はじめてのおつかい
マスター名:香月えい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/12 01:32



■オープニング本文

「ママ、ぼくね、おばあちゃんのおうちに行きたい」
 無邪気な笑顔を浮かべる少年に、母親は目を丸くした。
「先週行ってきたばかりでしょう。ママ、お仕事があるからね、来月まで我慢してね」
 しかし少年はぶんぶんと首を振る。
「ぼくひとりで行くからいいんだもん」
 母親はさらに目を丸くした。
「ひとりでなんて行けるわけないでしょう」
「行けるもん!おとなりのお兄ちゃん、このまえひとりで『いじか』まで行ったっていってたもん!」
 隣のお兄さんに絶対的な信頼と憧れを抱いている。幼い少年特有のアレだ。
「あのね、お隣のお兄ちゃんはあなたより九つも年上なの。あなたにはまだ無理よ」
 母親は優しく諭すも、少年はいやいやと首を振る。
「ぼくも行けるもんっ!」
 母親は駄々をこねる息子に少し困った顔をした。が、考え込んだ彼女はすぐに閃いて微笑んだ。
「わかったわ。今回だけよ」
 少年は大喜びした。

「‥‥というわけなんです」
「それで息子さんの護衛をお願いしたい、と」
 開拓者ギルドの受付係は右の眉を上げながら言った。それは何か否定的な気分になった時の彼の癖だった。幼い子の我儘ひとつで息子の命を他人に任せるなんて、と彼は思った。叱りつけて、諦めさせればいいものを。
 しかし少年の母親は頷いて、開拓者さんの姿を息子に見せないようにしてくださいね、と念を押した。
「あの子には、ひとりで旅ができた、という喜びを味わってほしいんです」
 そう言って笑った美しい母親に、開拓者ギルドの受付係は毒気を抜かれた。きっと彼女に悪気はないのだろう。ただ息子を思い、願いを叶えてやろうとする彼女なりの親心なのだ、と彼は考え直した。それに今回の道程は、開拓者にとってはさほど危険ではない。彼らなら少年を守り抜けるだろう。彼はただわかりました、と頷いて依頼書を書き上げた。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
神凪 蒼司(ia0122
19歳・男・志
空音(ia3513
18歳・女・巫
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
ザザ・デュブルデュー(ib0034
26歳・女・騎
久野(ib0267
26歳・男・陰
ルナ・ローレライ(ib0299
26歳・女・吟


■リプレイ本文

 旅立ちの朝。母親の作った焼菓子などがたくさん詰まった籠を持って、凌眞は満足げな表情を浮かべていた。目がきらきらしている。
「随分と嬉しそうだな」
 遠くからその様子を眺めていた千代田清顕(ia9802)が言った。隣にいた天津疾也(ia0019)はいかにも微笑ましいといった様子で笑った。
「まああれぐらいの年頃の子は一人でやりたくなる年頃やからな。可愛いもんやろ」
「あぁ、あたしも飛空船の操縦をしたがって困らせた記憶があるな」
 ザザ・デュブルデュー(ib0034)が思い出して苦笑した。
 母親が寄り道をしないのよ、と注意して、息子が大丈夫、と笑顔で答える。微笑ましい光景に、一同は何となく和んだ。
「いってきまぁーす!」
 少年のその元気な声を合図に、清顕、疾也、ザザ、空音(ia3513)、神凪 蒼司(ia0122)の先発組が出立した。

「あの林ですね」
 空音が言った。目の前には林と、その中を通る一本道だった。大人二人がぎりぎり通れるくらいだろうか。少し蛇行してはいるが、大して危険はなさそうだ。
「これで商人に見えるだろうか」
 訝しげに蒼司が呟いた。その背には商人がよく使うような葛籠。
「大丈夫やろ」
 疾也がにたりと笑う。その様子を見て、清顕が言った。
「お前はもともと商人気質だから違和感ないな」
 商家出身の彼は、どことなく商人らしい雰囲気が漂っている。
「まぁ、これで賊も引っ掛かるだろう」
 ザザが不敵に笑った。彼らは木間をゆっくり歩き出した。

