人に笑顔を、心に花束を
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/09 19:31



■オープニング本文

 アヤカシ。
 人に仇為す、異形の存在。人の血肉や恐怖を糧とし、時には大国を滅ぼす事もある。奴等は命を奪い、笑顔を奪い、希望を奪い……日常も奪っていく。
「お母さ〜ん…お腹減ったよぉ……」
 ボロボロの衣服を軽く引っ張りながら、6歳くらいの少女が切ない声を上げる。やつれた顔で無理に微笑みながら、母親は小さなオニギリを差し出した。少女は嬉しそうにそれを受け取り、元気良く口に放り込んだ。
 理穴の、とある小さな農村。いや『元農村』と呼んだ方が正しい。アヤカシの出現により、この村は戦場と化した。家屋は崩れ、畑は荒らされ、屍が山を為す。それは、正に地獄と呼ぶに相応しい状況だっただろう。
 大アヤカシが倒された事で、少しずつ復興が進んでいるが……人材がまるで足りていない。儀弐王も尽力しているが、被害が広範囲に広がっているため、手が回らないのが現状である。
 もっとも、アヤカシの脅威が完全に消えたワケではないので、その影響もあって復興が進まないのだが。
(食料が残り少ない……これじゃ、年は越せても新年を祝うのは無理ね)
 残った食料を見ながら、ガッカリと肩を落す母親。食料事情が厳しいのは、この家庭だけではない。ここに住んでいる全ての住民が、似たような状況なのだ。
 簡素な家屋とボロボロの衣服で寒さを凌ぎ、わずかな食料で飢えを満たす。そんな生活が、長い間続いている。
 いつまでこんな生活が続くのか……誰にも分からない。不安な年越しに、母親の心は更に沈んだ。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
和奏(ia8807
17歳・男・志
国乃木 めい(ib0352
80歳・女・巫
海神池瑠(ib3309
19歳・女・陰
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

●笑顔配達人
 寒さ厳しい一年最後の日。巷は年越しの準備で騒がしいが、この村にそんな事は関係ない。正月の準備も、新年の馳走も、手が届かない程に縁遠い気がする。
「あ…アンタ等、何者だ!?」
 そんな村に、見慣れない人間が近付いて来たら、警戒されても仕方ない事だろう。村人が入口に集まり、開拓者達を不審の目で眺めている。
「私達は怪しい者ではない。ギルドの依頼で、この村に物資を届けに来たのだ」
「えっと…今年は、みんなで笑って新年を迎えようね!」
 ラグナ・グラウシード(ib8459)と海神池瑠(ib3309)の言葉に、村人達がザワザワと騒ぎ始める。その表情が喜びに変わるまで、そう長い時間は必要無かった。
「納得して貰えたなら、村に入っても良いかな? 積荷を下ろしたいし、馬も留めないと」
 鞍馬 雪斗(ia5470)が問い掛けると、村人達は顔を見合わせて道を空ける。馬を引き連れ、8人は村の奥へと歩みを進めた。
「予想以上に荒廃が酷い…毒ガスや猛獣が居ないのが、不幸中の幸いですね」
 周囲を見渡し、一人呟く和奏(ia8807)。住人には失礼かもしれないが、村の状況は彼の想像より酷かったのだろう。
「こういう場所もあるんだよな…ただ、アヤカシを退けるだけじゃ何も解決しちゃいないってね…」
「アヤカシを我らが倒しても…そこから、なのだな。本当の戦いは…」
 雪斗とラグナも、悲痛な面持ちで口を開く。アヤカシを倒した後も、一般人は戦っている。頭で分かっていても、それを目の当たりにした衝撃は大きい。
「年の瀬は独身には辛い…からとは言わないが、新しい年くらい、不安なく迎えさせてやりたいな」
 言いながら、海神 江流(ia0800)は積荷を見渡す。食料や大工用品等、全員で話し合って準備した品々が、山のように積まれている。
 やがて少々広い場所に出ると、8人は杭を打って馬の手綱を縛り、荷物を下ろし始めた。
「まずは食べなきゃ元気出ないもんね。美味しい物、いっぱいご馳走しなきゃ!」
「みんな! もち米は明日使うから、別の場所に置いてくれ。保存食もな?」
 海神兄妹の提案に、全員で食料を優先的に下ろしていく。その様子が珍しいのだろう、村人達が続々と集まって来た。
 国乃木 めい(ib0352)は作業を切り上げ、準備したぬいぐるみを差し出す。子供達がそれを受け取ると、あっという間に彼女の周囲に人だかりが出来た。
「申し訳ありませんが、押さないで並んで頂けますか? 皆さんの分もありますので」
 めいの優しい表情と口調に、村人達は列を成す。今までギリギリの生活を続けていたのだから、支援物資に飛び付きたくなるのも仕方無い事だろう。
「病気で動けない方が居たら、申し出て下さいね? 後でお伺い致します」
「私も…お料理、配りに行きますね」
 めいに同意し、隣で水月(ia2566)が口を開く。呟きにも近い言葉は、村人の耳に届いたか定かではない。
「料理は皆さんにお任せして、自分は修理に回ります。工具類はギルドが準備してくれたみたいですし」
 工具片手に、積み下ろした資材を確認していく和奏。
 その隣で、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は村の男手を集め、天を見上げて目を閉じる。意識を集中させると、瞼の裏に天気が早送り映像になって映った。
「……ここ数日は、天候が安定するみたいね」
「そんな事まで分かるのか? 姉ちゃん、もしかして占い師か?」
 男性の問い掛けに、風葉はほんの少しだけ苦笑いを浮かべる。
「占いじゃなく、見ただけよ。この目で見た事なら間違いないでしょ? ほらほら、早く計画立てなさい!」

