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■オープニング本文 「えっ?日曜日?」 莉玖は素頓狂な声をあげた。 「うん、あの、見せたいものが‥‥あるんだ」 しっかり声が裏返る。寛太は緊張しながら返答を待った。一方の莉玖はどきどきの欠片もない様子で、店の商品を陳列しながら少し考えた。 「んー‥‥」 そしてにっこり笑う。 「いいよ。お母さんに頼んで仕事休みにしてもらうから」 その時既に、寛太は莉玖の笑顔に撃ち抜かれてふらふらしていた。しかし彼女は全く気づいていない。 「そろそろ休憩にしよっかー」 そう言って、彼女は店の奥に入っていった。真っ赤になった幼馴染みを残して。 その晩、莉玖が日曜日出掛けていいかと訊くと、母はもちろん、と頷いた。元々働かせ過ぎかと悩んでいたのだ。 「そういえば最近、寛太くんはよく来るねぇ」 茶を啜りながら、母は笑った。 「そうなの。何か変よね」 変?と聞き返した母親に、莉玖は神妙な面持ちで頷いた。 「急にうちの店を手伝いだしたり、お出掛けに誘ってくれたり。何かおかしい。頭とか打ったんじゃないかな‥‥」 呟いた娘に、母親は苦笑いを漏らした。我が娘ながら鈍感すぎる。 「そうかい?重いものも運んでくれてありがたいけどね」 「そうなんだけど‥‥」 呟いて、彼女はむ、と考え込んだ。 寛太はその時、うきうきを忘れて呆然としていた。 (「そ‥‥そんな‥‥!」) 誘い出すことに成功したまではいい。連れていきたいところも、一ヶ月前から決めていた。贈り物も用意した。全て滞りなく済んでいた筈だったのだが――。 (「こんな大事な時に‥‥アヤカシ!?」) 日曜の夜に二人で行くつもりだったとっておきの場所。 バレンタインデーのお詫びに、ずっと連れて行ってあげたいと思っていた大切な場所。 ――そこが、無数のアヤカシに占拠されていた。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
空音(ia3513)
18歳・女・巫
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
柳ヶ瀬 雅(ia9470)
19歳・女・巫
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● でーと前日。開拓者達は寛太のもとを訪れていた。前日にして不安と緊張でがちがちになっている寛太を見て、紅鶸(ia0006)が笑った。 「任せておいてください。恋路を邪魔する不届きアヤカシなど俺達が打ち払ってやりますから!」 「それが終わりましたら――明日の朝、一緒に準備いたしましょうね」 空音(ia3513)が微笑む。寛太は勢いよく頭を下げた。 「はい‥‥よっ、よろしくお願いします!」 「恋愛、ですか。いいですねぇ‥‥昔を思い出し‥‥」 呟いて、エグム・マキナ(ia9693)はうなだれた。 「‥‥何故当人になった記憶が出てこないのでしょう‥‥」 「恋愛なんて、独身二十代も半ばに差し掛かろうとしている私には吹きすさぶ寒風のようなものだわ」 設楽 万理(ia5443)は何故か凄まじい形相でぶつぶつ呟いている。 隣から殺気のようなものを感じた柳ヶ瀬 雅(ia9470)が言った。 「どうやらお邪魔虫がいらっしゃるようですから、ちゃちゃっと退治すると致しましょう」 「よっし、でーとまでに蝙蝠退治するぞー!」 隣で赤マント(ia3521)がおー!と拳を突き上げた。 ● 「ここか?」 日が西に傾きかけた頃、古酒を煽りながら水鏡 絵梨乃(ia0191)は目の前の小さな洞窟を見やった。聞いてはいたが、かなり狭い。 「――さて、ささっとやっちゃいますか」 紅鶸は呟くと、洞窟に足を踏み入れた。赤マントが後を追う。 「‥‥はぁっ!」 松明を手に、紅鶸は咆哮した。静止していた吸血蝙蝠が一斉に羽ばたきだす。襲い来る敵に泰練気法弐を駆使しながら、赤マントが不敵な笑みを浮かべた。 「さあ、こっちだよ!僕の速さについてこれるかな‥‥!」 二人は外へと駆けた。そこには仲間が、万全の体制で待ちかまえているはずだ。ようやく光が見えてきて、二人の足は一層速まった。