力の代償
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/30 17:27



■オープニング本文

「逃げろ、アヤカシだ!!」
 傷だらけの人々が、血を流して転がっていく。欲望の嵐が、小さな幸せを吹き飛ばす。
 人々の平和な日常は、いとも簡単に崩れ去るもの。その日、泰国の南東に位置する小さな島は、地獄絵図と化した。
 何の前触れも無く襲ってきたアヤカシが、無惨に、理不尽に、全てを破壊していく。
「サクラ、急ぐんだ! 巻き込まれるぞ!」
 叫びながら、女性の手を引く青年。アヤカシから逃げるように、2人は駆け出した。
 背後から響く、人々の悲鳴と轟音。家屋が崩れ、地面が削られ、街そのものが消えようとしている。
「サトルさん…私達、ここで終わりなのかな?」
「馬鹿な事を言うな!」
 弱気なサクラに、叱咤の言葉を返すサトル。無意識のうちに、握る手に力が入った。
「生き残るんだ! お前は絶対、俺が守ってやる!」
 励ますサトル自身も、内心では焦っていた。どこに逃げるのが正解なのか、何をすれば良いのか、彼にも分からない。
 それでも…サクラの手を引いて、彼は走る。森を抜け、海岸を目指し、船で島から脱出するために。
 そんな僅かな希望を打ち砕くように、2人の進路を黒い影が塞いだ。
「なっ!?」
 驚愕の表情を浮べながら、脚を止めるサトル。必死で逃げる2人を嘲笑うように、『馬の頭部を持った人型のアヤカシ』が姿を現した。既に人々の命を奪ったのか、手にしている斧は鮮血で赤く染まっている。
 絶望に追い打ちを掛けるように、2人の周囲に瘴気が集まっていく。それが数秒で具現化し、複数のアヤカシが逃げ道を塞いだ。
「あ…あぁ…」
 悲鳴にも似た声を漏らしながら、サクラが膝から崩れ落ちる。絶望に沈んだ彼女を、サトルが力強く抱き締めた。
(終わるのか? 俺達は、ここで終わるのか!?)
 自分自身に問い掛けるが、当然答えは返ってこない。聞こえるのは、アヤカシの耳障りな笑い声だけ。それが、徐々に近付いてくる。
(守りたい…サクラを守りたい。俺に力があれば…!)
 ゆっくりと、アヤカシ達は斧を振り上げた。恐怖心を煽る事で、少しでも多くの『負の感情』を喰おうとしているのだろう。実際、サクラはサトルの腕の中で小刻みに震えている。
 絶体絶命。
 2人が生き延びる術は、何も残されていない。高笑いが響く中、斧が一斉に振り下ろされた。

 ドクン。

 窮地に陥って、サトルの心臓が一際大きな鼓動を打つ。全身を駆け巡る血液と共に、正体不明の熱が広がっていく。
「うぉぉぉああぁぁぁぁ!」
 気付いた時、サトルは立ち上がって叫んでいた。呼応するように、周囲の空気が燃え上がって紅い炎が発生。それがアヤカシを飲み込み、全身を焦がした
 人を凌駕する身体能力を持ち、精霊の力を行使する者…『開拓者』。多くの場合、彼等は訓練を受けて技術を習得する事で自身の能力を開花させる。
 が、その力に突然目覚める者も少なくない。例えば…『命の危険に晒された時』である。
 死への恐怖が眠れる力を呼び起こしたのか、サクラへの想いが奇跡を起こしたのか分からないが、サトルは『力』に目覚めた。先天的に、彼は志体を持っていたのだろう。
 サトルによって生み出された炎が、瞬く間に広がっていく。幸いな事に、炎はアヤカシだけを燃やし、人や自然に影響を与えていない。断末魔の声を残しながら、馬人間達は次々に燃え散った。
「やった……のか?」
 息を荒く吐きながら、サトルは周囲を見渡した。自分に何が起きたのか、何でこんな力が使えるのか、疑問は尽きない。
