の思い出が脳裏に広がった。それは、開拓者としての活動を始めてから、忘れかけていたモノである。


 調理開始から、約2時間後。全ての料理が完成し、広場の立ち入り禁止が解除された。克騎が一般人達を先導して広場に入ると、彼らから感嘆の声が零れた。
 テーブルに並んだ様々な料理と、それを作った美女と美少女達。この状況を見て、期待しない者は居ないだろう。
「本日は脚を運んで頂き、感謝する。が……一言だけ、良いだろうか?」
 開拓者を代表し、からすが軽く頭を下げる。一般人達が静かになるまで少し待ち、ゆっくりと口を開いた。
「私には、皆の親に勝る料理は作れない。『親の愛』まで再現する事は出来ないからだ。故郷があるなら…親がまだ生きているうちに一度帰りなさい」
 少女とは思えない、堂々とした態度と言葉。外見とは不釣合いな雰囲気を放っているが、不思議と不快感は無い。からすの言葉に、盛大な拍手が雨のように鳴り響いた。
 難しい話はそこまでにして、大規模な食事会が始まる。奇しくも、5人のうち4人が煮込み料理を作ったが、美味の前では些細な事。誰もが、開拓者の料理をウマそうに食べている。
 魚と米の組み合わせに、箸が止まらない。鰤大根の汁が染みた白飯は、天儀に生まれた者には堪らない味だろう。
 初めて見るトマトを使った煮込み料理に、驚きながらも興味は尽きない。ウルリケが天儀風の味付けにした事もあり、どこか懐かしさを覚える仕上がりになっている。
 ふと何かを思い出したのか、ウルリケはテーブルに大きな花瓶を置いて紙を張った。そこに書かれていたのは『お酒有ります。ロハ』の一文。つまりは、只(タダ)で酒を振舞う、という意味である。
 美味い料理と酒に、話も弾む。ウルリケ自身もお酌し、一般人との会話に華が咲いた。
 掻き揚げは米にも合うが、酒にも合う。サッパリした口当たりで評判は上々。中には、ニシン蕎麦に乗せて食べる者まで居る。
 気難しい江戸っ子も、この蕎麦の味には満足しているようだ。わんこそばの如く食べる者も居るため、克騎は蕎麦を茹でるのに大忙しである。ちなみに、早矢は食欲のリミッターを外して皆の料理を楽しんでいる。
「美味しいなら良かったわ…あ、これもどうぞ! 形はアレですが気持ちはタップリ込めました!」
 ブイヤベースに高評価を貰ったドミニクは、持参したおにぎりを差し出した。前衛美術のような奇抜な形をしているが…気持ちの籠った料理は心を和ませる。おにぎりもブイヤベースも、見た目はアレなのに美味しいから不思議である。
 5人の料理で、広場に笑顔と笑い声が広がっていく。どうやら、心にも栄養が届いたようだ。開拓者達も仲間の料理を口に運び、楽しい時間を満喫している。
「そーいや、ウルリケのねーちゃんって旅芸人だったらしいねぇ。舞とか踊れんのかい?」
「ええ、一応は。座長に色々と仕込まれましたから…あ、一緒に踊りましょうか!」
 凪の問いに、予想外の言葉を返すウルリケ。驚く凪の腕を引っ張り、ウルリケは広場の中央に移動した。話を聞いた一般人達が場所を開け、広いスペースが生まれる。
 ドミニクは愛用の竪琴に手を伸ばし、ノリノリの曲を奏でた。それに合わせて、一般人達が手拍子を叩く。この状況で、嫌とは言えない。凪は覚悟を決めてドミニクと視線を合わせると、天儀の御神楽とも秦国風の舞とも違う踊りを始めた。
 2人の舞姫に、広場は更に盛り上がる。暗い表情をしている者は、1人も居ない。誰もが、心の底から笑って楽しんでいるように見える。
 ようやく腹が膨れたのか、早矢は静かに広場を離れ、近くの馬小屋に移動。調理で出た野菜クズを与えながら、馬の背をそっと撫でた。
「お前達にも故郷はあるのか? っと…聞いた処で、答えられないか」
 言いながら、軽く笑みを浮かべる。人に故郷があるように、馬にも故郷があっても良い。それがドコか分からないが、いつか馬と共に故郷を駆け巡る日が来るだろう。