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■オープニング本文 私の名前は、クラーク・グライシンガー(iz0301)。 デスクワークよりもフィールドワークが似合うワイルドな紳士である。歴史を見つめる者は、過去に直接触れてこそ価値を発揮するものだ。 ● 「勿体ないですねぇ」 教授の友人であるガトームソンは、残念そうな顔を浮かべる。 ジルベリア帝国アカデミーから評価され、帝国挙げての研究会議『イッチー』に名前を連ねていた教授。しかし、デスクワークと会議ばかりの生活に嫌気が差し、今や名前だけ並べてアカデミーにも足を踏み入れていない状態だ。 「我々学者は会議室で能力を発揮してどうする? 私は学者である以上、学者として生きる道を選んだだけだ。他のことはアカデミーのお偉方が好きにすれば良い」 そうぼやきながら、教授は資料に視線を落とす。 学者だからこそ、現地で発掘調査に携わりたい。それが教授の生き方だろう。 幸い、イッチーに列席する面々は優秀であり、旧世界の調査も彼らが主体で行われている。 「これからは若い学者が現場に出なければならん。私のようなロートルは引退間近かもしれんな」 「そんな。まだまだいけますぜ。 ……ところで、それはなんの資料ですかい?」 「これかね? アカデミーからの調査依頼だ。私の専門外だというのに、新たに発見された遺跡の調査を打診してくるのだ」 教授は、大きくため息をついた。 アカデミーも教授を諦めた訳ではなく、フィールドワークがご希望ならと発掘依頼を次々に送付してくるようだ。 ガトームソンは、机の上に放り投げられた資料を手に取った。 「ちょいと失礼。 ……ああ、これはグラウンドフォールじゃないですかい」 「なんだね、それは?」 「帝国領内で最近見つかった遺跡でさぁ。大穴の地下の奥に遺跡が見つかったって評判ですぜ?」 ガトームソンによれば、グラウンドフォールと呼ばれる大穴の奥で遺跡が見つかったらしい。資料によれば神託を受ける祭壇と見られているが、本格的な調査はこれからのようだ。 「なるほど。既に地下へ降りるゴンドラも設置されて、調査隊の到着を待つのみか。 おそらく地下に祭壇を作ったのは神託を受ける者への『試練』か。もしくは祭壇に何らかの仕掛けがあるか。いずれにしても興味深い」 「行かれては如何です? 若い学者に歴史浪漫を語るいい機会だと思いますがねぇ」 「ふむ……」 教授は、しばし思案した後にアカデミーへ依頼承諾の連絡を入れた。 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
星芒(ib9755)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 ――グラウンドフォール。 ジルベリア帝国の遺跡一斉調査の折に発見された大穴であり、かつては地の底へ通じる穴と伝えられていた。イッチーの調査団はこの奥地にて遺跡らしき建造物を発見。具体的な調査に乗り出したのだが……。 「着いたな、諸君。ここの先に問題の遺跡がある」 イッチーから依頼されて遺跡の調査に携わるのはクラーク・グライシンガー(iz0301)教授。 事前情報で遺跡はそれ程大きくないと聞いている。 だが、無意味に作られた建造物は存在しない。 教授は、この遺跡に何らかの意図があると考えているようだ。 「まったく。イッチーの学者ももう少し現場を重視せねば、先はないと言うのに……」 「え? せっかく学者としてまともな方向に行きそーだったのに、会議逃げ出しちゃったの?」 エルレーン(ib7455)は、露骨に憐れみの表情を浮かべる。 それは、『やっぱり変態だから友達できなかったんだろうな』と察していた顔だ。 「なんだね、その顔は。 私は自分から距離を置いたのだ。人を派遣して情報だけを入手し、物事を会議だけで動かすやり方は間違っている」 教授は、エルレーンに反論する。 教授は教授なりに自分のやり方を守ろうとしているのだ。 それが傍目からは異常行動として受け取られているのだが、真実の追究を行う為ならばお構いなしだ。 「あなたがグライシンガー教授? アヤカシはみんなぶっ潰すから安心してね!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は、力強く宣言する。 