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■オープニング本文 アヤカシの出現以降、各地では大小様々な争いが起きている。貧困に耐えかね、野盗や山賊に身を落とす者も少なくない。アヤカシや賊の被害に遭った人は数知れず、親兄弟を失った者も大勢居る。 身寄りのない子供は大抵寺社で引き取らていれるが、面倒を見るのに手が足りていない。そこで、孤児や捨て子を育てるために『孤児院』が設置された。 「ねぇ、せんせー。『さんたくろぉす』って、ほんとーにいるの?」 孤児院で働く女性に問い掛けたのは、幼い少女。歳は3〜5歳くらいだろうか? 曇りの無い純粋な瞳で、先生を見上げている。 だからこそ…先生は少女の視線を正面から受け止め、優しく微笑みながら答えた。 「もちろん! イイコにしてたら、プレゼントをくれるんだから♪」 「じゃぁじゃぁ…マコがイイコにしてたら、『おとーさん』と『おかーさん』をプレゼントしてくれるかなぁ?」 予想外の質問に、一瞬言葉に詰まる。が、子供を不安にさせないため、先生は笑顔のままマコの頭を優しく撫でた。 「それはサンタさんに聞いてみないと分からないけど…マコちゃんのお願い、叶うと良いね」 曖昧な返事だったが、自身の言葉を否定されなかったのが嬉しかったのだろう。マコは元気良く頷き、友達の所へ走って行った。 「という光景を目撃しました! ここは、我々ギルドも子供達のために立ち上がるべきではありませんか!?」 言葉と共に、克騎は机を叩いた。彼自身、身寄りを失っているため、孤児院の子供達の気持ちが痛いくらいに伝わっているのだろう。 天儀には、数多くの孤児が居る。その全てを救う事は出来ないが…せめて、自分の手の届く範囲は救いたい。克騎はそう思っているのかもしれない。 とは言え、現実的な問題として、ギルド全体で動くワケにはいかない。それに、開拓者を雇うのなら報酬が必要になる。 「報酬なら心配無用です! 私の退職金やら、給料天引きすれば、何とか捻出できるハズ。出来ますよね!?」 克騎の提案に、ギルド長は驚愕の表情を浮かべた。ここまで覚悟しているなら、何を言っても無駄だろう。彼の熱意に押される形で、ギルド長は静かに頷いた。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
カリク・レグゼカ(ib0554)
19歳・男・魔
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
山中うずら(ic0385)
15歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● その日、孤児院の子供達は朝からソワソワしていた。サンタが来ると言われている日、クリスマス。自分達には一生縁が無いと諦めていたが、今年は違う。 サンタの代わりに、開拓者達が来てくれるのだ。しかも、自分達のためにクリスマスパーティを開く準備をして。それを知った日から、ずっと期待に胸を膨らませていた。 「メリークリスマース! みんな、元気してっか? 遊びにきたぜー!」 孤児院の屋内運動場に響く、ルオウ(ia2445)の声。その言葉は、嬉しそうに駆け寄って来る子供達の歓声で掻き消された。 特に、トナカイに扮したルオウと、サンタ姿の北条氏祗(ia0573)の周囲には子供が多く集まっている。初めてサンタとトナカイを見た子も居るため、物珍しいのだろう。 「皆、元気があって大いに結構! 今日は拙者がサンタの代わりに…っ!」 氏祗の言葉が終わるよりも早く、子供達が容赦なく飛び付いた。背に登る子に、腕にぶら下がる子。さすがに、氏祗でも押され気味である。 子供達の悪ノリが加速する中、1羽の青い鳥が室内に侵入。翼を大きく広げてゆっくりと旋回し、フェンリエッタ(ib0018)の肩に止まった。 全員の注目が集まったのを確認し、彼女は青い鳥に手を伸ばす。頭や背を軽く撫で、手の平で包むように鳥の全身を隠した。 次の瞬間。手をどかすと同時に、青い鳥の姿が消える。目の前で起こった不思議な光景に、子供達から驚きと喜びの声が上がった。 手品のように見えたが、青い鳥の正体は、フェンリエッタの式。