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■オープニング本文 5月。 天儀では新年度となる4月から、一ヶ月が過ぎた。生活環境が大きく変わり、目の回る忙しさに戸惑う者も少なくない。精神的にも、肉体的にも、疲労の蓄積が限界を迎える時期である。 無論、それは開拓者や朋友であっても例外ではない。 「だからこそ、そろそろ息抜きが必要だと思うんですよ!」 熱く語りながら、依頼書を提出する克騎。彼の言う事も一理あるかもしれないが…それが食事会と関係あるのか、少々疑問である。 「私は、開拓者や朋友の心身のケアも、ギルドの役目だと思います。それに、朋友の食事の好みが分かれば、飼育や調教に役立つのではありませんか?」 精神疲労を癒すには、ストレスの発散が不可欠。肉体疲労を癒すには、休息をとれば良い。食事会の目的は、その2つを同時に満たす事なのだろう。 それに、開拓者達が積極的に休暇をとれば、一般人はそれに倣って英気を養うかもしれない。心身のケアが広まれば、体調を崩す者が減るハズだ。 一般人、開拓者、朋友…それぞれに利点がある。ギルドが動く意味があるかもしれないが…致命的な不安要素が1つ。 「…何で、食事が『闇鍋』なんだ?」 「単なる鍋では、盛り上がりに欠けます。食事とゲームを同時に楽しめますし、面白いと思いませんか?」 微塵の迷いも無く、克騎は言葉と共にサワヤカな笑みを返した。その笑顔が、逆に不安ではあるが…。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
樋口 澪(ib0311)
13歳・女・吟
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
シーリー・コート(ib5626)
18歳・女・砲
アン・ヌール(ib6883)
10歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●暗黒の鍋パーティー 武天某所の宴会場。これから、この場所で食事会が開かれる事になっていた。参加予定の開拓者と朋友は、10組。だが…予定の時刻を過ぎても、9組しか到着していなかった。 残り1組の到着を待つ事、約30分。突然、会場のドアが勢い良く開いた。 「遅れてごめん! いや、採ってたキノコが毒キノコで……あ、大丈夫、毒じゃないのも入ってたよ!」 謝罪の言葉を口にしながら、背負っていたカゴを下ろすレビィ・JS(ib2821)。枯葉や枝のカケラで乱れた髪を見れば、彼女がどれだけ苦労したのか良く分かる。 カゴの中に毒キノコが混ざっていたのか、相棒の忍犬、ヒダマリは毒々しい色のキノコをコッソリと咥え、外に向かって投げた。 「それは…災難でしたね、マイシスター・レビィ。無事で良かったですよ」 労いの言葉を掛け、優しく微笑む克騎。レビィはカゴに入ったキノコを取り出し、彼に手渡した。彼女に続き、他の開拓者達は食材を隠しながら克騎に渡していく。 『何が入っているか分からない』のが、闇鍋の醍醐味の1つ。故に、食材は他人にバレない方が盛り上がるのだ。レビィは到着して3秒もしないうちに暴露していたが…状況的に、大目に見るべきだろう。 「今更遅いかもしれんが…皆、ちゃんとした物を入れるのだぞ! いいな、絶対だぞ!?」 全員を見渡しながら、注意を促すレイア・アローネ(ia8454)。食材次第では混沌とした鍋になってしまうため、神経質になるのは当然だろう。とは言え、注意した本人がケーキや虫の幼虫を持ってきているが。 「大丈夫ダイジョブ。レイアったら、心配性なんだね!」 楽しそうに微笑みながら、リィムナ・ピサレット(ib5201)は食材を手渡した。無邪気な表情とは裏腹に、彼女が持ってきたのは蚕の蛹(サナギ)。どこが『大丈夫』なのか、小一時間問い詰めたくなる。 「克騎殿、少々調理場を借りても良いだろうか? 酒のつまみでも作りたいのだが…」 鍋の具とは別に、調理用の食材を準備して来たのは、からす(ia6525)。