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■オープニング本文 私の名前は、クラーク・グライシンガー(iz0301)。 愛と勇気だけが友達の学者兼冒険家。 顔面を分け与える事はできなくても、頭の中の知識はいっぱい分けられるもん! ……分け与える相手がいないけど。 「カレーが食べたいっ!」 これが開口一番、教授の言葉であった。 あまりにも唐突過ぎる一言に、ガトームソンも呆気に取られる。 「……好きに食べたらいいんじゃないですかい?」 「なんだね、その態度は。 今の私は通常時のカレー食べたい度より数倍に匹敵。 月を見れば大猿に変身してしまうかもしれない程、カレーが食べたいのだ」 「意味が分からねぇんですが……。 それより、この部屋をちっとは掃除したらどうですかい?」 ガトームソンは周囲を見回した。 埃だらけの部屋は、以前よりもさらに書籍が増えている。 最近、開拓者に依頼してフィールドワークの回数を増やしているからなのか、知識欲も倍増。新しいアヤカシの情報を得る為、せっせと書籍を読み進める。 「うむ、ここもそろそろ手狭になってきたな。 書籍専用の部屋を準備せねばなるまいな」 「書籍専用って、図書館でも開設するつもりですかい? ……あ、図書館っていやぁ奇妙な話がありましてね」 「ほう、それはアヤカシに関する事かね?」 教授は手にしていた本を閉じて、机の上へ放り投げた。 ガトームソンは教授の反応を確かめながら、ゆっくりと語り出す。 ● 教授の家から数十キロ北上した場所に位置する大きな都市に、今は誰も使っていない図書館がある。 過去からの知識を蓄える為に建設された図書館には様々な蔵書があり、希に閲覧を希望する者も存在したのだが、いつの日から閲覧を希望する者がぱったりと途絶えてしまった。 ――図書館へ行った者は、皆揃ったように答える。 「本が襲ってくる」 それは何を意味しているのか。 塔のように高く積まれた本が、閲覧者に倒れ込んできたのか。 知識の海である図書館で、溺れ沈んで行ってしまったのか。 それは誰にも分からない。 ただ、はっきりしている事がある。 図書館へ足を踏み入れた者は、総じて図書館から逃げ出している。 そして、書籍に一切触れず、毛布を被って怯え続けているのだ。 あの図書館は、呪われている。 その噂が流れてから、図書館は管理する者も不在となってしまい、朽ちていく事を待つばかり……。 ● 「何という事だ。それは大きな問題だぞ」 教授は、体を震わせた。 学者として知識が失われていく事に我慢ならなかったようだ。 だが、ガトームソンにとってそれも計算のうちだったのかもしれない。 「でしょう? このままだとこの図書館に貯えられた知識もなくなっちまうかもしれませんねぇ」 「それはいかん! 過去からの遺産を、我が世代で無に帰する事は許されん!」 「ちょうど、この図書館の調査員を募集してましてね。教授にどうかと思ったんですが……どうです?」 「うむ。知識を探求する者として調査せねばなるまい。 いつものように開拓者諸君に向けて同行を打診しよう」 教授は二つ返事で快諾。 珍しく学者としての義務を果たそうとはりきっているようだ。 格好良い自分に酔いしれて失敗しなければ良いのだが……。 「そして、調査が終わったらカレーを食べるのだ」 「はい? 図書館調査とカレーに何の関係が?」 頭に疑問符を浮かべるガトームソン。 まったく関連のない二つが唐突に出てきたのだから当然だ。 その問いに対して教授は自信を持って答える。 「それは、私が食べたいからだ!」 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
水月(ia2566)
10歳・女・吟
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
ナキ=シャラーラ(ib7034)
10歳・女・吟
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
庵治 秀影(ic0738)
27歳・男・サ |