 考えようとしても、全身を襲う激しい疲労感が思考力を奪っていく。気を失いそうになるのを、奥歯を食いしばって耐える。
 それでも、サトルは達成感に包まれていた。アヤカシを倒し、サクラを守る事が出来た…その事実だけで、今は充分である。
 サトルは軽く笑みを浮かべ、サクラにゆっくりと手を伸ばした。
 次の瞬間、大量の瘴気が発生し、彼の周囲で渦を巻く。驚愕する間も無く、瘴気はサトルの体に吸い込まれていった。
 人の声とは思えないような、悲痛過ぎる叫び。その声に反応し、サクラはサトルに駆け寄った。
「サトルさん、どうしたの!? ねぇ、サトルさん! 返事をして!」
 必死に呼びかけるサクラの目の前で、サトルの体がどんどん変質していく。人とは違う、異形の姿…まるで、アヤカシのように。
 本来、志体を持つ者は一般人よりも強靱な肉体を有している。それはサトルも例外ではないが…今の彼は疲労困憊。意識を失わないのが不思議な状態である。
 弱りきった彼の身体能力は、一般人と大差ない。そこに大量の瘴気が流れ込んだら…抗う術は無いだろう。
「に…逃ゲロ、サくラ……早、ク…!」
 消えそうになる意識の中、声を振り絞るサトル。突然過ぎる状況に、サクラの理解が追い付かない。混乱する彼女を、サトルは無理矢理突き飛ばした。
「逃げるんダ、急ゲ!!」
 言うが早いか、森の奥へ走り去る。独り残されたサクラは、虚ろな瞳でそれを見詰めていた。
 『これは夢だ』。そう思いたかったが、脚の怪我が無言で否定する。痛む足を引きずり、サクラは海岸を目指した。
 数時間後、彼女と生き残った住人を乗せた船が、泰国本土に到着。誰もが喜びの声を上げる中、サクラはギルドに向かって駆け出した。


■参加者一覧
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
和奏(ia8807
17歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文


 寒風吹き抜ける小島に、接近する一隻の海上船。波は穏やかで航海は順調だが、乗員達の胸には不安が渦を巻いていた。
 目的地の島に存在する、馬人間のようなアヤカシ…その正体は、開拓者になる資質を備えた一般人、サトル。可能なら瘴気の呪縛から解放したいが、その方法は分かっていない。
 どうやって戦うのか。
 どうやって元に戻すのか。
 誰もが、その事を考えていた。
 解決策が見付からないまま、無情にも船が島に到着。碇を下ろし、船体が海岸に固定された。
 誰よりも早く、和奏(ia8807)が島に降り立つ。目を閉じて意識を集中し、深呼吸と共に感覚を周囲に広げた。研ぎ澄まされた意識が、範囲内の気配を探っていく。
「周囲にアヤカシさんの気配はありませんね。このまま、静かに済んでくれると良いのですが…」
 静かに呟き、奥の森を眺める和奏。近くに怪しい気配は無いが、島にアヤカシが居るのは間違いない。反応があるまで根気よく探すしかないが…サトル以外のアヤカシと遭遇したら、厄介だろう。
「大丈夫! 万が一アヤカシが出ても、あたしが瞬殺しちゃうよ♪」
 周囲に響く、元気な声。リィムナ・ピサレット(ib5201)は親指を立てながら、和奏に笑顔を向けた。頼もしい言葉ではあるが…可愛らしい外見とは裏腹に、少々物騒な発言である。
「俺達の目的は、サトルだからな。それ以外の敵は遠慮無く叩き潰すだけだ」
 言葉と共に、拳を強く握る竜哉(ia8037)。その黒い瞳には、怒りの炎が燃えているように見える。一般人が襲われた上、サトルがアヤカシに堕とされた事で、闘志が燃え上がっているのだろう。