●調理と修理
 太陽が西の空に沈み始めた頃、開拓者達は2手に別れて作業を進めていた。
 風葉、水月、雪斗、めいは、包丁片手に食材と格闘中である。今日のメニューは、けんちん汁。食材の下拵えが、次々に進んでいく。
「風葉さん。そろそろ、火を付けて…貰えますか?」
 石を積んで即席で作ったかまどに、大きな鍋と薪が準備されている。水月の頼みに、風葉は複雑な表情を浮べた。
「良いけど…あたし、火力の調整って苦手なのよねえ」
 焚口で膝を付き、炎の玉を生み出す。それを薪に向かって軽く投げると、炎が薪全体に燃え広がった。
 水月は軽く礼を述べ、鍋にゴマ油を引く。他3人が食材を順番に入れ、炒めてから出し汁を加えて煮込む。
 煮立つまでの待ち時間を使って、めいは村の女性を集めて食事療法を伝授した。
「同じ食材でも、調理一つで少しでも健康で過ごせるようになるんですよ?」
 簡単且つ分かり易い説明に、感心する女性達。水月も、後ろでコッソリとメモを取っている。
 煮立ってきた頃合を見て、めいは鍋に豚肉を加えた。
「けんちん汁って、元々は精進料理だよな? 豚肉入れて良いの?」
 灰汁を掬いながら問い掛ける雪斗。めいは優しい笑みを浮かべながら、小声で呟いた。
「精進料理なら厳禁ですが、豚肉は栄養豊富ですから。今回は大目に見る方向で…ね?」
「あ〜…あたしの分は肉抜いてね?」
 薪を追加しながら、菜食主義の風葉が苦笑いを浮かべる。肉が食べれない人のために、違う鍋では肉抜きで調理が進んでいるようだ。
 めいと水月が鍋に味噌を入れて味を調えると、周囲に芳しい匂いが広がった。
「腹の減る匂いがしてきたねぇ。流石に、女性陣は手際がいいな」
「女性陣…ねぇ。まぁ、いいけどさ」
 村人の言葉に、雪斗は呟きを零す。その言葉は、焚き火の炎の中に消えていった。
 ほぼ同時刻。江流、和奏、池瑠、ラグナは、村の男性達と一緒に修復の計画を立てていた。
「じゃぁ、この紙に書いてある順番に作業を進めれば良いんだな?」
「よろしくお願いします。我々も、全力で作業しますので」
 深々と頭を下げる男性達。紙には、修理する場所と順番が細かく記されている。それは、村人達が真剣に協議した結果なのだろう。
「お兄、早速作業を始めようよ!」
 元気良く声を上げる池瑠。金槌片手に、腕をブンブンと回している。
 対照的に、ラグナは資材の山を目の前に、神妙な面持ちを浮べている。
「何でもいい…私に出来る事があるならば、全力を尽くす」
 呟きながら、拳を強く握る。そんなラグナの肩を、江流が優しく叩いた。
「意気込みは分かるけど、僕達の役目はあくまでも『お手伝い』だからな」
「そうですね…物を貰い続ける状態はあまり良くないですし、これからの見通しが立つように援助してあげないと」
 言いながら、和奏は工具を拾い上げる。援助する事自体は悪くない。が、それが続き過ぎると、人は自ら行動する気持ちを失ってしまう。江流と和奏は、それを心配しているのだろう。
「ちょっとお兄! みんなも早く手伝ってよ!」
 3人の思案を断ち切るように、池瑠の元気な声が響く。3人は顔を見合わせると、軽く笑みを浮かべた。
「了解だ。なら私は、ガレキの撤去から始めるとしよう。江流、手を貸してくれるか?」
 ラグナの問いに、江流は静かに頷く。そのまま村人達に混ざり、一緒にガレキの片付けを始めた。
「修理は任せて下さい。多少は慣れていますから、手際は悪く無い…ハズ」
 和奏と池瑠も、修理担当の村人と一緒に木材や壁材を家屋に打ち付け、木製の家具や内装も修理していく。
 こうして、一年最後の日は過ぎていった。