血を吸おうとする蝙蝠達を手で払いながら、紅鶸は叫んだ。 「皆さん、行きますよ――!」 「――来ました!」 空音が松明を洞窟の方に向けた。その瞬間、紅鶸と赤マントが走り出てきた。後を追うのは無数の吸血蝙蝠。 「行くわよ!」 自分に向かってくる敵に向かい、万理がバーストアローを放つ。 「皆さん、よろしくお願い致しますね‥‥!」 雅が神楽舞攻を舞い、仲間を鼓舞する。それを受けたエグムは鷲の目で敵に狙いを定め、矢を放った。 「この数はなかなかうんざりしますね」 赤マントは紅鶸と背中を守り合いつつ、気功波を放つ。 「その程度の高さで僕から逃れられると思う?」 その背で紅鶸は太刀を大きく振り回し、敢えて隙をつくって自分を襲わせていた。 「かかったな‥‥絵梨乃さん!」 「了解!」 絵梨乃は紅鶸を襲う油断した敵に蹴りをかます。紅鶸の顔すれすれで踵が蝙蝠を捉えた。同時に後ろから襲ってきた敵の攻撃をかわし、転反攻で後ろ回し蹴りを食らわす。 その横でハイネル(ia9965)は剣を振るった。空音は力の歪みで蝙蝠の体を捻らせた。 第一陣が残り数体になったところで、万理は瞬速の矢で一体一体確実にしとめていく。その姿を見て、放たれた矢と一緒に怨念まで‥‥と隣にいた空音は思った。 第一陣は十数匹、つまり全体の半分程であったろうか。つまりまだ半分の敵が中に残っている。 「紅鶸様、大丈夫ですか?」 心配そうに空音が優しい風で紅鶸を包む。紅鶸は微笑んで頷いた。 「大丈夫です」 「ご無理なさらないでくださいね?」 もう一度頷いて、紅鶸は赤マントと共に洞窟へ向かった。 再度の咆哮の後、二人はまた洞窟から駆け出た。小さな蝙蝠は単体では弱くとも、群れだとやっかいだ。それでも皆の結束により、後の十数匹も無事殲滅。 「もう終わりでしょうか‥‥?」 神風恩寵で仲間を癒しながら、雅が呟いた。 「僕、見てくるよ!」 赤マントが赤い外套を翻して洞窟へ走り出した。手には仲間から借りた松明。洞窟の中で、念のため松明を振ってみる。もう残っていないようだ。 辺りを見回せば、其処は全面石造りの洞窟。特に汚れも目立たない。 「掃除はいらないね‥‥」 赤マントはほっとしたように呟いて、外に出た。 ● 翌朝、八人は寛太の家を訪れた。心配そうな寛太の肩を雅が優しく叩く。 「大丈夫ですよ。絶対にうまく行きますから」 「約束も取り付けているし、何というかもう消化試合みたいなもんじゃないのよ」 そう言ったのは、前日に引き続き何故か苛立っている様子の万理。その横で空音は寛太の手を引いた。 「さあ、まずは服装からです。持ち服を見せてくださいな」 女性陣が寛太の服の山を取り囲み、選定会議をしていた。寛太も含め、男性陣は蚊帳の外だ。 「まあ、こういうのは女の子に任せれば完璧ですからね」 エグムが笑った。恋愛に関しては女の子の意見の方が的確なことが多い。 「断然、私も恋愛についてはよく分からんしな」 ハイネルも苦笑いを漏らす。特に若い世代の初々しいでーとの仕方なんぞ分からない。 暫くの後、空音が一揃いの服を持ってきた。 「これがいいと思います」 それは、普段着に近い濃縹の袴。寛太は目を丸くした。 「こんな普通の格好でいいんですか?」 「ええ。しんぷるで清楚なものが一番いいのですよ」 それに似合う格好が一番です、と空音は笑った。笑い返して、寛太は頭を掻いた。 「もっとかしこまった格好をするのかと‥‥」 「それでは、次はでーと中のお話ですが」 雅が切り出した。寛太はいずまいを正した。 「お話は基本的に、彼女が好きな物の話をすればいいと思いますよ」 「無理に話さず質問したり、聞き上手に徹する手もありますね」 ふむふむ、と寛太は頷いて聞いている。順調だと思いながら、赤マントが次の話を切り出した。 「それから告白の時だけど‥‥」 その瞬間、寛太が真っ赤になる。一同は顔を見合わせた。 「‥‥回りくどい言い方じゃ彼女は気づいてくれないかもね」 赤マントは、鈍感だから‥‥とは言わなかった。 「だから、友達ではなく恋人になってほしい、というのは明確にね。――えっちゃんとか、経験豊富そうだけど?」 急に話を振られた絵梨乃は、考え込むような仕草で呟く。 「んー、まあ前からがばっと、または後ろからがばっと!