闇鍋だけでは料理が足りないと思い、念のために山菜を採って来たのだ。胃に効く野草も摘んでいるのが、彼女らしい。 「構いませんよ? では…マイシスター・からすは、第2調理室の方をお使い下さい」 微笑みながら、言葉を返す克騎。そのまま、2人は部屋を後にした。 『おばちゃん猫やから、魚介大好きやねん。どんな鍋になるんかなー♪』 からすの相棒、猫又の沙門が、2人を見送りながら尻尾をブンブンと振っている。相当楽しみなのか、今にも口元から唾液が零れそうだ。 「さて…鍋が完成するまで、一杯やらないか? 大酒飲みが一人居るしな」 不敵な笑みを浮かべながら、酒瓶を卓に置く羅喉丸(ia0347)。その視線は、相棒の人妖、蓮華に向けられていた。 『こら、羅喉丸。それは誰の事じゃ?』 その視線に気付き、羅喉丸を小突く蓮華。『心外だ』と言いたそうな顔をしているが、酒の入った瓢箪を持っていては説得力が半減である。 「あ、俺も酒ー。何杯でも相手するぜ?」 椅子に浅く座りながら、ルオウ(ia2445)は手を挙げた。背丈や容姿は若干幼く見えるが、彼は飲酒出来る年齢に達している。 シーリー・コート(ib5626)は部屋の隅にある茶器から湯呑を取り出し、飲酒可能なメンバーに手渡した。こういう気遣いが出来る辺り、流石は元メイドと言った処だろう。 「お鍋、鍋なべ♪ 俺様、桃水晶のためにも頑張るのだよ!」 アン・ヌール(ib6883)は鼻歌混じりに、相棒の駿龍、桃水晶の首筋を優しく撫でた。桃水晶もご機嫌なのか、アンの頬に頭を摺り寄せている。この無邪気な笑みが、ずっと変わらないと良いのだが…。 「スフィーダさん、今日は楽しい『鍋ぱーてぃー』なのですよ」 楽しくなるかは不明だが、此花 咲(ia9853)もワクワクしているようだ。食いしん坊な彼女としては、皆と食事が出来るのが嬉しいのかもしれない。 『…一体、闇鍋のどこが楽しいんですの?』 咲の相棒、羽妖精のスフィーダ・此花が、疑問を口にする。その質問に、咲は不思議そうに小首を傾げた。まるで、『何でそんな事を聞くんですか?』と言いたそうである。スフィーダは呆れたように溜息を吐きながら、頭を左右に振った。 「澪は、『私も闇鍋は楽しみですが、初めてなので怖い気持ちもあります』と申しておる」 もふら人形で腹話術をしながら、樋口 澪(ib0311)が不安を漏らす。闇鍋の作り方を聞いたら、不安になるのは当然だろう。 それに加え、彼女は自身の相棒に注意を払っている。炎龍の紅玉は勝気でプライドが高いため、喧嘩にを起こさないよう気を付けているのだ。 「確か…毎年、少なくても2〜3人の死者を出す恐ろしい鍋だという話を聞いた事があるであります」 シーリーの発言に、周囲の不安が加速していく。どこで聞いた話なのかは分からないが、それが事実なら危険極まりない。 全員の不安を打ち砕くように、調理場の方から食欲をそそる匂いが流れてきた。 ●天国と地獄 からすが山菜の天麩羅を作って来てから、数十分。開拓者達は料理に舌鼓を打ちながら、楽しい時間を過ごしていた。 だが…楽しい時間ほど、すぐに終わるモノである。克騎が大鍋を持って現れると、周囲に緊張と不安が奔った。シーリーとからすが手伝い、箸や食器を配膳していく。準備が終わると暗幕で部屋の光を遮り、鍋の蓋を開けた。 (とうとう、この時が来たか…数々の死線を乗り越えて鍛えられた『己の直感』に、全てを懸ける。南無三…!) 外れの食材を引きたくないのか、気合を振り絞って具材を掴む羅喉丸。闇鍋は当り外れの差が大きいため、気持ちは分からないでもないが。 「暗いから、何を掴んでいるか分かり辛いな…さて、何が入っているのかな?」 自分と相棒の分を盛るアンだが、匂いで空腹が加速したのか、腹の虫が鳴った。その隣で桃水晶は複雑な表情を浮べているが、闇の中では何も分からない。 全員で具材を取り、鍋の中に固形物の手応えが無くなった頃、暗幕を一気に開け放って光を室内に入れた。 「うっしゃあ、喰うぞ! 覚悟は良いか、フロド! 例え何が釣れても、俺は驚かないっ!」 