不幸を撒く雨
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/03 01:14



■オープニング本文

 今年の天候を一言で表すなら、『異常』としか言えない。地域によって天気が大きく変わり、日照りや豪雨、強風や竜巻が各地で猛威を振るっていた。
 自然の力に対して、人々はあまりにも無力である。朱藩のとある村では、長雨が続いて日照不足に陥っていた。
「やれやれ…今日も雨か。そろそろ、お天道様の顔が見たいもんだなぁ…」
 蓑を着て笠をかぶった男性が、農作業をしながら愚痴を漏らす。稲穂は黄金色に育っているが、実が小さい物が多い。大根や蕪の葉は瑞々しく伸びているが、同様に小さい。水分は多いが、日照が足りていない証拠である。
 溜息を吐き、男性は視線を空に向けた。重苦しい雨雲が空一面に広がり、晴れる様子は全く無い。洪水等の水害が起きる雨量ではないが、このまま太陽が出ないのは問題だろう。
 とは言え、空を眺めていても雨は止まない。男性は苦笑いを浮かべ、作業を再開した。作物に注意しながら、慣れた手付きで雑草を引き抜いていく。
 その手の甲に、大粒の滴が落ちた。最初は気にも留めなかったが、数秒後に男性の表情が一変する。
 薄暗い天気でもハッキリと分かる、禍々しい紫色。雨が暗紫色を纏い、空から降り始めたのだ。こんな不気味な光景を目の当たりにしたら、驚かない方が無理だろう。
 手や肩、腕の水滴を払い落とすが、暗紫色の雨は次々に降ってくる。それは、気色が悪いだけではない。雨を浴びる度に、体が重くなっていく。無論、水濡れによる加重ではない。
 異変を感じ、軒先に避難する男性。走る足取りも、徐々に重くなっていく。何とか自宅まで辿り着き、戸を開けて土間に倒れ込んだ。起き上がろうとしたが、体の動きが鈍い。力が入らないワケではなく、まるで鋼鉄の服でも着ているように体が重くなっている。
 この異常を受けたのは、彼だけではない。暗紫色の雨を浴びた者は、誰もが同じ状態に陥っていた。
 村の危機を知らせるため、村一番の韋駄天青年が雨の中を駆ける。幸いな事に、暗紫色の雨は村の近辺でしか降っていない。多少の加重を感じながらも、青年はギルドへと急いだ。


■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
和奏(ia8807
17歳・男・志
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440
20歳・男・砲
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
津田とも(ic0154
15歳・女・砲
ルプス=スレイア(ic1246
14歳・女・砲


