雪男の正体は
マスター名:香月えい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/12 00:55



■オープニング本文

 今年も、この季節がやってきた――

 皆が寝静まった頃だった。じりりり、と警鐘が鳴る。その微かな余韻を掻き消すように、若い男の声が村中に響き渡った。
「雪男が出たぞー!」
 村人は皆、慌てて戸外に飛び出した。


 その村は、山麓の小さな村だった。夏は潤沢な反面、冬に雪が多い。そのため、人々は夏に貯めた食物だけで冬を乗り切らねばならなかった。
 平和だった村に突如雪男が現れたのは、今から十年以上前の冬のことだった。それから毎年、初雪が降った日から一ヶ月後に、それは山から降りてきて、村を襲った。蔵を荒らしては大切な食料を奪い、家を荒らしては人を喰らった。
 村人はやがて、地下に逃げることを覚えた。村の広場に地下へ下る穴を掘り、屋根を被せ雪に埋もれないようにした。山から雪男が降りてくるのを見張りが見つけたら警鐘が鳴り、村人全員が地下壕に逃げ込むのだ。逃げ遅れた者は死んだものの、被害は格段に減った。
 雪男のせいで村人は皆、怯えながら暮らしていた。今年は誰が死ぬのか、どれくらいの食料が無くなるのか――しかし、今年の冬は違っていた。
 初雪が降った日、不安げにざわつく村人の中で、八歳くらいの少女が叫んだ。
「みんな、聞いて!私、いいことを思いついたの」
 静まり返った村人達は、眉を潜めて少女――秋蘭を見た。秋蘭は村長に向き直って、笑顔で言った。
「おじいちゃん、開拓者さんにお手紙送ろうよ。きっと助けてくれるよ!」
 開拓者という単語に皆は顔を輝かせた。しかし年かさの者は首を横に振った。開拓者がこんな辺鄙な村に来てくれるはずがない、と。
「大丈夫だよ!ね、送ってみようよ」
 比較的若い村人が賛同した。村長の久襖は頷いた。
「わかった。来てくれるか否かはわからんが、送るだけ送ってみよう」
 次の日、村を代表して、秋蘭の兄の慶秋が文を持ち、馬で出発した。彼は昼夜問わず休みもせずただ馬を走らせ、出立の三日後には開拓者ギルドへ到着した。彼は受付嬢に文を差し出し、頭を下げた。
「お願いします、僕達の村を助けてください!」


■参加者一覧
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
日野 大和(ia5715
22歳・男・志
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ


■リプレイ本文

 雪男が出現する日の昼、一行は雪に埋もれてしまったようなその村へ着いた。村人は総出で迎えてくれた。真ん中で目を輝かせているのは、秋蘭だった。
「ほら、やっぱり開拓者さん来てくれたよ!」
「お待たせしました‥‥。雪男は必ず、退治してみせます‥‥」
 那木 照日(ia0623)は秋蘭に向かって微笑んだ。ラフィーク(ia0944)は村長に訊ねる。
「早速だが、雪男が襲来するとみられる凡その方角を教えて頂けるか」
「この村の北の入り口があります、皆様がいらっしゃったのと逆の方向です」
 あちらに山が見えましょう、と村長の久襖は八人の目の前に聳える白い山を指した。
「雪男はあの山から下りてくるようなのです。見張り台も北の入り口にあります」
 ほう、と浅井 灰音(ia7439)は白い息を吐いた。
「では、私はその入り口で待機しておくよ」
「私も‥‥参ります‥‥」
 照日が頷く。奈良柴 ミレイ(ia9601)は村人に向かって言った。
「俺は鳴子を村の周りに設置する。かからないように注意してくれ」
 手伝います、とメグレズ・ファウンテン(ia9696)が意気込んだ。村長はよろしくお願いします、と頭を下げた。


