【四月】獣耳で迷路を
マスター名:香月えい
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/29 23:28



■オープニング本文

「ん‥‥?」
ひんやりとした地面の感触に目が覚めたあなた。
見回せば、そこにはたくさんの開拓者達がいました。
「ここは‥‥?」
次々と起き出した彼らの目に映ったのは、永遠と続く白い巨壁。
その時、ある一人が、張り紙を見つけました。


  【 め い ろ 】

  これは、あたしが
  よういした、めいろだよ。
  とちゅう、いろいろ
  たのしいこと、まってるよ。
  ゴールしないと、でれないよ。
  おもちゃみたいな
  かいたくしゃさんたち、
  はやくぬけてね。
  いちばんにぬけたひとに、
  ごほうび、あげる。

       リンリンより


「おもちゃみたいな開拓者‥‥?」
「おい、お前‥‥!」
ある男が、隣の女の頭を指さしました。その指の先には、猫耳。
「ね、猫耳?」
「あなたにも生えてるわよ‥‥!」
よく見れば、全員が獣耳を生やしています。犬やら、兎やら、その形状は人によって様々。
さらに。
「うおっ!?」
上を見上げれば、覗いているのは大きな子供の顔。くすくすと笑っています。
「かわいい♪ねずみさんみたい。ねえねえ、お姉ちゃん達も見る?」
その声につられ、次に覗いたのは‥‥
「お前‥‥!」
そう叫んだ男の妻。彼女もまた開拓者、なのですが。
「何これ?随分小さくなったわね」
彼女も、夫のかわいらしい姿を見て笑っているようです。

――どうやら、あなた達は何らかの力によって、小さくなってしまったようです。
おもちゃみたいな、とは、小さい体+獣耳を見て形容された様子。
もとの姿に戻るには、迷路を抜け出すしかありません。

「でぐちめざして、がんばれ〜♪」

上で覗く先ほどの少女は、きっとリンリン――この迷路をつくった少女なのでしょう。
ひらひらとハンカチを振りながら、戸惑う開拓者達を見てころころ笑っています。
やがて彼女は、手をぱんと叩きながら言いました。

「いくよ‥‥いちについて、よーい‥‥どーんっ♪」


※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。


■参加者一覧
/ 葛葉・アキラ(ia0255) / 六道 乖征(ia0271) / 奈々月纏(ia0456) / 巳斗(ia0966) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 暁 露蝶(ia1020) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 倉城 紬(ia5229) / ペケ(ia5365) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 御陰 桜(ib0271) / ブリジット(ib0407) / 不知火 虎鉄(ib0935


■リプレイ本文

 ――少女のその掛け声と共に、戦いの火蓋が切られた。

●かいたくしゃさんたち、がんばってー♪
「ここはどこ私は誰‥‥ではなくっ!紫蓮さん大丈夫ですか!?‥‥あれ?」
 慌てふためく巳斗(ia0966)の目の前で、やわらかな金色の何かが揺れた。
「‥‥狐、さん‥‥?」
 柔らかい三角の耳と、ふっさりとした尻尾。それはまさに狐のもの。
 しかし当の本人、霧葉紫蓮(ia0982)は自分の姿を棚に上げ、弟分の虎猫耳を見てにやりと笑っていた。
「何だ、ついに日常的に獣耳と尻尾をつけるようになったのか?」
「ち、違いますよ‥‥紫蓮さんだって、ついてるじゃないですか!」
 ほら、と指をさされ、紫蓮はその時になって初めて自分の頭に手をやった。さらに、滑らかな尻尾を目で確認し、驚愕する。
「な、何だこれは‥‥僕にも狐耳と尻尾が‥‥!?」
 きょろきょろ見回して、巳斗はかくりと肩を落とした。
「‥‥どうやら、この迷路から抜け出さなきゃいけないみたいです‥‥」
「くそっ、こうなったら仕方ない。一刻も早くゴールを目指して元に戻るぞ!」
 えい、えい、おー!と兄弟みたいな二人は拳を突き上げた。

