幻惑の霧
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/11 20:43



■オープニング本文

「なあなあ、お前も行ってきた?」
「行った行った! 凄かったぜ…うちの花子、超セクシーだったし!」
「あたしのクロちゃんは、イケメンの執事になったよ。美形過ぎて惚れちゃいそう♪」
 街の広場で盛り上がる、数名の若い男女。広場以外の場所でも、老若男女を問わず同じ話題で持ちきりである。
 その内容は…『動物が人の姿になって見える場所がある』というモノ。猛烈に怪しいが、その話が本当だったりする。
 事の発端は、数日前。村から数km離れた場所に年中霧に包まれた峠道があるのだが…家畜を連れた男性がそこを通った時、絶世の美女を目撃したらしい。
 突然の事に男性は驚いたが、もっと驚いたのは美女が『モ〜』と鳴いた事。それがキッカケで、彼は美女の正体に気付いたのだ。
 街に戻った男性がそれを住人達に話すと、興味本位で数人が現場に直行。噂は瞬く間に広がり、峠道に何人もの人が訪れるようになった。
 ちなみに、花子はパンダで、クロちゃんは九官鳥である。
 ここまでは『物珍しい話』でカタがつくのだが…予想外の事が起きるのは、世の常。何の前触れも無く、ソレは起こった。
「クレオ!? どうした、クレオ!」
 倒れた牛に向かって、必死に語り掛ける男性。彼は、峠道の異変を一番最初に伝えた人物である。
 倒れているのは、絶世の美女になった牛。昨日までは元気だったが、今朝になって急に息を引き取った。死因は一切不明である。
 牝牛が引金になったように、街の家畜やペット達が次々に倒れ始めた。最初は伝染病の類かと思われたが、倒れた動物は種類も数もバラバラ。
 だが、1つだけ共通点が見付かった。
 倒れた動物は全て、『峠道で人の姿を見せている』という事。恐らく、あの場所に何かがあるのだろう。
 そして…今は動物だけだが、住人達にも被害が及ぶ可能性は否定出来ない。助けを求めるように、住人はギルドに向かって駆け出した。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
露草(ia1350
17歳・女・陰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
からす(ia6525
13歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
真名(ib1222
17歳・女・陰
レビィ・JS(ib2821
22歳・女・泰
エマ・シャルロワ(ic1133
26歳・女・巫


■リプレイ本文

 紅葉が風に舞う、ある秋の日。朋友を連れた開拓者達が、泰国の小さな街を訪れていた。彼等の到着を待っていたのか、住人達が周囲を取り囲む。
 助けを求める声と、すがるような眼差し。街の動物達が不審な死を遂げている今、頼れるのは開拓者だけなのだろう。
「皆さんには、辛い事を思い出させてしまうかもしれません…でも、どうか協力して下さい」
 言いながら、深々と頭を下げるフィン・ファルスト(ib0979)。飼っていた動物を失い、心の傷を負った者は少なくない。そういう人達に対して、彼女なりに気を遣っているのだろう。
「俺達には、情報が足りない。事件を解決するためにも、話を聞かせて頂きたい」
 フィンに続き、羅喉丸(ia0347)が地に拳と片膝を突く。2人の真摯な姿に心を打たれたのか、住人達から協力を申し出る声が上がった。
