【大祭】ちま作り
マスター名:言の羽
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/27 06:45



■オープニング本文

「はぁー‥‥さっすが、祭ともなると賑わい方が違うんやなぁ」
 その男は、大もふ様とその他もふら様の大脱走とそれを追いかける開拓者たちの姿を思い出しながら、出店で買った団子をほおばった。
 年は二十を半分ほど過ぎたところか。咀嚼の間にも男の視線は周囲を見渡し続ける。忙しないを通り越して挙動不審である。が、周囲の人々は祭を楽しむことに全力を注いでいるので、怪しい人物など認識していないようだ。
 よっこいせ、とずれた肩紐の位置を調整すれば、男の風体が祭を楽しむもののそれではないことがわかるはずなのだが、それもまた認識されることはない。
 ひょろりとした体には旅装束。背中を覆うほどの大きな木箱。癖の強い髪はぼさぼさでごわごわ。無精ひげ。タレ目にへらへらした顔が胡散臭い。
「‥‥ともかく場所を探さんと。商売せんことには俺の腹が朽ちてしまう」
 団子を食し終えた男は、串をくわえたまま雑踏にまぎれた。





 ――で、一刻後。
 男は大通りにある大きな出店と出店の合間にできた狭い隙間に陣取って、木箱を開いていた。
 竹でできた竿を組み立て、布を広げたかと思うと竿にくくりつけ、できたのぼりを地面に立てた。両隣の出店に怒られない程度の、背の低いのぼりだが、そこにはこう書かれていた。

 『ちま作りませんか』

「ねえ、ちまって何?」
 少女がやってきて、男の前にしゃがみこんだ。のぼりを指でつまんで引っ張ってみせる。尋ねたくなるのも無理はない。男の前には木箱とのぼりしかなく、ちまという単語にも心当たりがなく、では何を作るというのか見当がつかないのだ。
「なんや嬢ちゃん。ちまに興味あんのかいな」
「興味あるなし以前に、何なのかわからないから聞いてるんだけど?」
 ジト目で見てくる少女に対し、男は軽い感じで笑った。
「手厳しいなぁ。まぁええわ、教えたる。ちまってのはな、単刀直入に言えば、人形や」
 ぴっと人差し指を立てて少女に突きつける。
「手のひらに乗るくらいの、あんま大きない人形でな。中に綿詰めて、ふっくらかつ丸みを帯びててな、めっちゃかわいらしいんやでぇ」
「そんな人形、どこにでもあるじゃない」
「つれないこと言うなや。ちまの最大の特徴はな、実際に存在する誰かさんにそっくりやっちゅーこっちゃ。逆に言うと、小さくてふっくらしてて丸っこくても、誰かにそっくりでなきゃちまとは呼ばん」
「ふーん‥‥」
 熱をこめて語る男に少女はつれない返事。
 けれど男はわかっていた。少女の根付にぶら下がる、糸で作られた小さなぽんぽんが目に入った時から気づいていた。こいつは絶対かわいい物好きだ‥‥!!
「まあ、作ってあげないこともないけど?」
 少女からは見えないところで拳を握り締める男であった。
「あ、そや。言い忘れてたけどな。嬢ちゃんが自分で作るんやで」
「なんですって!?」
「だーいじょうぶやって、俺が教えたるから。自分で作る人形や。そらもう愛着わくやろー」
 わなわな震える少女を尻目に、男は木箱を再度開く。さっさと裁縫道具や材料を取り出し、客用のござを広げ、更なる客の誘い込みを始めた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
王 娘(ib4017
13歳・女・泰
天ケ谷 月(ib5419
16歳・女・巫


■リプレイ本文


 桃色の髪が人目を引く御陰 桜(ib0271)は、自分の横を足早に駆けていった少女が大事そうに抱いていた小さな人形に、なんとなく興味を引かれた。そのまま歩いていると、今度は「よくできたわね」と母親から頭を撫でられる別の少女を見かけた。やはり人形を抱いている。いずれの人形もぱっと見ただけで人の姿を模しているらしいとわかった。
「ちょっとイイ? 可愛い人形持ってるわね♪ どこで買ったのか教えてくれないかしら?」
「あっちにあるお店で作ったの」
 人形好きに悪い人はいないと判断されたのか。その少女は躊躇なく、少し先のほうを指し示した。

