道を踏み外した末路
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/15 23:52



■開拓者活動絵巻

■オープニング本文

「ふ…ふふふ…完成だ! 完璧だ! 最高傑作だ!」
 カビ臭い地下室に響く、狂気を孕んだ男性の声。含み笑いが普通の笑いに変わり、数秒後には高笑いが始まった。狂ったような、壊れたような声が、薄暗い室内に響き渡っている。
 彼の正面にあるのは、1機の駆鎧。いや……正確には『駆鎧に似た機械人形』と言った方が良いかもしれない。
 全長は、恐らく4m前後。外見は通常の駆鎧とは大きく異なり、鬼のアヤカシに似た禍々しい雰囲気を放っている。一見しただけでは、用途や設計目的が全く分からない。
「これがあれば…私は今度こそ、頂点に立てる…!」
 愛おしそうに手を伸ばし、男性はアーマーの胸部を優しく撫でた。
 彼の名は、ヴィディア。十数年前に技師として天儀に渡り、駆鎧の設計や開発に携わっていた。その腕は同業者の間でも有名だったのだが…彼は突如、表舞台から消える事となる。
 原因は、その設計方針。操縦する者の安全性は微塵も考慮せず、戦闘能力だけに特化した駆鎧…そんな物が、ヴィディアの手で何機も作られた。無論、そんな危険な駆鎧が正式採用される事は無く、全てが試作機止まりになっていたが。
 プライドが高く、自己顕示欲の強い彼にとって、自身の設計が否定される事は耐え難い屈辱だっただろう。工場を、同僚を、世間を、全てを憎んだまま、ヴィディアは姿を消した。自分の才能を認めてくれる者を、自分の技術を活かしてくれる場所を探して。
 だが、そんなワガママが通じる程、世界は甘くない。自分勝手な怒りと憎しみを燃え上がらせ、彼は自宅の地下に籠った。自身が設計した駆鎧を作り上げ、全てに復讐するために。
「待っていろ…私の怒りの炎で、全てを破壊してやろう! そうだ! お前の名前は『灰燼』! ヴィディアが作りし最強の駆鎧、灰燼だ!」
 狂ったように笑いながら、灰燼に乗り込むヴィディア。それと同時に、暗紫色の霧が地下室に流れ込んだ。
 瘴気。
 アヤカシが負の感情に惹かれるなら、ヴィディアの嫉妬と復讐心は最上の餌だっただろう。彼は、自身のちっぽけな自尊心のために、アヤカシと協力して灰燼を作り上げた。この駆鎧が暴れ回れば、恐怖や悲しみが広がる事を知った上で。
 結果…ヴィディアは灰燼の完成と共に人間である事を捨てた。大量の瘴気が体に吸収され、駆鎧と同化するように変質していく。新たに誕生した『灰燼』は、地下室を破壊して日の当たる地に這い出た。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
レビィ・JS(ib2821
22歳・女・泰
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文


 生温い風が、頬を撫でて吹き抜ける。湿気を伴った空気は、雨が近い事を意味しているのかもしれない。
 不安定な天候の中、武天北部の街道で周囲を警戒する者が数人。朋友を連れ、『来るべき時』に備えている。
「『良き物を残したかった』と云う純粋なる気持ちは、わらわにも理解出来ようて。じゃが、道を見誤ったなれば…早々に引導を渡してやらねばなるまい」
 相棒の駿龍、天禄の背に座り、扇で自身をあおぐ椿鬼 蜜鈴(ib6311)。その青い瞳からは強い意志を感じるが、若干の憂いと悲しみが宿っているようにも見える。
「麗霞さん、今回は宜しくお願いします…皆が大きな怪我をしないよう、力を貸して下さい…」
 そう言って、柊沢 霞澄(ia0067)は深々と頭を下げた。彼女の前に居るのは、相棒のからくり、麗霞。自身の相棒に、敬意を払っているようだ。
