武天の中心でアイを叫ぶ
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/07 19:43



■オープニング本文

 様々な儀と交流が始まって以来、天儀には色んなモノが伝わってきた。目に見える物だけでなく、形の無い文化や風習等、その種類は多岐に渡る。
 6月を意味するジルベリアの言葉、ジューン。『結婚生活の守護神』の名前から付けられた名称なのだが、それが元で『6月に結婚すると幸せになる』という伝承が生まれたようだ。
 毎年、武天のとある街では、結婚意識を高めるために愛を叫ぶイベントが開催されている。男女の愛だけではなく、同性愛や家族愛、動物愛護等、人々が思いの丈をぶつけているのだ。
「今年も、この季節になりましたか。去年の優勝者は凄かったですね〜」
「あぁ…確か、2分近く叫んでましたな。気弱そうな眼鏡の少年なのに、随分と大胆な事をしたモノです」
 優勝と言っても、参加者の優劣を決めているワケではない。単に、『一番盛り上がった発言』をした者を優勝者と呼んでいるのだ。
 ちなみに、その少年は愛の告白をし、『潰しちゃうくらい抱き締めたい』、『誰が邪魔をしようとも奪ってみせる』、『君の心の奥底にまでキスをします』的な内容を叫んだらしい。
「さてさて、今年はどんな叫びが飛び出すのやら…楽しみで仕方ありませんな」
「でしたら、開拓者の皆様にも声を掛けてみませんか? 良い息抜きになると思いますし」
 こうして、今年は一般人だけでなく、開拓者にも参加の資格が与えられた。この判断は、果たして吉と出るのか、凶と出るのか…。


■参加者一覧
/ アーニャ・ベルマン(ia5465) / デニム・ベルマン(ib0113) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459


