氷点下の刺客
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/08 22:21



■オープニング本文

 寒い。
 とてつもなく寒い。
 ハンパないイキオイで寒い。
 年明け以降、気温は下がる一方である。低音の嵐が吹き荒れ、砂漠地帯に雪が降り、滝が凍りつく…どの地域も、圧倒的な冷気に晒されていた。
 その被害はとどまる事を知らず、海にまで広がっている。
「船長っ! 進路上に、巨大な障害物が!」
 海上船の操舵室に響く、緊迫した声。状況を確認するため、船長は視線を前方に向けた。どこまでも広がる海原…そこに、不自然なモノが1つ。
 陽光を浴びても冷たく輝く、透き通った氷。流氷のような板状ではなく、ゴツゴツした球状の氷塊が海を漂っている。正確な大きさは分からないが、少なくても直径10mはありそうだ。
「馬鹿な……進路変更! あの氷塊から離れろ!!」
 船長の切迫した叫びに、操舵手が急いで舵をきる。万が一にも衝突や接触をしたら、大惨事は免れないだろう。
 船は予定航路を逸れ、氷塊を迂回するように航行。このまま速度を上げて氷塊から離れれば、安全な航海が再開できる。
 ハズだった。
「せ、船長!」
 船員の叫びと同時に、船体が大きく揺れる。何が起きたのか分からないが、ハッキリしている事が1つ。
 『この場に留まっていたら、絶対に危ない』。
 数秒置きに衝撃が襲う中、船は速度を上げて急速離脱。氷塊を振り切り、海上を駆け抜けた。
 数分後。衝撃や揺れが治まった事を確認し、船員達が船を調査。その結果、船体に複数の『拳大の氷』が突き刺さっていた。
 これが振動の原因だとしたら…犯人と、犯行の瞬間は分かっている。
 そして、人間の手には余る事件だという事も。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
アグネス・ユーリ(ib0058
23歳・女・吟
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
レビィ・JS(ib2821
22歳・女・泰
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440
20歳・男・砲
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文


 凍てつくような冷気が、頬を撫でていく。極寒のジルベリアより気温が高いとは言え、天儀周辺の海上は寒い。白い息さえ、凍り付いてしまいそうだ。
 冷たい海水を掻き分けながら、海を進む船が1隻。その周囲を、4組の朋友と開拓者が飛んでいる。
「やっぱり、冬の海は寒いですね…虹色は大丈夫ですか?」
 吐息で手を温めながら、菊池 志郎(ia5584)が相棒に問い掛ける。それに応えるように、上級鷲獅鳥の虹色が短く鳴いた。寒さを防ぐため羽の間に空気を含んでいるせいか、普段より輪郭が丸くなって見える。
「一緒に依頼に来るの、久しぶりね。頼りにしてるわ、よろしくね?」
 そう言って、アグネス・ユーリ(ib0058)は相棒の駿龍、ヴィントの首を優しく撫でた。純白のマフラーとマントは、彼女の小麦色の肌と漆黒の髪を際立たせている。
 ヴィントは『任せておけ』と言うように、大きく羽ばたく。発生した風が空中を走り、甲板に居るレビィ・JS(ib2821)の髪を軽く揺らした。
「防寒対策してきたけど…海に落ちたら危ないね。足元に注意しないと」
