【負炎】五行参戦(?)
マスター名:言の羽
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/12 23:13



■オープニング本文

 理穴にて突如沸いたアヤカシ。それらと人との間で必然的に起きた戦乱は、いよいよ佳境へと入っていた。
 その状況はお世辞にも芳しいとは言えない。数と質とに裏打ちされたアヤカシの群れに、開拓者ギルドや石鏡・北面などからの援軍が加わったにもかかわらず、理穴軍は脅威をはねのけるには至っていない。
 しかしこのように厳しい状況だからこそ、彼ら理穴軍の善戦は周囲へ――少しずつではあったが――確実に影響を及ぼしていた。
 そしてそれは、今まで一切の動きを見せていなかった五行にまでも及んでいたのだった。

 朝廷の開拓者ギルドへ文を出した五行国王が架茂。ギルドとしては五行がようやく動いてくれるかと期待しつつも気が変わられては困ると慌てたのか、程無くして使者は跳ぶ様にやってきた。
「使者は」
「そちらに‥‥」
 大股で先を進みながらぞんざいな口調で尋ねる架茂王に、側近の男は前方の扉を指し示す。軍議を開く部屋、その入口に佇んでいた青年が一礼した。
「この度はお話に応じて頂き、至極感謝の極みで――」
「堅苦しい挨拶は抜きで良い。こちらも件の戦については興味を持っていたからな‥‥それで、要求していた情報は?」
 頭を垂れ、恭しくも形式的な挨拶を紡ぐも‥‥途中で遮り本題を促す架茂王に、ギルドから派遣された青年は、そのピリピリした雰囲気に気圧されつつも改めて口を開く。
 青年が帯びた緊張に気づかないのか、それとも気にしていないのか。架茂王は特に表情を変えるでもなく、上座の椅子に腰を下ろす。
「五行の精霊門から理穴に通じる精霊門を抜けて後、戦場へ至るまでの道程やその道中にて見受けられたアヤカシに関しての情報が、こちらになります」
 携えてきた和紙の束を組み立てる青年。机上に展開される資料。それを眺める事暫し。
「‥‥面倒だな」
 地図のある一箇所に視点を定めて架茂王はぼそりと呟いた。最短経路上に、アヤカシの群れがいることを示す印がひとつ。そこを迂回しようとすれば遠回りを余儀なくされてしまう。
「はい、ご覧の通り、道を塞がれています。しかし五行の兵であれば、この程度の小物は取るに――」
「お前の頭は空っぽか?」
 しかし青年が呟きに応じて述べた言葉へは、辛辣な返答が投げつけられた。
「‥‥まぁ、良い。言う通りなら小物のアヤカシだ。だが、だからこそ見るのも飽きたその程度のアヤカシに足を引っ張られるのは好かん」
 王の怒りを買ったかと身を震わせる青年に、かしずく側近が何事か囁いて上手く宥めたのだろう。架茂王は、親指の爪を噛みつつ溜息こそ漏らしながらも、先の辛辣な対応の真意を口にする。
「我らは式を使える故にアヤカシと対峙できる。反面、悲しい事だが振るえる力には限度がある。稀にしか見れん大アヤカシを前にしておきながら、小物とじゃれて疲弊してもな」
「は‥‥?」
「かといって迂回しては、そもそも見逃してしまうかもしれんか。‥‥そうだな、此処に固まっているという障害物を排除しろ。それが出来たなら五行は軍を動かそう。ここさえ抑えられれば他に大きな問題はないようだし、大アヤカシと対する場に行き着くまで、我が軍の疲弊を最小限に抑えることが出来るな」
 その余りにも傍若無人な物言いに思わず間抜けな声を漏らした青年ではあったが、それをやはり気にも留めず、架茂王は漸く五行軍を動かす為の条件を明示した。
 条件と呼ぶには余りにも我侭な理由だ。しかしアヤカシに関する研究に心血を注いでいる五行の国王だからこそと、理解もできなくはない。できなくはないが‥‥
「‥‥しかし、それでは」
「安心しろ。その付近までは今から兵を進軍させる。こちらでも状況は常に確認し、排除が完了すれば即座に動くことも約束しよう。それで問題はあるまい」
「はぁ‥‥」
 とはいえ時間はお世辞にも多いとは言えず。言いたいことはあれど口篭る青年だったが、相手の意を飲んで対応すると言えば、架茂王は側近に誓約書の準備を命じた。
 戸惑うのは青年のみ。話にこそ聞いていたが、目の当たりにして改めて、なんと我侭な人間であることかと実感する。
「では、吉報を待っている」
 青年のそんな考えなど知るよしもなく、架茂王は書き終えた誓約書を放っては、薄ら笑いを浮かべるのだった。