 開拓者達と共に、船から降りる女性が1人。彼女の名は、サクラ。この島に住んでいた住人であり、サトルの恋人でもある。本来なら一般人を同行させる事は滅多に無いが、今は彼女の助けが必要なのだ。
「さて…出発する前に確認しておきたいんだけど、きみはサトルさんを助けたいの? それとも…倒したいの?」
「え? えっと…その…」
 叢雲・暁(ia5363)の言葉に、サクラの目が泳ぐ。彼女自身、何の覚悟も無く同行しているワケではない。だが、予想外のタイミングで質問され、若干戸惑っているようだ。
 今回の依頼は、彼女の決意が最も重要になる。上辺だけの覚悟では、サトルを助ける事は難しい。彼を倒す結果になった場合、生半可な決意では遺恨が残ってしまうだろう。
 開拓者4人の視線が集まる中、サクラはゆっくりと口を開いた。
「可能な限り助けて欲しいですが、皆さんに無理をして欲しくありません。ですから…どうするかはお任せします」
 真っ直ぐで、偽りのない言葉。決意は固く、嘘を吐いている様子は少しも無い。
 だが…。
「悪いが…俺達が聞きたい言葉は、『それ』じゃあない。本音を教えてくれないか?」
 竜哉の一言に、サクラは驚愕の表情を浮べた。確かに、彼女は嘘を吐いていない。が、開拓者を気遣って、本音を隠している事も事実。彼女の言動から、竜哉はそれに気付いたのだろう。
 当のサクラは、何も言わずに俯いている。指摘された通り、隠している本音はある。でも、それは彼女のワガママであり、これ以上開拓者達に負担を掛けるワケにはいかない。そんな想いが、サクラの口を閉ざしていた。
 そんな彼女の手を、リィムナが優しく握る。
「迷わないで。サクラさんの覚悟と決意、絶対受け継いでみせるから!」
 力強い言葉に、元気で純真な笑顔。手から伝わる、優しい温もり。リィムナの言動が、サクラの心を動かしていく。数秒後、サクラがリィムナの手を離して顔を上げた時、その瞳には一片の迷いも無かった。
「お願いします、サトルさんを助けて下さい! 私に出来る事があるなら、何でもしますから!」
 そう言って、深々と頭を下げる。彼女の意志を聞き、開拓者達は視線を合わせて軽く頷いた。サクラがその気なら、是が非でもサトルを助け出す。4人の想いは、完全に1つになっていた。
 暁はサクラの肩をポンポンと叩き、優しく微笑む。
「貴女がその気なら、ギリギリまで頑張るよ。和奏さん、探索はお願いね?」
「分かりました。島の状況は不透明ですが…この場所から順番に調べていきましょう」
 言葉を返しながら、和奏は静かに目を閉じた。サトルを助けるには、先ず彼を探す必要がある。今回の作戦に参加した者の中で、アヤカシの気配を探れるのは和奏だけなのだ。
 彼の先導で、5人の姿が森の中にゆっくりと消えていく。不気味な風が吹き、木の葉を静かに揺らした。


「それにしても…アヤカシも出ないってのは、楽だけど不気味ね」
 森に入ってから、約1時間。開拓者達はアテも無く、探索を続けていた。時折、和奏が周囲の気配を探っているが、手掛りになるような反応は無い。
 暁は聴力を研ぎ澄ませて物音に耳を傾けているが、目立った物音はナシ。まるで、島全体が死んだように静かになっている。暁が不気味に思うのも、無理はないだろう。
「もしかしたら…『嵐の前の静けさ』かもしれないな。このまま、サトルさんが見付かると良いんだが…」
 異常とも言える静けさに、警戒心を強める竜哉。無意識のうちに、兵装を握る手に力が入った。
 サトルを探し始めてから、何度目かの探知。和奏は脚を止め、意識を周囲に広げた。その感覚が、今までに無い反応を捉える。
「何かが急接近してきます。数は1つ…皆さん、気を付けて下さい!」
 和奏の言葉で、周囲の緊張感が一気に高まった。接近してくる気配が何なのかは分からないが、その移動速度は動物の速さではない。だからこそ、和奏は仲間達に注意を促したのだ。
