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■オープニング本文 「あの……もう一度言って頂けませんか?」 「ですから! 『狩って』欲しいのですよ…美男美女を!!」 平和な空気を粉々にブチ壊すような、物騒極まりない一言。衝撃的な発言に、克騎の思考回路が一時的に止まった。 突然ギルドを訪れたのは、40歳前後の男性。開口一番に『美形狩り』を提案したのだが…。 「えっと……とりあえず、落ち着いて下さい。美男美女は狩るモノではありませんし、そんな物騒な事にギルドが加担するワケには…!」 克騎は焦りながらも、男性を落ち着かせるように言葉を掛けた。目の前の人物が何を考えているか分からないが、事件を起こそうとしているなら未然に防ぐべきである。 だが…男性の瞳から、嫉妬や悪意は感じられない。 「失礼ですが、アナタは『例の奇怪な事件』を御存知ですか?」 予想外の質問に、克騎は思案を巡らせた。ギルドに持ち込まれる依頼は、奇怪な事件も少なくない。心当たりが多過ぎるが…巷で噂になっている事件が1つ。 「連続失血事件なら…噂程度には知っています」 連続失血事件。 現場は毎回、森の奥の同じ場所。犠牲者は年齢や性別を問わず、失血が死因となっている。一連の事件は同じ手口のため、同心達は同一犯の事件と断定。犯人を追っているが、未だに捕まっていない。 「実はその事件…犯人はアヤカシなんです」 そう語る男性は、真剣そのもの。嘘や冗談を言っているようには見えないが…この話を信じて良いかは、別問題である。 「その話、本当ですか? 同心やギルドでも掴んでいない情報を、何故貴方が知っているんです?」 数秒の沈黙。静かな時間が、周囲の空気を支配した。 意を決したように、男性はゆっくりと口を開く。 「私の娘が…最初の事件で被害に遭ったからです」 今日一番の衝撃が、克騎を襲った。 時を遡る事、一週間。彼の娘は、恋人と散歩中に『コウモリのような羽を生やした美男美女』に遭遇。その2人に見惚れている隙に、突然襲われて気絶したらしい。 意識を失った彼女は、今朝までずっと眠り続けていた。奇跡的に目覚めた彼女は、自身が体験した事を父親に全て告白。それを聞いて、男性はギルドに駆け込んだのである。 相手がアヤカシなら、見過ごすワケにはいかない。男性の話を聞きながら、克騎は筆を走らせた。 |
■参加者一覧
空(ia1704)
33歳・男・砂
水月(ia2566)
10歳・女・吟
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
理心(ic0180)
28歳・男・陰
コリナ(ic1272)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 街道や林道に分類される道は、国を問わず数多く走っている。その大半は人で賑わい、交通の要になっている事も多い。だからこそ…アヤカシは目を付けたのだろう。道を通る人々を『餌』にするために。 しかし、そんな理不尽が許されて良いハズがない。力無き人々に代わり、アヤカシを倒すために7人の開拓者が現場に向かっていた。 「今回の依頼は、敵に狩られないように、敵を狩らなければいけませんね…楽しくなりそうです」 そう語るコリナ(ic1272)の言葉には、抑揚が少ない。表情は一切変わらないが、魔剣を握る手に力が籠っている。楽しくなりそうだと思っているのは、本当のようだ。 彼女の隣で、理心(ic0180)がワザとらしく溜息を吐いた。 「そんなに単純な話なら良いんだが、な。敵に不審な点が多い…警戒するべきだと思うがね?」 彼は人型のアヤカシに対して異常とも言えるような興味と愛情を抱いている反面、人間には興味が薄い。だからこそ、今回の事件が気になっているのだろう。 「最初の被害者が、一人だけ無事だったのは気に掛かる。何か理由があるのか、或いは単なる偶然か…」 理心を補足するように、言葉を付け加える琥龍 蒼羅(ib0214)。ギルドからの情報を分析すると、その点だけが不明瞭で納得がいかない。思案を巡らせるように、視線を下に向けた。 「自分も、同じ事を考えていた。