夢喰らう幻獣を
マスター名:香月えい
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/04 00:25



■オープニング本文

「うぅ、ぐ‥‥うわぁぁぁっ!」
 唸り声、叫び声を上げて、悠太はがばっと起き上がった。真夜中のことである。横で眠っていた妹の世璃は、眠たそうに目を擦りながら兄の方を振り返った。
「お兄ちゃん‥‥またわるい夢、見たの?」
「あ、あぁ‥‥ごめんな、世璃。また起こしちまったな」
「ううん。いいの――でも、お兄ちゃんは大丈夫?」
 世璃は心配そうに兄を見つめた。その奥で、父と母がそれぞれもぞもぞと起き上がり始める。
「悠太、また悪夢かい?ここ最近ずっとだね」
 母親は心配半分、呆れ半分で言った。
「起こしてごめん、俺は何ともないから‥‥もう寝よう」
 呟くと、悠太は世璃に布団を掛けてやってからまた眠りに落ちた。
 しかし世璃はそんな兄が心配で、暫く眠ることができなかった。


 次の日、開拓者ギルドには世璃の姿があった。
「すみませーん!」
 受付嬢がその声に気づき、どうしたのかな、と笑顔で訊いた。
「あのね、お姉ちゃん、バクって知ってる?」
「バク?――バクって、夢を食べる獏のことかしら」
「そう、それ!あのね、開拓者さんにね、バクを探してほしいの」
 獏を探す‥‥?
 獏は伝説の生き物である。開拓者であっても、見つけることはできない筈だ。
 受付嬢が怪訝な顔をしたのも気にせず、世璃は早口で喋り出した。
「私のお兄ちゃんね、毎日わるい夢を見て、夜起きちゃうの。かわいそうだから、バクにお願いしてお兄ちゃんのわるい夢を食べてもらうの。そしたら、お兄ちゃんもぐっすり寝れるでしょ?」
 ね?と笑顔で訊かれ、受付嬢は毒気を抜かれた。獏なんてこの世にいないんだから、そんなの無理よ、と言ってこの子を追い返すなんて、とてもじゃないができっこない。
「‥‥わかったわ。じゃあ、開拓者さんに相談してみるわね」
「うん!お兄ちゃんまいにち苦しそうだから、なるべくはやめに見つけてね!」
 ばいばい、と手を振りながら、世璃は元気よく駆けていった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
桐(ia1102
14歳・男・巫
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
空音(ia3513
18歳・女・巫
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔


■リプレイ本文


「はー獏なあ。まあ、確かに昔から悪い夢を食うてくれるとは言うけど‥‥悪夢なんか食ろうて腹壊さんのかなと思うわな」
 天津疾也(ia0019)がかっかっかと笑う。隣ですらすらと紙に筆を滑らせ、斉藤晃(ia3071)が呟いた。
「獏ってのは架空のものと言われてるが、少数やが実在する動物や。それが元になってるんや」
 昔見たんはこんなんやったで、と晃は自分が描き上げた絵を皆に見せた。それは昔見たことがある獏の絵姿。
「鼻は象、目は犀‥‥目?犀の目に特徴なんてあったか?」
 依頼書を見返して、王禄丸(ia1236)が眉を寄せた。
「手足は虎、胴は熊、尾は牛――尾、だけか‥‥残念だ。顔なら解決できるのに」
「何を言うとるんや。てめぇは変装のプロやろ?」
 にいと笑って晃が王禄丸の方を見る。
「さて、それでは作りましょうか」
 布と糸を取り出して空音(ia3513)は微笑んだ。
「ええと、まずは虎の手足、ですね」
「桐、てめぇは象の鼻な」
 当たり前のように晃に布を手渡された桐(ia1102)は苦笑した。
「こういうのは得意やろ、桐?」
「得意というか普通にはできますけどね――斉藤さんは手が大きいからこういうちまちましたのは苦手ですもんね」
「――では私は牛の尻尾を」
 ジークリンデ(ib0258)が微笑んで針を握った。三人がちくちく縫っていく様子を見ながら、真珠朗(ia3553)が言った。
「これが終わったら、坊やのお悩み相談にでも行きますかねぇ」
「そうだね。事前に世璃ちゃんにも会いたいし」
 少し楽しそうに俳沢折々(ia0401)が呟いた。


