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■オープニング本文 私の名前は、クラーク・グライシンガー(iz0301)。 最近、自分の研究が進んでいない事が気がかりなナイスミドルだ。帝国アカデミーの連中が毎回厄介な話を持ち込んで、私の研究を邪魔してくる。もしかして、連中は嫉妬でもしているのだろうか……。 そんな事を考えていたら、本当に連中がきやがった。 やはり奴らは私の邪魔をしたいらしい。 「是非とも教授にお願いしたいのです」 教授の研究室を帝国アカデミーの人間が訪れるのは何年ぶりだろうか。 教授を懸命に説得する若い研究者だが、当の教授は顔が険しくなっていく。 「……少々、都合が良すぎるのではないかね? 破壊された彩雲の回収を私に依頼するとは。それなら最初からアカデミーの動作実験に参加させてくれれば良かったのに……と、その後悔をするのは今ではないな。アカデミーの稼働実験データは私の弟子が手紙で送ってくれたのだから、良しとしなければ……」 「教授が仰りたい事も理解しております。既に教授はオリジナルシップや彩雲を発見され、アカデミー内の評価も上がっております。ここでアカデミーへ貢献していただければ教授の願いも聞き入れられるようになるはずです」 研究者は必死にフォローしている。 彩雲を発見して帝国アカデミーへ届けた教授だったが、アカデミーに所属していなかった為にアカデミーの稼働実験には参加できなかった。そればかりか、発見された彩雲は先日の合戦で破壊されてしまっている。今回アカデミーは人手不足を理由に、破壊された彩雲の回収を依頼してきたのだ。 「研究用に残しておけば、とも思ったが、それだけ大アヤカシの強さは強大だったのだろう。何より、大アヤカシが古代人だったという点は実に興味深い」 古代人が重要な鍵である事は、アヤカシ生態学を研究する教授にとって注目すべき点だ。 その事に気付いたガトームソンは、教授にそっと耳打ちする。 「彩雲の破壊状況を見れば何か分かるかもしれませんねぇ。 それに、彩雲が過去の賢人から委ねられた物なら、発見した教授が最後まで看取ってやるのが筋ってもんじゃねぇですかい?」 「!! 確かに! それは一理あるな」 ガトームソンの言葉に教授は納得してしまった。 そして数秒の沈黙があった後、教授は研究者に満面の笑みを浮かべて答える。 「良かろう。彩雲の回収を引き受けよう。 アカデミーの飛行船は貸してもらえるのだろうな?」 |
■参加者一覧
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
星芒(ib9755)
17歳・女・武
不散紅葉(ic1215)
14歳・女・志 |
■リプレイ本文 天儀北端の地『狗久津山』。 その空をアカデミーの飛行船が舞う。 先日勃発した合戦において彩雲三機のうち二機は稼働可能な状態で回収され、現在アカデミーにて修理及び稼働状況のチェックを受けている。しかし、残り一機は大アヤカシと相打ちとなり大破。 そこでアカデミーは教授へ大破した彩雲の回収を依頼してきた。 「諸君、目的地に到達したぞ」 クラーク・グライシンガー(iz0301)の足下に広がるのは、合戦の後。 死体や残骸が地面を覆い尽くす陰の世界。 「また、ここへ戻ってきたのだな」 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、眼下の光景を目にしながら思い返していた。 激戦の中で散っていった多くの生命。 リンスガルトが目にしただけでも、失われた生命は一つや二つじゃない。 その中には最期まで戦い続けた彩雲も含まれている。 「リンスガルト君、何やら先程聞き込みをしていたようだが?」 「うむ。あれだけ目立つ巨人機じゃ。狗久津山の戦いに参加していた者の証言を確認して破壊された場所に目処を付けておったのじゃ」 リンスガルトは、事前に戦いに参加した兵士から証言を得ていた。 さらに閲覧可能だった従軍記録をチェックして壊れた彩雲が放置されている場所を確認していたのだ。 「教授、我々は彩雲を戦力として役立てました。しかし、その前提が間違っていたかもしれません」 星芒(ib9755)は、以前の依頼で書き留めておいた手帳や装甲外部の紋様を見直していた。 