アヤカシに満たされるって感情は…無いはずなのに、まさかな…」 不安な想いが、鞍馬 雪斗(ia5470)の胸で渦を巻く。特殊な行動原理を持つアヤカシは珍しくないが、今回はその狙いも理由も不明。思い過ごしだとしても、最悪の事態を考えてしまうのは当然かもしれない。 重苦しい空気が流れる中、不安や緊張とは無縁の男が1人。 「ケッ、単に『詰めが甘ェアヤカシ』ってだけだろ。あれこれ考えずに、斬り刻んじまえばイイ」 言葉と共に、空(ia1704)から冷たい笑みが零れる。相手が何であれ、彼は戦場で迷ったりしない。敵が何かを企んでいても、それごと全てを噛み砕くだろう。 「わ…私は難しい事とか分からないけど…血を吸うアヤカシでも、斬り捨ててやる、なのっ!」 両の拳を握り、決意を固めるエルレーン(ib7455)。若干オドオドしているが、敵に対して怯えているようには見えない。その証拠に、黒い瞳の奥には闘志が燃えている。 「敵が何を考えているか分かりませんが…今は『私達に出来る事』をしましょう? その先に、答えがあると思うの」 ほんの少しだけ笑みを浮かべながら、仲間達に声を掛ける水月(ia2566)。10歳という歳のワリには、しっかりした少女である。 最終的な理由や目的は違えど、彼女達は敵を倒すために集まった。戦闘が避けられないなら戦うしかないし、その先に7人の求める『答え』が待っている。まずはアヤカシを探すため、開拓者達は2手に別れて行動を起こした。 ● アヤカシの被害が集中しているのは、とある森の周囲。その森と、近くの街道が今回の捜索地点になっている。 街道を担当するのは、水月、雪斗、エルレーンの3人。周囲を警戒しながらも、一般人を装ってアヤカシを誘き寄せる事も忘れない。 突然、水月が仲間達の裾を軽く引っ張る。彼女が何を伝えたいのか、2人には分かったようだ。 (狭いとはいえ、油断だけは出来んね…) 雪斗は周囲を見渡し、警戒を強める。 エルレーンは意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ませた。斜め前方、脇の森から感じる、何者かの気配。それが、木の上に2つ並んでいる。 これが敵の気配なら、逃げられないようにギリギリまで接近するべきだろう。徐々に、気配と3人の距離が縮まっていく。 風が吹いて木々がザワついた瞬間、大きな影が陽光を遮った。 「鞍馬さん、エルレーンさん!」 ほぼ同時に、水月が叫ぶ。その声に反応し、全員が視線を上に向けて身構えた。 コウモリのような羽を広げ、急降下してくる2つの大きな影。人の形をした、『人非ざる存在』…アヤカシ。情報通りの美形だが、中性的な顔立ちのため、性別は分からない。 上空から不意討ちで襲ってきたが、開拓者達の方が一枚上手である。水月が素早く腕を振ると、アヤカシの周囲に『純白の仔猫型の式』が無数に出現した。 予想外の事に、敵2体が驚愕の表情を浮べる。そのまま、仔猫達はアヤカシの羽を中心に絡み付き、動きを鈍らせた。 間髪入れず、雪斗は敵に向かって拳を突き出す。闘布の奥で指輪が白い輝きを放ち、宝珠から吹雪が生み出された。それが扇型に広がり、敵2体を飲み込む。 式と冷気を喰らい、バランスを崩して無様に落下するアヤカシ達。エルレーンは兵装を握り直し、前に出て敵と対峙した。その距離は、10mも離れていない。 「お前が、このあたりの人達をおそってる吸血鬼なのっ?!」 敵から情報を聞き出すため、会話を試みるエルレーン。彼女の言葉に反応したのか、アヤカシ達はゆっくりと立ち上がった。 直後、地面を蹴って突進。言葉を返す代わりに、エルレーンと水月に向かって爪を振り下ろした。 驚きながらも、エルレーンは剣と盾を交差させて攻撃を受け止める。固い金属音が周囲に響き、軽い衝撃が両腕を駆け抜けた。 「私、ちょっと貧血ぎみなんだし…バケモノにくれてやる血なんてないんだからねっ!」 焦ったような表情で、本気とも冗談ともつかない言葉を口にするエルレーン。剣に桜色の燐光を纏わせ、一気に薙いだ。桜色の剣閃が奔り、燐光と瘴気が舞い散る。 「言葉が通じないんでしょうか? なら、遠慮なく退治するの…!」 呟きながら、軽やかなステップを踏む水月。