●謹賀新年
 一夜明け、村の広場は笑顔で満ちていた。豪華なおせちや蕎麦が並び、大人は酒で軽く酔い、子供達には江流から甘酒が配られた。
「ギルドからの支給品が沢山あったんだよ! 別に…わざわざ用意した訳じゃないからな!」
 不器用なのか、ツンデレなのか、顔を赤くしながらも甘酒を配る江流。ちなみに、池瑠と風葉の3人で食べるために『わざわざ』おせちを用意していたりする。
「確か、もち米もあったよな? 良い機会だし、皆でもちつきでもしようぜ!」
 雪斗の提案に、子供達から歓声が上がる。めいと雪斗はもち米を洗い、蒸籠を使って蒸かし始めた。
「えっと…お正月の遊び道具、いっぱい持ってきましたの」
 そう言って水月が取り出したのは、凧や独楽、羽子板等の玩具である。子供達はそれを笑顔で取り合い、自由に遊び始めた。開拓者達も、それに混ざる。
「ほら、あんたたちが楽しくしてないと、大人たちまで辛気臭い顔になっちゃうじゃない!」
 珠「友だち」を、少年達と蹴り合う風葉。無論、全員の顔が満面の笑みなのは言うまでもない。
「これで、少しは暖かく過ごせると思いますよ」
 めいは昨日手渡したぬいぐるみに、焼石を収納出来るように手を加えた。その暖かさに、受け取った子供から笑みが零れる。
「……ってワケなんだよ。兄ちゃん、聞いてるか!?」
「えぇ、聞いてますよ。それで、その後どうなったんですか?」
 今まで色々と溜め込んでいたのか、酔って愚痴を零す大人達。そんな酔っ払いの相手を、和奏が引き受けていた。愚痴、自慢話をエンドレスで聞かされているが、和奏は微塵も嫌な顔をしていない。
「お兄〜! もち米の準備出来たよ〜!」
 池瑠の元気な声が周囲に響く。大人も子供も、全員が臼の周囲に移動を始めた。
 ただ1人を除いては。
「君、どうしたんだい?」
 木の前に立ち、枝を見上げる少年。それに気付いたラグナが、優しく声を掛けた。泣きそうな顔をしている少年。その視線の先には……。
「凧、か。あの高さでは、私でも手が届かないな……だが、こうすれば!」
 ラグナは少年を抱き上げると、自分の肩に乗せた。突然の事でビックリしながらも、少年は枝に引っ掛かった凧に手を伸ばす。無事に凧を取ると、少年の顔に笑みが浮かぶ。そのまま、2人は餅つきの場所へと移動した。

