悲劇を生むモノ
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/19 19:49



■オープニング本文

「あの…夫と息子の仇を取って貰えませんか?」
 残暑が厳しいある日、ギルドを訪れた女性は開口一番にそう言った。か細く、消え入りそうな声だったが、間違いない。
 どんな事情があっても、仇討ちとして人命を奪うのは禁じられている。裏社会なら話は別だが、ギルドに依頼しても受け付けられない事の方が多い。それを承知で来たという事は…。
「アヤカシ絡み…ですか?」
 珍しく窓口に居た克騎の言葉に、女性が静かに頷く。仇討ちとアヤカシ…どちらも、人前で話すには好ましくない話題だろう。克騎は女性を促し、奥の小部屋に移動した。
「では、依頼内容を詳しくお聞きしたいのですが…よろしいでしょうか?」
「はい……」
 返事をした直後、女性が悲痛な表情に変わった。思い出すのが苦しく、口に出して話すのが辛いのかもしれない。それでも、彼女はゆっくりと口を開いた。

 事件が起きたのは、一ヶ月前。依頼人の美命(ミコト)、夫のガイ、息子の真護(マモル)…彼女達は、買い物の帰りだった。夕暮れ近い中を、手を繋いで歩く3人…平凡ながらも、幸せな時間である。
 そんな3人の前に現れたのは、漆黒の鎧兜を着た人物。胸には獅子の細工が施してあり、兜から朱色の飾り髪が長く垂れ下がっている。顔は面で覆われているため、表情は全く分からないが。
「おとうさん…」
 怯えた様子で、ガイの後ろに隠れる真護。鎧武者の威圧感と異様な雰囲気は、子供には刺激が強過ぎるのだろう。怖がるのは当然かもしれない。
 ガイは微笑みながら片膝を付き、真護の頭に手を伸ばした。
「大丈夫だ、真護。俺と母さんが一緒なら、怖い事なんて無いだろ?」
 優しく語り掛けながら、そっと頭を撫でる。ガイに励まされ、真護は少しだけ微笑んで見せた。
 直後。
 真護とガイの首が胴体から離れ、地面に転がる。吹き出す鮮血に、崩れ落ちる死体。突然過ぎる惨劇に、美命は返り血を浴びながら悲鳴を上げた。
 それを遮るように、鎧武者が彼女の腹部に刀を突き刺す。熱いような痛みが全身を駆け抜け、美命の意識は闇に吸い込まれるように途切れた。
 次に彼女が目を覚ましたのは、惨劇から一ヶ月後。担当医師の話では、意識が戻ったのは奇跡的な事らしい。その代わり……彼女は全てを失ってしまった。愛する家族も、幸せな暮らしも。

「そう、だったのですか……心中お察し致します」
 こんな言葉が気休めにもならないのは、克騎も分かっている。だが、それ以外に何と言えば良いのか…彼には思い付かなかった。
「お気遣い、ありがとうございます。何で私だけ助かったのかは分かりませんが…生きているうちに、夫と息子の仇を取りたいんです……!」
 絞り出すような、悲痛な叫び。言葉と共に、美命の頬を大粒の涙が流れた。いきなり事件に巻き込まれ、最愛の者を理不尽に奪われた…その悲しみは、計り知れないだろう。
「あの、こんな事を聞いて良いのか分かりませんが……今回の事件にアヤカシが係わっていると思ったのは、何故ですか?」
 話を聞く限り、鎧武者がアヤカシなのか、殺人狂の人間なのか、確証は無い。それでも、彼女は『アヤカシ絡みの事件』と断言している。克騎の質問に、美命は立ち上がって上着を捲った。
 露になった腹部のヘソの横辺りに、事件で付けられた傷痕が残っている。問題は、その傷口から『蛇のようなアザ』が伸びている、という事。刺青の類ではなく、暗紫色の蛇がハッキリと浮かび上がっている。
「この蛇が何を意味するのか分かりませんが…最初は小さなアザだったそうです。それなのに…私が眠ってる間に、どんどん大きくなったみたいで…」
 成長する蛇型のアザ…確かに、何を意味しているかは分からない。だが、こんな事が出来るのはアヤカシだけだろう。