 そんな彼女の肩を、麗霞が優しく叩く。
『私は常に、霞澄様と共に在ります。この力、ご自由にお使い下さい』
 一切の迷いの無い、真っ直ぐな言葉。彼女達は、主従を超えた強い絆で結ばれているのだろう。麗霞の言葉に、霞澄は嬉しそうに微笑んだ。
『それにしても…綺麗なお嬢さん達が多いな。誰に声を掛けるか、迷っちゃうぜ』
 楽しそうに開拓者達を見回しているのは、からくりのD・D。微笑みながら顔を大きく振るたび、裏腿辺りまで伸びた栗毛色の三つ編みが揺れている。
「D・D…今は依頼中だって分かってるか? マジメにしないと、撃破対象と一緒に鉄クズにすんぞ♪」
 正面からD・Dの頭部を鷲掴みにし、軽く締め上げるヘスティア・ヴォルフ(ib0161)。発言内容とは裏腹に口調は明るいが、不敵な笑みを浮かべているため、必要以上に怖い。
「…皆さん、気を付けて下さい。どうやら、そろそろ来るみたいです」
 設楽 万理(ia5443)の言葉に、周囲の雰囲気が一転。空気が張り詰め、緊張が走った。
 騎乗系の朋友を連れた開拓者達が、一斉に相棒の背に跨る。状況を確認するために、蜜鈴と天禄は素早く天に舞い上がった。
 数秒もしないうちに、『それ』は轟音と共に姿を現す。街路樹を引き抜き、地面に穴を穿ち、視界に映る物を次々に破壊しながら。
 ヴィディアという名前を捨てた、今回の破壊対象…『灰燼』。その距離、約50m。
「あらあら。浪漫溢れる機体等は好みですが…万人に受け入れられないからといって、暴走する様では殿方失格ですね」
 糸のように細い目で笑いながら、サーシャ(ia9980)は駆鎧のアリストクラートに乗り込んだ。白と金を基調とした機体は、貴族のような高貴な雰囲気を放っている。
 開拓者達が身構える中、灰燼は突然剣を振り上げた。舞い上がっている土埃で良く見えなかったが、灰燼の足元には女性が倒れている。恐らく、驚いて腰を抜かしたのだろう。
 反射的に、レビィ・JS(ib2821)は地面を蹴って全力で疾走した。この状況で灰燼が剣を振り上げる理由は、足元の女性を狙う事以外に考えられない。注意を引くために万理が弓矢を構えたが、一歩遅い。開拓者達の眼前で、巨大な刃が振り下ろされた。
 轟音と共に土埃が舞い上がる中、それを突き破ってレビィが姿を現す。剣が振り下ろされた瞬間、彼女は気の流れを制御し、驚異的に加速して一般人を保護。抱きかかえて逃げていたのだ。女性の荷物は、相棒の忍犬、ヒダマリが咥えて来ている。
「みんな、灰燼の誘導はお願い! 私は、この人を安全な位置まで避難させて来るよ!」
 言うが早いか、レビィは民間人女性を抱えて、南部に駆けて行った。主を追うように、ヒダマリも静かに走り出す。
 残った開拓者達は、女性の無事に胸を撫で下ろしながらも、違う感情が湧き上がっていた。
「無差別に手当たり次第だと…ふざけるな…! 自分勝手な復讐の為に、関係の無いものまで巻き込むな!」
 獣のような叫びを上げ、怒りを露にする九竜・鋼介(ia2192)。相棒の甲龍、鋼と共に、空中から急接近。緋色の斬撃が奔り、火花を散らしながら灰燼の巨体を揺らした。
 更に、万理の弓撃が頭部や足元を撃ち、蜜鈴の生み出した吹雪が灰燼の左腕を飲み込む。3人の攻撃で、敵の注意は完全に開拓者達に向いたようだ。まるで虫でも払うように、剣を振り回している。
 そのまま、開拓者達はゆっくりと後退を始めた。彼等の目的は、灰燼を誘い出す事。一定の距離を保ちつつ、防御を固めながら街道を外れて南東に進んだ。


 時は少々遡る。誘導班が灰燼を待っていた頃、もう1つの班は誘導先に罠を仕掛けていた。