「ちま屋さんっていうの? おじさ――うん? ‥‥おにいさんが、出してるお店」
 天ケ谷 月(ib5419)はわずかに首をかしげながらも、聞きたいことを最後まで言い切った。おじさん、と言いかけたら背中がぞくっとしたのである。
「ぶっちゃけ俺は人形師やねん、ちまだけやのうて、他にも色々作れるんやで」
「でも今日はちま屋さん?」
「まあ、せやなあ。嬢ちゃんも作ってみんか」
 月は目の前にいる男性を変な人だとは思ったが、今日はなんといってもお祭で、いろんなお店があるくらいだからいろんな人もいるのだろうと納得する。
 ほぼ絶やすことのない笑みをことさら浮かべ、広げられたござの一角に膝をついた。
「わたしも、作っちゃおうかな。だって、お祭りだもん、ね?」
「ちまか‥‥なんだか良い響きだ。私も作ってやらないでもないぞ」
 それに呼応するようにして王 娘(ib4017)も腰を落ち着ける。月が挨拶をしているところからして、連れというわけではなさそうだ。遠まわしではあるが要するに彼女もちまを作りたくなったのだろう。


 しばらく経つと、ござは六人の開拓者で満員となっていた。
「可愛らしい人形だけあって女性の方が多いっすねぇ‥‥教えてくれる方が同年代の男性で良かったっす」
 基本ということで自分のちまを作る以心 伝助(ia9077)。此度の客は彼以外、全員女性である。女性に失礼のないよう、可能な限り木箱と人形師に近づいているものの、いっそ木箱の向こう側へ行きたいくらいだ。ちら、と手元から顔を上げれば、人形師は柚乃(ia0638)に運針の手ほどきをしていた。
 柚乃もまた、自分のちまを作っている。この人のちまを作りたい、と思う相手はたくさんいても、相手がもらってくれるかと考えた時に自信を持てなかったのだという。しかし今回上手に作れたなら、きっと次回はお世話になっている人に作って贈りたい。その想いで真剣に針を動かす。
「すいやせん、ここん所はどうすればいいっすか?」
「なんや?」
「指‥‥というか、手っすかね。丸みがうまく出せないんっすよ」
 偶然にも類似した想いでいるとは露知らず、伝助も人形師に教えを請う。彼もまた、作り方を覚えて同居人に作ってあげるつもりなのだ。
(これくらいの大きさなら、何時も肌身離さず持っていてくれそうだし‥‥)
 一方、明王院 月与(ib0343)は最初から恋人のために自分のちまを作ることに決めていた。それも贈呈用だからと予算はどーんと一万文。木箱の上に乗せられた布袋の重量感に、さすがの人形師も面食らった。
「お兄さん、お兄さん。ちょっと凝ったのに挑戦してみたいんだけど、色々と教えてくれないかな?」
「それはかまへんけど‥‥こんだけの金のかかる材料、うちにはないで。何を使うつもりや」
「依頼へ出かけていてもいつも一緒にいられるように、私を再現するんだ。そしてこのお守りを中に入れるの」
 愛玩だけでなく安全祈願という機能を持たせるようだ。しかし中に物を入れるとなると、ちまの小さな体には収まらない。一回り大きな体でなくてはと人形師はその場で型紙を作り始める。
