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■オープニング本文 とある村で、一人の少年が泣き喚いていた。 「やだあ、こないでえ!」 9歳の彼――春凱は、逃げ回っていた。 しかし逃げられている張本人には聞こえていないのか、何食わぬ顔で日向ぼっこを楽しんでいる。 春の野原をもふっ、もふっとゆったり移動しているそれは、紛れもなく、もふらさまだった。 「何、もふらさまが怖いだって?」 涙でぐしゃぐしゃの顔で、春凱は頷いた。 「何でそんなこと言うんだい?もふらさまは可愛らしい神様じゃないか」 春凱の父、春茗が言った。 「だってえ‥‥ぼく、追いかけられたんだもん」 「もふらさまに?そんなわけないだろう」 「ほんとだもん!もふらさまがいーっぱい、こわい顔でね、すっごいはやさで走ってきたんだよ!龍なんかよりずーっとはやかったんだよ」 春茗には、何となく覚えがあった。前にもこんなことが‥‥ 「‥‥‥‥春凱、それは夢じゃないのかい」 「‥‥ゆめ、だけど‥‥でもっ!さっきも追いかけられそうになったもん!」 必死に訴える息子に、春茗は呆れたように肩を竦めた。 「あのね、もふらさまは神様なんだよ。そんな怖いことするわけないよ」 しかし父が何を言っても、少年はぶんぶんと首を横に振っている。 確か前の時は、蜜柑だった。五歳の時だったが、春凱が夢で蜜柑を食べようとしたら、蜜柑に口があって、逆に食べられたと言うのだ。 その時は、いずれ忘れるだろうと思って放っておいた。実際、彼は今蜜柑が好物にまでなっている。 その理論で行けば、数年待てばもふらさま嫌いも治るはずだ。 しかし、問題はまず「九歳にもなってこんな勘違いをしている」ということと、「怖がる対象がもふらさま=神様」ということだった。 夢を本気にすることは決して良いこととは言えないし、そんな癖は治さなくてはならない。このまま放っておけば、また違うものを怖がるようになるかもしれない。 それに、神様であるもふらさまを怖がって泣くなんて、もしや祟りでもあるのでは、と春凱の両親は心配していた。 最も、あんなに可愛らしく穏やかなもふらさまが祟りなんてありえない――とも思うのだが。 しかし、それでもやはり神様から逃げ回る息子の様子は、とても穏やかなものではなく。 どうしたらいいか分からなかった彼らは、とりあえず開拓者ギルドへ依頼したのであった。 「どうか、息子の『もふらさま嫌い』を治してください!」 |
■参加者一覧
桐(ia1102)
14歳・男・巫
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
瑠璃紫 陽花(ia1441)
21歳・女・巫
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ラムセス(ib0417)
10歳・男・吟 |
■リプレイ本文 「そこの広場で劇をやりますよーっ、観たい方はどうぞーっ」 桐(ia1102)が叫んだ。ぱらぱらと人が集まってくる。 「結構集まってきたの。おう守紗、気合い入っとるな」 「らっふっふ、楽しくなってきたらふ〜」 まるごともふらを着込んで不敵に笑う守紗 刄久郎(ia9521)を見て斉藤晃(ia3071)が笑った。そして、隣の人物を見やる。 「お?王禄丸ももふらするんけ?」 全長230cmのもふらがそこにいた。今この場にいる誰よりもでかい。 王禄丸(ia1236)はふんと笑った。 「もちろんだ。ほら、ちゃんともふらだろう?」 「も、もふらさまなのに凄い迫力です‥‥」 瑠璃紫 陽花(ia1441)が呟いたのを見て、エルディン・バウアー(ib0066)も頷いた。 