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
天雲 結月(ia1000
14歳・女・サ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
ジョン・D(ia5360
53歳・男・弓
フレイ(ia6688
24歳・女・サ


■リプレイ本文

●戦いを前に
「まったく、困った王さまだな」
 煙管から唇を離した鬼灯 仄(ia1257)が、天に煙を吐き出しながら片眉を上げた。件の狐アヤカシが出るという地点への道中である。
「まこと、架茂王もなかなかの無理難題を申される。我々の力を試されておられるのか、権力者ゆえの我儘か‥‥」
 少し前に皆で食事を済ませたばかりなのにもう腹の虫が鳴いたのか、皇 りょう(ia1673)は追加の握り飯を平らげていた。その落ち着きぶりに、今回が初めての依頼というフレイ(ia6688)はこれが熟練の在り方かと手を握り締める。といっても、警戒を緩めることはない。
 その横で対照的に怒りの炎をたぎらせているのは酒々井 統真(ia0893)。左の手のひらに右の拳を打ちつけた。
「気にくわねぇ、やる気がねぇならやる気がねぇといえばいいだろうに」
 高いところから見下ろしているつもりだろうが滑稽だと、吐き捨てて。
 見知った顔であるジョン・D(ia5360)から「統真様」と柔らかく声をかけられても、やはり一度昂ぶってしまったものはなかなか収まらないようだ。
「でも確かに、術士さん達が消耗しちゃうのは良くないね」
 人差し指をあごの辺りに添えながら、天雲 結月(ia1000)が軽く頷く。フレイも首を上下に振る。しかしすぐに、今度はその首を傾げた。
「それなのに大アヤカシを見たい、なんて‥‥よくわからないわね」
 これまで五行が動かなかったのは、損得勘定の末、天秤が損に傾いていたからだ。それが大アヤカシの登場で一気に覆された。
 強大な力を誇る大アヤカシだ、対すればどれだけの損が生じるか。であるのに、それすらもひっくり返してしまうほど、五行には大アヤカシとの戦が得であるという。研究という一点のみにおいて。
 陰陽師以外には理解できない――いや、同じ陰陽師でも理解できない時もある。滋藤 御門(ia0167)は苦笑を滲ませた。架茂王は相変わらず、自分が苦手とするお人なのだなあと。
「理由はどうあれ架茂王がやっと動いてくれたんだ、相手は大アヤカシ、五行軍には理穴まで絶対に行って貰う」
 弓を撫で、つるの張り具合を確認しながらはっきりとそう述べたのは滝月 玲(ia1409)だった。彼の思いはアヤカシの群れを倒すことのみに向けられている。他のすべてはいらぬこととばかりに。
 これに皆、気を引き締めなおしたのか。一旦全員の唇が閉じる。己の得物の位置を改めて確認し、そして。
「一国の命運を左右する仕事です。心して挑むとしましょう」
「ええ。あの方のご機嫌をこれ以上損ねぬよう‥‥」
「何の口実も立たねぇぐらい完璧に道を開いて、しっかり戦いに参加させてやらぁ」
 各々の動機を胸に、問題の箇所へと街道を進んでいった。

