湯煙の誘惑
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/27 20:56



■オープニング本文

 天儀の諸国は、季節によって色んな姿を見せる。四季それぞれの美しさがあるし、楽しみ方も様々。ある意味、天儀の人々は自然の美しさを一番堪能しているかもしれない。
 周囲を白く埋める季節、冬。雪や寒気で寒さが厳しいが、だからこその楽しみもある。
 例えば、温泉。冷えた体を、芯から温めてくれる。舞い散る雪を見ながら湯に浸かり、熱い酒を一杯…そんな風情を味わうのも、悪くないだろう。
 無論、酒がなくても温泉は充分に楽しめる。連日の寒さの影響か、温泉場は今日も大盛況していた。
 湯煙の奥に広がるのは、一面の銀世界。小雪が舞い散り、『冬』という季節を色濃く感じさせてくれる。
「あ〜…極楽ごくらく…」
 満足そうな表情で、中年男性が岩風呂に体を沈める。湯殿には、本当に『極楽』に行ってしまいそうな老父も居るが…気にしないでおこう。
 湯を楽しむ者に、年齢や国籍は関係ない。しかも、人間以外の種族…人や修羅、エルフも入っている。時折、野生のキツネや狼が迷い込んでいるが。
「やれやれ…今日は猿か。最近、随分と動物が多いな」
 愚痴を零しながら、従業員が猿を追い出す。この寒さに、猿達も我慢出来ないのだろう。
「昨日はタヌキも来てましたね。そのうち…熊が出るかもしれませんよ?」
「バ〜カ。この時期なら冬眠してるだろ?」
 冗談を言い、笑い合う従業員達。常識的に考えて、冬に熊が現れる事は無いのだが…天儀には『噂をすれば影が差す』という言葉がある。
 その意味は…。
「熊だぁぁぁ!!」
 噂をしていると、ちょうどそこへ当人が現れる事もある。そう…正に、今の状況のように。
 露天風呂の壁を壊し、温泉に現れた熊が3匹。その体長は、3メートル近くある。
 突然の乱入者に、温泉は大混乱。叫びや泣き声が入り混じり、誰もが蜘蛛の子を散らすように逃げている。
 そんな一般人には興味がないのか、熊達は彼等を追おうとしない。その代わり、岩風呂や露天風呂を占拠。湯に飛び込み、満足そうに身震いしている。どうやら…熊達の目的は温泉らしい。
 人的被害が無いのは不幸中の幸いだが、温泉に飽きたら人々が襲われる可能性もある。仮に大人しく帰ったとしても、また熊が来るかもしれないし、安心して入浴や商売が出来ない。
 温泉場を守るため、人々はギルドに助けを求めた。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
紅咬 幽矢(ia9197
21歳・男・弓
泡雪(ib6239
15歳・女・シ
八条 高菜(ib7059
35歳・女・シ
八甲田・獅緒(ib9764
10歳・女・武
鴉乃宮 千理(ib9782
21歳・女・武
ビシュタ・ベリー(ic0289
19歳・女・ジ
不散紅葉(ic1215
14歳・女・志
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文


 事件発生の報せを聞き、現場に急行した開拓者達。情報通り、温泉に熊が浸かっている。悪気は無いのかもしれないが、人々にとっては迷惑極まりない。
「熊ですかー。なんとか言うことを聞いてもらいたいですねー」
「って、ちょっと待てぇぇぇ! ここは男湯だぞ!? 何で八条と鴉乃宮が居るんだ!!」
「何、細かい事は気にするな。掃除の為にババアが入ってきたとでも思えばいいさ」