 からす(ia6525)はゆっくりと自分の狐耳に手を触れた。不思議そうに見つめる同じく狐耳のブリジット(ib0407)の表情を見てふんと笑う。
「からすなのに狐耳とはこれいかに?気にしてはいけないよ、きみ」
「き、気になんて‥‥!」
 心を読まれて若干慌てるブリジット。しかしそれに動ずる事なく、からすは天に向かって手を振った。その目線の先には、リンリンがいた。手を振るからすを見つけ、笑顔が増す。
「かわいー、がんばってねー♪」
「頑張ってみるよー」
 リンリン殿とは仲良くなりたいな――そんなことを思いながら、彼女は視線を前方に移し、一歩踏み出した。
「‥‥私も、ゆっくりペースでゴールを探そうかな」
 小さく呟いて、ブリジットも狐の尻尾を揺らしながら歩き出した。

「やぁ、それにしてもみんな可愛いなァ。思わずもふもふしたなるわ〜」
 きゃっきゃと嬉しそうな声をあげるのは、もふもふの兎耳を揺らす葛葉・アキラ(ia0255)だ。
「あっ、うさ耳さんもうひとり発見や〜♪」
 アキラは目の前にいた暁 露蝶(ia1020)に抱きついた。きょろきょろしていた露蝶は、急に抱きつかれて思わず兎耳をぴんと立てた。
「ひゃ!」
「わー、もっふもふや〜」
 長い耳と短い尻尾をもふもふするアキラを見て、露蝶はくすりと笑う。
「あなたのお耳も十分もふもふでしょう?」
 そのまま互いにもふもふを堪能していると、二人の間に割って入るように御陰 桜(ib0271)が加わった。
「やっほ〜♪あなたも可愛いのつけてるわねぇ♪」
 可愛いもの、特にふわふわもこもこの動物が好きな彼女は、自らの愛犬で鍛えたもふり技を駆使している。二人はめろめろになりつつも応戦。
「あら桜ちゃん、それええわぁ‥‥♪」
 暫くの間、三人は互いに獣耳と尻尾を弄り続けた。時折官能的な声が出るのは御愛嬌。
「‥‥そこのお三方は何してるんです?」
 思わず苦笑いを漏らす一心(ia8409)に現場を押さえられ、思わずはっとする三人。
「こ、こんな事してる場合やないわ!この状況に置かれたからには、一位目指すしかないやろっ」
「そうねぇ‥‥折角だから色々楽しませてもらおうかしら♪」
 その場の流れのまま、彼女達は共にゴールを目指すことになったのだとか――

 その頃、四人の女性で構成される【ブレーメン】は、協力性を発揮して着々と歩みを進めていた。
「う?静乃ねーちゃん、何してるのぉ?」
 リエット・ネーヴ(ia8814)の問いに、瀬崎 静乃(ia4468)が目線を上げた。彼女は手帳に通ってきた道や曲がった角の記録をこまめにつけていたのだ。
「ん、これ?ここまでの道の記録だよ。こういうのは、後々で大事になってくるからね」
「へぇ〜、ねーちゃんすごぉーいっ」
 叫びながら、リエットはぴょこぴょこ跳ね回っている。見かねて、倉城 紬(ia5229)が声を掛ける。
「リエットさん、あまりはしゃぎ回って危険な物に手を触れないでくださいね」
「ほぉーいぃ、気をつけるじぇぇ〜♪ ありがと、紬ぃ〜」
 それでも楽しそうに跳ねるリエットに、保母さん役の紬は苦笑いを漏らした。
「‥‥ところで、まだ罠に遭ってへんなぁ?」
 ほわりと呟くのは藤村纏(ia0456)。確かに、ここまで歩いてきてまだ何も起こっていない。そろそろ来そうだなと思った、次の瞬間。ばらばらばらと何かの塊が空から降ってきた。
「いたたたた‥‥何だこれ?」
 それまで反射的に頭を庇っていた手をどけて、静乃は降ってきた物を見つめた。たくさんの凹凸と可愛らしい色合い、これは――
「金平糖だじぇ〜♪」
 リエットは上機嫌で、傍に落ちていた金平糖をがりりと噛んだ。大きさからして、普通の人間からしたらかなり小さめ、小指の先程度の金平糖のはずだ。しかし、小さくなっている彼女らにとってみれば、手のひら以上の大きさになってしまう。
 紬は【ブレーメン】の先頭に立ち、地を埋め尽くす金平糖を掻き分けながら進んだ。
「こんな雨なら大歓迎、と思っていましたが‥‥やっぱり少し痛いですね‥‥」
 その呟きに誰もが同感した。

