教授を探せっ
マスター名:近藤豊
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/16 22:56



■オープニング本文

 私の名前は、クラーク・グライシンガー(iz0301)。
 民俗学、社会学、生物学にも精通する学者兼冒険家である。
 智の魅力に囚われ、日々探求し続ける運命にある。
 気軽に『教授』と呼んでくれて構わない。
 
 今回、私はジルベリア帝国内の森へと赴いた。
 最近、一風変わったアヤカシが登場したという噂を聞きつけた為だ。
 そのアヤカシは猿型であり、知性も普通の猿と相違ない。しかし、危険が迫れば卓越した防御力と自慢の怪力で敵を撃退するという。
 猿の知能しか持たないアヤカシが、その術を自然発生的に取得したのか。
 はたまた、何者かが新たに産み出した新種のアヤカシなのだろうか。

 私の学術的興味は、私を森へと駆り立てた――。


「ぶえっくしょいっ!」
 ブリーフ一枚で火を起こそうと必死になっている教授。
 森の奥地で足を滑らせ、川へ転落。急流を数キロ流され、岸に辿り着いた時には持参した物品はすべて流されていた。所持しているのは身につけている服とトレードマークの中折れ帽だけである。
 濡れた服を着ていては体温は低下し続けてしまう。
 早々に火を起こすべく準備を始めるのだが……。
「おかしい。かつて古代の人々は木の棒と木片を擦り合わせ、その摩擦熱を使って火を起こしていたはずなのだが……既に数時間経過しても大きな火を起こすことができん。
 何故だ?」
 濡れた服を脱ぎ捨て、ブリーフ一枚の教授。
 棒を何度も回転させて火を起こそうとするが、小さな火種をどうしても大きくする事ができない。
 ――実は教授、サバイバルの知識は持っている。同時に致命的な不器用さも兼ね備えている為、サバイバル技術を生かし切る事ができない。宝の持ち腐れを通り越して、既に質へ流れている事に本人も気付いていない。
 ちなみに、この時点で人里がある方向すら見失っている。
「もう少しなのだ! もう少しで火種を大きくできるのだ!
 何か火を付くものさえあれば……」
 ふと教授の目に飛び込んできたのは、乾かす予定の服。
 既に一部は乾き始めており、火を付ければ簡単に燃えてくれそうだ。
「……多少の犠牲は致し方ない。許せ、我が友よ」
 教授は、自らの衣服を火種とすべく手繰り寄せた。


 諸事情により衣服を失った私は、森の中を彷徨っていた。
 ここが魔の森付近であればかなり危険な状況なのだが、幸いここは普通の森。アヤカシの出現率は高くない。目的のアヤカシを見つけるまで、私のサバイバル技術で生き延びる事ができるだろう。
 私のサバイバル技術を見せつけるには、絶好の機会――ポジティブ思考へ切り替える為にそういう事にしておこう。

 だが、油断してはならない。
 ここが魔の森でなくとも、命を落とす危険は十分にある。
 準備を怠れば、この森は私の命を簡単に奪っていく。
 目的のアヤカシと出会う機会を逃してはならない。
 学問とは忍耐力を必要とするものだ。
 
 そう――決して、遭難した訳ではない。
 帰ろうと思えば、いつでも帰る事ができる。
 だが、目的のアヤカシを見たいという欲求が、それを許してくれないのだ。
 いつだって、帰れるんだ……帰れるんだ……。
 大切な事だから二回言ってみた。


「……う、うっ……。腹が減った……」
 教授は、木の上でぐったりとしていた。
 ブリーフ一丁、さらにブーツと靴下のみという姿は、ジェレゾ辺りなら三秒で捕縛されても仕方ない。
 それもそのはず、寝不足と空腹による危機の波状攻撃に晒されているのだから。
 正直、地上に降りたナマケモノよりも動きが鈍い。
「捕まえようとしたウサギには悉く逃げられ……木を組んで作り上げた仮設住居も毛虫に驚いて崩壊。サバイバルに長けたこの私も、これはさすがに危機的状況だ」
 生来の不器用さに加えて、軽い潔癖症も併せ持つ教授。
 彼は自らの驚きで崩壊させてしまった家の再建を諦め、木の上で眠っていたようだ。
 不器用な教授が木の上で眠れる訳もなく、体中に痛みが走る。
「かつて人々が木の上で生活していた事を考え、木の上で寝泊まりしてみたが……やはりやるものではないな。これでは身が持たん」
 これでサバイバルのベテランみたいな顔をしているのだから、詐欺師もびっくりだ。
 見かけ倒しとがっかりの隠し子と呼ばれる教授だが、それを知らぬは本人だけ。街では『純度100%混じりっ気のない変態の中の変態』と奥様達の間で囁かれている。
「さて、今日の朝食を探すとするか。食べられる虫を発見しても口にする勇気が湧かなかった事から、食べやすい木の実があると良いのだが……」
 教授は、木の上でゆっくりと立ち上がる。
 次の瞬間、足を滑らせて教授は宙を舞う。
「な、なんじゃと!?」
 垂直自由落下する教授は、一秒後に地面へ激突。
 尻と地面が強制合体。