「…分かりました。今回の件、アヤカシの事件として依頼書を作成します」
 言いながら、克騎は紙に筆を走らせた。その胸に、不安が渦を巻く。彼は『ある事』に気付いたが、美命には言えなかった。
(あの蛇、心臓に向かっているように見えました。まさか…最終的には、心臓を喰い尽くすのかも…)


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
シルフィリア・オーク(ib0350
32歳・女・騎
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
帚木 黒初(ic0064
21歳・男・志
リズレット(ic0804
16歳・女・砲


■リプレイ本文


 武天のとある街にある、小さな一軒家。どこにでもある一般的な家であり、住んでいるのも普通の家族である。1組の夫婦と、幼い息子…小さな幸せが、そこにはあった。
 が…人の営みは、いとも簡単に崩れ去る。アヤカシという、人智を超えた異形の手によって。
「ご協力、感謝致します。あなたのご無念…必ず晴らして差し上げますわ」
 感謝の言葉と共に、ローゼリア(ib5674)は悲痛な表情を浮べた。彼女の目の前に居るのは、アヤカシの被害に遭ってしまった女性…美命。夫と息子を同時に失い、自身も重傷を負って長い間昏睡状態にあったらしい。
 目覚めた彼女は、アヤカシの退治と家族の仇討ちを依頼。それを受けた開拓者が数人、襲われた状況やアヤカシの特徴を聞くために美命の家を訪れていた。
 とは言え、情報収集は建前である。本当の目的は、美命の見舞い。誰もが彼女の境遇に心を痛め、様子が気になっているようだ。
 それに、開拓者達が美命を心配する理由が、もう1つ。彼女の腹部には、アヤカシの『落し物』が残っている。暗紫色の、ヘビのようなアザ…それは傷口から伸び、心臓を目指して成長しているのだ。
(家族を瞬時に奪い…そして、絶望と恐怖を味あわせた後に美命さんの命まで奪おうというのですか…)
 常に冷静で感情を出す事の少ないKyrie(ib5916)が、険しい表情を浮べながら拳を握る。アヤカシに対する怒りや悲しみ…激しい感情が渦を巻き、抑えきれなくなっているのだろう。
(どうして、幸せは長続きしないの? ただ普通に、愛する家族と共にありたいと願うだけなのに…)
 自問するフェンリエッタ(ib0018)も、悲しみに沈んでいた。人々の平和と幸福を願う彼女にとって、今回の事件は耐え難い事だろう。緑色の瞳には、深い悲しみが宿っている。
「美命様は、お強い方です、ね……大切な家族を目の前で失い、心の痛みも相当の筈…それなのに…折れてなんて、いない…」
 尊敬と悲しみが入り混じった、リズレット(ic0804)の言葉。美命の境遇に自分を重ねると、悲しみが次々に湧いてくる。それを乗り越えている美命を『強い』と感じるのは、当然の事かもしれない。
「そんな事ないですよ。ただ……ここで私が泣いて叫んだら、ガイと真護に笑われそうですから」
 言いながら、微笑んでみせる美命。儚く、消え入りそうな笑顔。その悲しい表情は、開拓者達の胸に深く突き刺さった。
「人の幸せを壊すアヤカシ…許せない! この指輪に誓って、絶対倒してみせるからねっ!」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)は指を取り出し、美命に握らせた。励ましの言葉だけではなく、形ある物を残せば勇気や希望に繋がる。彼女の指輪と誓いは、美命の支えになるだろう。


 美命から話を聞いた数時間後。武天北部の街道に、開拓者達の姿があった。美命から話を聞いた5人に、他の場所で情報収集していた5人が合流。10人で街道を北上していく。
 ここは美命が襲われた場所であり、同様の事件が多発している場所でもある。アヤカシが出るとしたら、間違いなくココだろう。