「とってもシュールだと思いますよ」 「準備も無事終わりましたし、後は人が集まるだけデス〜」 ラムセス(ib0417)が歌を歌いながら、先程までの準備を回想した。 ● 「‥‥これはどうしたらいいですかー?」 「ここにおいてください。陽花さんのはあちらに」 「わかりました」 皆が小道具大道具を運び、エルディンが指示を出す。その横で、白蛇(ia5337)は春凱から見えないように、もふらが藁紙を食べるか確かめていた。眼前のもふらは知らんぷりで寝ている。 「やっぱり‥‥食べないね‥‥工夫しなきゃだめかな‥‥」 その向こうで、ラムセスは春凱と話をしていた。 「はじめましてデス、ラムセスデス」 ぺこりと頭を下げると、つられたように春凱も頭を下げた。 「今あそこで劇の準備をしているデス、僕の出番はまだですからお話ししても良いデス?」 笑顔で頷いた春凱を見て、ラムセスも微笑む。やってきた晃が隣に腰を下ろした。 「おう、お前が春凱やな。俺は斉藤や」 「――で、早速デスが、夢に出てきたもふらさまのお話をしてくれるデス?」 刹那、幼い瞳に恐怖が宿る。が、彼は小さく頭を振って、話し始めた。 「えっとね、まず目がすごーくつりあがっててね、ぼくをにらんでるんだよ!でね、足がすごーく速くて、ぼくをおっかけてくるの!」 「でも、もふらさまはもふもふデスし、すごくかわいらしい神様デス。夢で追いかけられたからって本当に怖いって思われたら、もふらさまだってしゅんってなっちゃうデス」 「でも‥‥こわいものはこわいんだもんっ」 「じゃ、そんなてめぇに、ほれ」 笑顔で晃が差し出したのは、もふらのぬいぐるみと手作りの絵本。 「それ見てみ。てめぇが言った恐ろしい夢のもふらと、そのもふら比べたら、全然ちゃうやろ?」 つぶらな瞳。ふわふわの毛。優しそうな顔。ぬいぐるみのもふらも絵本のもふらも、本来のもふらさまの姿を表していた。じっと見入っていた春凱は困惑したように晃を見上げた。 「ちがう‥‥けど‥‥」 「そうやで。違うんや、夢と現実っちゅうもんは」 晃が諭すように呟く。 「夢と現実は違う。夢であっても現実であっても自分でちゃんと確かめて判断できるようにならないかんで?」 「もふらさまは優しい神様デス。もし春凱君が勘違いしてるなら悲しいデス」 準備できたぞー、という声を聞いて、晃とラムセスはほぼ同時に腰を上げた。 「準備が終わったみたいデス。僕らの劇、楽しんでいってほしいデス」 「なぁ、春凱――漢なら、寝てみる夢より現実で夢を叶えるようにならないかんで?」 くしゃくしゃと少年の頭を撫で、晃は笑った。 ● 小さな舞台と、幾つか並べられた椅子。地面には茣蓙が敷かれ、自由に劇を見ることが出来るようになっていた。少しずつ集まってきた人々は、想定より多数。 「結構たくさん人が集まりましたね。さて、そろそろ時間ですか」 エルディンは小さく呟くと、皆の前にずいと出た。 「お待たせいたしました。間もなく、演劇『いじわるらふも』が開幕いたします」 その言葉に、場が少し沸いた。小さい子の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 桐、陽花、白蛇は春凱の傍で、晃は後ろに立って、それぞれ舞台の方を見ていた。 「もうすぐですね。楽しみですか?」 陽花は春凱に声を掛けた。しかし、春凱は眉間に皺を寄せていた。白蛇も話しかける。 「どうしたの‥‥元気、ないね‥‥?」 「ううん、何でもない‥‥」 「もふらさま‥‥怖い?」 こくり、と頷いた彼の頭を、白蛇は優しく撫でた。 その間にも、劇が始まろうとしていた。ラムセスの歌声を背景に、エルディンの落ち着いた声が響く。 「『いじわるらふも』、始まり始まり――。あるところに、らふもというアヤカシがいました。らふもはもふらさまにそっくりな外見ですが、もふらさまではありません。