 ……超気持ちいぃぃ!!!!

 ――というドMな展開はなく、教授は尻を抑えながら地面で転がり悶絶している。
「く〜っ、これは痛い。尻が二つに割れてしまった……あ、最初から割れていたか。
 ……一人でボケてツッコむのも虚しくなってきたな。さて、今日も大変な一日になりそうだ」
 尻を抑えながら、教授はため息をついた。


「教授、また遭難したみたいなんでさぁ〜」
 教授が森へ出発して数日後、教授の友人であるガトームソンが開拓者ギルドへ依頼を出してきた。
 教授の捜索願いは一度や二度ではない。既に何度も救助されているのだが、教授は懲りずに何処かへ出かけてしまうのだから悩みの種だ。
「まったく、困ったもんでさぁ〜」
 ガトームソンはギルドの窓口で愚痴を溢していた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
シリーン=サマン(ib8529
18歳・女・砂
暁火鳥(ib9338
16歳・男・魔
八塚 小萩(ib9778
10歳・女・武
久郎丸(ic0368
23歳・男・武


■リプレイ本文

「教授ーっ!」
 森の中で八塚 小萩(ib9778)の声が木霊する。
 今回開拓者達がギルドで受けた依頼は、一部ではマニア的な人気を誇る学者兼冒険家のクラーク・グライシンガー(iz0301)教授捜索である。
「へんたい系かぁ……やる気なくなってきた、の」
 懸命に声を張り上げて教授を探す小萩に対して、エルレーン(ib7455)は捜索に消極的だ。
 ギルドで依頼を受けた際には『イケメン教授が私を呼んでるの〜♪』と小躍りしていた。しかし、依頼者が見せてくれた教授の人相書きを見た瞬間に絶望。
 そりゃそうだ。
 その人相書きには武帝様を三十発ぐらい殴った後、生クリームでデコレーションした赤い眼鏡のクリーチャーが描かれていた。エルレーンが想像していた低音ボイスのオジサマは存在していなかった。
「でも、依頼を受けちゃったんだから、仕方ないですの〜」
 ため息をついたエルレーンは、心眼を使って森の中を捜索し始める。
「お、俺も、よく、アヤカシに間違えられる、が……この教授も、その口、かも?」
 落ち込むエルレーンをフォローするのは久郎丸(ic0368)。
 久郎丸は教授の研究が少し気になっているようだ。出発前にギルドで教授の研究内容について依頼者の友人に聞き込みをしていた。
「俺には、学問は、分からん、が……そこまでする、からには、な、何かこだわりが、あるのだろう、な」
 久郎丸は、仲間から離れないように気を付けながら天狗駆で教授の姿を捜索。
 残念ながら教授の姿はまだ発見できていないが、人間が最近まで生活して形跡を幾つも発見する事ができた。
「そうだな。それも教授本人から直接聞き出せばいい」
 様々な準備をしっかりしてきた天河 ふしぎ(ia1037)。
 天河は、正義の空賊団長として遭難した人を放っておくことはできない! と気合いを入れて依頼に参加していた。
「でも、上空からでは教授の姿は見つからないみたいだ」
 天河は人魂で小鳥を作り出し、上空から教授を捜索していた。
 しかし、森の木々が邪魔をして上空から人の姿を確認する事はできなかった。
「俺もよく迷子になるから人ごとじゃないんだぜー」
 超絶方向音痴の暁火鳥(ib9338)は、教授にシンパシーを持っているようだ。
「有名な教授と仲良くなれたら、実家捜すのにいいかもしれないなぁ」
「……あの……」
 暁火鳥(ib9338)の後ろを歩いていたシリーン=サマン(ib8529)が、そっと声をかける。
 シリーンは視界が悪い森の中、バダドサイトを使って教授の姿を必死に捜していた。
 生い茂った木々の存在で遠くまでは見通す事ができない。
 それでも、シリーンは自分にできる精一杯の方法で、教授の姿を必死に捜し続ける。