ルオウの言葉に、フロドは軽く鳴いてみせた。中身を確認する事なく、2人は器の中の具材に喰い付く。蛇と兎の肉を頬張っているが、それを気にする様子は微塵も無い。 「何だか、美味しそうな物がいっぱい取れたのだよ♪ 桃水晶、あ〜ん」 アンは満面の笑みを浮かべながら、相棒に大き目の肉を差し出した。彼女達が取ったのは、蒟蒻に牛蒡に兎肉に牛肉。ハンバーグも入っていて、アンはご満悦である。 桃水晶は嬉しそうに牛肉を頬張り、嬉しそうに喉を鳴らした。 その隣では、紅玉が荒々しく肉を喰い散らかしている。澪は周囲を綺麗にしながらも、ネギや兎肉を紅玉の器に移していった。 喜んでいる参加者が多いが、そうでない者も居る。特に、レビィと羅喉丸の落胆っぷりは相当なモノだ。 「パンに、蛙の姿煮に、椎茸……ヒダマリ、キノコはお願――あれ? ヒダマリ? ヒダマリさん!?」 遅れて来た事で、少々元気の無かったレビィ。しかも原因となったキノコ系の食材を引いた事で、更に元気が無くなった。相棒に手伝いを求めようとしたが、ヒダマリは既に抜足で部屋を脱出している。レビィの悲しい叫びが、室内に響いた。 羅喉丸は、箸で食材を持ち上げたまま硬直している。器に入っているのは、熊の手、サーロインのステーキ、鯛の切り身、筍と葱。闇鍋にしては、豪華過ぎる内容である。 問題は、最後の1品。羅喉丸が箸で持ち上げているのは…純白の紐ショーツ。色んな意味で、『大当たり』だったようだ。 「当たりを引いたな、羅喉丸殿。無論、実使用だから安心してくれ」 不敵な笑みを浮かべながら、フォローを入れるからす。彼女の言葉が羅喉丸に届いているか、若干疑問ではあるが。 『お、魚がいっぱいやね♪ つみれにアジの切り身に、たらこの焼きおむすび…って、何で鍋に握り飯やねん!』 誰も居ない空間に、沙門は手の甲でツッコミを入れた。当人にとっては大問題だが、見ている者にとっては心が和む光景である。何より、ツッコみながらも沙門は嬉しそうだ。 たらこの焼きおむすびを入れた張本人、咲は激しいイキオイで肉を平らげている。 『こ…こんな物、食べられる訳がっ!』 悲鳴に近い声を上げたのは、スフィーダ。その視線の先にあるのは、蚕の蛹。味は悪くないらしいが、一般的な食材ではないため、食べるのは相当な勇気が要るだろう。 「食べないだなんて、勿体無いのですよ。はい、あーん」 優しい言葉とは裏腹に、咲は蛹を箸で摘んで無理矢理スフィーダの口に突っ込んだ。声にならない悲鳴。スフィーダの表情が一瞬で蒼ざめ、そのまま気絶するように倒れた。 「あれだけ念を押したのに…何故、大福が入っているのだ!?」 レイアの器には、純白の大福が浮いている。他にも、トンカツとアジフライが入っているが…大福が群を抜いて異彩を放っているのは、言うまでもない。 「澪は、『苺入りだから美味しいですよ。私のケーキよりはマシだと思います』と申しておる」 生クリームが若干溶け、出汁の染みこんだスポンジ…出来れば、体験したくない味だろう。だからと言って、イチゴ大福も相当にキツいが。 しかし、取った限りは食べなければならない。2人は軽く視線を合わせると、菓子を一気に食べ尽くした。 「調味料や汁物の投入は禁止されていたが…今こそ、自家製ソースを使う絶好の機会だな!」 レイアは嬉しそうに自家製ソースを取り出し、トンカツとアジフライにかける。鍋には合わない食材だが、ソースには良く合うに違い無い。ソースをたっぷりと絡め、レイアはトンカツを口に運んだ。 直後。食器と箸をテーブルに置き、口元を押さえながら崩れ落ちる。鍋の出汁に浸ったカツと、ソースの組み合わせは致命的に合わなかったようだ。レイアの相棒、炎龍のサラマンドラは、猛烈に心配そうな視線を向けている。 それでも彼女は口内の物を飲み込み、荒い息をしながら相棒に引きつった笑みを向けた。 「蛙に、蛸の脚、幼虫にジャガイモかぁ…これは『飲み物』の出番だねっ♪」 ニヤリと笑い、飲み物の入った容器を取り出すリィムナ。金色でトロミのある液体、それを器に注ぐと、周囲に香辛料の刺激的な匂いが広がっていった。 