毎日みんなの夢の中に入り込んでは、暴れ回ります」 「らっふっふ、俺が恐ろしいだろう〜」 けっけっけ、ならぬ、らっふっふ、と高らかに笑うのは、らふも役の刄久郎だ。 「らふもは、弱い者いじめが大好き。小さな子供や本物のもふらさまを追いかけて、いじめるのがお気に入りです」 エルディンのナレーションが言い終わると同時に、物陰から長身牛もふらが駆け出す。 「もふーっ!助けてもふー!」 「ま〜つ〜ら〜ふ〜っ」 後を追うらふもが、もふらの肩を掴んだ。暴れるもふら。 「もーふーーっ!!」 辛くもらふもの魔の手を逃れたもふらは、反対側へ一目散に駆け出した。らふももそれを追う。 「見て――春凱君の夢に出てきたのって、もふらさまじゃなくてらふもなんじゃないかな?」 「そ、そうかもしれない‥‥」 らふもを見て少し怯え顔になった春凱の肩を抱いて、桐は優しく囁いた。 「大丈夫。怖がることはないよ」 もふらはあと少しのところで何度も攻撃から逃れ、しばらくの間追いかけっこが続く。 「らっふっふ、逃がさんらふよ〜」 「もふー!誰か助けてもふーっ!」 半分本気で戯れ始めた彼らを見て少し笑いながら、陽花が少し大きい声で言った。 「あーっ、もふらさまがっ。どこかにあのらふもを倒せる方はいないのでしょうか」 その声を合図に、エルディンがうーん、と考える仕草をする。そして、最前列の春凱を指さした。 「君。らふもを倒してみないかい?」 春凱は目を丸くした。 「ぼくが?」 「そう、君だよ。君にこれを授けよう」 差し出したのは、刄久郎が小道具として用意しておいた甘刀。 「でも‥‥どうやったらたおせるの?」 「大好きな、憧れのヒーローがいないかな?それに変身だ」 ラムセスの口笛と偶像の歌が、春凱を元気づける。にっこり笑ったエルディンを見て、春凱も微笑んで立ち上がった。 「わかった。ぼくやってみる!」 途端、周囲から声援が飛んでくる。晃も応援の意味を込めてひゅうと口笛を鳴らした。その応援に心強さを感じながら、春凱は舞台にて待ち構えるらふもをきっと睨んだ。 「やい、らふも!ゆるさないぞっ」 「なんらふ?かかってこいらふ!」 らふもはぐんと胸を張って待ち構えた。ごくりと唾を飲み、春凱はやぁぁっと叫びながら斬りかかる。刀は見事、腹に命中した。 「ぐわあぁっ!?そ、そんな馬鹿な〜っ!!」 どったんばったん、大袈裟すぎるほどに、らふもは転げ回って力尽きた。 「――いじわるならふもは勇敢な勇者によって倒され、無事平和が戻りました。めでたしめでたし」 「すごいです!お疲れ様でした」 ぱらぱらと拍手が起こる中、笑顔で駆けてきた春凱を陽花が撫でた。くすぐったそうに彼は笑う。 「――ねぇ春凱君、ちょっと見ててね」 そう言って、桐はいくつか手品を見せた。春凱の目が輝く。 「お姉ちゃんすごい!」 「これってやり方分かる?」 春凱はぶんぶんと首を横に振ったのを見て、桐がしめたというように微笑んだ。 「じゃあ、お姉ちゃんが教えてあげる」 本当に簡単な物を教えてもらい、満足げな彼は何度もその手品を繰り返した。 「うまいうまい♪――でもね、それも夢と同じなんだよ?さっきまでは分らなかったのに教えたらできたでしょ?」 そう言われて、黙って自分の手を見つめた彼に、桐は微笑みかけた。 「夢も同じ。それが本当はどんな物かまだ知らないから怖いと思っちゃうんだよ。これからは怖い夢を見たら怖がらずに本当はどんな物なのか調べてくれるとうれしいな」 春凱は少し考えるように上向いてから、桐を見つめた。 「‥‥わかったよ、お姉ちゃん」 「春凱‥‥僕が、もう一つ‥‥悪夢を見ない方法を教えてあげる‥‥」 小さな手を引いてゆっくり歩きながら、白蛇が話し始めた。 「僕が聞いた話だと‥‥もふらは悪夢を食べてくれるんだって‥‥彼らは悪夢を見ない‥‥だからこそ‥‥あんな安らかな顔をしてるんだって‥‥」 へぇ、と感心したように声をあげる春凱。