「旅立つ少年を見守るのはいいものですね。心が温まります」
 ルナ・ローレライ(ib0299)は、後発組の一人として少年を追いながら微笑んだ。凌眞は花屋に向かっていく。足取りは軽いが、何せ幼子の足。歩幅が小さいので、ゆっくりとしか進まない。その様子に、久野(ib0267)が苦笑した。
「この調子なら見失うことは無さそうだな」
「小さな子が一生懸命頑張る後ろ姿って、いとおしくて、抱きしめたくなります〜」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)は頬を弛ませた。
 凌眞はそのまま上機嫌で花屋に入っていき、すぐに出てきた。どうやら母親が事前に頼んでいたらしい。小さな花束を丁寧に籠に入れ、彼はまた歩き出した。もうそろそろ林が見える頃だ。
「さて‥‥そろそろ合流してもいい頃合いではないか?」
 久野の言葉に、ルナは心なしか緊張した面持ちで頷いた。
「危険は私達ができるだけ排除します。ルナさんは凌眞くんの気を逸らして下さいね」
 アーニャが微笑む。ルナはええ、と再度頷いて歩き出した。その時、凌眞は林に入りかかっていた。
「あの‥‥すみません」
 ルナは凌眞の肩をぽんと叩いた。驚いた凌眞はぱっと振り返った。
「この林の先にある村に行くのですか?」
「うん、おつかいなの!」
 何の疑いもない様子で、凌眞は笑った。
「私も行きたいのですが、道がわからないのです‥‥よければ道案内をしていただけないでしょうか?」
 ルナが問うと、凌眞は笑顔のまま頷いた。
「ぼくがあんないしてあげる。ついてきて!」
 言って、ずんずん進んでいく。ルナは少しほっとしたように隣を歩いていった。
 その様子を見ながら、アーニャは胸をときめかせた。
「か、可愛いのです〜。お、お持ち帰りしたいです〜」
 ふにゃりと笑ったアーニャを、隣にいた久野は驚いたように見た。視線に気づいてはっとしたアーニャは慌てて付け足した。
「…へ、変な目で見ないでください、私はごくまっとうなのですっ」
 ぷい、と目を逸らす。久野はにやりと笑った。
「‥‥わかってますよ?」
「ほ、本当ですよっ、ただの子供好きですからっ」
 そんなことより、とアーニャは慌てて話を変えた。
「早く行かなきゃ、見失っちゃいますっ」
 二人は慌てて後を追った。

 栗鼠に仔兎、小鳥の囀り。苔むした絨毯のような地面。青い空。清々しい空気に、疾也は思わず欠伸をした。
「何か気ぃ緩むなぁ」
「本当、任務を忘れそうなくらい気持ちのいいところですね」
 空音が微笑んだ。その目の前を呑気に白い兎が通りすぎた。刹那、蒼司の刀が閃く。
「‥‥ま、現実はこれだ」
 斬られた白兎は、ゆっくりと瘴気に還ってゆく。
「全く‥‥気を抜けやしないな」
 清顕は苦笑いを漏らした。その時、空音が小さく叫んだ。
「あそこ‥‥アヤカシです!」
 見れば狐が五匹、木の間に姿を見せていた。こちらをじっと見つめ、少しずつ距離を詰めてくる。
 空音の逆側を心眼で見ていた疾也もあっと声を上げた。
「こっちにもおるで!」
 こちらは四匹の狸である。五人はそれぞれ背中合わせに武器を構えた。
「狐と狸、か‥‥面白い組み合わせじゃないか」
 ザザがふんと笑って、刀を狐に突きつけた。清顕の手裏剣が鋭い線を描き、一匹の狸に命中する。炎を纏う蒼司の刀が狸を切り裂き、天津と空音の矢が狐と狸それぞれに的中した。
「この調子なら行けそうですね」
 全て倒し終えた後、空音は微かに安堵の色を浮かべた。少年の安全を最優先に考える彼らにとって、当然アヤカシは弱ければ弱いほどいい。
 心眼や瘴索結界、或いは視力を駆使しながら、五人は道を進んだ。

