孤独な狼少年
マスター名:香月えい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/22 19:27



■オープニング本文

 「みんなー!でっかい熊が、山から下りてきたぞー!」
走ってきた少年は切羽詰まった顔で叫んだ。市場にいた人々は、店主も客も皆慌てて逃げ出した。皆がいなくなったあと、彼はにやりと笑った。近くにあった売り物の林檎をかじると、また走り出す。嘘をついて皆を騙すのがとにかく楽しくて仕方なかった。
「怜八!また嘘ついたのね!」
 市場のはずれで少年に駆け寄った少女は、ぽかりと少年、怜八を殴った。
「いってーな、いきなり殴るなよ、有那」
「あんたが嘘つくからでしょ!」
「ふん、何で嘘ついちゃいけないんだよ。楽しいんだからいーじゃん」
 有那は悪びれる様子のない怜八を睨みつけ、叫んだ。
「もういい、怜八なんか知らない!嘘ついて、みんなに嫌われればいいのよ!」
 走り去る有那を見て、怜八は頭を掻いた。


 次の日、開拓者ギルドに、一人の少女の姿があった。きょろきょろと辺りを見回す彼女に気付いた受付嬢が笑顔で声をかける。
「どうしたのかな?」
「‥‥あの‥‥開拓者さんに、お願いがあるんです」
 その真剣な眼差しに、目線を合わせた受付嬢の背筋が自然と伸びる。
「怜八を助けてほしいの」
 少女、有那は俯きながら、小さな袋を差し出す。
「お金、全然ないけど‥‥」
 袋の中を見た受付嬢は困った顔をした。確かに少ない。しかし、彼女には精一杯の額なのだろう。俯いていた有那は、そんな受付嬢の表情には気付かずに話し出した。
「あたしの友達の怜八は、みんなに嘘ついて、だますのが大好きなの。だから、このままだとみんなに嫌われちゃうの」
 お願い、と有那は目の前の女性にすがった。
「怜八、ばかだから、多分嘘ついちゃだめなことしらないと思うの。開拓者さんなら、助けてくれるでしょ?お願い、怜八を助けてください!」
 受付嬢は困ったように微笑んだ。少し迷ったあと、彼女は頷いた。
「わかった。お願いしてみるわ」
 ぱっと顔を輝かせた有那は、ぺこんと頭を下げてから走っていった。
 受付嬢はその後ろ姿を見送ってから、依頼書を仕上げて掲示板に張り付けた。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
柊 真樹(ia5023
19歳・女・陰
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
ユグライン(ia9009
26歳・男・弓
太歳(ia9938
100歳・男・陰


■リプレイ本文

 市場に到着した一行は、自分達を見つめる少女に気がついた。
「あなたが有那さんですね?」
 八嶋 双伍(ia2195)が訊ねると、少女はこくんと頷いた。
「怜八はどこや?」
 天津疾也(ia0019)の問いに、有那は小さな手をゆっくりと上げ、近くの小屋を指した。
「あれが、怜八のおうちなの」
 怜八は今、家で幼い従弟の子守をしているのだと彼女は言った。彼は両親を早くに亡くし、叔父と叔母に育てられている、とも。
「怜八はいちばんお兄ちゃんだから、いっつもお留守番してなきゃだめなの」
「怜八が‥‥遊びに、行けるのは‥‥本当に‥‥ちょっと時間だけ‥‥なんだね‥‥」
 白蛇(ia5337)が呟く。
「おじさん、怜八に、お兄ちゃんなんだからがまんしなさいって言うの。怜八のパパならそんなこと言わなかったのに」
 有那は暗い顔をした。幼馴染みの彼女にとっても、彼の父親の死は堪えたのだろう。
 彼と同じく両親を亡くしているルオウ(ia2445)は、怜八の気持ちがわかる気がした。
「そっか、そいつも淋しいんだな‥‥」
「でも、だからって嘘をついてもいい理由にはならないよね」
 かわいそうだけど、と柊 真樹(ia5023)は複雑な表情をした。
「そうだよね‥‥だから、怜八に嘘はだめ、って教えてあげてほしいの」
 お願いします、と有那は頭を下げた。
「わかったぜ、任せとけ!」
 明るいルオウの請け負いに、有那はほっとしたように笑った。

