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■オープニング本文 「物資の輸送、ですか?」 それは、克騎が珈琲休憩中の事だった。差し出された、1枚の依頼書。ほとんど白紙に近いが、1点だけ書かれている事がある。 それが、物資の輸送。 現在、天儀で大規模な作戦が行われているのは、周知の事だろう。それに伴い、故郷を離れて避難している者も少なくない。今回行くのは、その避難民の所である。 慣れない土地に、アヤカシの脅威。見通しの分からない、不透明な状況…そんな人々の心を救うのも、開拓者の務めではないだろうか? それに、住人達とのふれあいは、開拓者達にとっても癒しになるだろう。 無論、最善で戦っている者達への感謝と補給も忘れてはいない。各ギルドから物資を送っているが…だからこそ、避難民への対応が若干遅れているのも事実。そこで、開拓者に物資輸送の依頼が回ってきたのだ。 「この依頼…周辺の安全確保も含まれる、と解釈して良いんですよね?」 普段とは違い、鋭い視線で言葉を向ける克騎。こういう事に関しては、無駄にカンが良いのかもしれない。 最近、避難住民から『不審な影を見た』という情報が入っている。目撃した時間や場所、影の形状はバラバラ。恐らく、野生動物を『不審な生き物』と見間違えた可能性が高いだろう。 とは言え、万が一という事もある。それがアヤカシやケモノだった場合、被害に遭うのは一般人なのだから。 克騎の言葉に、上司のギルド職員が無言で頷く。克騎は珈琲を一気に飲み干し、筆を走らせた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
建御雷(ib2695)
17歳・男・弓
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
音羽屋 烏水(ib9423)
16歳・男・吟
リズレット(ic0804)
16歳・女・砲
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 強烈な寒気が気温を下げ、雪を呼ぶ。ほんの少し雪化粧した街道を、荷物を乗せた馬車や荷車が進んでいた。 向かう先は、武天北端の街。そこには、理穴からの避難民が大勢いる。彼等に物資と笑顔を届けるため、開拓者達が荷物を運んでいるのだ。 幸いな事に、道中は何事もなく順調そのもの。野盗やケモノの類が出る気配は微塵も無い。無事、開拓者達9人は街の避難所へと到着した。 「到着〜! 皆ー、宅配便だぜぃ!」 荷物を下ろしながら、元気良く叫ぶルオウ(ia2445)。彼の呼び掛けに、街の住人や避難民達は大騒ぎ。驚愕と歓喜の声が、周囲に響いている。 積んでいた箱を空け、配布準備を進める開拓者達。彼等に興味津々なのか、少年少女達が駆け寄ってきてワイワイと騒ぎ始めた。もしかしたら、何か貰えると期待しているのかもしれない。 その気持ちに気付いたのか、建御雷(ib2695)は自身で準備した袋を差し出した。 「この中には、室内で遊べる玩具や、お菓子が入っています。みんなで楽しんで下さい。遊び方が分からなければ、僕が教えますから」 言葉と共に、優しく微笑む。彼が準備したのは、蹴鞠や人形、花札に双六。チョコやキャンディボックスも入っている。 驚きながらも袋を受け取り、無邪気に微笑む子供達。中身が気になるのか、足早に避難所の方へ駆けて行った。 「そこの『ぐらまらす』なご婦人。これを持っていってくれぃ。育児に必要な物も入っておるからのぅ」 赤ん坊を抱いた母親に、音羽屋 烏水(ib9423)が荷物を手渡す。産着やオシメは数が足りないし、連日の寒さを考慮して防寒着も入っている。避難生活で我慢を重ねている婦女子のために、クッキーやタルトといった甘い物も忘れていない。 受け取った母親は、何度も礼を言って頭を下げる。それがキッカケになったのか、他の避難民達も集まり始めた。 丁度準備が終わったのか、開拓者達は物資の配布を開始。食糧や日用品を、次々に手渡していく。 「物資は充分にあるから、慌てないでね? あ、サライさん。