 村の子供達は、広場に集まっていた。この時期になると、地下にすぐ逃げられるように、子供達は広場でしか遊べないことになっていた。
「秋蘭、本当に大丈夫なのかなぁ」
 年下の男の子が不安げに訊ねた。隣の女の子も俯いた。
「開拓者さんでも、あんなにおっきいの、倒せないんじゃない‥‥?」
「そんなことないよ!さっき、必ず退治してみせます、って言ってくれたもん!開拓者さんって、ほんとにすごいんだから‥‥!」
 秋蘭はぐっと拳を握る。しかし彼女も、実際は噂に聞いたくらいで、開拓者がどうすごいのかもよく分かっていなかった。
 子供達を慰めようとやってきた白蛇(ia5337)は、不安げな様子の男の子の肩をぽんぽんと叩いた。
「‥‥不安にならなくても、大丈夫‥‥絶対、僕たちが、みんなを助けるから‥‥」
 白蛇の言葉に、子供達は少し目に希望を取り戻した。彼女はほっと胸を撫で下ろし、もふらのぬいぐるみやお手玉を取り出す。
「さあ‥‥一緒に遊ぼうか‥‥」
 子供達は目を輝かせて、白蛇と一緒に遊びだした。

 一方、皇 りょう(ia1673)は村長の自宅を借りて、縄を結わえていた。何をしているのかという村長の質問に、笑いながら答える。
「策の準備だ。これで雪男の動きを封じられれば、戦いはかなり楽になる」
 ほう、と村長は感心したように目を見開く。りょうは引くと締め上がるように縄を結びながら、外で遊ぶ子供達の様子を眺めていた。

 村の外れの荒ら屋では、日野 大和(ia5715)が屋根の上で寝ころんで空を眺めていた。荒ら屋の中にいたラフィークが声をかける。
「何してるんだ?そんなところで」
「‥‥空はいい。何も考えなくていいからな」
 大和は空を見たまま苦笑した。
「そうか。ま、これから嫌でも色々と考えなきゃならんからな」
 村中から集めてきた照明を並べながら、ラフィークはそう呟いた。


 灰音は村人に温めてもらった甘酒を啜りながら、北口で山を眺めていた。
「はあ‥‥温まるなぁ」
「‥‥もうすぐ、日が暮れますね」
 照日が隣で呟く。紅の夕陽が照日の長い黒髪に、純白の雪原に反射した。
 鳴子の設置を終えたミレイとメグレズが、二人の方へ歩いてきた。
「終わりました。あとは襲来を待つのみ、ですね」
 メグレズはほっと息を吐く。しかしその目は周囲に走らせたまま、注意を怠らない。
 ミレイは側にいた見張りの青年に向かって問うた。
「何であんた達はこの村から出て行かないんだ?何年もの間ずっと、雪男に悩まされてきたのに」
 ああ、と青年は微かに俯く。
「その話題なら、何度も議論の場に出たみたいです。でもこの村の長老達は、生まれてから百年近くもここに住んでいますから、そう簡単には離れたくないみたいで。地下壕に避難すれば何とか助かりますし、その提案を出す度に長老が気を悪くするので、今となっては誰も口にしないんです」
 それにこの村は貧乏ですから、とその青年は苦笑した。
「その話題も、もう出さなくてすみますよ‥‥私達が、解決してみせますから」
 照日が言う。他の三人も頷いた。青年は嬉しそうに礼を言う。
「‥‥皆さんのご来訪、みんな本当に喜んでいるんです。こんな辺鄙な村に、開拓者様が来てくれるはずがない‥‥そう思っていましたから」
 青年は呟くと、見張り台に上る。夕陽は微かな余韻を残しながら、地平線に沈んでいった。