迫り来る爪撃を紙一重で回避し、華麗に舞うような動きから反撃の拳撃を放った。 アヤカシは表情を歪めながら、再び爪を振り下ろす。が、目の前に居る水月にカスリもしない。まるで、夢や幻を相手にしているかのようだ。当の水月には、鼻歌を詠う余裕すらある。 「アヤカシに飛び回られたら、少々目障りだな。その羽、撃たせて貰おうかね…」 雪斗が指を鳴らすと、聖なる力が矢の形に収束。一瞬で、彼の頭上に2本の矢が出現した。 軽く腕を振り、雪斗はそれをアヤカシに向かって飛ばす。標的は、水月と戦闘しているアヤカシ。矢が光の軌跡を描き、敵の羽を貫通して瘴気が吹き出した。 不意討ち気味の攻撃に、アヤカシは怒りに燃える瞳を雪斗に向ける。そのまま地面を蹴って跳躍し、彼に飛び掛かった。 敵の動きに集中し、雪斗は最小限の動きで攻撃を回避。爪撃が頭髪を掠め、白銀色の糸が数本宙に舞う中、雪斗は反撃するために拳を握った。 その動きに合わせて、水月が敵の背後から距離を詰める。手には、艶やかに光る漆黒の布。一方、雪斗の手にあるのは、静かな銀色に光る闘布。 黒と銀、2色の拳撃が同時に放たれ、アヤカシの上で重なった。相乗効果で衝撃が増幅され、全身を駆け巡る。口や鼻、耳から瘴気が吹き出し、ほんの数秒でアヤカシの全身が瘴気に還った。 仲間を倒されて危険を感じたのか、残ったアヤカシが羽を広げて羽ばたく。逃げるつもりなのだろうが、そう簡単にはいかない。 「私の剣からは、逃げられないのっ! 瘴気に還れよっ、アヤカシめっ!」 叫びながら、一気に間合いを詰めるエルレーン。大きく踏み込み、燐光を纏った刃を神速で走らせた。 桜色の閃光が、アヤカシを斜めに両断。風に揺らぐ枝垂桜のような幻影が浮かび、数秒遅れて瘴気が一気に溢れ出す。逃げる暇も無く、アヤカシは瘴気となって空気に溶けていった。 「情報にあった2体は倒したけど、まだアヤカシが残ってる可能性があるの。森の中も、くまなく探さないと…」 敵を倒しても、水月に油断は無い。もっとも、それは雪斗とエルレーンも同じだが。3人は視線を合わせて頷くと、森に脚を踏み入れた。 ● 雪斗達が探索を始めたのと時を同じくして、空、蒼羅、理心、コリナの4人は森の中を調査していた。一番怪しいのは、アヤカシが人々の死体を遺棄した場所。状況を確認するため、4人はそこを訪れていた。 「死体置き場…にしては、此処に来る奴を狙わないのも疑問だな。食事場所、か?」 独特の雰囲気が漂う中、冷静に状況を分析する理心。呪本を開いて印を結ぶと、召喚された式が地面に吸い込まれるように消えていった。 その後ろでは、蒼羅とコリナが周囲に視線を向け、警戒を強めている。 空は弓を握り直し、精神を研ぎ澄ませて弦を鳴らした。その音が静かに響き渡り、共振音の差異でアヤカシの存在を探し出す。 目を閉じて音に集中していた空が、突然開眼して南側に視線を向けた。それに倣い、全員の注目が南に集まる。何も無い森の奥、木々の間から、羽を生やした人型がゆっくりと姿を現した。 「出やがッたな。肉片になるまで遊んでやらァ、ッヒヒ」 嬉しそうに、若干歪んだ笑みを浮かべる空。理心は声もなく、恍惚とした表情でアヤカシに魅入っている。 敵との距離は、約20m。その気になれば、一気に詰められる距離である。不意討ちや増援を警戒し、蒼羅は瞬間的に感覚を周囲に広げた。 「避けろ、上だ…!」 直後、力強く叫んで頭上を見上げる。急降下してくる、黒い影。迎え撃つように、蒼羅は刀を抜き放った。黒茶色の剣閃と黒い影が交錯し、鮮血と瘴気が舞い散る。 影の正体は、2体目のアヤカシ。その胸部は、蒼羅のカウンターで深々と斬り裂かれている。もっとも…彼自身も腕に浅い傷を負っているが。 地面に降り立つ事無く、2体目は再び上空に舞い上がった。開拓者達が迎撃しようとした瞬間、1体目が突撃。爪を大きく振り、4人の体勢を軽く崩した。 その影響で、ほんの一瞬だけ攻撃が遅れる。体勢を整えた時には、もう遅い。2体目は木の葉に紛れ、姿を隠していた。1体目は後方に跳び退き、開拓者達と距離を空ける。 「互いに囮と攻撃を交換し合う…アヤカシにしては、悪くない連携ですね」 予想外の連携を目の当りにしても、コリナの表情は変わらない。