「なんとも痛ましい事件よな…アヤカシは必ず討ち果たそう」
 事件の顛末を再確認し、静かに闘志を燃やす北条氏祗(ia0573)。理不尽に奪われた命に、崩れ去った幸せ…被害に遭ったのが自分と無関係の人間でも、アヤカシの所業は許される事ではない。
「相手も馬鹿じゃなければ、あたい達が近付くまで待ってないだろうね。壁役としては、気を引き締めてかないと…」
 自分に言い聞かせつつ、仲間達に注意を促すように、シルフィリア・オーク(ib0350)が口を開いた。見通しの良い街道なら、罠や不意討ちの可能性は充分にある。用心するに越したことはないだろう。
 だが……それは『人間の思考』で分析した場合の事である。突然、開拓者達の遥か前方に瘴気が収束して具現化。ほんの数秒で、漆黒の鎧武者が姿を現した。
「正面から堂々と…ですか。腕に自信があるのか、何も考えていないのか分かりませんが、その度胸だけは見事です」
 杉野 九寿重(ib3226)は少しだけ皮肉の混ざった言葉を口にしながら、刀に手を伸ばす。敵との距離は、約50m。迂闊に突撃したら、遠距離から狙い撃ちにされそうだ。
「得物は刀で、胸に獅子か…金色の金槌を持った奴とか、胸に虎や龍が付いた奴も居そうだが、杞憂かな?」
 敵を観察しながら、不敵な笑みを浮かべる羅喉丸(ia0347)。アヤカシの姿は天儀の鎧兜に似ているが、胴に獅子の頭部が付いた鎧など存在しない。こんな風変りな鎧武者が居るなら、どんな姿のアヤカシが存在しても不思議ではないだろう。
「はてさて、この度はまた…随分仰々しいのがお相手ですね。これは骨が折れそうです…」
 飄々と語りながら、帚木 黒初(ic0064)は苦笑いを浮かべた。敵の実力は未知数だが、外見は立派過ぎて強そうに見える。その威圧感と存在感から察するに、物の例えではなく、本当に骨折するかもしれないが。
「急ぎましょう。美命様を救い、これ以上被害者が増えないように…」
 静かに言い放ち、リズレットは兵装に手を伸ばす。ほぼ同時に、アヤカシは両腕を胸の前で交差し、左右に大きく広げた。直後、獅子の口から『純白の獅子』が3体生み出され、街道を駆ける。
 咄嗟に、フェンリエッタ、九寿重、黒初の3人は路面を蹴って疾走。獅子達の注意を引くように正面に移動し、兵装を抜き放った。そんな3人に、敵が容赦無く飛び掛かる。
「露払いは任せて頂きましょうか。皆さんは、鎧の相手をお願いします…!」
 叫びながら、黒初は太刀で獅子の爪を払った。攻撃の勢いを削ぎ、素早く手首を返して兵装を盾代わりに構える。爪撃を完全に受け止め、衝撃を大幅に軽減した。
 フェンリエッタは特殊な歩方で敵の空振りを誘い、九寿重は攻撃の気配を見切って爪撃を回避。爪の先端が掠ったのか、2人の頬に赤い線が描かれた。そんな事は一切気にせず、兵装を構えて敵と対峙する。
「ありがとう、帚木さん。いくぞ、みんな!」
 羅喉丸の声に応えるように、氏祗とシルフィリアが静かに頷いた。狙うは鎧武者のアヤカシ。分身体の獅子は、眼中にない。
「我こそは北条氏祗! アヤカシめ…首を洗って待っておれ!」
 大気を震わせるような、氏祗の叫び。彼の声が周囲に響く中、3人は風の如く全力で疾走した。
 急速に接近して来る開拓者達に、獅子が注意を向ける。鎧武者を守るため、氏祗達の妨害をするつもりなのだろう。
 敵が動くより早く、鋭い銃撃が獅子の動きを牽制するように放たれた。
「アヤカシの何と憎らしい事…恨みをぶつける痕跡すらも残さないのですから」
 悲しそうに呟いたローゼリアの言葉と共に、敵の脚から瘴気が立ち昇る。アヤカシは瘴気から生まれた、不浄の存在。倒せば瘴気に還り、骸も痕跡も消えてしまう。残るのは……アヤカシが引き起こした『不幸』だけである。
 銃撃で敵の動きが止まった隙に、シルフィリア達は獅子を素通りした。追撃を防ぐため、九寿重は疾走する3人と獅子の間に移動する。
