命を喰らう霧
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/16 00:12



■オープニング本文

 泰国には、標高の高い山がいくつかある。山頂付近は霧に覆われている事が多く、立ち入る際には相当な準備と注意が必要になる。無論、安全で普通に登れる山も多数存在するが。
 危険な山だからこそ、登山家の挑戦心が刺激され、泰拳士の修業に重宝され、人の出入りは少なくない。事件や事故が起きないよう、泰国や周辺の村で整備や警備が行われていた。
 しかし…。
「あなた…こんな姿になって…っ!」
「お兄ちゃん、目を開けて! お兄ちゃん!」
 物言わぬ姿となった夫に手を伸ばし、嗚咽を漏らしながら強く抱き締める婦人。その隣では、10代後半の少女が泣きながら兄の躯を揺すっている。
 皮肉な程に良く晴れた日の朝。山の整備に向かった警備員達が、2人の遺体を見付けて下山。村で確認した結果、登山家の青年と、泰拳士として修業中の少年だという事が分かった。
 肉親達が悲しみに暮れる中、不安の表情を浮べる者が多数。登山家も泰拳士も、1人で山に登ったワケではない。同行者が何人か居るハズなのだが…その人達の安否は不明。関係者が不安になるのも、当然だろう。
 可能なら今すぐにでも山に登って生死を確認したいが、どんな危険が待ち受けるか分からないため、一般人が行くワケにはいかない。村人達の願いは、開拓者に委ねられた。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
露羽(ia5413
23歳・男・シ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
リンカ・ティニーブルー(ib0345
25歳・女・弓
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟
テト・シュタイナー(ib7902
18歳・女・泰
紫ノ宮 莉音(ib9055
12歳・男・砂
小豆(ic0565
10歳・男・泰


■リプレイ本文


 標高の高い山は、山頂付近が霧や雲に覆われて目視出来ない事が多い。目の前にある山も類に漏れず、霧の中である。ただし…頂だけではなく、山全体が霧に包まれているのは不可解だが。
「凄く広そうな山…ルベル、一緒に頑張ろうね」
 霧の奥にある山を眺めながら、不安そうに声を漏らす紫ノ宮 莉音(ib9055)。万全の準備はしているが、気掛かりな事も少なくないのだろう。
 彼とは対照的に、走龍のアストラルベルは獰猛な低い唸り声を上げているが。
「これ以上被害がでる前に、迷った方々を探さないと…!」
 アヤカシの居る山を眺めていると、乃木亜(ia1245)の小柄な体が小刻みに震える。無意識のうちに、彼女は自身の右腕を強く握っていた。
 その様子に気付いたのか、乃木亜の相棒、カミヅチの藍玉が心配そうにピィピィと鳴き声を漏らしている。
『山で遭難とは一大事。一刻も早く探し出してやらねばな』
 主のサニーレイン(ib5382)を肩に乗せ、土偶ゴーレムのテツジンが決意を言葉にした。
「へー、そうなんですか」
 沈黙。
 テツジンの決意をブチ壊すような、サニーレインの一言。周囲の空気が一瞬で凍り付き、誰もが言葉を失った。言ったサニーレイン自身、激しく後悔しているに違いない。
『…わたいの聞き間違いでしょうか? 今、猛烈に陳腐な会話が聞こえた気がしたのですが』
 沈黙を破るように口を開いたのは、梢・飛鈴(ia0034)の相棒、人妖の狐鈴。そのツッコみには、一切の容赦が無い。
 気まずい空気が流れる中、彼女達の頭上から透き通るような藍色の駿龍が降下して来た。ゆっくりと地面に降り立つと、その背から琥龍 蒼羅(ib0214)が跳び下りた。
「この霧、相当厄介だ。山頂から徐々に薄くなっているが、範囲は山全体に広がっている」
 仲間達に状況を説明しながら、相棒の駿龍、陽淵の頭を撫でる。蒼羅達は霧の分布を確認するため、上空から山の様子を偵察してきたのだ。
「情報、感謝する。闇雲に突っ込んで、あたし達まで遭難したら洒落にならんからナァ」
 苦笑いを浮かべながら、労いの言葉を掛ける飛鈴。山の情報も然る事ながら、周囲の雰囲気を変えてくれたのが、相当助かった事だろう。
「念のために、周囲の光景や目印になるような物を頭に叩き込んだ方が良いだろうな」
 そう言って、テト・シュタイナー(ib7902)は周囲を見渡した。霧が深くて見通しが利かないからこそ、迷わないための工夫は必要である。上空から探すなら、尚更。
「迷い人…ね。時間も無さそうだし、早く見つけなくちゃね」
 ユリア・ヴァル(ia9996)はランタンに火を点け、明かりを灯した。足元を照らす意味もあるが、遭難者からも彼女達を発見し易くなるハズだ。
「うん! 小豆ちゃんは、遭難した人をみんな助けちゃうんだから! ね、大福?」
 ユリアに同意しつつ、小豆(ic0565)が元気良く頷く。相棒の甲龍、大福に声を掛けながら、その背に跳び乗った。
「みんな、準備は良い? 何かあれば、連絡は呼子笛とブブゼラでお願いね?」
 全員を見渡し、各班に1本ずつブブゼラを手渡すリンカ・ティニーブルー(ib0345)。今回は、上空2班、地上2班、計4班に別れて行動する事になる。連絡手段は多い方が良いだろう。
「アヤカシを倒さない限り、この霧は私達の捜索を拒み続けるのでしょうね…全員で協力して、1人でも多く発見しましょう。行きますよ、黒霧丸」
 相棒の忍犬、黒霧丸に声を掛けながら、山を見詰める露羽(ia5413)。10組の開拓者と朋友は互いに視線を合わせて頷くと、別れて行動を開始した。


