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■オープニング本文 この世界には、あの世と繋がっている場所がいくつかあると言われている。その真偽は定かではないが、嘘や噂に頼らないと生きていけない者が居るのは事実。 それは、人が弱いからではない。人が人を愛し、失われた命を悲しむ…ごく自然な、当たり前の行動だろう。 だからこそ、人は死者の声を求めるのかもしれない。 そして…新たな命が失われる原因になるのだ。 「霊の声が聞こえるなんて…嘘だったんです!」 傷だらけの男性が、ギルドで声を絞り出す。歳は20代前半くらいだろうか。負傷の数は多いが、傷自体は浅く出血も少ない。命に別状はないだろう。 朱藩南西部の入り組んだ海岸の奥に、深い洞窟が口を開けている。そこは『霊界と繋がっていて、霊の声が聞ける』という噂が流れ、一部では有名な場所になっていた。 実際、死者の声を聞いたという者は少なくない。その噂が先行し過ぎたせいで話題になっていないが…実は、洞窟を訪れて行方不明になった者も数人居たりする。 「私は、見たんです。巨大なバケモノを…!」 相当怖い想いをしたのか、自身の肩を抱いて小刻みに震える男性。彼は兄と一緒に、両親の声を聞くために洞窟を訪れた。その最奥にある地底湖で、確かに声を聞いたのだ。 両親の声と…アヤカシの声を。 2人が危険を感じた時、既に周囲はアヤカシに囲まれていた。嬲るような攻撃を受け、男性は全身傷だらけに。兄は、命を奪われた。 男性も命の危機に晒されたが、攻撃を受けた拍子に地底湖に転落。そのまま気を失ったが…気付いた時には、海岸に倒れていた。恐らく、地底湖は海に繋がっていたのだろう。 「お願いします。兄と…犠牲になった人達の仇を討って下さい!」 涙ながらに叫び、男性は深々と頭を下げた。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
マストゥーレフ(ib9746)
14歳・男・吟
エドガー・バーリルンド(ic0471)
43歳・男・砲
ユーディット・ベルク(ic0639)
20歳・女・弓
サンシィヴル(ic1230)
15歳・女・吟
夕星(ic1316)
27歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ● 「お父様…そこにいるの? お願い、私に声を聴かせて!」 薄暗い洞窟の最奥に木霊する、女性の澄んだ声。反響音から察するに、この空洞のような空間は相当広いようだ。 松明の淡い灯りが照らす中、何かを探すように周囲を見渡す女性。この洞窟の噂…『死者の声が聞こえる』という話を聞き、一人で来たのだろう。 そんな彼女の後方、数十メートル離れた闇の中。空洞入口周辺に身を潜め、様子を伺う者が数名。 「何とも芸達者なお嬢さんだな。役者でも喰っていけそうだぜ」 「同感。開拓者にしておくのは、勿体無いねぃ」 不敵な笑みを浮かべながら、小声で話すエドガー・バーリルンド(ic0471)とマストゥーレフ(ib9746)。彼等は決して、目の前の女性を馬鹿にしているワケではない。むしろ、その演技力を高く評価している。 この洞窟で死者の声が聞こえるという噂は、アヤカシの罠。それを知った開拓者達は、敵を誘き出すために囮作戦を決行した。父を求める娘を演じているのは、フェンリエッタ(ib0018)である。 誰もが周囲を警戒する中、ユーディット・ベルク(ic0639)は弓を構え、弦を掻き鳴らした。フェンリエッタの声に紛れて、静かに広がる弦の音。精神を研ぎ澄ませ、振動音に意識を集中する。 「この音…みんな、アヤカシが現れたわ」 僅かな差異を感じ、小声で注意を促すユーディット。数秒もしないうちに、闇の中から異形が姿を現した。女性のような上半身と、鳥のような下半身…大きな翼を持ったアヤカシが、3体も。 アヤカシの出現に、フェンリエッタは驚愕の表情を浮べた。数歩後ろに下がった直後、脚がもつれて地面に尻もちを付く。当然、これも演技だが。 「敵は3体か…敵を足止めしつつ、各個撃破でいこう」 様子を窺いながら、仲間達に各個撃破を促す北条氏祗(ia0573)。