「嘘つくにもいい嘘と悪い嘘があるが、この坊主の場合は悪い方やな」
 歩きながら、疾也が顔をしかめた。双伍も苦笑いして頷く。
「悪戯は元気な証拠ですけど、元気の無駄遣いはいけませんね」
「しっかりお灸を据えてあげないとね」
 真樹がにやりと笑う。
 その市場はなかなかに賑やかだった。明るい声が飛び交い、活気に満ちている。
「ここら辺でいいかなっと」
 ルオウは辺りを見回した。そこは市場の外れの少し広くなったところで、そこなら少し戦っても建物の破損はなさそうだった。
「皆さん聴いてくださいっ」
 真樹が声を張り上げた。
「皆さん、怜八の嘘にお困りですよね」
 辺りがざわついた。すかさず疾也が言葉を継いだ。
「俺らが今から、怜八を懲らしめる為に、まあちょっとした茶番を見せるさかい」
「怜八君は今日も嘘をつくでしょうが、無視していつも通り自然に振る舞ってくださいね」
 双伍が微笑む。
「嘘をつくってのはそれが怖いって事を知らないからだと思うからさ。だからこのまま嘘をつきすぎて信じてもらえなくなったらどうなるかっていうのをちょっと教えないと駄目だと思うんだ。だから協力してくんないかな?」
 ルオウが言うと、人々は頷いて協力の意を示した。
「それと、僕の姿は‥‥見えないふり、をしてね‥‥」
 白蛇は微笑むと、果物屋に金を少し渡した。
「‥‥怜八を騙す間に‥‥果物を幾つか、使いたいんだ‥‥」
 店主は笑顔で頷いた。
「怜八が嘘をつかなくなるなら喜んで」
「何かでかい布ないかな?」
 ルオウは近くにいた人々に訊ねた。
「被ってアヤカシっぽくしたいんだけど‥‥」
 中の一人が、家から布を引っ張ってきた。これでよければ、と差し出す。市場の皆は余程彼の嘘に困っていたのだろう、一行の来訪を心から喜んでいるようだった。