後ろにある箱、取ってくれない?」 サフィリーン(ib6756)に声を掛けられ、サライ(ic1447)は後ろを振り向いた。そこに置いてある箱には『日用品小物』と書かれた紙が貼ってある。 荷造りの際、サフィリーンは品物を用途や大きさで分けて箱詰めし、品名と個数を書いておいたのだ。その手際と気遣いは、13歳の少女とは思えない程に見事である。 「この箱で間違いないですか? 分配するなら、僕にも手伝わせて下さい」 箱を移動させ、中身の確認をするサライ。そのままサフィリーンと協力し、滞りないように物資を配っていく。 「雨漏りとか、家屋の修繕が必要なら行って下さいねっ? 木材とか工具も準備してますからっ!」 避難所の破損も考慮し、修理道具一式を用意してきた燕 一華(ib0718)。彼が元気に声を上げると、一瞬で大人達に囲まれてしまった。雨漏りや隙間風等、家屋に関する不満が色々とあるのかもしれない。 補給物資を貰って人々が喜ぶ中、ニーナ・サヴィン(ib0168)の周りには女性達が集まっていた。用意してきた化粧道具でメイクを施し、整髪剤と髪飾りでヘアメイクを仕上げていく。 「はい、完成♪ どう? 子供を守ってるお母さん達には、特にこういう潤いは大事じゃないかしら?」 そう言って、ニーナは手鏡を手渡した。鏡に映る自分を見て、女性が喜びの声を上げる。ニーナの腕前に感心したのか、周囲から拍手が湧き起った。 物資を渡す事も大切だが、心のケアも必要である。下着等の衣類を配っていたリズレット(ic0804)は、自身の尻尾を見詰める視線に気付いた。猫のようにモフモフで、銀色のフサフサした毛並。避難民の中に、猫好きな者が居るのかもしれない。 「触って…みますか? 『もふもふは癒しだ』と、そう伝え聞いております…」 人々を癒すためにヤル気満々なのか、拳を握りながら提案するリズレット。彼女が尻尾を軽く振ると、数人の子供や女性が集まってきた。 みんながモフモフする姿を、羨ましそうに眺める天河 ふしぎ(ia1037)。自分も触りに行きたい気持ちを我慢しつつ、避難民に理穴産の野菜や果物を配っていく。 「早く帰れるように、僕達精一杯がんばるから…みんなも、もう少しだけ待っててね?」 勇気と希望も届けられるよう、優しく微笑む。物資と笑顔の2つを受け取った少年は、丁寧にお礼をして帰っていった。 ● 街に着いてから数時間後。荷物を配り終えた開拓者達は、避難民との交流を楽しんでいた。一緒に遊ぶ者、歓談に花を咲かせる者、街のために尽くす者など、時間の使い方は様々ではあるが。 「失礼しま〜す…って、お休み中かな?」 サフィリーンは高齢者や動けない者の元を訪れ、荷物を配っていた。今は老婆の家に来ているが、世帯主は昼寝中らしい。荷物と一緒に書置きを残し、サフィリーンは静かに家を出て行った。 同じ頃、避難所の広場では歓声が上がっていた。その中心に居るのは、サライ。避難民の不安な気持ちを払拭するため、剣舞を披露していた。 二刀一対の短刀を回しながらの、流れるような動作。そのまま広場を駆け、小柄な体を大きく動かして斬撃を繰り出す。一旦後方に大きく跳び退き、木の幹を蹴って天高く跳躍。落下しながら双刀を振り下ろし、設置しておいた巻き藁を斬り散らした。 美しく力強い剣舞に、誰もが息をするのも忘れて見入っている。サライがナイフを構えてポーズを決めると、周囲から拍手が降り注いだ。 「ありがとうございます。僕達が滞在中は万全の警備を行いますから、安心して下さい」 礼儀正しく礼を述べ、サライが深々と頭を下げる。どうやら、彼の狙いは大成功したようだ。 他の場所でも、開拓者達が悩みや相談を聞いて不安を和らげている。 「大丈夫です、不審な影の事はリゼ達が解決してみせますから…ですよね、ふしぎ様?」 「もちろん! この場の安心だって、僕達がお届けなんだからなっ!」 ふわりと笑うリズレットに、力強く答えるふしぎ。2人の言葉を聞いた避難民は、安堵の表情を浮べた。 談笑やメイク、修繕をしながらも、開拓者達は聞き込みを忘れない。避難民が見たという『不審な影』…その目撃時間や場所について、情報を集めていた。 