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■オープニング本文 私の名前は、クラーク・グライシンガー(iz0301)。 神と崇められた後は、学者としての本業が待っていた超多忙な男。 ネタばかりではなく、たまにはまともに働くんです。 「幸いにも飛行機能は失われていないようです」 ロリンコ族の神殿でオリジナルシップが発見された事は、すぐにジェレゾにまで知れ渡った。 発見されたオリジナルシップは帝国の技術者にて詳細に調査される事になっている。本当であれば教授が単独で調査したかったところだが、設備の整っている場所の方がオリジナルシップを詳細に調査する事ができる。教授は悩む事無く帝国の技術者へオリジナルシップを引き渡す事を決意した。 数日後、帝国の技術者が数名神殿へ現れてオリジナルシップを調査。 先程、オリジナルシップが飛行できる事が判明したという訳だ。 「ならば、オリジナルシップを飛行させてジェレゾへ移送するのだな。 天井は大丈夫なのかね?」 「樹木が生い茂ってよく見えませんが、この部屋は天井がありませんでした。問題ありません」 (天井がない? つまり、この部屋は作られた当初天井がなかったのか) その考えが教授の脳裏に浮かんだ瞬間、教授は先日発見した壁画へ視線を送った。 木々の上に描かれたオリジナルシップらしき楕円形の物体。 木々の横には人々が描かれ、まるで出迎えているにも見える。 (やはり、オリジナルシップは再び飛行する事を予期されていたのか。 それならば再出発の場所と呼ばれる理由も分かる。 だが、そうだとしてもオリジナルシップはこの地で作られたのか……?) 巡らせる思考。 様々な疑問が浮いては消え、瞬く間に時間が過ぎていく。 「そういえば、宝珠があったそうですが壊れてしまったそうですね」 「うむ」 技術者のその一言で、宝珠が映し出した映像が脳内で再生された。 人を襲うアヤカシ。 それ様子を見守る翼の生えた人々。 アヤカシは使役される存在? ならば、あの翼を持つ者達は――。 「まだピースが不足しているようだが……今は、このオリジナルシップをジェレゾへ運ぶ事が優先だな。のんびりと空の散歩をしながら仮説を立てるようしよう」 |
■参加者一覧
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
星芒(ib9755)
17歳・女・武
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 歴史の闇に埋もれた謎を探求し、真実を白日の下に晒す事を使命とする者たちがいる。 彼らは膨大な時間をかけ、事実積み上げながら真実を追究する。傍目から見れば変人かもしれないが、彼らの歴史に対する情熱を止める事はできない。真実を知るその日まで、歩み続けるだろう。 C・グライシンガー(iz0301)著『未開神殿と天儀に関する推察』より抜粋 ● 「これが……オリジナルシップ……」 サライ(ic1447)は、目の前にある物体に興奮を抑えきれなかった。 他の遺跡からも発掘されているオリジナルシップ。 一体、何の為に造られたのか。 移動の為なのか、それとも兵器として開発されたのか。その答えは未だに分からない。それでもサライは過去から現代へ伝えられた歴史の浪漫を感じずには居られなかった。 「ジルベリア国内に、かような場所が残されていたとは驚きでござる。今回の一件も、既にアカデミーは注目しているでござろう」 サライの背後から声をかけたのは、霧雁(ib6739)。 ジルベリア帝国アカデミー名誉会員にして、サライのシノビの師匠でもある。 「やはりアカデミーも注目しているのですね」 「左様。船自体は各地で発見されているが、研究対象として未だに魅力を放つ遺物。学術的興味を抱く者は少なくないでござる」 霧雁の指摘通り、この部屋にはジルベリア帝国アカデミーから派遣された技術者が慌ただしく動き回っていた。 オリジナルシップは詳細な調査を行う必要がある事から、発見された時点でしかるべき場所へ移送される事になっている。今回もジルベリア帝国アカデミーへ移送して調査する手筈となっている。 だが、研究対象となり得る物はオリジナルシップ以外にも存在していた。 