雨を呼ぶ儀式
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/10 19:35



■オープニング本文

「あ……あ〜づ〜いぃぃぃぃ」
 全身の水分が蒸発していくような、猛烈な暑さ。容赦なく照り付ける陽光は、太陽が2、3個に増えたような錯覚すら覚える。
 天儀では、夏が暑いのは当然の事だ。しかし、昨今の暑さは『異常』としか表現出来ない。
 加えて、今年の太陽さんは働き者らしく、陽がずっと照り続けている。雲に隠れる事も少なく、雨雲が生まれる様子は微塵もない。
 正確には『晴天と豪雨の差が激しい』と表現した方が良いだろう。水害に遭っている地域も少なくないが、日照りで水不足になっている地域は、もっと多い。
「雨…今日も降りそうにないわね。このままじゃ、あたし達が先に干上がっちゃうかも…」
 打ち水を撒きながら、苦笑いを浮かべる女性。視界の奥では陽炎が立ち、暑さに拍車をかけている。
「泉とか川の水量も減ってるしなぁ…これで井戸まで枯れたら、万事休すだ。あ〜…雨でも降らねぇかなぁ」
 言いながら、男性は手拭で額の汗を拭った。格好から察するに農民のようだが、早々に作業を切り上げてきたのだろう。井戸の水を汲み上げ、頭からかぶった。
「仏壇にでも拝んでみる? 仏様なら助けてくれるかもしれないし」
「神頼み、か……どうせなら、大々的にやってみるか」
 男性の返答に、女性は軽く小首を傾げた。若い2人は夫婦のようだが、まだお互いに分からない事が多いのだろう。
 手拭で頭を拭きながら、男性は不敵な笑みを浮かべた。
「雨乞いだよ。開拓者さん達にも協力して貰って、ハデに騒いでみようぜ? 何もしないよりはマシだろ?」


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
黒羽 修羅(ib6561
18歳・男・シ
啼沢 籠女(ib9684
16歳・女・魔
闇川 ミツハ(ib9693
17歳・男・シ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰
ジャミール・ライル(ic0451
24歳・男・ジ
ミラ・ブルー(ic0542
15歳・女・弓
国分の山河(ic0641
27歳・男・砲


■リプレイ本文


 地面から立ち昇る熱気が、陽炎となってユラユラと揺れる。照り付ける日差しと、陽光で温められた地面の熱で、異常なくらいに暑い。しかも雨がマトモに降っていないため、道路や畑に地割れが走っている。
「晴れっぱなしも降りっぱなしも、行き過ぎると大変だよな…」
 周囲を見渡しながら、闇川 ミツハ(ib9693)は溜息混じりに言葉を漏らした。暑い空気が体に纏わり付き、額に薄っすらと汗が流れている。
「お花もお野菜も、枯れちゃいそうで大変です〜」
 しおれた草花を眺めながら、悲しそうに肩を落とすミラ・ブルー(ic0542)。おっとりした口調で言われると少々緊張感に欠けるが、緊急事態なのは間違いない。
「まっことカラッカラやにゃあ。こりゃめった!」
 畑の土を触りながら、国分の山河(ic0641)は驚きの声を上げた。独特な訛りを使っているが、言いたい事は何となく理解出来る。『本当にカラカラだね。こりゃまいった!』という意味なのだろう。
 彼等が訪れているのは、朱藩の田舎村。雨不足解消のために救援に来たのだが…村の状況は相当厳しい。田んぼの水量は例年の半分を下回り、畑の作物は元気を失くしている。
 状況を打開するために考えられたのが、雨乞い。その準備をするため、開拓者と村人達は、村の中央にある広場に集まっていた。
「『火の煙が雲を呼び込む』っていうし、まず火を焚きましょう! 確か、櫓を組む予定よね?」
 軽く拳を握り、作業内容の提案をする藤本あかね(ic0070)。他の参加者の予定を確認するように、視線を仲間達に向けた。
「はい〜。大型櫓を、3基程度組む予定ですよ〜。他にも、何か建てる方は居ますかー?」
 カンタータ(ia0489)は小さく手を上げながら、歌うような抑揚でゆっくりと答える。材料はギルドから提供されているし、広場の面積も充分。20mを超えるような巨大なモノでなければ、充分に建てられるだろう。
「拙者は祭壇を作ろうかと思う。机と布の、簡易な物だがな」
 言いながら、北条氏祗(ia0573)は軽く笑みを浮かべた。本格的な祭壇を作ろうとしたら、時間と資材が足りない。それよりも、祈る者の気持ちが大切である。
「あとは、ステージ…お立ち台も欲しいわね♪ 勿論、私も手伝うわ」
 蠱惑的に腰をくねらせ、挑発的に微笑む雁久良 霧依(ib9706)。豊満な肉体に水着のような衣服を纏っているが、過激な姿は村の子供には刺激が強過ぎるかもしれない。
「供物の準備を忘れちゃいけないよ。櫓に祭壇にステージ…随分と忙しくなりそうだけどね」
 氷のように表情を変える事なく、言葉を零す啼沢 籠女(ib9684)。若干皮肉が混じっているが、やる事が多いのは事実。それに、祈祷に供物は必需品と言っても過言ではない。
「あ〜。作業を始める前に、村の家屋に風雨対策を施したいですが、どうでしょうー? 万が一、大雨や嵐になったら大変ですから〜」
 周囲に響く、歌声のようなカンタータの言葉。雨乞いがどんな結果になるか分からない以上、不測の事態に備えるのは必要な事である。念には念を入れて、損はないだろう。
 カンタータの言葉に答えるように、黒羽 修羅(ib6561)は紙に筆を走らせた。
『俺はカンタータ殿に賛成だ。人手は必要なら、いくらでも手を貸そう』
 筆談に慣れているのか、文字を書く速度は会話しているのと大差ない。達筆な文字は、誰の目にも力強く映った。
 反対意見が無い事を確認し、村人の有志と開拓者は作業の計画を立てる。数分後、作業は風雨対策から始まった。


