あま〜い大混乱
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/12 19:15



■オープニング本文

 クリスマスまで一ヶ月を切った、ある日。朱藩のとある菓子店では、ケーキの試作が行われていた。
「今年も、この季節がやってきたわね…お客さん掴まえて、シッカリ稼ぐわよ! 野郎共、気合入れなさい!」
 厨房に響く、野太い男性の声。その中心には、ピンクのコックコートを着た小柄な女性が1人。
 彼女の名前は、ヴェンデレ。ジルベリアでケーキの作り方を勉強してきた、菓子職人である。天儀に帰還後は朱藩に店を出したが、これが大繁盛。今では行列の絶えない人気店になっている。
 今日は定休日を利用し、新作の開発と試食の真っ最中である。
「クリスマスの新作、何にしようかしら? ツリー型の巨大ケーキ…クラッカーから飛び出す、一口ケーキ…」
 アイディアを書き出し、羽ペンを走らせるヴェンデレ。彼女の周囲では、屈強な男性達が試作を繰り返している。誰がどう見ても、違和感のある光景ではあるが。
「姐御、大変です!」
 男性の1人が、慌てた様子でヴェンデレに駆け寄る。反射的に、彼女は生クリームの入ったボウルを掴み、全力で投げ放った。
「姐御って呼ぶなぁ!!」
 怒声と共に、ボウルが男性に命中。頭から生クリームを被りながら、派手に転倒した。
「ぐっ…! す、すいません…でも、一大事なんすよ! ケーキが…ケーキが動いてます!」
 男性の口から放たれた言葉は、ヴェンデレを絶句させるのに十分な内容だった。呆れたように大きな溜息を吐き、ワザとらしく首を振ってみせる。
「あのねぇ、ケーキが動くわけ………」
 言い掛けた言葉が、途中で止まった。視界の隅で動く、人ではないナニカ。衛生面には細心の注意を払っているため、虫や動物ではない。ゆっくりと視線を動かした先にあったのは…。
「い…イチゴショート!?」
 真っ赤なイチゴが乗った、小さなケーキ。それにマッチ棒のような手足が生え、猫のように動きまわっていた。
 イチゴショートだけではない。チョコケーキにモンブラン、カット前のホールケーキまで、厨房の中を走っている。
「姐ご…じゃなくて、ヴェンデレさん! コレ、どうすりゃ良いんすか!?」
「落ち着いて! 窓とか換気口とか、全部塞いで! 排水溝とかも忘れないでね!? それから、誰かギルドに走って! 早く!」
 ヴェンデレの指示に従い、男性達は窓やドアに鍵をかけた。隙間には目張りを施し、排水溝や換気口を塞いでいく。その迅速な行動で、ケーキの大半は厨房に閉じ込める事が出来た。
 ギルドに伝令が走った事を確認し、店の出入り口まで完全に封鎖していく。これで、怪しいケーキは全て店内に封じ込めた。あとは、開拓者達の到着を待つだけである。


■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
ワイズ・ナルター(ib0991
30歳・女・魔
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
ジョハル(ib9784
25歳・男・砂
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰
紫ノ眼 恋(ic0281
20歳・女・サ
久郎丸(ic0368
23歳・男・武
リコ・リース(ic1257
13歳・女・シ


■リプレイ本文


 人波に紛れながら、街中を足早に移動する開拓者達。向かう先にあるのは、ジルベリア風の菓子店、『ポワソン・アシュテ』。そこで起きている奇怪な事件を解決するため、彼女達は道を急いでいた。