白蛇は微笑んで、藁紙と筆を差し出した。 「これに悪夢の絵‥‥らふもの絵を描いて‥‥もふらに食べてもらえば、きっと大丈夫‥‥もう悪い夢は見ないはず‥‥」 春凱は、紙に勢いよく描き出した。らふもは、まさに悪魔のような風貌で描き出される。そして、彼は描き終わった紙をもふらの前に差し出した。 「あれ‥‥この紙、いい匂いがする‥‥」 もふらがしゃくしゃく紙を食べるのを、彼は不思議そうに見つめていた。 「そうだよ‥‥もふらが食べやすいように‥‥もふらの好物‥‥蜜柑の汁を染み込ませたんだ‥‥」 やがてもふらの口の動きも止まり、完全に嚥下したと見て、白蛇は微笑んだ。 「ほら‥‥これで、もう大丈夫なはず‥‥もう、らふもは出てこない‥‥悪い夢も、見ないよ‥‥」 ありがとう、と元気に笑った春凱は、もう恐れるものなど何もないように見えた。 一方その頃、演劇会場に残っていた出演者達は、後片付けに追われていた。 自分のまるごともふらを見つめ、王禄丸が何気ない一言を呟く。 「今まで、あえて口に出さなかったが‥‥あまり可愛くないだろう、もふら」 その途端、エルディンの目が驚いたように丸まった。もふ愛の刄久郎も反駁する。 「それ、本音で‥‥?――ふむ、どう感じるかは個人差、でしょうか‥‥」 「何を言う、もふらは可愛いぞ、もふもふしてるし瞳はつぶらで」 「そうか‥‥?そうは思えないのだが」 そんな周りを気にせず、ラムセスは劇中で歌っていた歌を楽しそうに口ずさんでいた。 「もふもふもふもふもふらさま♪ふかふかのんびり神様だ♪いつも僕らを見ていてくれる、力持ちでお手伝い〜♪」 「えらい楽しそうやな、ラムセス」 晃の言葉に振り向いたラムセスは笑顔で。 「とっても楽しかったデス。皆さんもそうデスよね?」 今回の劇を一番楽しんでいたであろう、刄久郎を始め――皆は顔を見合わせて、首肯と共に笑った。 ● 「色々やったけど‥‥うまくいったかな‥‥」 白蛇が、もふらのぬいぐるみを抱えて春凱を見つめていた。それに気づいたエルディンがあ、と呟く。 「もしかして、白蛇さんも?」 彼女が振り向けば、エルディンの腕の中にももふらのぬいぐるみがいた。顔を見合わせて、二人は笑った。 「‥‥まあ、いいでしょう。たくさんあって困るものでもない」 「そうだね‥‥」 ありがとうございました、と頭を下げた春茗に、陽花が微笑みかけた。 「いいのですよ。‥‥春凱君の癖、直ると良いですね」 「友達など他者との関わりを多く持てば、現実の境界線を認識し、その癖もだんだん直っていくと思いますよ」 微笑みながら、エルディンが言った。 「春凱‥‥これ、僕たちからの贈り物だよ‥‥」 白蛇は、エルディンと一緒にぬいぐるみを差し出した。春茗の足の後ろに隠れていた春凱は、目を輝かせた。 「もう、怖くないでしょ‥‥?」 「うん‥‥ありがと!」 きらきら輝く笑顔は、劇の前の彼の表情からは考えられないほど明るく。 「――元気そうでよかったデス」 その笑顔をみたラムセスは、ほっとしたように微笑んだ。その隣で、白蛇は自分が贈ったもふらのぬいぐるみに向かって心の中で囁いた。 (「‥‥あの子の事‥‥守ってあげてね‥‥」) 「いや〜楽しかったな、らふも」 依頼後の飲みの席で、刄久郎が破顔した。 「あんたも結構楽しんだんだろ、王禄丸」 「まあな。――いまさらなんだが、もふらが嫌いで何か悪いことでもあるんだろうか」 「んー‥‥もふらさま、一応は神様だからじゃないですか?」 普段あんなに怠けてますけどね――と桐が笑う。 「しかし、春凱君‥‥随分怖がってましたね」 「大の大人でも夢と現実を取り違うやつがおるからな。夢も現実でも自分で判断するしかないんやろうけど」 これからが大変やろなあ、と呟いて、晃は自らの盃を一気に干した。 |