 朝比奈 空(ia0086)が印を結ぶと、吹雪が地面に吸い込まれていく。一定時間で消滅してしまうが、時間差で複数設置すれば問題無いだろう。
「…これだけ仕掛ければ充分ですね。お二人共、準備は大丈夫ですか?」
 仕掛けを終えた空が、仲間に声を掛ける。流れる汗を拭いながら、皇 りょう(ia1673)は空に笑みを返した。
「私は問題無い。駆鎧用の落とし穴を掘るのは、少々骨が折れたがな」
 全長4mを超える灰燼用となると、その大きさも相当なモノになる。もっとも、完全に落下させるのではなく、体勢を崩す程度の規模に抑えているが。麻布と土を被せ、迷彩も施している。
「こっちも大丈夫だ。あとは、ヘスティア達が巧く誘導してくれれば…」
 竜哉(ia8037)も準備完了を伝え、誘導班が来るであろう方向に視線を向けた。彼が仕掛けたのは、戦闘環境の悪化。戦闘経験の無い灰燼には、地面の起伏や水濡れが激しいだけでも足止めになる可能性が高い。
 互いの罠にハマらないよう注意しながら、1ヶ所に集まる3人。それから数分もしないうちに、視界に誘導班と灰燼の姿が飛び込んで来た。
 誘導班は、地上と空中両方から攻撃しながら、敵の注意を引いている。更に、ヘスティアとD・D、万理の相棒、走龍のフォーエバーラブが、挑発するように灰燼の目の前を走り回った。
 合流場所で空達を発見した誘導班は、罠を避けるように大回りして素早く合流する。開拓者達の動きが突然変わり、総員の数が増えたが、灰燼がそれを気にする様子は無い。進路を変えず、真っ直ぐ接近している。
「お待たせしました。お客様をお連れしましたよ」
 冗談交じりに、駆鎧の奥から声を掛けるサーシャ。素顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。
 灰燼を肉眼で確認した竜哉とりょうは、サーシャに軽く笑みを返して自身の駆鎧に乗り込んだ。
「えっと…罠を仕掛けたのって、地面が濡れてる場所だよね? もう誘き寄せてみるよ」
 敵を誘き出す事には成功したが、まだ罠にハマったワケではない。より確実に罠に落とすため、レビィは場所を移動した。灰燼の進路を罠の位置に合わせ、その奥から弓を放って注意を引く。距離は、だいたい40m程度だろう。
「デカくて遅いし、射程も勝ってるから、恰好の的ね。あとは…」
 万理はフォーエバーラブに乗って移動しながら矢を放った。自身の矢が灰燼に効くか心配していたようだが、鋭い弓撃が装甲を貫通して突き刺さる。穿たれた穴から、瘴気が漏れ出た。
 追撃するように、相棒の走龍、赤珠に乗った空が手を振り上げる。直後、鋭利な氷の刃が出現し、灰燼に向かって飛来。それが装甲に突き刺さると、炸裂して激しい冷気が周囲を斬り裂いた。
 連続攻撃を受け、手傷を負う灰燼。巨体から瘴気を漏らしながらも、地面を蹴って駆け寄ってくる。
 急速に距離を詰めるアヤカシに向かって、ヒダマリは大きく喉を震わせて特殊な高周波をぶつけた。不快な音波が全身を打ち付けるが、灰燼は脚を止める事なく距離を詰めている。剣を振り上げて更に1歩踏み出した瞬間、地面から強烈な吹雪が噴き出した。
 突然且つ圧倒的な威力に、灰燼の巨体が大きく揺らぐ。倒れないように踏ん張ったが、濡れた地面に脚を取られて不安定さが加速。大きく足を踏み出した瞬間、地面が抜けて右脚が落とし穴にハマり、太腿辺りまで埋まった。
 ヴィディアなら、この罠を避けていたかもしれない。しかし、今の彼は『灰燼』という名のアヤカシ。戦闘能力と引き換えに、知力が大幅に下がったようだ。
「災厄を振り撒く者よ、完膚なきまでに叩きのめしてくれよう。皇家が当主、りょう…いざ、参る!」