「修業の身ですが…青龍・九寿重、お相手します」
 穏やかだが、力強い九寿重の声。青龍は彼女の渾名だが、自身でも気に入っているのかもしれない。言葉と共に、青い瞳が鋭さを増していく。
「フォッグコーティング! 初級アヤカシ如きには、感知出来ないでしょ♪」
 元気良く叫びながら、リィムナは霧の精霊を身に纏った。それが全身を覆い、存在感を急速に消していく。獅子からは、彼女の姿が消えたように見えているだろう。
 その状態で、リィムナはフルートを吹き鳴らした。激しい演奏が周囲に広がり、音色が精霊に干渉して力を引き出す。それが獅子3体の体内にダメージを与え、口や鼻から瘴気が吹き出した。
 演奏が響く中、鎧武者は右腕を突き上げた。拳を握ると瘴気が集まり、高速で回転していく。恐らく、疾走してくる3人を迎撃するつもりだろう。
 その瘴気が撃ち出されるより早く、リズレットは虚空に向けて銃撃を放った。撃ち出された銃弾は空中で大きく弧を描き、鎧武者の腕を貫通。衝撃で瘴気が四散し、空気に溶けていった。
「よそ見は駄目ですよ? 私の銃弾は、死角からあなたを射抜きます…!」
 銀色の双眸が、鎧武者を射抜く。獅子を生み出した時は反応が間に合わなかったが、今度は違う。仲間を援護するため、リズレットは敵の動きに集中していたのだ。
「我が呪詛にて疾く滅びよ、外道!」
 間髪入れず、Kyrieが裂帛の叫びを上げる。手にした黒水晶の骸骨に練力を込めると、『何か』が召喚されて鎧武者に襲い掛かった。姿も音も聞こえないが、鎧の隙間から瘴気が吹き出す。それは、Kyrieの式が敵を攻撃した証拠だろう。
 舞い散る瘴気を振り払うように、羅喉丸は疾走から更に加速。気の流れを制御し、一瞬で鎧武者の背後に回り込んだ。
「捉えたぞ、アヤカシ。悪いが、最初から全力でいかせて貰う…!」
 路面を強く踏み締め、硬く握った拳を突き出す。素早い拳撃が背面を直撃し、敵の体が大きく揺らいだ。
 それでも無理矢理体勢を整え、刀を抜きながら半回転。斬撃が空を斬りながら、羅喉丸に迫る。
 その一撃が届くより早く、シルフィリアが間に割り込んだ。オーラを纏った盾を構えて刀を受け止めると、火花と共に硬い金属音が周囲に広がった。
「あんたの相手は、あたいだよ」
 不敵な笑みを浮かべ、シルフィリアは刀を弾き返す。彼女は仲間を守るため、壁役に徹するつもりで今回の依頼に参加している。その堅牢な守りを破るのは、一筋縄ではいかないだろう。
「ほらほら、どこ見てるの? あたしはココだよっ♪」
 楽しそうな声に次いで、激しいフルートの音色が周囲に響く。リィムナは特殊な走法で動き回り、敵を撹乱しながら攻撃を繰り返していた。コッソリと鎧武者の方向に移動し、今度はアヤカシ4体を巻き込んで攻撃している。
 瘴気を吹き出しながらも、獅子は雄叫びを上げて九寿重に突撃。獲物を狙うように鋭い牙を剥き、路面を蹴って跳び掛かった。
 迫り来る獅子を前に、九寿重は目を閉じて意識を研ぎ澄ませる。どんなに素早い攻撃でも、敵の気配を感じ取れば回避は難しくない。気の流れを見切って最小限の動きで身を翻すと、獅子の攻撃は空を切った。
「いかに鋭い爪牙であろうとも、命中しなければ飾りと変わりませんね…」
 挑発的な九寿重の言葉に、着地した獅子が素早く体勢を整える。再び飛び掛かろうとした瞬間、横合いから強烈な空気の塊が飛来した。圧倒的な衝撃な全身を打ち付け、バランスが崩れて獅子が横たわる。
「九寿重、今ですの!」
 空撃を放ったローゼリアが、九寿重に呼び掛ける。その声に反応し、九寿重は目を開いて兵装に精霊力を纏わせた。巨大な太刀を振り上げ、全力で振り下ろす。枝垂桜のような燐光が舞い散る中、切先が獅子を両断。その全身が瘴気と化し、燐光と共に散り乱れた。
 ローゼリアと九寿重は軽く視線を合わせ、微笑む。友人をサポートするために銃撃したローゼリアに、その期待に応えた九寿重。互いを想う2人の連携が、アヤカシを打ち破ったのだ。
