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■オープニング本文 昨今の天儀には、不穏な気配が広がっている。理穴に端を発する急変に、陰殻国の「叛」が起こした騒乱。混乱は広まり、悲しみは連なり、人々の心に暗い影を落としている。 そんな時勢も相まって、天儀から脱出するように他の儀へ避難する者が増えつつあった。帰還する日が来るのか、永住になるのか、誰にも分からない。将来への見通しが利かない生活だが、少なくとも、命の危険は少ないだろう。 徐々に増えつつある避難民や、家屋を失った者達を支援するため、泰国南東部の街では土地の開拓が決まった。まずは、近くの森を切り拓いて荒地を耕し、農地や住宅地を増やす。そこに家を建て、田畑を作り、人々が住める土地にするのだ。 無論、言うのは簡単だが実際に開墾するのは相当な苦労を伴う。それでも、若い衆を筆頭に、住人達は立ち上がった。 それが、恐怖や絶望に変わるとも知らずに。 人々の希望や笑顔が集まる所には、アヤカシの気配も集まる。住人達の努力を嘲笑うように、巨大なアヤカシが姿を現した。 それは、体長3m程度の狐。4本の尾を持ち、真紅の瞳が獰猛な光を宿している。 巨大な脚が、地面を抉って人々を吹き飛ばす。尾から火の球を飛ばし、大地や森を焦がした。 アヤカシの襲撃に、周囲は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。逃げ惑う様子を、アヤカシは楽しそうに眺めていた。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
アルフィール・レイオス(ib0136)
23歳・女・騎
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
帚木 黒初(ic0064)
21歳・男・志
紅 竜姫(ic0261)
27歳・女・泰
ウルリケ(ic0599)
19歳・女・ジ
神樂坂 璃々蝶(ic0802)
17歳・女・シ
ミヒャエル・ラウ(ic0806)
38歳・男・シ
エルウィン・キルト(ic1020)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● 悲鳴と涙を連れ、街へ逃げて来る一般人達。開墾中にアヤカシが現れるとは、誰も思わなかっただろう。 続々と避難してくる住人に声を掛けながら、逆行して走る者が10人。その姿と言葉で、恐怖や混乱が徐々に和らいでいく。人の波が途切れると、10人は一気に速度を上げた。 「目的地周辺は、海や川から遠い盆地です。どれだけの人が残っているか分かりませんが、私は森の中を捜索しようと思います」 走りながら、ウルリケ(ic0599)が地理情報と自身の行動を伝える。ギルドを介して入手した情報だが、水源から離れた平地という事は…火事が起きたら炎が広がり易い。 「茂みや木の上にも、一般人が居るかもしれん。何にせよ、発見したら速やかに安全区域まで送り届けるべきだな」 言いながら、ミヒャエル・ラウ(ic0806)は聴力を研ぎ澄ませた。一般人がどこに居るか、誰にも分からない。隠れている者を見落とさないため、集中力を高めていく。 だが…彼の耳が捉えたのは、人々の悲鳴。次いで、彼等の視界に巨大な狐の姿が飛び込んできた。恐らく、体長は3m程度。その周囲には、逃げ遅れた一般人も居る。 「話には聞いていましたが…随分と大きな狐さんですね。ちゃんと、我々を優先的に狙うのでしょうか?」 苦笑いを浮かべながら、疑問を口にする帚木 黒初(ic0064)。今回のアヤカシは一般人よりも開拓者を狙うらしいが…真偽は定かではない。 その答えが出るより早く、ミヒャエル、紅 竜姫(ic0261)が気の流れを制御して一気に加速。アヤカシの周囲に居た一般人を抱き上げ、離脱した。 走り去る動きを目で追い、注意を向けるアヤカシ。その視界に、緋乃宮 白月(ib9855)が瞬時に飛び込んだ。黒布を大きく振り、敵の鼻先に鋭い裏拳を叩き込む。 「罪の無い方々を襲い苦しめるアヤカシ…ですか。