「早速で申し訳ありませんが、峠に行った方は、動物さんを連れて集まって下さい。ちょっとした検査を行いますの」
 水月(ia2566)の提案に、住人達が静かに頷く。該当する者達が移動を始めると、水月と数人の開拓者が後を追うように歩きだした。
 残った者達は、情報収集を行っている。峠の状態や周辺の地理、幻覚が見えた時の状況を詳しく聞き、情報を纏めていく。
 話を聞きながらも、秋桜(ia2482)は相棒に視線を向けた。
(動物が、人の姿に…すっちーが人型になったら、可愛らしいのでしょうなぁ)
 迅鷹の鈴蘭は、鶏達と楽しそうに戯れている。小柄な姿は一見すると鷹の雛に似ているが、2対の翼は迅鷹の証拠。鈴蘭が人間化した姿を想像し、秋桜の表情が綻んだ。
「人の姿、かぁ。ねぇ、ロガエス。ヴィーだったら、どんな姿になっちゃうんだろうね?」
『俺が知るか! 馬鹿な事考えてるヒマがあるなら、さっさと聞き込みに行け!』
 フィンの質問に、相棒の人妖、ロガエスが乱暴に言葉を返す。頭髪は短く、口調は男のようだが、ロガエスは少女型の人妖。文句を言いながらも、フィンと共に聞き込みを続けている。
 開拓者と住人達が言葉を交わす中、街中を歩き回る犬が1匹。匂いを嗅ぐように鼻を動かしているが、尻尾は元気無く垂れ下がっている。溜息にも似た息を吐き出すと、トボトボとレビィ・JS(ib2821)に歩み寄った。
『お姉ちゃん、駄目だ。色んな臭いが混ざり過ぎて、アヤカシの臭いを嗅ぎ取れない』
 申し訳なさそうに、謝罪の言葉を口にする。犬は犬でも、又鬼犬のヒダマリは人の言葉を話せるのだ。主のレビィに頼まれ、アヤカシの臭いを追っていたのだが…結果は見ての通りである。
「そんなに落ち込まないで。峠に行ったら、一緒に頑張ろうね!」
 相棒の頭を撫でながら、励ましの言葉を掛けるレビィ。ヒダマリは嬉しそうに尾を振りながら、静かに頷いた。
 その頃、街の広場には大勢の動物が集まっていた。乳牛や豚、猫や蛇まで、多種多様である。
 1匹の馬に向かって、そっと手を伸ばす露草(ia1350)。次の瞬間、馬が激しく暴れ始めた。恐らく、見ず知らずの者に怯えているのだろう。
「大丈夫。痛い事はしないから、ちょっとだけ大人しくして下さい? すぐに済みますから」
 落ち着かせるような、穏やかで静かな声。露草が優しく微笑むと、馬は徐々に落ち着きを取り戻した。再び手を伸ばしたが、暴れる様子は無い。
 露草はアヤカシの寄生箇所を調べるため、馬の全身を凝視した。耳の中や鼻、口の中も調査したが…それらしい痕跡は見付からない。
 同様に、エマ・シャルロワ(ic1133)は触診で家畜達を診ていく。動物は専門外だが、医者として見過ごす事は出来ないのだろう。小さな傷にも注意を払っている。
「ふむ…生き残った家畜達に異常は無いようだな。リュネット、傷の手当てを手伝ってくれるかい?」
 触診の結果、多少の傷はあったものの目立った異常は無い。傷を治療するため、相棒のからくり、小月に声を掛けた。
『はい、先生っ! シャオにお任せください!』
 元気良く言葉を返し、薬箱を振り回す小月。中の薬は無事なのか、心配になってしまう。
 エマの故郷であるジルベリアの一部地域で、リュネットは『小さな月』を意味する。小月の故郷である泰国では、小月と書いて『シャオユエ』と読む。エマと小月で呼び方が違うのは、そういう事情があるからだろう。
 2人が治療する隣で、水月とジークリンデ(ib0258)は瘴気の気配を探っていた。互いの探索範囲が重ならないよう注意し、感覚を研ぎ澄ませる。
 ジークリンデは相棒の宝狐禅、ムニンを召喚し、瘴気の感知を任せた。
「ムニン、どうですか? 何か感じます?」