 全員が身構えるのとほぼ同時に、木の葉や草花がザワつく。直後、視界の奥から黒い影が姿を現した。
 長身で、筋肉質な体躯。2足歩行をしているが、その姿は馬に酷似している。額から角が生え、腕部が人間のような形をしていて斧を握っているが。こんな異形は、アヤカシ以外に存在しないだろう。
「サトルさん!」
 目の前の馬人間に向かって、サクラが大声で叫ぶ。その声に反応したのか、アヤカシは左手で頭を押さえながら、低い唸り声を上げた。
『さ…サク、ラ…逃、ゲロ!』
 暗く、太く、こもった声。声なのかすらも怪しいが、確かに聞こえた。サクラに向かって、避難を促す言葉が。
 苦しむ姿を目の当りにし、悲痛な表情で拳を握るサクラ。その手が小刻みに震え、今にも駆け出しそうになっている。
 そんな彼女を制するように、暁と竜哉が進路を塞ぎ、リィムナが上着の裾を掴んだ。
「行っちゃ駄目! アヤカシの意識は、きっとサクラさんを狙ってくる。今は、我慢して…」
 どれだけサトルがサクラを逃がそうとしても、アヤカシは間違い無く彼女を標的にする。その方が、悲しみや怒りといった『負の感情』を生み出せるからだ。この状況で2人を接触させるのは、危険極まりない。
 誰もが馬人間の動きに警戒する中、その姿が視界から消えさった。驚愕するサクラを尻目に、竜哉達は敵の姿を見失っていない。瞬間的な加速による、超高速での移動。馬人間はサクラの後ろに回り込み、斧を振り上げていた。
 反射的に、暁と竜哉が地面を蹴る。斧が振り下ろされるより早く、兵装を構えて間に割って入った。『拳よりも大きな円盤』が付いた腕輪と、陰鋼で打たれた忍刀が交差し、敵の一撃を完全に防御。金属音と火花が散る中、2人の腕を衝撃が駆け抜けた。
「自分が守りたかった者を…自分が愛してる者を、自分の手で破壊するな…!」
「瘴気如きに負けてんじゃねぇぞ、色男!」
 力強く叫びながら、2人は斧を弾き返す。そこから竜哉は大きく踏み込み、トンファーに聖なる精霊力を宿らせた。淡い輝きを放つトンファーは、まるで光の塊のように見える。
 その状態で両手の兵装を鋭く振り、頭部の角を狙った。挟み込むような攻撃が両側から角を叩き折り、塩となって崩れ落ちる。
 馬人間は脚を踏ん張り、弾かれた斧を再び振り下ろした。今度の狙いは、サクラではなく竜哉。どうやら、彼女の前に開拓者達を始末するつもりのようだ。
 斬撃の勢いを削ぐように、暁が漆黒の手裏剣を投げ放つ。切先が敵の前腕に突き刺さり、攻撃の勢いが僅かに弱まった。
 それでも、攻撃自体が無効化されたワケではない。斧の刃が竜哉の上腕を斬り裂き、鮮血が流れ出た。
 攻撃後の隙を突くように、和奏が一気に距離を詰める。敵の横合いに移動し、精神を鎮めて太刀を抜き放った。神速の刃が宙を奔り、馬人間の脚部を深々と斬り裂く。数秒遅れて、傷口から瘴気が吹き出した。その中には、血飛沫のような赤が混ざっている。
 3人が敵と対峙している間に、リィムナはサクラの手を引いて移動。攻撃に巻き込まれないよう、距離を空けた。
「サクラさん、サトルさんに呼び掛けて! 想いを全てぶつけるつもりでね!」
 サトルが出現した時、彼はサクラの声と姿に反応した。彼女の言葉なら、サトルの理性を呼び起こせる可能性は高いだろう。
 リィムナの言葉に、サクラは静かに頷いた。サトルの姿を正面から見据え、覚悟を決めて大きく息を吸い込む。
「サトルさん、止めて! こんなの、サトルさんらしくありません!」
 周囲に広がる、叫びにも似た大声。彼女の声に合わせて、リィムナは子守唄を奏でた。サクラの言葉を邪魔しないよう、あくまでも静かに。聞いている者に安らぎを与えるように、優しく。