■リプレイ本文 私は、C・グライシンガー(iz0301)。 今回は開拓者諸君と共にある街の図書館を訪れた。 図書館という表現は語弊があるな。正確には、図書館であった場所だ。 「…………予想通りですの」 図書館へ入った水月(ia2566)は、小鳥型の夜光虫で周囲を照らし出す。 この場所は訪れた者が皆怯えて逃げ出すという異常事態に見舞われていた。本は過去の知識を集めた物、言い換えれば読む者が居らねば知識を伝える事ができない。それは本にとってもっとも屈辱的な事だ。 だからこそ、教授は図書館だった場所に秘められた謎の究明に乗り出したのだ。 「光源とはありがたい。窓も閉め切られているため、灯りがまったく無くては話にならんからな」 「………………」 教授が水月へ近づいた途端、水月は驚いたような顔を見せて距離を取ってしまった。 (ほう。どうやら、私は彼女にとって意中の男性のようだ。ここで無理は禁物。紳士としてダンディに振る舞わなければ) 都合の良い妄想を抱く教授。水月は幽霊みたいでキショいと思っていたのだが、当の本人はまったく気付いていない。 「としょかんかあ……だいじな本があるんだろうし、むちゃはできないね」 エルレーン(ib7455)が面倒臭そうに呟いた。 エルレーンに対しても教授は勝手な妄想を抱いているようだ。 (そういえばエルレーン君は、私のフィールワークにいつも同行してくれるな。だが、何故か私の尻を蹴ってくるのだ? ……もしかして、私の尻は私が気付いていないだけで神秘の謎を秘めており、エルレーンはそれに気付いているのではないか? たとえば私の尻が異界の門となっており、蹴り等の衝撃で異界の門が開く仕掛けでは? そして、中から絶望という名のアヤカシが……) 「ちょっと、何ぶつぶつ言っているの? キショいんですの」 「ああ、これは失礼。気にせず探索を始めてくれたまえ」 どう妄想すればそんな展開になるのか。それは常人には計り知れない。 (ここで異界の門が開いては開拓者諸君に迷惑がかかる。 私の括約筋よ、今しばらく持ってくれ。家に帰ってからじっくり調査してやるからな) ……馬鹿は放っておこう。 「確かにこりゃぁ……でっかい書庫だね。珍しい本ばっかりだし。 水月ちゃん、手分けして通路を照らすよ」 陰陽寮生にして学者の娘であるモユラ(ib1999)は、水月と打ち合わせしながら探索ルートを決めている。 この図書館へ足を踏み入れた途端、埃も気にせず本の山に目を輝かせるモユラ。ここにある本の価値に気付いているのだ。知識は吸収するだけではなく、それを後世に引き継いでこそ価値がある。きっとモユラもその事に気付いているのだろう。 「……で、あんたはそこで何やっているんだ?」 庵治 秀影(ic0738)が教授に話し掛けてきた。 教授は他の開拓者をチラチラと見ながら、『奇行種の発生と生態研究』と書かれた本を読み始めたところだった。 「あ、探索は君達開拓者に任せ、私はここで思う存分知識欲を見たそうと思ってな」 「ダメだ。お前一人だけサボろうなんて許されるはずがねぇだろ」 そう言い放った秀影は、教授の手から本を奪い取りカンテラを押しつける。 こんな教授でも秀影は戦力として当てにしているようだ。広い図書館を手分けして探索するのであれば無駄にはならないだろうが……。 「あんたが噂のブリーフ博士かい。ま、よろしく頼むぜ!」 次に教授へ声をかけてきたのは、ナキ=シャラーラ(ib7034)。 カンテラを片手に荒っぽい口調のナキは、開口一番教授に渾名を付けてきた。 「なにかね、そのブリーフ博士というのは?」 「なにって……そういう噂があるんだよ」 教授にとって、これは聞き捨てならない。 (博士はともかく、ブリーフとはどういう事だ。 これではブリーフに対する知識に特化した変態博士ではないか! 少なくとも今は一張羅の探検服なのだ。すぐさま抗議せねば!) 「ブリーフ博士とはどういう事かね! アヤカシ博士への変更を強く要望する!」 「さて! さっさと探索やってカレーパーティを始めようぜ!」 教授の抗議をあっさり無視したナキは、カンテラを前に突き出して歩き始めた。 ● 図書館は石造り三階建て。埃まみれで灯りは持ち込んだ照明器具のみ。 開拓者達は各々光源を用意しつつ、フロア毎に開拓者と手分けして探索を開始した。 「さーて、ガクジュツテキシリョーの保護って奴に、一肌脱がせていただきますか!」 やる気を見せるモユラは、夜光虫で周囲を明るく照らし出す。 水月と共に夜光虫を発動させ、図書館の内部を昼間のように光で包む。 「……教授。これなら本を思う存分読めそうだ、なんて思っているんじゃないでしょうね?」 気付けばモユラが教授へ冷たい視線を送っている。 「そ、そんな事はないぞ。