 店に到着すると、従業員が封鎖を解いて店舗入口を開放。開拓者達が素早く店内に入ると、再び入口が閉じられた。
「通りすがりの美少女、リコリス参上! なんか大変って聞いて、お手伝いにきたよっ!」
 元気良く叫びながら、従業員達に笑顔を向けるリコ・リース(ic1257)。彼女の言動に、男性店員達から喜びの声が上がった。
 が、ゆっくり喜んでいるヒマは無い。開拓者達は手短に挨拶を済ませると、ドアのガラス越しに厨房を覗き込んだ。
 情報通り、暴れ回っているケーキ達。大きさも種類もバラバラだが、その数は10個や20個ではない。
「師走だけあって、賑やかよね〜。騒動的な意味で…」
 溜息混じりに、葛切 カズラ(ia0725)は言葉を漏らした。『師が走るほど忙しい』という説がある師走だが、ケーキまで走り回るのは予想外である。
 必死に背伸びをしながら、中を覗くネネ(ib0892)。状況を確認した後、軽く頭を抱えながら眉間にシワを寄せた。
「えーと…ケーキ食べ放題、そういうことにしましょう!」
『私はあんまり食べられないわよ?』
 悩んだ末に出した結論に、ネネの相棒、猫又のうるるが言葉を返す。人間用のケーキを食べたがらないのは当然だが…論点がズレている気がしてならない。
『おい……大丈夫かよ、あらゆる意味で』
 からくりの白銀丸が、主の紫ノ眼 恋(ic0281)に問い掛ける。不安そうな白銀丸とは対照的に、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「問題ない。良く分からぬが『けーきばいきんぐ』のようなものだろう? 甘いものは好きだ、精々沢山食べて帰ろう」
 そう語る恋の瞳には、一切の迷いが無い。実際には問題だらけだが、それを指摘しても彼女は聞く耳持たないだろう。諦めたように、白銀丸は大きく溜息を吐いた。
『瘴気を払っても処分されるだけなんて……私、玄人様の為にたくさん持ってきますから、たくさん食べてくださいね!』
 その隣では、からくりの桜花が主の宮坂 玄人(ib9942)に熱く語っている。軽く拳を握ってヤル気を見せているが、玄人は若干困ったように苦笑いを浮かべている。
「おい、主旨が変わってるぞ。一応、アヤカシ退治だって事を忘れるな?」
 口では注意しつつも、彼女は山姥包丁、鍋の蓋、割烹着で準備万端。ケーキを食べる気マンマンである。
『カズラ〜! ケーキ食べ放題って言うから着いて来たのに、コレは何か違うよ!』
 不満の声を上げたのは、カズラの相棒、上級人妖の初雪。皆の話を聞き、これが依頼だという事に気付いたようだ。頬を膨らませながら、カズラの肩をポコポコと叩いている。
「皆様、そろそろ参りましょうか。今日は、宜しくお願いしますね〜」
 見ているだけでは仕事は進まない。ワイズ・ナルター(ib0991)に促されると、開拓者達は静かに頷いて兵装を構えた。
 厨房のドアを開け、一気に突入。中に居た従業員達と入れ替わると、ドアに鍵が掛けられた。


 厨房に入り、改めて周囲を見渡す開拓者達。ショートケーキやモンブラン、ホールケーキが走り回り、今にも室外に飛び出しそうな勢いである。周囲に生クリームや果物が飛び散り、メルヘンチックな雰囲気は微塵もない。
「店を封鎖して正解だったね。しかし…手足があるケーキって、ちょっと可愛いな」
 微笑みながら、ジョハル(ib9784)は靴の汚れを拭き取っている。依頼は言え、ここは厨房。土足で入るのは、気が引けるのだろう。
「先ずは、依頼だ。兎角、この動く菓子の、群れを…と、止めねば、な。瑠玖、やるぞ」