行ってしまえば‥‥」 がばっと、という言葉にさらに顔を真っ赤にした寛太を見て、絵梨乃は笑った。 「冗談冗談。まあでも、時には本当に勢いも大事だからな」 次に口を開いたのはエグムだった。 「私の生徒の話なのですが。想いの強い男の子と、時間が欲しいと言った女の子がいました。結局二人は付き合うことになりましたが、お互いがとても辛そうにしている時があった、と言います」 ごくり、と寛太は唾を飲んだ。エグムが微笑む。 「努力することも勢いがあることも、悪いことではありません。ですがたまに、立ち止り自分の振る舞いを見直すことも大事ですよ」 「とにかく、自分の気持ちを言葉にすることです。そうすればきっと、想いは伝わるはずですから」 そう言って微笑んだ紅鶸は、その瞬間空音の方を見つめた。空音と目が合い、思わず照れ笑いする。 「その通りですよ。形にしないと伝わりませんから。あたって砕けろ、というやつです」 砕けないとは思いますけどね、と雅は笑った。 「私には何ももたらさなかった恋愛成就のお守りを差し上げますから、自信を持っていけばいいと思いますよ」 相変わらず苛立っている様子の万理は、そう言って恋愛成就のお守りを差し出した。寛太はそのお守りに謎の強化の跡を見つけてしまった。 助言を受けてもまだ不安そうな寛太の肩を叩いて、空音が微笑んだ。 「大丈夫、絶対うまく行きますから」 その励ましを受けて、寛太は小さく頷いた。 ● 昼頃、寛太は莉玖を迎えに雑貨屋へ向かった。 少しして奥から出てきた莉玖の姿を見たとき、寛太の心臓が大きく跳ねて、止まった。 薄い桃色の外出着に紅の帯。髪は複雑に結い、花と簪を挿している。 「待たせちゃった?ごめんね」 小さく手を合わせた莉玖を見て、寛太の心臓がばくばく動き始める。莉玖の可愛さに眩暈がした。 「い、いや‥‥大丈夫だけど」 「あ、その袴。凛々しくて、やっぱり寛太によく似合うね」 莉玖が微笑む。影で見守っていた空音はほっとして微笑んだ。 「私達の判断は正しかったみたいですね」 そのまま、二人は連れだって歩いていく。八人は後を追った。 「‥‥その時、夢乃がね‥‥」 茶店で楽しそうに話す莉玖。向かいに座る寛太もまだ緊張でかちこちではあるが、だいぶ慣れてきたのか笑って相槌を打てるようになってきた。 「――いいじゃないですか。なかなか順調ですよ」 二人が座る机より少し離れたところで、エグムが微笑んだ。彼らは大きな机について、それぞれ飲食を楽しみつつ見守っていた。 それは勿論、空音と紅鶸も例外ではなく。 「何だか‥‥こっちもでーと、みたいですね」 仲良さそうに話し、たまに頬を赤らめたりする空音と紅鶸を見やりながら、雅が微笑んだ。 「あっちもこれくらい幸せになってくれればいいね」 呟いて、赤マントは寛太の方に目を移す。共に甘味を食べながら、会話を楽しむ二人。このままうまく行けばいいが‥‥問題は。 「告白がなあ‥‥」 ● 「もふらさま‥‥!」 目を輝かせた莉玖は、群れているもふらさまに向かって走り出した。寛太も笑いながら後を追う。 「ふかふか。もふらさまって気持ちいいよね」 「だな。いつか飼いたいなー」 お互いに笑顔が絶えない。寛太も、この後待っている試練など忘れ去っているようだ。 「そのまま行け、がばっとだ、がばっと!」 もふらさまを撫でながら、絵梨乃が笑う。 「‥‥何だか心配になってきました」 目を細めて、もふらさまとじゃれている二人を見つめる雅。後ろから紅鶸と空音が声をかけた。 もうすぐ日が暮れる。刻限が、近づいてきていた。 ● もふら牧場を出発した頃は威勢が良かった寛太も、洞窟に近づくにつれて口数が少なくなってきた。 「‥‥寛太?どうしたの、具合でも悪い?」 黙りがちになった寛太を心配したのか、莉玖が寛太の顔をのぞき込んだ。寛太は驚いたように飛びすさる。 「なっ、何でもねーよ」 「そう?ならいいけど‥‥」 それでも心配そうな莉玖。エグムが感心したような声を上げた。 「いい子じゃないですか。ちゃんと相手の変化に気づいて、心配して」 「鈍感じゃなければ話は簡単なんだけどな‥‥」 赤マントが苦笑いを漏らす。 「緊張で真っ青だよ。大丈夫かな、寛太」 「‥‥頑張れ、寛太君‥‥!」 紅鶸は祈るように呟いた。 