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■オープニング本文 泰国が、多数の群島から構成される連合国家なのは周知の事だろう。周囲には大小様々な島があり、そこに住んでいる者も少なくない。気候が温暖な事もあり、生活環境は概ね良好である。 暮らし易い場所ではあるが…アヤカシと無縁というワケではない。天儀本島と比べて被害は少ないが、危機は今も静かに忍び寄っていた。 泰国本島から北西数十kmの位置にある、小さな島。そこでは草花が枯れ、川や泉は干上がり、大地がヒビ割れ、少しずつ砂漠化が進んでいる。 その原因になっているのは、炎の塊。無論、タダの炎ではない。パンダや豹、虎や麒麟、朱鷺や鳳凰といった、泰国を代表する動物の姿を模している。そんな炎が、家屋や樹木を焼き払い、地面に炎を送り込んで水分を奪っていた。 「水だ! 水持って来いっ!」 「馬鹿! さっさと逃げろ! 焼け死にたいのか!?」 小さな島とは言え、生活している人々は居る。自分達の住家や畑を守るため、彼等は炎と戦おうとしたが…一般人がアヤカシに敵うワケがない。消火しようと水を掛けても、火の回りが早過ぎて効果が薄い。 生き延びるため、住人達は島を脱出する事を選んだ。最低限の荷物を手に、家を捨てて海岸に向かって走る。そこにある船を使えば、泰国本島に行ける…ハズだった。 住人達が目の当りにしたのは、燃えて沈んでいく船。恐らく、アヤカシ達が先回りして火を放ったのだろう。大小関係無く、船は一隻も残っていない。 絶望的な状況に、膝から崩れ落ちる住人達。そんな中、2人の少年が岩陰に向かって走り出した。そこには、彼等が作った小さなイカダが隠してある。幸いにも無傷だったイカダを海まで引っ張り、少年達は叫んだ。 『助けを連れて、必ず戻って来る! それまで、待っててくれ!』 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
パニージェ(ib6627)
29歳・男・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
帚木 黒初(ic0064)
21歳・男・志
沫花 萌(ic0480)
20歳・女・武
リズレット(ic0804)
16歳・女・砲
閻羅(ic0935)
22歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 泰国の海域に浮かぶ、小さな孤島。普段は全く目立たない島だが、今では注目を集めていた。 無論、悪い意味で。 「あの島か。二人共、後の事は俺達に任せとけ。必ず、村人を助けだしてみせるからな!」 島の危機を知らせた少年達の背を叩きながら、クロウ・カルガギラ(ib6817)は力強く断言した。それは自信の表れではなく、自分に言い聞かせているようにも見える。 開拓者達を乗せた船が、ゆっくりと島の入り江に入って行く。船体を船着場に係留すると、開拓者達は桟橋を渡って島に上陸した。 その近辺には、島民達が集まっている。見知らぬ船を警戒しているのか、近付いて来る者は誰も居ない。が、少年2人が船から降りると、周囲から歓声が上がった。 「もう大丈夫じゃよ。そなた等は必ず救ってみせるから、先に船に乗って休んでおれ」 島民達を落ち着かせるように、優しく声を掛ける沫花 萌(ic0480)。彼女達の誘導に従い、島民が次々に乗船していく。 「火傷や怪我をしている方は、遠慮なく言って下さい。治療の準備もしていますので」 言いながら、ミノル・ユスティース(ib0354)は荷物を下ろした。傷の度合いは違うが、島民達は大小様々な怪我を負っている。避難も必要だが、治療も必要だろう。 「なぁ、聞きたいんだけどさ。友人とかで此処にいない奴はいるか? 隣に家の奴とか、いるか?」 閻羅(ic0935)は子供と目線を合わせ、優しく問い掛ける。万が一にも逃げ遅れた者が居たら、見捨てるワケにはいかない。 「もし逃げ遅れた方を知っているなら、教えて下さい。どんな小さな情報でも構いませんよ?」 同様に、聞き込みを続ける帚木 黒初(ic0064)。これから島の捜索をするのだから、少しでも手掛りが欲しい処である。 