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■オープニング本文 「バレンタイン作戦…ですか?」 「そう! 略してV作戦! 乙女の甘酸っぱい想いが籠った、秘密作戦なのですよ!」 克騎の質問に対し、拳を握って熱く語る女性が1人。白衣を纏っているが、医者や研究者ではない。天儀で数少ない、チョコレート専門店の店長らしい。 「私、開拓者サン達にお礼がしたいと、常々思っていたのですよ! ほら、アヤカシから守って頂いていますし!」 「その、お礼の方法が…バレンタイン作戦、ですか?」 「イエス! その通り!」 元気良く叫び、店長は1枚の紙をギルドの机に叩き付けた。そこに書かれていたのは、バレンタイン作戦の概要である。 「恋人の居る方々には、甘く素敵な時間を! 居ない方には、楽しく美味しい時間を! 老若男女を問わず、開拓者サン達をおもてなしする作戦です!」 テンションの高さと作戦名はアレだが、その内容は至極マトモ。感謝を形にするのは悪い事ではないし、日頃疲れている開拓者には息抜きになるだろう。 「では、この依頼を受理しますが…お店の金銭的負担は大丈夫ですか?」 「心配ご無用! 開拓者サンが来てくれたら、話題にもなりますし♪ 看板でも出して、大々的に宣伝します!」 開拓者に憧れを持つ一般人は、決して少なくない。熱狂的なファンなら、間違いなくこの宣伝に喰い付くだろう。ある意味、一石二鳥である。 商魂の逞しさと行動力に、克騎は思わず感嘆の溜息を漏らした。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
猫宮 京香(ib0927)
25歳・女・弓
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
黒葉(ic0141)
18歳・女・ジ
御堂・雅紀(ic0149)
22歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●『V作戦』、発動 その日、安州のチョコレート専門店には人だかりが出来ていた。店先には『本日、開拓者サン貸切』の立て札が一枚。ここに集まったのは、開拓者を一目見るのが目的らしい。 そんな事は全く知らず、依頼に来た開拓者達。一般人の出迎えに戸惑いつつも、店のドアを開けた。 「い〜〜〜らっしゃいませぇ、開拓者サン!」 外の一般人よりも熱烈に、ハイテンションな女店長が彼等を出迎える。開拓者に憧れ、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた日々…その夢が叶い、舞い上がっているようだ。 「準備は整っておりますので、ドウゾこちらへ〜っ!」 無駄にクルクルと回り、店長が2階への階段を促す。彼女の誘導に従い、4組の開拓者は2階へと昇って行った。 ●寄り添う剣と弓 「今日はデート用にコーディネイトしてみたけど…どうかな?」 個室に入ったアーニャ・ベルマン(ia5465)は、ドレス姿で回ってみせる。軽く小首を傾げながら、甘えるような視線をデニム(ib0113)に向けた。 「え? いや、あの…その…」 普段よりも魅力的なアーニャに見惚れていたのか、驚きながらも我に返るデニム。慌てて思案を巡らせるが、巧い言葉が見付からない。 悩んだ末、彼はアーニャを優しく抱き寄せた。 「本当に素敵だよ、アーニャ」 言葉以外でも、想いを伝える方法はある。その気持ちが伝わったのか、アーニャはそっと腕を回した。 『無言の会話』が続く事、数分。ようやく、2人はテーブルに着いた。卓上に並んでいるのは、沢山のチョコと果物。その中央に、チョコレートフォンデュが鎮座している。 「ね〜ね〜、デニム。チョコの甘さは幸せな気分にしてくれるんだよ? はい、あーんして♪」 アーニャは1口大のバナナにチョコを絡ませ、デニムに差し出した。照れながらも、彼はそれを頬張る。デニムが軽く微笑むと、彼女も嬉しそうに笑みを返した。 そこからは、一気にラブラブな雰囲気が加速。