「直接的な攻撃よりも、この手のアヤカシの方が厄介ね。アエロ、何か感じる?」
 頭上を飛ぶ相棒の迅鷹、アエロに向かって、ユリアが声を掛ける。出発前、彼女はアエロに『登山家の赤い布』の匂いを覚えさせておいたのだが…相棒は短く鳴いて首を横に振っている。
 同様に匂いを嗅いだ黒霧丸は、鼻を地面に擦り付けるように歩いていた。追うべき匂いが見付かっていないのか、何度も首を振って匂いを嗅いでいる。
 相棒の鼻を頼りに、周囲に注意しながら探索を進める事、数十分。突然、黒霧丸が小さく吠えて駆け出した。それを追い、開拓者達も駆け出す。
 聴覚を研ぎ澄ませていたサニーレインの耳には、遥か前方から話し声が聞こえていた。口元に手を当て、声に精霊力を上乗せして撃ち出す。
「はろーはろー、こちらサニーレイン、貴方はだあれ?」
 姿は見えないのに、声は聞こえる…そんな状況に、前方の人達は驚いているようだ。サニーレインは説得するように言葉を続け、登山家だという事を聞き出す事に成功。その場を動かないよう、指示を伝える。
 それから数秒もしないうちに、開拓者達と登山家達は、茂み奥で顔を合わせた。仲間に合図を送るため、サニーレインがブブゼラを吹くと、ボエ〜っという音が霧の中に広がっていく。
「落ち着いて下さい。私達は、開拓者です。貴方達を救助するため、ここまで来ました」
 露羽は優しく話し掛け、柔らかい笑みを向けた。直後、登山家2人は露羽の腕を掴み、猛烈なイキオイで懇願の言葉を口にし始める。
 どうやら、彼等と同行したメンバーが崖に落ちたらしい。安全に下りれる場所を探していた処に、サニーレインからの呼び掛けがあったようだ。
「大丈夫。落ちた人は、私に任せて。貴方達は、体を温めた方が良いわ」
 そう言って、ユリアは毛布を手渡した。登山家達がそれを受け取ると、彼女はアエロに視線を向ける。その意図を理解したのか、アエロが煌めく光となってユリアと同化すると、背から輝く翼が生えた。残光と共に、ユリアは崖を飛び降りる。
 彼女が救助に向かっている間に、露羽とサニーレインは干飯や水、チョコや水飴を差し出した。予想外の食糧提供に、登山家達は感謝の気持ちを伝える。
 それを食べている間に、ユリアは両脇に人を抱えて帰還した。2人を地面に寝かせると、全員が心配そうに駆け寄る。擦り傷や打撲は多いが、大きな怪我は無く、意識もハッキリしている。恐らく、木の枝や草花が落下の衝撃を吸収したのだろう。
 サニーレインは道具袋から薬草と包帯を取り出し、応急処置を施す。薬草を塗り込んだが、包帯を巻こうとしたら自身の体に絡み付き、ミイラのような状態になってしまった。
 呆れたように首を振りながら、テツジンが包帯を解いていく。露羽とユリアは軽く笑みを浮かべ、サニーレインの代わりに包帯を巻いた。
「命に。別状は、ありません。栄養補給が、終わったら、下山。しましょう。歩け、ないなら…テツジン」
『うむ。さぁ諸君、私の腕に飛び込んできたまえ』
 主に声を掛けられ、両腕を広げるテツジン。冗談のつもりで言ったのだが、豪快にスベッている。登山家達も、苦笑いを隠せていない。
 栄養補給後、テツジンとアエロは1人ずつ登山家を乗せ、全員で山を下り始めた。念のため、アヤカシの不意討ちに備えて警戒は怠らない。
「もう少しですから…気をしっかり持ってくださいね?」
 歩きながら、登山家達を励ます露羽。そんな彼の裾を、黒霧丸が軽く引っ張った。脚を止めると、黒霧丸は進路とは違う方向に歩いていく。露羽は周囲にバレないよう、そっと相棒の後を追った。
 その先にあったのは…比較的新しい崖崩れの跡。岩の間から、大量の血痕と人間の腕が覗いている。真珠の腕輪と、赤いバンダナと共に。
 露羽は手を合わせて冥福を祈り、そのバンダナと腕輪を外した。そのまま、相棒と共に仲間の元へ駆けていく。