 長老宅で、秋蘭と白蛇は中天に懸かる月を見上げていた。
「そろそろ‥‥行かなくちゃ‥‥」
 白蛇は秋蘭に告げた。秋蘭は月から目を離すと、不安げに白蛇を見つめた。
「お姉ちゃん‥‥本当に、大丈夫かな‥‥」
 他の子供と一緒にいる時は気丈に振る舞っていたが、それでもやはり幼い秋蘭は不安で泣きそうだった。開拓者さんで駄目なら、もう後がないかもしれない――。
「‥‥絶対に、大丈夫‥‥不安なら、これをあげる‥‥」
 白蛇は小さなお守りを秋蘭の手に乗せた。
「避難した後‥‥みんなで心を一つにして、お守りにお祈りすれば‥‥もう、悪いことは起きないから‥‥」
 秋蘭はお守りをぎゅっと握りしめ、ありがとう、と笑った。

 八人は北の入り口に集まった。ラフィークは皆に照明を手渡した。
「山の様子は?」
 大和が問う。見張りの青年は山から目線を外すことなく、異変はありません、とだけ言った。
 そのまま、時は過ぎていく。八人は見張りを交代しながら待った。日付が変わる頃、月が隠れたために暗視を使っていた白蛇が目を見開いた。
「あれ‥‥!」
 青年は目を凝らした。――あの影は‥‥!
「‥‥雪男‥‥!」
 設置された鐘を、青年が乱暴に叩いた。村中に、警鐘が鳴り響く。
「‥‥どうやら、お客さんが来たみたいだね」
「いきましょう‥‥悪夢も終わりです‥‥」
 灰音はショートボウに矢を番えながら走り出す。照日、ラフィーク、大和、メグレズ、ミレイがそれに続き、白蛇も早駆を使った。 
 りょうは見張り台から村を振り返った。心眼で逃げ遅れがいないか確認する。人の気配が消え、全員逃げたのを確認してから、彼女も走り出した。
「まだ距離のあるうちに少しでもダメージを与えられれば‥‥!」
 見えてきた敵に矢を放ちながら、灰音は直走る。巨大な雪男は、遠くからでも凶暴な姿を見せつけていた。皆は村を背にしながら、敵を囲うような布陣を組んだ。
 照日は一人村から離れたところで、美しい歌声を響かせた。
「鬼さんこちら‥‥手の鳴る方へ‥‥」
 雪男は歌声に誘われるように向きを変えると、唸り声を上げて照日に向かっていく。それと同時に、照日の反対側で待機していたりょうは、準備していた縄を投げた。狙い通り、振り回した腕に引っかかる。
「くっ‥‥!」
 分かってはいたが、さすがに巨大な化け物。力は強い。縄は締まったものの、ともすればりょう自身が引っ張られそうになる。
「りょうさん、しっかり‥‥!」
 灰音が駆け寄り、共に縄を引いた。
「僕も協力するよ‥‥!」
 駆けてきた白蛇は持っていた流星錘を投擲する。弧を描いたそれは、反対の腕に巻き付いた。三人が引っ張ると、二本の腕は地面にめり込んだ。だが照日の咆哮に惹き付けられている雪男は、照日の方へ進もうとする。三人が渾身の力を振り絞って引いた刹那、雪男の動きが止まった。
「今のうちに、早く‥‥!」
 りょうが叫ぶと、大和は雪男の正面に駆け寄り、跳び上がって顎を蹴った。――反応は、ない。
「だめだ。こいつ完璧生物をやめてやがる」
「やはり、アヤカシだったか‥‥!」
 大和の目が憎悪に染まる。ミレイは、腰を低くし槍を構えた。照日の歌声が夜闇に響く。その声に反応し雪男がもがく為、三人の力をもってしても既に押さえられなくなってきていた。手から縄が、流星錘が、滑り抜けていく。見かねたラフィークが空気撃で斬り込んだ。立ち上がろうとしていた雪男は足を斬りつけられ、尻餅をついた。
「今だ!」
「撃刃、落岩!」
 メグレズが雪男の巨体に何度も刀を叩き込む。灰音も流し斬りで胴を狙った。大和は志幻で下段の構えを取ると、斬りかかった。目にはこれでもかと言わんばかりの殺気と憎悪。
「村を襲うアヤカシなど、生かす必要はない‥‥!」
 大和のその言葉に頷くと、ミレイは槍を繰り出す。りょうは珠刀で斬りつけ、白蛇は雪男の背後に回って長柄槍で突いた。
 照日の咆哮に惹き付けられながらの連続攻撃に錯乱し、雪男は長い腕を振り回した。照日は十字組受で受防する。攻撃陣は振り回される腕を避けながら攻撃を続ける。腕は皆を掠りはしたが、倒れるまでの痛手は受けなかった。それを幸いに、皆が一斉に武器を振り上げる。
「撃刃、落岩!」
「風を乗算‥‥貫け!」
 メグレズのスマッシュとラフィークの骨法起承拳を絡めた斬撃を受け、雪男がよろめく。
「‥‥白い雪を、赤く染めるモノは‥‥絶対に赦さない‥‥!」
 白蛇が槍で突く。
「精霊の御力、受けてみよ!」
 叫び、りょうが斬り込む。太刀で斬りつける大和に続き、ミレイも槍を突き出した。
「捉えた‥‥この一撃で‥‥沈めっ!」
 助走をつけた灰音が流し斬りの一撃を叩き込む。雪男の足下がさらに覚束なくなった。刹那動かなくなったその巨体は、ゆっくりと倒れ込み、雪原に眠った。