 日も暮れ始める頃、怜八はやっと子守から解放され、外の空気を思いきり吸い込んだ。
「んー、やっぱ外って気持ちいいなー」
 そしてにやりと笑う。――今日はどんな嘘をついてやろうか。
 ちょうど夕飯を準備し始める時間だからか、市場は主婦たちで賑わいを見せていた。怜八の姿を見つけると、店主たちは客に怜八の嘘に反応しないよう忠告した。
「みんなー、鬼みたいなアヤカシが襲ってきたぞー!」
 いつものように、怜八は叫んだ。表情は深刻そうだが、目が笑っている。彼は楽しそうに周りを見渡したが、彼の期待に反し皆は普段通りで、寧ろ彼の言葉が聞こえなかったかのように見えた。
「鬼のアヤカシだぞー、みんな逃げろー!」
 それでも反応がない。怜八が首を傾げてもう一度叫ぼうとした時、彼の背後から声がした。
「‥‥見事な嘘‥‥もっと魅せて‥‥?」
 彼は驚いて振り返った。小さな白い姿がそこにあった。蛇のような赤い目ばかりが目立ち、不気味な雰囲気を漂わせている。
「鬼が三匹もいるぞー!もうすぐ市場に来るぞー!」
「もっと‥‥もっと嘘をついて‥‥」
 不気味なモノに促されるまま、怜八は嘘をつき続けた。それでも誰も反応しない。彼はいつもと違う光景に首を傾げるばかりだった。
「ねぇ‥‥何で僕に嘘をつけって言うの?」
 怜八が白いモノに問うと、それは赤い目を閃かせて笑った。
「僕は嘘吐きの舌を食べるアヤカシ‥‥嘘吐きにしか見る事はできない‥‥」
 そう言って、ひょいと近くの果物屋に瞬間移動し、林檎を取って食べた。
「君の舌はとても良い匂いがする‥‥もっと嘘をついて‥‥僕の為に舌を美味しくしてね‥‥?」
 怜八の目が見開かれた。本当に僕にしか見えないのだろうか。果物屋のおばさんは、林檎を取られたのが見えたはずなのに知らんぷりだ――。彼の小さな手は、自然と口許を覆っていた。
 その時だった。怜八の背後で大きな音がした。びくっとして振り返った彼は、市場の外れに大きな姿を見た。あれは――龍?
 彼は絵本でしか見たことがない龍の姿に驚いた。何て大きいんだ‥‥あれなら、この市場なんて一飲みにされてしまう。
 衝撃を受けた彼は、その巨大な龍の背後からやってくる影を見た。それは木を伝い、素早い動きで近づいてくる。夕日を背にした大きな影は、怜八を圧倒した。
「ほら‥‥もっと嘘をついて‥‥僕の仲間もやってきたよ‥‥」
 白いモノが背後で囁く。大きな影はどんどん近づいてきて、怜八の目の前で大きな岩を持ち上げた。さらに、その左右には鬼がいて、金棒を振り回していた。
 怜八は混乱した。嘘のつもりで言ったのに、本当になってしまった――。
「うわ、アヤカシやんか!大変や」
 急に現れた男は、怜八を庇うように立ち塞がった。
「危険やから、ここで見ときや。絶対近寄ったらあかんで」
 男――疾也は、大きな影に向かっていった。
「覚悟しいや」
 呟いて、刀を構える。影は持ち上げていた岩を疾也の方へ投げ下ろした。疾也は横踏でひょいと避ける。岩の衝撃で地面が揺れた。影が唸る。
 同時に、二体の鬼は金棒を振り回し、一方は疾也に、もう一方は怜八に向かってきた。鬼は怜八の前で金棒を振り下ろした。が、後ろから下ろされた疾也の刀で制される。怜八は悲鳴すらあげられず、恐怖で硬直したまま立っていた。
「鬼、あんたの敵はこっちや」
 言って笑い、彼は鬼を斬った。その時、影が後ろから小さな岩を投げつけた。疾也の肩に掠り、転がる。
「いった‥‥」
 疾也の目が殺気に満ちる。怜八はその雰囲気に呑まれていた。疾也が影に向かっていく。
「さあ‥‥嘘をついて‥‥」
 白いモノの言葉に現実に引き戻され、怜八はこれは自分の嘘が招いた事態なのだと思い出した。
「もうやめて‥‥っ、もう、嘘はつかないから‥‥」
 白いモノは笑った。
「‥‥それも嘘なんだよね‥‥?」
「嘘じゃないよぉ‥‥もうやめるから‥‥お願い‥‥っ」
 その姿を見つめ、白いモノは愉快そうに囁いた。
「信じてほしければ‥‥『本当の事』をしたら‥‥?」
「『本当の事』‥‥?」
 その間にも、アヤカシと疾也の戦いは続く。さっき斬ったはずなのに、鬼はまた二体に増えていた。
「くっ‥‥」
 次々投げられる岩を避けながら、疾也は影に近づいていった。構えていた刀が、岩で吹き飛ばされる。
「畜生‥‥っ」
 取りに行く術もない。背を見せれば敗けだ。
 疾也は突き進み、近くまで寄って拳を突き上げた。影は少し揺れただけで、すぐに応戦する。疾也は一度少し下がり、また拳を突き出した。影が揺れる。その刹那、影が投げた岩が疾也の肩に当たった。しかし疾也はめげず、渾身の力を込めて拳を突く。
「もうやだよ‥‥っ」
 目を覆ってしゃがみこんだ怜八の脳裏に、『本当の事』という言葉がぐるぐる回る。本当の事‥‥それをすれば、きっとアヤカシは消える。
「さあ‥‥僕においしい舌を頂戴‥‥」
 白いモノが、しゃがんだ怜八にゆっくりと手を伸ばす。怜八は、それを振り払うように立ち上がった。
「わかった、本当の事をするから‥‥だから、もうやめて!」
 怜八は叫ぶと、走り出した。人通りが少なくなり始めた市場の真ん中で、彼は声を張り上げた。
「みんな、聞いて!僕、いっつも嘘ついてた‥‥っ」
 店主達が一斉に怜八の方を向く。
「嘘つくのが、楽しかったんだ‥‥でも、やっぱり嘘ってだめだよね。みんな、いつもだましちゃって‥‥ごめんなさい‥‥」
 怜八は深く頭を下げた。白いモノがいつの間にか怜八の背後にいて、つまらなさそうに呟く。
「‥‥なんだ‥‥君が本当の事言うから‥‥君の舌、まずくなっちゃった‥‥」
 怜八ははっと後ろを振り返ったが、もう蛇のような赤い目は見えなかった。見ると、他のアヤカシも消えている。
「よかった‥‥」
 ほっとした怜八は笑った。市場の人々も皆、怜八を受け入れるような優しい微笑みを浮かべていた。