■リプレイ本文


「俺は…お前が好きだ! お前が欲しいぃぃぃ!」
 特設ステージの上から、観客席に居るパートナーの女性に向かって、泰拳士の男性が叫ぶ。その熱い内容と声に、観客から歓声と拍手が降り注いだ。
 抜けるような青空の元、盛大に開催された絶叫イベント。参加者も観客も、相当盛り上がっている。今年は開拓者が参加出来るようになった事もあり、見物人は去年よりも多いようだ。
 だからこそ、不安や心配事が付いて回る。その内容は様々だが、運営側にとって一番気掛かりなのは、参加者が叫ぶ内容。事前申請と違う事を叫ぶ者も居るし、奇抜過ぎる衣装で観客が盛り下がる事すらある。
 そういう意味では、『彼』の登場も懸念材料の1つかもしれない。180cmを超える身長に、筋肉質の体躯。浅黒い肌に、切れ長の鋭い緋眼。ガッチリした外見にもかかわらず、彼は大きなウサギのヌイグルミを背負っている。しかも、ピンク色の。
 開拓者として参加した男…その名は、ラグナ・グラウシード(ib8459)。泰拳士の男性と交代するようにラグナがステージ上に上ると、どよめきが観客席全体から起きた。
「へえー…お馬鹿さんが、またおバカな事するのかなー?」
 ただ1人。エルレーン(ib7455)だけは、ニヤニヤしながら状況を見守っている。恐らく、これから何が起きるか予想がついているのだろう。
 会場のザワつきが大きくなる中、ラグナは思い切り空気を吸い込んだ。
「この世の中は、おかしいッ!!」
 水を打ったように、会場が静まり返る。彼の迫力と熱意が、観客を圧倒しているのだろう。真剣な眼差しと、深刻な表情…ラグナの口から、社会に対する問題提起が語られるのかもしれない。
「私のような、心優しくッ! 高潔でッ! 頼り甲斐のある青年にッ! 何故…春が訪れないのだあッ!」
 全力で前言撤回。
 予想を裏切る、超個人的な叫び。ラグナの言葉に拍子抜けしている観客が多いが、同意するように頷いている男性も少なくない。多分、ラグナと同じで『彼女の居ない歴=年齢』なのだろう。
 更なる想いを吐き出すために、ラグナは再び大きく息を吸った。
「愛を受け止める準備は、いつでも『おーけー』だあああッ! 優しく美しく愛らしく料理が上手でいつも私のことを見てくれる女性を…心の底より募集だあああッ!」
 言葉通りの、心の底からの叫び。この場で恋人募集をした者は何人か居るが、ここまで切実なのは、彼が初めてである。多少のブーイングはあるものの、観客の反応は上々。大勢の笑い声と共に、温かい拍手が贈られた。
「あはは♪ いい年こいて、ウサちゃんのヌイグルミが手放せない『へんたい』のくせにいぃ!」
 予想外の罵倒に、全員の視線が声の主に集まる。が、ラグナは顔を見なくても誰なのか分かっていた。彼にとっては、宿敵とも言える相手…エルレーンに向かって『ビシッ』と指を差す。
「また貴様か! 事ある度に、私を愚弄するなぁぁぁ!」
「事実なんだから、しょーがないでしょ! ラグナは泣き虫で、『へんたい』な、お馬鹿さんなんだから!」
 罵倒に次ぐ罵倒。エルレーンは指を差し返し、嘲笑を浮かべている。そのうち、『プギャー』とか叫び出しそうだ。
 基本的に中傷や罵倒は禁止されているが、それは参加者への注意事項である。観客がブーイングを飛ばす事は多々あるが、参加者を罵倒するのは前代未聞。そのまま、観客席とステージを挟んだ激しい口論になり、止む気配が微塵も無い。
 この状況に、周囲は大盛り上がりである。自分達に被害が及ばない喧嘩は、見ていて面白いのかもしれない。無責任に、2人を煽っている者まで居る始末だ。数分後、ラグナとエルレーンは警備員に連れられ、観客達の視線と拍手を受けながら退場して行った。
「どんなイベントか、分かったよね? 一緒に参加しよ♪」
 一部始終を見ていたアーニャ・ベルマン(ia5465)は、目を輝かせながら語り掛ける。叫ぶ事に対して、全く抵抗が無いようだ。
 彼女とは対照的に、デニム(ib0113)は驚愕の表情を浮べている。
「なっ…! しゅ、衆人環視の中で叫べと!? 考え直してくれませんか…?」
 腕の立つ騎士とは言え、人前で叫ぶ事には慣れていない。デニムにとっては、剣の修練よりも過酷な試練と言っても過言では無いだろう。
 懇願するような彼の視線を、笑顔で受け流すアーニャ。そのまま、上機嫌でステージに上った。可愛らしい女性の登場に、沸き立つ観客席。彼等が落ち着くまで少々待ち、アーニャは全力で叫んだ。