莉玖は、洞窟を目の前にして口に手を当てた。 「あ、ここ‥‥!」 その反応にほっとしたように、寛太が頭を掻く。 「覚えてた?‥‥よかった」 「うん、懐かしいね‥‥昔、よく遊びに来てたっけ」 中に入って、ぐるりと見渡す。――本当に、変わっていない。 「そう、この岩を机にして、おままごとしてたんだわ」 笑いながら、彼女は昔と同じ場所に座った。小さい頃はちょうどいい大きさだった岩の机も、今ではかなり小さく見えた。 「昔は、よくここでこうやって遊んだよね」 泥団子のご飯と、欠けた椀に泥水の味噌汁。莉玖がお母さんで、寛太はお父さん。 誰も来ないこの場所は、幼かった彼らにとって秘密基地だった。 「あの頃は、楽しかったなあ」 幼き日を思い出して、莉玖は笑った。一方の寛太は真剣な眼差しで彼女を見つめる。 「あ‥‥あのさ。話があるんだ」 莉玖が視線を寛太に戻す。寛太の顔が真っ赤になり、心臓は今までの十倍速で鳴り出した。 「えっと‥‥その‥‥」 寛太は急に、何もかもを誤魔化したい衝動に駆られた。しかしそんな彼の脳裏に、助言をくれた八人の顔が浮かんだ。『はっきり想いを伝えないと伝わらない』と、彼らは言っていた。 ごくり、と唾を飲み、寛太は覚悟を決めた。 「えっと‥‥す‥‥好きなんだ。莉玖のことが。その、友達としてじゃなく‥‥一人の、女性として」 言えた、と思った寛太は、胸のつかえが取れたように少し気分が軽くなった。心臓も、普段の十倍速から五倍速くらいまで遅くなる。 「え‥‥私?」 莉玖は困惑したように呟いた。 「ああ。昔、ここで遊んでたときから‥‥おままごとじゃなくて、莉玖と本当の家庭を築けたらいいな、って、ずっと思ってた」 寛太の言葉に、莉玖は目を丸くする。寛太は、懐から小さなものを取り出した。 「ばれんたいんでーの時は、ごめんな」 小さな包みを莉玖に手渡す。 「俺から贈り物すればよかったって、あとから後悔した。だから、今更だけど」 「‥‥開けても、いい?」 寛太が頷くのをみて、莉玖はゆっくりと包みを開いた。 「‥‥簪‥‥」 それは、薄桃色の石で出来た桜の花びらが揺れる簪だった。 「すごく綺麗‥‥」 莉玖の手から簪を抜き取り、彼は不器用な手つきで彼女の髪に挿した。 「‥‥似合うよ」 「‥‥ありがとう」 微笑んだ彼女をみて、彼の心臓がまた速度を増す。 「その‥‥今すぐ、付き合ってとかは‥‥言わない。だけど‥‥莉玖が許してくれるなら、これから‥‥ちょっとずつ、距離を縮めていきたいんだ」 ぽつり、ぽつりと話す寛太の言葉は、選び抜かれているからか、少し重い。 莉玖は少し考えてから、微笑んだ。 「寛太の気持ちは嬉しいわ。だけど、まだ私は‥‥寛太のこと、そういう対象に見られるか、わからない」 寛太が俯く。しかし莉玖は、彼の手を取って言った。 「だから、時間をちょうだい。距離を縮められるだけの時間を」 ぱっと顔を上げた寛太に、莉玖はまた微笑んだ。 「‥‥これからも、うちの店を手伝いに来てくれる?」 寛太は真っ赤になりながら頷いた。 「‥‥ありがとう、寛太。今日は本当に楽しかった」 洞窟からの帰り道。莉玖の優しい声に、寛太は照れたように頭を掻く。 「働きすぎはよくないからさ‥‥また、どっかに出掛けような」 莉玖は頷いた。桜の簪が、可憐な音を立てて揺れた。 「よかったですね、うまくいって」 並んで歩いていく二人を後ろで見守りながら、エグムがほっと胸をなで下ろした。空音も息を吐いた。 「思ったより、寛太くんはしっかりしていましたね」 「本当だよ。ちゃんと思ったことを言えるじゃないか。全く、心配かけて」 絵梨乃は言葉と裏腹に、嬉しそうに笑った。 「‥‥混沌としたこの時代。たくさんの男女が寄り添い未来を支えてくれれば、犠牲になった私も浮かばれるというもの‥‥」 万理はやけくそになって呟いた。刹那、誰もが本能的に触れてはいけないと察知した。 「‥‥あの洞窟は、本当に大切な場所になりましたね」 雅が二人に思いを馳せながら微笑んだ。紅鶸も頷いた。 「あの二人、これからもうまく行くといいですね」 「‥‥何が起こるかわからない世の中。好きな相手は一番傍で守ってあげなきゃ、だね」 そう呟いた赤マントの言葉は、静かな満月の空に吸い込まれていった。 |