私はちゃんと探索に協力している」 「本当に? あたいだってここの本をいろいと読みたいのを我慢しているんだから。 一応、教授の為に探索の注意事項をもう一回確認しておくわね」 今回の探索において重要な情報は逃げ出した者が言い残した『本が襲ってくる』という言葉だ。ここからアヤカシの仕業である事が予想できるものの、大きな問題が出てくる。 仮にアヤカシが本を操って襲わせていた場合、本自体はアヤカシではない。つまり、本と遭遇しても敵の正体を見定めるまでは攻撃してはいけないのだ。 「これが水月ちゃんとナキちゃんが考えてくれた注意事項だから、よろしくね」 モユラは注意事項を発案した二人の名前を付け加えた。 「えー、面倒くさいなぁ。襲ってきたなら、ズバッと叩き斬ればいいじゃん」 エルレーンが、ブツブツとぼやいている。 そんな一言を耳にした教授が、珍しくエルレーンに注意する。 「エルレーン君。それはいかん。本は知識の集合体にして、後世へ知識を伝える大切な使命を帯びている。君が本を手荒に扱えば本自体だけではなく、中の知識も手荒に……」 「うるさいなぁ。とにかく、この階を調べればいいんだよね?」 教授の注意を聞き流すように、エルレーンは一階の探索を始めた。 普段があまりにも酷い教授が偉そうな事を言っても説得力は皆無である。まさに自業自得。しかし、馬鹿はその事に気付かない。 「こら! まったく、最近の若い者はすぐに逃げ出したがる。これじゃ、立派な学者にはなれないぞ」 「おい、ブリーフ博士。あたし達も行こうぜ」 「な!? 誰がブリーフ博士だ! ……まあ、ご指名とあれば悪い気はしないな。よろしい、私の後について来るといい」 煽てられ、堂々とフロアを歩き始める教授。 開拓者にいいところを見せようと調子に乗っているようだが、こういう時に限ってこいつはロクな事が起こらない。 「ふむ、どうやら特に異変は……」 「危ないっ!」 ナキが背後で叫んだ。 「え?」 振り返る教授。 そこには、本棚が眼前にまで近づいていた。何らかの原因で本棚が教授に向かって倒れ込んできたようだ。 「ぎゃふぅ!」 「ブリーフ博士、無事か!?」 折り重なった本棚から教授を救出するナキ。 奇跡的に傷らしい傷を負っていない。 「ふぅ。やはり、本能的に危機を察知して安全な体勢を取っていたに違いない。さすが、私。しかし、何故本棚が急に倒れてきたのだ? トラップの気配はなかったのだが……」 教授のその疑問に対して、秀影が明快な回答を示してくれた。 「二人とも気を付けろ。お待ちかねのお出迎えだ」 太刀「鬼神大王」に手をかける秀影。その視線の先には空を飛ぶ数冊の本があった。 姿形は本そのものだが、中身は文字が書かれている気配はない。何せ、牙と長い舌が見え隠れしているのだから。 「くっくっく、良いぜ。受けて立とうじゃねぇか!」 「あなた、さっきのちゅういじこう……覚えてる? まずは様子をみないと」 エルレーンも黒鳥剣を鞘から抜き放った。 秀影もエルレーンの腕なら本を剣で斬る事は容易いだろう。だが、それでは本に憑依するタイプのアヤカシであれば本を破壊する事に繋がる。 「おお! 開拓者諸君、早速、私に調べさせてくれ! 一体仕留めてくれれば、私が敵の正体を突き止めよう」 恐怖よりも好奇心の方が勝った教授が声を上げる。 アヤカシの生態を調べるのであれば、教授が最も適している。今まで続けた研究が役に立つはずだ。こいつ、役に立つのは初めてじゃないか……? 「簡単に言ってくれちゃって!」 飛来する本をきりんぐ★べあーで払いのけるモユラ。 本も馬鹿ではない。攻撃を仕掛けようとしている者を見守るはずはない。編隊を組みながら噛みつこうと開拓者へ襲いかかる。 「浄炎」 モユラへ襲い掛かろうとした本に向けて、水月の浄炎が炸裂する。 清浄なる炎が本を包み、本を炎上させる。 「おいっ、本を燃やしちまって大丈夫なのかよ!」 秀影が本を撃退しながら叫ぶ。 それに対し、教授は神妙な面持ちで落下した本を見つめている。 「……いや、これは問題ないな。この本は憑依型じゃない。 言ってみれば擬態型だな。本に擬態して近づいた人間を襲うタイプだ」 黒焦げとなった表紙をそっと触る教授。 数秒後には元の瘴気へと戻り、その場に本があったことすら分からなくなる。 「え? つまりどういうことですの?」 教授の解説をいまいち理解できていないエルレーン。 「つまり、普通に攻撃してもOKな相手って事っ!」 