 問い掛ける言葉に、ムニンは耳をピクピクと動かす。そのまま周囲を飛び回り、家畜の背や額に足跡を付けた。そこから瘴気を感じる…という意味なのだろう。一通り足跡を付けると、ムニンはジークリンデの肩に乗った。
「数が多いですね…水月さん、手を貸して貰えますか?」
 ジークリンデの頼みに、水月が静かに頷く。2人は背中合わせに立つと、動物達に視線を向けた。
 肩にムニンを乗せたまま、ジークリンデは手を振り上げる。その動きに合わせて、神霊に祝福された聖なる矢が出現。宝狐禅を従え、光の矢を操る姿は、一般人には魔女のように見えているだろう。
 次の瞬間、光の軌跡を描きながら、矢が動物達に命中した。が、動物達に痛がる様子は無く、平然としている。
 水月は周囲の精霊に干渉し、清浄な炎を生み出した。それが動物達を飲み込んで激しく燃え上がるが、またしても反応は無い。
 反応があったのは、動物達ではなく、その飼い主達だ。自身の家畜やペットを攻撃され、平気な者は居ないだろう。怒りの言葉を口にしながら、住人達が2人の周囲を取り囲んだ。
『皆、落ち着かれよ。我が主とジークリンデ殿の術は、アヤカシ以外には効果がない。動物達は無事だ』
 皆を落ち着かせるように、水月の相棒、管狐の澪月が状況を説明する。言葉の真偽を確かめるため、飼い主達は動物に駆け寄った。矢が刺さったのに傷痕は無く、炎に包まれたのに火傷の跡が無い。どう見ても、元気そのものである。
 自分達が早とちりした事に気付き、飼い主達は申し訳無さそうに頭を下げた。
「気にしなくて良いですよ。それよりも、峠で気をつけた方がいい場所とか、目印になるような物があれば教えて欲しいの」
 誤解が解け、無邪気な笑みを浮かべる水月。彼女の期待に応えるように、住人達は峠道の状況を話し始めた。
「現場の事、色々教えて下さい。あ、地図とか貰えたら嬉しいな♪」
 尚も情報収集を続けるレビィ。満面の笑みを浮かべながら、上目遣いのオネダリ。こんな表情をされたら、どんな男もイチコロだろう。
「レビィさん、地図ならここにあるぞ。今、集めた情報を書き込んでる処だ」
 一般人が地図を差し出すより早く、羅喉丸が声を掛ける。レビィは周囲の人々に軽く頭を下げ、羅喉丸の地図に自身が集めた情報を書き込んだ。
 住民達から話を聞き、動物達の体を調べ、峠道や当時の状況が明らかになっていく。これだけの情報があれば、事件の解決はスムーズに進むだろう。
「情報、ありがとう。仇は必ずとってきてあげるわね!」
 礼を述べ、力強く約束を交わす真名(ib1222)。敵は面倒な奴だが、住民達のためにも負けるワケにはいかない。彼女にとっては約束でもあり、自分に言い聞かせる言葉なのだろう。
『皆さんの協力、決して無駄にはしません。後は、マスター達に任せて下さい』
 礼儀正しく言葉を紡ぐのは、真名の相棒、宝狐禅の紅印。管狐にしては珍しく、控え目な性格のようだ。
 情報収集を終えた開拓者達が、次々に街の入り口に集まる。全員が揃って視線を合わせると、10組の開拓者と朋友は峠を目指して出発した。
「うーん…アヤカシの見せる幻覚じゃなくて、本当に擬人化なら嬉しいのに」
 独り呟いた露草の言葉は、住民達の声援に掻き消されていった。


 街から歩く事、数十分。開拓者達は、問題の峠道に辿り着いた。山裾から始まっている道は、山頂まで長く続いている。山も道も霧に包まれ、半分以上が見えない状態である。
 開拓者達が居るのは、山の2合目辺り。遥か前方は白い霧が立ち込めているが、近隣には全く出ていない。
「霧が濃くなる前に、峠道を下見をしてくる。頑鉄、行くぞ」