「‥‥ぅー‥‥わん‥‥お腹すいた‥‥」
 六道 乖征(ia0271)は、犬耳を垂らしながらふらふらと歩いていた。一刻も早くこんな迷路を出て、甘味を食べに行こう。
「ん‥‥?」
 その時差し掛かった二叉路で、乖征が見たものは。
(「右に行ったら巨大熊‥‥左に行ったら巨大猪‥‥?」)
 まさにどちらに行っても、な選択肢である。下手したらどっちでも絶命しかねない。
「仕方ない‥‥能力、使うか‥‥」
 犬耳の能力――嗅覚と聴覚が犬並みに強化される。
 ぴりぴりと体に力が宿る感覚の後、彼の耳と鼻が敏感になる。彼の犬耳は、右に行けと命令を下していた。乖征はただそれに従うことにした。
「‥‥こっち、か?」
 巨大な熊に向かって走り出す。とその刹那、彼の敏感な鼻が大好きなアレの匂いを嗅ぎ付けた。
「んん、この反応は‥‥‥‥ぅー‥‥わん‥‥甘味ー‥‥♪」
 その匂いは熊の向こう側から漂ってくるようだ。大好きな甘味の匂いを嗅ぎ、完全に当初の目的を忘れ去った乖征。
「甘味、甘味〜♪」
 もう甘味しか脳にない彼は、熊も真っ青の速度と気迫で熊の前をあっさり通り過ぎ、何故か落ちていた金平糖を幸せそうに頬張る。
 尻尾を振って暫く金平糖を堪能していた彼は、次の標的を嗅ぎ付けた。
「あ、あっちにも‥‥甘味がある‥‥!」
 上機嫌に歩きながら、乖征は迷路なんて忘れ去り、ただ幸せな気分に浸りきっていた。まさに甘味パラダイス。
(「こんなに甘味があるなら‥‥ここから出れなくてもいいかも‥‥」)
 そんなことを考えた瞬間――彼は、地面の穴に落ちていった。

「何で拙者がこんな事に‥‥?」
 きょろきょろと辺りを見回しながら、不知火 虎鉄(ib0935)は独りごちた。その頭では黒兎の耳がひょこりと揺れる。
(「しかし‥‥小さくなったことは別として、なかなか楽しいでござるな」)
 少しずつ悲鳴やら歓喜の声やらが周りから聞こえるようになってきた。体が縮小されたことには動揺もしたが、意外と楽しい。
(「まぁ一位にならなくても、とりあえず出口に辿り着ければいいのでござる」)
 そう思った時、目の前の曲がり角で何か物音がした。
 虎鉄が急いで確認すれば、曲がり角の向こうに巨大な猫がいる。まだ拙者には気づいていないようだが、此方へ向かってきている――?
 大変だ、逃げなければ――そう思った途端、彼は地面の凹凸に足を引っかけて転けた。べちーんと大きな音が鳴る。
 巨猫はその音に敏感に反応し、その黄色い目が虎鉄を捉えた。
「や‥‥やばい、でござる」
 仕方ない――アレを使うか。
 彼は黒い兎の耳を揺らして駆け出した。兎耳を生やす者だけに与えられた、俊足の異能。脱兎の如く、とは当にこの事である。