 人手が多いため、作業は順調に進んでいく。男性が中心となり、家屋の補強や目張りが行われた。その間、女性陣は調理を担当している。雨乞いの供物に、皆の食事…広場に大きな卓が複数置かれ、大量の料理が並んでいた。
 その匂いに釣られたのか、昼過ぎには作業を終えた者達が次々に戻って来る。
「力仕事、お疲れさん。宴会と昼飯の準備なら、バッチリ済んでるよー」
 彼等を出迎えるように、ジャミール・ライル(ic0451)は笑みを向けた。男性の大半は力仕事に回っていたが、彼は『疲れるのはヤだ』という理由で調理を担当。村の女性達に囲まれ、ご機嫌な様子である。
「私もお手伝いするですぅ〜。これを運べば良いんですよね〜?」
 言いながら、ミラは料理の盛られた皿を手に取った。それを両手で持ちながら、トテトテと小走り気味に運んでいく。
 調理場から広場までは10m弱なのだが…何も無い場所で、ミラはつまづいてバランスを崩した。皿と料理が宙を舞い、短い悲鳴が周囲に響く。
「大丈夫かい、ブルーちゃん。足元には気を付けなきゃ駄目だぜ?」
 ミラの体が地面に付くより早く、ジャミールが彼女を優しく受け止めた。微笑む彼の後方で、放り投げられた料理が修羅と山河を直撃しているが…見なかった事にしよう。
 昼飯にありつき、束の間の休息を楽しむ一同。酒を呑む者は居ないが、和気藹々とした雰囲気が広場全体に広がっている。
「雨の神を喜ばせるためにも、本番の宴会は派手にしないとね。食糧不足なら、料理の絵や木彫りを食べるフリでも良いと思うし」
 軽く微笑みながら、昼食を頬張るあかね。雨乞いも大切だが、明日以降の食糧まで使ってしまったら本末転倒である。
『人が楽しめるものは、神だって楽しむだろうよ。食べて飲んで、周りが盛り上げれば良い』
 修羅は箸を筆に持ち替え、素早く走らせた。村人達は、書かれた文章よりも記述速度に感心しているが。
「筆談の殿方の言う通りだね。供物は、備えたら食べるもの。供える行為が大切なんだよ」
 籠女は修羅をフォローするように、言葉を付け加えた。準備された供物は、食べる事も考慮されている。喰えないのは、生花と盛り塩くらいだろう。
 栄養補給と休息が終わり、全員が再び動き出す。風雨対策は終わり、次は広場を中心とした雨乞いの準備。櫓やステージを組み立てるため、手分けして作業にあたった。