噂では『ナイスな出で立ち』と聞いていたのだが、今は遺跡探索用の探検服を着用している。まだ『ナイスな出で立ち』にはなっていないようだ。 「おお、頼りにしているぞ。イッチーからの情報によれば、遺跡は大トカゲ型のアヤカシが多数棲み着いているらしい。まずはこちらを何とかせねばならんな」 「教授、お久しぶりでござる! 一歩一歩、歩くが如くしっかりと調査するでござるよ!」 貸し出されたカンテラに鎖を通して首から掛けた霧雁(ib6739)は、教授の傍らから声をかける。 教授にとってメインである遺跡探索も手伝う予定ではあるが、まずは大トカゲの退治から始めなければならないだろう。 「おお、霧雁君も来てくれたか。 大トカゲ退治も大事だが、遺跡は壊さないように頼むぞ」 「心得ているでござる」 「なるべく戦い易い場所を見つけてゆーどーした方がいいよね」 エルレーンも遺跡を気遣って戦闘場所を考えているようだ。 既に数回教授と遺跡探索をしている者達だけあって、遺跡を壊さないよう気遣ってくれているようだ。 「うむ、言わずとも配慮してくれていたようだな。さすが、私の弟子」 「弟子じゃないってば」 「教授。このような大穴に遺跡を築いた意味をどう考えてます?」 エルレーンとの見慣れたやり取りの横から星芒(ib9755)が声をかける。 手にはイッチーからの報告書が握られている。 「まだ遺跡を見なければ何とも言えん。しかし、何かしらの意味があるはずだ」 「そうだよね。あたしは像の台座にある言葉が気になるんだ。 『東から西へ、西から東へ』……男性が動くのだから太陽の事かな?」 星芒は、あれこれと思案していた。 その姿に教授は大きく頷く。 「考えを巡らせる事は良い事だ。だが、考えすぎてもいかん。 実際に現場を前にすれば何か閃くかもしれん。悩むのはその後でも構わんだろう」 「……だね。案外、簡単な謎かもしれないしね」 「そそ。難しい話よりも簡単な……あれ?」 話している最中だったが、エルレーンが異変に気付く。 心眼「集」を使っていた為、感知範囲内に大量の何かが入り込んで来た事を察知したのだ。 「悪いけど、お話は後っ! お出迎えが来たよ」 リィムナは芭蕉扇を握って教授達に警戒を促す。 見れば奥から大トカゲの群れが姿を見せ始める。 舌を口からチロチロと出し、こちらに向かって歩いてくる。 「おお、早速か。 ちなみに舌を口から出しているのは空気中の化学物質を舌に付着させてヤコプソン器官で臭いを嗅ぐ為と言われている。早速我々の臭いを嗅ぎ取ったというところだろうな」 「教授、解説は後でござる」 霧雁は、教授の手を引いて走り始める。 戦いに相応しい場所を求めて。 ● 「それっ!」 エルレーンの黒鳥剣が、トカゲの身体を弾き飛ばす。 同時に紅焔桜で上昇した身体能力で、巧みにトカゲの牙を回避していく。 「おおっ! さすがエルレーン君! いつもながら良い動きだ」 歓喜の声を上げる教授。 エルレーンの提案で戦い易い場所を探すつもりだったが、祭壇では一本道。トカゲの群れを抜けて場所を探すよりも入り口で敵を蹴散らした方が良いと判断したようだ。 「みんな、敵は麻痺攻撃を仕掛けてくるから気をつけて!」 星芒が戒己説破を仲間達へかけていく。 情報についてよればトカゲは目標に麻痺を仕掛けてくるらしい。星芒は麻痺攻撃を警戒して事前に対策を練っていたようだ。 「あ、右から数匹飛び出した!」 穴の側壁を這いずるように、星芒の視界に数匹の大トカゲが前に飛び出した。 「任せて!」 リィムナは、『魂よ原初に還れ』を使った。 歌声を耳にした大トカゲは、動きをピタリと止めてその場から離れられない。 そこへ飛来する数本の苦無。 「リィムナさんの歌の邪魔をさせないでござる。 ……あと、ついでに教授も護るでござる」 霧雁の放った苦無は、大トカゲの脳天を直撃。 動かない体では抵抗する事もできず、トカゲは地面へと落下する。 数でこそ劣勢、多少は押されていたりもするが、開拓者達は確実に敵を駆逐していく。 一進一退の攻防。 しかし、そこへ空気を読まない馬鹿が動き出す。 「ぶりーふ、あれって何かな?」 「ん? ……あれは!」 エルレーンの話に教授は猛烈な反応を示す。 教授の瞳に止まったのは、地面に落ちた一つの石だった。 