「‥‥尻尾まで生えてるんですね」
 ぽそっと呟くのは、狐耳と尻尾をぱたぱたと揺らすペケ(ia5365)である。彼女は不器用ながらも順調に――何度か同じ道を通ってはいたが――迷路を進んでいた。罠にもまだ出会っていない。
(「早速狐耳の力が効いてるのかしら?」)
 狐耳の異能は、『人を騙すことが出来る力』。彼女は他の人とは違う考えを持っていた。
(「ふふふ、幸運の女神様を騙せば、私が一番にゴールできるはず〜♪」)
 白羽の矢を立てられたのは、何と幸運の女神――つまりは記録係であった。
 暫く歩いていたが、何も起こらない。自らの幸運さに気分をよくしながら彼女はただひたすら歩いていった。
 ――記録係を騙す事はできたのか、その真相はゴールの時まで分からない。

 一方その頃巳斗と紫蓮の二人組は、周りを警戒しながら進んでいた。地面に散らばる金平糖をひょいひょいと避ける。
「‥‥大丈夫か、みーすけ?」
「大丈夫ですにゃん!」
 言ってから、はっとする。紫蓮はにやりと笑った。
「すっかり身も心も猫だな?」
「い、いいんですっ、今は猫耳生やしてるんですからーっ」
 真っ赤になって反撃する巳斗と、笑ってなだめる紫蓮。そんな微笑ましい二人に近づく黒い影が――
「‥‥も、ふら‥‥?」
 いや、もふらのようでもふらではない。目はつり上がっているし、耳は長い。気づいた巳斗がきっ、と目つきを鋭くする。
「紫蓮さん、こちらはお任せ下さいにゃ!」
 彼は隠し持っていた食べ物を、少し名残惜しそうに見つめてから、偽もふらに投げつけた。偽もふらは投げられた餌にかぶりつく。
「今のうちに、逃げましょう!」
 だっと駆け出した二人。偽もふらは特に気にもとめず、食料をほおばっていた。

「お遊びなら、アヤカシが出たりとかは無いわよね」
 露蝶はきょろきょろと辺りを見回した。その時。
「わーっ!大変でござるっ」
 誰かが猛速度で通り過ぎていった。後から追っているのは巨大な猫。
「もう駄目、でござる‥‥」
 息を切らした虎鉄は、その場にばたりと倒れ込んだ。最終手段、死んだふり。
 猫は虎鉄に追いついて、ふんふんと匂いを嗅いだ。そして、べろりと顔を舐める。どうやら食べる気は無いらしい。
(「そういえば‥‥猫って肉食じゃないのでござるか‥‥」)
 彼は急に力が抜け、安心と走った疲労から本当に気絶しそうになった。
 一方その時、その様子を見ていた露蝶は恐怖に足を速めた。
(「アヤカシが出たりとかは‥‥ない、わよね‥‥っ!?」)
 そう信じたいが、では先程の猫はなんだったのか。
 一緒に進んでいたアキラと桜は、そんな露蝶の恐怖にも動じずにのんびりすすんでいる。
「大丈夫やって♪なぁ、桜ちゃん?」
「リンリンちゃんのお遊びなんでしょ?ほら、もっと楽しみましょ♪」
 そうですか?と聞き返そうとした瞬間――露蝶は、水の張った落とし穴に綺麗に落ちた。その次の瞬間、アキラと桜も水中にいた。
「う〜‥‥い、一応怪我しない様に水張ってくれたと、好意的に解釈すべきかしら‥‥?」
 露蝶は穴から這い出て、水浸しで項垂れた。