 濃い霧を斬り裂くように、2体の駿龍が空を駆ける。1体は、蒼羅と陽淵。もう1体は、テトと相棒のベンヌだ。互いの死角を補いながら、木に激突しない程度の高さを飛行している。
「予想以上に感覚が狂うな。目印を活用しないとヤバいぞ、これは」
 苦笑いを浮かべながら、周囲を見渡すテト。太陽の位置や山以外の景色で進行方向を確保しているが、気を抜いたら迷子になりそうな状況である。
「一度、地上に降りてみるか? 遭難者かアヤカシが見付かるかもしれん」
 蒼羅の提案に、テトが静かに頷く。2人が高度を下げ始めると、周囲にブブゼラの音が響いた。不意に向けた視線の先で、反射された太陽光が煌めく。その不自然さに、蒼羅とテトは進路を変えて急行した。
 霧の中、光を反射する物体…それは、宙に浮かぶ2m程度の氷塊。自然界では絶対に起こりえない、異常な光景である。
 2人は視線を合わせ、笛とブブゼラで仲間達に合図を送った。それを道具袋に収納し、素早く兵装に持ち替える。
「こいつが霧の元凶か? まぁ、吹っ飛ばせば分かるってな!」
 不敵な笑みを浮かべ、テトは長銃を構えた。狙いを定め、引金を引く。銃声と共に放たれた弾丸は、氷塊を掠めて破片を撒き散らした。
「貴様如きに時間を掛けるつもりはない…全力で行くぞ、陽淵」
 蒼羅の言葉に呼応するように、陽淵は大きく翼を広げた。体勢を整え、襲撃するように一気に加速。擦れ違い様に、鋭い爪で氷塊を斬り裂いた。
 ほぼ同時に、蒼羅は驚異的な速度で刃を奔らせる。神速の斬撃が氷塊の一部を斬り落とし、周囲に氷の粒が舞い散った。
 空中で旋回し、再びアヤカシに接近する陽淵。それに合わせて、ベンヌも襲撃体勢で一気に加速した。距離が縮まる中、テトは兵装を魔槍砲に持ち替える。
 右側から陽淵が、左側からベンヌが爪を振り、氷塊を深々と斬り裂いた。
 更に、蒼羅は刀身に白く澄んだ気を纏わせ、一気に振り下ろす。純白の剣閃が氷塊を両断し、舞い散る瘴気を浄化させた。
 分断された氷塊に向かって、テトが銃弾の雨を降らせる。豪快な射撃がアヤカシを完全に打ち砕くと、周囲の霧が薄くなり始めた。お陰で目の前が開け、見通しが利く。
 探索を再開しようとした2人の視界に、ボロボロの道着を着た2人組の男性が飛びこんできた。テト達は素早く地面に降り立ち、事情を説明。泰拳士を保護し、下山を始めた。