「ほう。どういう事かね?」 星芒の言葉に教授が興味を示す。 星芒は導き出したある仮説を教授へ説明し始める。 「あくまでも仮説ですが、彩雲に天儀の地名があった事は覚えてらっしゃいますか?」 「うむ。あれは重要な意味を持つと私は考えている」 星芒と教授の話す地名とは、彩雲の外装に天儀らしい地名が刻まれていた事実を差している。 遺跡から発掘された彩雲には最初から天儀の地名が刻まれていた。 その理由は今の所不明だが、天儀を知る何者かが刻んだと考えられている。 「はい。あの地名がもし内部骨格や外装内面に刻まれていたとすれば、どう考えますか?」 「……なるほど、最初から彩雲が壊れる事を想定していた可能性はあるな」 星芒の説は、彩雲が兵器という面以外にメッセージを伝える役を帯びていたと考えていた。 アヤカシの強さを知っていた古代の賢人は彩雲の大破を予見していた。 それを見越した上で内面に何かメッセージを遺している事が考えられる。そして、その場所は彩雲を遺した者達が伝えようとした何かがあると考えるのが筋だ。 「教授はこの説をどう考えられますか?」 「可能性はある。内骨格回収の際に調べてみよう。合わせてアカデミーで修理中の二体も調べるよう手配しておこう」 「初めまして、教授。 最初に謝りたいんだ。ごめんなさい」 レイラン(ia9966)は教授に詫びの言葉を告げた。 唐突な出来事に教授は首を捻る。 「ん? 何故謝るのかね?」 「ボクが……私が動かさなければ、彩雲は稼働実験に用いられず、そして合戦で壊されずに済んだかもしれないから。 だから、ごめんなさい」 レイランは、自分が彩雲に搭乗しなければ彩雲が壊される事はなかった、と考えていた。 もし、稼働させなければ壊される事もなくアカデミーで保管されていた事だろう。 レイランの言葉を噛み締めた教授は、そっとレイランの肩に手を置いた。 「一つ、授業をしよう。 まず、多くの学者は自分の研究テーマに仮説を立てる。しかし、そこから実証実験を経て証明しなければならない。分かるかね?」 「はい」 「ロストテクノロジーとされる技術を調べる為。 あの遺跡に遺された理由を調べる為。 様々な理由において、彩雲に対する稼働実験は避けられなかった。 レイラン君は、その稼働実験を行ったに過ぎない。彩雲が戦いへ投入された事とは別問題だ」 教授は、彩雲の稼働実験は彩雲が遺跡で発見された時点で避けられないと認識していた。 だが、それと合戦で壊された事は別問題だ。 アカデミーの研究者だって好き好んで彩雲を供出してはいないはずだ。 「レイラン君、悲嘆に暮れる暇は無いぞ。 我々は、最期まで頑張った彩雲を回収してやらねばならぬのだからな」 「そう。放っておけない……。 あの子は確かに兵器だけど、そこには作り上げた人の熱と、在り続けてきた時間がある」 二人の会話を耳にした不散紅葉(ic1215)は、無表情のまま会話へ参加する。 (何よりボクは、あの子に関わった……同じ兵器だから、だよ) 紅葉の脳裏に浮かぶ想い。 同じ兵器だからこそ、彩雲を回収してやらなければならない。 使命にも似た想いを抱き、この依頼へと参加してきたようだ。 一方、まったく別の感情を抱いた者もいる。 「……なんだよ。なんだよ、ちくしょう」 エルレーン(ib7455)の心には怒りの感情が渦巻いていた。 表情からも納得していない事が見て取れる。 見かねた教授がエルレーンへ、話掛ける。 「何をそんなに怒っているのかね?」 「だって、これじゃぶりーふがかわいそうだ。 あんなに必死にさがしたのに、稼働実験にも加われなくて。 でも、アカデミーは後始末を教授に押しつけて……」 どうやらエルレーンはアカデミーが教授に対する行為に怒りを抱いていたようだ。 さらにエルレーンは言葉を続ける。 「彩雲……いや、オリジナルアーマーだってそこで永遠のねむりについていたんだよ? それを無理にあばいて、その挙げ句、こわして。二度もころしちゃったんだよ。 古代人がわたしたちのために遺してくれたかもしれない宝物は、死んじゃった……」 ふいにエルレーンの頬から熱い物が流れる。 様々な不遇が、彼女の中に怒りとなって塵積もっていたのだ。 そんな心の中にあった怒りは、涙へと変えてエルレーンの外へと溢れ出る。 