 大気が寒いという事は、海水は殺人的な低温に違いない。甲板と海面を交互に眺め、レビィは思わず体を震わせた。
 移動中の屋外は、寒さが厳しい。甲板に出ている開拓者は多いが、防寒対策をしなかったら凍り付いていたかもしれない。
 刺すような寒さに晒される中、甲板に繋がる扉が勢い良く開いた。
「みんな〜、今のうちにメシにしようぜ! 腹が減ってちゃ戦はできねえっていうしなー」
「ルオウ殿と一緒に、温かいシチューを作ってみました。お口に合うと良いのですが…」
 温かい空気と共に現れたのは、ルオウ(ia2445)とエルディン・バウアー(ib0066)。2人共ピンクのフリフリエプロンを着ているが、これは彼等の趣味ではない。船の手配をした、克騎の策略だろう。
 そんな事は気にせず、大きな鍋と食器類の乗ったワゴンを押す2人。仲間達が集まって来ると、鍋の蓋を開けた。
 食欲をそそる匂いと共に、白い湯気が立ち昇る。その奥に見えるのは、乳白色の汁にカラフルな具材。1口飲んだら、体の芯から温まりそうだ。
 誰もが鍋の中を覗いていると、羽妖精の十束は蝙蝠のような翼でパタパタと宙に舞い、開拓者達の頭上から鍋を覗き込んだ。
『これは美味しそうですね。エルディン殿、私も頂いて良いですか?』
 問い掛ける十束に、エルディンは優しい笑顔を返す。小皿にシチューを盛り、スプーンと共に彼に手渡した。
「あたいも欲しいっ! 屋根の上って、想像以上に寒いんだもん!」
 船室の屋根から響く、元気な声。全員が視線を向けた瞬間、大きな蛙が船室の屋根から甲板に降り立った。
 否。
 蛙に見えたのは、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)。ジライヤを模した全身きぐるみを着ているため、見間違っても無理は無いかもしれない。
「っと、ルゥミ殿か。巨大なカエルが降ってきたのかと思った」
 ほんの少しだけ驚きの表情を浮かべながら、宮坂 玄人(ib9942)はシチューを口に運んだ。その隣では、相棒の十束が礼儀正しくシチューを食べている。
 ルゥミは玄人と視線を合わせると、イタズラっ子のような笑みを浮かべた。
「可愛らしい蛙ね。ジライヤの代わりに、私の相棒になってみる?」
 表情を変えず、誘いの言葉を掛ける胡蝶(ia1199)。勿論、冗談で言っているのだが…彼女が言うと本気に聞こえるから、不思議なものである。
 寒空の下、シチューで身を温める開拓者達。既に空を飛んでいる4組は食べれなかったが…状況的に、仕方ない事だろう。


 出航してから、数十分。陽光で気温は上がったものの、周囲はまだまだ寒い。
 志郎は周囲の精霊力を全身に集め、結界として周囲に拡散。体が微かに光り、瘴気の気配を探っていく。その表情が険しく変わった直後、志郎と虹色は高度を下げて甲板に接近した。
「皆さん、気をつけて下さい! アヤカシは近いですよ…!」
 その一言で、周囲の緊張感が一気に高まる。誰もが警戒を強める中、船の斜め前方に、冷たい輝きを放つ巨大な氷塊が見えてきた。
「ぱっと見た限り…普通の塊に見えるな。まぁ、油断せずに行くとするかね」
 言いながら、ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)は滑空艇のアウローラを巡航モードから戦闘態勢に移行。武装に練力を纏わせ、防水を施した。
「あれか! いくぜぃヴァイス!!」
 エプロンを脱ぎ捨て、ルオウが力強く叫ぶ。その声に応えるように、相棒の上級迅鷹、ヴァイス・シュベールトが激しい風を起こした。
 そのまま光の粒子と化し、ルオウと同化。背中から光の翼が生えると、甲板を蹴って天高く舞い上がった。