●立ち向かう者たち
 本当に「街道」なのかと誰もが疑問を抱いたことだろう。本来は多くの者が頻繁に通行してこそなのだが、この道は真逆。右はなんとか登れる程度の岩場、左は高い崖とくれば、大抵は遠回りを選ぶ。わざわざこの道を通るのは時間を優先する場合くらいだ。例えば飛脚。それから、軍。
「しかし軍がこのような道を通れるのであろうか」
 一番前をフレイと並んで歩んでいるりょうは、余り自由には動けないであろう道幅に、いざ戦いが始まった時の身のこなしを思索する。
「五行の軍は陰陽師が主体ですから、鎧で身を固めるサムライや志士を中心とした軍とは異なるところもあるかもしれません」
 御門が示したひとつの解に、りょうは結月に視線をくれた。結月も前衛とりょうは考えていたのだが、その結月が中衛である統真と玲の横にいるのは防具で窮屈だからなのかもしれないと考えた。
 他の皆もおおよそ同じように考えただろう。結月は腰に刀を佩いているのだから。
「どこからくるかしら‥‥?」
「――捉えた」
 不気味な静けさにフレイが呟いた時、周囲の存在に意識を集中させていた玲が敵の存在を告げた。一同が反応して足を止める。
「やはり数が多いな‥‥が、数えている暇はないか、来るぞっ!」
 矢筒から矢を引き抜く動作の間にも、玲は視線を右上方へ向けた。陽光を遮るようにして降ってくる小ぶりな影。それが何であるかを頭に理解させるよりも早く刀を抜き、受け止めたのは右側へ注意を向けて歩いていたフレイだった。影の四肢から伸びる爪は刃をものともせず、逆に足場として利用することで後方へ飛び退る。フレイに生じた隙を狙ったのか続けてもうひとつの影が飛び込んできたが、そちらはジョンが即座に放った矢が脇腹に突き刺さりその場へ落ちた。
 姿を隠せるようなものもあまりない場とはいえ、ぽつりぽつりと木は生えている。その陰にでも潜んでいたのだろう。わらわらと狐の姿をした存在が沸いてくる。動物の狐よりも尻尾がふさふさとして良い毛並みに見えるのは、やはり本数が多いゆえか。
「爪は大したことなさそうだな。まあ、問題は他にも山積みなんだがっ」
 群れの後方へ向けて放たれる仄の矢。絡まる葛や炎の纏わりついたその矢は、確かに狐の一匹に深い傷を与えた。だが、かくりと足を折ったその狐から生えていた尻尾は四本。この群れを率いているという六本ではない。
 仄が舌打ちしたのとほぼ同時だったろうか。狐の何匹かが天へ向けて啼いたのをきっかけに、それら以外が一斉に駆け出した。見据える先は勿論、開拓者一行だ。
「――姓は皇、名はおりょう! 恨みは無いが、これも戦の理。いざ尋常に勝負! 我に武神の加護やあらん!!」
 りょうが名乗りを上げれば多少の効果はあったのか、狐の群れの幾ばくかは彼女へと矛先を定める。残りは同じく前衛に立つフレイと、岩場側で待ち構える統真へ。
「来た!」
 空気を吐き出し、フレイは虎の子の技を放つ。その衝撃波はただでさえ良くない足場をめくり上げながら、狐の一匹に正面から着弾した。その余波をくらうまいと付近の狐がたたらを踏む。
 やはり敵の接近を遮ろうとした統真が選んだ手段も遠距離からの攻撃だった。掌から生み出された気が、五、六匹で固まってやってくる狐へと飛ぶも、これは黄金色の毛をかするのみ。
(「数が多いがいけるな?」)
 そう自分に問いかけ、開いていた手を握りなおす統真の左右を矢と雷撃が走り抜けていく。雷撃は御門の手によるもの、矢は――
「なんでお前が後ろにいんだよ!?」
「え、だって前衛さんが多いと思ったから‥‥」
 サムライ――本人は騎士と呼称しているが――として前に立つと思われていた結月が、弓を持って後ろに下がっていたのだ。結果、統真に爪を振り下ろさんとする狐の数が多く個々の動きに対応するどころではない。りょうとフレイにかかる負担も想定より増しており、二人を援護する仄とジョンも急速に消耗している。
「俺が前に出る! 攻撃の手を緩めないでくれ!」
 弓を放り珠刀に持ち替え、前線へと躍り出たのは玲だった。盾で己と後衛の身を護りながらも果敢に攻撃するフレイの振り下ろした棍に動きを止めていた狐へ、とどめの一撃を加える。
「一気に寄りたい、いけるだろうか」
「補助はお任せを。遠距離戦ならばそうそうひけは取りません」
 尻尾の少ない狐は放っておいても向かってくる。だが怖いのは尻尾の多い狐、精神を揺さぶる術を使うという、いまだ後方で尻尾をふさふさと揺らしているものたち。下位の狐へ指示を出しているのか、それとも高みの見物か。実際のところどうなのか不明とはいえ、術を発動されては厄介であることに変わりはない。
 守りに重点を置いていたりょうが攻撃に転じる。それもジョンの撃つ矢が敵の行動を阻害するからこそ為せる業。
 勿論、傷は負う。りょうの腕や頬に狐の爪が食い込んで肉を裂く。だがその痛みに見合うだけの成果はあった。りょうは包帯の端をくわえながら器用に己の傷口を縛り上げ、血止めを施す。そしてまた刀を振るう。