気合いを入れるかのように叫ぶモユラは、砕魂符を放った。 魂に直接のダメージを受けた本達は次々と床へ落下していく。 「新手……来る」 水月は瘴索結界を発動して、上のフロアから飛来する物体を感知していた。 しかし、破壊して良いと分かった以上、開拓者に遠慮は必要ない。 「刀で切れるなら俺の出番だな。図書館の謎も庵治秀影が成敗だっ! てなぁ」 本が飛来しても鬼腕を発動しながら素手で払いのけていた秀影だったが、鬼神大王を鞘から抜き放つ。 空から攻撃を仕掛ける本に対して、見事な剣撃を叩き込んでいく。 「さすが開拓者諸君! 実に見事な攻撃……」 「ちょいさっ!」 突如、教授のケツに強い衝撃が生まれる。 力の方向を受け、前に突き押される教授。 「……あ、悪ぃ。ちょっと、間違えちまった」 どうやら本を脚絆「瞬風」で蹴り上げようとしたナキが誤って教授の尻を強打してしまったようだ。舌を出して誤射を認めるナキだったが、ややわざとしてしまった節も感じられる。 「何をするんだ! 私の尻を攻撃して異界と繋がったらどうするつもりだ。間違えたでは済まないのだぞ」 「え? 異界?」 ナキは、教授の意味不明な発言に首を傾げる。 それをよそに腰を押さえてゆっくり立ち上がろうとする教授。 ――そこへ。 「そこだっ!」 エルレーンの紅焔桜が炸裂する。 しかし、エルレーンが放った一撃は本を捉える事はできなかった。代わりに捉えたのは、教授の一張羅。縦に引き裂かれた服は、重力に従ってずり下がる。 「おおっ! 私の一張羅が!」 無残に引き裂かれた服。その後にはブリーフ一枚となった教授がそこに居た。 「エルレーン君、私はアヤカシじゃないぞ」 「いやー、ごめんごめん。 だって、すいかっぽいニオイもするし、なんかキモいし……」 既に教授を狙った事すら隠す気のないエルレーン。 夜光虫の光に照らし出される白すぎる肌が、敵であるアヤカシ以上に不気味さを感じさせる。 それを見た水月は、一歩下がって呟いた。 「……やっぱり、気持ち悪い」 ● 「かれー? なに?」 開拓者により本型のアヤカシを撃退する事ができた。 そこで予定通りカレーパーティが開催される運びとなったのだが、エルレーンはカレーという存在に出会った事がなかった。 「カレーとは肉や野菜を十数種のスパイスで煮込んだ郷土料理じゃな。 今日は是非堪能するといい」 ブリーフ一枚の教授は、用意していたフライパンでチャパティを焼き続けている。 本日のカレーパーティはライス以外にも数種のパンを準備しているようだ。 「こいつはなんだ?」 秀影は酒を片手にナキが調理している物へ興味を示した。 ナキの前には金網で焼かれる鶏肉がある。 「こいつはナキ流タンドリーチキン。鶏肉を香辛料で漬け込んで焼いたチキンだ。ちょっとピリ辛だが、ツマミとしては最適だぜ。タンドリーで焼いてないんだけど、名前は気にするな」 「ほう、どれどれ。 ……なるほど、こいつぁ純米酒よりも別な酒の方が合っているかもしれんな。だが、悪くはねぇ」 鶏肉を食べた後、手にしていたぐい飲みを一気に飲み干す秀影。 「さぁ、出来たぞ。今日は骨付きチキン入りのチキンカレーだ。 チャパティを一口大に千切って食べるといい」 教授は開拓者へカレーを振る舞った。 恐る恐る受け取るエルレーン。 「教授から受け取るカレー……ちょっと怖いんだけど。 それっ!」 意を決して口へ放り込む。 スパイスの味と香りが口の中で広がっていく。 「うーん、なんか辛いばかりでよく分からない」 「はっはっは。辛さの中に旨味が絡み合うはずだ。 カレー初めてでは、それが分からないのだろう。……どれ」 教授も自ら作ったカレーを口にする。 あれだけ食べたがっていたカレーだ。教授も満足するかと思っていたが、その顔は神妙な面持ちだ。 「これは……カルダモン、コリアンダー……その他にも数種類のスパイスを入れ忘れている。そういえば、この間食べたカレーの際にスパイスを切らしていたんだった。 しまった! 私とした事が!」 どうやらカレーに入れるべきスパイスを数種類入れ忘れてしまったらしい。 自らカレーパーティを主催しておきながら、カレーのスパイスを入れ忘れるという失態。 今更教授の失態は何度も見ているが、こればかりはかなり恥ずかしい。 体を震わせる教授は、開拓者へ向き直って大声で叫ぶ。 「開拓者諸君、すまん! このパーティを仕切り直させてくれ! 近いうち、スパイスを揃えて完全体となったカレーを振る舞って見せる!」 |