 言うが早いか、羅喉丸は相棒の鋼龍、頑鉄の背に飛び乗る。主の言葉に応えるように、頑鉄は頑強な体を動かし、翼を大きく広げた。
「羅喉丸様、わたくしもご一緒致します。すっちー、お願いしますね?」
 秋桜が声を掛けると、鈴蘭が小さく鳴いて光の粒子と化す。それが彼女と同化し、背中から輝く翼が生えた。そのまま、2人は天高く舞う。
「では…2人を待つ間に、索敵を進めておこうか」
 そう言って、からす(ia6525)は自身の倍近い大きさの弓を構えた。若干ヨロめく姿は、傍目で見ていて可愛らしい。ゆっくりと息を吐いて精神を研ぎ澄ませると、からすは弦を掻き鳴らした。弦鳴が周囲に響き、深い霧の中に消えていく。
『我々も参りましょう、マスター。後の事はお任せ致します』
 真名に召喚された紅印が、紅く煌めく光となって彼女と同化。数秒もしないうちに銀毛の狐耳と尾が生え、彼女の姿を獣人のように変えた。
「これって使うのはじめてなのよね…おかしくないかしら?」
 苦笑いを浮べ、真名は狐耳を軽く引っ張る。鏡や水面がないため、自身の姿を確認出来ない。初めて使うスキルという事もあり、不安なのだろう。
「おかしくないよ! 狐耳、カワイイと思うし」
 親指をグッと立て、笑みを向けるレビィ。彼女の言葉に安心しながらも、真名は若干恥ずかしそうだ。
 仲良く言葉を交わす2人の後ろで、からすは軽く溜息を吐いた。
「私の弓が届く範囲には、アヤカシの反応を感じない。もっと奥まで探索する必要があるな…」
 現状を冷静に分析し、仲間達に伝えるからす。彼女の弓の射程は、約120m。対して、峠道は20km以上伸びている。現在位置でアヤカシを見付けられなくても、仕方の無い事だろう。
「探索範囲が広いですね…探知スキルは交代しながら使って、節約しましょう」
 探索スキルを持っている者は数人居るが、無闇に使ったら練力が切れてしまう。水月の言葉に、全員が静かに頷いた。
「ド・マリニーも有効に使わないとね。今回は3つもあるんだし」
 精霊の力と瘴気の流れを計測出来る時計、ド・マリニー。フィンを始め、からすと真名もそれを持っている。詳細な位置は測定出来ないが、捜索の指針には役立つ。
 今の処、ド・マリニーは峠の奥を指している。この霧の中に、瘴気の発生源が存在するのは間違いない。
「お待たせしました。霧は峠道の中央に近付くにつれ、濃度を増しています。恐らく、そこにアヤカシが居るのでしょうなぁ」
 上空からの偵察を終えた羅喉丸と秋桜が、状況を報告する。峠周辺の地形は、街で聞いた通り。羅喉丸の地図や、集めた情報が役に立ちそうだ。
 何にせよ、この場で立ち止まるワケにはいかない。アヤカシを倒すには、霧の中に突入するしかないのだ。
「リュネット、殿(しんがり)は任せるよ。後方の警戒や、支援を頼む。他の者から動きや考え方も学ぶといい」
『わっかりましたっ! って…せんせーっ、シンガリって何ですか!?』
 エマに元気な返答をした小月だったが、言葉の意味が分からなかったのか、質問を返す。2人の会話に、周囲から笑い声が零れた。


『霧が濃くなってきたな…おい、フィン。足元に気を付けろよ?』
 数メートル先も見えない霧の中、主に注意を促すロガエス。口調は相変わらずだが、彼女なりにフィンを心配しているようだ。
 霧の濃度に比例し、強くなっていく違和感。その原因に最初に気付いたのは、羅喉丸だった。
 隣を歩いていた頑鉄の姿が、今は影も形も無い。その代わり、泰国風の鎧を纏った老兵が、そこには居た。茶色の髪は長く、口ひげとアゴひげで威厳が増して見える。
「頑鉄、か? 確かに…御前に相応しい姿だな」