粗方聞き回ると、人目につかない場所に全員が集合。互いに集めた情報を交換しあっている。 「黒い影か。あ…アヤカシや季節外れのオバケだったりはせんかの?」 烏水はブルブルと震えながら、仲間達に声を掛ける。年寄のような話し方をしていても、彼はまだ14歳。正体不明の影や、オバケが怖いのかもしれない。 「うーん…もしかしたら『普段の生活から離れているっていう不安が見せる幻覚』っていう可能性もあるわね…」 集まった情報を纏めると、目撃場所や時間はバラバラ。その統一性の無さが、ニーナの仮説の根拠になっているのだろう。 「僕もニーナさんと同じ意見です。先の見えない避難生活で、精神的負担が大きいと思いますし…」 彼女に同意しつつ、サライは悲痛な表情を浮べた。彼が人々から聞いたのは、多数の不安の声。それを思い出すと、胸がチクチクと痛んだ。 「でも、何かあるのは間違いないと思いますよっ。手分けして、周辺を捜索しませんかっ?」 一華の提案に、誰もが静かに頷く。全員で話し合った末、街の内側と外側の2手に別れる事になった。 ● (拠点の皆も作戦に参加して戦ってるんだ・・・僕も、出来る事は精一杯しようっ!) 心の中で決意を固め、建御雷は静かに拳を握る。彼とルオウ、ふしぎとリズレットの4人は、街の周辺警護にあたっていた。周囲を警戒し、全ての方向に注意を向けているが、怪しい気配や姿は無い。 そのまま警護を続ける事、数分。4人が森に差し掛かった時、奥の方で複数の影が動いた。 次いで、こちらに接近してくる足音と鳴き声。4人が身構える中、森から2匹の猪が姿を現した。体長は2m近いが、典型的な天儀の猪である。 「もしかして…コイツらが黒い影の正体か? 上等だ、お好み焼きの具にしてやるぜ!」 不敵な笑みを浮かべながら、ルオウは太刀を抜き放った。避難民を元気付けるため、彼は鉄板や小麦粉を持ってきている。そこに猪肉も加われば、一層豪華になるだろう。 「ルオウ様、援護は僕達に任せて下さい。猪肉入りのお好み焼き…楽しみにしてますよ?」 微笑みながら、弓を構える建御雷。ふしぎとリズレットも銃を構えると、ルオウは猪に向かって突撃した。 ほぼ同時刻。村に残った5人も、周囲を警戒していた。不審な影の目撃場所を中心に見回りを行い、怪しい気配や物音に注意を向ける。 運が良いのか悪いのか…サライと一華は、避難民とは違う『不審人物』を発見した。物陰に隠れ、こちらの様子を覗いている人物…人相やガラが悪く、どう見ても『善良な一般市民』ではない。 「サライ。さっきの剣舞、凄かったねっ。良かったら、ボクと手合せしてくれないかなっ?」 言いながら、一華は薙刀を構えた。物陰に隠れているのは、多分野盗の類。自分達の実力を見せる事で賊を追い払おうとしているのだろう。 一華の狙いに気付いたのか、サライは2本の短刀を構えた。 「一華さん程の腕はありませんが…お相手させて頂きます」 周囲の空気が張り詰め、緊張が高まっていく。その気迫に圧倒されたのか、周囲の人々は動けなくなっていた。 攻撃を仕掛けたのは、ほぼ同時。薙刀と短刀がぶつかり、周囲に火花と金属音を撒き散らした。 素早く体勢を整え、斬撃を次々に繰り出す。2人の動きは、手合せというより演舞に近い。いつしか、周囲の人々は2人の姿に釘付けになっていた。 無論、それは物陰に居る人物も例外ではない。演舞に魅入っている間に、ニーナ、サフィリーン、烏水が盗賊を取り囲んで捕縛。その数分後には、同心を呼んで身柄を引き渡していた。 ● 全てが終わったのは、夕陽が周囲を染める頃である。同心と入れ違うように、見回りをしていた4人は猪肉を持って街に帰還。互いに状況を説明し、『不審な影』が消えた事を報告し合った。 その報せは避難所中を駆け巡り、あちこちから歓喜の声が湧き上がる。安心して心が満たされたなら、今度は胃袋を満たす番である。 「うっし! そろそろ始めるか。『小麦粉料理人』の腕前、見せてやるぜぃ!」 広場で調理の準備を終え、気合を入れ直すルオウ。熱した鉄板に小麦粉の生地を流し入れると、香ばしい匂いと音が周囲に広がった。 作っているのは、お好み焼き。