 久郎丸(ic0368)の言葉に、相棒のからくり、瑠玖がキリッと真剣な表情を浮かべた。そのまま瑠玖がグッと拳を握ると、久郎丸は短剣を握り直す。
 瘴気に憑かれているが、相手はケーキ。僧の身としては、食物に粗末な扱いは出来ない。
「さーあ、ケーキのアヤカシを食べ…退治するわよ!」
『俺の欲望を満たすため…じゃなかった、町の平和のためにな!』
 本音がダダ漏れなのは、藤本あかね(ic0070)と、オコジョの姿をした管狐、伊澄。獲物を狩る獣のような瞳で、ケーキを物色している。2人共、今にもケーキに喰い付きそうだ。
「どうせ食うなら、瘴気消えてからの方がいいだろ。瘴気が利いてピリッとするかも知れねえしな」
 ケラケラと笑いながら、指を鳴らすナキ=シャラーラ(ib7034)。瘴気を祓えば、ケーキ食べ放題が待っている。自然と、指に力が入った。
 開拓者以外にも、ケーキを凝視する者が数名。南瓜頭の妖精が、小さな切り株形のケーキを目で追いながら、ウズウズしている。
「パップ〜。仕事中にイタズラは無しよ? もしやったら…あとでお仕置きですからね」
 それに気付いたナルターは、相棒の提灯南瓜、パップに釘を刺した。お仕置きが怖いのか、パップは無言で何度も頷き、厨房の隅に移動した。
 静かに、ケーキとの戦いが始まる。玄人は包丁に透き通った瑠璃色の精霊力を纏わせ、ケーキを切断。桜花はハサミ型の武器に練力を込め、ロールケーキを斬り裂いた。
 その隣では、カズラが瘴気を喰らう式を召喚。ケーキを傷付ける事無く、正常化していく。
『ぐっふっふ…じょはるくん、キリキリはたらくですよーっ』
 まな板やボウルを物色するジョハルの肩で、相棒のもふら、ちびりぃが不敵に笑う。甘い物が大好きなため、ケーキ食べ放題に期待しているのだろう。手の平サイズのもふらだが、大食いなのかもしれない。
 当のジョハルは、ケーキを防御するための道具を捜索中だが。
「逃げるケーキは、訓練されたケーキだっ! 逃げないケーキは、良く訓練されたケーキだっ!!」
 楽しそうに、暗殺爪を振り回すリコ。機動力を活かしてケーキを追い駆け、斬り裂いていく。
 断面から瘴気が抜け出て、ケーキが正常化。それをリコの相棒、提灯南瓜のかぼたんが受け止め、安全な台の上に運んだ。
「それは初耳です。このお店のケーキは、訓練しているから美味しいのですね!」
 式を飛ばしてホールケーキをカットしたネネが、納得したように何度も頷く。開拓者とは言え、彼女はまだ10歳。リコの冗談を、本気にしてしまったのだろう。
『そこは真に受けないでよ。お願いだから…』
 若干呆れながら、うるるがネネの肩に前脚を置いた。主人の天然過ぎる発言に、脱力しているようにも見える。ネネは不思議そうな表情で小首を傾げ、相棒を見詰めているが。
『ちょっとまった! そのかたな、しょうどくしましたかっ!?』
「うるさいうるさい。食べるんじゃなくて倒すの!」
 ちびりぃの突然のツッコミに、ジョハルは間髪入れず言葉を返した。向かって来るケーキに対して曲刀を構えたが、ちびりぃはそれが気になったようだ。
 軽く溜息を吐き、ジョハルは布巾で刀身を丁寧に拭う。その隙を突くように、ケーキが彼に突撃。生クリームたっぷりのホールケーキが顔面を直撃し、瘴気が抜け出て空気に溶けていった。
 ジョハルは硬直しているが、室内には笑い声が響いている。ちびりぃは突撃してきたケーキに喰らいつき、ジョハルの顔に付いたクリームを嬉しそうに舐め取った。
 瘴気が次々に浄化される中、走り回るチョコケーキを無造作に掴む恋。そのまま微塵も迷う事なく、口の中に放り込んだ。瘴気ごとケーキを噛み砕き、ゆっくりと飲み込む。