「行きましょう、皆さん。複数の方向から接近すれば、敵の攻撃も分散されるハズです」
 相棒の上級鷲獅鳥、司に騎乗した朽葉・生(ib2229)が、空中の仲間達に声を掛ける。1人なら狙い撃ちにされるが、仲間と一緒なら話は別。連携して行動すれば、危険も減るだろう。
 皆同じ意見なのか、反対する者は1人も居ない。ルオウ、志郎、アグネス、生、アーヴェイの5人は船より先行し、アヤカシの射程ギリギリまで移動を始めた。
 ほぼ同時に、ルゥミが船室に飛び込む。
「克騎さん、緊急停止っ! 敵の射程に入らないで!」
 彼女の叫びに反応し、克騎は船の動力を止めて舵をきった。その位置は、アヤカシから約20m。情報が正しければ、敵の射程外である。
 揺れる甲板の上で、胡蝶は足元に手を突いて練力を送り込んだ。彼女の力に反応し、甲板上に巨大な白壁が2枚出現。万が一、船を攻撃された時に仲間を守るため、防壁を設置したのだろう。
 更に、胡蝶は召喚符を取り出し、練力を送り込んだ。
「心ないアヤカシよ! 私の熱い心の炎で溶かしてあげましょう! エルディン☆バーニング・メテオストライク!!」
 叫びながら、エプロン姿のエルディンは黄金の錫杖を掲げる。周囲の精霊力が燃え上がり、頭上に火炎弾を生成。氷塊に狙いを定め、一気に投げ放った。
 冷気を焦がすように、炎弾が宙を奔る。それが氷塊に触れた瞬間、炸裂して炎が周囲に広がった。圧倒的な熱量が氷の表面を溶かし、海面を蒸発させて水蒸気が舞い上がる。
 それを掻き消すように、氷塊から『拳大の氷弾』が放たれた。標的になったのは、ハーヴェイ。咄嗟に、彼は滑空艇の出力を上げて急加速した。高速で方向転換し、氷弾を避けながら後退していく。
 が、弾速は想像以上に早く、数も多い。直撃こそ避けているが、氷弾が機体や頬を掠めていた。
 激しい氷弾の雨は、何の前触れも無く標的を変える。ハーヴェイへの攻撃が止み、今度はアグネスに殺到した。
「さあ、ヴィント。あんたの羽の力、久々に見せて頂戴!」
 アグネスの命に従い、ヴィントは翼を広げて回避体勢をとる。風を切りながら後方に引き、急降下して攻撃を回避した。
 ハーヴェイとアグネスが体勢を整える中、攻撃に備えて全員が身構える。誰もがアヤカシに注意を向けていたが…氷弾を撃ち出す様子は全く無い。
 どうやら、このアヤカシは『射程内の敵だけを狙う』という習性があるようだ。その攻撃は直線で、複数の方向を同時に狙う事は無い。
 更なる確認をするため、志郎は相棒の背を軽く叩いた。虹色は小さく鳴き、鋭く爪を振って空を切る。それが真空の刃となって、氷塊に放たれた。
 相棒の攻撃に合わせ、志郎は印鑑型の投擲武器を投げる。2つの攻撃が氷塊を削り、氷の粒が舞い散った。
 志郎が確認したかったのは、アヤカシの反応。開拓者や朋友が射程圏内に入ると迎撃したが、無機物や非実体攻撃には氷弾を撃たなかった。
 つまり、アヤカシが狙うのは『生命反応を持つ有機物』という事になる。
 相手の特性は分かった。今度は、開拓者達が攻撃する番である。
 口火を切るように、アグネスは竪琴を掻き鳴らした。音に精霊力を乗せて演奏し、敵の精霊加護を一時的に下げる。
 敵の能力が下がった事に気付いたのか、エルディンの相棒、上級迅鷹のケルブは、純白の翼を広げて甲板から空中に上昇。力強く羽ばたき、鋭い風を起こした。
 それが見えない刃のように飛び、氷塊を削る。舞い散る粒氷が、日の光でキラキラと輝いた。
 同じタイミングで、ルゥミの相棒、迅鷹のスターダストが煌く光と化す。その状態で彼女の魔槍砲と同化すると、武器全体が輝く光に包まれた。