アヤカシが何体出現しても、退治する事に変わりはない。彼の言葉に、誰もが静かに頷いた。 「亡くなった方々の無念を晴らすためにも、私たち開拓者が懲らしめてしまいましょう」 決意を口にし、サンシィヴル(ic1230)は力強く拳を握った。からくりのため表情は変わらないが、その言動は彼女の感情を十二分に表現している。 松明を手放し、腰を抜かした演技をしながら後退するフェンリエッタ。その様子を楽しそうに眺めながら、鳥女達がゆっくりと歩み寄る。3体が松明の真横に来た瞬間、フェンリエッタは地面を強く叩いた。 「掛かったわね、アヤカシ!」 叫びと共に、地面が隆起。松明を乗せたまま、5m前後の高さまで迫り上がった。正面から見ると50cm程度の厚みしかないが、幅は2m近い。視界を確保するため、フェンリエッタは予備の松明にも火を点ける。 予想外の状況に、驚愕の表情を浮べる鳥女達。それを加速させるように、隠れていた開拓者達が姿を現した。 「ほぅ、洒落た灯台だな」 シャッター付きカンテラの光を全開にし、両手で長銃を構えるエドガー。弾丸に素早く練力を込め、一気に撃ち放った。銃声が響き渡る中、銃撃が先頭のアヤカシに直撃。鳥女の肩に風穴を空ける。 (死者の声を騙る、か…気に入らんな。尤も、アヤカシに言った所で意味の無い事だが) 間髪入れず、横合いから琥龍 蒼羅(ib0214)が急接近。敵の懐に潜り込み、巨大な野太刀を振り抜いた。2mを超える巨大な兵装が、神速で宙を奔る。切先が2番目の敵を捉え、脚を深々と斬り裂いた。 ほぼ同時に、超高速の矢が2番目の敵に突き刺さる。その傷痕と、蒼羅の切創から瘴気が漏れ出した。 (死者の声を餌に、人を誘い出すなんてね……流石に、お姉さん許せないわ…!) 弓を握るユーディットの手に、無意識のうちに力が籠る。それだけ、今回のアヤカシに対して強い怒りを抱いているのだろう。 彼女達の気持ちを知る由も無く、2体の鳥女が翼と口を大きく広げた。周囲に広がる、歌声にも似た不思議な音…その不快さに、誰もが顔を歪めた。 一番被害を受けているのは、前衛に居る蒼羅。歌声が精神を蝕み、精神を侵していく。全身を襲う不快感に、蒼羅は片膝を突いた。精神に負荷がかかり過ぎたのか、黒い瞳が混濁している。 鳥女の歌声を止めるため、氏祗は両手の霊剣に練力を込める。地面を踏み締めて虚空を斬ると、真空の刃が発生。それが最後尾の敵に飛来し、全身を斬り刻んで瘴気が吹き出した。思わぬ反撃に、鳥女達の歌声が止む。 「んーぅ。セイレーンの歌声は美しいものだと聞いたけれど…私の趣味じゃないねぇ」 苦笑いを浮かべながら、軽く頭を振るマストゥーレフ。聖鈴の首飾りに手を伸ばし、大きく息を吸った。周囲に響く、落ち着きのある歌声。それに合わせて、銀鈴が微かな音色を奏でた。 彼の歌声が、蒼羅の意識を優しく誘う。徐々に、瞳に正気の光が戻り始めた。 「すまない、余計な手間をかけたな…」 額に冷汗を浮かべながら、礼を述べる蒼羅。マストゥーレフは軽く笑みを浮かべながら、手をヒラヒラと振ってみせた。 歌声の効果を消された事に気付いた鳥女が、翼を広げて風を起こす。鋭い旋風が真空の刃と化し、マストゥーレフに降り注いだ。見えない刃物が、頬や腕に赤い線を描いて薄っすらと血がにじむ。 松明とランタンの灯りの中、夕星(ic1316)は煙管で地面を軽く叩いた。軽い金属音に反応するように、鳥女達の周囲に小さな式が多数出現。それが最後尾と2番目の敵に絡み付き、動きを鈍らせた。 「ほれ、今のうちやで。斬るなり撃つなり、好きにしぃや」 愉しそうな口調で、夕星が仲間達を促す。その声に続くように、バイオリンの演奏が全員の耳に届いた。 「支援は任せて。アヤカシの好きにはさせない…!」 勇猛果敢な演奏に合わせて、力強く叫ぶサンシィヴル。彼女の楽曲が開拓者達の心を奮わせ、闘志を掻き立てる。 「夕星殿、サンシィヴル殿、助力感謝する!」 氏祗は軽く礼を述べ、地面を蹴った。最後尾の敵との距離を詰め、素早い斬撃で相手の体勢を崩す。大きく踏み込んで二撃目を放ち、更に敵の防御を打ち崩した。 締めに、両手の剣を交差させるように振り下ろす。