「私〜、デニムが世界一好き〜〜! お父さんよりも好き〜〜! 今まで出会った異性の中で一番好き〜〜!」
 声高らかに響く、情熱的な愛の言葉。恥ずかしがる事も、照れる事も無く、自分の想いを正面からぶつける。
「お姉、ごめんね! 私の中で『一番大切な人』が出来ちゃった! でも…私、デニムと一緒にいるのが一番幸せだから〜〜!!!」
 一気に叫び、アーニャは満面の笑みを浮かべながら頭を下げた。間髪入れず、観客席から拍手と歓声が上がる。叫んだ内容にも声量にも問題は無く、人々の心を掴んで惹き付けたようだ。
 雨のような拍手を全身に浴び、笑みながらステージを下りるアーニャ。会場は盛り上がっているが、トリを飾るデニムにとっては、緊張が増す要因でしかない。ガチガチの状態でステージに上がり、ゆっくりと口を開いた。
「初めは…えっと、アーニャとはとある依頼が縁で、お付き合いをしていまして、それで…」
 緊張と恥ずかしさで赤面し、ゴニョゴニョと口籠るデニム。絶叫大会に相応しくない話し方に、観客席から次々にブーイングが湧き起こった。
「声がちいさぁぁぁい!! もっと熱く、私に対する愛情を込めて!!」
 一般人の声を遮り、アーニャの絶叫が周囲に響く。度胸のある言動に、ブーイングが一瞬で歓声に変わった。
 変化があったのは、それだけではない。彼女に発破を掛けられ、デニムの覚悟も決まったようだ。一瞬だけ笑みを浮かべ、目を閉じて深呼吸を繰り返す。
「…アーニャ! 僕は、君が好きだ! 明るい君が好きだ! 君の笑顔が好きだ! 家族に向ける柔らかな顔も、僕に向けてくれる愛しげな顔も、みんな好きだ!」
 数秒前とは違い、堂々とした態度。愛と情熱が宿った言葉が、街の隅々まで広がっていく。こうなったら、溢れ出す想いは止まらない。
「君は、狭い世界で固まる僕の手を引っ張ってくれる。僕はそんな君の傍に居たい、傍に居させて欲しい! 要は、その、ですね…」
 全力で叫び、デニムは視線をアーニャに向けた。茶色の瞳が、観客席の横に居る彼女を射抜く。
「大好きだよ、アーニャ。この世界の、誰よりも」
 優しく、呟くような甘い一言。視線を合わせたまま、2人は嬉しそうに微笑んだ。
 次いで、拍手と祝福の言葉が飛び交う。あんな叫びを聞かされたら、優勝はこの2人以外ありえない。アーニャとデニムの想いと絆が、この大会を制したのだ。
「えへへ♪ ありがとうございます!」
 アーニャは照れながらも、周囲の人々に言葉を返す。そんな彼女の背を、同年代くらいの女性達が思い切り押した。体勢を崩しながらも、アーニャはステージの上まで押し出される。優勝カップルが揃い、観客席で『アンコール』の大合唱が始まった。
 予想外の事に驚きながらも、嬉しそうに微笑む2人。デニムはアーニャの手を優しく握り、声高らかに叫んだ。
「えっと、そうですね………騎士の誇りに懸けて、愛する女性を生涯護ってみせます!」
「なんかね、どうしよう…もっと好きになっちゃったよ!」
 砂を吐くほど甘いセリフだが、優勝者の幸せそうな姿を見るのは悪い気分ではない。拍手喝采の中、今年の絶叫大会は静かに幕を下ろした。
 かに思えたのだが……。
「この貧乳ペッタンまな板娘が! 貴様のせいで、女性達の心を掴めなかったではないかっ!」
「それは私の責任じゃないのっ! 第一、ラグナが女性の心を掴むなんて、魔の森が全て消滅して、アル=カマルに雪が降って、太陽が西から昇っても、絶対に無理なのっ!」
 退場させられたエルレーンとラグナは、口論を続けていた。正確には、悪口と言うべきかもしれないが。
 女性に縁の無いラグナだが、エルレーンとは『腐れ縁』と言える程に関係が深い。
 一方のエルレーンは、普段オドオドしているがラグナの前では饒舌過ぎる程に話している。まぁ…悪口限定ではあるが。
 もしかしたら、この2人は意外と相性が良いのかもしれない。一般人からも、『お似合い』とか『付き合え』といった冷やかしが聞こえている。
『こんな奴、絶対イヤっ!!』
 反論する2人の声が、完全にハモった。周囲から笑いが零れているが、当人達にはイイ迷惑である。
「嘘でも冗談でもお芝居でも、『コレ』と付き合うなんて死んでもゴメンなんだからっ!」
 指差しながら、拒絶の言葉を口にするエルレーン。ラグナも反論し、2人の口論は更に加熱していく。
 『ケンカするほど仲が良い』という言葉があるが、彼女達にもソレが当てはまるのだろうか?