「ねぇ、ぶりーふ。この壁はなんて書いてあるの? えらーいがくしゃなんだから、わかるよね?」 壁に描かれた文字を指差すエルレーン(ib7455)は、教授を大声で呼び付けた。 「ふむ、どれどれ。 ……この地より再び歩み……。うーむ、文字が風化している為に解読が難しいな」 「ふーん」 必死に解読していた教授に対してエルレーンの態度は素っ気ない。 学者のクセに解読できないパターンが発生。役立たずと罵りながら尻に数発ケリ叩き込んでやろうと思ったが、不発に終わって意気消沈したようだ。 「ふーん、とはなんだ! 我々が今この場所に居る事が学者としてどれだけ重要なのか理解しているのかね! ここは他の遺跡と異なり、ほとんど盗掘の被害がない奇跡的な遺跡なのだ。先人達が何を考え、何を為そうとしていたのか。それを知る手がかりがここに詰まっているのだ」 エルレーンに口を尖らせて叫ぶ教授。 いつもと違う雰囲気の教授に、やや不満を抱いていたのだ。 普段は使えないお荷物野郎なのに、今や偉い学者先生。 何か、納得がいかない。 「……えいっ!」 「ぐはっ!」 唐突にエルレーンは教授の尻へケリを放った。 部屋に乾いた音が鳴り響き、教授の悲鳴が後から木霊する。 「何をするのかね!」 「いや、ケリを入れれば解読できるかなーって思ったんだけど、やっぱりダメ?」 「む? ……残念ながら、ケリを受けても何も変わらん……つーか、今回は真面目な考察をしなければならないのだ! いつも通りのコメディ一発キャラでは……」 「教授」 教授の口から不明瞭な発言な発言が漏れ出そうとした瞬間、星芒(ib9755)が呼び止めた。 見れば星芒は六尺棍の先に提灯を荒縄で縛り、部屋の天井を照らして観察していたようだ。 「なにかね?」 「天井に何かしら紋様や文字が描かれていないか調べていたんだけど……」 星芒は、天輪宗本山・不動寺の旧院として知られる八咫烏について造詣が深い。今回の遺跡で背中に羽を持つ人間の存在を示唆する存在が発見されたと聞きつけて調査へ訪れたのだ。 「天井には何も書かれていないんだ。八咫烏だと天井にヒントの紋様が描いてあったんだよ」 星芒は、羽根で空を飛べる者がこの神殿を作ったのであれば、天井などの高い場所に何かが描かれてもおかしくはない。そう考えたようだ。 「もしかして、ここは八咫烏とは無関係なのかなぁ」 ぽつりと呟く星芒。 それに対して教授は、教え子へ向けたように考えを述べる。 「星芒君。このような場合は視点を変えるんだ」 「視点?」 「つまり、彼等は『描かなかった』のではなく、『描けなかった』としたら……ですよね。教授」 二人のやり取りを見ていたサライが教授の代わりに答えた。 星芒との談義に思わず参加したくなったようだ。 「そうだ。そして、そこから導き出される可能性を推察するんだ。 まず、星芒君。そこの壁を観察したかね?」 教授が指差すのは、先日発見された壁画だ。 宙に浮くオリジナルシップ。 その下には木々。 そして、手を挙げる人々。中には羽根を持つ人間もいる。 「ええ。これも八咫烏の関与を示す証拠と考えています」 「そうだ。壁画を見たものに伝えるメッセージ性を保持しているという事だ。次にサライ君。この神殿が『再出発の地』と呼ばれている事は知っているかね?」 「はい。僕は天井の穴からオリジナルシップが出入りする事を想定していたと考えてます」 サライは自らが考察した推論を付け加えた。 教授の満足そうな笑みを見る限り、教授もまた同意見のようだ。 「なるほど。だが、あのオリジナルシップが天井の穴を無傷で通り抜けられるかね?」 「穴の大きさとしては十分です。 ただ……」 「ただ?」 サライの言葉を、教授は敢えて繰り返した。明らかに教授はその後の言葉を期待していた。その事は、サライに向けられる教授の熱い視線からも感じられる。 「操縦者が未熟であれば、保証はありません。材質上、オリジナルシップは破損しませんが、天井及び壁に何らかの破損が高確率で生じます」 「うむ! 実に見事な考察だ」 サライの回答に教授は満足そうだ。 オリジナルシップを最初に操縦した者には十分の操縦スキルがあったと考えられる。しかし、『再出発』する日がいつなのか確定できない場合、操縦スキルが他者へ一切の情報欠落なしで伝達できるかは懐疑的だ。