 着ぐるみをある程度仕上げた彼らは、依頼人の少女・世璃の元へ向かった。
「あなたが世璃ちゃん?」
 目の前に勢揃いした開拓者に、世璃は目を丸くして頷いた。
「私達は、あなたのお願いを叶えに来た開拓者です」
 空音が微笑むと、世璃は一瞬で満面の笑みを浮かべた。
「あっ、来てくれたんだ!」
「兄の悪夢を獏に食べてほしい、と?」
 王禄丸の言葉に世璃は少し俯いた。
「お兄ちゃん、今日もうなされてたの。かわいそうなんだ、いっつもすごいさけび声だしてるんだもん」
「お兄さん、いつ頃からうなされるようになったかわかりますか?」
 桐の問いに、世璃はむ、と考え込む。
「たぶん、一週間くらいまえからだとおもうな」
「理由はわからないのですよね」
 世璃は小さく頷いた。表情が曇る。
「――もう大丈夫ですよ。私達が獏を連れてきてみせますから」
 ジークリンデが安心させるように言った。折々は世璃の手を握る。
「獏ってね、見た目は怖いけど、中身はとっても優しい生き物なんだよ。だから夜中に来ても、怖がる必要はないの」
「この絵を枕の下に入れれば、これが獏が悪夢を食べにやってくる目印になるんやって」
 入れといたって、と疾也は獏の絵を差し出した。真珠朗が世璃に微笑みかける。
「お嬢さんも獏さんの力になってあげてくださいねぇ。お兄さんがいい夢見れるように」
「うん、わかった!」
「――悪夢に悩む兄の為、か。ええ妹やなあ」
 晃が微笑んで、くしゃくしゃと世璃の頭を撫でた。世璃はくすぐったそうに笑う。
「だって、おにいちゃんだいすきだもん」
「そうですよね。私達も頑張らなきゃだめですね」
 桐が笑顔で呟いた。

 兄・悠太もまた、大勢の開拓者を見て驚いたようだった。世璃が心配していて、ギルドに依頼を出したのだと伝えると、彼は頭を掻いて苦笑した。
「そうでしたか‥‥」
「妹に心配かけたらいかんよ」
 そう言って笑った晃に、悠太は笑い返す。
「そうですよね。情けないです」
「とりあえず、悩んだときは落ち着くのが大事やで。これでリラックスしいや」
 疾也はラベンダーのお香と茉莉花茶を差し出す。悠太は力なく微笑んで礼を言った。
 ふ、と息を吐いて、真珠朗は真っ直ぐに悠太を見つめた。
「友達から聞いたけど、最近親友と喧嘩したんだって?それが悪夢の原因なのかなぁ?」
 しかし、悠太は小さく首を横に振った。
「違うんです、それはもう解決しましたから。――これには違う理由があって」
 口ごもった彼に、折々が微笑みかけた。
「じゃあ、何で悪い夢を見るのか、その理由を話してくれないかな」
「私達は、あなたのお悩みを解決する為にきたのですから」
 空音の言葉に彼は迷ったように目を伏せた。が、彼は決心したように顔を上げた。
「実は、ですね‥‥」
 ぽつり、ぽつりと悠太は話し始めた。
 ――悩みの原因は、『決闘』なのだという。
「敵に決闘をけしかけられたんですが、そいつが強いので、心配で‥‥」
「決闘?‥‥そもそも、何で決闘なんてすることになったんです?」
 真珠朗の言葉に、はぁとため息を吐く悠太。
「小さい頃、僕は喧嘩がとても弱かったんですね。でも、そいつは強かった。だから、よく馬鹿にされてました。でも、僕でもそいつに勝てることがひとつだけあったんです。――足の速さ、です」
 足の速さ、とジークリンデが口の中で反芻した。
「あいつは足がとても遅いので、僕はすぐ逃げることができました。それで僕はあいつをいつも馬鹿にした。お互いに馬鹿にしあっていたんです。それが小さい頃から続いていて、いよいよ耐えかねたあいつが、決闘して決着をつけよう、と」
「ほんで、やられんのが怖くて悪夢を見とるんか?」
 晃の言葉に、悠太は再度首を横に振った。
「暴力は別に大丈夫なんです。けど‥‥負けた後、罰があるんですね。褌一枚で、町を一周するっていう」
 八人は顔を見合わせた。
「馬鹿らしい、って思うでしょう。でも、売り言葉に買い言葉で、そんな流れになっちゃって。――もし負けたら、恵理の前で褌一枚なんて‥‥」
 顔を伏せた彼に、桐が優しく問う。
「恵理、って‥‥好きな人、ですか?」
「‥‥はい。でも、もし褌姿なんて見られたら、もう顔向け出来ない‥‥」
 顔を赤らめて俯く彼を見て、空音が言った。
「本当は、後悔してるんでしょう?決闘なんてしたくないと」
 その言葉に悠太はゆっくりと顔を上げた。
「‥‥そう、ですね‥‥喧嘩なんて、したくはないです」
「じゃあ、言えばいいんですよ。仲直りです、仲直り」
 真珠朗が笑う。
「小さい子でもできるんですからねぇ。馬鹿にしたことを自分から謝って、その後相手に謝ってもらって。そうすれば、きっとうまく行きますよ」
「無事終わったら酒おごったるさかい。な?」
「相手もきっと後悔してるで。決闘なんて阿呆らしいことやめて、仲良うした方が楽しいやろ、なあ?」
 快活な晃の声とにっこり笑った疾也の笑顔につられたように、悠太も笑った。
「そうですよね‥‥お互いに悪かったんだから、お互いに謝ります。決闘なんて馬鹿らしい」
「もし本当に決闘とかになって取り返しつかなくなったら、また開拓者に頼ればいいよ」
 折々が笑いかけた。何かあったら開拓者ギルドへ――それは、いざというとき彼には頼れる場所があると言うこと。
「――それから、恵理さんには恥ずかしくても、きちんと想いを伝えた方がいいと思いますよ」
 ジークリンデが微笑む。悠太の頬が赤く染まる。からかうような表情で桐が呟いた。
「お手伝いして欲しければ、いくらでもいたしますけれど?」
 ぶんぶんと首を振る悠太を見て、一同は笑った。
「これで一応は解決か?よかったな」
 王禄丸が悠太に向かって少し微笑みかけた。悠太は大きく頷いて、礼をした。
「ありがとうございました、僕、頑張ります」
「折角優しい妹を持ったんだ。もう心配かけるな。お前が妹を支えてやれ」
 そう言ってしまってから、王禄丸は何て自分らしくない、と笑った。