「うー…見え辛いなぁ〜。大福は何か見えそう〜?」
 霧の中を飛びながら、泣きそうな表情を浮べる小豆。相棒の首を撫でながら語り掛けるが、大福は残念そうに首を振った。
 その隣では、甲龍のリンデンバウムに乗ったリンカが、意識を集中させながら弓の弦を掻き鳴らす。共振音に耳を傾けるが、特に異常は無いようだ。
 手掛りの無いまま飛行していた2人だったが、突然霧の濃度が薄まる。あまりにも唐突な事に驚きながらも、2人は捜索を続けた。
 数分後。アテも無く歩いている泰拳士を発見し、2人は高度を下げて地面に降り立つ。リンカはブブゼラを吹き鳴らし、優しく声を掛けた。
「あなた達、修業中の泰拳士ね? ギルドの依頼で助けに来たわ」
 彼女の言葉に安心したのか、泰拳士の体が大きく揺れ、膝から崩れ落ちる。リンカは素早く駆け寄り、彼の体を支えた。外傷は無いが、顔色は良くない。栄養補給のため、彼女は甘酒を泰拳士に差し出した。
「この辺は見えないのに、崖なのね。小豆ちゃん、いやーな予感しちゃう!」
 周囲を見回っていた小豆が、深い崖を発見。自分の勘を信じ、彼は相棒を呼んだ。荒縄を取り出し、片方を大福の体に縛りつける。もう一方を自分の体に括り付け、崖に跳び下りた。窪みや岩陰を重点的に、周囲を捜索していく。
 それから数秒もしないうちに、リンカの背後に瘴気が集まって霧が濃度を増した。彼女が後ろを振り向くと、1m程度の氷塊が出現して浮遊している。軽く溜息を吐き、リンカは泰拳士を背で守るように立ち上がった。
「ようやく霧が晴れてきたんだから、余計な事しないでくれる?」
 静かに言い放った直後、素早く矢を構えて瞬時に狙いを定め、奇襲の如く矢を放つ。弓撃が氷塊に深々と突き刺さり、砕けた欠片が弾け飛んだ。
 追撃するように、リンカは2撃目を撃ち出す。神速の矢が氷塊を貫通し、穴を穿った。そこから瘴気が吹き出し、空気に溶けて消えていく。同時に、周囲の霧が一気に薄まった。
 戦闘が終わり、タイミング良く小豆が崖から姿を現す。大福に引っ張り上げられた彼の腕には、1人の泰拳士が抱えられていた。目立った外傷は無いが、体を強打したせいか意識も無い。
 小豆は縄を解き、泰拳士を大福の背に乗せた。自身も一緒に乗り、泰拳士の体をだっこするように支える。
 リンカはもう1人の泰拳士をリンデンバウムの背に乗せると、全員でその場を離れた。