「いっくよ〜! ケロケロスパーク!」
 元気良く叫び、ルゥミは充填した練力を撃ち出す。放たれた銃撃が、命中と同時に閃光を伴って爆発。氷塊の表面が削れ、周囲に散らばった。
 追撃するように、玄人が矢を番えて弓を構引く。練力を込めて精霊力を操ると、武器全体が桜色の燐光に包まれた。その状態で、矢を放つ。
 射ち出された一矢は空中に桃色の軌跡を描き、氷塊に突き刺さる。散り乱れる燐光が枝垂桜のような幻影を生み出し、氷の粒と共に海に消えていった。
 主に続き、十束が攻撃態勢を取って力を溜める。手に握られているのは、緑色に輝く礫。狙いを定め、全力で投げ放った。渾身の一撃が氷塊に減り込み、小さな穴を穿つ。
 玄人と十束の攻撃跡を狙い、強烈な銃撃が突き刺さる。それを放ったのは、ハーヴェイ。練力を込めた弾丸が攻撃の跡を広げ、氷の粒を散らした。
 ゆっくりと慎重に移動していたルオウは、仲間達とは逆の位置に到達。金色の瞳に気力を集中させ、敵に向かって突撃した。
 ルオウを援護するように、生は神々しい雰囲気を放つ錫杖を掲げた。練力が周囲の精霊力に干渉し、炎となって急速に集まっていく。
 殺到する氷弾を、ギリギリで避けながら距離を詰めるルオウ。その動きに合わせ、生は炎を放った。熱が氷弾を溶かし、水になって蒸発。炎が炸裂して周囲に広がり、氷塊を包んだ。
 その隙を狙い、ルオウは一気に接近して刀を振り下ろした。銀色の剣閃が氷塊を捉えたが、刃は氷の奥まで届いていない。
 開拓者の攻撃は確かに効いているが、溶けたり削れたりしているのは表面の数cmのみ。厚い氷は、中心に近付くほどに強度を増しているようだ。
 舌打ちしつつ、ルオウは氷塊を蹴って急上昇。それを追うように、再び氷弾が放たれる。
 レビィは火の点いた矢を素早く番え、氷の弾を狙って射ち出した。文字通り、『炎の矢』が氷弾を砕いて射ち落とす。
「ヒダマリ、準備は良い?」
 新しい矢を番えながら、レビィは相棒の又鬼犬、ヒダマリに視線を向けた。ヒダマリは静かに頷き、甲板の縁に移動。口を開けて喉を大きく震わせると、不快な音波が高周波となって氷塊を撃った。
 ようやく召喚の準備が整ったのか、胡蝶の符から巨大な蛙が出現。彼女の相棒、上級ジライヤの、ゴエモンである。
「出番よ、ゴエモン。蛙らしく泳ぎの達者なところを見せなさい」
『おうおう、お嬢。冬の海を泳げとか洒落になんねえぞ!』
 呼び出されて早々、過酷な命令を受けるゴエモン。口では文句を言いながらも、ゴエモンは光を纏って海に飛び込んだ。そのまま潜水し、氷塊との距離を詰めていく。
 船上と空中に加え、海中からも接近すれば敵の狙いを散らす事が出来る。これで、開拓者達が有利に戦闘を進められるだろう。
 と、この場の全員が思っていた。しかし、その考えは数分で覆る事になる。
 敵の射程に入らなければ攻撃される事は無いが、氷塊は想像以上に硬い。加えて、周囲の低温。寒さと疲労が体力を削り、動きが鈍り始めていた。
「少しずつでも構いません、氷塊を削りましょう。塵も積もれば…ですよ」
 生は仲間達を励ましながら、白い精霊の力を借りてルオウとアグネスの傷を癒す。2人は軽く礼を述べ、氷塊に向き直った。
「分厚くて頑丈な氷に、氷の弾…まるで戦艦だな。他にも隠してある手札があるのかどうか…」
 肩で息をしながらも、冷静に状況を分析するハーヴェイ。兵装を構えて氷塊に狙いを定めると、仲間達の間を縫うように射撃を叩き込んだ。
「氷の射撃だけが攻撃手段とは限らないからな。一瞬たりとも隙を見せるない方が良いだろう」