うん、必ずここで退治しましょう」 覚悟を口にし、身構える白月。不意討ち気味の一撃を受けたアヤカシは、天を仰いで雄叫びを上げた。怒りの籠った鳴き声に、離脱した少女が怯えた表情を浮べる。 それに気付いた竜姫は、少女を正面から抱き締めた。 「大丈夫、心配しないで? 私達が来たかぎり、これ以上の被害を出させたりしないわ」 視線を合わせ、落ち着かせるように微笑みかける。少女は涙を堪えて頷くと、他の一般人と共に街に向かって走り出した。 白月と対峙する狐に向かって、九竜・鋼介(ia2192)は小剣を振り下ろす。小振りな刀身が奔り、アヤカシの前脚を斬り裂いた。 「誰一人として犠牲者は出させない……来い! 貴様の相手は、俺達だ!」 叫びながら、兵装を構え直す。反撃するように、狐は前脚を鋭く薙いだ。鋼介は盾と剣を交差させ、攻撃を防ぐ。鋼介と白月は軽く視線を合わせると、アヤカシの注意を引きながら徐々に後退。人々や森から遠ざけていく。 「アヤカシは私達に任せて下さい。一般人の避難はお願いしますね?」 「ん、任せておけ。これ以上、アヤカシの好きにさせるつもりはない」 三笠 三四郎(ia0163)の言葉に、アルフィール・レイオス(ib0136)が素早く返事を返す。仲間の力強い返答に、三四郎は少しだけ微笑んで駆け出した。 彼らを見送り、アルフィールは周囲を見渡す。アヤカシの動きに注意しながら、彼女は一般人を守るために盾を握り直した。 ● 「これだけ離れれば大丈夫でしょうか? 三笠さん、九竜さん、倒し切るつもりでいきましょう…!」 移動する事、数十メートル。囮担当の3人は、兵装を構えて身構えた。もっと離れる事も出来るが、移動先に一般人が居たら巻き込んでしまう。仲間を信じ、足止めに回った方が安全だろう。 狐は低い唸り声を上げると、4本の尾を振り上げた。その周囲に、20cm程度の炎弾が多数出現。開拓者達に向かって降り注いだ。 迫り来る火の球を、白月は華麗なステップで避ける。鋼介は盾で防御を固め、ダメージを軽減した。 「あちこちに火炎弾を撃たれては困りますね。火事にでもなったら大変です」 静かに言い放ち、三四郎は地面を蹴る。強大な槍を振り回し、飛来する火球を次々に粉砕。火の粉が散る中、兵装を薙いで狐の左後足を斬り裂いた。そのまま走り抜け、白月達の隣に並び立つ。 「さて…一気に仕掛けるとしますかねぇ…!」 両手の兵装を手放し、鋼介は刀と太刀に持ち替えた。集中力を高めて二刀を構え、アヤカシに接近。刀を鋭く振って牽制し、太刀を全力で振り下ろした。 追撃するように、白月が距離を詰める。舞い散る瘴気を振り払うように、黒布を翻した。鋭利な先端が入り乱れ、アヤカシの全身に無数の傷を刻んでいく。 3人の攻撃がアヤカシに手傷を負わせた直後、突然木の葉が現れた。それは、催眠効果を持った無数の幻影。視界を覆う木の葉が、3人の精神を蝕んでいく。圧倒的な不快感に、鋼介と白月は膝を付いた。 「くっ…! 貴様の…思い通りになってたまるかっ!」 意識を操られそうになるのを、3人は気力を振り絞って耐える。三四郎は槍を構え、狙いを定めた。 「火炎弾の次は、木の葉ですか…随分と芸達者な狐ですね」 軽く苦笑いを浮かべながらも、大きく踏み込んで全力で刺突を放つ。眉間に迫る一撃を、狐は横に跳び退いた。矛先が頭部を掠め、瘴気が滲む。 「ちょっとだけ…頭がクラクラします。幻影のお礼に、僕の舞踏をお見せしますね」 言いながら、軽やかなステップを踏む白月。素早い動きから大きく踏み込み、拳撃を放った。正拳が敵の肩口に直撃し、巨体が揺らぐ。 間を置かず、鋼介は兵装を握り直して距離を詰めた。奥歯を噛み締め、刀と太刀を交差させるように振り抜く。切先がアヤカシの胴を斬り裂き、『×』字の傷を刻み込んだ。 怒りを表すように、狐は前足で地面を叩く。どうやら、敵との戦闘はまだ続きそうだ。 ● 時は少々遡る。囮班が誘導を始めた頃、残った5人も行動を起こしていた。 「どうやら、巧い具合に誘導出来たみたいですね。今のうちに、私も仕事をするとしますか」 周囲の安全を確認し、黒初は逃げ遅れた人々に声を掛ける。逃げる方向を間違えないよう、身振り手振りも加えて説明を続けた。 