 ――そして。

「……多分……あれ、いえ、其れらしき方を発見致しました」
 ついに森の奥で教授らしき人影を発見したシリーン。
 だが、シリーンの顔色は優れない。耳や尻尾がビッと跳ね上がり、毛は逆立っている。まるで見てはいけないものを見てしまい絶句しているかのようだ。

 一体、何故?
 その答えはシリーンが見つけた教授を見れば三秒で判明する。


「出たなアヤカシ、教授はどこだっ!」
 天河は、眼前に現れたアヤカシらしき存在に霊剣「御雷」を構える。
 続けて小萩も杖「砂漠の薔薇」を振り回す。
「教授を返せっ!」
「ぬわっ! ま、待つのだ、諸君!」
 小萩の振り回す杖を必死で避けるアヤカシ。
 しかし、不器用なアヤカシは杖を躱す方向を間違えてクリーンヒット。
「ぶげっ!」
 アヤカシは、後方へ吹き飛ばされて木に激突する。
「我の前に姿を見せた事を後悔するがいい」
「……待て、これは、アヤカシじゃ、ない」
「え?」
 倒れ込んだアヤカシに近づく久郎丸。
 懐から人相書きを取り出し、アヤカシの顔と見比べている。
「やっぱり、これが、教授だ」
「人相書きよりもっと酷いですの〜」
 エルレーンは、思わず目が点になってしまう。
 教授は何故かブリーフ一枚。手足は傷だらけ、顔面も蒼白で歩く死体。おまけに虫かごに一週間入れて放置したスイカの香りを放っている。
「いやー、人間の姿を見たのは数日ぶりか」
 教授は久郎丸の手を借りてゆっくりと立ち上がる。
「捜したぜ、教授。天幕や寝袋、食糧もばっちり持ってきたからな」
 暁火鳥は背負っていた大きな荷物を地面へと降ろした。
 そしてその中から取り出したのは、お弁当とお菓子。教授がロクなものを食べていないと予測してわざわざ森へ持ち込んできたのだ。
「こちらも食糧や野営の道具をしっかり用意してきたんだ」
 同様の予測を天河も行っていた。
 本当は教授も同じような装備を所持していたのだが、森へ突入した初日に川へ落ちて装備を全部流されてしまったのだ。
「今まで木の実ばかりを食べいたのでな。遠慮無くいただこう」
 教授は暁火鳥から重箱弁当を受け取ると手掴みで食べ始める。
 良い意味で言えばワイルド。悪い意味で言えば品性の欠片もない食べ方。さすがに見るに堪えない。
「教授、ちゃんとフォークを使えなの!」
「おお、サバイバル生活に慣れてしまっていたので忘れておった」
 エルレーンの注意でようやくフォークを使い始める。
 ちなみにサバイバルの達人を自称しているが、不器用な上に潔癖症である為、まともな食生活は送っていない。よく生きていたな、こいつ。
「教授……何故、下着一枚に……。もしかして、学問的な理由、なのか?」
 弁当を掻き込む教授の横から久郎丸が話しかける。
「うむ、話せば長くなるのじゃが、我が友は犠牲となって私を救ってくれたのだ」
 まさかサバイバルの達人が火が付けられなくて自分の服を燃やしたなんて想像もつかない。学者らしい自尊心の高さから誤魔化しているが、やっぱり馬鹿の属性は隠せない。
「教授、今回の目的はアヤカシの生態調査だとお聞きしました」
 シリーンは教授の目的を確認する。
 学問の興味を持っていると気付いた教授はどや顔でシリーンに近寄ってくる。ほんのり漂うスイカの香りが生理的嫌悪を掻き立てる。
「私はこの森に現れたという猿のアヤカシを調べたい。それまでは絶対に帰らん!」
「調べるというのは、実際の生態でしょうか。それともアヤカシとしての発展的物質なのでしょうか」
「実に良い質問だ。その答えは双方だ。
 瘴気の中から生まれ出でるアヤカシは、実に様々な種類に及ぶ。これはアヤカシそのものが発生した環境に適応している可能性を示唆している。私は瘴気そのものが生命体であり、アヤカシはその中から生まれる胎児のような存在ではないか、という仮説を立てた。
 そして、その仮説を実証する為には、様々なアヤカシの生態を調査する事で見えてくるのではないか、と考えている」
「は、はい……」
 教授の意外な側面に驚くシリーン。
 まさか目の前の変態が真面目な持論を持ち出してくるとは思ってもみなかったのだ。学者に変人はいると聞くが、教授もその類なのかもしれない。