「おとと、危ない危ない」
 あと一歩のところで罠を避けながら、からすは笑った。その時、今避けた穴の中から幽かに声が聞こえる。
「すみません‥‥助けて下さい‥‥」
 ん、と眉を寄せたからすは、穴の中を覗く。そこにいたのは――
「乖征殿‥‥?」
 先程、甘味天国からいきなり穴に転落した乖征だった。
「どうしたんです?」
 たまたま通りがかった黒猫耳、一心も加勢する。からすは手短に事情を説明し、救出を試みた。そんなに深い穴では無いので、二人で手を引っ張って助け出すことができた。
「ありがとうございます‥‥」
 ぺこり、と頭を下げる乖征に、二人は笑いかけた。
「いいよ。困ったときはお互い様だしね」
 そうして彼らの旅がまた始まる。自らの猫耳を触りながら、一心はふと考えた。
(「‥‥きっと彼ならこんな時、ニャー!、とか言うのかなぁ」)
 ここにはいない友のことを考えながら、彼は少し苦笑いを漏らした。

「う?どっち行けばいーのぉ?」
 リエットは三叉路できょろきょろと周りを見回した。静乃が眉を顰める。
「‥‥迷った、みたいだね」
 仕方ない、あれを使うか‥‥静乃は懐から扇子を取り出すと、両手で握る。
「わん、解ッ!!」
 犬耳の異能、視聴覚の強化を発動させた彼女を見て、紬が感心したように笑った。
「まあ、呼び声が素敵です♪」
 そう呟いて拍手をする。かくいう自分も犬耳なのだが、まだ能力は行使しないので笑っていられる。
「正しい道は‥‥こっちだ」
 研ぎ澄まされる感覚を使って、静乃は現在位置を確認していく。彼女の指示通りに進んだ【ブレーメン】は、途中一つの壁にぶち当たった。他の三人が固まる中、纏だけが眼鏡の奥の瞳を輝かせる。
「おぉ!おっきー虫さんやな♪」
 そこに立ちはだかったのは、薄い緑色した通路を塞ぐほど大きい虫。纏は返事が返ってこないのを理解しながら、延々と話しかけている。
「なぁなぁ、何食べたらそない大きくなんのん?」
「――纏ねーちゃん、そろそろ行こーよーっ」
 暫く待った後、暇を持て余して跳ね回っていたリエットが纏に声を掛けた。纏ははっと我に返って、また虫に笑いかける。
「あんなー。ウチらなー、ここ通りたいんやけども、通ってええ?」
 それでも勿論返答はない。それを気にすることなく、纏は兎耳の異能――跳躍力を駆使し、他の三人を抱えて虫を跳び越えた。
「虫さん、またどこかで逢おなー♪」

「はっ‥‥こ、これは‥‥!?」
 ブリジットは匂いを嗅ぎ付けて目を輝かせた。
「お酒がいっぱい置いてある‥‥!」
 彼女は周りを見渡した。誰もいないし、私が全部もらっちゃおう。飲みながら探せば楽しそうだ――そう思いながら、ブリジットは酒を懐にしまいつつ、一口含んだ。

「そろそろいいかな‥‥」
 からすは周りを見渡してにやりとした。策略通り、暫く歩いたところでT字路にぶつかった。ここがちょうどいいだろう。
 彼女は狐耳の異能、騙しを駆使し、自らのやってきた咆哮に壁をつくった。
「これでよし、っと」
 少し上機嫌になって、からすは先へと進んでいった。