 そんな彼女を脅威とみたのか、後方の狐が尾を左右に広げた。――六本ある。
「させませんっ」
 符を掲げて御門が念ずる。詠唱態勢に入っていた六尾の周囲に小さな式が現れた。術者対術者の戦いは比較的容易に御門の勝利となり、恐らく六尾の術の対象であったろうりょうにも変化はない。
 残念ながらその六尾が群れを率いていたわけではないようだった。その証拠に、尻尾の少ない狐の勢いが削がれることはなく、また別の六尾が尻尾を広げた。
 金色の尻尾に矢の雨が降り注ぐ。
「うわっ!?」
 突如、統真が斜面に膝をついた。自分達を有利へ導く道を塞いでいる邪魔者を排除する好機と、尻尾の少ない狐が飛び跳ねた。目標着地地点は統真の頭上。
「‥‥なんてなぁっ!」
 石に足を滑らせたかのように見えたのは偽装だった。にやりと笑って、統真は降ってくる狐の顔面に拳をめり込ませた。
 その勢いのまま走り出す。結月の援護により、統真の被害は最小限で済む。
 すると開拓者達の陣形は自然と椀のようになる。なれば椀の底に狐が溜まるのも道理。底を支えるのは玲とフレイだ。攻撃に玲、防御にフレイと、装備や能力による適材適所で狐を押し返す。
「しっかし、これだけ居ると蹴散らすのも手間だな。獲らぬ狸のとは言うが、これだけ狐を倒すんなら何か褒美でも欲しいもんだ」
「20匹っていう話じゃなかったのー!? 倒しても倒しても終わらないよー」
 仄がぼやくのも仕方ない。結月の言うように、なかなか終わりが見えてこないのだから。戦闘開始直後こそ好調に狐の数を減らせていたが、それは尻尾の少ないものだったからこそ。四尾、五尾、六尾と、能力の高い狐ばかりが残るようになれば挑発にもなかなか乗ってこない。こちらが矢を撃つように、あちらも狐火を飛ばしてくる。
「少なく見積もって、という話ではありましたが、巫女もいないのにこの数は」
 薬草や包帯をもっと持参するべきだったか。かく言う御門も符による治癒の術を修めているが、消耗の激しい術であるために何度も使えるものではない。
 とはいえ、その薬草や包帯を使用するにも手間がかかる。最も傷を負うのは前衛だが、その前衛に応急処置を施すには、先ほどのりょうのように攻撃もしくは防御の手を休めてもらわなければならない。後衛の援護があるといっても、残っている狐達はそうした隙を見逃す程度のものではなかった。爪、狐火、そして精神を揺さぶる術と畳み込んでくるのだ。
「引き絞る弓は月牙の如く。奔る刃は銀狼の如く――!」
 ジョンは素早く弓をしならせる。狙いは尻尾を開いた五尾、だが残念なことに空を貫いて終わる。それでも続けざまに六尾へ撃ち込む。
「結月さんっ」
 揺らぐ意識を、己の体を傷つけることで保つ玲。張り付いてくる狐を引き剥がし、地に掴み倒し、刀を突き立て瘴気へと返しながら要求したのは、結月の咆哮。
 皆が息をのむ。この状況でひとりに攻撃を集中させたらどうなるかは容易に想像がつく。けれど玲がそれを承知で頼んだのは、彼の横でフレイの限界が近づいていたからだった。応急処置などでは対応しきれない域に達している。
 ならば、いくしかない。
 腹部に力を込め、荒れている呼吸を強引に整え。流れる血を拭ったせいで滑る手を、乱暴に着物へとこすりつけ。視線を各々の目標へと定める。狐の数はもう両手ほどもいない。
 ――雄叫び。
 びりびりと震える、身の内側に響く音。声とは形容しがたいその挙動に、残る狐の目標は結月へと一斉に変化した。
 つまり結月以外の者は自由に動けるということ。
 りょうは何体の狐を瘴気に返したかという刀に青白い光をまとわせ、薙ぐようにして、自分を通り過ぎた六尾の背中へ斬りつけた。玲はフレイの支えとなりながら後方に連れて行く。御門が薬草を準備してフレイの処置に回る。仄とジョンは防御に専念する結月の援護を。そして結月の前に立つ統真はできうる限りの強化を己にかけて、待った。最後の六尾が最も接近する時を。
「観念しやがれえええぇっ!」
 赤く染まった体からは湯気のような気が立ち上っている。手甲に覆われた拳もまたしかり。熱く滾る一撃を叩き込んだ。



 咆哮の効果が切れた途端、いまだ存在していた狐達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。統率者を失ったからであろう。結局どの六尾が群れを率いていたのかはわからないままだが、それも今となっては知る必要もない。
 架茂王から課せられていた使命は狐の全滅であった。しかし逃げた狐を追うには、開拓者達の消耗は激しすぎたのだ。無理をすれば命に関わると判断して帰路につくも、心にはもやがかかっていた。
 だが架茂王は半ば渋々ながらも軍に出撃命令を出した。残党への警戒のために進軍速度は予定よりもいささか遅くなりそうではあるものの、開拓者達は結果的に使命を果たしたと言ってよいだろう。