 武神号をに乗り込んだりょうは、天儀刀に似た形状の駆鎧用兵装を構える。地面を蹴って距離を詰め、裂帛の気合を込めてそれを振り下ろした。火花が周囲に飛び散る中、切先が灰燼の胸を大きく斬り裂く。
 敵が反撃のために剣を振り上げた瞬間、その腕に鎖が巻き付いた。末端を持っているのは、鋼。鎖が限界まで伸び、甲龍とアヤカシの力比べが始まった。
「…大丈夫だ。巨大なアヤカシとは何度も戦って来た…こいつはまだ小さい方だ…仕掛けるぞ、鋼!」
 綱引き状態の鋼は身動きがとれない。それは灰燼も同じであり、動けない敵は的でしかない。
 鋼介は太刀に練力を集中させ、狙いを定めた。気合を込めて兵装を薙ぐと、練力が衝撃となって飛来。実体を持たない一撃が、灰燼を直撃した。
 手傷を負いながらも、アヤカシは鋼との綱引きを諦めていないようだ。今も尚、力強く鎖を引っ張っている。鋼介は相棒の背を叩いて合図を送ると、鋼は鎖を手放した。
 いきなり力が抜け、灰燼の腕が大きく振られる。その隙を突き、サーシャは右腕を目掛けてチェーンソー状の兵装を突き出した。高速回転するチェーンが火花を散らし、右腕の装甲を深々と斬り裂いて瘴気が噴き出す。
 仲間達の動きを見ながら、攻撃のチャンスを窺うヘスティアとD・D。霞澄は2人と麗霞の手を取り、祈りを捧げた。
「皆さん、無理しないで下さいね? 私に出来るのは、このくらいですが…」
 言葉と共に、精霊力が淡い光となって3人の体を包む。外見的な違いは全くないが、防御能力が格段に上がっているようだ。
『ありがとう、助かるよ。お礼に、後でお茶でもどうだい? モチロン、俺と2人きりで…さ♪』
 感謝を口にしながらも、D・Dの口調はナンパなお兄さんのように軽い。突然過ぎるお誘いに、霞澄は目をパチクリさせて困惑している。
 霞澄に危害が及ぶと思ったのか、麗霞が無言で2人の間に割って入った。ヘスティアはD・Dの三つ編みを引っ張り、軽く頭を下げてその場を離れて行く。
 不思議そうに小首を傾げる霞澄を背で守りながら、麗霞は銃を構えた。仲間達に当たらないよう狙いを定め、引金を引く。2連続で放たれた銃弾が灰燼の両肩に直撃し、亀裂が奔って瘴気が漏れ出した。
 追撃するように、ヘスティアとD・Dが距離を詰める。巨大な斧と巨大な剣が空気を斬り裂き、灰燼を捉えた。
 超振動を纏ったD・Dの斬撃が、左腕に命中。衝撃が装甲の内側を駆け抜け、亀裂の隙間から瘴気が噴き出した。
 ヘスティアの斧が左膝に突き刺さり、そのまま斬り落とす。ここまで敵を誘導する間、開拓者達は幾度となく灰燼を攻撃していた。特に左膝にダメージが蓄積している事を見抜いた彼女は、一点集中で斬り落としたのだろう。
「妄執に飲まれた人間が、駆鎧を巧く使えんのか? たつにー、汎用機の強さ見せてやれっ!!」
「ああ、任せろ! どんな性能を持たせても、所詮は机上の空論。現実の厳しさってのを、教えてやらないとな?」
 ヘスティアの言葉に、竜哉が叫ぶように応える。相棒の駆鎧、ReinSchwertと共に地を蹴り、白い閃光の如く急加速。自身の力に運動エネルギーを上乗せし、強烈な横薙ぎを放った。鋭い斬撃が灰燼の胸部を斬り裂き、瘴気が一気に噴き出す。
「おんし等、巻き込まれてくれるなよ!?」
 上空から響く、蜜鈴の声。彼女の警告に反応し、灰燼の周囲に居た開拓者達は後方に跳び退いた。
 直後、天禄は翼を広げて風を掴み、灰燼との距離を素早く詰める。その背で蜜鈴は短刀を握り、先端から強烈な吹雪を生み出した。圧倒的な冷気が灰燼を飲み込み、全身を冷やしていく。
 凍気に晒されながらも、灰燼は左手を力強く握った。腕に素早く瘴気を集め、地面に向けて振り下ろす。搭載した火薬が爆発して瘴気を伴った衝撃波が広がり、反動で灰燼は落とし穴から脱出した。