 霧の残る山中に、何度も響く笛の音。アヤカシと遭難者を発見した時で吹き方を変えているが、仲間達が何かを発見した事はお互いに伝わっている。
「そういえば、登山者の方々は目印を残したりはしていないでしょうか…?」
 軽く小首を傾げながら、言葉を漏らす乃木亜。登山家のみならず、道に迷わないように目印を残した可能性が高いだろう。
「もしかしたら、何かあるかもしれませんね。見落とさないように、注意しながら進みましょう」
 乃木亜に同意しつつ、莉音は周囲に視線を向けた。山の中なら、目印を付けられる場所は多い。木々や地面等、今まで以上に注意深く捜索していく。無論、アヤカシの出現に備えて警戒も怠らない。
 霧が薄くなる中、飛鈴の視線が崖で止まった。今は視界が開けているが、捜索対象者が霧が濃い状態でこの辺りを歩いていたら…。
「狐鈴、この崖下を見て来てくれないカ? 考えたくは無いが、落っこちてる可能性もあるしナ」
『全力で拒否します。そこまで気になるのでしたら、ご自分で確認をイデッ!』
 間髪入れず、拒否の言葉を口にする狐鈴。その不遜な態度に慣れているのか、飛鈴は軽く狐鈴の頭を小突いた。ある意味、2人は仲が良いのかもしれない。
 若干涙目になりながら、狐鈴は自身の頭をさする。視線を崖下に向けると、小鳥に変化して闇の中に飛び込んだ。残ったメンバーは、近隣の捜索を進めていく。
 数分後。手ぶらで戻ってきた狐鈴は、飛鈴に愚痴を零した。無理やり崖下に行かされた上に、収穫が無かったのが不満なのだろう。飛鈴は謝罪しながら相棒を落ち着かせ、捜索を再開した。
 霧が薄くなった事も手伝い、彼女達は重要な手掛りとも言える『足跡』を発見。それを追って行くと、岩肌に空いた洞窟に辿り着いた。
 莉音は松明に火を点け、中を照らす。淡い光が、数メートル先で横たわる4人の姿を映し出した。開拓者達は急いで駆け寄り、4人に視線を向ける。
 情報通りの、白い道着に帯。泰拳士で間違い無いだろう。外傷は無いが、顔色が悪く呼吸が荒く乱れている。
「衰弱が酷いナ…狐鈴、回復を頼ム。乃木亜、きみの朋友も手伝ってくれないカ?」
 流石の狐鈴も、今度は反対しない。風の精霊に干渉して力を借り、洞窟内に優しい風を吹かせた。それが泰拳士2人を包み、生命力を回復させていく。
 乃木亜は相棒に視線を送ると、藍玉は小さく鳴いた。直後、泰拳士の頭上に少量の水が出現。残った2人の全身に振り撒かれ、体を癒した。
 治療を受ける4人に、莉音がそっと毛布を掛ける。彼女の松明を借り、乃木亜は洞窟内で岩清水を沸かした。それが沸騰してきた頃、泰拳士の1人が意識を取り戻す。開拓者達と視線が合うと、警戒するように跳ね起きた。
「落ち着いて下さい。その道着と帯…泰拳士の方ですね? きみ達を助けに来ました」
 敵意が無い事を示すように、優しい笑みと言葉を向ける莉音。彼の柔らかい表情を見れば、敵だと疑う者は居ないだろう。泰拳士は警戒を解いて非礼を詫び、感謝の言葉を口にした。
「もう大丈夫ですよ。他に、遭難した方やアヤカシの居場所を御存知ありませんか?」
 問い掛けながら、乃木亜は携帯汁粉を差し出す。それを受け取り、泰拳士は深々と頭を下げた。残念ながら、遭難者やアヤカシの居場所に心当たりは無いようだが。
 全員が目を覚まして無事を確認すると、開拓者と泰拳士達は洞窟を後にした。衰弱が激しくて歩けない者が2人居たため、アストラルベルに乗せて移動。アヤカシに警戒しながら、ゆっくりと山の麓を目指した。


 太陽が西に傾き始めた頃、山の麓に全員が集まった。10人の開拓者、10体の朋友、12人の捜索対象者、そして…1人分の遺品。
 全員を発見出来たが、死者が出てしまったのは残念である。だが、12人もの一般人を救出したのは誇るべき事だし、亡くなった者も開拓者のお陰で家族の元に帰れるのだ。誰も、彼等を責めたりしないだろう。
 山にはまだ霧が掛かっているが、それが自然現象なのか、アヤカシの生き残りが居るのか、定かではない。万が一アヤカシだったら、霧を晴らすために開拓者が立ち上がるハズである。
 だが、今優先すべきは、捜索対象者の安全を確保する事。夕日が周囲を茜色に染める中、登山家と泰拳士の家族が待つ村に向けて、その場の全員が歩き始めた。