【四月】ぴゅん!
マスター名:香月えい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/02 21:49



■オープニング本文

●ぴゅん、現る
 薄汚い排水溝の中を、何かがすごい速さで駆け抜けていった。
 それはとても小さく、とてもすばしっこいモノらしい。
 人間の肉眼なんかじゃ確認できないくらい、それはすごい速さで駆け抜けていった。
 薄汚い排水溝の中を、一筋の光を頼りに。

●鼠のお願い
 目を開けると、自室の布団で寝ていたはずの自分の体は何故か外に投げ出されていた。道端に生えた草は青く、ふんわりした土は、春の匂い。ぴろろろ、と啼く何らかの鳥の声を聞きながら、自分の体が宙に浮いていることに気づく。
 ほっぺたを抓ると、何も痛くなかった。夢か、と思う。
 宙に浮いているなら、と思って手足をばたばたさせてみるのだが、体はその場所から動かなかった。
 はて、夢の中なのに自由が利かないのか?
 まぁそんなこともあるだろう、とどこか納得してしまう自分がいる。だってこれは夢なのだから。
 ゆるりと目を閉じる。浮いている感覚が心地よく、夢の中なのに微睡んでしまった。
「――さん、――さん」
 小さな声が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。だってこれは夢なのだから。
 しかし、せっかく無視して寝ようとしても、一向に声は消えない。
「――さん、こっちです、――さん」
 重い瞼を何とか持ち上げて、声のする方を見た。柔らかい土の上で、小さな茶色の鼠が立ち上がって両前足を振り回している。鼠が喋る?そんなわけない。しかし他に声の主を捜すも、そこにいるのは鼠だけ。
「やっと気づいてくれましたね。助けてください」
 そうか、ここは夢の中だった。鼠が喋ったって全然構わない。
 そんなことを考えていると知ってか知らずか、鼠はさらに足をぱたぱたさせた。
「助けてください。助けてください!」
 キィキィと叫ぶ小さい鼠。
 必死な姿が少し可哀想になって、鼠の願いを聞いてやることにした。
「ぴゅんを捕まえてください!」
 ぴゅん?ぴゅんって何だ?
「ぴゅんは、僕達を苦しめてる悪い奴です!食べ物とか、宝物とかを盗んでいくんです!」
 足が速くてぴゅーんっと走っていくから、ぴゅんと呼ばれているのだと。もうちょっと格好いい呼び名――例えば『疾風』だとか――はなかったのかと思わず心の中で突っ込んでしまう。それはさておき。
 その正体は何なんだ、と問うと、鼠はワカラナイというポーズをとって見せた。
「ぴゅんはぴゅんです!ぴゅんなんです!」
 だんだんだんっと小さな鼠は足を踏みならす。
「助けて!助けてください!お願いします!」
 どうやら助けるというまで騒ぎ立てていそうだ。断ったら噛み付かれる気さえする。
 よくわからなかったが、仕方なく鼠のお願いを聞いてあげることにした。
 まぁどうせ、何が起こっても夢は所詮夢でしかないのだから。

●夢から覚めても、夢?
 目を開けると、今度はちゃんと布団の中にいた。
 しかし、布団がやけに大きい。
 ‥‥というか、これは本当に布団なのか?
 普段寝ている布団の何十倍はあるであろう大きな布団の中に、自分の体を横たえていた。
 先程の夢のことを思い出しながら、のそのそと布団の外に這い出ようとする。なかなか終わりの見えない布団。ふと自分の腕を見る。細くて、うっすらと白い毛が生えていて‥‥え?
 思考回路と同時に、動作も停止する。ゆっくりと自分の体を見る。白い毛がいっぱい生えた丸いお腹が見えた。
 ――えええええええ?!
 急いで布団の外に這い出た。そこはいつもの部屋。鏡のある場所まで急ぐ、その滑走方法も四足歩行。
 鏡を見て、唖然とする。白くて小さな体。赤く円い瞳。ぴょこんと立った小さな耳、尖った鼻、小さく鋭い爪。これは‥‥
「ね、鼠になってるっちゅ‥‥?」
「そうっちゅ!行くっちゅよ!」
 背後から急に聞こえた声に振り向くと、そこには茶色い鼠がいた。夢で出てきた鼠だった。
「行くって、どこにっちゅ?」
「助けてくれるって言ったっちゅ!早く行くっちゅ!」
 くいくい、と前足で前足を引っ張られる。
 ‥‥どうやら、ついて行くしかなさそうだ。