 数時間後、3基の櫓とステージ、祭壇が完成した。修羅は何故か農作業や子供の世話まで手伝っていたが、それは彼なりの優しさなのだろう。
「風向きが変わったにゃー。火を焚きゆう間、火事にゃ注意せんとね」
 雲の動きや揺れる木を観察していた山河が、周囲に注意を促す。櫓は広場の北側に建てたが、風向きが変われば火事の可能性も出てくる。火を扱う以上、注意は必要だろう。
「生贄はマズいらしいけど、それ風ならいいわよね? 私が半裸になって『神にこの身を捧げます』的な感じに殺されるマネを…」
「そういう事なら、私もご一緒して良いかしら? 半裸なんてケチケチしないで、全部脱いでも良いわよ♪」
 あかねと霧依の言葉に、村の男性達から歓声が上がる。美少女と美女が脱ぐとなったら、喜ぶのが男の性(さが)。2人は視線を合わせて不敵に笑うと、完成したステージに昇って衣服に手を掛けた。
「2人共、そこまでだ。若い娘が公衆の面前で裸体を晒すなど、はしたない!」
 次の瞬間、氏祗は自身の羽織で2人の姿を覆い隠す。お仕置きするように、軽く拳骨を落した。周囲からはブーイングが飛んできたが、氏祗の鋭い眼光が彼等を黙らせる。村の女性達が男性陣に説教をする中、霧依達はステージを後にした。
 夕日が空を染め始める中、カンタータは赤と白が入り混じった蝶を召喚した。それが櫓に向かって飛び、火の輪と化して燃え移る。巨大な櫓に、赤々と炎が灯った。
「皆の想いが〜届きますように〜〜」
 ミラは弓の弦を引き、周囲に音を響かせる。素早く矢を番えて空を狙い、全員の想いや祈りを込めて射ち放った。流れ星が天に昇るように、朱色の空に消えていく。
 燃える炎と、弓の弦音が、雨乞い開始の報せとなった。期待と興奮で、周囲の熱気が高まる。
「誰か、共に祈りを捧げてみないか? 何の保証もない祈りではあるが、やってみなければ判らぬ」
 石清水と葡萄酒を手に、氏祗は希望者を募る。祈るのに特別な能力は必要ないし、1人よりも複数の方が効果が高くなるだろう。彼の声に反応し、十数人の村人が手を上げた。
「俺も混ぜてくれちや。きおうて、言霊でも叫ぼうと思っちゅう」
 山河も参加を希望し、氏祗と共に祭壇に移動。机と布を借りて作った簡素な物だが、石清水と葡萄酒を並べて香を焚いた。山河も、持参した金運の白蛇像と極辛純米酒を並べる。
 香りが周囲に広がる中、氏祗はひざまずいて天を仰いだ。それに倣い、他の希望者達も片膝を付く。祈りの方法は、人それぞれ。静かに黙祷を捧げる者も居れば、言霊を呟く者も居る。
 が、氏祗は肺いっぱいに空気を吸い込み、録寿応隠の想いを込めて祈りの言葉を叫んだ。雄叫びのような声が、大地や空気を震わせて空の彼方まで広がっていく。
 その隣で、山河は琵琶を掻き鳴らした。音色に合わせ、『全ての根源と称える三神』に感謝の祈りを捧げる。祝詞の内容は難しくて分からないが、琵琶の音と相まって神事のような厳かな雰囲気を生み出している。
 そんな中、広場に巨大な龍が出現し、天に昇っていった。まるで、皆の祈りと想いが実体化したようである。村人達が見守る中、龍は氷塊となって炸裂。氷の粒と冷気が、雨のように降り注いだ。
 龍と氷塊の正体は、あかねの召喚した式。2つの術を使って、雨の精霊を再現したのだ。予想外の雨に、周囲から喜びの声が上がる。


 ほぼ同時刻。ミツハと籠女、ジャミールの3人は、近くの家屋で舞の準備を進めていた。
 ジャミールは爪紅を塗り、目尻を縁取って薄化粧を施す。アル=カマル風の儀式用衣装を身に纏い、髪を纏めて簪で止めた。
 対照的に、ミツハの化粧は本格的。本物の巫女に見えるよう、しっかりと化粧をした。水のように青い長髪をおろし、一部だけ結い上げる。
「ねぇミツハ、いつものを舞うの? じゃあ、此れを着てね」
 言いながら、籠女は巫女服を差し出した。普通の物とは違い、濡れたら簡単に透けそうなくらいに白衣が薄い。
「え? うわ薄っ! 何、これ着るの…? 俺、装束は自前……」
 その薄さに驚き、ミツハは自前の青い巫女装束に手を伸ばした。が、籠女の『期待の眼差し』は真っ直ぐに彼を見詰めている。彼女のこんな表情は、ミツハの前でしか見れないだろう。
 観念したように、ミツハは苦笑いを浮かべて薄い装束に袖を通した。