 岩風呂の入り口で大騒ぎしているのは、八条 高菜(ib7059)、紅咬 幽矢(ia9197)、鴉乃宮 千理(ib9782)の3人。全員タオル姿で、入浴準備は万端である。
 当初、男湯は幽矢が1人で担当する事になっていた。が、人手不足を知った高菜と千理は、男湯に乱入。結果として、幽矢は『両手に花』状態になったのだ。
 頬を赤く染めながら、言葉に詰まる幽矢。男湯に女性が居るのは好ましくないが、2人の気遣いを無駄には出来ない。
「協力してくれるのは有難いが…脱がないでくれよ? 絶対だぞ!?」
「ふふふ…見たいなら、最初からそう言えば良いのに♪ 湯殿にタオルを入れるのはマナー違反ですし、ね?」
 不敵な笑みを浮かべながら、高菜はタオルを脱ぎ捨てる。湯煙で遠目には見えないが、近くに居る幽矢には丸見えのようだ。その証拠に、耳まで真っ赤になっている。
 見られた事を微塵も気にせず、熊と同じ岩風呂に入る高菜。千理と幽矢もそれに続き、熊との距離を少しずつ詰めていく。
「お主、我の言葉が通じておるか? 通じておるなら前足を上げてくれんかね?」
 相手の知能を確認するため、簡単な質問をする千理。彼女の声に応えるように、熊は左右の前脚を上げて見せた。
「あら、賢いんですね。なら、お酒でも呑みながら話しませんか?」
 言いながら、高菜は大量の酒瓶を取り出す。どこに隠していたのか気になるが、ツッコんだら負けである。
 彼女の提案に、熊が静かに頷く。高菜は風呂桶に酒を注ぎ、熊に手渡した。仲間達には枡酒を渡し、3人と1匹で乾杯。和やかに、酒を酌み交わしていく。
「さて、熊よ。此処は既に人間の手が入った土地じゃ。ここはひとつ、手を退いてくれんかね?」
 頃合いを見て、千理は話を切り出した。彼女の実力なら、ケモノの熊を倒すのは簡単である。が、無用な殺生をしたくないし、温泉を血で汚したくない。平和的に、話し合いで解決しようとしているのだ。
 千理の言葉に、熊は首を傾げて低く唸る。もしかしたら、予想外の提案に悩んでいるのかもしれない。
「えっと…ここを独占されると、困る人達が大勢いるんだよ。時間を決めて仲良く使うか、手を引いて貰えると助かるんだけど…」
 女性陣と視線を合わせないようにしながら、幽矢が言葉を付け加える。恥ずかしそうな表情とは裏腹に、その銀色の瞳には冷たい光が宿っていた。
 脳裏に浮かぶのは、大切な女性が怪我を負った光景。その原因を、彼は『自身の力不足』だと思っている。だから…今回は彼女が襲われる前に、全ての熊を始末する。そう決意していた。
 静かな闘志は、鋭い敵意を生む。幽矢の殺気に気付いた高菜は、湯を手ですくって彼の顔面に浴びせた。
「駄目ですよ〜。そんなに殺気立ってたら、熊が警戒しますよ?」
 くすくすと笑いながら、高菜は枡酒を口に運ぶ。ズブ濡れになった幽矢が軽く微笑むと、数秒前までの殺気は消えていた。
「無論、タダでとは言わんよ? 今、我の仲間が代替えの湯を探しておる。その場所と交換で如何かな?」
 そう言って、千理は酒瓶を差し出す。熊は彼女の瞳をジ〜ッと見詰めた後、頷きながら風呂桶を渡した。
 交渉が巧く進み、ほっと胸を撫で下ろす開拓者達。千理が握手を求めると、熊は穏やかにそれに応えた。


 ほぼ同時刻。女湯でも、熊との交渉が始まろうとしていた。
「お、温泉のために頑張りましょぅ! 少し、怖いですけどぉ…」
 脱衣所の入り口に隠れながら、勇気を振り絞る八甲田・獅緒(ib9764)。その視線の先には、露天風呂を独占中の熊が2匹いる。開拓者とはいえ、獅緒はまだ10歳。熊を見て怯えるのも、無理はない。