事実、神殿に関する情報はロリンコ族ですら失っている。 「つまり、破損の恐れがある天井に敢えて描けなかった……というのが教授の見解ね」 ここまでの話で、星芒は教授が言わんとする内容を察した。 壁に何かを書き残すには、理由がある。それが魔除けであれ、弔った友への言葉であれ、メッセージが込められている。そのメッセージが届く前に壊れては意味がない。 「私は八咫烏が関与していないと断定するのは早いと考えているだけだ。 まあ、その後の議論は空で行うとしよう」 今まで見たこともない教授の教授らしい側面。 今までは足を引っ張るお荷物でしかなかったが、得意の分野へ持ち込めば有能さ発揮する。不器用で鈍臭いがこのような場合には有能だ。 「……だ、だれなの? あの人……」 教授を別人にしか思えないエルレーンであった。 ● 乾いた音を立てながら、木々の根をへし折るオリジナルシップ。 『母のゆりかご』から浮かび上がったそれは、重力の呪縛から解き放たれる。 自由に空を飛び回る鳥のように、空高く舞い上がる。気付けば密林の木々よりもずっと高い場所まで到達する。 「うわー! ほんとうに浮いているよ!」 エルレーンは、興奮していた。 今まで見たことのない光景は、この船の存在を否応無しに実感させる。まさか、こんな謎の物体が空を飛ぶとは思えなかったのだ。 しかし、眼前に広がる光景は紛れもない現実である。 おむすびを食べながら、何処までも広がる青空を見てのんびり過ごす。 「ぶりーふ、これ空を飛んでるよ!」 「そうだ。我々は過去の賢人が築いた叡智をその身で実感しているのだ」 苦労して神殿まで赴いたが、帰りはその数十倍の早さでジェレゾへ帰還。 やや寂しさも感じられる。 「さて、諸君。ここで推論を交えて講義を始めよう。おそらく、今後の活動で役に立つはずだ。 今日はジルベリア帝国アカデミーから名誉会員の霧雁君が参加してくれる事になった」 「自由なる議論を期待するでござる。 ささ、珈琲とワッフルも堪能あれでござる」 霧雁は、用意していた珈琲とワッフルを参加者に勧めた。 先程、エルレーンが食していたおむすびも霧雁が持ち込んだものだ。 「ふむ、ありがたくいただこう。 ――では、最初に星芒君。君の意見を聞かせてもらおう。君は神殿で発見された物をどう考える?」 「神殿で宝殊が見せた画なんだけど、八咫烏には、その昔ケモノもアヤカシも訪れていたって話があるの。 あの画が現実なら八咫烏と似た状況が神殿でもあったんじゃないかしら? 案外、この船も八咫烏と同じところから来たって事は考えられない?」 星芒の脳裏には八咫烏の出来事が思い浮かんでいた。 背に翼を持った少女型の精霊は、天輪宗の僧・天祥(iz0276)を天儀へ共に来た精霊に近しき者の末裔と称した。今の不動寺が『新しきは我らが生に倣いて建つべし』と建てられたとすれば、八咫烏は何者の生に倣ったのかは想像できる。 「あの画に登場した翼を持つ者が八咫烏に関わった者と同じ立場の者かは断言できないが、可能性は高いと見るべきだな。 して、その者は何処から来たと考えているのかね?」 「あたしは天儀の外、正確には下から来たんじゃないかと思う。上に行っても何もないし……」 「拙者も同意見でござる」 星芒の意見に耳を傾けていた霧雁は、手にしていた珈琲を置いた。 「拙者、儀というものは太古の昔、古代人によって創造されたと考えているでござる」 霧雁の仮説は、こうだ。 古代人が住んでいた儀の下の世界が、戦争等何らかの理由で荒廃。 人が住むに適さなくなった事を受けた古代人は、超技術で上空に大地を浮遊させてそこへ移り住んだのではないか。 「拙者が以前依頼で儀の様子を長期間観察していたと思しき遺物が発見されましてな」 「ほう、そのような物が! さすがは名誉会員殿、素晴らしい!」 教授が手放しで褒め称える一方、霧雁がドヤ顔で実績をアピールしている。 サライが何故かじっとした目で見つめているのは気のせいだろうか。 「人工物であったからこそ、古代人はその経過を観察する必要があったと思うのでござる」 「では、このオリジナルシップは何の為に必要だったのでしょう?」 新たなる話題を提案するサライ。 