 それを見た桜は、もしやと思い、身を乗り出して尋ねてみる。
「ねぇねぇ、人型のだけじゃなくて動物みたいなのは作れないの?」
「あ? ‥‥まぁ、できんことはないが、多少は色つけさせてもらうわ」
「ぱ〜とな〜の桃のちまも作りたいんだけど‥‥温泉巡りで散財して財布の中身がちょっと厳しいのよねぇ‥‥? ちょっと負けて貰えないかしら?」
 値切り交渉だ。連れていたしばわんこの前足を持って、まるで招き猫のようにこまねいてみせる。
「あかんあかん。俺だって苦しいんや。故郷には俺の稼ぎを待っとる家族や親戚もいるんやで」
 だが人形師はぱっぱとその手(前足)を払いのけた。そのあまりに容易げな動きに、桜はわずかに目をみはる。彼女は夜春を使っていたのだ。それなのに人形師の態度はまったく揺らぎもしなかった。単に金銭への執着が強いのか、それとも――
「まあいいわ、その分しっかり教えてもらうんだから♪」
 追求する必要は感じられない。意味のない努力よりも、ちまの完成に力を注がなくては。
 桜は人形師から追加の糸をもらうと、一発で針穴に通してみせた。
 一方、黙々と作成する娘には試練の時が訪れていた。胴体となる布を少しの隙間だけ残して縫い合わせた後、その隙間から綿を詰めて、次に隙間を閉じればひとまず素地が完成する、はずなのだが。娘はきれいに閉じる縫い方がわからずにいた。最初に縫い合わせたときは布を裏返した状態だったが、綿を詰めた今は表側。先ほどまでと同じ縫い方では縫い目がやけに目立ってしまう。髪や服で多少のカバーができるとはいえ、自分の分身を作っているさなかに手抜きなど片腹痛い。
「‥‥はぁ」
 ため息がこぼれる。決して不器用ではないのに、裁縫ばかりは下手っぷりが輝いている。落ち込みながらも試行錯誤した結果、
「‥‥すまないが教えてくれないか‥‥?」
 観念して、隣にいる月にお願いした。どことなく恥ずかしげ、そういえば耳の先や頬が赤い、というか猫耳がへちょっとしている娘に、月はもちろん快諾した。先ほど人形師から教わったばかりのやり方を娘にも伝える。
「こう、こっちから針を通して、布をすくうようにして――」
「なるほど‥‥」
 真剣に、ひと針ひと針進めていく娘。負けじと月も頑張る。
 月も不安だった。うまく作れなかったらどうしよう、と。弟のちまを作って本人に贈るつもりでいるけれど、弟のほうが裁縫は上手かもしれない。多少ぶきっちょな作りでも許してくれるかな‥‥許してくれるといいな‥‥と、願いながら、月は弟の顔を思い浮かべる。
「あんまりにっこり、笑わないんだよね。折角作るんなら、笑った顔の方が、いいのかな」
 刺繍で表情をつける前に、完成図を何パターンか、頭の中で広げてみる。
「でも、ちまってふにっとしてるから、いつもの顔のままでも、いいかな?」
 瞑想するように目を閉じ、今度は実際の弟の顔と完成図を見比べてみる。
「‥‥‥‥ふふ、仏頂面で、ぷにぷにしてる昴、可愛いかも。うん、そうしよ」
 どうやら決まったようだ。ついでにちまを贈られて嬉しそうにする弟の姿も思い浮かべて、衣装に取り掛かる元気に変えた。