「確かに、エルレーン君の意見も一理あるだろうな」 黙って聞いていた教授が口を開く。 「学問と称して遺跡や墓所を暴き立て、過去の賢人が歴史の表に出したくはない物までさらけ出してしまう。いや、すべては学者の自己満足かもしれん。 だが、現在を生きる我々は、過去に目を向けなければ事実を知る事もできん。 その過去を振り返って調べる罪深き行為を誰かがやらねばならんのだ」 過去と同じ過ちを繰り返し、反省する事もなく怠惰に生きる。 それでは、人はいつまで経っても学ぶ事はない。 学者とは、歴史を通して真実を見つめると同時に反省を現在に生かす大切な仕事なのだ。 「アカデミーとは距離を置いていたからな。扱いが悪い事は理解しておる。 それよりも我々は抱えている研究を進めるべきだ」 「つまり、大切なのは『これからどうするのか』って事だよね。 彩雲はこわれちゃったけど、せめてパーツを回収していろいろしらべてあげないとね」 そう言いながらエルレーンは涙を拭う。 過去の行為を悲観するだけでは先に進めない。 前を向いて歩き出さなければならない。 「うむ。それでこそ我が弟子だ」 「弟子じゃないってば」 エルレーンはいつものように否定する。 その顔から怒りの感情は薄らいだようにも見える。 教授はそれを確かめた後、大きな声で叫んだ。 「諸君、そろそろ着陸だ。調査に取りかかるとしよう」 ● リンスガルトと星芒の事前調査のおかげで彩雲が大破した場所は簡単に特定する事ができた。 「周囲には敵の存在……なし」 「こっちも見つからないから、敵の心配はないよ」 紅葉とエルレーンは『心眼』と『心眼・集』を用いて周囲を警戒する。 周囲からアヤカシを感じさせる存在は見つからない。 心置きなく調査する事ができる。 「そうか。だが、これは骨が折れそうだ」 レイランは、呟いた。 大まかな位置が分かっているのだから発見は時間の問題と考えていた。 しかし、現場は死体と瓦礫の山で地面を埋め尽くしている。激戦地となった場所なのだから当然だが、そこから彩雲を発見するのは苦労しそうだ。 「それでも……探してあげないと」 リンスガルトは決意を新たに探索を始める。 最期を見届けた者として彩雲を見つけ出さなければならない。今、彩雲にしてやれるのはそれだけなのだから。 「教授。周囲に敵はおりませんが、急いだ方がよろしいと思います」 「うむ、その方が良いだろうな」 星芒が教授にそう進言した。 今はエルレーンと紅葉が警戒してくれているが、いつアヤカシが迷い込んでくるかもしれない。開拓者が退治するだけなら何とかなるかもしれないが、運搬中の彩雲を傷つけられる訳にはいかない。 「うーん、見つからないなぁ」 エルレーンは彩雲の破片を捜し続ける。 瓦礫や鎧を動かすだけでも重労働なのだが、さすがに何度も繰り返せば息切れもするというもの。既にエルレーンは泥に塗れ、疲労も着実に蓄積している。それでも、彩雲の為に手を止める訳にはいかない。 「……これ」 紅葉は、エルレーンに発見した破片を見せた。 それは紛れもなく薄い桜色した金属片。 エルレーンにはこの金属の質感に見覚えがあった。 「ぶりーふ! これ、そうじゃない?」 「あったか!」 走り寄る教授。 二人の居る場所へ到達するまで何度も転倒する辺りが教授らしい。 教授は紅葉から破片を受け取ると、じっと見て観察している。 「うむ、この紋様は彩雲の物に違いない。 諸君! この付近を重点的に捜索してくれ!」 ● その後、彩雲を発見する事ができた。 彩雲の前面部分に強烈な圧力がかかったのか、バラバラだ。 おまけに衝撃の影響で下半身の一部が地面へ埋まってしまっている。 「掘り出すしかないな」 レイランは、ドラグーンを使って彩雲の周囲を掘り始めた。 重量と衝撃で地面に刺さっている為、土はそれ程硬くない。 (戦いは終わったんだ。皆の所へ帰ろうよ、彩雲。 そして、君も交えてお祝いするんだよ) 心で彩雲へ声をかけながら、レイランは黙々と土を掘り続ける。 「おかえり、彩雲……また逢えたね」 今まで笑顔を見せなかった紅葉が、彩雲へ微笑み掛ける。 外から外部骨格や宝珠の目視する事ができるレベルの破壊具合である事から、アカデミーへ持ち帰って詳しく調査する必要があるようだ。 「教授、本体がここならば周囲に破片が散らばっているはずです」 「そうだな。