それを消すのは、陰陽師なら造作もない。仕掛け自体は単純だが、純白の衣装とヴェールを纏って不思議な雰囲気を演出しているため、効果は抜群である。 「この一年、いい子にしていたかしら? 今日を元気に笑顔で迎えられたなら、ご褒美をあげるわ」 言いながら、フェンリエッタは持参したバスケットの蓋を開けた。中に入っているのは、リボンで飾った小袋。星型のクッキーやキャンディ、スノーボールを包んだ、特製のお菓子袋だ。 中身を知り、喜びの声を上げる子供達。フェンリエッタは少年少女の名前を聞き、話し掛けながら小袋を手渡していく。他の開拓者達は子供を並べたり、遊び相手をしたり、大忙しである。 子供達全員が袋を受け取った頃、運動場の扉が勢い良く開いた。 「お…お待たせ! クリスマスツリー用のモミの木、斬ってニャギャーーッ!!」 室内に響く、山中うずら(ic0385)の悲鳴。彼女はモミの木を伐採してここまで運んで来たのだが、力尽きて転倒。2m近い巨木の下敷きになってしまったのだ。 もっとも、1人で伐採と運搬をしたのだから、相当な重労働だった事だろう。 「うずらさん! 大丈夫ですか!?」 慌てた様子で、斑鳩(ia1002)達が駆け寄る。男性陣が木を持ち上げて壁際に置くと、斑鳩はうずらの全身に視線を向けた。 一般人なら大怪我をしている状況だが、彼女は強靭な肉体を持つ開拓者。幸いな事に、カスリ傷がある程度だ。うずらの無事を確認し、斑鳩は胸を撫で下ろした。 「さあさあー! おねえさん達といっしょに、もみの木を飾ろうねー!」 戸惑う子供達に向かって、エルレーン(ib7455)が明るく声を掛ける。ツリー用の飾りは、ギルドから持ってきている。これだけ大きなモミの木なら、立派なツリーになるだろう。 子供達と開拓者、そして孤児院の職員も含め、クリスマスパーティの準備が始まった。 ● 運動場から賑やかな声が響く中、大量の食材を運ぶカリク・レグゼカ(ib0554)とジョハル(ib9784)。数人の職員と調理師も手伝い、調理室に次々運ばれていく。 全ての食材が揃うと、ジョハルは調理室の窓や戸を暗幕で隠した。 「スペシャルメニューは、内緒にしておくのが楽しいからね」 言いながら、イタズラっ子のようにクスクスと笑う。室内は暗くなったが、これで覗き見対策は万全。ロウソクで明かりを確保し、食材や調理器具に手を伸ばした。 施設で生活している子供は、50人。職員や開拓者が加わると、70人以上になる。その全員分を作るのだから、調理室内は大騒ぎである。 食材を切る音は途切れる事なく続き、走り回る足音が響く。互いに声を掛け合い、時には怒号が飛び交い、まるで修羅場のようだ。 「ええと、鳥の丸焼きは…お、お尻から野菜を詰める…と」 料理本を参考にしながら、鶏の下準備を進めるカリク。手早く処理を終えると、今度はオタマで大鍋をかき回した。 中に入っているのは、色とりどりの野菜と乳白色の液体。カリクの故郷の味、シチューだ。肌寒い今の時期、シチューは身も心も温めてくれるだろう。 ほぼ同時刻。残りの職員達は、柚乃(ia0638)と共に会議室に集まっていた。 「子供達にとっての『サンタさん』って、いつも近くで見守ってくれている、教員さん達だと…思うの」 ぐっと拳を握りながら、歌詞カードを広げる柚乃。パーティの後半で歌うために、彼女が徹夜で準備した物である。このカードに子供達の名前とメッセージを添えれば、立派なプレゼントになるだろう。 とは言え、50枚のカードにメッセージを書くのは簡単ではない。職員達は苦笑いを浮かべつつも、筆を走らせた。 タイミングが良いのか悪いのか、香ばしい匂いが柚乃や職員達の鼻をくすぐる。それが食欲を刺激し、腹の虫が小さく鳴った。 匂いの出所は、言うまでもなく調理室。焼き上がったスポンジケーキから、湯気が昇っている。 「やれやれ…これは大仕事だね。カリク、飾りつけや盛り付けはお任せするよ」 苦笑いを浮かべながら、生地を混ぜるジョハル。本当は最後まで仕上げたいが、彼の右目の視力はほとんど失われている。片目で大きなケーキを飾るのは、相当厳しいだろう。 予想外の言葉に、カリクの桃色の瞳が宙を泳ぐ。数秒後、目を閉じて意を決し、ジョハルに視線を返した。 「その…期待に応えられるように、頑張るよ…!」 