 仲間達に注意を促しつつ、玄人は弓撃を放つ。それに続き、十束も礫を投擲。2人の攻撃で、氷塊の表面が更に削れた。
 だが…決定打までは程遠い。確かな手応えも無く、有効な攻撃手段も見付からない。少しずつ、開拓者達の心に焦りの色が浮かんでいた。
「あっ!! みんな、ヒビがあるわ! 丁度、あたし達の真下!」
 そんな不安を吹き飛ばすような、アグネスの叫び。本業が吟遊詩人という事もあり、その叫び声は色んな意味でスゴイ。至近距離に仲間が居たら、鼓膜が破れていただろう。
 仲間達が視線を向けると、確かに亀裂が走っていた。今までは角度や光の加減で発見出来なかったが、亀裂は表面ではなく中心に向ってヒビ割れている。
 アグネスの言葉に反応し、生と司が真っ先に飛び出した。
「司。今こそ、あなたの速さを見せて下さい…!」
 盾を構えながら、生が命令を下す。司は翼を大きく広げて加速し、全速力で氷塊に突撃した。
 迎え撃つように、無数の氷弾が彼女達に殺到する。生は盾で攻撃を受け止め、障壁を展開して相棒を防御。そのまま、敵との距離を詰めた。
 遠距離攻撃も可能な彼女が敵の懐に飛び込んだのは、理由がある。それは、近接攻撃の強い仲間の盾となって接近を支援する事。敵を倒すため、仲間との協力が必要不可欠だと判断したのだろう。
「朽葉さんに続いて、俺達もいきましょう…!」
 生の狙いに気付き、志郎が相棒と共に後を追う。虹色も全力で飛翔し、移動速度を上げた。司と虹色の距離が、徐々に短くなっていく。
 背に仲間の気配を感じ、生は錫杖を振り上げた。周囲の精霊力が先端に収束し、炎となって燃え上がる。赤熱する炎球を、そのまま前方に投げ放った。燃え盛る炎が氷弾を相殺し、消滅させていく。
 生達が高度を下げると、志郎達は風を纏って突撃。氷弾が相殺されている間に、亀裂目掛けて体当たりを放った。圧倒的な衝撃が氷塊を揺らし、大小様々なヒビが全体に広がる。数秒もしないうちに、氷塊の大半が砕け散って欠片と瘴気を撒き散らした。
 巻き添えや氷弾を避けるため、虹色と司は射程外まで離脱。残った氷塊から、1m程度の『赤い立方体』が露出していた。
「あの赤いの…見るからに怪しい! 弱点かもしれないし、あたいはアレを狙うよ!」
 声高らかに宣言し、ルゥミは魔槍砲を構える。宝珠に練力を充填するため、小さな手をかざした。
「俺も狙うぜ! 一気にブッた斬ってやる!」
 不敵な笑みを浮かべ、赤い核に向って飛び立つルオウ。その隣に並ぶように、空を翔ける滑空艇が1機。
「一緒に行ってやるよ、ルオウ。俺に付いて来れるなら、だけどな?」
 言いながら、ハーヴェイは少しだけ笑って見せた。2人は視線を合わせて軽く頷くと、翼で風を捉えて加速。螺旋軌道を描きながら、氷塊に突撃した。当然、迎撃の氷弾が飛んでくるが、機動力を駆使して避けていく。
 突如、ルオウの背に生えている翼から炎が溢れ出た。それを全身に纏い、氷を跳ね飛ばしながら一気に接近していく。
 氷塊の上に着地するや否や、ヴァイスはルオウから分離して兵装と再同化。風と光が竜巻のように渦を巻いて刀を包むと、ルオウはそれを最上段に構え、全力で走らせた。
 切先が核をガリガリと削り、氷の欠片が周囲に飛び散る。刀を振り切るのと同時に、ヴァイスは同化を解除。脚でルオウを掴み、天高く飛び上がった。
 入れ替わるように、ハーヴェイが急接近。練力を込めた銃弾を至近距離から撃ち込むと、その威力で核に穴が空いた。
 赤い破片が舞い散る中、2人は全速力で離脱。氷弾に狙われながらも、射程外まで飛び去った。
「いい子ですね、ケルブ。私が守りますから、行ってらっしゃい」