「ふむ、甘さ控えめでなかなか……美味だな。白銀丸、あっちの栗のけーきも食べたいぞ!」
 甘い物好きな恋が、1つや2つで満足するワケが無い。彼女のリクエストに応えるように、、白銀丸は兵装に練力を纏わせて刃を生成。それでモンブランを斬り裂き、瘴気を浄化した。
『えっと…恋? 手足の生えたケーキ食べて、せいしんえいせいじょー大丈夫?』
 問い掛ける初雪に返事をするよりも早く、チーズケーキを頬張る恋。答えを聞くまでもなく、ケーキに手足が生えていても、瘴気に侵されていても、気にしていない。
『この馬鹿にそんな事聞いても無駄だぜ? 細かい事、気にしない奴だからな。ほらよ』
 溜息混じりに言葉を吐きながら、白銀丸は恋にモンブランを手渡した。彼女は軽く礼を述べながらそれを受け取り、口に放り込む。直後、満足そうに微笑みながら、親指をビシッと立てた。
 恋の豪快さに圧倒され、初雪は乾いた笑い声を零す。気持ちを切り替えて細い隙間に入り込むと、その奥でケーキを発見。初雪は練力を乗せた叫び声を浴びせ、瘴気を消し去った。
 厨房内を縦横無尽に調べ、ケーキを浄化していく一同。あかねと伊澄はバラバラに行動しながらも、互いに様子を見合っている。
「ちょっと! 倒す前に食べたら瘴気がつくわよ!」
『チョロチョロ動き回りやがって! おい、あかね合体だ!』
 言うが早いか、伊澄の姿が光の粒子と化し、あかねと同化。輝くオーラが全身を包み、光の鎧を纏っているようにも見える。軽く肩を回して体の動きを確認し、あかねは不敵な笑みを浮かべた。
『ヒーーア・ウィーー・ゴーー!!』
 声を合わせて叫び、暴れるケーキに噛み付く。一瞬で噛み砕くと、素早く飲み込んで次々にケーキを頬張る。その姿は、まるでケーキを荒らす魔人のようだ。
 対照的に、静かにケーキを追い立てる瑠玖。一箇所に集まったところで、久郎丸はナイフに精霊力を纏わせて薙いだ。切先がケーキを浅く切り、瘴気を消し去っていく。
 厨房の物を壊さないように注意しながら、ナルターは周囲の空気を凍らせる。強烈な冷気が瘴気をケーキから押し出し、凍て付かせて粉々に砕いた。
『ネズミ狩りならぬ、ケーキ狩りね。どうせなら鰹節を狩りたいけど…』
 独り呟きながら、うるるは全身に白い光を纏う。それが細い毛のような針と化し、敵に殺到した。無数の光針が2つのホールケーキを貫通し、瘴気が一気に抜け出る。
『あ〜〜〜! せっかくのキレーなケーキなのに、もったいないっ!』
 穴だらけのケーキを目の当たりにし、ちびりぃが不満の声を上げた。退治する事よりも食べる事を優先しているため、見た目も気にしているのだろう。
 注文の多い相棒の頭を軽く叩き、ジョハルはうるるに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
 ケーキとの戦闘が始まってから、十数分。厨房の調理台には、大量のケーキが並んでいた。無傷の物は少ないが、食べられないほど崩れている物はもっと少ない。
 とは言え…綺麗に瘴気を祓っても、開拓者達が食べなければ捨てられる運命なのだが。玄人は一旦手を止め、大量のケーキに視線を向けた。
「このまま捨てられるのは勿体ないな…桜花、食べられそうか?」
『問題ありません! 味見してみましたが、美味しいケーキばかりです!』
 いつの間に食べたのか、元気良く言葉を返す桜花。嬉しそうに微笑む彼女の口元には、クリームが付着している。
 若干驚きつつも、相棒に釣られて玄人は軽く笑みを浮かべた。