「それは…カレーでありますか? リィムナ様、ルール的に大丈夫なのでありますか?」 「だって、これは『飲み物』だもん♪ ズルしてないよ♪」 シーリーの言葉に満面の笑みを返し、リィムナは器の中身を頬張った。カレーは匂いと味が強いため、食材が何であっても誤魔化す事が出来る。限り無くルール違反に近いが、対策としては面白いかもしれない。 楽しそうにカレーを流し込む横で、彼女の相棒、炎龍のチェンタウロが溜息を吐いた。鰹節の塊を口に放り込み、豪快に噛み砕いて飲み込む。 同様にシーリーは軽く苦笑いを浮かべ、相棒の甲龍、アンコートの頭を軽く撫でた。60歳を超えた老龍は、起きる事無く眠っている。その口を広げ、彼女は牛肉やタケノコを放り込んだ。寝惚けながらも、アンコートはそれを噛んで飲み込んでいく。 鍋の匂いやカレーの匂いが充満する室内に、アルコールの匂いも漂っていた。 「…愉快だ、本当に愉快だ。酒を飲んで笑っていられる…幸せな事だな、あはは♪」 紐ショーツを喰わされてヤケ酒を呑んだ羅喉丸は、完全にデキあがっている。ケラケラと笑っている姿は、普段の彼から微塵も想像出来ない。 『そうじゃろう? お主も酒の良さが分かってきたと見える。さぁ呑め、羅喉丸』 蓮華は満足そうに頷きながら、酒瓶を差し出した。羅喉丸はその酌を受け、蓮華に酌を返す。なみなみと酒を注いだ湯呑で乾杯し、2人はそれを一気に飲み干した。 「ふふーふ、ふわふわして美味しいのれすー♪」 鍋を肴に、純米酒をガブ飲みする咲。顔は真っ赤になり、完全に酔っているようだ。楽しそうに笑う咲を眺めながら、スフィーダは軽くワインを飲み込む。 「わたし…皆に迷惑かけたしぃ、毒キノコ食べたしぃ、ここに来るときも実は道に迷ったしぃ、ヒダマリも居なくなって……うううう」 上機嫌のメンバーとは対照的に、泣きながら愚痴を零しているのは、レビィ。どうやら、彼女は泣き上戸なようだ。今日は災難が重なったせいか、愚痴も涙も止まらない。 周囲が騒がしくなっていく中、ルオウは黙々と食事を続けていた。 「ギルド員の兄ちゃんも一緒に食べようぜぃー。少し分けてやるよ」 そう言って、ルオウは自分の具材を少し取り、器に移して克騎に差し出す。フロドは自分の分を取られないよう、ルオウに背を向けて肉に喰らい付いた。 「兄ちゃん…! マイブラザー・ルオウ、ありがたく頂戴しま…す」 30歳を超えて『オッサン』と呼ばれる事が多くなった克騎にとって、『兄ちゃん』と呼ばれたのは、相当嬉しかったようだ。感動しながら器を受け取ったが…その中には蛙の姿煮が浮いている。一瞬で、克騎の表情が凍り付いた。 ルオウに他意は無く、蛙が入っていたのは偶然に過ぎない。彼の心遣いを無駄にしないためにも、克騎は具材に箸を伸ばした。 「ふむ、味は悪くないな。強いていえば、無難な普通の鍋を楽しみたかったが…」 猪肉やヒラタケ、ハルシメジを食しながら、味の感想を伝えるからす。歳のワリには落ち着いている彼女なら、幼虫や菓子を引いても平然と食べそうである。 「澪は、『食材は悪くないですが、絶橘さんの調理が致命的に下手です。もしかして、味音痴なのですか?』と申しておる」 可愛らしい外見からは想像も出来ない程、黒い発言をする澪。克騎がショックで硬直する中、彼女は涙目になって懸命に首を振った。『今のは私の本心じゃない』と否定しているように見えるが…彼女の言葉と行動、どちらが本心なのかは誰にも分からない。 「それに関しては、私も同意見であります。多少は食材の影響もあるかもしれませんが、ここまで鯛の旨味が活かされていない料理は、初めてでありますよ」 追い打ちをかけるような、シーリの厳しい一言。ここまでくると、厳格と言うよりは毒舌に近い。それでも器に盛った分をキチンと平らげているのは、想像よりも酷くなかったという事なのだろう。 ●最後の締め 「ご馳走様でした! ふぃ〜…一年分の肉を喰った気がするぜ」 パンッと手を合わせ、ルオウは挨拶をして締める。彼とフロドが食べたのは、猪、熊、鶏、蛙、牛、兎、豚、鴨の8種類。