■リプレイ本文


 天から降り注ぐ、大いなる恵み…雨。水は大地を潤し、動植物の渇きを癒す。その恩恵は計り知れず、生きる上で必要不可欠な物の1つだろう。
 とは言え、『水害』という言葉が示すように、多過ぎる恵みは害となる。万が一、そこにアヤカシが加担していたら…。
「天の恵みがアヤカシの策略に利用されてしまっては、たまったものではありません…」
 雨模様の空を見上げながら、杉野 九寿重(ib3226)が言葉を漏らした。頬を打つ雨は冷たく、透明な雫が流れ落ちる。視線を前方に向けると、数メートル先では『暗紫色の雨』が不気味に降り注いでいた。
 アヤカシの瘴気に侵された、奇怪な雨…それは朱藩北東部の村でのみ確認され、一向に止む気配が無い。しかも、この雨には『生物の重量を増やす』効果を含んでいる。それが、村人達を苦しめているのだ。
「この雨…せっかく洗った洗濯物が、イヤな色になってしまいそうですね」
 ぼんやりと雨を眺め、独り呟く和奏(ia8807)。暗紫色の雨粒が当たったら、色の薄い布は色移りしそうである。だが…。
「でもさ〜、和奏ちゃん。雨の日にお洗濯する人って、居ないんじゃないかな?」
 言葉と共に、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)の青く大きな瞳が和奏を見上げる。雨で洗濯物が乾かないと知りつつ、洗って外に干す者は滅多に居ないだろう。
 ルゥミの指摘に、和奏は小首を傾げる。数秒後、納得したように頷きながら、手をポンッと叩いた。
「皆さんは、ここでお待ち下さい。雨が上がったら、突入をお願いします」
 言いながら、鈴木 透子(ia5664)は深々と頭を下げる。その先に居るのは、大勢の医療関係者。アヤカシを倒したらすぐに救助できるよう、透子がギルドに頼んで同行して貰ったのだ。彼女からの要請に、雨に注意しながら突入の準備を進めていく。
「ふむ…やはり瘴気が乱れ過ぎているようだな。指針が全く安定しない」
 からす(ia6525)は懐中時計に視線を向けながら、軽く溜息を吐いた。彼女が見ているのは、精霊の力と瘴気の流れを計測できる懐中時計。目の前で瘴気の雨が降っているせいか、計測用の針が忙しなく動いている。
「なら、雨ん中に突入するしかないか…ったく、もっと正面から堂々来いやー!」
 天を仰ぎ、アヤカシに向けて怒りの咆哮を上げるハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)。叫んでも敵が来ない事は分かっているらしく、諦めたような表情を浮べながら、溜息を漏らした。
「とにかく、天狗を捜さなくちゃ何も始まらねぇ! みんな、行こうぜ!」
 力強く叫びながら、ルオウ(ia2445)は仲間達を見渡す。『正義の味方』を目指す彼にとって、罪の無い人々を苦しめるアヤカシは絶対に許せない存在なのだろう。
「あぁ! グライダーと銃…こいつらは間違いなく、これから世界を変える。その証拠を、この戦で見せてやる!」
 言うが早いか、津田とも(ic0154)は相棒の滑空艇、九七式滑空機[は号]に飛び乗った。天儀に機械文化を広めようとしている彼女には、今回の依頼は絶好の機会なのかもしれない。
「蛇足かもしれませんが…皆様、加重効果にはご注意を。動けなくなる前に、迅速に敵を排除致しましょう」
 注意を促すように、ルプス=スレイア(ic1246)が全員に声を掛ける。暗紫色の雨は生物に効果を発揮するが、彼女は覚醒して『自我』を持つからくり。雨による加重は一切受けないだろう。
 数秒後、6機の滑空艇と2体の上級鷲獅鳥が天に舞う。開拓者と朋友が8組、バラバラの方向に飛んで行った。
 それを、地上から見送る開拓者が2人。
「ま、倒すのも大事だけどな。さて…行こうか透子。俺達の仕事をするために、さ」
 意味深な言葉を口にし、竜哉(ia8037)は相棒のアーマー、ReinSchwertに乗り込む。この状態なら、雨に濡れる事なく動き回れる。そのまま透子と視線を合わせると、竜哉は暗紫色の雨に突撃した。