乗船や治療が順調に進んでいたが…突然、島の北側で焔の勢いが強まり始めた。 「可能なら島の地理を確認したかったのですが、悠長な事を言ってる場合ではありませんね」 軽く苦笑いを浮べつつ、杉野 九寿重(ib3226)は視線を巡らせる。今の処、近隣にアヤカシの姿は無いが、それも時間の問題だろう。 三笠 三四郎(ia0163)は島民達に優しい笑みを向け、兵装を握り直した。 「沫花さん、リズレットさん、ここはお願いします。何かあれば、出来るだけ早く帰還しますので」 「今のリゼには…彼らを救える力が、守れる力がある…この島を、アヤカシから取り戻します……」 三四郎の言葉に、リズレット(ic0804)が静かに頷く。今回の依頼では、10人が2人1組になって行動する事になっている。船と島民の護衛は、リズレットと萌の担当だ。彼女達を残し、8人の開拓者達が入り江から離れていく。 その様子を、不安そうな表情で眺める少年が1人。不意に、彼の頭を大きな手が撫でた。 「心配するな、化物も退治してやる……帰る家ぐらいは、残せるようにするさ」 ほんの少しだけ笑みを浮かべながら、優しく語り掛けるパニージェ(ib6627)。返答を待つ事なく、仲間達の元へ歩き始めた。その背に、少年の笑顔を受けながら。 「っしゃ! みんな、行こうぜっ! これ以上、アヤカシに好き勝手させねぇぞ!」 ルオウ(ia2445)の気合の籠った叫びが、周囲に響く。開拓者達は静かに顔を見合わせると、班ごとに別れて駆け出した。 ● 「あたしは地上の警戒と救出された島民の治療に当たる故、リズレット殿は上空の警戒と援護を頼むぞぃ」 仲間の背を見送った後、萌はリズレットに協力を呼びかける。彼女の言葉に、リズレットは静かに頷いた。 「了解しました…微力ではありますが、皆様の乗船が完了するまで護衛致します…」 そう言って、桟橋を駆け抜けて島に降り立つ。リズレットが猫耳を立てて周囲の物音に集中する中、萌は道具袋から治療道具を取り出した。 「火傷を負った者は、岩清水で洗浄してから薬草を塗り包帯を巻いておくんじゃ。出血がある者は、止血剤を使い安静しておれ。ちゃんとした治療は、皆の安全を確認してからするからの!」 指示を飛ばし、自身は印を結んで精霊力を活性化させる。それが島民の体に作用し、酷い火傷や重傷を癒した。 周囲を警戒していたリズレットは、正面の森に向かって巨大な銃を撃ち放つ。ほぼ同時に、森から焔の豹が飛び出した。その眉間を、彼女の銃弾が貫通。焔獣の体が瘴気と化して飛び散り、空気に溶けていった。 「リゼが居る限り…ここは通しません。悲劇を、繰り返さないためにも……!」 決意を固める中、空中から鷲や鷹の焔獣が迫る。リズレットは素早く弾丸を装填し、迎撃の射撃を放った。 彼女の注意が上空に向いている隙に、1匹の虎が海岸を一気に駆ける。狙いは、避難した島民達だろう。 それに気付いた萌は、敵に気迫を込めて一喝を浴びせる。圧倒的な迫力に、アヤカシの動きが一瞬止まった。 間髪入れず、リズレットが銃撃を放つ。更に、萌が扇を振ると精霊の幻影が現れ、焔獣を攻撃。2人の連撃が虎を打ち砕き、瘴気と化して消えていった。 ● 「おーい! 誰か居るかー? ギルドの依頼で、助けに来たぞー!」 大声で叫びながら、南部の森で救助者を探す閻羅。その声を掻き消すように、奥から悲鳴が響いてきた。弾かれるように、2人は声の方向に駆け出す。数秒後、3人の子供が焔獣に囲まれている光景が飛び込んできた。敵の数は、4匹。 軽く舌打ちしつつ、パニージェは盾を構えて突撃。熊に殴りかかり、隙間をこじ開けた。そのまま、子供達に駆け寄って自身の背で守る。 殺気立つ焔獣に向かって、閻羅は獣のような雄叫びを上げた。それが麒麟2匹の注意を引き、閻羅に向かって突撃していく。 「隠れていろ。すぐに終わらせる…」 パニージェは敵を視界に収めながら、背中越しに声を掛ける。彼の言葉に従い、子供達はゆっくりと離れて木陰に身を隠した。 殴打のお返しとばかりに、熊が爪を振り下ろす。鋭い一撃がパニージェの頬を掠め、赤い線を描いた。それを微塵も気にせず、騎兵槍を突き出す。 「ほぉら、かかってこいよ! ははっ、たぁのしいなぁ!」 