 彼女の隣では、フェンリエッタが敵の隙を伺うように回避を繰り返す。獅子が方向転換して速度が緩んだ瞬間、フェンリエッタは精霊の力を兵装に集めた。
「アヤカシもこれ以上の悲劇も、ここで断つ…必ず!」
 叫びながら太刀を強く握り、鋭く振るう。雷電と化した精霊力が刃の形になって奔り、4枚の刃が閃光を伴って放たれた。雷刃が乱れ舞い、獅子の頭部に殺到する。それが獅子を斬り裂いて焦がし、最後の一刃が首を斬り落とすと、全身が瘴気と化して弾け飛んだ。
「残る獅子は1匹…少々、本気を出してみましょうか」
 防戦に全力を尽くしていた黒初が、攻撃に打って出る。刀に紅い燐光を纏わせ、鋭く振り抜いた。斬撃が獅子を斬り裂き、瘴気が吹き出す。そこから大きく踏み込み、追撃の2発目。振り下ろすような斬撃が獅子を捉えたが、止めを刺すには至らなかったようだ。
「少々出遅れたが、拙者がやる事は変わらん!」
 間合いを詰めた氏祗が、気の流れを両腕に集める。体勢を低くして踏み込み、右手の霊剣を下から斬り上げた。鎧武者は刀を構えて防御を固めたが、強烈な斬撃がそれを弾き飛ばす。
 間髪入れずに左の霊剣を薙ぎ払いながら、一撃目の刃を返して垂直に振り下ろした。2つの斬撃が交差し、十字の衝撃が鎧武者に打ち付ける。氏祗は素早く兵装を構え直し、次の動きに備えた。
 直後、周囲に甲高い悲鳴が響く。開拓者の数人が視線を向けると、そこには一般人らしき女性の姿があった。彼女が何故ここに来たのか分からないが、ハッキリとしている事が1つ。
「来てはいけません! 遠くへ避難して下さい、早く!」
 大声で叫び、Kyrieが避難を促す。一般人が居るのは、鎧武者の北側。下手をすれば、戦闘に巻き込まれる可能性がある。敵の注意を引くため、Kyrieは連続で式を召喚した。高位の怨霊が呪いの力を発揮し、鎧武者の全身を駆け巡る。
 更に、リズレットはKyrieを援護するように銃撃を連続で放った。真っ直ぐな軌道が急角度に曲がり、鎧武者の両脚を撃ち抜く。2人の攻撃で状況を理解したのか、一般人女性は一目散に駆け出した。
「獅子も鎧武者も、瘴気になれぇぇぇぇぇ!」
 女性の安全を確保するため、リィムナが演奏で精霊を揺り動かす。荒ぶる力が敵を内側から破壊し、更なるダメージを与えた。
 獅子に蓄積したダメージが限界に達したのか、体が崩れ始める。それでも、敵の目はまだ死んでいない。最後の力を振り絞るように路面を蹴り、黒初に飛び掛かった。
 予想外の襲撃に、黒初の動きが一瞬だけ止まる。が、開拓者としての本能が体を動かし、刀を突き出した。切先が吸い込まれるように、獅子の眉間に突き刺さっていく。刀の鍔が敵の額に触れた瞬間、その全身が瘴気となって空気に溶けていった。
「往生際の悪い獅子でしたね。尤も…無駄な足掻きでは、なかったようですが…」
 言葉が終わるや否や、黒初の体が崩れ落ち、膝を付く。苦痛に歪んだ表情に、脇腹からにじみ出る鮮血…獅子の最後の攻撃は、彼の体に届いていたようだ。出血量から察するに、重傷ではないが軽傷とは言えない。
 黒初が獅子を倒したのと同じタイミングで、羅喉丸と氏祗は鎧武者に攻撃を仕掛けていた。
「出来るか出来ないか、そんな事は関係ない。どんな強敵であろうとも、倒すしかない…!」
 羅喉丸は練力を全身に纏い、体を覚醒状態にして高速の3連撃を放つ。並の人間には反応出来ない速度だが、鎧武者はギリギリで拳撃に反応。2発は直撃したが、3撃目は刀で受け止めた。
 間髪入れず、氏祗は両手の霊剣で連続攻撃を放つ。先刻は直撃したが、今度は違う。刀で強引に斬撃の軌道をズラし、ダメージを軽減した。
「耐久力も防御も硬いか…だが、いつまで耐えきれるかな?」
 不敵な笑みを浮かべ、氏祗は双剣を構え直す。敵の動きに集中し、攻撃するタイミングを見計らっているようだ。それは、羅喉丸も同じである。