「村の人達、待っててね…すぐに暴れん坊天狗をやっつけるから!」
 村を見下ろしながら、ルゥミは高度を上げていく。アヤカシの雨に備え、肌の露出は最小限に抑えている。更に衣服と肌の間に油紙を巻き、防水対策に抜かりはない。
「雨が何だ! ドンナー! 『黒い雷』の名の様に、空を駆けようぜ!!」
 ルオウの気合を込めた叫びが、周囲に響く。彼の声に呼応するように、相棒の滑空艇改、シュバルツドンナーに搭載された風宝珠が淡く輝いた。そのまま雨の中に突撃すると、空気の壁が生まれて雨粒を防ぐ。壁の継続時間は短いが、無いよりはマシだろう。
 ルゥミやルオウに続くように、他の5組も暗紫色の雨の中に侵入。大半の者は銃撃武器を持っているが、練力を纏わせて防水済みである。
 仲間達が雨の中を飛び回る中、和奏は大きな傘を差して相棒と共に急上昇。瞬く間に加速して雨雲を突き抜け、雲の上に飛び出した。
「漣李さん、ありがとうございます。さて、敵の位置を感知出来ると良いのですが…」
 陽光を浴びながら、上級鷲獅鳥の漣李に優しく語り掛ける。相棒の首筋を撫で、静かに目を閉じた。瞬間的に、和奏の感覚が周囲に広がっていく。足元に感じる、複数の気配。その中の1つが、村の中央付近の上空で圧倒的存在感を放っている。そして、そこに真っ直ぐ接近する気配が1つ。
「針が安定したと思ったら…大当たりだな」
 からすは滑空艇の舞華を駆り、アヤカシに急接近していた。濃い瘴気に反応したのか、懐中時計の針が急に安定。それが、彼女をアヤカシの居場所へと導いたのだ。巨大な体躯で宙に舞う、天狗の元に。
 敵の攻撃に注意しながら、からすは大法螺貝を取り出して吹き鳴らす。雨の中、大きな音が村全体に広がっていった。暗紫色の雨が降っているのは、直径1000m程度の円内。仲間達がどこに居ても、音は届くハズである。
 それ以前に、天狗が音に気付き、からすに急接近。彼女を射程に捉えると、手から雷の矢を放った。
 不意討ち気味の一撃が、からすの小さな体に突き刺さる。高い抵抗値が幸いしてダメージは減らせたが、鋭い痛みが全身を駆け抜けた。それでも、彼女は微塵も表情を変えない。舞華の出力を上昇させ、一気に加速。村の上空から飛び去った。
 彼女を追い、天狗は翼を広げて速度を上げて飛んでいく。それが、彼女の狙いとも知らずに。
 村の上空で戦ったら、被害が及ぶ可能性がある。それを避けるために、からすは敵を誘き出しているのだ。暗紫色の雨の範囲外で戦えるため、一石二鳥だろう。
 そして、からすを追っているアヤカシは、周囲への警戒が薄くなっている。ルゥミは相棒の滑空艇、白き死神を巧みに操り、死角から素早く敵の背後に回り込む。身の丈以上の銃に手を伸ばし、弾丸に練力を送り込んだ。
 両手を離して素早く銃を構え、上方から狙いを定めて引金を引く。銃口から衝撃と共に弾丸が放たれ、高速で飛来。圧倒的な貫通力で天狗を撃ち抜き、背面から胸に斜めの穴を穿った。
 敵が驚く暇を与えず、ルオウは斜め下方から弾丸の如く一気に急上昇。刀を最上段に構え、擦れ違い様に全力で振り下ろした。同時に雷の幻影が駆け抜け、天狗を深々と斬り裂く。
 2人の連続攻撃に、アヤカシの体勢が大きく崩れた。それでも落下する事なく、両手を広げて雷撃を放つ。2筋の雷撃が宙を奔り、ルオウを直撃。その衝撃と痛みに耐えながら、彼は滑空艇を操った。
 数秒後、からすが暗紫色の雨を突き抜ける。出た場所は、村の東側の空地。近くに人影や建物が無いため、被害を気にせずに戦えるだろう。
 次いで、ルオウとアヤカシ、ルゥミが雨を突破。更に、大法螺貝や戦闘の音を聞き付けた仲間達が、次々に集まって来る。
「火蓋は落とされた…撃てぇ!」
 ともは力強く叫び、火縄銃の引金を引いた。滑空艇の九七式滑空機[は号]で高速移動し、死角からの銃撃。弾丸が敵を背後から撃ち抜き、天狗の体に2つめの穴を穿った。
 傷口から瘴気が立ち昇る中、ハーヴェイは滑空艇で急反転を繰り返し、敵との間合いを詰める。
「雨を降らせるとか、回りくどい事しやがって…ここで撃ち落としてやるぜ」
 言いながら、弾丸に練力を収束。狙いを天狗の翼に定め、引金を引いた。破壊力を増加させた一撃が翼を射抜き、瘴気と羽が周囲に舞い散る。バランスを崩しながらも、天狗は墜落する素振りも、高度を落とす様子も無い。
「空中なので相手の手の内ですが、負ける訳にはいきませんね」
 九寿重の言葉に同意するように、相棒の上級鷲獅鳥、白虎が短く鳴いた。主の考えを理解したのか、そのまま敵の上空まで急上昇。敵の射程外まで移動して旋回すると、九寿重は下方に向けて矢を放った。鋭い弓撃が空気を切り裂き、敵の肩に突き刺さる。
 上空からの攻撃で注意が逸れている隙に、ルプスは滑空艇のケストレルを加速させ、敵の下方に潜り込んだ。
「周辺状況、及び標的を確認。排除を開始します」
 淡々と言葉を紡ぎ、魔槍砲を構えて撃ち放つ。練力を込めた銃撃は一直線に奔り、敵の背面に被弾。衝撃で全身が大きく揺れた。
 8人の開拓者に囲まれ、逃げ場を失った天狗。だが、その闘争心は消えるどころか、益々燃え上がっている。どうやら…この空中戦は、まだ終わらないようだ。