 耳に意識を集中し、室内の音を聞いていたナキが、イスを動かす。移動先は、建物のほぼ中央。その場所なら、店舗全体をスキルの範囲内に入れられるからだ。
 イスの位置を決めて上に乗ると、彼女の相棒、鬼火玉の近藤・ル・マンが頭上に移動する。それを確認し、ナキはリズミカルに指を鳴らした。
「さあ…あたしの素晴らしき舞いに魅了されて、大人しく普通のケーキに戻りなっ!」
 ドレスのリボンや裾を揺らしながら、激しい狂想曲を奏でる。ケーキには目が存在しないため、舞いで魅了する事は出来ないが。
 そんなツッコミを入れるヒマも無く、音色が周囲に広がっていく。演奏が精霊に干渉し、範囲内の瘴気を除去。全てのケーキが、一斉に浄化された。
 彼女が今まで演奏しなかったのは、ケーキを安全な位置まで誘き出すためである。瘴気を祓っても、手の届かない物陰や、ほこりの中に落ちたら食えなくなる。それを回避するため、物音に集中していたのだ。
 念のため、全員で目視とスキルを駆使し、動くケーキが残っていないかを確認。
 カズラだけは周囲を探索せず、床に手を触れた。特殊な真言を唱えると、周囲の瘴気が集まって練力に変換されていく。その回復量で、瘴気の濃度を調べているのだが…。
「ここも問題無し、か。近くに不審な場所は無いけど…今回の原因はドコにあるのかしら?」
 瘴気が異常発生しているワケでもなく、ケーキが暴走した理由は分からない。事件の原因は気になるが、それを話しても周囲の不安を煽るだけだろう。疑問を胸の中に止め、カズラは仲間達と共に探索を始めた。


 ケーキの浄化を終え、開拓者達は厨房から客席に移動。山のようなケーキを前に、お茶会が始まった。
「うっみゃー! こいつは最高だぜ! 近藤、お前も一杯食え!」
 両手にケーキを持ち、満面の笑みでケーキを頬張るナキ。口の周りがクリームだらけになっているが、気にする様子は無い。
 彼女に促され、近藤もケーキに喰い付いた。
『チョコケーキは何時だって美味しいけどこの時期は格別だね! 特にブッシュドノエルがサイコー!』
 スプーンでケーキを口に運びながら、初雪は歓喜の声を上げている。瞬く間にケーキを平らげると、次の皿に手を伸ばした。
「ちょっと! 私のガナッシュまで食べないでよ!」
 自身がキープしていたケーキを取られ、声を荒げるあかね。その隙に、伊澄が彼女のケーキを平らげる。お返しとばかりに、あかねは初雪と伊澄のケーキを取り上げた。
 あかねを中心に繰り広げられる、激しいケーキの奪い合い。戦闘よりは平和的だが、当人達は真剣そのものである。
「争奪戦が激しいな。このままだと、すぐにケーキが無くなりそうだ」
 それを眺めながら、静かにスプーンを動かす玄人。ショートケーキを1個だけ平らげると、初雪が準備した紅茶に口を付けた。
「こっちの崩れたケーキは、残念だけど廃棄処分にするわよ? 食べたい人が居るなら、話は別だけど♪」
 言いながら、ケーキ争奪中の3人に視線を向けるカズラ。彼女が手にしているのは、潰れてボロボロになったケーキ達。頑張れば食べれそうだが…誰もが無言で視線を逸らした。
「ちゃ、茶会…か。こ、れが…目当てだったのだろう?」
 久郎丸の言葉に、瑠玖は焦った表情を浮かべる。どうやら、彼女もケーキ食い放題に釣られた1人のようだ。今にも『うっ!』という呻き声が聞こえてきそうである。
「好きに食えば、いい。日頃助けられる分…せめて、な」
 予想外の一言に、瑠玖は嬉しそうにパッと笑った。久郎丸が僧のため、『甘い菓子は、執着の元』と注意されると思っていたのだろう。
 だが、彼はそれを相棒に強いる気は微塵もない。瑠玖は久郎丸に頭を下げると、ケーキを手に取って頬張った。