「あのオレンジに輝く石は、宝珠の欠片か? いや、もしかすると旧文明の異物ではないか? ならば、この遺跡は旧文明の技術を伝える重要な拠点。 このオーパーツを逃してなるものか!」 「あ、教授!」 霧雁の護衛を振り切った教授は、興奮のまま走り出す。 「うおおおぉぉぉ! 私は遺跡王に、なる男だっ!」 意味不明なセリフを吐きながら、石に向かってダイビングキャッチ。 見事入手できただけあって、顔面は緩みっぱなしだ。 「ついに私の手にきたか……ってよく見たらただの小石ではないか。ランタンの光でオレンジに見えただけか」 「ごめんね、ぶりーふ。 じゃあ、今から助けるからね」 「え? 助けるって?」 エルレーンの棒読みなセリフに気付いて周囲を見回す教授。 そこには、教授を取り囲むように待機する大トカゲの群れであった。 「……あれ?」 教授は未だに状況を把握できていない。 興奮のあまり一人で突撃、勝手にトカゲに包囲される始末。目的で周囲が見えなくなるのは、学者バカの運命なのか。 「あ、トカゲがこっちに! 私は食べても美味しないぞ。グルメな諸君らを満足させる事は……そ、そこはダメよ〜! ダメダメっ!」 一斉にトカゲ達が教授へ襲いかかる。 既に視界からは教授の姿は消え、トカゲの体しか見えない。 「きょ、教授!」 霧雁は、教授を救出すべくトカゲを苦無で斬りつけていく。 姿が見えなくなった教授の身を案じて、一気に前へと踏み出していく。 「後方からの支援は任せて!」 霧雁を襲おうとするトカゲは、リィムナが片っ端から『魂よ原初に還れ』で動きを封じていく。 「さぁ、ぶりーふを返してもらうよ!」 エルレーンは、黒鳥剣を握り締めてトカゲの群れへ突貫を開始した。 ● 「まったく、ヒドい目にあったぞ」 トカゲに襲われた教授だったが、開拓者のおかげで傷らしい傷もなかった。 残念だったのは――。 「今日の為に用意した服が台無しだよ、諸君」 トカゲのせいで教授の探検服は、見るも無残な姿となってしまった。 だが、開拓者達からすればいつもの姿に戻っただけだ。 「どうやらトカゲはすべて退治してくれたようだな。 しかし、大切なのはこれからだ。早速調査に取り掛かるとしよう」 ● 教授と開拓者達は、本格的な調査を開始する。 奥の祭壇、通路の途中にあった像を中心に注目していくのだが――。 「うーん。ぶりーふ、目新しいものは見つからないよ」 エルレーンは、過去に訪れた遺跡で採取した古代文字のメモを片手に遺跡の壁を調査していた。 確かに以前の遺跡で発見した古代文字が描かれているものの、新しい情報は入手できない様子だ。 「遺跡の調査とは、元来地味なものだ。毎度毎度新しい何かが発見される訳ではない。こうした地味な調査の積み重ねが、新しい発見に繋がるものだ」 「そういうものなのかなぁ」 教授の一言に、エルレーンは漠然としたイメージで聞いていた。 毎回新しい物を発見できないならば、発見できない苦痛を味わう事になる。 それでも、教授は遺跡探索を止めないだろう。 学者という人種が皆教授のような人間ではない事は理解しているが、開拓者とは違う意味で学者も大変だと気付かせてくれる。 「こっちも祭壇自体は特に仕掛けは見つからないよ」 リィムナは、カンテラを片手に祭壇付近を調査していた。 光を使えば何か仕掛けが動くのでは無いかと考えてみたのだが、特に怪しい点は見つからない。 「そうか。古代文字の文献を調べてきたと聞いていたが、その点についても気になるところはないかね?」 「確かに古代文字は書かれているけど、広場にあった像の台座にあった文字と同じような話が繰り返し出てくるだけかな。 他に気になるといえば……これかなぁ」 リィムナが指差したのは、祭壇中央に収まった宝石らしきものだ。 大きさは握り拳よりも大きな物で、仮に市場へ売り出せば良い値がつくかもしれない。 「確かにこの石は象徴的だな。 しかし、台座の文字が繰り返し出てくるというのは気になるな。おそらく何かしらの意図を持っているに違いない」 ブリーフ一枚で状況を整理する教授。 いい加減何か着れば良いのだろうが、教授の頭がフル回転を始めればブリーフ一枚など些細な事のようだ。 「とりあえず、像の方へ行ってみるか」 ● 教授が通路途中にあった像へ戻ってみると、霧雁が足の筋を伸ばす準備運動を行っていた。 「……何をしているのかね?」 