 サクラの叫びとリィムナの歌声に、馬人間は再び頭を押さえながら動きを止めた。その様子は、さっきよりも苦しんでいるように見える。
「反応した…? 理性が残っているみたいですね。これなら、可能性は充分にあるかも…!」
 アヤカシの反応に、希望を見出した和奏。『サトル』としての意識が完全に消えていたら、サクラの声に反応する事は無かっただろう。今までの様子を見る限り、サトルを救える可能性は決して低くはない。
 そんな僅かな希望を打ち砕くように、馬人間は野獣のような雄叫びを上げた。次いで、燃えるような瘴気を左腕に集め、一気に撃ち出す。放たれた炎が渦を巻き、一直線に伸びた。
 咄嗟に、暁と和奏が斜め後方に跳び退く。敵の正面に居た竜哉が炎に飲まれる中、リィムナはサクラを突き飛ばし、炎の範囲内から押し出した。
 高熱の渦が2人を飲み込み、数秒で通り過ぎる。炎が全身を包み、肌を軽く焼いた。その威力に、竜哉とリィムナは片膝を突く。ダメージを負いながらも、リィムナは歌を止めていないが。
「理性はあっても、手加減する事は出来ないみたいですね。このまま戦うのは、厳しそうです…」
 敵の容赦ない攻撃に、和奏の口から弱音が零れる。アヤカシを倒し、サトルを助ける事に異論は無いが、無理をしてこちらが全滅しては元も子もない。どこまで頑張るか…その境界線も必要かもしれない。
 若干元気を失くした和奏を励ますように、暁は彼の背中を強く叩いた。
「大変なのは、先刻承知でしょ? 弱音吐くヒマがあるなら、頑張らないと!」
 言葉と共に、軽く微笑む。その表情に釣られたのか、和奏も笑みを浮かべ、兵装を握り直した。そのまま視線を敵に向けると、2人はほぼ同時に地面を蹴る。
 暁は変幻自在な動きで間合いを詰め、走りながら刀を構えた。柄で敵の右腕を叩き、瞬間的に防御を崩す。間髪入れずに地面を蹴り、馬人間の肩を使って更に跳躍。左腕に狙いを定め、刀を振り下ろした。
 その攻撃に合わせて、和奏は刃を神速で振り抜く。暁に注意が向いている馬人間に、これを避ける術は無い。気付いた時には、銀色の剣閃が走っていた。
 振り下ろす斬撃と斬り上げる一撃が擦れ違い、上下から挟み込む。2人の刀が馬人間の左腕を斬り飛ばし、空中で瘴気と化して空気に溶けていった。
 目の前で繰り広げられる激戦を眺めながら、サクラは口元を押さえた。悲痛な表情に、潤んだ瞳…アヤカシと化したとは言え、サトルが攻撃されているのを見るのは辛いのだろう。
 それでも、彼女は目を逸らそうとはしない。この戦いを見届ける事が、彼女なりの『覚悟』なのだ。サクラが見守る中、竜哉がゆっくりと立ち上がった。
「俺達は奇跡を起こそうって言うんだ、怪我も汚染も関係ない! 僅かでも可能性があるのなら…試してみる価値はあるよなぁ!」
 雄叫びのような、竜哉の叫び。煙がくすぶる体でトンファーを構え、精霊力を纏わせた。トンファーを回転させながら大きく踏み込み、敵の左腕に叩き付ける。光が傷口を直撃し、溢れる瘴気が塩になって地面に零れた。
「熱過ぎるくらい王道的だね、竜哉さんは。まぁ…そういうのは、僕も嫌いじゃないけどね…!」
 不敵な笑みと共に、兵装を握り直す暁。竜哉と和奏も、同様に兵装を構えた。一定の距離を保ち、アヤカシと開拓者達は様子を窺い合っている。互いの実力が分かった以上、無闇に攻めるのは不利。隙を窺うように、視線で牽制し合っている。
 静かに、周囲の空気が張り詰めていく。緊迫した時間が続くかと思われた矢先、それは意外なカタチで崩される事になった。
「もう止めて下さい! サトルさん…私の事まで忘れてしまったんですか!?」
(思い出して! 暖かい人の心と、精霊の加護を!)