軽く微笑みながら、生クリームの入ったボウルを手に取る。料理本を見ながら、カリクはデコレーションに取り掛かった。 ● 時は少々遡る。柚乃達が出ていった運動場では、ツリーの飾り付けや会場の準備が進んでいた。子供達が中心となり、巨大なモミの木が鮮やかに飾り付けられていく。 「ここを、こうして……ほらー、折り紙のお星さまだよー♪」 にっこり微笑みながら、折り紙で星を作るエルレーン。それを真似するように、子供達も星を作り始めた。 和気藹々と話しながらも、時折エルレーンの表情が曇る。子供達にバレないよう気丈に振舞っているが…何か、辛い事を思い出しているのかもしれない。 飾り付けは順調に進んでいるが、手伝いが出来ないくらい幼い子や、飽きて邪魔を始める子も少なくない。そういう子達の相手をするのも、開拓者の役目である。 「何をして遊びましょうか? おままごとでも鬼ごっこでも、ドンとこいです!」 そう言って、斑鳩は自身の胸を軽く叩いた。彼女の提案に、子供達が歓声を上げながら群がる。年齢的に、遊び盛りの子が多い。パーティの準備も楽しいが、やっぱり遊びたいのだろう。 「しっかり捕まっててね? いっくよ〜!」 うずらは子供達を背に乗せ、四足歩行で走りだした。いつの間にかトナカイのキグルミに着替え、猫のように壁を駆け上がる。そのまま壁を蹴り、大きく跳躍。悲鳴と歓声が入り混じる中、華麗に着地した。 自身がトナカイに扮している事を忘れているのか、猫丸出しの行動である。もっとも、子供達にはウケているが。 遊んでいる子供を尻目に、準備を頑張っている子も少なくない。氏祗と共に、テーブルやイスを運んでいる者達。ルオウやエルレーンと共に、ツリーを飾る子達。 フェンリエッタと一緒に室内の飾り付けを頑張る少女達も居て、ツリーや室内の装飾は終わりつつある。 「お! 綺麗に飾れたなー。あ、それはそっちのがいんじゃねえか?」 ルオウは子供達と目線を合わせ、頭をワシャワシャと撫でた。飾り付けを迷っている子供へのフォローも忘れない。その姿は、頼れる兄貴分のようだ。 室内の準備が終わる頃、数人の子供が床に座って紙に筆を走らせる。一番上に書かれた文字は『サンタさんへ』。どうやら、サンタに対する手紙らしい。 「サンタさんに、おてがみ書くの? きっと、素敵な『ぷれぜんと』をくれるよ!」 それに気付いたエルレーンが、子供達に声を掛ける。彼女の言葉を信じ、少年少女は嬉しそうに手紙を書き上げた。 ● 「待たせたね、少年少女の諸君。スペシャルメニューを届けに来たよ!」 ジョハルの言葉に、今日一番の歓声が上がった。時刻は夕方。昼間から準備に遊びに大忙しで、みんな腹ペコ状態である。 「遊ぶのはこのくらいにして、みんなで食べましょうか。あ、やっぱりケーキにはローソクが欲しいですよね!」 遊ぶのを中断し、斑鳩が子供達を席に着かせた。氏祗とルオウも彼女を手伝う中、柚乃とフェンリエッタ、うずらとエルレーンは食器を並べ、コップに飲み物を注いでいく。 子供達の視線は、ジョハルとカリクが運ぶ料理に釘付けだ。温かいシチューと、鶏の丸焼きが10羽。そして、苺のホールケーキにブッシュ・ド・ノエルが数個。これだけあれば、全員で食べるのに充分だろう。 「おー、旨そうだなー! みんな、ありがとなっ!」 並んだ料理を眺め、感謝の言葉を口にするルオウ。彼に続き、子供達もジョハルとカリクに『ありがとう』を伝えていく。 全ての準備が終わり、開拓者や職員も席に着くと、子供達は一斉にクラッカーを鳴らした。 『メリー・クリスマス!!』 炸裂音と共に、楽しそうな声が室内に響く。クラッカーの後始末をし、全員が料理に手を伸ばした。スプーンやフォークが入り乱れ、『ウマい』、『美味しい』という声が次々に上がる。 「そ、そう言って貰えると…頑張った甲斐があ、あるよ」 賛辞の言葉に、カリクは嬉しそうに微笑んだ。大量の料理を作るのは大変だったが、喜んでくれる人達が居るのは嬉しい。皆の笑顔が見たくて、彼はキツい作業も頑張ったのだから。 美味しい料理に会話も弾み、皿が次々に空になっていく。鶏肉やケーキの取り合いも起きたが、楽しい喧嘩は場を和ませる。一時間もしないうちに、準備した料理は全て胃の中に納まった。 ● 楽しい時間が過ぎるのは、いつだって早い。