斬撃が重なり、敵の胸部に『×』字の傷を刻み込んだ。 その隣では、蒼羅が神速の斬撃を放っていた。秋の水の如く澄みきった覚悟は、刃に一切の迷いを見せない。狙いはさっきと同じ、2番目の敵の脚。神速の一撃が膝から下を切断し、斬り落とされた脚が瘴気と化して消えていった。 開拓者達の実力を目の当りにし、自身の不利を悟ったのか、最後尾に居た鳥女が大きく後ろに跳び退く。このまま闇に紛れ、この場を離れるつもりなのだろう。 咄嗟に、フェンリエッタはその方向に松明を投げた。淡い光が闇を削り、逃げる鳥女の姿を浮かび上がらせる。 「お前達に安全な場所など無いわ。覚悟することね!」 「お嬢さんの言う通りだ。闇に紛れた程度じゃ、俺達から逃げられねぇぜ?」 言うが早いか、エドガーは弾丸に練力を込めて撃ち放った。それが空中で炸裂し、強烈な閃光を生み出す。あまりの明るさに、敵全員の動きが一瞬止まった。 そこを狙い、追撃の銃撃を放つ。弾丸が逃げた敵の眉間を貫通し、風穴を空けた。それが止めとなり、アヤカシの全身が瘴気となって崩れていく。 残る敵は、2体。その片方が、翼と口を大きく開いた。再び放たれる、不快な歌声。その標的になったのは…ユーディット。 苦悶の表情を浮べながらも、彼女は手にしていた弓を手放した。更に、矢を逆手に握って自身の足に突き立てる。矢尻が皮膚を貫き、鮮血が流れ出した。 「こ、これで無理でも…痛みで、本来の力が出ないハズだから…仲間の邪魔には、ならない…」 痛覚で正気を保つためとは言え、自分の体を傷付けるのは勇気の要る事である。万が一混乱しても、痛みで全力を出せない事まで計算している。それだけ、彼女は仲間の邪魔をしたくないのだろう。 彼女の負担を和らげるため、マストゥーレフが甲高い歌声を響かせる。空気を震わせて共鳴現象を起こし、敵の効果を相殺しているが…一歩遅かった。ユーディットの体が崩れ落ち、地面に膝を突いてうずくまる。 意識の混濁した彼女に向かって、マストゥーレフは静かな曲に練力を込めて歌った。その歌声が周囲の精霊に干渉し、鎮静の効果を生み出す。平静を取り戻したのか、ユーディットはゆっくりと顔を上げた。 「んぅ…ユーディット君、無茶したねぇ。綺麗な肌が台無しだよ」 苦笑いを浮かべながら、彼女の肩を叩くマストゥーレフ。混乱に対抗するため、自分で矢を突き刺すとは誰も想像出来なかっただろう。 が、安心するヒマも無く、2体目のアヤカシが歌声を放つ。全員が身構える中、エドガーが低い唸り声を上げた。いつもの飄々とした態度はどこへやら、苦痛に顔を歪め、奥歯を噛み締めている。 エドガーの抵抗力を上げるため、サンシィヴルはバイオリンを演奏した。勇壮な楽曲が響き、開拓者達に不屈の魂を植え付ける。が、彼の表情は変わらない。 「ヒトを喰うたお仕置きにぃ、アンタ等の喉は潰さんとな?」 不敵に笑いながら、夕星は呪符を2枚投げ放った。それが手裏剣のような鋭い刃物の式と化し、敵の喉に突き刺さる。式が消えるのと同時に、傷口から瘴気が一気に吹き出した。 夕星の一撃で歌声は止まり、苦しんでいたエドガーがゆっくりと顔を上げる。その茶色の瞳は、混濁して光を失っていた。クスクスと笑う姿は、誰がどう見ても混乱している。 開拓者達が動くよりも早く、エドガーは地面を蹴って夕星に突撃。兵装を手放し、彼女に飛び掛かった。 誰もが驚愕する中、夕星だけは微笑んでいる。彼の動きを予測し、身を翻して横に回避。そのまま無造作に胸倉を掴み、平手で頬を叩いた。 乾いた炸裂音が、周囲に響く。頬に紅葉のような赤い手形を残したまま、エドガーの動きが停止。その瞳に、正気の光が戻っていく。 「混乱しよるなんて…情けないなあ、エドガーの兄さん?」 クスクスと笑いながら、言葉を掛ける夕星。軽く苦笑いを浮かべながら、エドガーは後頭部を掻いた。 「まぁ…夕星の姐さんなら、遠慮なくブッ叩いて正気に戻してくれると思ってたからな」 手間を掛けた事は申し訳なく思っているが、彼は夕星の腕を高く評価している。彼女なら自分を正気に戻してくれる…そう確信していたのだろう。 危機は脱したものの、まだ戦闘が終わったワケではない。