 想いを込めたサクラの叫びが、願いを込めたリィムナの歌声が、周囲に響き渡る。それがサトルの理性を揺り動かしたのか、傷口から流出する瘴気の量が一気に増えた。
『ウ…うぅ……おレは…!』
 さっきとは違う、ハッキリとした言葉。明らかに、『サトル』としての意識が拒絶の意志を示している。恐らく、アヤカシに抵抗し、自身の体から瘴気を押し出そうとしているのだろう。
 だが、アヤカシがそれを簡単に許すワケがない。排出された瘴気がサトルの周囲で渦を巻き、額や左腕に収束。失われた肉体を再生するように、具現化していく。
「再生なんて、させません。サトルさんの心と体、返して貰います…!」
 裂帛の叫びと共に、和奏は神速の斬撃を放った。彼の覚悟に呼応するように、鋭さを増した一撃…それが空を切り裂き、瘴気の塊を散らして角を再生を防いだ。
 更に手首を返し、左腕にも刀身を走らせる。超高速の刃が収束する瘴気を吹き飛ばし、虚空に舞い上げた。
 それが再び集まるよりも早く、竜哉が距離を詰める。両腕のトンファーに精霊力を纏わせ、敵の胸部に渾身の殴打を叩き込んだ。
「おい、お前! 守るべきものがあるんだろ!? だったら、『そこ』から血反吐吐いてでも這い上がってこい!」
 叫びながら精霊力を送り込み、体内に残った瘴気を浄化していく。ダメージを受けた胸部から、塩と化した瘴気がボロボロと崩れ落ちた。野太い悲鳴を上げながらも、サトルはそれを受け入れている。
 が、彼の意志に反するように、アヤカシは斧を持った右腕を振り上げた。そのまま、柄の殴打を竜哉の背に叩き込む。衝撃と共に激痛が全身を駆け抜けるが、竜哉はその場を動こうとしない。奥歯を噛み締め、精霊力を送り続けている。
 アヤカシは再び腕を振り上げると、斧を逆手に持って刃を向けた。渾身の力を込め、それを一気に振り下ろす。
 切先が竜哉に触れる直前、金色の疾風が間に割り込んだ。
「無駄な抵抗は見苦しいよ? アヤカシは素直に消えなさい!」
 超高速で移動した暁が、敵の攻撃を防御。言葉と共に力を込め、斧を弾き返した。追撃するように走らせた刀が、アヤカシの右腕を斬り飛ばす。それが地面に落ち、一瞬で空気に溶けていった。
「お願いサトルさん…瘴気に打ち勝って! 皆の熱い想い…受け取って!」
 竜哉を援護するように、リィムナが精霊力を集めてサトルに放つ。その姿は、まるで花束を投げる少女のようだ。
 開拓者達の攻撃で、サトルに憑りついた瘴気は相当減っている。そこに、竜哉は精霊力を叩き込んで体内の瘴気を浄化。リィムナは精霊力に癒しの力を上乗せし、サトルへと投げ放った。
 志体を持つ者は、精霊の加護を受けている。人としての意識を取り戻した今、大量の精霊力を体内に送り込んだら……。
 突如、サトルの体から青白い光が放たれ、視界を埋め尽くす。それは、活性化された精霊力。本来の抵抗力が呼び起こされ、体内の瘴気を押し出したのだ。
 溢れ出す閃光が、周囲の瘴気を纏めて浄化していく。光が治まった時、馬人間のアヤカシは消え、一人の青年が地面に横たわっていた。


 戦闘が終わった事を知り、サクラがサトルの元へ駆け寄る。それを追い、リィムナも走り出した。
 敵の残党を警戒し、暁は周囲を見渡す。和奏は意識を集中させ、敵の気配を探るために感覚を広げた。