※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません


■参加者一覧
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
パッチー(ia3344
17歳・女・砂
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
玉響和(ib5703
15歳・女・サ
りこった(ib6212
14歳・女・魔
加々美 綺音(ib6455
18歳・女・巫


■リプレイ本文

●出発でちゅ!
 地下の穴蔵に連れてこられた八人の開拓者、もとい八匹の開拓鼠達は、困惑しきっていた。
「頼んだっちゅ!ぴゅんを捕まえてほしいっちゅ!」
 大きなため息をついた目の前の鼠達に向かって、流離いの灰色溝鼠・パッチー(ia3344)は笑いかけた。
「安心するだっちゅ、勇気ある者ってのはパッチーの事だっちゅ!」
「巣穴の平和は、あたし達が守るっちゅ☆」
 ぴしっと人差し指を立て、耳の大きな黒いクマネズミ姿の秋霜夜(ia0979)は意気込んだ。頭部にある赤い毛は、人間であった時の赤い髪紐を思わせる。
 一方その隣で、身を震わせる鼠が一匹。
「くぅ、まさかこの歳になって鼠の姿になるとは。何かの罰ゲームでちゅかこれは‥‥」
 そう呟くのは秋桜(ia2482)。白地に茶のぶちで、ハムスターのような容姿だ。カチューシャだけが人間だったときの原型をとどめていると言ってもいい。
「まぁまぁ、気にするなっちゅ!」
 ルオウ(ia2445)が秋桜の肩をぽんぽんっと叩いた。その隣で白いハツカネズミ姿のりこった(ib6212)も、長い耳の毛を揺らして頷いた。
「ところで‥‥ぴゅんの正体って、一体何だっちゅ?」
 加々美 綺音(ib6455)が小首を傾げた。
「ぴゅんは、ぴゅんだっちゅ」
「素早く走るから、ぴゅんだっちゅ」
「うーん、なんでちょう‥‥白イタチとか、っちゅ?」
 青毛に赤いメッシュの鼠、アーシャ・エルダー(ib0054)が何気なく呟くと、鼠達は揃って目をまん丸くしてきょろきょろした。急に駆け出す者もいる。
「し、白イタチ!ど、どこでちゅか!?」
「早く逃げるっちゅ!」
「落ち着くんだっちゅ!白イタチなんてどこにもいないっちゅ!」
 慌ててルオウが叫んだ。例を出しただけでこの有様である。でも、もし本当にいたら‥‥と考えると鳥肌が立つのがわかった。
「しろ‥‥ごほん、そいつじゃないとすると、正体は何だっちゅ?」
 霜夜が眉を顰めた。犠牲が出ていないことや今の反応を鑑みて、どうやらイタチや蛇ではないらしい。
「何か変な音、とか聞かなかったでちゅか?」
 綺音が聞いても、鼠達は首を横に振るばかり。
「うーん、やっぱり実際に見てみないとわかんないっちゅね」
 りこったが言った。周囲の鼠もうんうんと頷いている。
「では、作戦を練ってどこかに追い詰めるっちゅ」
 アーシャがぽむと手を打って提案し、そのまま作戦会議が始まった。

●準備中でちゅ!
「これで足りるでちょうか?」
 りこったが抱えてきたのは、大量の食べ物のくず。小さなパンやチーズの欠片、木の実やビスケットなど、くずといっても鼠にしたら結構なごちそうになるのかもしれない。
「いいとおもうのでちゅ!私は糸を借りてきたでちゅ」
 しつけ糸を抱えてきたアーシャ。ちゃっかり護身用の鏡も一緒に借りてきたらしい。
 その隣に現れた綺音は、金属の破片を抱えていた。何に使うのかと言うと‥‥
「鳴子はこれでばっちりっちゅ」
 そう、鳴子にするのだ。
 その時、霜夜が走ってきてみんなを手招いた。
「こっちにいい穴があったでちゅ!」
 みんなは霜夜の後に続いた。