生地を返して特製ソースをかけると、匂いと音が更に広がり、皆の胃を直撃した。 焼き上がったお好み焼きは皿に乗せ、避難民に渡していく。それを頬張ると、脳裏に縁日の賑やかな光景が浮かんだ。懐かしい味に、避難民も開拓者も大満足である。 「まだまだ大変だけどさ。その分今日は精一杯笑って、また明日から頑張ろうぜぃ!」 祭りのような楽しい雰囲気になるように、明るく語り掛けるルオウ。心も腹も満たすため、次から次へとお好み焼きを焼き上げていく。 程良く腹が膨れた頃合いを見計らい、ニーナはハープを取り出した。 「さぁて…皆、楽しませちゃうわよ〜♪ 戦うだけが能じゃないからね♪」 楽しそうに微笑みながら、ハープを掻き鳴らす。奏でられた曲は、そよ風のように優しく、故郷を想わせるような懐かしい旋律。避難している者達にとっては、最も嬉しい曲かもしれない。 それを盛り上げるように、烏水が三味線の音色を合わせる。 「薙刀の演舞で不安断ち切り、竪琴の演奏に音と聞き惚れ、愛らしき舞い手の姿を楽しんでくれなっ♪」 「うぅ〜…そんな風に言われたら恥ずかしいよ、烏水お兄さん」 頬を赤く染めて照れながらも、リズムを合わせるサフィリーン。ヴェールを羽織り直してステップを踏み、演奏に合わせて踊り始めた。見ている者が楽しくなるような、元気で明るい舞い。彼女自身も、踊る事を楽しんでいる。 「開拓衆『飛燕』が一の華の演舞、ご覧下さいっ!」 更に、一華が薙刀の演舞を披露。盗賊を捕まえた時のような鋭い動きではなく、華麗かつ派手な動作で周囲を盛り上げている。 次第に、避難民達は手拍子を叩き始めた。それだけに留まらず、小さい子供数人が乱入。サフィリーンや一華の動きを真似して舞い始めた。 予想外の乱入者に、誰もが大盛り上がり。広場はたくさんの笑顔で溢れていた。 「リクエストがあれば教えてね♪ 芸達者さんが揃っているんだもの、大丈夫だよね、ニーナお姉さん?」 「もちろん! 可能な限りお応えするわ♪ こういうのは、楽しんだもの勝ちよ♪」 満面の笑みを浮かべながら、サフィリーンとニーナがリクエストを募る。楽しい宴は、夜明けまで長々と続いた。 ● 始まりがあれば、必ず終わりがある。久々の楽しい時間は終わりを告げ、開拓者との別れの瞬間が近付いていた。 「辛いこともあって大変だと思いますが、希望を捨てずに生きてください。一生懸命生きていれば、いつか必ず幸福は訪れますよ」 帰るギリギリまで人々の話を聞き、励ましの言葉を掛ける建御雷。彼の優しさが伝わったのか、彼の周囲には人が集まっていた。 「我慢強いてしまってすまんのぅ……早く故郷に帰れるよう尽力するからのっ」 烏水は心が疲れている者達に向けて、優しい子守唄を奏でている。安らぎを与える調べが心を落ち着かせ、穏やかな眠りを与えた。 別れを惜しむ者達から離れ、ふしぎとリズレットは2人だけで一息ついている。 「そういえば、リズも故郷を離れてたよね。寂しくない? よかったら…故郷の話、聞かせて欲しいな」 「リゼの故郷、ですか…? そうですね…少し、寒い地方です。でも…とても温かい場所…」 ふわりと微笑みながら、静かに語るリズレット。一旦言葉を切り、ふしぎに視線を向けた。話したい事は色々あるが、多過ぎて伝えきれない。それに…周囲に人が居るのが、若干気になっている。 「あの…詳しい話は、また落ち着いた時にでも…ではダメですか…? ふしぎ様には、その……きちんと、聞いて頂きたいので…リゼの、大切な場所を…」 「うん、いいよ! その時は、僕の話も聞いてね? でも……いつか、リズのご両親にもご挨拶に行きたいな…」 ふしぎが笑顔で言葉を返した瞬間、リズレットの顔が真っ赤に染まった。彼の表情にドキドキした事も関係しているが、それ以上に重大な理由が1つ。 相手の両親への挨拶…天儀でこの言葉は、『求婚の挨拶』という意味を含んでいる。突然の大胆発言に、リズレットの心臓は高速で脈打った。 彼女の異変に、ふしぎは小首を傾げる。数秒後、自分の発言の意味に気付き、ワタワタと慌て始めた。どうやら…彼は素で天然らしい。 色んな事があったが、開拓者達の宅配便は無事成功。今日の笑顔は、明日の笑顔へと繋がっていくだろう。 |