諸君、可能な限り破片を回収してくれ」 リンスガルトの言葉に教授は同意する。 宝珠が盗まれていない事に安心したリンスガルトは、大きな竹籠を背負って破片の回収を再開する。 教授の話によれば遺跡と彩雲に描かれた紋様は、他でまだ発見されていないらしい。 破片を少しでも集めて調査できるようにしておけば、後の発見に役立つ可能性が高い。 「ぶりーふ、今のうちにこの模様を紙に描いておくよ」 エルレーンは外装及び内装の模様を紙に描き始めた。 アカデミーで研究が始まれば教授が関与できるか不明だ。 回収段階で調べておけば何らかの役に立てるだろう。 「ボクは飛行船のスタッフへ回収の手筈を整えておくよ」 再び笑顔が消えた紅葉は現場の状況をメモした後、飛行船のスタッフと搬送について打ち合わせに入る。 持ち運ぶ際にパーツ毎に振り分けて持ち帰った後の研究をスムーズに行う為だ。 「……教授、これを!」 星芒は、内骨格の一部に外部とは異なる紋様がある事に気付いた。 教授は星芒へ促されるまま、紋様を凝視する。 「『強大な闇が訪れし時、新たなる扉の場所が開く』 うむ、これは星芒君の予想通り新たなるメッセージだ」 教授は描かれた紋様と共にあった文字を解読した。 結果、星芒の予想通り何かを示すメッセージが現れた。 「メッセージは遺跡の場所、でしょうか?」 「そう考えるのが自然だな。早急にアカデミーにある二体も確認するよう伝えよう。 エルレーン君、この内骨格に描かれた模様も書き写してくれ」 「ちょ、ちょっと待ってってば!」 慌ただしくなる一行。 彩雲の回収に活気が満ち始める。 ● 大破した彩雲を飛行船へ積み込んで、再び空へ舞う一行。 目指す先はアカデミー。 彩雲を早く帰還させるべく飛行船は順調に空の旅を続ける。 「教授。他の二体にもメッセージがあったそうですね」 空を見つめる教授へリンスガルトが声をかける。 教授の連絡を受けたアカデミーの研究者は内骨格を調査。結果、同様のメッセージを確認したと連絡があったのだ。この為、破片を重点敵に集めていたリンスガルトの行動は大きな意味を持った。生き残った二体にも破片の欠落が確認された事から、アカデミーは破片回収に人を派遣する事となった。 人手不足を理由に教授へ依頼した結果、さらに人手が必要になるという皮肉な結果となった。 「うむ。さらに内装からもメッセージが確認された、三体のメッセージは異なっている事も確認された。場所を示す情報もあるから、調査で忙しくなりそうだ」 これからメッセージを解読し、場所を示す物は現地を調査しなければならない。 大変な仕事が山積みなのだが、当の教授は満面の笑みを讃えている。 「教授、ありがとうございます」 唐突にレイランが教授へ感謝の言葉を述べた。 「ん? なんだね、急に」 「遺されたものには、きっと遺した人の想いがあると思います。 貴方の研究は、努力は、そういった遺した人の想いを受け継げる――誇り高いものだと私は思います。 だから、感謝させて下さい。ありがとうございます」 レイランは、教授の仕事を讃えていた。 過去の人が遺した想いを、多くの人へ広める。 正の感情も負の感情も、包み隠さずすべてを伝える。 受け継いだ者が、厳しい今を生きる活力になるように。 レイランから褒められる教授は、頭を掻きながら答える。 「私はそんな大層な存在ではないよ、レイラン君。 確かに想いを知る事を忘れてはおらんが、同時に自分の探究心を満足させているからな。知りたいという欲求を止められぬ哀れな存在だよ、私は。 ……だが、感謝してくれるなら一つお願いを聞いてくれんか? 「はい、何でしょう?」 「できる限りでいい。アカデミーの若い研究者を助けてやってくれ」 「アカデミーの研究者をですか?」 教授の口からアカデミーの研究者を気遣う言葉が出るとは、思ってもみなかった。 これだけの功績を残しても、アカデミーは教授を小間使いのように体よく使っている。それでも教授は若い研究者に心を砕いていたのだ。 「このような時代でなければ、もっと有意義な研究ができたはずだ。 だが、時代がそれを許さない。我々の研究や遺物は対アヤカシに使われる。十分な研究も済んでいない物が戦いで壊される――彩雲のように。 だから、若い研究者が自分の研究を存分にできる世にして欲しい。 それが、私の願いだ」 |