「準備はいいだっちゅか?」
 ルオウが不敵な笑みを浮かべる。
 霜夜が見つけた使われていないモグラの穴は程よい広さと深さであった。そこに協力してしつけ糸を網目状に張り、鳴子をその糸の端につなげる。鳴子は金属の破片をくっつけた簡易的なものではあるが、ぴゅんの来訪を告げるには十分なものであった。
「そろそろ準備完了だっちゅ!」
 準備を終えようとしたその時。
「もし。開拓鼠殿」
 真っ白い髭のような毛を蓄えた長老鼠が、霜夜の肩を叩いた。
「よかったら、どうぞっちゅ」
 そう言って差し出したのは、金の鈴。
「これはその昔、『誰が猫の首に付けるのか』でひと騒動あった、いわくつきの鈴だっちゅ。結局あの時は誰もつけることはできず‥‥」
 寂しそうな表情からすると、どうやら彼も試みようとしたことがあるのだろうか。
「‥‥しかし、まさかこのような場所で役に立つとはでちゅ!」
「ありがとっちゅ!使わせてもらうっちゅ」
 霜夜は笑顔でその鈴を受け取り、糸の一番端に取り付けた。
 これで準備は万端である。
「あとはぴゅんが来るのを待つのみでちゅ」
 パッチーは少しわくわくしたような表情で、遠くの空を眺めた。

●追い詰めるのでちゅ!
 チーズの欠片などの餌がばらまかれ、きらきらと光るダイヤモンドのような硝子などが並ぶ。その間に隠れるように鳴子が置かれ、糸が細かく張られたその洞穴の様子を見て、玉響和(ib5703)とりこったは満足げに頷き合った。
「そろそろ来るでちょうか‥‥」
 綺音が呟く。それを聞いて、秋桜がはっとしたように立ち上がる。少し迷っているかのように首を傾げた。
「‥‥しかたないのでちゅ、覚悟を決めまちゅ!」
 そして、彼女はその辺りを歩き回ると、地面の少しぬかるんだところで立ち止まり、横になった。その場でごろごろ転がる。白地に茶色の斑だったのが、今や全身真っ黒になっている。隠密行動をする上、自分の臭いを掻き消すためである。
「な、何でわたちがこんな汚れ役をやらねばならないのでちゅか‥‥」
 鼠の姿であろうと、女の子は女の子である。どうして自分は今、泥まみれになっているのだろう‥‥そもそも、どうして鼠になっているのだろう。そう思うと自然と涙目になってくる。
「秋桜えらいでちゅ!よっし、俺もやるのでちゅ」
 半泣きの秋桜などおかまいなしで、ルオウはその隣でごろりと横になった。秋桜と一緒に行動する予定なのだし、せっかく彼女が臭いを消しても自分が臭っていてはどうしようもない。
「これでお揃いだっちゅ!だから悩むことはないっちゅ」
 泥だらけのルオウは秋桜に向かって微笑む。彼女は頷いて、笑顔になった。

 陰に隠れてこっそり見守る開拓鼠たち。
「まだでちゅかねー」
「ぴゅんも警戒してるのでちょうか」
 アーシャと霜夜が眉を顰めた。もしかしたらここは外れなんじゃないかという嫌な予感が頭をよぎる。その横で、パッチーは静かに首を横に振った。
「いや、もうすぐ来る気がするでちゅ‥‥ただの勘っちゅけど」
 しかし、その旅人パッチーの勘は的中することとなる。
 ――じっと見つめていたはずなのに、八匹のうち誰の目にも、何が起こったかわからなかった。
 いや、何かが目の前を通ったのはわかった。走り抜けた何者かの栗色の体。切れた糸。洞穴に響く鳴子の音。
 そして、餌と光り物は見事に掻っ攫われている。
「な‥‥んだっちゅ?」
 ルオウが呆然として呟く。
「は、はやいっちゅ‥‥この俺が、スロー‥‥」
「追いかけるっちゅ!この先は袋小路、きっと捕まえられるはずっちゅ」
 秋桜が駆け出し、ルオウもそのすぐ後を追う。その後ろ姿に向かって、パッチーが叫ぶ。
「こういう時は…考えるな!感じるんだ!だっちゅ!!」
「敵はこの先にあり、突撃でちゅー!」
 アーシャが手に持った爪楊枝を高く掲げた。栗イガメットをつけた霜夜もそれに続く。
 三匹が走り去った後、りこったと綺音は静かに、かつ迅速に行動し始めた。ぴゅんが逃げられないように、出入り口をふさいでしまおうという魂胆だ。
「壁から大きく崩れないように、慎重に、慎重にっちゅ‥‥」
 呟きつつも、結構大胆に削っていくりこった。綺音も負けじと塞いでいく。
 やがて、外からの光が遮断された洞穴は、真っ暗になった。鼠は夜目が利くので、少しするとすぐ中の様子がわかるようになる。
「鼠ってこういうとき便利でちゅね」
 少し感心したように綺音は呟いた。
 ――あとは、追跡班がぴゅんを追い詰めてくれるのを待つのみである。