●それぞれの『想い』
 餅つきの後、江流、池瑠、ラグナの3人は森の中を散策していた。目的は食料調達だったのだが…今は薪拾いと化している。
「冬の森じゃ、食料は無いか……ラグナさん、あの木の奥!」
 江流の心眼が、生物の気配を捉えた。その言葉に、ラグナは武器を構えて奥へと消えて行く。数十秒後、彼は仕留めた猪を担いで戻って来た。
「助言、助かった。何とかなるものだな…皆が喜んでくれれば良いのだが」
 軽く礼を述べるラグナ。そのまま村に戻ろうとした直後、森の奥から1組の男女が姿を現した。歳は10代後半くらいだろう。
「君達は…あの村の住人だね? 何でこんな場所に?」
「えっと…そのぅ……」
 江流の質問に、口篭る2人。恥ずかしがっているような、微妙な様子である。
「あの〜……君達、もしかして付き合ってるんじゃない?」
 池瑠の発言に、2人の顔が赤くなっていく。若い男女なら、2人だけになりたいのは無理も無い。これ以上詮索するのは、野暮というモノだろう。
(……不謹慎かもしれんが、『りあじゅう』爆ぜろ!)
「皆が心配したら大変だし、一緒に帰ろ?」
 ラグナの心の声が聞こえるワケも無く、2人は池瑠の提案に無言で頷いた。
 5人が村に戻って来ると、ある一軒屋に人だかりが出来ていた。
「ほら、動かない。このあたしに治して貰うなんて、あんた相当運が良いわよ?」
 風葉の符が小さな式となり、男性の腕と同化して傷を癒す。飲み過ぎて喧嘩した挙句、転んで腕を派手に切ったらしい。
「大丈夫ですか? さっき、村の近くで薬草を見付けました。朝晩、それを忘れずに食べて下さい」
 床に伏せっていた老人に、めいが優しく声を掛ける。その枕元に、食べ易い食事と一緒に薬草を置いた。
「勉強になります……国乃木さん、凄いですの」
 めいの医療知識に、感心の言葉を漏らす水月。メモを取っていた紙は、空きスペースが無い程に書き込まれている。
「大した事ではありませんよ。あなたより、ちょっとだけ経験が多いだけです」
 優しく微笑みながら、めいは水月の頭を撫でる。その様子は、祖母と孫のようで微笑ましい。
「これで全員? やれやれ…やっと一息つけそうねぇ」
 お疲れ気味に腰を下ろす風葉。村の怪我人や病人は、回復に向かうだろう。完治する日を思い浮かべながら、3人はお茶で喉を潤した。
 村人が集まっている場所が、もう2箇所。
「村の未来を診るって言うのは初めてなんだけど…悪くない3枚だな」
 広場に布を敷き、その上にタロットを並べる雪斗。その結果は『今は辛いかもしれないが、近い未来に絶対光はある』。希望に満ち溢れた結果に、占いを見て居た村人の顔に安堵の色が浮かんだ。
「自分が診るのは、未来のほんの一つでしかないから、ね」
 微笑みながら、雪斗はそう付け加える。恐らく、未来は自分達の手で変える事が出来る、という意味を込めているのだろう。
 新しく建てた納屋の近くには、数人の村人と和奏が集まっていた。
「ヤギさんは育てるのも難しくありません。毛は衣類に、乳は食料に転用出来ますし」
 そう言って、和奏はヤギを差し出す。復興の助けにするために、彼が事前に市場で購入して来たのだ。
「女性や子供でも扱えますから、まずは復興の指針に使ってみて下さい。酪農や繊維業はお仕事になりますし」
 毛皮に乳、食肉と、山羊の利用価値は幅広い。村の名物になって、観光客等が増える可能性もある。それを考えると、和奏の表情が喜びで綻んだ。

●涙と笑顔と
 出会いがあれば、別れの時が来る。それは、彼等も例外ではない。
「さて……名残惜しいけど、そろそろ戻らないとな」
 ベソをかきながら、江流の足にしがみ付く子供達。この2日間で、随分と懐いたようだ。
「ほらほら、泣くんじゃないわよ! イイコにしてたら、また会いに来てあげるから、ね?」
 ぶっきらぼうに子供の頭を撫でる風葉。その表情は、いつもより優しい。
「その時も……いっぱい遊ぼうね。約束!」
 人見知りながらも、池瑠は子供と指きりを交わす。涙で目を腫らしながらも、子供達は笑顔でそれに応えた。
「占いの結果は悪くなかったよ。自信と希望を忘れないように、な」
 占いは、人の心に力を与える。それが良い結果なら、尚更。雪斗のタロットは、村人にとって大きな支えとなった事だろう。
「お薬が切れたら、ご連絡下さいね? 可能な限り、調合しに来ますから」
 病人の手を握りながら、めいは別れの言葉を贈る。彼女の姿に、勇気付けられた者も多いハズである。
「ヤギさんの世話、頑張って下さいね。陰ながら、応援してますよ」
 和奏が提示した指針は、必ず村の発展に繋がる。今の生活は辛くても、元の生活に戻れる日が来るに違い無い。
「あの! 最後に、私の唄を…聞いて欲しいですの!」
 水月の言葉に、全員が静かに視線を向ける。ゆったりと舞いながら、彼女は唄を口にした。村人達が厳しい冬に囚われないように、暖かな芽吹きの季節を想えるように、祈りを込めて。
(村人達に剣をふるう腕はなく、牙から己を守る盾もない。民を守る剣と成る事、それこそが…我ら騎士の使命!)
 住人達を見渡しながら、ラグナはアヤカシを滅する決意を再び思い起こす。握られた拳は、総てを守るためにあるのだから。