食事の後も、遊び続けていた子供達。気付いた時には空が茜色に染まり、夕日が沈み始めていた。 「せっかくのクリスマスですし、みんなで歌いませんか? 年に1度の事ですし」 柚乃の提案に、元気良く賛成する子供達。それを聞き、彼女と職員達は協力して歌詞カードを配った。 自分の名前とメッセージの書かれたカードに、子供達のテンションが更に上がる。字の読めない子の分は、年上の者が読んで教えている。 「演奏は私に任せて。今日は愛用の楽器を持ってきてるしね」 言いながら、小型のパイプオルガンを準備するフェンリエッタ。表面は水晶で装飾され、神々しい布に気の楽器に、子供達は興味津々のようだ。 が、元気の無い子供も少なからず居る。恐らく、歌が苦手だったり、歌詞が読めないのが原因だろう。そういう子のための準備も万端である。 「そんな顔しないで? コレで一緒に演奏したら、きっと楽しいですよ」 微笑みながら柚乃が手渡したのは、鈴のついたブレスレット。それを鳴らすと、周囲に可愛らしい音色が響いた。それが気に入ったのか、子供達が無邪気に笑う。 歌の準備が整い、フェンリエッタは精霊の力を借りて楽器の演奏を始めた。幸せを祈り、歌を紡ぐために。 (楽しい事は、自分達の手やその心で作り出せる…音楽や心の力を感じて欲しいな) 彼女の想いが音色に乗り、全員の耳に届く。そこに、全員の歌声が重なった。お世辞にも上手とは言えない歌だが…楽しさが充分に伝わってくる。 誰もが歌に集中する中、孤児院の入り口周辺で2つの人影が踊る。 「今のうちに…準備は良いかい、トナカイさん?」 「もちろん。大活躍する準備は万端なのニャ…!」 歌の最中に抜け出した、うずらとジョハル。その背には、大きな白い袋を背負っている。 2人の役目は、サンタとトナカイの演出。プレゼントをこっそり置いて立ち去り、本物のサンタを演出するつもりなのだ。 「あ、雪…! みんな、雪が降ってきたよ!」 フェンリエッタの声に反応し、全員が窓の外を向く。タイミングを合わせ、ジョハルとうずらは外を通り過ぎた。 『サンタさんだ!』 誰からともなく叫び、子供達が外に飛び出す。慌てて周囲を見渡すが、そこにサンタの姿は無い。見間違いかと思った矢先、子供達は大きな白い袋を発見し、驚愕と歓喜の声を上げた。 「スゲェ! きっと、本物のサンタさんからのプレゼントだな!」 ワザと大袈裟に叫び、サンタの存在を強調するルオウ。子供達は顔を見合わせ、袋の中を覗き込んだ。 そこに入っていたのは、綺麗に包装された小箱。大きさはバラバラで中身は分からないが、これはジョハルが準備したプレゼントである。 もう1つの袋から出てきたのは、たくさんの児童書。満面の笑みで目を輝かせながら、数人の子供が早速ページを開いた。 (『おとーさん』と『おかーさん』はプレゼント出来ないけれど、物語にはたくさんの夢やワクワクが詰まっているから…) 楽しそうな子供達を眺めながら、カリクは軽く笑みを浮かべた。本を準備したのは、彼である。子供たちの心の傷を、少しでも慰めるために。 (女神様…どうか、この子らに幸せが舞い降りんことを――) 柚乃は手を組み、天を仰いで静かに祈りを捧げた。彼女の想いが女神に通じるか分からないが、今子供達が幸せそうにしているのは、開拓者達が頑張った結果である。もしかしたら、幸せは既に舞い降りたのかもしれない。 喜ぶ子供達とは対照的に、エルレーンは物陰で大粒の涙を零していた。 (こんなふうに、こどものころの私に…やさしくしてくれる人は、いなかったんだよね…どうして、だれも…私を) 天涯孤独だった幼少期。彼女の記憶には、『辛かった』という感覚しか残っていない。それが一気に吹き出し、胸を締め付ける。 そんな彼女の手を、斑鳩が優しく包む。エルレーンの様子がおかしい事に気付き、ずっと気に掛けていたのだ。 「行きましょう? 『私達』と同じ悲しみを、あの子達にさせないためにも」 斑鳩も、孤児だった過去を持っている。だからこそ…エルレーンの苦しみを察したのかもしれない。 孤児院の子供達に辛い想いをさせないため、彼女達は笑顔で仲間の元へ戻った。ギリギリまで、楽しい時間を共有するために。 そして…別れの時。素敵なパーティのお礼に、子供達から手作りのクッキーが贈られた。 |