「サトルさん、目を開けて! サトルさん!」
 目に涙を溜めながら、必死に語り掛けるサクラ。竜哉は兵装を投げ捨て、サトルの口元と心臓に手を伸ばした。手の平から感じる、確かな鼓動と呼吸。そして…『人』としての温もり。
「気を失っているみたいだが、呼吸と脈は安定している。心配するな、大丈夫だ」
「良かった…本当に…」
 竜哉の言葉に、サクラの瞳から大粒の涙が零れた。幸いな事に、サトルは大した怪我も無く五体満足な姿をしている。戦闘中に意識があった事を考えると、精神的にも問題は無いだろう。
「一件落着だね! サクラさん、おめでとう♪ もう安心だよっ!」
 サトルの無事を確認し、ボロボロと涙を流すリィムナ。軽くハナをすすり、両手に精霊力を集める。それをサトルと竜哉に投げ放ち、傷を癒した。
「ありがとうございます…皆さん、ありがとうございました…!」
 愛する男の手を握りながら、絞り出すように礼を述べるサクラ。涙が次から次に溢れ、言葉が出てこない。本当はもっと感謝を伝えたいのに、声にならない。
 和奏は彼女の肩をそっと叩き、懐からハンカチを差し出した。
「自分達は、少しお手伝いをしただけです。大した事してませんよ」
「そうそう。2人の想いが、アヤカシに勝ったんだからっ♪」
 言いながら、和奏とリィムナが笑みを向ける。今回の依頼で、サクラの協力は大きかった。無論、開拓者達も尽力したからこそ、サトルを救出する事が出来た。この中で誰か1人でも欠けていたら、この結果は得られなかっただろう。
 サクラは和奏からハンカチを受け取り、軽く礼を述べる。涙を拭い、心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「どんな諦めも絶望も、たった一つでも想いがあれば乗り越えられる…それが『人間』だ」
 人の想いは、時としてどんな武器よりも強くなる。反面、それはモロく壊れ易いモノでもある。自身の弱さを理解し、それを強さに変えられる竜哉だからこそ、人の想いの強さを知っているのだ。
「感動の再会は、そのくらいにしましょ? 早く帰還して、サトルさんを医者に診せた方が良いんじゃない?」
 誰もが喜びを噛み締める中、冷静に帰還を促す暁。その瞳には、微かに涙が浮かんでいるように見える。
 サトルに外的負傷が無いとは言え、医師の診断は必要だろう。それに、万が一アヤカシが襲ってきたら、サトルとサクラを守りながら戦うのは容易ではない。
「確かにそうですね…アヤカシに狙われる前に、急いで戻りましょうか」
 暁に同意しつつ、和奏がサトルの体をゆっくりと抱き上げる。互いに視線を合わせると、6人は海岸の海上船を目指して歩き始めた。
 道中、開拓者達はアヤカシの奇襲を警戒していたが、野生動物すら現れる気配が無い。アヤカシが全ての命を奪ったのか、サトルが無意識に放った炎が全てを吐き払ったのか…真相は分からないが。
 時間と余裕があれば、犠牲になった住人を弔いたかったが…今はどちらも無い。優先すべきは、サトルの搬送。死者を埋葬中に彼の容体が急変しては、本末転倒である。
 6人が海上船に着いた時、太陽は西に傾き始めていた。夕日が照らす中、船が海岸から出発。離れていく島を眺めながら、全員で静かに黙祷を捧げた。
 サトルが無事に目を覚ましたのは、それから数時間後の事だった。