 アヤカシを倒すため、開拓者達が空中に舞い上がったのと同時刻。地上では、村人を救助するための作業が始まっていた。
 駆鎧を操る竜哉は、村中を駆け回って逃げ遅れた住人を捜している。透子は近くの小屋に駆け寄り、戸板を外した。村の外、暗紫色の雨の範囲外に小屋があったのは、不幸中の幸いである。
 彼女の動きを真似し、相棒のからくり、天邪雑鬼が壁板をバリバリと剥がし始めた。
「天邪雑鬼…『めっ』。遊ばない。水と薪、それから食べ物を何度も運びます」
 相棒を軽く叱咤し、これからの行動を説明する透子。彼女の言葉を、天邪雑鬼は何度も頷きながら聞いている。
『天邪雑鬼…運びます』
 子供の姿をしている天邪雑鬼は、精神年齢も幼い。単語を片言で話し、透子の言葉を真似し、満足しているようだ。
 それでも自分のやるべき事は理解しているのか、透子が言った荷物を素早く背負う。2人は視線を合わせて微笑むと、戸板を傘代わりにして村に踏み込んだ。
 一足先に行動した竜哉は、屋外で倒れている村人をReinSchwertで手当たり次第に運んでいく。が、ReinSchwertを見て怯える者も少なくない。中には、重い体を引きずって逃げる者すら居る。
「心配するな、俺は敵じゃない。詳しい説明は後でする。今は、大人しくしていてくれ…頼む」
 アーマーのまま片膝を付き、必死に訴える竜哉。その真摯な言動を目の当りにしたら、怖れや疑いも消えていく。村人が純白の巨人に身を委ねると、竜哉はアーマーを操って軒下へと急いだ。
「もう大丈夫ですよ。これで温かい物でも召し上がって下さい」
 法螺貝の音が響く中、透子達は家々を回って村人達に物資を渡している。突然過ぎるアヤカシの攻撃に、精神的なダメージを受けている者は多い。彼等を癒すように、声を掛けて励ました。
 住人の体調に合わせ、怪我の治療や食事の準備も忘れない。そのために、薪や食材を運んで来たのだ。
 天邪雑鬼も治療を手伝おうとしたが、包帯でグルグル巻きになって転んでいたりする。その可愛らしい姿に、住人から笑みが零れた。
 住人を避難させた竜哉は、動ける者や被害者の家族と協力し、雨に濡れた衣服を着替えさせる。これで体温の低下は防げるが、着替えても加重効果が消えるワケではない。体を休めながらも、苦悶の表情を浮べている。
 苦しむ一般人を目の当りにし、竜哉は拳を握りながら奥歯を噛み締めた。何も出来ない自分に怒りが込み上げ、村人達の姿に心を痛めているのだろう。数秒後、竜哉は覚悟を決め、横になっている村人の上半身を起こした。
「少々痛いが、我慢してくれ。もしかしたら、あなたを救えるかもしれない…!」
 その言葉に、村人が静かに頷く。竜哉はゆっくりと深呼吸を繰り返し、自身の手の平に精霊力を宿らせた。
 直後。『パチン』という炸裂音が室内に響く。苦しむ住人に対し、竜哉は平手で頬を打ったのだ。驚くよりも早く、住人の全身から塩が流れ出す。
 竜哉が放ったのは、瘴気を浄化して塩にする技。アヤカシの瘴気が加重効果を生み出しているなら、瘴気を祓う事でそれを無効化出来ると考えたのだ。平手を打ったのは『ダメージと共に浄化が発動する』ためである。無論、手加減は忘れていない。
 多少の痛みは伴ったものの、加重から解放された事に礼を述べる住人。竜哉は次の被害者を浄化するため、再びReinSchwertに乗って飛び出した。