 羅喉丸の言葉に、老兵は不思議そうに小首を傾げた。開拓者には擬人化して見えるが、頑鉄には普段の姿に見えているのだろう。
 擬人化の幻覚が見えているのは、羅喉丸達だけではない。
 ヒダマリはレビィと同年代くらいの女性に見え、黒髪のショートヘアで、黒いコートを着用している。髪の長さとコートの色以外は、レビィにそっくりだ。
 秋桜の胸の谷間には、70cmくらいの少女が挟まっている。その背には、翼が4枚。想像以上に可愛くなった鈴蘭に、秋桜は満面の笑みを浮かべた。
『のう…我ハ何ニ見エル?』
 自身の違和感に気付いたのか、管狐の招雷鈴がからすに問い掛ける。相棒にも幻覚の症状が出ているが、彼女がそれを気にしている様子は全くない。
「鈴に乗った…『三尾の狐少年』だが?」
 彼女の言う通り、招雷鈴は金髪赤眼の少年の姿に見えている。3本の尾を生やした50cmの少年が浮いているのは、不思議な光景ではあるが。当の招雷鈴は、納得したように頷いている。
「幻覚症状が出たという事は…アヤカシが近くに居るのですね。ムニン、お願いします」
 相棒を呼び出し、協力を頼むジークリンデ。ムニンは管狐の姿のまま、瘴気を感知するように耳と鼻を動かした。
「これはこれは…みんな個性的な姿になったものだね。水月君、瘴気は感じるかい?」
 周囲を見渡して状況を確認し、エマは瘴気を察知する結界を張った。アヤカシの気配を探しながら、水月に問い掛ける。
 索敵しながら移動していた水月は、自信無さそうに道端の大岩を指差した。
「えっと…私は、あそこの岩が怪しいと思うの。多分…」
 霧の中に瘴気が混ざっているせいか、出所を判別するのが難しい。草木や岩に擬態しているため、見た目で判別出来ないのも難点である。
 とは言え、周囲に岩が無い場所に1個だけ大岩があるのは不自然ではあるが。
 そんな彼女の隣で、澪月は意識を集中させた。色白で金眼、雪のように白い頭髪の少年に見えているが、全身が一瞬だけ光と煙に包まれ、感覚が周囲に広がる。研ぎ澄まされた感覚が、敵の気配を捉えた。
『主殿、自信を持て。我も、あの岩には何かあると思うぞ』
 励ますような言葉と可愛らしい姿に、水月の表情に笑みが戻る。彼女はそっと手を伸ばし、澪月の頭を優しく撫でた。
「あ〜…明らかに怪しいですね。チシャちゃん、出番ですよ!」
 澪月達の話を聞いていた露草が、相棒の管狐、チシャを召喚。元気良く飛び出したチシャは、ムニンと軽く視線を合わせた。管狐の姿をした2匹が、タイミングを合わせて大岩を睨む。
『私に寄生しようだなんて、『ひゃくまんねん』早いですわっ!』
 チシャの言葉と共に、2筋の電光が宙を奔った。それが大岩に命中し、火花となって燃え上がる。炎は数秒で消えたが、焦げた岩肌から少量の瘴気が立ち昇った。
「排除開始ですね。みんなで一気に叩きましょう!」
 敵の存在を確認し、フィンは槍を握り直す。一気に間合いを詰め、渾身の力を込めて兵装を突き出した。矛先が岩肌に深々と突き刺さり、亀裂が走る。
 間髪入れず、気の流れを操作して全身を覚醒状態にする羅喉丸。彼が駆け出すのと同時に、頑鉄も走り出した。左右から急接近し、アヤカシを挟み込む。
 羅喉丸は肩から背にかけての部分に練力を集め、体当たりを放った。頑鉄は移動の勢いを活かし、全体重を乗せて頭からブチ当たる。2つの衝撃が重なり、敵の亀裂が深く大きくなった。
 水月と澪月は軽く視線を合わせ、静かに頷く。水月は5cm前後の橙色の針を構えると、一気に投げ放った。陽光のような光が走り、岩肌に突き刺さる。
 その針を狙って、澪月は電光を放った。閃光が針を通じてアヤカシの体内に流し込まれ、亀裂から瘴気が吹き出す。