「念のため、逃げ遅れた者が気付くよう立札でも建てておくとしよう。材料には困らんからな」 ニヤリと笑いながら、散らばった材木を拾い上げるミヒャエル。建築に携わっていた彼には、造作も無い事だろう。幸いな事に、一般人が森を切り拓いていたため、資材や道具は揃っている。 「あたし、樹木の幹に目印を書きながら捜索してきます。もし森の中で避難民に遭遇したら、避難の道標にでもして下さい」 言うが早いか、ウルリケは森に向かって駆け出した。アヤカシの目を避けるため、一般人が森に逃げ込んだ可能性は高い。白墨で樹木の幹に『アヤカシが居る方向』を書きながら、ウルリケは奥へと進んでいった。 彼女と違う方向から、竜姫も森に突入。周囲を見渡しながら、呼子笛を鳴らした。 「誰か、もし隠れてるなら出て来て! 私は、あなた達を助けに来た開拓者よ!」 大声で呼びかけ、自身が救助に来た事を伝える。彼女の声に反応するように、頭上から助けを求める鳴き声が聞こえてきた。見上げた先に居たのは、10歳にも満たない少年。アヤカシから逃げるために木に登り、下りれなくなったのだろう。困ったように少しだけ笑い、竜姫は木に登った。 「落ち着いてくれ。俺達が全力で守り抜いてみせる。その間に、戦闘に巻き込まれないように逃げろ…出来るな?」 地面に座り込んだ男性と視線を合わせ、優しく語り掛けるアルフィール。若干落ち着きを取り戻したのか、彼は静かに頷いて立ち上がった。 ミヒャエルは呼子笛を吹き鳴らし、一般人を誘導。避難する道筋を示し、逃げ遅れた者達を戦闘区域から逃がした。 森の内と外、2手に別れた誘導班の活躍で、一般人が次々に避難していく。全てが順調に進んでいるように見えたが…『それ』は突然に訪れた。 彼方から飛来する、数個の炎弾。どうやら、アヤカシの制御を外れた流れ弾のようだ。徐々に減衰しているが、消え去る前に着弾するのは間違いない。しかも、その弾道は避難民の進路と重なっている。 「まったく…狐ちゃんは面倒な事をしてくれますね」 黒初は軽く溜息を吐きながら、兵装に精霊力を纏わせた。刀を斬り上げて火球を両断すると、紅葉のような燐光と火の粉が散り乱れた。 更に、ミヒャエルは気の流れを操作し、空気中の水分に干渉。火球を迎え撃つように、2筋の水柱を出現させて消火した。 が、全てを消滅させたワケではない。火球が2個、避難民に迫る。アルフィールは火球と避難民の間に割って入り、自身の体を盾代わりにした。彼女の背に火球が命中し、炎が燃え上がる。 咄嗟に、ミヒャエルは水柱を生み出した。水流がアルフィールの全身に降り注ぎ、炎を消し去る。全身ズブ濡れになりながらも、彼女は避難民達に視線を向けた。 「ん…怪我は、無いようだな。怖い思いをさせて、すまない…歩けるか?」 驚いて硬直している者に、優しく語り掛ける。避難民はコクコクと何度も頷くと、礼を述べて走り去った。 その背を見送り、黒初、ミヒャエル、アルフィールは周囲を見渡す。どの方向にも、逃げ遅れた一般人の姿は無い。周辺の避難は完了したと思って、間違いは無いだろう。 「随分と無茶をしたようだが…きみこそ、歩けるのか? 大丈夫なら、私達も放火魔の退治に向かうとしよう」 ミヒャエルの言葉に、アルフィールは力強く頷く。3人は軽く顔を合わせると、アヤカシの居る方向に走り出した。 ほぼ同時刻。森の中では、捜索が続いていた。視界が悪い事もあり、状況は少々厳しい。それでも、竜姫とウルリケは何人もの一般人を避難させていた。 「もう大丈夫ですよ。森を出たら、すぐ近くに立札があります。そこに書いてある方向に逃げて下さいね?」 茂みに隠れていた男性2人を見付け、方角や道順を指示するウルリケ。その優しい言動に、男性達は嬉しそうに微笑みながら駆け出した。彼等を見送り、ウルリケは捜索を再開する。その耳に、聞き慣れた声と笛の音が聞こえてきた。 「ウルリケさん! そっちの避難は大丈夫だった?」 奥の茂みから、竜姫が姿を現す。再会した2人は、互いの捜索状況を確認。森の大部分は既に見回り、避難誘導が完了しているようだ。 残る仕事は、あと1つ。それを達成するため、2人は目印を辿って走り出した。 ● 狐の巨大な爪が空を切り、開拓者達に迫る。