 虚空を奔る雷光に、大気を震わせる銃声の数々。矢と斬撃が空気を切る中、開拓者とアヤカシの戦闘は激しさを増していた。
 開拓者達は互いに連携し、天狗を翻弄しながら攻撃を重ねていく。機動力の高さは充分な武器になるが、今回ばかりは相手が悪い。天狗の雷撃は、絶対命中の効果を持っているからだ。放たれたら最後、回避する事は出来ない。
 アヤカシはヤツデの葉のような扇を大きく振り、雷を撃ち出した。急加速や高速反転で射線から逃げても、獲物を狙う蛇のように喰らい付いてくる。雷の矢が2本、ハーヴェイを直撃して衝撃が全身を駆け抜けた。
「この程度の雷、気合で何とかしてやるさ…!」
 反撃するように、ハーヴェイは素早く漆黒の銃身を構える。弾丸に練力を集め、狙いを定めて引金を引いた。銃撃は雨粒を弾きながら高速で飛来し、烏が餌を狙うように敵を貫通。肩口に穴が穿たれ、瘴気が溢れ出した。
 天狗の注意が上方のハーヴェイに向いた瞬間、下方から砲火が連続で急接近。気付いた時には、もう遅い。防御も回避も間に合わず、強烈な砲撃がアヤカシを直撃した。
「私の『前の主人』もそうでしたが…お高く留まっている方は、往々にして足元を見ないもので」
 皮肉を込めた、ルプスの言葉。過去に何があったのかは分からないが、彼女の主は尊大な態度の人物だったのだろう。
「は号、全力だ! ここで一気に右折して後ろに回りやがれ!」
 叫びながら、ともは滑空艇の舵を取った。素早い機動から機体を捻り、敵の後方から一気に間合いを詰める。
 その動きに合わせて、ルゥミは上空から狙いを定めた。
「ヨソ見してると危ないよ! 撃って撃って撃ちまくっちゃうからね!」
 雪のように白い滑空艇を安定させ、引金を引くルゥミ。練力を纏った弾丸が衝撃を伴い、垂直に撃ち下ろされた。
 ともは銃を水平に構え、銃撃を放つ。火薬の爆発音が龍の咆哮のように響き、大気を震わせた。
 2人の火線がアヤカシの上で交差し、全身に無数の穴を穿つ。息も吐かせぬ射撃でダメージが一気に増加したのか、天狗の高度が徐々に下がっていく。
「今が千載一遇の好機です。ルオウ、和奏様、一気呵成にいきましょう…!」
 言いながら、九寿重は弓に矢を番えた。その先端に精霊力が集まり、紅い燐光を纏っていく。
「そうですね…アヤカシさんは1体だけですし、そろそろ決着をつけます」
「『イッキカセー』とは良く分かんねぇけど、俺に任せとけ!」
 2人の返事を聞き、九寿重は少しだけ笑みを浮かべた。そのまま弦を素早く引き、一気に射ち放つ。矢は紅い軌道を残しながら、アヤカシに飛来。命中と同時に、燐光が紅葉のように散り乱れた。
 追撃するように、ルオウと和奏は呼吸を合わせて一気に降下。ジルベリアの言葉で、シュバルツは『黒』、ドンナーは『雷』を意味する。その名の如く、ルオウが相棒を駆る姿は黒い雷のように見える。
 一方の和奏は、白い疾風。相棒の漣李は白い毛色で、風を切るように速い。黒と白、相反する2つがアヤカシに急接近していく。
 ルオウは刀を抜き、素早く上段に構えた。和奏も太刀を振り上げると、刀身に白い光が集まる。擦れ違い様に、2人は兵装を振り下ろした。
 和奏の斬撃は神速を超え、アヤカシを深々と斬り裂く。その速さと鋭さは反応する暇を与えず、傷口から敵の瘴気を浄化した。
 一瞬遅れて、ルオウの斬撃が直撃。袈裟斬りに振り下ろされた一撃が天狗の翼を捉え、左右纏めて斬り落とし、瘴気と化す。
 周囲に瘴気が舞い散る中、からすは天狗の落下地点を予測して先回り。素早く矢を番えて天を仰ぎ、敵に狙い射つ。
「貴公の知らぬ景色を見せてやろう…!」
 からすの言葉は、女性の悲鳴に掻き消された。矢を放った瞬間、スキルの効果で甲高い音が周囲に響く。更に、矢に封じ込められた『音』が命中と共に大音量で流れ込み、天狗の体を内部から破壊していく。
 追撃の2射目を放とうとしたが、それより早くアヤカシが崩壊。全身が瘴気と化し、空気に溶けるように消えていった。


 アヤカシを倒した事により、周辺の瘴気は消滅。暗紫色の雨が普通の色に変わり、雨が上がって太陽が顔を覗かせた。
 それを待っていたかのように、待機していた医療班が村の中に突入。透子と竜哉も合流し、怪我人や病人を搬送していく。
 加重から解放され、互いの無事を喜ぶ村人達。だが…喜んでばかりもいられない。雨の影響は家畜にも効果があり、倒れたり暴れた跡が残っている。これを直すには、相当な労力が必要だろう。
 そこに、アヤカシを倒した開拓者達が合流。ルオウや和奏、九寿重が手伝いを申し出て、村の復興を進めていく。からすは愛用のお茶を淹れ、全員に振る舞った。ようやく一息つき、村人達から笑顔が零れる。
 村の周囲で木々を拾い、薪を集めるルゥミ。これでお風呂を沸かし、みんなで入るつもりなのだ。一部の若者男性が歓喜の声を上げたが、村人達によって身柄を拘束。結局、ルゥミと老人達だけが入浴する事になった。
 浴室から漏れる、楽しそうな声。拘束された男性達は、遠くからそれを聞きながら血の涙を流している。
 彼等の隣で、相棒の体を洗う和奏。漣李の汚れを綺麗に洗い流し、優しく頭を撫でた。
 空が茜色に染まる頃、全ての作業がようやく終わる。アヤカシの被害を受けた者は多いが、命の危険に晒された者は誰も居ない。村人達の感謝の言葉を浴びながら、開拓者達は笑顔で村を後にした。