 緊迫した空気を打ち破るように、鎧武者は刀を薙いだ。反射的に、羅喉丸と氏祗は後方に跳び退き、入れ代るようにシルフィリアが距離を詰める。盾にオーラを纏わせて剣と交差させ、防御を固めて敵の斬撃を受け止めた。
 攻撃が失敗し、無防備な姿を晒す鎧武者。その隙を突くように、羅喉丸と氏祗は左右に移動して同時に攻撃を放った。
 次の瞬間、鎧武者は刀を離して両腕を左右に向ける。驚愕する間も無く、瘴気が渦を巻きながら一瞬で集まって高速回転。そのまま、2人に向かって撃ち出された。
 羅喉丸の拳が敵の脇腹に命中し、氏祗の剣が兜に突き刺さったが、高速回転する瘴気が2人の腹部に直撃。その衝撃で、後方に大きく吹き飛ばされた。
「氏祗! 羅喉丸!」
 シルフィリアの悲痛な叫びが、周囲に響く。2人は路面に叩き付けられ、地面を転がった。数メートル飛ばされた所で回転が止まり、氏祗と羅喉丸は何とか体を起こす。が、予想以上にダメージが大きいのか、体が巧く動かない。
「ローザ様ッ!」
「ええ! いきますわよ!」
 リズレットとローゼリアは声を掛け合い、銃を構えた。鎧武者に狙いを定め、銃弾の雨を降らせる。仲間への追撃を防ぐため、敵の足止めをするのが目的なのだろう。
「ちっ…まさか、敵が捨て身の反撃をしてくるなんて…!」
「後悔は後よ! シルフィリアさん、少しだけお願い!」
 舌打ちするシルフィリアに、フェンリエッタが声を掛ける。その一言で全てを理解したのか、シルフィリアは鎧武者の足止めをするように斬撃を放った。壁役を志願した彼女にとって、目の前で仲間が傷付いた事は耐え難い屈辱だろう。
 鎧武者をシルフィリアに任せ、フェンリエッタは自身の髪飾りに軽く触れた。大きく息を吸い、歌声を響かせる。周囲に薄緑色の燐光が舞う中、彼女の歌声が精霊に感応し、開拓者達に祝福を与えた。治癒の力が発動し、全員の負傷を癒していく。
 フェンリエッタの狙いを理解した九寿重は、鎧武者との間合いを詰めて斬り掛かった。
「加勢致します、シルフィリア様。若輩ですが、足手纏いにはなりません」
 攻撃しながらも位置を調節し、背中で羅喉丸を守る。シルフィリアも若干移動し、氏祗と敵の間に体を割り入れた。
 鎧武者に追撃するため、Kyrieは再び水晶髑髏に練力を込める。が、大技を連発したせいか、彼の練力は半分以下になっていた。
(練力の残量が心許ないですね…尽きる前に、回復しておきますか)
 練力が枯渇する前に、Kyrieは地面に手を振れる。そのまま特殊な真言を唱えると、周辺の瘴気が一点に収束。集まった瘴気を練力に変換し、消費した分を回復していく。
 開拓者10人の視線は、鎧武者を捉えていた。奴を倒せば、1つの悲劇が終わる…『勝利』という結末は、すぐそこまで迫っていた。
「フェンリエッタさん、ありがとうございます。さてさて…私も少しは働きますかねぇ」
 礼を述べながら、黒初がゆっくりと立ち上がる。負傷は完治し、出血も止まっている。刀をゆっくりと掲げると、夕陽のような淡い光が放たれた。光に精霊の力を乗せ、敵の気脈を乱して攻撃能力を引き下げる。
 それに気付かず、鎧武者は斬撃を放った。先刻に比べ、その太刀筋は遅くなっている。シルフィリアは盾で攻撃を受け止めると、渾身の力を込めて弾き飛ばした。
「最後くらい、一発キメさせて貰うよ!」
 叫びながら大きく踏み込み、長剣で斬り上げる。太陽の色をした刀身が、柄の宝玉と相まって太陽のように輝く。黒初の放った光が夕陽のように周囲を染める中、『2つめの太陽』が昇って敵を斬り裂いた。
 追撃するように、黒初が路面を蹴って距離を詰める。兵装に紅い精霊力を纏わせ、一気に薙ぎ払った。シルフィリアの太陽が輝く下、燐光が散り乱れて紅葉のように舞い散る。
 幻想的な光景が消えていく中、リズレットとローゼリアは再び銃を構えた。
「ローザ様と一緒なら、怖いものなんてありません…っ!」