これだけ食べれば、種類も量も相当である。 「私は、少々喰い足りなかったな。やはり、炎龍の肉も入れるべきだったか……ははは、どうしたサラマンドラ、冗談だ」 そう言って、レイアは軽く笑った。彼女にとっては冗談だったようだが、サラマンドラには本気に聞こえたのだろう。小刻みに震える体を、レイアが優しく撫でた。 カレーを飲んでいたリィムナは、辛さを流すように冷水をゴクゴクと飲んでいる。大量に水分補給する彼女に、チェンタウロが冷たい視線を向けた。 「…チェン太、その目は何? だ、大丈夫だよ、寝る前におトイレ行くから!」 相棒の視線に気付き、若干焦りながら言葉を返すリィムナ。2人は時々、チェンタウロの寝床で一緒に寝る事がある。そんな時に限って、リィムナはオネショをするのだ。チェンタウロは、寝床がビショビショになるのを心配しているのだろう。 完全に酔い潰れたレビィは、涙で床を濡らしながら寝ていた。不運のオンパレードに加え、相棒は彼女を置いて逃亡。ヤケ酒を煽ってしまうのも、無理は無いだろう。 そんな彼女の頬に、生温い『何か』が触れた。そっと目を開けると、視界いっぱいに飛び込んで来たのはヒダマリの姿。床に置いていた薬包を咥え、レビィに差し出した。中身は恐らく、胃薬だろう。 「…ヒ〜ダ〜マ〜リぃー!」 歓喜の声と共に、彼女は相棒に抱き付く。見捨てられたと思っていただけに、ヒダマリの気遣いに感動しているようだ。今度は、嬉し涙が止まらない。 その隣では、泥酔した咲が笑っていた。時々独り言を呟いているが、内容は支離滅裂で発音が崩れている。 『ちょっとマスター、まだ酔っているのですか? 呂律が回っていませんわよ。ただでさえ幼い見た目なのに、それ以上幼くなってどうするのですか』 軽く頬を膨らませながら、注意を促すスフィーダ。その発言で、咲の表情が一変した。 「わーたーしーわー! 立派なー! 『はたち』の『れでぃ』なのれすっ!」 怒りの表情を浮べながら、スフィーダの頬を左右に引っ張る。咲はまだ20歳前だが、酔っ払いにそんなツッコミは通じない。軽く悲鳴を上げたスフィーダは、既に涙目になっていた。 「ははは! 羽妖精の頬が…伸びているぞ! まるで餅のようだ!」 笑い上戸と化した羅喉丸は、何があっても笑いが止まらない。腹を抱えながら、床を転がっている。 「…『酒は呑んでも飲まれるな』という言葉を知らんのか? だから御前はアホなのじゃ…」 泥酔した主を眺めながら、大きく溜息を吐く蓮華。羅喉丸が酒の旨さを理解したのは嬉しい事だが、呑まれてしまっては意味が無い。とは言え、酌をしていた蓮華にも責任があるが。 突然、糸の切れた操り人形のように、咲と羅喉丸の動きが止まった。次いで、室内に響く豪快なイビキ。どうやら、酔い潰れて眠ってしまったようだ。 床に転がった2人を、からすとシーリーが壁際に引きずっていく。軽く頬を叩いてみたが、起きる気配は全く無い。 「悪酔いし過ぎだな…さて、鍋の締めは茶漬けにしようかと思うのだが、皆もどうだ?」 「お、それは良いアイディアなのだよ♪ 俺様は大賛成だぜ!」 眠る2人を部屋の隅で休ませ、からすが全員に提案する。一瞬の間を置かず、アンが元気良く手を挙げた。その後ろで、リィムナとルオウも手を挙げている。年齢的に、みんな成長期で食欲旺盛なのかもしれない。 「澪は、『少量で良いので、私も頂きたいです』と申しておる」 そして、成長期の少女がもう1人。申し訳無さそうに、澪はゆっくりと手を挙げた。 「準備をするなら、手伝うであります。こう見えても、私は以前、侍女をしていたので」 『って、誰が見てもメイドにしか見えへんで!』 手伝いを申し出たシーリーに、沙門がツッコミを入れる。彼女の格好は、白と黒のメイド服。沙門の言うように、どこからどう見てもメイドにしか見えない。 和やかな雰囲気の中、お茶漬けで鍋を締める開拓者達。からすとシーリーが中心となって片付けが進み、食事会は解散となった。 眠ったまま起きない羅喉丸と咲は、そのまま放置。2人が目を覚ましたのは、翌朝の事だった。 |