「ここの台座に『三日三晩走り続けた』と書かれていたでござる。なので、拙者も実際に走ってみようと思っているでござるよ」 「走る!? ここを三日三晩かね?」 「左様。東から西、西から東とあるので像の前を往復するでござる」 驚く教授。 霧雁によれば可能性を一つ一つ試す事が重要で、地道な調査を重要視するが故の行動だそうだ。完徹も使って眠気対策も万全。あとはひたすらに走るだけだ。 「では!」 霧雁は、走り出した。 感動のゴールまでは三日後――なのかは不明だが、教授はただ暖かく見守るしかなかった。 「うーん」 星芒が鏡を片手に入り口から戻ってきた。 「どうしたのかね?」 「あ、教授。実は外から太陽の光を取り込めば何か分かるかと思ったんだけど、違うみたいなんだ」 星芒の考えでは、台座に書かれていた男を東から西へ動く『太陽』と見ていた。 ならば、大穴から鏡を使って太陽の光を反射させて祭壇の壁に女性像の影を映せば何かが分かるのでは無いかと考えたのだ。しかし、思いの他鏡の角度調整が困難な上、苦労して影を映しても祭壇内部がカンテラの光のみである為にどれが女性像の影か判別しにくいのだ。 「なるほど、実に面白い着眼点だ。 仮に男が太陽ならば西から東へ移動はせんと思うぞ。それにこのような遺跡ならば事前に鏡を置くスペースを事前に示していてもおかしくはない。そのような場所を見当たらないところを見れば何かが違っているという事だ」 「そっかー」 「だが、一つの可能性を消したという意味では有意義な実験だと思うぞ。 そうか、太陽か……」 星芒を褒めた教授は、再び何やら思案し始める。 そこへエルレーンが歩み寄ってきた。 「あれ? ぶりーふも走るんじゃないの?」 「は?」 エルレーンの言葉で驚く教授。 唐突の無茶振りなのだから仕方ない。 「エルレーン君は何を言っているのかね。私が三日三晩走るとでも……」 「教授、ガンバ!」 「星芒君までっ! ……ん? 走る? ……もしかして」 走るという一言で、教授はある可能性に気付いたようだ。 教授は、今も像の前を走っている霧雁に向かって叫ぶ。 「霧雁君。すまんが、像の周りを回ってくれんか? そうだな、三週ぐらいで良いはずだ」 「承知したでござる」 像の前を走っていた霧雁は、女神像の周囲を走り始める。 早速疑問を持った星芒が教授に問い質す。 「教授、これはなんですか?」 「太陽という着眼点を持った上で走る事を考えたのだ。天体を太陽が巡るとすれば軌道は自ずと円運動になる。それが三日あるとすれば三周する、という具合だ」 「うわー、すっごい安直」 「エルレーン君、単純だろうと難しかろうと謎は謎だよ。 ま、これも霧雁君の言った可能性の一つであって……」 「おや、最後の一歩は踏んだ感触がおかしかった気がするでござる」 三周した霧雁は、足の感触に違和感を覚えた。 何か出っ張った物を踏んだような感覚。 まるでスイッチを押したような――。 「みんな、祭壇から何か出てきたよ!」 祭壇を調べていたリィムナから、開拓者達を呼ぶ声が響いてきたのは霧雁が呟いた直後であった。 ● 「これはっ!」 一堂の前に現れたのは、祭壇の天井に映し出された地図。 どうやら祭壇の宝石は宝珠の一種だったらしく、三周回る事で天井に地図が映し出される仕組みだったようだ。 「エルレーン君、星芒君。スケッチを!」 「もうやってるよ」 「こちらも始めているよ」 教授の指示が出る前に、エルレーンと星芒は天井の地図をスケッチし始めていた。 おそらくイッチーがここで詳細の調査を始めるだろうが、その前に少しでも早く場所を特定しておきたいからだ。 「ここは何処でござろう?」 「帝国北部。見れば山が描かれているな」 「雪山でござろう」 教授の言葉に、霧雁はさらに言葉を付け足した。 おそらく、この祭壇は次なる遺跡へ訪れた者を導く道標の役割を担っているのだろう。 「教授、地図の下に何か書かれているよ?」 リィムナは地図の下に古代文字が書かれている事に気付く。 教授はそれに促されるように文字へ視線を向ける。 「『神託を受けし者は、試練を受ける資格あり』か。 試練。何かとてつもなく嫌な予感がするが、行かない訳にもいくまい」 エルレーンと星芒がスケッチを終えた頃、宝珠は粉々に砕けてしまった。 だが、宝珠が示した神託は教授達へしっかりと引き継がれた。 |