 追撃するように、呪本を開いて式を召喚する露草。符のような物が高速で飛来し、大岩に吸い込まれていく。それが内部から敵を破壊し、瘴気を吹き出しながら派手に砕け散った。破片は全て瘴気と化し、空気に溶けていく。
 瘴気が消えていく中、霧の中に見知らぬ人影が1つ。藍色の瞳に、色白の肌。純白の狐耳と、同色の尾。
「ねぇ、秋桜。あなたの朋友…」
「寄生されてますね。どうやら、まだアヤカシが近くに居るみたいです」
 真名に指摘され、露草は周囲を見渡しながら言葉を返す。アヤカシは倒したが、擬人化の幻覚は治っていない。恐らく、同種のアヤカシが居るのだろう。
 当のチシャは、変化が起きた事に気付いていないようだが。
 エマは軽く指を鳴らし、索敵のスキルを発動した。その状態で数歩進んだ瞬間、射程内でアヤカシの気配が蠢く。素早く視線を向けると、巨木が動いて森の奥に逃げていく光景が映った。
 あまりにもマヌケな姿に、拍子抜けするエマ。彼女が仲間達に声を掛けようとした瞬間、レビィは驚異的な加速でアヤカシの進路を塞いだ。
「動く木なんて、正体をバラしてるようなものだよ。ドジなアヤカシさん!」
 叫びながら闘布を握り、全身の気を活性化。大きく踏み込むのと同時に、超高速の拳撃が3連続で放たれた。真紅の閃光が木を揺らし、葉が舞い散る。
(お姉ちゃんも人の事言えないと思うけど…)
 心の中でツッコミを入れつつ、レビィの後を追うヒダマリ。巨大な剣を構え、大きく薙いだ。青い刀身が巨木の幹を斬り裂き、瘴気が吹き出す。
 間髪入れず、小月が巨木に急接近。地面を蹴って軽く跳躍し、振り下ろすような蹴撃を放った。強烈な一撃に、巨木の幹が陥没する。
『悪天ノ我ハ強イゾ?』
 木々の間を抜け、距離を詰める招雷鈴。瘴気を斬り裂くように電光が奔り、幹を焦がした。追撃するように、爪を鋭く振るう。爪撃が巨木を深々と抉り、瘴気が一気に吹き出した。
 小さな男の子が宙を舞い、アヤカシを攻撃する姿は色んな意味で衝撃的である。が、相棒が何をしても、カラスは口出ししない。招雷鈴の攻撃はアヤカシに効いているし、彼を信頼しているのだろう。
 敵の動きが止まった隙に、真名は一旦獣人化を解除。すかさず、紅印は再び光の粒子と化し、真名の兵装に同化した。両手の符に、燃える炎のような光が宿る。
「完成せよ、氷撃の龍! いって!」
 真名の力ある言葉に呼応し、冷気を纏った白銀の龍が出現。その口が大きく開かれ、凍て付く息が吐き出された。強烈な凍気が一気に押し寄せ、巨木を凍り付かせる。
「敵が何体居るか分かりませんが…正体を見切って、屠ると致しましょう」
 静かに両腕を振り、ジークリンデは聖なる矢を生み出した。それを連続で放ち、アヤカシを狙い撃つ。光の矢が連続で突き刺さり、巨木の氷を砕いて瘴気が溢れ出した。
 周囲に舞う瘴気を、秋桜の兵装が浄化していく。白く澄んだ気を纏った忍刀を強く握り、巨木の幹に突き刺した。梅の香りが広がる中、精霊力が瘴気を消し去る。ほんの数秒で、巨木は全て瘴気となって空気に溶けていった。


 アヤカシを倒してから数時間後。開拓者達は、山頂に立っていた。
 峠道の安全を確保するため、全員で協力して敵の気配を探索。そうやって山頂まで登ってきたが、幸いな事に瘴気の反応は無かった。霧は残っているが、自然に発生しているため害は無いだろう。
 夕日が周囲を朱く染める中、街道を下って行く開拓者達。念の為、からすとエマは帰りも索敵を行っている。
 帰路で霧の中を通ったが、幻覚は見えなかった。アヤカシを完全に撃破した事を実感し、胸を撫で下ろす開拓者達。長かった依頼も、ようやく終わりの時を迎えた。