 ルナが口笛を吹いてみせると、少年は目を輝かせた。
「すごーいっ!ぼくね、どんなにがんばっても口笛ができないの」
 自在に動く音色に、目を丸くする凌眞。その斜め後ろにいたアーニャはほっとした。
「この調子なら、私達が戦っても少しなら気づかれなさそうです」
 凌眞は完全に口笛の虜になっていて、どうやればうまくできるのか、などの情報を知ろうとうずうずしているようだった。
 その時。
 道を歩く二人の背後から、一匹の狼が近づいていた。
 気づいた久野が、呪縛符を放った。蛇が狼の足に絡みついて、狼の動きを封じた。その気配を察知したルナは、話題を変えて凌眞を惹き付けることにした。
「じゃあ、これは知っていますか?」
 ルナはオカリナを取り出す。凌眞の目がさらに輝いた。
「ううん、知らない。何それっ」
「これはオカリナ、っていう楽器なんですよ」
 早速口をあてがい、息を吹き込む。その柔らかな音色に、少年は目を閉じた。
「きれいなおと‥‥」
 その間にも彼らは前に進んでいるので、既に狼との距離は結構開いていた。
 そろそろいいか、と久野は木の葉型の斬撃符を飛ばした。攻撃を受け、狼が激しく吠えた。
「凌眞君を守るためにも、この矢は外さない‥‥!」
 当たれ、と気合いを入れたアーニャの矢が狼を貫く。即射でどんどん傷ついてゆく狼は、今やアーニャの方へ向かってきていた。凌眞の方へ行かないことに胸を撫で下ろす。
「‥‥力が弱いと思ってなめないでよねっ」
 アーニャが渾身の一発を脳天に叩き込んだ。ぎゃう、と鳴いて、狼は瘴気に戻っていった。その姿を少し眺め、二人はルナと少年の後を追った。

 次々現れる弱いアヤカシを倒しながら、先発組の彼らはもう一つの目標を探していた。賊である。
「普通こんな格好しとったら、賊も襲って来るはずなんやけどなあ」
 疾也が苦笑した。なかなか襲ってこない。
「はやく捕らえないと、後発組が来るぞ」
 後ろを振り返りながら、蒼司が呟いた。と、その時。
「‥‥あれ、賊じゃないか」
 辺りを見回していたザザが、林の一画を指した。確かに人影が見える。
「見た目は確かに賊ですね」
 空音が眉を顰めた。
「あ、こっちに来るぞ‥‥やっとご対面か」
 清顕が頭を掻いた。賊は三人。がっしりした男達だ。彼らの目には、開拓者も弱い商人の姿で映っているのだろう。下卑た笑いを浮かべながら、こちらに向かってくる。
 雄叫びを上げて、先頭の者が蒼司に斬りかかった。が、蒼司の方が上手だった。峰打ちではあったが、その賊の攻撃が来る前に賊の腹に一撃を食らわせた。うっ、と叫んで倒れたところに、清顕が持参した荒縄でしっかり縛る。他の賊二人は突然の事に驚いて、立ち尽くしていた。まさかこんなに強いとは‥‥!
「どういたしますか?このまま私達を襲うか、おとなしく捕縛されるか」
 どちらか選ばせて差し上げます、と空音は言った。
 ぐ、っと賊は返答につまった。が、すぐに踵を返して逃げようとする。
「お待ちなさい!」
 空音は梓弓で矢を放った。足下を狙ったので、二人はすぐに倒れた。その二人を、ザザと清顕が縛り上げた。近くの手頃な木を見つけて、賊はそこに縛り付けておくことにした。
「――飛んで火に入る夏の虫、ってか」
 疾也は半笑いで呟いて、賊に猿轡を噛ませた。