「いよいよですね‥‥少し、緊張します」
 空音が呟く。既に、両親に話はしてある。あとは、獏を出してみせるだけ。
 念入りに打ち合わせもしたので、きっとうまく行くはず。
「――伝説を今目の当たりにするか」
 対照的に、晃はいかにも愉しそうに笑っていた。
「気分はどうや、王禄丸?」
 ふん、と王禄丸は笑った。奇っ怪な格好だが、本人はなかなか愉しいらしい。
「本日の主役やからの。なかなか似合っとるぞ」
「似合ってたまるか」
「ふふ、素敵だね。本当に獏みたいだよ」
 折々が笑う。その姿を頭に思い浮かべ、式を形作るのだ。
「うし、そんじゃ行きますか」
 疾也の掛け声で、予め開けておいてもらった戸を開け、八人は家の中に入った。

 少しの物音と幽かな笛の音で、世璃は目を覚ました。
「‥‥ふにゃ‥‥?」
 寝ぼけ眼をこする。笛の音は、寝室の扉の方から聞こえてきた。
「何‥‥?」
 月の光に照らされ、浮かび上がったのは――熊の胴体に象の長い鼻、牛の尾に虎の脚の大きな獣。薄く烟る様子が、いかにも伝説の獣らしく彼女の目に映る。
「‥‥獏だ‥‥!」
『御主が我を呼んだのか‥‥御主の願いは何だ‥‥』
「獏さん、おにいちゃんの悪夢をたべてあげて!もう何日もうなされて、ちゃんとねてないの‥‥!」
 世璃はその場に跪いて、必死に言った。
『御主の願い、叶えて進ぜよう‥‥』
 その声と共に、獏が飛び出してきて、世璃の横で寝ていた悠太の胸に飛び込んでいった。
「わ‥‥っ!」
『悪夢は我が取り払った‥‥もう心配はいらぬ‥‥また何かあれば呼ぶがよいぞ‥‥』
 その声を残して、獏はいつの間にか消えていた。
「‥‥獏さん、ありがとう‥‥!」
 世璃はその後、暫く獏の消えた扉を見つめていた。

「‥‥うまくいったかしら‥‥」
 ほう、と息を吐くのは、獏の声を担当したジークリンデ。
「大丈夫よ、ほら‥‥ありがとう、って言ってたし」
 笛を吹いた桐がにっこり笑った。隣で式を出した折々も微笑む。
「信じてくれてよかった。失敗したらどうしようかと思ったよ」
「煙もうまく効果をあげましたしね」
 空音と真珠朗が顔を見合わせて笑った。
「でも一番の功労者はやっぱり、王禄丸やなあ」
 疾也が笑う。晃が王禄丸の背をばんと叩いた。
「よかったの。なかなかに楽しかったわい」
 しかしみんなが満足げに笑う中、王禄丸は一人、不満げに呟いていた。
「‥‥夜間、こうして扮装までして、怖がらせることもできぬのか‥‥いやいや、趣味は別にしておこう‥‥」

 次の朝。
「ほんとだもん!ほんとに、獏が来たんだもん!」
「夢を見ただけじゃないのかい?」
 懸命に言い張る世璃に、母親はふふ、と笑って誤魔化した。
「ぜったいいたんだよ!だってほら、昨日お兄ちゃん、うなされてなかったでしょ!」
「確かにそうだねえ‥‥よかったじゃないか。悠太がまた眠れるようになって」
 うん!と、世璃は満足げに頷いた。


 屋外で、悠太と世璃がまりつきをして遊んでいる。その光景を遠くから眺めながら、一行はその場を後にした。
「兄想いでとっても可愛い妹さんですね。何だか私も、故郷にいる弟に会いたくなっちゃいました」
 兄を心配していた世璃を思い出して、空音が微笑んだ。悩みのない晴れた顔で遊ぶ兄妹を見つめ、折々が詠むのは今日の一句。
  『兄想う 優しき心が 獏を生み』

「兄妹愛、か。こういう日常が続くんがええの」
「たまにはこういう争いのない依頼もいいものですね」
 二人を見つめる晃に御酌をしながら、桐は微笑んだ。
 杯をゆっくり干してから、晃は隣の王禄丸に目を移す。
「なあ、王禄丸。てめぇは何ぞかんぞ言っても人間好きやの」
 ふいと目を逸らした素顔の友人を見て、晃は愉快そうに笑った。