狂気を孕んだ、歪んだ笑い声。敵の攻撃を最小限の動きで避け、剣を深く突き立てる。そこに開拓者としての『閻羅』は無く、残虐を楽しむ悪鬼と化していた。 敵に向かって大きく踏み込み、黒灰色の刀身を突き出す。それが麒麟の1体を消し去ると、標的をもう1体に変えて攻撃。2匹目の麒麟と共に、パニージェが相手をしていた2匹も弾け散った。 アヤカシを倒し、子供達に歩み寄る2人。閻羅は、いつもの飄々とした雰囲気に戻っていた。 「怪我は無いか? 歩けないなら、俺達が手を貸そう」 パニージェの言葉に、笑みを返す子供達。彼等を連れ、全員で停泊地へ歩き出した。 ● 島の北側に進んだ3班は、激戦の中に居た。襲い来る焔獣を倒し、逃げ遅れた人達を捜索していく。 「誰か、居ませんか!? 居たら返事をして下さい!」 叫びながら、吹雪を生み出して消火作業をするミノル。仲間や一般人を巻き込まないよう、注意は怠らない。 三四郎と共に周囲を見渡す中、岩陰で『何か』が動いた。警戒しながら接近した先に居たのは…火傷を負った男性。熱傷自体は軽そうだが、その範囲は右腕全体に及んでいる。 地面に座り込んだ男性を支えながら、ミノルは目を閉じた。白い精霊に働きかけ、治癒の力を持つ白い光で火傷を負った右腕を包む。 「もう大丈夫です。すぐ済みますから、動かないで下さいね? 三笠氏!」 「分かっています。ユスティースさんの治療が終わるまで、焔獣は私が引きつけます…!」 力強い言葉を返し、三四郎は兵装を握り直した。彼等が居るのは、平原のド真ん中。しかも、既に焔獣に狙われている。 三四郎はミノル達達から離れ、空に向かって雄叫びを上げた。次の瞬間、鳳凰の姿を模した焔獣が上空から急接近。鋭い嘴と爪が、三四郎の体を連続で斬り裂いて行った。 「翼があれば空中からの攻撃にも対応し易いのですが…無い物をねだっても仕方ありませんね」 自嘲するように笑い、腰を落として槍を構える。2度目の急降下に合わせて全力で振り回し、敵を薙ぎ払った。渦を巻くような殴打が、焔獣を打ち付ける。 そこから手首を返し、大きく踏み込みながら槍を突き放った。鋭い刺突が、2匹の鳳凰を連続で貫く。穿たれた穴から瘴気が吹き出し、焔獣は火の粉と共に消え去った。 ● 北部の海岸周辺を捜索しているのは、九寿重とクロウ。様々な場所を見回っているが、焔獣以外は発見出来ずにいた。 が、波打ち際で海を眺めている島民を発見。焔獣に襲われて放心しているのか、動く様子は全く無い。九寿重とクロウは視線を合わせ、足早に島民に近付いた。 「あの…この島に住んでいる方ですか? 私達は、ギルドの依頼で救護に来た者です」 九寿重の言葉に、島民は驚愕の表情を浮べている。救助が来るとは、予想もしていなかったのだろう。 「俺達と一緒に避難しようぜ? 他の島民も、南側に集まってるからさ」 言いながら、クロウは島民の背を叩く。言葉を返す代わりに、島民は何度も頷いた。 焔が燃えている場所を避け、出来るだけ安全な道を進んでいく3人。穏やかな道中が続いていたが、森に差し掛かった所で周囲の焔が収束。それがパンダの姿を成し、目の前に立ち塞がった。 「出たな、焔獣! こいつ…パンダか? 熊と大差ねぇじゃん」 クロウの言う通り、白黒に色分けされていない姿は熊に瓜二つ。パンダ特有の、可愛さも愛らしさも無い。 九寿重は片手で島民を守りながら、少しずつ後退。焔獣との距離を、徐々に離していく。それは、クロウも同じである。 護衛は完璧だが、攻めようとする様子は無い。恐らく、2人は殿(しんがり)に回ろうとしているのだろう。その事に気付いた九寿重は、軽く笑みを浮かべた。 「互いに殿を取り合っても仕方ありませんね。クロウ、ここは速攻でケリを着けましょう」 彼女の提案に、クロウは笑顔で頷く。タイミングを合わせ、2人は同時に突撃した。 ● 島の至る所で暴れ回るアヤカシ達。焔獣の被害は、島全体に広がっていた。 「はてさて…こんな場所でアヤカシに遭遇するとは、厄介ですね。避難が終わっているのは、不幸中の幸いですが」 苦笑いを浮かべながら、愚痴を零す黒初。彼とルオウは、島の集落に来ていた。村中を調べたが、逃げ遅れた島民は1人も居ない。場所を移動しようと思った矢先、焔獣に囲まれてしまったのだ。 