『久郎丸様と瑠玖様……新しいアイディアが浮かんできました!』
 2人の会話を聞いていた桜花が、叫びながら手帳を開く。そこに何かをメモしているが、内容までは分からない。手帳の表紙には『朋友×主』と書いてあるが……見なかった事にしよう。
『そんなに喰って、腹を壊しても知らねェぞ? あと太っても知らねェ』
 食欲旺盛な恋に向かって、白銀丸が呟いた何気ない一言。それを聞いた瞬間、彼女の動きが止まった。鬼のような形相でケーキを手放し、怒りに燃える青い隻眼で白銀丸を睨む。
「けーき喰ってる時に! 体重の話は! するのでないわ!」
 裂帛の叫びと共に、斧を握って振り下ろした。容赦も手加減も無い、本気の一撃。慌てて白銀丸が弁解するが、恋は問答無用状態である。
 剣の道に生きる武人とはいえ、恋は年頃の乙女。体重の話題に過剰反応するのも、無理はない。逃げる白銀丸に、追う恋…そのまま、2人は店の外まで出て行った。
「私も…体をたくさん動かす依頼とか、遺跡とかに行って運動をした方が良いでしょうか?」
 白銀丸の体重発言を気にする乙女が、もう1人。甘いケーキと苦めの紅茶を交互に味わっていたネネが、不安そうに言葉を漏らした。
 うるるの意見を聞きたかったのだが…彼女は現在、『占有宣言中』である。ネネの膝に乗って丸くなり、気持ち良さそうに眠っている。
 誰もがケーキを頬張る中、ジョハルだけは手を付けていない。ケーキ自体は嫌いではないが、目の前にあるのは『元・アヤカシ』。そう考えると、食べる気が起きなかった。
 彼の分まで、相棒のちびりぃがケーキを喰い散らかしているが。
「それにしても…何でケーキに瘴気が? 姉御、何か黒い事でも考えていたのかい? それとも悩み事?」
 食べる事を諦めたジョハルは、店主のヴェンデレに優しく問い掛ける。『姐御』と呼ばれ、彼女は怒りの表情を浮かべた。
 が、それもほんの一瞬。金髪碧眼の美青年がジッと見詰めていたら、大抵の女性は怒りを忘れてしまうだろう。彼女も例外ではなく、若干恥ずかしそうに頬を染めた。
「あ…あたしに悩みなんて無いわ。黒い事も考えてないしね」
「へ? 姐御、結婚相手が居ないって嘆いブッ!?」
 余計な事を言った従業員に、ヴェンデレの鉄拳が顔面に炸裂。ゆっくりと、男性店員の体が崩れ落ち、床に伏した。
「ぁ、お姉さん! この凄く美味しいケーキ達の代金、依頼の報酬で払うよ。私って『こんな』だからさ、お金ってそんなに要らないんだよね〜」
 重苦しくなりそうな空気を変えるように、リコがヴェンデレに声を掛ける。服を巻くって球体関節を見せると、ヴェンデレは少しだけ驚愕の表情を浮かべた。
 からくりの外見は、人間と大きく変わらない。痛覚が無いが、それ以外の五感も人間と同程度である。彼女がからくりだと見抜けなくても、無理はない。
「気にしなくて良いよ。それ、全部試作品だから売り物じゃないしね。『美味しい』って言葉だけで充分♪」
 ニカッと笑い、ヴェンデレは軽く手を振った。試作品なら、元から商品にはならない。リコは店の売り上げを気にしているが、その心配はなさそうである。
「では、美味しいケーキのお返しに、店の後片付けを手伝いましょうか?」
 数種類のケーキを食べ終え、ヴェンデレに問い掛けるナルター。ケーキが暴れたせいで、厨房は凄い有様になっている。明日の営業を考えると、人手は多い方が良い。
 数秒考えた後、ヴェンデレは静かに頷いた。ケーキを食べ終えた開拓者と朋友達は、清掃道具を持って厨房に移動。従業員に指導されながら、室内の後片付けが行われた。
 その甲斐あってか、翌日のポワソン・アシュテは無事に開店。小雪の中、長い行列が出来ていた。