 エルディンは相棒の首筋を撫でながら、優しく微笑む。ケルブは『べっ…別に、貴方のためじゃないんだからね!?』とでも言いたそうに視線を逸らし、翼を広げて舞い上がった。
 風に乗って一瞬で上昇し、氷塊に向って急降下。まるで白い弾丸のように突撃していく。
 迎撃の氷弾は、エルディンの炎で相殺。彼が撃ち出す炎は、通常より熱そうな気さえしてくる。
 主に守られ、ケルブが核に激突。衝撃でヒビが走り、欠片が飛び散った。
「勝負処ね…ゴエモン! 海面を『蹴って』飛びかかりなさい!」
『おうよ! 喧嘩はやっぱり、殴ってナンボ! 行くぜい!』
 胡蝶の言葉に、ゴエモンは不敵な笑みを浮かべた。海中から飛び出すと、水面に『着地』。まるで地上を走るように、海面を進んでいく。
 敵から氷弾が放たれると、海面を『蹴って』回避しながら跳躍。一瞬で間合いを詰め、下方から兵装の爪を突き出した。冷気を纏った一撃が、核に深々と突き刺さる。
 その直後、迎撃の氷弾がゴエモンに殺到した。咄嗟に氷塊を蹴って後方に飛び退くが、それよりも氷弾の方が早い。覚悟を決め、ゴエモンは防御を固めた。
 次の瞬間、燃える矢が飛来し、氷弾を射抜いて砕く。
「私も殴りに行きたいけど…この距離を跳ぶのは厳しいなぁ」
 苦笑いを浮かべながら、追撃の矢を番えるレビィ。彼女の身体能力が高くても、20mの距離を跳ぶのは不可能に近い。泰拳士なのに弓撃一辺倒な事を気にしつつも、火矢を放った。
 主の攻撃に合わせて、ヒダマリが喉を鳴らす。周囲に広がる高周波が氷弾の威力と強度を弱め、レビィの弓撃を援護。氷が次々と砕け、破片が周囲に散らばった。
 難を逃れたゴエモンは、そのまま海に落下。水柱が派手に上がり、空中に虹が架かった。
 ゴエモンの突撃を目撃し、十束はニヤリと笑いながら剣を握った。
『そうだ…遠距離攻撃だけじゃ、物足りないと思っていた所だ!!』
 さっきまでの、貴族青年のような礼儀正しさは完全に消え、戦闘狂としての一面が顔を覗かせる。こうなっては、主の玄人でも止める事は出来ないだろう。
「十束…一人で突っ走って撃ち落とされたりするなよ?」
 溜息混じりに声を掛けつつ、玄人は弓を構える。十束は蝙蝠のような翼を広げ、氷塊に向って突撃した。
 小柄な羽妖精が相手でも、敵は手加減しない。氷弾が撃ち出されるのと同時に、玄人は援護の弓撃を放った。桃色の軌跡が氷を砕き、燐光が宙に枝垂桜の幻影を生み出す。
 それを掻き消すように、十束は剣を振り下ろした。精霊力を込めた一撃が、核を深々と斬り裂く。赤い欠片と共に、瘴気が周囲に舞い散った。
 タイミング良く、ルゥミの魔槍砲が充填を完了。十束が離脱するのと同時に、宝珠の練力を一気に解放した。
 膨大なエネルギーが、光の奔流となって氷塊に押し寄せる。閃光が視界を白く染め、衝撃で海面から飛沫が舞い上がり、核に命中。そのまま核を砕き、氷塊を貫通し、大きな穴を穿った。
 圧倒的な破壊力が氷塊全体を駆け巡り、無数の亀裂が走っていく。その数秒後、巨大な氷塊が砕け散り、破片が海に落下。溢れ出る瘴気が大気に溶け、冷風と共に消えていった。
 アヤカシの消滅を確認し、志郎は素早く結界を張った。敵の気配を探ったが、周囲にアヤカシの反応は無い。依頼の標的は、完全に消滅したのだろう。
「大丈夫、アヤカシの反応はありません。皆さん、お疲れ様でした。お互い、風邪を引かないように暖かくして戻りましょう」
 志郎の言葉に、誰もが安堵の表情を浮かべた。空中に居た開拓者も全員船に帰還し、港に向って出発。帰りは胡蝶のお茶が振舞われ、温かく和やかな時間が過ぎていった。