「心配いらないよ。いざとなったら、鞭でシバけば済む話だ」
 不敵な笑みを浮かべながら、ビシュタ・ベリー(ic0289)は鞭を握り直した。彼女にとって、熊は扱い慣れた動物。芸を仕込んだり、調教するのは簡単だろう。
 準備を終え、露天風呂に近付く開拓者達。その気配に気付いたのか、熊は警戒するように軽く身構えた。
「ボク達に敵意は無いよ。この格好を見れば分かるだろう?」
 敵意が無い事をアピールするように、両手を広げる水鏡 絵梨乃(ia0191)。タオルすら身に着けず、無防備な姿を晒している。
「あの…熊様? 言葉、わかりますか? 蜂蜜酒でも如何です?」
 熊の警戒を解くため、蜂蜜を溶かした酒を勧める泡雪(ib6239)。全裸で酒瓶を持つ姿は、色んな意味で魅惑的だが。
 熊の嗅覚は犬以上に鋭い。酒や蜂蜜の臭いを嗅ぎつけたのか、鼻をヒクヒクさせている。
「一応、葡萄酒もあるよ。加工前のハチミツとブドウもね?」
「酒でも呑みながら話をしないか? 出来れば、温泉で戦うような無粋なマネ、したくないからね」
 酒とツマミを見せるビシュタに、盃を差し出す絵梨乃。彼女達に敵意が無い事が伝わったのか、熊は大きく数回頷いた。
 微笑みながら、絵梨乃、泡雪、ビシュタは熊と同じ湯に入浴。絵梨乃が杯を渡すと、泡雪とビシュタが酒を注いだ。
 それを、嬉しそうに飲み干す熊達。ブドウやハチミツを肴に、酒がどんどん進んでいく。
(ちょっとだけ、熊料理にも興味があったけどなぁ…)
 物陰から様子を覗きながら、残念そうな表情を浮べる獅緒。弱気な性格なのに、意外と大胆な事を考えているようだ。
 和やかな雰囲気の中、種族を超えて酒を楽しむ一同。充分に打ち解けた処で、泡雪は真剣な瞳を熊達に向けた。
「熊様。人間の生活領域にケモノが入り込むと、争いになります。申し訳ありませんが…温まったらお引き取り願えませんか?」
 突然の提案に、2匹の熊は目をパチクリさせている。それでも、彼女は言葉を続けた。
「今、他の方々が『人の入らぬ湯溜まり』を探しています。発見されたら、そちらへ案内しますので…」
 熊達を無傷で帰すため、必死に訴える泡雪。彼女の言葉を遮るように、2匹は雄叫びを上げて爪を振り下ろした。
 咄嗟に、ビシュタは後方に跳び退く。絵梨乃は泡雪を素早く抱き上げ、横に跳んだ。3人の移動と熊の爪撃で、温泉のお湯が派手に飛び散る。髪までズブ濡れになりながらも、開拓者達は体勢を立て直した。
「もしかして…私が気に障る事をしたのでしょうか?」
 絵梨乃に抱かれたまま、不安そうな表情を浮べる泡雪。彼女とは対照的に、ビシュタは大きな溜息を吐いた。
「いや…多分、酒が回ってるだけ。かなり呑んでたしね」
 彼女の言葉通り、熊の足元はフラついている上、しゃっくりを繰り返している。どうやら、悪酔いして暴れているようだ。
「つまり、酔っ払いと変わらないって事か。やれやれ…」
 絵梨乃は泡雪を降ろし、拳を握った。話が通じない状態なら、少々痛い目に遭ってもらうしかない。拳に練力を集めようとした瞬間、ビシュタがそれを制した。
「ここは、うちに任せて。ケモノ熊は少し勝手が違うだろうけど、なんとかなるさ…!」
 言うが早いか、持ち込んだ鞭で床石を叩く。これから始まるのは、厳しい調教。もしかしたら…酔い潰れた方が幸せだったかもしれない。


 時を遡る事、数十分。温泉の7人よりも早く、行動を始めた者達が居た。目的は、温泉に代わる湯溜りの探索。まだ雪の残る山中を、注意深く進んでいく。