囮役の3人は足止めに成功しているが、彼等の負傷は少しずつ蓄積していた。 全員が肩で息をする中、狐は尾を激しく振り回す。空中に生み出される、多数の火球。3人が身構える隙も与えず、それを一気に撃ち放った。 次の瞬間、彼等を守るように2つの人影が立ち塞がる。アルフィールは盾を構え、火球を正面から受け止めた。 黒初は刀を盾代わりに構え、精霊力を纏う。火球が命中すると同時に、灰色の力場が発生。炎の威力を軽減した。 「灰で炎を受けるのは、妙な感じですねえ…まぁ、防げるなら構いませんが」 火の粉が舞い散る中、黒初は刀を振って力場を掻き消す。彼が使ったのは、苦心石灰。言葉通り、『灰で炎を受ける』結果となった。 「待たせたな。一般人の避難誘導は完了した。防御役は、俺に任せてくれ」 顔だけ後ろに向け、軽く微笑むアルフィール。救援に来たのは、彼女と黒初だけではない。竜姫にウルリケ、ミヒャエルも駆けつけ、全員が揃った。 「お待ちしていましたよ、皆さん。これで、攻撃に専念出来ます」 仲間の登場が、三四郎達の気勢を上げる。8人は兵装を握り直し、アヤカシに視線を向けた。 「では、狐退治と参りましょうか。弱い者をイジメる事しか出来ない、軟弱なアヤカシのようですが」 満面の笑顔で、挑発するような言葉を向けるウルリケ。彼女の発言の意味が分かったのか、アヤカシは大きく口を開けて雄叫びを上げた。 その隙を狙い、ウルリケは連続で短銃を撃ち放つ。1発目は敵の口内を撃ち抜き、2発目は眉間を直撃した。 眉間を狙っていたのは、彼女だけではない。三四郎は大きく踏み込み、渾身の力を込めて槍を突き出した。矛先が眉間に突き刺さり、瘴気が派手に吹き出す。 「建築美の何たるかを知らぬ無粋なアヤカシが、小癪な真似をしてくれたものだ。建築に携わる者として、許しておけんな」 ほんの少しだけ怒りの表情を浮べ、ミヒャエルは指を鳴らした。次の瞬間、アヤカシの直下に水が生まれ、激しい勢いで天に昇っていく。その水圧は、消火に使った時とは比べ物にならない。 「狐と狼…どちらが『狩る側』か、教えてやる…!」 鋼介は裂帛の気合を込め、地面を蹴って大きく踏み込む。ミヒャエルの水撃が終わるのと同時に、刀を突き出した。切先がアヤカシを捉え、脇腹を深々と抉り取る。更に、逆の手に持った太刀に炎を宿し、燃える斬撃を叩き込んだ。 「燃やすのは、心だけで十分だわ……覚悟なさい、アヤカシ! 私の故郷で暴れた事、絶対に許さない…!」 怒りの炎を心に燃やし、竜姫は高速で間合を詰める。左脚で地面を踏み締め、右脚を高く蹴り上げた。爪先が狐の顎に命中した直後、右脚を下げる反動を利用して左脚を蹴り上げる。刹那の二連撃を決めた姿は、まるで天に舞う龍のように力強い。 「隙あり、です。これで終わらせてみせます…!」 言葉と共に、白月の気が全身を駆け巡って細胞を覚醒させる。その状態で拳を握ると、白い疾風が駆け抜けた。目にもとまらない速さの、神速の拳撃。アヤカシの体には、拳の跡が3つ残っていた。衝撃が全身を駆け抜け、傷口や口から瘴気が吹き出す。ほんの数秒で、アヤカシは瘴気と化して空気に溶けていった。 ● アヤカシの撃破を報告するため、街に戻って来た開拓者達。彼等に感謝や礼の言葉が向けられているが、不安の声も同じくらい多い。どうやら、アヤカシの再来を心配しているようだ。 「まぁ、もう狐アヤカシは来ないだろう…狐だけに、もう『コン(来ん)』…ってねぇ」 一瞬、住人も開拓者も言葉を失った。が、すぐに周囲から笑い声が零れる。鋼介の言うように狐アヤカシが来ないか分からないが、今は平和を素直に喜ぶのも悪くないだろう。 笑顔が溢れる中、怪我人を見付けた竜姫は包帯を取り出した。傷口に薬草を貼り、包帯を巻いていく。 「大丈夫? 専門家じゃないから、下手クソかもしれないけど…」 言葉と共に、乾いた笑い声を零す。彼女の手当は若干拙いが、その気持ちは充分に伝わってくる。手当を受けた者が深々と頭を下げると、竜姫は照れながら微笑んだ。 新天地の開拓は延期になってしまったが、重傷や死者は居ない。準備が整ったら、作業は再開されるだろう。その時は、ミヒャエルが天儀神教会の礼拝堂を建てに来るかもしれない。 |