 雪男はゆっくりと瘴気に戻っていく。灰音は右目を瞑った。
「案の定、アヤカシだったみたいだね。一先ずはこれで安心かな」
 メグレズは攻撃に耐え続け傷ついた照日に包帯を巻いてあげながら、ほっと息を吐いた。
「村の皆さんを呼びに行きましょう。もう、安全だと」
 頷いて、白蛇が駆け出した。他の皆も後に続く。広場の地面の地下に通じる扉を跳ね上げ、中に向かって大和が叫ぶ。
「雪男は討伐した。もう安全だ」


 雪に覆われた小さな村に、十数年ぶりに平和が戻った。
「本当に、本当にありがとうございました」
 何度も頭を下げる村長に、りょうが微笑む。
「そんなに礼を言わなくても、私達はいつでも助けに来ます故」
「‥‥開拓者を、誤解しておったようじゃの」
 一人の老翁が恥じたように呟く。彼は長老の一人だった。
「俺達は、どんな小さな村だろうと、要請があれば助ける。また何かあれば、連絡してくればいい」
 ミレイがりょうの言葉に賛同すると、ラフィークも頷いた。
「まあ尤も、もう二度とこんなことがないように願うのみだがな」

 村の広場には、子供達の歓声が響いていた。
「‥‥こういうのを、平和っていうんですよね‥‥」
 照日は子供達の様子を見て微笑んだ。灰音は頷いた。
「こんなに幸せそうな姿を見れるなら、どんな敵とだって戦うよ」
「ええ‥‥開拓者の仕事って、本当に素晴らしいとつくづく思います」
 メグレズも口元を緩めながら呟いた。
「あっ、白蛇のお姉ちゃん!」
 一行の姿に気づいた秋蘭が駆けてくる。白蛇は微笑んだ。
「‥‥ね‥‥お守り、効いたでしょ‥‥?」
「うん‥‥!みんなでね、いっしょうけんめいお祈りしたの!」
「それ‥‥あげるから。もう、悪いことは起こらないよ‥‥」
 白蛇は秋蘭の頭を撫でる。秋蘭はくすぐったそうに笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん!‥‥他の開拓者さんも、ほんとにありがとう!」
 ぺこり、とお辞儀する少女を見て、皆は微笑んだ。

 ――例え自分の身を危険に晒しても、守りたいものがある‥‥この無邪気な笑顔のように。
 開拓者の存在意義は、そういうところにあるのかもしれない。