イスを並べて寄り添い、アーニャがハグや頬ずりを繰り返した。 デニムはそれを拒否する事なく、むしろ喜んで受け入れている。グラスに2本のストローを刺し、2人仲良くチョコドリンクを飲んだ時は、かなり恥ずかしそうだったが。 「忙しいのに、こうして時間を作ってくれてありがとう。私、世界で一番幸せかも〜♪」 愛する人と2人きりの時間を過ごせて、ご機嫌なアーニャ。まるで子供のように、無邪気に喜んでいる。 「いや…世界で一番幸せなのは、僕の方だよ。君と出会うまでは…戦って家を守って、斃れるまで戦い抜くだけが僕の人生だと思ってたんだ」 デニムの瞳の奥に潜む、悲しい色。実兄の事、親族の期待、次期当主という重圧…それに応える事が自分の使命だと、ずっと言い聞かせてきた。 アーニャと出会うまでは。 「幸せの本当の意味を教えてくれたアーニャ。『これからの障害』も、きっと乗り越えられると信じてる…大好きだよ」 『これからの障害』が何を意味するのか分からないが…もしかしたら、年の差を超えた結婚も意識しているのかもしれない。 その言葉を聞き、アーニャは満面の笑みを浮かべた。が、それは数秒で真剣な表情に変わる。 「ねぇ、デニム。もし戦いに行くときがあれば、一緒に連れて行ってね? 私の強さと、弓の腕前は良く知ってるでしょ?」 予想外の一言に、驚愕を隠せないデニム。反論の言葉を言おうとした瞬間、アーニャは人差し指で彼の唇を塞いだ。 「少しでもデニムの役に立てるなら…無事に帰ってきてくれるなら…私はいつだって弓を手にするよ?」 固い決意の籠った、青色の瞳。デニムが彼女を守りたいように、アーニャも彼を守りたいのだ。この想いを、無駄にするワケにはいかない。 デニムは軽く微笑み、アーニャの手を強く握った。 「君が傷つく事が何より怖いけれど…分かった。どこに行くのも、一緒だ…絶対に、僕が護るよ」 真っ直ぐな言葉と視線。見詰め合う2人の距離が徐々に近付き…そっと、口付けを交わした。 ●愛の温もり 結婚してから初めてのデートに、緊張気味の真亡・雫(ia0432)。ドキドキが止まらず、頬が若干赤く染まっている。 彼の緊張を解すように、猫宮 京香(ib0927)は隣に座って寄り添い、優しい笑みを浮かべた。 「やっぱり今日は個室ですね〜。二人っきりで楽しみましょう? ね、あ・な・た♪」 常に笑顔を絶やさない京香だが、今日は一段と魅力的に見える。彼女の言動で、雫のドキドキが加速したのは言うまでもない。 2人で過ごせる時間は楽しいが、今回は楽しみがもう1つ。雫も京香も、チョコレートフォンデュは初体験らしい。 「これがチョコレートフォンデュというものなのですね〜。はい、あなた。あーん、してください〜」 京香は溶けたチョコを果物に絡め、雫の口元に運ぶ。突然の事に頬を染めながらも、雫は小さく口を開けてそれを食べた。 「うん。チョコもとっても美味しい…癖になっちゃいそうだよ。えっと…京香? はい、あーん?」 今度は、雫が食べさせる番である。小さなマシュマロにチョコを付けて差し出すと、京香は嬉しそうにそれを頬張った。 (京香の幸せそうな顔を見てると、こっちもほんわかするね…) そんな事を考えながら、彼女の顔を見詰める雫。その視線に気付いたのか、京香も彼を見詰め返す。高鳴る鼓動を誤魔化すように、雫は再びチョコを差し出した。 チョコフォンデュが気に入ったのか、互いに食べさせ合う雫と京香。自然と会話も弾み、ゆったりとした時間が過ぎていく。 話題はいつしか、今後の2人の事になっていた。結婚の後の事…雫には、質問したい事が1つある。 「ぇっと…ちょっと聞きたいんだけど、さ。京香は…子供は欲しい? 僕は、恵まれると良いなって思うんだけどな」 恥ずかし過ぎるのか、雫の頬がみるみる赤くなっていく。その様子がカワイかったのか、京香はクスクスと笑った。 「子供ですか〜? ふふ、雫くんが望むならいくらでも、でしょうか〜♪ でも…開拓者としてのお仕事に一区切り付けてからになりそうですね〜」 京香の大胆な一言に、今度は頬どころか耳まで真っ赤に染まる。