「成功した、かしら‥‥?」
 真樹は、符をしまい込みながら呟いた。双伍は頷いた。
「大丈夫ですよ、きっと」
「‥‥にしても疾也、本気で拳入れるなよ、いてぇだろっ」
 ルオウは被っていた布と、大きく見せるために頭に着けていた木の棒を外すと、疾也を小突いた。
「しゃーないやろ、俺かて肩に岩当たっとんねん」
 痛いわぁ、と疾也は肩を擦る。
「いやぁ、高位開拓者の戦い、なかなか面白かったよ」
 真樹は笑った。双伍も微笑んだ。
「今度はアヤカシに扮してではなく開拓者同士として、刀と刀のぶつかり合いを見せていただきたいものです」
 ルオウと疾也は、顔を見合わせて互いに不敵な笑みを浮かべた。
「みんな‥‥もう、怜八は謝ったよ‥‥」
 早駆で戻ってきた白蛇が言った。
「‥‥騙しちゃって‥‥怜八には、悪いけど‥‥」
「大丈夫、きっと理由を話せばわかってくれます」
 双伍の言葉にルオウは笑って頷いた。
「まー元はあいつが悪いんだしな」


 五人は怜八のもとを訪ねた。彼は家の前で座って夕日を眺めていた。やってくる一行に目を止め、白蛇の姿を見て目を丸くした。目に恐怖が宿る。
「あれ‥‥さっきのアヤカシ‥‥!」
 白蛇は苦笑した。
「ごめん‥‥さっきのは、演技なんだ‥‥」
「お前が嘘ついてみんなが困ってるって聞いたから、懲らしめに来たんだ」
 ルオウはおかしそうに笑った。
「え‥‥じゃあ、さっきのアヤカシは‥‥?」
「全部嘘。ボク達が作り出したんだ」
 ごめんね、と真樹は笑ったが、すぐに彼の頭に拳骨を食らわす。
「きみの嘘で大切な誰かがいなくなったかもしれないってこと、よく考えてみなよ」
「あんなぁ怜八、実際アヤカシの恐ろしさはあないなもんやないんや。そうでなくても恐ろしいのはいくらでもいる。お前さんはそんなのがやってくる恐怖を何度も味わいたいんか?」
 殴られた頭を押さえた怜八は、疾也の言葉に首を横に振った。
「どうせつくなら、人を助ける嘘をつくんですよ。――その方が、かっこいいじゃないですか」
 双伍は微笑んだ。
「それにな、嘘をついてでも自分のことを見てもらおうとしなくても、ちゃんとお前さんを見てくれてるやつはおるんやで」
 疾也が顎で指した先には、心配そうに見つめる有那の姿があった。
 怜八が笑っているのを見るや否や、有那は近寄ってきて彼を何度も殴った。
「ばかばか、ばか怜八っ!みんなに嫌われちゃうんじゃないかって、心配したんだからねっ!」
「‥‥ごめんな」
 怜八は笑って、彼女の拳を受け止めた。
「もう、嘘はつかないよ」
 その言葉に有那は殴るのをやめて、特大の笑顔を見せた。

「有那、今度暇なときはさ、怜八連れて俺んとこに遊びに来いよ」
 ルオウがにかっと笑った。
「もう嘘をつかなくていいように、俺が怜八の相手してやるからさ」
 有那は笑顔で頷いた。
「怜八‥‥騙して、ごめんね‥‥」
 白蛇の呟きに、怜八は首を振った。
「僕が悪いから、仕方ないよ。――それより、来てくれて‥‥ありがとう」
 そう言って、照れくさそうに笑う怜八の横顔は、何だか少しだけ大人びて彼らの目に映った。