「吼え猛りなさい、魔弾! その名の威を示しなさい!」
 言葉を交わさなくても、2人の連携はバッチリである。ローゼリアは弾丸に練力と気力を込め、銃撃を放った。ほぼ同時に、リズレットの弾丸が空を切る。
 2つの銃撃は並走するように飛んでいたが、リズレットの弾丸が敵の目前で大きく曲がった。それが鎧武者の注意を引き、ローゼリアの弾丸が右肩に直撃。練力と気力が驚異的な破壊力を生み出し、肩と腕を撃ち砕いた。破片が宙に舞い、瘴気と化して消えていく。
 銃撃に注意が向いている隙に、九寿重は敵の死角に回り込んだ。
「目録【卯生】、行きます!」
 目録とは、剣術に於いて継承すべき『型』や『技』を差す言葉でもある。裂帛の気合を込め、九寿重は太刀に精霊力を纏わせた。大きく踏み込み、下段から斜めに斬り上げる。緋色の剣閃と共に燐光が舞い散り、風に揺らぐ枝垂桜のような幻影を映し出した。
 素早く手首を返し、斬り上げたのと同じ方向に太刀を振り下ろす。更に、天を斬り裂くような勢いで二度目の斬り上げ。三連続の斬撃が、龍の爪跡のような傷を刻み込んだ。
「私達は打ち克つ。人の心を理解しない空虚なアヤカシに、負ける理由は無いわ!」
 畳み掛けるように、フェンリエッタが刀を振り上げる。精霊の力が雷電となって天に昇り、鎧武者の頭上で渦を巻いた。そこから雷の刃が4筋急降下し、敵の全身を斬り裂いた。
「皆さん、凄い気迫ですね。アヤカシにも叫んで頂きましょうか。殺戮の嬌声を、ね…!」
 若干歪んだ笑みを浮かべながら、Kyrieは髑髏に練力を込める。それに呼応するように、骸骨の両目に埋め込まれた深紅の宝珠が怪しく輝き、歯がカチカチと鳴った。
 不気味な雰囲気の中、高位の式神が呼び出され、呪われた力が敵に纏わりつく。血反吐や声の代わりに、鎧武者は大量の瘴気を吐き出した。
「ア・レテトザ・オルソゥラ…原初の虚無へと…還れぇぇえっ!」
 存在感を消していたリィムナが姿を現し、気力を消費して能力を引き上げる。首飾りに触れながら絶叫すると、埋め込まれた宝珠が淡い緑色の光を放った。
 絶叫にしか聞こえない歌声が、楽器のような音となって周囲に響き渡る。それが精霊に干渉し、全てを原初の無へと還すような衝撃を生み出して鎧武者の全身を駆け抜けた。
 怒涛の連続攻撃が炸裂する中、羅喉丸と氏祗がヨロヨロと立ち上がる。受けたダメージが大きかったのか、まだ完全に回復していないようだ。
「限界なんてものは、単なる目安だ…勇気で補えば、100%以上の力を出せる!」
 気合いを入れ直し、気力を振り絞って無理に体を動かす。言葉通り、勇気の力が限界を超えたようだ。
「面白い…ならば羅喉丸殿! 勇気の力とやら、示してみせよ!」
 叫び終わるのと同時に、氏祗が敵に突撃。彼の闘志を表すように、剣に宿った炎が赤く燃え上がった。そのまま、右手の斬撃で敵の左腕を弾き、左手の霊剣を下から鋭く斬り上げる。右の手首を返して下段に構え、左右の兵装で斬り上げと振り下ろしを同時に放った。
 真紅の剣閃が鎧武者の左腕を捉え、火花を散らしながら切断して斬り飛ばす。その腕が空中で弧を描き、地面に落ちるより早く瘴気と化して消滅した。
 羅喉丸は全身に練力と気力を奔らせ、自身の身体能力を飛躍的に跳ね上げる。一気に距離を詰め、疾風の如く素早い裏拳を敵の頭部に叩き込んだ。一瞬も間を置かず、逆の腕で雷光のように鋭い裏拳を放つ。更に、力強く踏み込んで路面を砕き割り、両手を組んで突き出した。
 強烈な一撃が敵の胴に突き刺さり、背中へと貫通。そこから全身に亀裂が走り、ほんの数秒で鎧武者が砕け散る。破片が宙に舞い上がり、瘴気となって降り注いだ。


「やれやれ…まさか、腹に穴が空くとは思いませんでしたね。本当に、骨の折れる相手でした」
 戦闘を終えて刀を納めた黒初が、自身の腹部を撫でる。負傷は完全に回復して傷痕も残ってないが…腹部を貫かれたのは、苦い思い出になったかもしれない。