「くま、くま…温泉を使いたい熊…温泉自体は楽しみ。だから、楽しく使いたい」
 こくこくと頷きながら、周囲を見渡す不散紅葉(ic1215)。時折、意識を集中させて気配を探り、敵や獣の接近を警戒している。
「要は…あまり人が近づかないけれど、身体を温められる場所があれば良いのですよね?」
「ええ。代わりの温泉があれば、平和的に交渉出来るハズですし」
 聴覚を研ぎ澄ませ、周囲の物音に耳を傾けているのは、鳳・陽媛(ia0920)とサライ(ic1447)。水音を手掛りに、温泉の位置を探そうとしているのだろう。
 とは言え、広大な土地から音だけを頼りに探索するのは、無謀に等しい。事前に、陽媛と不散紅葉は温泉関係者に聞き込みし、湯溜りのありそうな位置に目星をつけていた。
「地図によれば…天然の湯溜まりがありそうなのは、この辺り。何か、聞こえる…かな?」
 不散紅葉は地図で現在位置を確認しながら、2人に問い掛ける。彼女の言葉に、陽媛とサライは集中して意識を張り巡らせた。
 その数秒後、サライが獣道を掻き分けて上に登っていく。壁のような山肌を越えると、浅い谷の間から白い湯気が昇っていた。その下には、小さな湯溜りが出来ている。
「ありましたよ、湯溜り! ちょっと狭いですが、掘って広げれば熊でも入れそうです!」
 サライの報告を聞き、陽媛と不散紅葉が後を追う。谷間の湯溜りは直径1m前後で、澄んでいるが浅い。陽媛は片腕を捲り、手を湯に浸けた。お湯の気持ち良さに、顔が綻ぶ。
「あ〜…いいお湯ですね♪ では、早速っ!」
 熊が入れるように広げるため、スコップを握る陽媛。その手を、不散紅葉が優しく包んだ。
「ここは、ボクとサライさんで大丈夫、だよ。力仕事は、任せて」
 出鼻を挫くような一言に、陽媛は困惑の表情を浮べている。そんな彼女を慰めるように、不散紅葉は静かに口を開いた。
「陽媛さん…怪我してる、から。ボクの大事な人…助けるのは、当たり前だもの」
 言葉と共に、グッと手を握る。合戦で怪我を負った陽媛の分まで、自分が頑張るつもりなのだろう。
 不散紅葉の言葉と気遣いに、陽媛は嬉しそうに微笑む。彼女がスコップを手放すと、不散紅葉はサライと共に湯溜り周辺の土を掘り始めた。


 湯溜り発見から数時間後、3人は急いで温泉に戻って来た。男湯と女湯の二手に別れ、発見報告に走る。
「皆さん、お待たせしました! 湯溜まりの準備、が……!?」
 女湯に入った陽媛と不散紅葉だったが、目撃した光景に動きが止まった。
 全裸で鞭を振るうビシュタに、芸を仕込まれて従順な行動をする熊達。別行動をしていた間に何があったのか、問い質したくなってくる。
「お、陽媛に紅葉か。お疲れ様、こっちの準備は終わってるよ」
 軽く放心中な2人に、絵梨乃が声を掛ける。彼女は泡雪を膝に乗せながら温泉に浸かり、仲良く酒を呑んでいた。ここまで堂々とラブラブしていると、逆に清々しい。
 男湯に飛び込んだサライは、足早に熊に接近。艶めかしい笑みを浮かべながら、熊の隣に腰を下ろした。
「熊さ〜ん♪ ここは人間の持ち物だから、そのうち人間とケンカになっちゃうよ? 今のうちに…に・げ・て?」
 高級酒場の接客嬢の様に、妖艶な語り口。しかも、赤いレオタードに黒いストッキング姿で、うさ耳とうさ尻尾も装着している。彼自身、細身で端正な顔立ちをしているため、全く違和感が無い。
「ほう…サライ殿には女装趣味があったのか。なかなか似合っておるぞ?」
 くつくつと笑いながら、酒を口にする千理。彼女の発言で『男湯に女性が居る』事に気付いたサライは、恥ずかしそうにお湯の中に潜った。