無表情のまま、素早く剣を抜き放った。 「敵は2体…なら、攻撃を集中させて1体ずつ仕留めるべきだな」 落ち着いて状況を分析し、兵装を握り直す蒼羅。片方を仕留めれば、連携攻撃が出来なくなり戦力は大幅に低下する。そして、1体が姿を隠している以上、攻撃目標に迷う事はない。 「細けェ事は何でもいい。てめぇら、俺の足引っ張ンじゃねぇぞ?」 言いながら、空は弓を投棄。革製の篭手を装着し、地面を蹴った。敵との距離を一気に詰め、手に精霊力を宿して突き出す。同時に篭手から仕込み刃が伸び、切先がアヤカシの腕に深々と突き刺さった。 間髪入れず、コリナは剣を構えて疾走。渾身の力を込め、全力で兵装を薙ぎ払った。黒ずんだ刀身が敵の腹部を斬り裂き、瘴気が吹き出す。 理心は敵から視線を外さず、幽霊系の式を召喚。それが呪われた声を発し、アヤカシの脳内に直接送り込まれた。強烈な一撃が敵を内部から破壊し、口から瘴気が漏れ出す。 暗紫色の瘴気を浄化しながら、空の刺突が再び放たれた。狙いは、敵の心臓。切先が皮膚を斬り裂き、白く澄んだ気が瘴気を浄化して穴を穿つ。 息も吐かせぬ連続攻撃を喰らい、敵の体が膝から崩れ落ちて地に伏した。このまま、瘴気となって消えるのは、時間の問題である。 「足取り掴まれた時点で、てめぇは終わっテんだよ」 背筋が凍るような、空の冷たい笑み。アヤカシを見下ろしながら脚を上げ…頭部を踏み付けた。同時に、アヤカシの体が瘴気となって崩れ落ちる。梅の香りが漂う中、瘴気は空気に溶けていった。 これで、残る敵は1体。隠れたフリをして逃亡した可能性もあるが、蒼羅の研ぎ澄まされた感覚がアヤカシの位置を掴んでいる。間違いなく、敵は上に居る。 「飛び回られるのは厄介だ。コリナ、右の羽は任せて良いか?」 蒼羅の言葉に、コリナが静かに頷く。それから数秒もしないうちに、木々がザワめいて黒い影が急降下。空気を切り裂きながら、爪がコリナに迫る。 それを避けようともせず、彼女は狙いを羽に定めた。敵の爪撃が自身の肩に突き刺さったが、気に留める事なく兵装を突き上げる。鋭い切先が、右羽の根本を貫通した。 「逃がしません。大人しく斬られて下さい」 静かに言い放ち、両手に力を込めて剣を振り下ろす。刀身が片羽を斬り落とし、瘴気に還した。 追撃するように、蒼羅が距離を詰める。走りながら片手で3枚の手裏剣を広げ、投げ放った。鶴声のような風切音と共に、手裏剣が背面や羽に突き刺さる。更に刀を走らせ、残った羽を斬り飛ばした。 左右の羽を失い、地面に落下するアヤカシ。その姿は、満身創痍。胸や背中の傷から瘴気が漏れ出し、今にも消えそうになっている。 「美しい顔が台無しだね。俺の血を吸って回復してみるかい? さぁ…!」 そんなアヤカシに向かって歩み寄り、両腕を広げる理心。その表情は、心底嬉しそうに微笑んでいる。 無防備に近付いて来る獲物に、遠慮する獣はいない。アヤカシはゆっくりと立ち上がり、理心の両肩を掴んだ。大きく口を開けて牙を剥き、体を引き寄せて首筋に顔を近付ける。 その牙が肌に触れた瞬間、アヤカシの動きが止まった。 「もう少しこのままで居たかったけどな…また、逢える事を願ってるよ」 微笑みながら、理心は愛おしそうに敵の頬を撫でる。もう片方の手には、禍々しい装飾の短剣。それがアヤカシの体を貫き、黒いモヤが立ち昇っている。 愛するが故に憎み、愛するが故に壊す…理心の苛烈な愛情を受けながら、アヤカシは空気に溶けるように消えていった。 ● アヤカシを倒した2つの班は、森の中で合流。7人で協力し、周囲を徹底的に探索した。アヤカシの痕跡、瘴気の反応、一般人が狙われる理由…様々な可能性を考慮し、色んな角度から調査を進めていく。 その作業は数時間にも及んだが、手掛りになるようなモノは発見されなかった。開拓者達の探索能力に問題があったワケではない。不審な行動をしていたアヤカシだったが、そこに特別な意味は無かったようだ。 「杞憂なら……それでいいか。占い師なんだから、偶の幸運だって信じるべきだよな…」 安心して胸を撫で下ろしながらも、疲労感を隠せない雪斗。誰もがヘトヘトになっているが、お陰で人々の平和は取り戻せた。これで何の心配も無く、胸を張ってギルドに報告出来るだろう。 |