 ゴールもだいぶ近づいてきた頃。坂道を下っている時、【ブレーメン】の皆は背後からの異様な物音に足を止めた。
「‥‥!い、岩‥‥!」
 最後尾にいた纏が怯えた声を出す。大きな岩が転がって迫ってきているのだ。
「う!さっきのボタン押したせい、かな?」
 てへ、と舌を出すリエット。それを聞いて、紬の顔が真っ青になる。
「だから、変な物には触らないように言ったのに‥‥!」
「ごめん紬ぃ〜、私がお片付けするから〜」
 そう呟いて、リエットは転がってくる石の方を向く。潰される――と思ったその刹那。
「虎猫式爪術奥義、瞬閃っ!!」
 彼女は猫耳の異能――鋭い爪で岩を一閃、細切れに吹き飛ばして見せた。
「う!びくとりぃ〜♪」
 にぃ、と笑って、リエットは両腕を振り上げ勝利のポーズをとった。その瞳は輝き、実に楽しそうだ。
 一行は警戒して良いやら安堵して良いやら、リエットをしかれば良いやらほめれば良いやら分からなくなって、結局顔を見合わせて笑ってしまった。
「さて、行こうか?」
 ゴールはもうすぐそこだ――もう犬耳の力は消えていたが、静乃は何となくそんな気がした。

 丁度その頃、ペケは逃げていた。彼女を追うのは巨大な犬。
「幸運の女神様、騙したはずだったのにーっ」
 走りながら、彼女の頭はそのことでいっぱいだった。記録者を騙したはずが‥‥?
「やっぱり発想自由すぎた〜?」
 どうやら、迷路の中にいない記録者には騙しが効かなかったようだ。
 巨大な犬から逃げながら、皮肉にも彼女は普通に進んでいた時よりも正確にゴールに近づいていた。

「みーすけ、ちょっと隠れてろ」
 にやっと笑いながら、紫蓮は向こうからやってくる人影を見つめた。巳斗が隠れたのを確認して、紫蓮は狐耳の異能、騙しを発動させた。うるうる瞳の小さな仔もふらに変身する。
 向こうからやってきたのはブリジットだ。酒を飲んでいるのもあり、仔もふらを見て興奮を隠しきれない様子だ。
「わーかわいいーっ、ふわふわ〜」
 酒瓶を放り投げると、目の前の仔もふらを抱き寄せる。もふもふしながら、彼女はもふらを連れて行こうとする。
(「し、紫蓮さん‥‥っ!」)
(「みーすけ‥‥お前だけでもゴールを目指すもふ‥‥! 」)
 小さく手を振りながら、もふ紫蓮は遠ざかっていく。一人取り残された巳斗はその後を追った。

 ゴールを目前にして、一心は途方に暮れていた。
「最後の敵には鋭い爪で攻撃するつもりだったのに、これじゃ無理か‥‥」
 その理由は――最後の敵がもふもふの山、ではなくて超巨大もふらさまだからである。
(「これじゃ爪立てるわけにいかないな‥‥」)
 横を見れば、アキラや桜、露蝶ももふもふに太刀打ちできず、寧ろ寄りかかってもふもふを楽しんでいる。
「うーん、もふもふ〜♪気持ちいいわ〜っ」
 やがて、虎鉄が猫に乗ってやってきた。先程の舐められ事件の後、結局あの猫と仲良くなったのだ。
「この山を越えないといけないのでござるか?」
 山と言ってももふもふだし柔らかいので上ったり下ったりは難しい。
 しかもこのもふらさま。現在進行形で眠っていて、しかも余程の事では起きないらしい。どうしたら通れるのか‥‥?
 その時、何かが空中を飛んだ。皆の頭上をすっ飛んでいく。
「わあぁあぁあっ」
 その声の主、飛ばされている張本人はペケだ。犬に追われ、やがて犬に追いつかれたペケは、ここまで犬に銜えられて運ばれてきたのである。
 フリスビーの如く吹っ飛ばされた彼女は、もふらさまをそのまま越え、彼女の体はゴールへと直進し――やがて、彼女は一番にゴールにたどり着くこととなる。
 ――幸運の女神をわざわざ騙そうとしなくとも、彼女にはちゃんと幸運があったということだ。
「やったぁ‥‥ゴール?」
 いまいち状況が読み込めないまま、彼女はいつの間にか迷路から抜け出し、開拓者ギルドに戻ってきていた。