 駆鎧に乗った3人は、腰を低くして腕を交差し、衝撃に耐える。ヘスティアとD・Dも巨大な兵装を盾代わりに構え、防御を固めた。
 龍に騎乗した4人は、朋友の機動力を活かして一気に射程外まで後退する。レビィとヒダマリも、急加速して後退した。
『霞澄様、逃げて下さい!』
 衝撃波の射程ギリギリに居た霞澄に向かって、麗霞が叫ぶ。反射的に自身の体を盾にして割り込ませ、霞澄を敵の攻撃から守った。その代償に、麗霞は衝撃波の直撃を受けて膝から崩れ落ちる。倒れそうになる体を、霞澄がそっと抱き止めて地面に寝かせた。
 敵の攻撃は強力だったが、今は隙だらけな姿を晒している。反撃するように、開拓者達が一斉に行動を起こした。
 上空から急降下する、天禄と鋼。蜜鈴が詠唱と共に灰燼を指差すと、その頭上に渦巻く炎が生まれて全身を飲み込んだ。
 天高く燃え上がる炎と交差するように、炎を纏った鋼介の刃が横に一閃。2つの炎撃が重なり、十字の炎が灰燼を焦がした。
「背中がガラ空きだよ! 行こう、ヒダマリ!」
 灰燼の背面、北側10m程度の位置に移動したレビィが叫ぶ。炎が消えていく中、彼女の矢とヒダマリの高周波が降り注いでいく。
 更に、フォーエバーラブの走力で北西側に移動した万理が、素早い弓撃を連続で放った。関節部や亀裂に矢が刺さり、瘴気が漏れ出す。
「威勢が良いのは、その大きな図体だけですか…」
 敵の無様な姿に、若干呆れたような声を漏らす空。再び氷刃を生み出し、灰燼に向けて撃ち出した。2本の刃が両肩に突き刺さり、炸裂して周囲に冷気を撒き散らす。
「全方位から囲んで袋叩き…うふふ、楽しくなりそうですね♪」
 サーシャは周囲を見渡し、アリストクラートの奥から楽しそうな声を漏らした。彼女の言う通り、灰燼の周囲は開拓者達が取り囲んでいる。袋叩きという表現は間違っていないかもしれない。
 灰燼の両側、東と西に居たヘスティアとD・Dが、同時に地面を蹴る。加速して突撃する彼女の姿は、まるで真紅の風のようだ。2人は巨大な兵装を構え、擦れ違いながら横に薙ぐ。ヘスティアが前面を、D・Dが背面を斬り裂き、そのまま走り去った。
 間髪入れず、南東のサーシャと南西のりょうが距離を詰める。サーシャは兵装を下段に構え、斜め上に斬り上げた。それと交差するように、りょうは巨大な刀を斜めに振り下ろす。2つの斬撃が時間差で交わり、灰燼の胸に『×』字の傷跡を刻み込んだ。
 竜哉はReinSchwertを操り、オーラを噴出しながら急加速。地面を蹴り、天高く舞った。ほぼ同時に、アリストクラートと武神号が後方に跳び退く。竜哉は落下しながら剣を振り下ろし、灰燼の装甲を縦に斬り裂いた。
 全身から瘴気を漏らしながらも、灰燼…いや、『ヴィディア』は諦めようとしない。抵抗するように、右腕の剣を握り直して無茶苦茶に振り回し始めた。暴れるような動きに、開拓者達は距離を置いて攻め方を思案する。
 全員の視線が灰燼に集まる中、霞澄は麗霞だけを見詰めていた。自分を護るために身を挺した相棒…彼女の気持ちは嬉しいが、負傷させたのは紛れも無い事実。その事を、霞澄は気に病んでいた。
 無言で、麗霞はそっと霞澄の頬に手を伸ばす。言葉を交わさなくても、瞳が雄弁に物語っていた。『平和のために戦って下さい』と。
 力強い視線を受け、霞澄は立ち上がった。周囲を見渡してりょうに駆け寄り、武神号の腕に触れる。
「皇さん、お願いします…この戦いを、一刻も早く終わらせるために…」
 言葉と共に、精霊の加護が淡い光となって武神号を包み込む。彼女の想いを受け取り、りょうはゆっくりと灰燼に歩み寄った。
 接近して来る武神号に気付き、敵は剣を振り上げる。そのまま渾身の力を込め、全力で振り下ろした。
 りょうは剣と盾を素早く重ね、防御体勢を固める。元来の能力に加えて霞澄の支援もあり、彼女は斬撃を完全に受け止めた。