「さぁ、みんな! 踊るわよ! ノリと勢いがあれば、どうにかなるわ♪」
 胸元と背中が大きく開いたドレスを着た霧依が、ステージの上から声を掛ける。彼女の呼び掛けに、希望者の女性達がステージに上がった。全員が、団扇や巨大な鳥の羽を持っている。
 霧依を中央に置き、円を描く女性達。全員を見渡し、霧依はリズムを刻みながらメロディーを口ずさんだ。
 平和な森の再生を願う、早いテンポの曲。『枝に止まる自由な鳥』に見立てた羽扇子を持ち、腕を天高く伸ばして力強く振り扇ぐ。生命力溢れる女性達が元気良く全身を揺らし、くねらせる。
 これが、理穴に古くから伝わる伝統の踊り…『樹理穴(ジュリアナ)』らしい。
 時折、『フォー!』という叫びに合わせてポーズを決めると、霧依の青いドレスが水面のようにさざめいた。更に、降雨への祈りを込めて、黒い羽扇から聖なる矢を天に放つ。
 見た事の無い踊りに、住人達は大盛り上がりである。彼女達を眺めながら、宴会が始まった。祈りに参加した者も飲み食いに加わり、霧依達の踊りに合わせて手拍子を送る。
 叫び過ぎて力尽きた山河を残し、氏祗は葡萄酒と石清水を持って静かに祭壇を離れた。水は縁起物として広場や村に撒き、葡萄酒は宴会用に卓に置く。
「お、氏っち。その葡萄酒、少しくんない? 神様へのお備えっつったらほら、酒でしょ?」
 丁度そこに戻って来たジャミールが、氏祗に声を掛ける。その言葉に応えるように、氏祗は葡萄酒を1本放り投げた。
 ジャミールは葡萄酒を受け取り、軽く礼を述べて栓を空ける。少量を地面に垂らして神様に捧げ、自身も一口飲んで体を清めた。
 残った葡萄酒は、籠女に手渡す。彼女は少量を掌に注ぎ、それを自分とミツハの唇に塗って清めを行った。
「このような形であれ、また舞うことになるとは…修羅殿、準備は良いか?」
『正しい雨乞いの舞なんて知らないが、自己流で踊らせて貰う』
 ミツハの問い掛けに、修羅は即座に返事を書く。それを見て、ミツハはゆっくりと深呼吸して息を整えた。
 精神を研ぎ澄ませ、たんっと一歩目を踏み出す。それに合わせて、籠女は笛を鳴らした。特に合図を送ったワケでもないのに、自然と呼吸が合う。それだけ、2人は近しい関係なのだろう。
 流れるような静かな動きとは対照的に、ジャミールの舞は蠱惑的で力強い。水の精霊を活性化させ、祈りを込めながら激しく舞い踊る。静と動、対極の舞に、水霊に語り掛けるような籠女の笛。それらが混ざり合い、見る者の視覚と聴覚を掴んで離さない。
 更に、修羅は鋭い動きで舞いながら、水の刃を虚空に飛ばす。次いで全身の気を制御して水を生み出し、周囲に水を振り撒いた。大量の水分が舞い上がり、水滴となって降り注ぐ。
 籠女は全員の動きに合わせ、笛を強く吹いた。直後、踊る3人の上空に冷気が集まり、雪が舞い散る。幻想的な光景に、歓声が湧き上がった。
 踊りの締めに、ミツハは頭上に水の柱を生み出す。それが夕陽の光を反射し、周囲を茜色に染めた。
 3人の踊りと、笛の音が同時に止まる。数秒の沈黙の後、拍手が雨のように降り注いだ。場の盛り上がりは最高潮に達し、広場は興奮の渦に飲まれている。
「みなさん、頑張ってますね〜。ボクもそろそろ、やってみましょうかー」
 そう言って、カンタータは人が居ない場所に移動した。空を見上げて意識を集中し、青い氷龍を複数召喚。それが凍て付くような吐息を吹き上げながら、夕暮れの空に昇っていった。
 これは、カンタータの『雨を降らせるための最期の仕掛け』。あとは、待つだけである。
 それから、宴会は数時間続いた。酒を酌み交わし、食事に舌鼓を打ち、時にはステージで踊り狂う。楽しい笑い声が、周囲に響いていた。
 櫓の灯が弱まってきた頃、籠女の頬に水滴が落ちる。最初は気のせいかと思ったが、次第に周囲が騒がしくなり始めた。同時に、冷たい空気が吹き込む。水滴が落ちる間隔がどんどん短くなり、ついには音を立てて雨が降り始めた。
『雨だ!!』
 誰からともなく、歓喜の声が上がる。皆の想いが通じたのか、火の煙が雨雲を呼んだのか、上空の空気が冷やされて雨になったのか、それは誰にも分からない。
 だが…久々に雨が降ったのは、紛れも無い事実。天の恵は大地を優しく濡らし、村は再び活気を取り戻した。