開拓者達の一瞬の隙を突くように、鳥女達は翼を広げて風を起こした。 発生した真空の刃が、洞窟内を吹き荒れる。その狙いは…開拓者達の松明。強風が炎を掻き消し、周囲の闇が再び濃度を増した。エドガーのランタンは残っているが、明かり1つでは視界が確保出来ない。 「大丈夫! すぐに再点火するから、問題無いわ!」 叫びながら、松明に火を点けるサンシィヴル。こんな時のために、彼女は腰に松明を括り付けていたのだ。サンシィヴルが火を点けるのと同時に、マストゥーレフとユーディットも動いていた。 マストゥーレフは集中力を研ぎ澄ませ、耳に意識を集中させる。ユーディットは弓を拾って弦を鳴らし、その共鳴音に耳を傾けた。 サンシィヴルは再点火した松明を、フェンリエッタの居る方向に投げる。それを受け取って彼女は周囲を照らしたが、アヤカシの姿は無い。恐らく、暗がりに乗じてどこかに逃げたのだろう。 「マストゥーレフさん!」 「分かってるよ。左側を同時に狙おうか」 ほぼ同時に、弓撃と射撃が放たれる。練力を込めた高速の矢と、鋭い銃弾が空気を斬り裂きながら闇の中に消えていった。数秒後、悲鳴に似た短い声が響き、瀕死の鳥女が墜落。地面に叩き付けられ、全身が瘴気と化して弾け散った。 これで、残るは1体。フェンリエッタとサンシィヴルは視線を合わせて軽く頷き、松明を頭上に放り投げた。2つの淡い光が急上昇し、闇を照らしていく。灯りの奥に敵の姿が見えた瞬間、蒼羅は腰を落として兵装を下段に構えた。 「『天墜』の名の所以…その身で確かめて貰おうか」 野太刀に練力を集中させ、斬り上げるのと同時に開放。斬撃が風を生み、一瞬で竜巻と化して真っ直ぐに伸びていく。それがアヤカシを飲み込み、風の刃が翼を斬り刻んだ。 『天翔ける竜を叩き落とさん』という意味を込めて作られた野太刀、天墜。その名の通り、飛んでいたアヤカシが翼を斬り裂かれ、墜てくる。落下に合わせ、蒼羅は兵装を構えて精神を研ぎ澄ました。 敵を前後から挟むように、氏祗もその位置に駆け込む。 「セイレーンよ、人々を襲った報いを受けてもらおう!」 裂帛の気合に呼応するように、2本の霊剣に宿った炎が紅く燃え上がった。両腕を交差させるように構え、双剣を素早く振り抜く。 蒼羅は地面を強く踏み締め、兵装を高速で薙いだ。水平に奔る刃と、×字の斬撃が敵の上で重なり、前後から深々と斬り裂く。その威力で、敵の体は6つに分断。そのまま瘴気となって空気に溶け、黒い滴が地面を濡らした。 ● アヤカシを撃破してから数時間後。開拓者達は、依頼主の居る村を訪れていた。 「洞窟内のアヤカシは全て排除した。危険は無いと思うが…気安く近付くな。分かったな?」 住人達に状況を説明しつつ、注意を促す蒼羅。戦闘後、全員で洞窟内を探索したが、アヤカシの姿も瘴気の反応も無かった。もう安全だとは思うが、近付かない方が無難だろう。 開拓者達の報告に、湧き立つ住人達。その歓声から遠く離れた墓地で、サンシィヴルは十字を切った。両手を組んで目を閉じ、静かに祈りを捧げる。 (可哀想に…もっとも、私のようなお人形に祈られたところで、報われないかもしれないけれど…) 自嘲するような想いが、胸を過る。が、追悼の念に人もからくりも関係ない。死者を悼む気持ちは、きっと伝わっているだろう。 同時刻。氏祗とフェンリエッタは、一軒の民家を訪れていた。そこは、今回の依頼人の家である。 「不届きなアヤカシは、拙者達が退治した。貴殿の無念、多少なりとも晴れれば良いのだが…」 「貴方の大切な人は、貴方を危険な場所に呼んだりしないわ。心の隙間を埋められるのは、生きてる人だけ…もう、惑わされてはダメよ?」 2人の言葉に、依頼人の男性が静かに頷く。彼のお陰で今回の事件が発覚し、アヤカシを倒す事が出来た。その勇気に感謝と敬意を表し、氏祗達は深々と頭を下げた。 歓喜に溢れる村の中、一人静かに煙管をふかす夕星。天を仰ぎ、煙と共に大きく息を吐いた。 「やっぱり…死人に口無しや。聞けるわけあらへんよーぅてな…」 声を聞きたい相手は、もうこの世に居ない。煙草を吸いながら思い出すのは、過ぎ去った日の事。思い出は白煙のように消えないが…線香の代わりに、夕星は煙管の煙を空に向けた。 |