「ついたよ!」
 林の出口を見つけ、凌眞が叫んだ。ルナが微笑む。
「無事に着いてよかったです。案内してくれてありがとうございました」
「そーだっ、おねえちゃんもぼくのおばあちゃんのおうちに来ない?」
 来てよ来てよ、とルナの服の裾を引っ張る。ルナの目線はあさっての方向へ。
「えー、っと‥‥」
 こっそり助けて!の目線を後ろの二人に送る。察したアーニャが進み出た。久野も後に続く。
「あっ、ルナさん!無事着いたのですね〜」
「心配したぞ、よく来たな」
「あら、迎えに来てくれてありがとうございます」
 ルナはにこ、と微笑む。その様子を見て、凌眞は口を尖らせた。
「なぁんだ、おねえちゃんのおともだちが来ちゃったのか。じゃあ来てくれないよね」
「いいえ――あなたのおばあさまがいいなら、喜んでお邪魔するわ」
 アーニャが笑った。凌眞の目が輝く。
「他にも五人ほど仲間がいるんだ。呼んでもいいか?」
 久野の問いに、凌眞は大きく頷いた。背後の林に隠れて聞いていた先発組は顔を見合わせた。

 祖母の家にて大きな卓を囲んで、八人は目を丸くした。
「これ、全部食べていいんですか?」
 卓上には手作りらしい肉料理や新鮮な野菜、果物、ジルベリア伝来のお菓子などが並んでいる。まさに家庭の味といった風情だ。
「ええ、どうぞ。料理が趣味で、いつも作りすぎてしまってねえ」
 いつも食べきれないの、と凌眞の祖母が苦笑いを漏らす。しかし、彼女がわざわざ自分達の為に腕を振るってくれたのだと気づいていた彼らは、しっかりお礼を言った。横では凌眞が飛び跳ねている。
「あのねっ、おばあちゃん、ぼくひとりでここまで来れたの!」
 すごいでしょ、と無邪気に笑った可愛い孫に、祖母は柔らかく微笑み返した。
「すごいわねえ。もう立派なお兄さんね」
「あとね、おねえちゃんにおしえてもらって、口笛がふけるようになったんだよ!」
ぴゅー、ぴぴー、と音を出し、満足げだった。これからもっと練習して、お姉ちゃんみたいになるのだと意気込んでいる。
「それにね‥‥こんなにいっぱい、おともだちができたのっ」
 八人を見回してそう言った凌眞に、一行は驚いた。しかし、次第にそれも笑顔に変わる。
「‥‥なあ、凌眞。今度は俺等んとこに遊びに来いや」
「その時はお母さんと一緒にいらっしゃって、お母さんを紹介してくださいね」
 また一人旅をしたいと言われては敵わない。しかし確かに、本当に嬉しそうな少年の横顔に、彼らはまたやらせてあげたい気もした。旅を許した母親の気持ちが分かるような気がする。
 美味しい家庭の味を食べながら、八人は凌眞と祖母と会話を楽しみ、その午後を目一杯楽しんだ。

 そして、家から見送られた後。
「特製の鏑矢。使わなくて済んでよかったです〜」
 アーニャは微笑んだ。その鏑矢は、後発組で解決しきれない問題が起こったとき、先発組に教えるために、アーニャが作った特製の鏑矢だ。飛ばすと鳥の鳴き声のような音がする。折角作ったが、使わなければならないような緊急事態にならなかったことを感謝しなくては。
「まあ、あんまり強い敵もいなかったしな」
 ザザは頬を掻いた。
「ん?‥‥何か、忘れてないか?」
 蒼司が眉を寄せた。急に思い出した様子で、空音はがっくりと肩を落とした。
「‥‥面倒なものが残ってましたね‥‥」
 賊である。
 幸せな気分もどこへやら、彼らは荒く林を掻き分け、賊を追い立てて役人のもとへ向かった。賊を引き渡し、これでやっと終了だ。何だか最後に賊とは後味が悪い。
「‥‥でもまあ、坊も無事だったし、喜んでたみたいだし」
「何だかんだで楽しかったです、よね?」
 心地よい疲労に身を委ねながら、彼らは祖母の暖かな眼差しを、凌眞の無邪気な笑顔を思い出していた。些細ではあるが、そこには幸せの欠片があった。
「‥‥何か、幸せだよなぁ」
 呟いた久野の言葉が、夜の闇に吸い込まれていった。