「待て待てっちゅー!」
 霜夜が叫ぶ。全速力で走っているのでかなり息が上がってはいるが、それでも徐々に相手との間合いが近くなっていく。
「みんな、尻尾を立てろだっちゅ!」
 パッチーは気合いを入れるための合言葉を叫んで、みんなを励ました。自分も、そう叫ぶことで強くなれる気がする。
「そろそろいくっちゅ!」
 ルオウはそう叫ぶと、お腹で大きく息を吸って、それを全て声に変えて咆哮した。逆らい難かったらしく、ぴゅんは少し速度を落としてこちらを見た。石を投げながら、秋桜が言う。
「いいからおとなしく捕まるっちゅ!」
 その間にもルオウは咆え続ける。それに逆らえぬまま、ぴゅんの動きがどんどん遅くなっていった。そこに、爪楊枝の剣と鏡の盾を持ったアーシャが突っ込んでいく。
 その時、鏡の輝きにつられたのか、ぴゅんがこちらを向いて鏡に手を伸ばす。アーシャはその瞬間も前進あるのみだったため、まともにがつんとぶつかってしまう。
「きしは逃げまちぇん!きしは盾となるのでちゅ!」
 一歩も引かない相手に臆することなく、騎士鼠・アーシャはきりっとした表情で叫んだ。
「今だっちゅ、捕まえるっちゅ!」
 背水心で覚悟を決めたルオウが叫ぶ。霜夜が駆け寄って、ぴゅんに気功掌を叩き付けた。
 指の間に挟んだ平たい小石を一斉に投げながら、秋桜は敵を睨んだ。
「大人しくお縄につくのでちゅ」
 穏やかにそう言って、パッチーは背中の風呂敷から縄を取り出す。先程、鈴と一緒に長老鼠が渡してくれたものだ。だが、それを見てぴゅんは尚のこと暴れた。大人しく捕まりたくはないらしい。
「うわぁ、危ないっちゅ!」
 暴れているせいでぴゅんが持っている鏡の欠片がたくさん宙を舞って、やわらかい地面に刺さった。開拓鼠達は慌てて顔を覆う。その隙に、ぴゅんは逃げ出した。
「あっ!待つっちゅー!!」

 どどどど、という音が地面を這ってくるのが聞こえた。
 りこったと綺音は顔を見合わせて眉を顰めた。
「なんだっちゅ‥‥?」
 音のする方を見れば、土煙がもうもうと立ち。その音は、どんどん大きくなって近付いてくる。りこったはその場で身構えた。
「ぴゅんが来たっちゅ!」
「私達が止めるんだっちゅ」
 綺音は静かに呟いて、金属の破片を構えた。振動はどんどん大きくなり、「待てっちゅー!」という仲間達の声も聞こえてきた。間違いない。
 どごごごごごご‥‥
「りこ、とろいでちゅけど‥‥がんばるのでちゅ!とぉっ!」
 りこったが飛び出して、走ってきたモノにかじりついた。かじかじかじ。
 後から綺音も駆けてきて、金属の破片でぴゅんを叩く。
 そして、遅れてきた開拓鼠達も加わり、ほぼ袋叩き状態である。もはやぴゅんに逃げる余地なし。
「いたたた!いたたたた!降参、降参!」
 うずくまっていたぴゅんが、ついに耐えかねて叫んだ。みんなが一斉に動きを止める。
「いたたた‥‥」
 おそるおそる顔を上げ、やがて立ち上がって体の土埃を落とす、『ぴゅん』の正体は‥‥
「ね、鼠‥‥だっちゅ?」
「ボク?違うよ」
 ぴゅんは誇らしげに、ふさふさした大きな尻尾を撫でた。
「ボクは栗鼠のムウ!はじめましてだね!」
 追いかけられていたことなどなかったかのように、『ぴゅん』は笑顔で会釈した。