●みんな、おつかれさまー♪
「おつかれさまだよー♪」
 リンリンが、一番に迷路を抜けたペケに駆け寄る。
「あなたがゆうしょうだねっ、すごーい!おめでとーっ」
 背の低いリンリンは、呆然とするペケの前でぶんぶんと手を振って喜んでいた。
「はい、これねー、ごほーびだよっ」
 じゃーん!と彼女が指したのは、テーブルにたくさん用意された料理とお菓子の数々。ペケは顔を輝かせた。
「食べていいの?」
「いーよー♪たーっくさんたべてねっ」
 ペケが早速柏餅に手を出したのと時を同じくして、他の開拓者が次々に戻ってきた。
「みんな、おっかえりー♪」
「最後のもふらさま‥‥あれはずるいわよねぇ?」
 桜が苦笑しながら呟く。結局、彼女達はもふらの毛を伝って、もふら山を越えてきたのだ。
「でも楽しかったからいいのでござるよ!」
 虎鉄が笑う。一方で、ブリジットは自分が抱きかかえている紫蓮を見て目を白黒させた。
「あれ?私、確かもふらさまを抱っこして‥‥?」
「あのもふら、実は僕が化けてたんだよ‥‥さて、そろそろ下ろしてくれるかな」
「あわわ、ごめんなさいっ」
 紫蓮と余り背丈の変わらないブリジットは、慌てて彼を地面に下ろした。
「あれ、何かいい匂いがいたしますねっ」
 紬がくんくんと鼻をきかせた。リンリンはきらきらと笑った。
「みんなのぶんも、よーいしてあるんだよっ♪このごちそう、みんなでたべてー」
 ねぇ一緒に食べようよ、とペケがみんなを手招く。
「やったー♪食べるじぇーっ」
「僕もいただきますーっ」
 リエットと巳斗は早速駆け寄った。他のみんなも長机に群がり、おのおの好きな物を食べていた。
「でも、これ全員で全部食べちゃったら、一位の人の特典って一体何になるんです?」
 静乃が桜餅を手に訊ねた。リンリンは嬉しそうに笑った。
「いちいのひとはねぇ、このおりょうりがもしのこったら、ゆうせんてきにもらうけんりがあるのー♪」
 料理はかなりの山盛りになっているので、この人数なら確かに消費しきれないかもしれない。
 というわけで‥‥
「かいたくしゃさんたち、おつかれさまっ♪かんぱーいっ」
 リンリンの音頭で酒や茶で乾杯、記録には残っていないがたくさんの罠にはまった開拓者達は、疲れた体を休めるべく宴会を開いた。
 彼らの宴会は暫く続き、開拓者ギルドの奥部屋はその日すごく騒がしかったという。
 開拓者達は飲み物を好きなだけ飲み、食べ物はたらふく食べた――多分、この料理やお菓子はみんなリンリンの好物ばかりなのだろう。甘い和菓子や柔らかいお肉など、小さい子が好きそうな物が多く取りそろえられていた。どれだけの量を用意したのだろう、こんなにたくさん飲食してもまだ残っている。
「甘味が、こんなにたくさん‥‥!」
 乖征は、目の前に広がる甘味天国に入り浸り、幸せな気分に浸っていた。
 一方からすはリンリンとお近づきになろうと接触を試みていた。リンリンの横に陣取って柏餅を食べている。
「リンリン殿、どうしてこの迷路を思いついたの?」
「んー‥‥ひま、だったから」
 小さく笑ったリンリンの顔は少し寂しげで。
「パパもママもまいにちおしごとしてるから、あたしいっつもひまなんだぁ。だからねーつくってみたの♪」
 すごいでしょ、と胸を張ったリンリンの頭を、からすは優しく撫でた。
「もし今度暇な時は、私がきみと遊んであげよう。いつでも遊びにおいで」
 からすの優しい言葉に、リンリンはその日一番嬉しそうに頷いた。