雫は軽く咳払いして深呼吸し、気持ちを落ち着けた。 楽しい時間ほど、過ぎるのは早い。帰宅時間が近付いている事に気付き、2人はゆっくりと立ち上がった。 「『ばれんたいん』って、男性は御返ししないといけないんだよね。ふふ、何が良いかな。まぁ、期待しててよ」 「あらあら。お礼なんて、あなたが居てくれればそれで良いのですよ〜? でも…とっても嬉しいです♪」 見詰め合い、微笑み合う2人。不意に、雫は京香を強く抱き締めた。互いの存在を離さないように、強く…強く。 「ん〜、あなたの温もりを感じますよ〜。とっても気持ちいいです〜…」 雫の胸で、甘えるような声を漏らす京香。2人の視線が再び合った時、彼女は今日一番の笑顔を浮かべていた。そのまま、京香は顔を近づけてそっと口付ける。 「ん………美味しかったね、京香♪」 照れ隠しするような、2度目のハグ。雫は彼女の耳元に口を近付け、そっと呟いた。 『愛してるよ』と、ありったけの想いを込めて。 ●暴走超特急 「おかえりなさいませ、ご主人様♪」 言葉と共に、メイド姿のファムニス・ピサレット(ib5896)が個室のドアを開けた。今日は憧れの人とのデート…精一杯『おもてなし』するつもりなのだ。 「ワオ…なんてキュートなメイドなんだろう。ただいま、ファム♪」 愛しの子猫ちゃんの登場に、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)のテンションが一気に上がる。金色の瞳が若干血走って見えるが…気のせいだろう。多分。 「え、ええと……ご奉仕します!」 メイドの台詞が続かなかったのを誤魔化すように、ファムニスがフランヴェルの膝に座る。そのままコーヒーを注ぎ、チョコケーキを皿に乗せた。 「ファムは軽いね。それに柔らかい…♪」 『ご奉仕』が気に入ったのか、フランヴェルはご満悦の様子である。そんな彼女に、ファムニスはケーキを差し出した。 「はい、あーん♪」 口元に運ばれた、1口大のケーキ。それを頬張り、フランヴェルは嬉しそうに微笑んだ。 「とても甘いよ♪ でも…ボクばかり食べるわけにはいかないね♪」 言いながら、今度は彼女がケーキを差し出す。予想外の事に、ファムニスは驚きの表情を浮かべた。 「えっ、でも私はメイドさんですから……」 オロオロしながら断るが、フランヴェルの笑顔には敵わない。断り切れず、ファムニスはケーキをパクッと頬張った。その美味しさに、彼女の顔が綻ぶ。 その笑顔を見るため、せっせとケーキを運ぶフランヴェル。結局、ファムニスの方がイッパイ食べさせて貰う結果となった。 数十分後、着替えのためにファムニスが席を立つ。メイドの次に彼女が選んだ衣装は…。 「おお…バニー…やはり小っちゃい子バニーこそが至高! 素晴らしい! トレビアーンだよファム!」 バニーガールの登場に、フランヴェルのテンションが急上昇。ブランデーをお酌され、ハイペースで呑み干していく。 「ところでファム…バニーガールは『胸の谷間に物を挟んでお客に給仕する』って知ってる?」 そんなバニーガールがドコに居るのか問いたくなるが、酔っ払いにツッコんだら負けである。フランヴェルの言葉を疑う事なく、ファムニスは自身の胸に視線を下ろした。 「胸の谷間…? ないです」 10歳の少女に谷間を求める方が無理な話ではあるが。 「それなら、衣装と胸の間に挟めばいい♪」 「えっと…こう、ですか?」 フランヴェルの暴走は止まらないが、ファムニスは嬉しそうに希望に応えている。言われた通りにチョコバーを挟むと、フランヴェルはそれを頬張った。 「っと…溶けたチョコが肌についちゃってるね?」 不敵な笑みを浮かべ、フランヴェルは肌に下を伸ばす。 「ひゃっ!? くすぐったいですっ! あ…にゃああ…」 恥ずかしそうに声を漏らすファムニスに、ノリノリのフランヴェル。2人の時間は、こうして過ぎていった。 ●主従を超えた… 黒葉(ic0141)と御堂・雅紀(ic0149)の部屋には、微妙な空気が流れていた。 雅紀は今までバレンタインの事を知らなかったが、その意味を知って若干狼狽している。