「ん…ちょっと痛みますけど、治療に都合が良いと考えないといけませんね」
 タオルを巻いたまま、女湯の露天風呂に浸かる陽媛。傷の痛みで若干顔を歪めているが、気持ち良さそうに息を吐き出した。
 もう、温泉に熊の姿は無い。全員で湯溜りまで案内したが、移動はスムーズに終了。依頼を達成した開拓者達は、温泉を楽しんでいた。
「ん…温泉、好き。周りの景色も、綺麗…それに、一緒の時間は嬉しいから、ね。今は、ゆっくり……」
 陽媛と『一緒に入浴する』という約束を果たし、不散紅葉は軽く微笑む。周囲の薄雪に加え、天気は小雪。白い雪を見ていると、懐かしい気持ちになってくる。その理由は、彼女自身にも分からないが。
「お疲れ様でした、絵梨乃様。お酒はまだ残っていますし、ゆっくり休みましょう」
 微笑みながら、泡雪は酒瓶を差し出す。彼女も合戦で怪我を負ったため、この機会に療養しようと考えているのだろう。
 泡雪に勧められ、盃を差し出す絵梨乃。そこに酒を注いで貰うと、一気に飲み干した。
「ありがとう。お礼に体を洗ってあげるよ。優しく…ね?」
 言うが早いか、絵梨乃は泡雪を抱き上げて湯殿から出る。そのまま浴室の椅子に座らせ、泡立てたタオルで全身を洗っていく。時折『あん♪』という色っぽい声を漏らしているが、くすぐったいのかもしれない。
(あの奥には、『未知の楽園』が…ここで覗かなかったら、男じゃないっ!)
 男湯と女湯の露天風呂を仕切っているのは、板塀のみ。意識を聴覚に集中していたサライには、女湯の会話が筒抜けである。妄想が炸裂し、漢の永遠のロマン…『覗き』を実行しようとしていた。
 サライが意を決して湯殿から上がった瞬間、男湯の扉が勢い良く開く。
「やっと温泉ですよぉ。気持ちよさそうですぅ…って!?」
 次の瞬間、周囲の空気が凍り付いた。浴室に入って来たのは、獅緒と高菜。間違えて男湯に入ってしまったのか、獅緒は顔を真っ赤にしながら驚いている。
「待てーーーっ!! キミらは何を考えているんだっ!?」
 幽矢の叫びに反応し、急いで走り去る獅緒。互いにタオルを巻いていたのは、不幸中の幸いだろう。
「今更、恥ずかしがる事ありませんよ? さぁ…遠慮しないで、おいで〜?」
 問題は、高菜。タオルすら身に着けず、むしろ見せ付けるように歩み寄って来る。もしかしたら、意図的に男湯に入ったのかもしれない。
 高菜の大胆な行動に、幽矢とサライは顔を真っ赤にして手で覆っている。まぁ…サライは指の隙間から彼女を凝視しているが。
「ちょっと、ユウ君! 何で男湯から高菜さんと獅緒さんの声が聞こえるんですか!」
「ひ、陽媛!? いや、これは違う…そのっ!!」
 板塀の向こうから響く、陽媛の不機嫌な声。幽矢は慌てて弁解しようとするが、混乱気味の頭では言葉が巧く出てこない。ほんの一瞬で、温泉の空気が張り詰めた。
 もっとも、絵梨乃、千理、ビシュタの3人は、この状況を楽しんでいるようだが。
「ぼぼぼ…僕は先に失礼しますっ!」
 巻き添えを喰らう前に、サライが露天風呂から逃げ出す。が、焦り過ぎたせいで足が滑り、高菜の方へ倒れ込んだ。
 反射的に、高菜はサライを受け止め、サライは高菜に抱き付く。彼の身長は高菜より40cm以上小さいため、顔が丁度良く胸の谷間に収まった。
 直後。避難していた従業員が、感謝を伝えるために浴室に登場。高菜とサライの状況を見た瞬間、お礼よりも先に怒りの雷が落ちた。その後、2人が正座で説教を受けたのは、言うまでもない。