「避難させるだけじゃダメだ。ここはみんなの家なんだろ? だったら…」 黒初と背中合わせで立ちながら、言葉を口にするルオウ。それを遮るように、豹が飛び掛かってきた。 距離が一気に縮まる中、ルオウは最小限の動きで刀を振る。切先が焔獣の胴を深々と斬り裂き、瘴気へと還した。 「アヤカシ共に、好き勝手させるわけにはいかねーぜっ! 1体でも多くブッ倒す!!」」 叫びながら、ルオウは刀を鞘に納める。士気を高め、決意を固め、次の攻撃に備えた。 今回の依頼で優先すべきは、島民の保護。だが、アヤカシを野放しにしたら、好き勝手に暴れ回るだろう。島民が帰るべき場所も、住んでいた家屋も、思い出が詰まった村も、全てが破壊されてしまう。ルオウは、それが耐えられないのだ。 彼の熱い想いに触れ、黒初は不敵な笑みを浮かべる。視界の隅で家を破壊しようとしている焔獣に向かって、双剣の斬撃を叩き込んだ。 「ルオウさんがそうしたいなら、私も火消しのお手伝いをしますよ」 視線を合わせ、微笑み合う2人。互いの死角を守りつつ、周囲のアヤカシを殲滅するために兵装を奔らせた。 手傷を負いながらも焔獣を倒し終えると、南方から青い狼煙が上がる。それは、リズレットが上げた『島民の乗船完了』の合図。船出の時が迫っている事を知り、ルオウと黒初は駆け出した。 ● 「怪我をしている方は居ませんか? それと、行方不明の方が居ないか、もう一度確認してみて下さい」 ミノルの言葉に、乗船した島民達が周囲を見渡す。避難した者、救助した者も含め、船内に居る島民は約20人。全員が揃ったのか、行方不明者の名乗りを上げる者は誰も居ない。 「どうやら、全員助けられたみたいだな。へへっ…ここからが『本番』だぜ!」 不敵な笑みを浮かべながら、腕を回すルオウ。仲間達に視線を向けると、誰もが静かに頷いた。 直後、開拓者達は船から飛び降り、船を係留する縄を斬り落とす。 「絶橘様、船を出して下さい…リゼ達は、ここに残ってアヤカシを殲滅致します……」 操縦席に居る克騎に向かって、リズレットが言葉を掛けた。その意志は固く、銀色の瞳には一切の迷いがない。 「三笠、船の護衛はあんたに任せた。島のアヤカシは、俺達がブッた斬ってやるからさ」 剣を構えながら、優しい笑みを送る閻羅。敵を殲滅する事も重要だが、島民を危険に晒しては本末転倒。護衛は必須である。 「最善を尽くします。長弓なら、敵の射程外から迎撃出来ると思いますし」 そう言って、三四郎は兵装を弓に持ち替えた。そのまま、船の甲板に立って見張りに回る。 「さっさと行け! ここで頑張らないと、あのガキ共に合わせる顔がねぇからな!」 なかなか出発しない克騎に、クロウが怒声を浴びせた。島民が全員揃い、周囲にアヤカシの居ない今が、脱出する絶好の機会なのだ。戸惑っている時間も、悩んでいる時間も無い。 ゆっくりと、海上船が船着場を離れていく。開拓者達が見守る中、徐々に速度を上げ、水平線の彼方へ消えていった。 「さて、行くとするかのう。絶望の火種を浄化し、新たなる希望を灯すために。反撃の狼煙でも上げておくべきかぃ?」 悪戯っぽい笑みを仲間に向け、扇を広げる萌。気の利いた冗談に、周囲から笑い声が零れた。 そんな開拓者達の頭上を、鳥型の焔獣が通り過ぎる。咄嗟に、黒初は兵装に精霊力を纏わせて虚空を斬り上げた。解放された精霊力が渦を巻き、一直線に伸びる。紅い燐光が紅葉のように散り乱れる中、焔獣は渦巻く風に飲み込まれて消え去った。 「沫花さん、申し訳ありません。先に、紅蓮の紅葉を上げてしまいました」 謝罪する黒初の頭上で、燐光が舞い散る。萌が言葉を返すより早く、焔獣達が周囲に出現した。その数は、30を超えている。 「私に出来るのは、剣を振るう事のみ。後顧の憂い、ここで断たせて貰います…!」 言葉と共に、兵装を抜き放つ九寿重。彼女に続くように、他の開拓者達も兵装を構えた。この場に居る全員、想いは同じなのだろう。 「…おまえ達、無茶はするなよ? 絶対に、な」 パニージェが短く言い放つと、仲間達は静かに頷く。タイミングを合わせ、9人はアヤカシに突撃した。 負けるつもりも、玉砕するつもりも無い。強い意志と固い決意が開拓者達を突き動かし、克騎と三四郎が迎えに来る頃には、島中の焔は消えていた。 |