「そうだな。予想以上に手間取ってしまった…拙者も、まだ鍛錬が必要かもしれん」
 黒初に同意しながら、悔しそうに拳を握る氏祗。『短時間で敵を仕留める』事を美学にしている彼には、今回の依頼は反省すべき点が多いのだろう。
「鍛錬も良いが、今は周辺警護の方が必要じゃないか? アヤカシの残党が居たら、大惨事になるからな」
 羅喉丸は全員を見渡しながら、近隣の見回りを提案する。数秒の沈黙が流れたが、反対する者は誰も居ない。静かに頷き、10人は街道の見回りを始めた。
 幸いな事に、アヤカシの姿も気配も、近くには全くない。それは喜ぶべき事なのだが…ローゼリアは、リズレットの様子が気になっていた。
 鎧武者を倒した辺りから、明らかに彼女の元気が無い。ローゼリアが心配そうに視線を向けると、それに気付いたリズレットはほんの少しだけ微笑んで見せた。
「もしもリゼが家族を…お父様やお母様を眼前で失ったら…きっと……」
 口調がどんどん弱くなり、元気無く俯く。猫のような耳も、フサフサの尻尾も、同様に元気がない。どうやら、鎧武者の引き起こした事件が相当堪えているようだ。
「気持ちは分かりますわ、リズ……ですが、物事を悪い方向にばかり考えては駄目ですわよ?」
 優しい言葉と共に、ローゼリアがそっと手を繋ぐ。手の平から感じる、友人の温もり。それがリズレットの心を、優しく温めていく。
「ローザの言う通りです。今は、前を向きましょう。友と一緒に、未来を拓くために」
 言いながら、九寿重は2人の肩を優しく叩いた。1人では出来ない事でも、隣に仲間が居れば頑張れる。自身を心配してくれる友人達に、リズレットは満面の笑みを返した。


 結局、街道にアヤカシは隠れていなかった。見回りを終えた開拓者達は、2手に別れて移動。片方はギルドに帰還し、依頼解決の報告に。もう片方は……。
「旦那さんとお子さんには間に合わなくて、ごめんなさい…でも、貴方だけでも助けられて…良かった」
 謝罪しながらも、安堵に胸を撫で下ろすフェンリエッタ。彼女達は、美命の元を訪れていた。腹部のアザを確認したが、蛇は完全に消えている。傷痕は残ってしまったが…それは仕方ないだろう。
 美命の無事を確認し、彼女達は街の墓地に移動した。仇を取った事を、ガイと真護に伝えるために。
「あんた達の仇は取ったよ。大した手向けも出来ないけど…せめて、静かに眠りなよ」
 墓石に向かって語り掛け、シルフィリアはそっと手を合わせた。仇討ちをしても、死者が蘇るワケではない。だが、犠牲者が増える事は防げた。それだけでも、大きな意味があるに違いない。
「手向けになるか分かりませんが…私は鎮魂の歌を歌わせて頂きます。リィムナさんも、一緒に如何ですか?」
 楽譜を取り出しながら、Kyrieが声を掛ける。リィムナが静かに頷くと、鎮魂の歌が静かに始まった。Kyrieは重厚な低音で、リィムナは凛とした高音で曲を歌う。空の彼方、天よりも高い場所まで届くように、想いを込めながら。
 鎮魂歌を終えると、美命は2人に深々と頭を下げた。思い出したように指輪を取り出し、リィムナに感謝の言葉を添えて返却する。
「お二人はいつも、美命さんと一緒です。お二人の笑顔を忘れず、前に…未来へ向けて進んで下さい。勇気を忘れないで…」
 指輪を受け取り、励ましの言葉を掛けるリィムナ。仇討ちが終わった今、美命が家族の後を追って命を絶ってしまわないか、心配していた。
「こんな事で貴方の心にある恨みや悲しみは晴れないと思うけど…どうか、囚われずに生きて?」
 恐らく、それはフェンリエッタも同じだろう。美命の手を強く握り、優しく語り掛ける。
 2人の気持ちに気付いたのか、美命は微笑みを返した。事件解決前とは違う、心からの笑顔。その表情は、報酬以上の価値があるだろう。
 失った者は大きいが、人は苦しみや悲しみを乗り越え、強くなれる。勇気を忘れない限り…愛する者を忘れない限り、必ず。