 木箱の上にちまが光臨する。

 右目を隠すように前髪を残しつつ長い髪を結い上げた、さくらちま。そのお供は首筋に桃の花の模様をもった、しばわんこのももちま。
 猫耳ケープを目深にかぶって表情を隠しながらも尻尾をふりふりゆらす、にゃんちま。
 同じく表情が乏しいながらも片割れに向ける眼差しはあたたかい、すばるちま。
 巫女にふさわしい衣と袴を静かにまとう、ゆのちま。ミニサイズながらも守るように寄り添うのは藤色の毛並みと金の瞳、はちようまるちま。
 怪しく忍んで一同を見守る、でんすけちま(と壁)。
 総勢、5+2ちまである。

「壮観やねぇー」
 無精ひげの生えたあごを撫でながら人形師は言う。
「‥‥うん、やっぱり‥‥もふら様が一緒じゃなきゃ柚乃じゃない」
「柚乃、自分のちまにしたんだね。八曜丸もかわいいよ」
 月がはちようまるに微笑みかければ、八曜丸は自分のことのように胸を張った。いや、確かに本物もかわいいのだが、そういうことではなくて。柚乃も表情をやわらかくして、はちようまると八曜丸を撫でた。
「これが私のちまか‥‥」
「うーん‥‥想像していたよりも目立ちやすね、この壁」
 抱き上げて出来栄えを眺める娘の横で、伝助が首をかしげている。忍んでいるはずなのに忍んでいないでんすけは娘にある種の衝撃を与えていた。
「‥‥‥‥‥‥壁。難しいのか?」
「いや、簡単っすよ。薄くて小さな板に布を貼り付けるんすけど、板と布の間に少しの綿を挟むのがミソっす」
 こっそり尻尾を揺らしながら、娘は思っていた。なんだこれは懐かしい気がするではないか。
 伝助も思っていた。人形作りには縁遠かったはずなのに、こうして実際に作ってみると懐かしい。
 この懐かしさを他の人も抱いたなら流行るかもしれない。流行ればいい。むしろ流行れ。流行ってちまだらけになってしまえ。
 ――などと二人が考えていたかはともかくとして、伝助から壁の作り方を教えてもらった娘は、次の機会にでも作ってみようという気になった。
「あ、そうだ‥‥根付けにしたいんだけど‥‥そのための金具ってある‥‥?」
「あるでー。大サービスでつけたろか?」
「ううん、いい‥‥最後まで自分で、やりたいの」
「そか」
 受け取るだけ受け取ってそっけなく離れた柚乃を、しかし人形師は満面の笑みで見送った。
 その顔が意外とイイ感じだったのを桜は見逃さない。
「お兄さんさぁ、オンナのコ受けする可愛いモノ扱ってるんだから、ちょっとは身だしなみに気を使った方がイイんじゃない?」
 さくらを右頬で、しばわんこを左頬ですりすりしながら、詰め寄る。顔と胸の谷間が人形師に急接近だが、人形師はそれに動じないどころかさりげなく桜の肩を押して遠ざけた。
「俺の見てくれで判断されてもかなわんわ。そもそも末永く大事にしてもらいたくて自分で作ってもらうんやしなぁ」
「ちまの知名度が上がらないのにはお兄さんの格好で敬遠するコがいるってのも一つの要因だと思うわよ?」
「うむ、私も最初はずいぶんと胡散臭い店だと思った」
「おじ――おにいさんは、おにいさんらしくすればいいと思うな」
「そうすれば自称だなんてきっと誰も思わないから‥‥」
「‥‥えらいハッキリ言うんやな、嬢ちゃんたち」
 好き放題に言ってくれる女性陣に対し人形師の顔は引きつり気味。しかしそれはある意味で、そのままの彼が彼女たちに受け入れられたのだということになるのではないかと、伝助はそこはかとなくあたたかい気持ちに
「できたあああああっ!!!」
 あたたかい気持ちになるまえに、大きな大きな歓声で耳をふさぐこととなった。
 周囲のお店の人やその客までもが注視する中で、月与が皆のちまよりも文字通りに頭ひとつ分大きなつくよちまを高い高いしながらくるくると回る。――先ほどの言を訂正しよう。総勢は6+2ちまである。
 月与がちまの衣装へ施すことにした細工があまりにも細かかったので、皆の完成よりも遅れ、たった今の出来上がりと相成ったわけだ。撫子の意匠を上着とスカートの裾飾りとして一針一針丁寧に、恋人への想いを込めて刺繍して、そのために桜のようなわんこのちまを作ることは断念せざるを得なかった。何しろ良い材料を使いたいからとわざわざ別口で買出しに出かけたくらいなのだ、込められている想いの強さは半端じゃない。
「‥‥大きいねぇ」
「大きいちまか‥‥」
「大ちま?」
「‥‥大もふ様みたい」
「体が大きいぶん、胸もあるんじゃないかしら」
「大きくなったのは不可抗力で、胸も多分気のせいだから!」
「大丈夫やって、ほんまに愛しとったら胸がどんな大きさでも受け入れる、それが男――がふっ!?」
 人形師の顔面に、6+2ちまの飛び蹴りが炸裂した。地面に降り立ったちま達が誇らしげに見えるのは錯覚などではないだろう。
 木箱という立派な会場もあることだし、折角だからと1ちまずつ自己紹介をしていくことになった。この場の誰もが開拓者という危険と隣り合わせの身の上、そのうえ大切な人にちまを託す人もいる。もしかしたら目の前のちまにはもう会えないかもしれない‥‥それでも誕生という大事な瞬間を共有した仲間だから、と。
「はじめまして。これからよろしくね」
 ちま達はお辞儀して挨拶を交わすのだった。