この講義が始まる前、このオリジナルシップについて技術者について質問をぶつけていた。 この船に武装はあるのか。 動力の仕組みは飛行船と同じなのか。 最大速度はどのぐらいか。 しかし、サライにもたらされた答えは謎に満ちていた。 武装らしき装備も無ければ、隠し部屋のような存在もなし。 動力は飛行船と異なっているものの、速度は人間が走るよりもちょっと早い程度。 少なくとも戦闘で用いられたとは考えにくい。 「それも重要な論点だな。サライ君はどのように考えているのかね?」 あくまでも素人の考えですが、と断りを入れながらサライは教授の問いに答える。 「僕も古代人や精霊なのかは分かりませんが、何者かがオリジナルシップに乗って天儀へやってきたと考えています。 そして、その者達は神殿で流れたとされる画――あのアヤカシに襲われていた人々ではないでしょうか」 「なるほど。つまり、この船の主は何処かから何らかの理由で逃れてきた者達だと言うのだな?」 教授の問いにサライは大きく頷いた。 「彼らはこの地に訪れて新たな生活を始めた。 謂わば、あの神殿が新たなる生活を営む第一歩の場所。さらにもし、彼らが故郷へ戻る事を夢見ていたとすれば――あの神殿こそ『再出発の地』という訳です」 サライの一説は、霧雁や星芒とは角度を変えた意見だった。 しかし、その答えは大きく異なる訳では無い。 いずれの説も儀の外からオリジナルシップに乗ってやってきた存在を示唆している。 「各人の意見は実に興味深い。その上で他地域で発見された遺物の存在に矛盾を起こしている訳では無い。現段階ではまだ証拠が少ない事から立証は難しいが、納得しうる説だろうな」 「で、教授の方はどういう意見なのよ?」 星芒は、教授の方を見据えた。 教授はその言葉を待っていたかのように手帳をパラパラと捲り始める。 「私はアヤカシ生態学を主軸に研究しているのでな。そこから推論を開始させてもらう。 諸君が注目した神殿の画だが、アヤカシが人を襲っている。そして、アヤカシの背後には別の人間。中には翼を持った者がいたが――客観的に見て翼を持った人間か人型のアヤカシが他のアヤカシを使って人間を襲撃していたと考えられる。 そう仮定した場合、アヤカシは何らかの存在から産み出された存在という可能性がある」 以前、教授は魔の森の霧を一個の生命体と考えていたのだが、今回の映像でアヤカシを産みだした存在がいると考えたようだ。 「つまり、アヤカシは八咫烏が産み出したの?」 「それは断言できない。ただ、人間を攻撃していた存在の一つが八咫烏かもしれない。すべての人間に翼が無かったのだからな。 そして、こうも考えられる……」 そう言った教授は、一呼吸を置いた後――静かに言葉を吐き出した。 「仮に古代人と星芒の言う精霊が同一、もしくは同系統の存在だとすれば……我々人間は過去の過ちを引き摺って生き続けているのかもしれん」 ● 数時間後。 オリジナルシップは間もなくジェレゾへと到着しようとしていた。 「ねぇ、ぶりーふ」 ふいにエルレーンが教授へ話掛けた。 「なにかね?」 「帝国はこのふねをどうするのかな? ほんとに研究だけに使うの?」 エルレーンは帝国がこの船を接収する事に懐疑的だった。 この船を戦争へ転用するのでは? いや、アヤカシと戦う為に使うのならばいい。 これを人間同士の戦いへ転用したりするのでは。 自分が発見した船が誰かを傷つける。 そう思うとエルレーンは眠れなくなっていた。 「……やはり、エルレーン君は素晴らしい。さすが私の弟子だ」 「弟子じゃないってば」 「過去に目を向ける学者をやっていると、どうも現在が疎かになりがちだ。悪い癖だな」 「……」 「エルレーン君の問いに関する答えを、私は持ち合わせていない」 「なーんだ。役立たずなぶりーふだな」 「役立たずとは酷いな。 だが、その問いは私が知っていても教える訳にはいかん。その問いは今を生きる者が皆で決めなければならんのだ」 世が世であれば、この船は他国の人間を滅ぼす事を目的として戦時転用されても不思議ではない。 兵士を輸送する事も、空から攻撃する事も可能だ。 それはエルレーンにとって心苦しい未来でもある。 「願わくば、私は過去の賢人達を踏みにじるような使い方をせぬよう最大限の努力をせねばならない。それが今を生きる者の義務だ」 |