「それよりそんな格好じゃ大変だろうから、空賊の正装を特別に貸してあげるんだからなっ」
 天河が空賊の正装と称して教授に突き出したのは、セーラー服。
 しかも、ガリガリな教授の体でもサイズが小さい。想像してみてほしい。教授がセーラー服を着用している姿を――お食事中の方、すいません。
「あの……私は、作務衣を用意しました。
 フィールドワークの熟練者でしたら、肌を晒すなんて……」
 シリーンは恥ずかしそうに作務衣を差し出した。
 だが、教授の答えは意外なものだった。
「ふむ。服を着用したいのは山々だが、私は服着る時間も惜しい。早くアヤカシを見つけて調査したいのだ。服はアヤカシを調査した後で着用させてもらおう」
 なんと、教授は着用を拒否。
 あんた、さっきまで重箱弁当を暢気に食べていたよね。
「うるさいなの! とっととそのみぐるしーかっこうをどうにかしろ、なのっ」
 漂うスイカ臭にブチ切れたのか、エルレーンは携帯品の紅蓮外套を投げつけた。
 エルレーンの一言で自分がレディの前で失礼な格好をしていると気付いたようだ。
「おお、レディの前で失礼な格好であったな。では、この外套を借りるとしよう」
 教授は外套を拾い上げ、素早く着用する。
 しかし、ブリーフ一枚に外套を羽織ったところで変態度がアップしただけ。隠さなければいけない部分は丸出しだ。
「待て。
 汝! 唯一身につけておるのが薄っぺらいブリーフとは何じゃ!」
 小萩はそう叫ぶと、突如下半身を脱ぎ始める。
 とんでもないシーンを想像してしまいそうになるが、小萩が見せたかったのは着用していた襁褓だ。
「身につけるなら襁褓にせい!
 襁褓はいいぞ! 粗相の心配も忙しい時に花を摘みにいく手間もいらぬ! 淑女の嗜みじゃ!」
 襁褓をゴリ押す小萩。
 襁褓に何か持論を持っているようで、教授に対して腰を突き出しながら迫ってくる。
「私はこのブリーフこそが紳士として最後の砦だと考えている。
 粗相しそうな危機を乗り越え、冷静を装ってトイレへ駆け込むのが紳士だ。このブリーフが穢れた時こそ、私の紳士としての牙城が……」
「いいから、この襁褓に履き替えるのじゃ!」
「きゃーっ! やめてー!」
 教授のブリーフに手をかけ脱がそうとする小萩。
 もう一方の手には襁褓が握られているのだが、明らかに幼児サイズ。あんなものを着用すれば紳士どころか、人間の尊厳が終了のお知らせである。
「ちょっと、小萩っ!」
 天河は慌てて止めようとする。
 しかし、偶然天河の視界にある物が飛び込んでくる。
 木々の間からこちらを窺う小さな猿。
 白い毛に覆われ、じっとこちらを見据えている。
 天河の中で危険を叫びながら何かが騒ぎ始める。
「みんな、気を付けろ!」
 天河は仲間に警戒を促した。
 次の瞬間、三匹の猿が姿を現す。
 手にはシンバルを手にしており、口には笛を咥えている。

 ――ジャーン、ジャーン、ジャーン!