「愚かな……周りに害悪しか為さぬ道具など、最早道具とは呼べぬ。鉄の棺桶に抱かれ、静かに眠るが良い!」
 怒りの言葉を口にし、りょうは灰燼の剣を弾き飛ばす。そのまま右脚を軸にして回転し、駆鎧用のマントを翻しながら斬撃を叩き込んだ。その一撃で、灰燼の体勢が大きく崩れる。
 この機を逃がす者は、この場に1人も居ない。レビィは高速移動から矢を放ち、左腕の関節を射抜いた。2本の矢が、交差するように肘に突き刺さっている。更に、ヒダマリの高周波が灰燼の全身を打ち付け、衝撃で瘴気が噴き出した。
「天禄、斯様な愚鈍な輩に捕らえられるなよ? 彼奴の妄執に付き合うてやる義理は無い故」
 相棒に声を掛け、不敵な笑みを浮かべる蜜鈴。彼女の言葉に、天禄は軽く雄叫びを上げて高速で灰燼に接近していく。
 蜜鈴は両手で2本の短刀を握り、呪文を詠唱した。右手の短刀から吹雪が発生し、左手の短刀から渦炎が生まれる。低温と高温が時間差で襲い掛かり、左腕を飲み込んだ。急激な温度変化に、装甲がボロボロと崩れていく。
「その名の通り、灰へと還ると良いでしょう」
 静かに言い放ち、空は詠唱を始めた。様々な精霊の力が混ざり合い、灰燼の周辺に灰色の光球が出現。それが敵の左腕に触れた瞬間、一瞬で腕全体が灰と化して崩れ去った。
「さあフォーエバーラブ、走りなさい。千の風の如く…ね」
 万理は相棒に語り掛けながら、そっと首筋を叩く。フォーエバーラブは地面を蹴り、全力で疾走した。
 高速移動しながら、万理は精神を集中して弓を構える。放たれた矢が薄緑色の気を纏い、全ての干渉を無視して直進。衝撃を伴った弓撃が、連続で右腕を貫通した。
 間髪入れず、サーシャは地面を蹴って滑るように急接近。大きく踏み込み、横薙ぎの一撃を放った。灰燼は剣を盾代わりに構えたが、その防御を打ち砕いて斬撃を叩き込む。砕けた剣の欠片が瘴気と化し、空気に溶けていった。
「残った右腕も潰させて貰うぞ…鋼、いけるな?」
 上空を舞っていた鋼は、鋼介を乗せたまま急降下。精霊力を爪に収束させ、素早く突撃していく。鋼介は両手で刀を握り、刀身に炎を纏わせた。
 狙いは、灰燼の右腕。鋼は加速した状態で爪を振り、肘から先を千切るように斬り裂いた。次いで、鋼介の斬撃が灰燼の右腕を肩から斬り落とす。2つに分かれた右腕は天高く舞い上がり、瘴気に還って消滅した。
「理想と現実、理解したか? お前の駆鎧は、ただの妄執…オモチャ以下だぜ?」
 ヘスティアはニヤリと笑みを浮かべ、地面を蹴って跳び上がる。それを追って、D・Dも天に舞った。落下しながら兵装を握り直し、交差させるように振り下ろす。空気を斬り裂くような斬撃が重なり、灰燼の頭部を打ち砕いた。瘴気舞い散る中、2人は地面に着地する。
 驚く事に、灰燼は両腕と左脚、頭部を失っても、戦意を失っていない。残った左脚で立ち上がろうとしている。
「惨めな姿だな…来いよ、ド三品。数字じゃ分からない『本物』との格の違いを見せてやる!」
 憐みと怒りの入り混じった言葉を叫びながら、竜哉は軽く手招きをした。灰燼は全身から瘴気を一気に噴出させ、その勢いで推進。竜哉とReinSchwertに体当たりを放った。圧倒的な重量、圧倒的な衝撃が、一気に襲い掛かる。
 だが。その直撃を受けても、竜哉は微動だにしなかった。彼等にあって、灰燼に無い物…それは、経験。幾多の戦線を共に越え、蓄積してきた絆。
 それこそが『本物の力』であり、偽りの無い剣でもある。
 竜哉は灰燼を無造作に掴み、地面に叩き付けた。次いで自身は跳躍し、狙いを定めて降下。全体重を込めて灰燼を踏み砕きながら、兵装を突き立てる。その一撃で灰燼は完全に砕け散り、ヴィディアの妄執と共に消滅していった。