黒葉は彼に誘われて来たが…若干元気が無い。その証拠に、猫耳がヘタっている。 「ぉー…ドロドロですにゃ。ん、甘い匂い…」 それを誤魔化すように、彼女はチョコレートフォンデュの鍋を覗き込んだ。黒葉に続き、雅紀はフォークで鍋の中を軽く掻き混ぜる。 「ほー…予め溶かしておいて、果物に絡めて食うのか」 雅紀の説明を聞き、黒葉が早速果物にチョコを絡める。一口味見してみると、ほっこりするような甘さが口の中に広がった。 「あ、これ美味しいですにゃ…はい、主様、あーんっ♪」 言いながら、再びチョコを絡ませて雅紀に差し出す。予想外の行動に、雅紀は若干頬を染めながら驚愕の表情を浮かべた。 「ば、馬鹿、餓鬼じゃねーんだから自分で喰えるって…おちつっ!」 拒否の言葉を口にするが、黒葉はその隙を狙ってチョコを押し込む。強引に押し切られ、雅紀は溜息を漏らしながらチョコを飲み込んだ。 間髪入れず、黒葉は次のチョコを差し出す。その姿は、まるで強引に場を盛り上げようとしているようだ。 次々に押し寄せるチョコを食べながら、雅紀は彼女の異変に気付いていた。妙にテンションが高く、無駄に押しが強い。理由は分からないが、無理をしている事は分かる。 深い溜息を吐き、雅紀は黒葉の尻尾の付け根を強く握った。 「ふにゃ!?」 そこは、彼女の弱点。不意討ちを喰らい、黒葉は変な声を上げてフォークを落とした。 「ぁ、主様っ…そこは掴んじゃ…あぅ」 次第に、彼女の体から力が抜けていく。大人しくなった処で雅紀は黒葉を抱き上げ、イスに座って彼女を膝に乗せた。そのまま、優しく頭を撫でる。 「まったく、今日は何時にも増して…ったく。ほら、チョコ喰わせてやるから大人しくしてろ」 ブツブツ言いながらも、雅紀は空いた手で果物にチョコを絡ませた。 「だって…もごっ!? むぐ…ん…」 黒葉が反論する隙を与えず、口の中にチョコを押し込む。モグモグして飲み込むと、ヘタっていた猫耳が少し持ち直した。 彼女が食べたい物に視線を送ると、雅紀はそれにチョコを絡ませて口元に運ぶ。チョコフォンデュを食べながら、黒葉は甘えるように体を預けた。 チョコは溶けているが、温度は人肌程度。時々、口元に運んだフォンデュから茶色い雫が滴り、黒葉の谷間に線を描いた。 一瞬、雅紀の視線が彼女の谷間に止まる。それを誤魔化すように、彼は再びチョコを絡ませた。 「誰が主人か、分かったか? ほら、口開けろ」 言葉と共に、果物を食べさせる。黒葉は無言で頷くと、少しだけ笑みを浮かべた。 ●甘い時間の終わりに 閉店時間が近付き、個室から出てくる開拓者達。1階に下り、店長に礼を述べていく。 「実に素晴らしいひと時でした! 感謝します♪」 「あ、ありがとうございましたぁああ! 楽しかったです!」 ファムニスをお姫様だっこしたまま、全力で走り去るフランヴェル。『お持ち帰り』という叫びが聞こえるが…聞かなかった事にしよう。 アーニャとデニムは、仲良く店内の商品を眺めている。雫と京香は手を繋ぎ、店を出て岐路に着いた。 雅紀と黒葉は、静かに店を出ていく。人気の少ない路地に入った瞬間、黒葉は雅紀の袖を引いて脚を止めた。 「本当は…本当は、初めに私のチョコを食べて欲しかったですにゃ…」 雅紀に誘われた事は嬉しい。が…それが原因で、手作りチョコを渡せなかったのも事実。だから、彼女は最初、元気が無かったのだ。 その言葉に、少しだけ笑みを浮かべる雅紀。黒葉に両手を伸ばし、頬を軽く引っ張った。 「馬鹿か、お前?」 予想外の行動に、彼女の目が点になる。黒葉を見詰めながら、雅紀は手を離して頭を撫でた。 「『一番いい物』ってのは、最後に残しておくに限るよな。でないと、他の物が目に入らなくなるしな」 甘く優しい言葉が、黒葉の心に広がっていく。気付いた時には、彼女の耳は元気良く立ち、頬は真っ赤に染まっていた。 「そういう事にしといてあげますにゃ…♪」 微笑みながら、黒葉は雅紀の胸に紙袋をポスリと当てる。中に入っているのは、彼女の手作りチョコ。 雅紀がそれを受け取ると、2人の距離が徐々に近付いて…。 |