●無事解決だっちゅ!
「どうして鼠さん達の物を盗んだりしたでっちゅか?」
 綺音が腰に手を当てて、逮捕された『ぴゅん』――もとい、栗鼠のムウに問うた。縄で岩にくくられている彼はしゅん、としていた。
「ボクはただ、欲しい物をもらっただけだよ」
「それを『盗む』って言うんだっちゅ!」
 秋桜が言い放つと、ムウはさらに項垂れた。その様子を見て、パッチーが首を傾げる。
「盗みが悪いことだって、しらなかったんでちゅか?」
 ムウはこくり、と頷いた。
「でも、考えてみてくだちゃい。頑張って集めた物を盗まれると、鼠さんも辛いでちゅ」
 綺音が穏やかに言った。
「しらなかったとしても、盗みはやっぱり悪いことだっちゅ。ね?」
 りこったが覗き込むと、ムウは泣いていた。涙がぽろぽろと零れている。
「ごめん‥‥なさい」
「わかればいいっちゅ、でももうしないって約束っちゅよ?」
 アーシャが微笑むと、ムウは何度も頷いた。
「謝るのは俺達にだけじゃないっちゅ」
「困ってたのは、あたし達じゃないっちゅ。鼠さん達に、ちゃんと謝るんだっちゅ」
 その時、秋桜が鼠達を連れてきた。ぴゅんの意外な正体に唖然とする者が多いようだ。
 目に涙をためて、ムウはまっすぐに鼠達を見つめた。
「本当に、ごめんなさい‥‥」
 この言葉で鼠達がどう感じたかは定かではない。
 ただ言えるのは、ムウの表情を見ていた者は、それが彼の本気の謝罪だと確信できたということだ。

●めでたし、めでたしだっちゅ!
 ムウは、奪った物を全て返した。
 それを喜んだ鼠達は、開拓鼠達へのお礼も兼ねて宴会を開くことにした。
 大きな石の卓に、木の実やチーズなど様々な種類の食べ物を並べていく。
 その様子を見ながら、開拓鼠達はわくわくを隠しきれない。動き回ったから疲れている上、鼠になっている今、チーズ等は彼らにとって何よりのご馳走だった。
 食べ物の山を見て、ルオウは目を輝かせた。
「うおー!うまそーっちゅ!」
「カマンベールチーズがいいでちゅ!ワインも持ってくるでちゅー!」
 先程のきりっとした表情はどこへやら、生来のお転婆さを表に出すアーシャ。それを見て、霜夜がにやりと笑った。
「もう、欲張りだっちゅ。でも‥‥あたしもほしいっちゅ!」
 鼠達が微笑ましげな目線を彼らに送っている。
 そんな間にどこからかワインも運ばれてきて、ようやく宴会が始まった。

 部屋の一角で、綺音、りこった、秋桜が三人で集まっていた。彼女らは同じ拠点で交流があるため、元々仲良しなのである。
「おつかれさまでちた」
 秋桜がワインのグラスを少し持ち上げて言った。
「まさかぴゅんが栗鼠さんだとは、でちゅ」
「イタチとか蛇とかだったらどうしようかと思ったのでちゅ」
 りこったと綺音が同時にほっと肩をなで下ろした。特に噛み付いたりこったなど、もし体表に毒のある蛇が犯人だったらどうなっていたことやら、である。
「何だかすごく反省していたみたいでちゅし‥‥よかったでちゅ」
 隣で雌の鼠が穏やかな顔で呟いた。三人は顔を見合わせて微笑んだ。
「やっぱり、平和が一番だっちゅ」

 宴会を途中で抜け出し、パッチーは一人で一足早く穴の外へと出ていた。外の光に向かって歩く途中、ふと振り返ってみる。
「‥‥縁があったらまた会おうだっちゅ」
 洞穴の中の鼠達、そして一緒に戦った仲間達に向けての別れのことば。
 彼女は、外界へ向かって歩き出した――

 ――ちゅんちゅん‥‥
「‥‥ん?」
 気がつくと、パッチーは自宅の布団の上で横になっていた。
 手足も元通り、鏡を見てみても正真正銘人間の姿だった。鼠の姿になっていた名残などどこにもない。
「‥‥夢、だったっちゅ?」
 すこし寂しげに呟く。
 その時、手の指が少し痛いことに気づいた。よく見ると、何かが刺さっている。
「‥‥あ」
 それは、自分が盾にしていた小さな鏡の欠片に見えた。

 ――たまにはこんな不思議な冒険も、いいでしょ?