 三匹が奏でるシンバルの音。
 それを受けて森の表情が明らかに変わった。
「! ……上から来ますの!」
 心眼で周囲を警戒していたエルレーンは木の上から何かが下りてくるのを察知する。
 得物を構えて警戒する開拓者達。
 そこへ……。
「グワァァァ!」
 木の上から飛び降りてきたのは大型の猿。
 手が異常に巨大化した猿。フォルムから見ても明らかにこいつが問題のアヤカシだ。
「おお! 諸君、ついに見つけたぞ!
 これこそが私の求めたアヤカシだ。さぁ、戦って……」
 そう言い掛けた教授だったが、アヤカシが放ったストレートが教授を捉える。
 教授は最後まで言葉を言い切る事無く吹き飛んでいった。
「汝、無事か!?」
 慌てて小萩がやってきた。
 教授の下まで駆け寄った小萩は浄境で教授の治療を始める。
「う、腕の巨大化は移動目的ではなく、外敵から身を守る事を目的としているようじゃな。ならば、あの上で防御にも使われるはず……」
 教授は治療を受けながら、アヤカシの様子を見守り続けている。
 自分の事よりも研究が大事だとは教授らしい。
「この大猿、俺が止める。皆、子猿を頼む」
 久郎太は、雷槍「ケラノウス」を片手に大猿と対峙する。
「来い」
 久郎太の言葉を待っていたかのように大猿は再び豪腕を振るう。
 久郎太は猿の拳を槍で受け流す。正面から受ければ危険だが、力の方向を変えてやれば何の問題もない。
 猿の隙を突いて、念珠「翡翠連」を取り出す久郎太。霊戟破で攻撃を仕掛ける。
「はっ!」
 だが、霊戟破の一撃は猿に届く事はなかった。
 大きな腕で顔面を多い隠すように守りを固めている。教授の見立て通り、この拳は攻撃にも防御にも使われるようだ。
「厄介そうなら、私も手伝うの〜」
 エルレーンは、黒鳥剣を構える。
 普段はぼんやりとしているエルレーンだが、何かを守ると決めたならば盾として全力を尽くす。――たとえ、守ると決めた相手があの変態でも。

「その木の傍です」
 戦陣を使いながら仲間へ情報を流すシリーン。
 久郎太が抑えている間に子猿を排除。その後、大猿を叩こうという作戦だ。
 幸い予想よりも子猿の数は少ない。早々に片付けられそうだ。
「ウィンドカッター!」
 暁火鳥のウィンドカッターが子猿に炸裂する。
 どうやら子猿はあの大猿を呼ぶ事に特化しているため、大した攻撃力はないようだ。
「近づけばあのシンバルで殴ろうとするだけ、か。やっぱりあの大猿の付属品ってところか」
「教授も治療を受けながら、必死にメモしているようだな」
 霊剣「御雷」を握る天河は、最後の子猿を倒して仲間の元へ駆け寄ってきた。
「残るは、あの大猿です。
 万一を考えて教授の護衛を増やしましょう」
「了解。俺は後方支援をさせてもらう」
 暁火鳥は後方支援を申し出た。
 それを受けてシリーンは天河へ向き直る。
「では、天河様。大猿の方を……」
 そう言い掛けたシリーンだったが、戦陣のおかげで何かに気付いたようだ。
「どうした?」
「この戦い、間もなく終わります。もうあの大猿はかなり衰弱しています」

 大猿が弱っている。
 シリーンはそう言ったのだが、実は久郎太もエルレーンも攻撃に成功していない。
 では、一体どういう事なのか――。
「……ねぇ、この猿はもしかして疲れているの?」
 エルレーンの前で息も絶え絶えの大猿。
 既にガードをあげる事も出来ず、大きな腕を構える事もできない。
「なんと! あの強力な攻撃を長時間続ける事ができなかったという訳か。
 しかし、ペース配分も考えられないとは所詮猿という訳だな」
 猿の新たなポイントを見つけて興奮する教授。
 教授に近づこうとする子猿は小萩が荒童子を使って倒していたのだが、そんな恩も今は忘れているようだ。
「じゃあ、さっさと終わらせますの〜」
 エルレーンは紅焔桜を発動させ、黒鳥剣に桜色の燐光を纏わせる。
 動く事もできない大猿に至近距離まで近づいた後、隠逸華を炸裂。
 三段突を顔面に浴びた猿はのたうち回る事もできず、地面へ転がる。
 猿が絶命するのに――そう時間は掛からなかった。


「いやー、ですの! 外套がスイカ臭いですの〜」
 街に戻った外套に教授の体臭が移って嘆くエルレーン。
 教授の身を包んだ衣服は死、あるのみ。
「おおー、すまん。外套は後程同じ物を買って返そう。
 もちろん、この服も後程買って返すからな」
「そうしてくれるとありがたい。大切な服なんだ」
 街に戻ってもブリーフで歩けば、確実に騎士団の方々に怒られる。それを危惧した教授は開拓者達から服を借りる事にした。
 どういう訳か、天河が持参したセーラー服に身を包んで。
 はち切れんばかりのセーラー服は痛々しい表情を見せて引き延ばされている。
「では、開拓者の諸君。また冒険の地で会おう」
 そう言葉を残して教授は去って行った。