埃まみれの思い出
マスター名:こめ子
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/16 21:30



■オープニング本文


「はぁ‥‥」
 深々と雪が降っているとある町の一角の家の中、老婆は暖かな部屋の中で寝ていたが不意に体を起こし大きな溜息を漏らした。
「おばあちゃま、どうしたの? さむいの?」
 年老いた祖母、部屋を暖めているとはいえ寒く何処か痛むのかと傍で一人遊びをしていた幼女が心配する。
 そんな様子に祖母は首を小さく振った。
「ふふふ、大丈夫よ。ただ、ねぇ‥‥」
 幼い孫の優しげな問いに嬉しそうに笑ったが、その表情はすぐに曇り首が振られた。
「住んでいた家が懐かしくってねぇ」
 老婆の溜息混じりの返事、囲炉裏の傍で作業をしていた息子夫婦は同時に溜息を漏らす。
「ばあちゃんの口癖だ、気にするな」
「お母さん、手入れをしていないから埃まみれで行ってもゆっくりなんて出来ませんよ」
 大人達は慣れた様子で見向きもせずに一言答えるだけ。
 そんな態度が気に食わなかったのだろう、老婆は大げさにもう一度大きく息を吐きながら寄ってきた孫の小さな頭を撫でた。
「まったく、掃除ぐらい自分で出来るよ。何十年住んだと思っているんだ」
「おばあちゃま、おうちにかえりたいの? いなくなっちゃうの?」
「違うよ。ちょっと‥‥そうだね、おばあちゃまの作った柏餅を持って遊びに行きたいと思っただけだよ」
 連れを早くに亡くし過疎が進んだ集落に住んでいたが、不便で危険だからと息子夫婦と住むようになり早数年。
 今あの家が如何なっているのか、金目の物は置いて無いが思い出が詰まった家を懐かしく偶には様子を見に行きたいと思ってしまうのだ。
「‥‥死ぬ前に一目拝みたいねぇ」
 お決まりの口癖、老婆のその言葉に夫婦はようやく視線を向けまた始ったと肩を落とす。
「お袋、縁起でもない事言うんじゃねぇよ」
「そうですよ、まだまだ元気で頑張ってくださいね」
 少々離れた山の麓の集落にその家はあるのだが、現在は其処には人が住んでおらずもしもという事を考え夫婦は老婆を連れて行った事はない。
「はぁ‥‥」
 聞き飽きた返事に篭った考えは分るのだが、と思いながら老婆は布団に潜り込んだのだった。

 何時ものやり取り、何時もならそれで終わる筈だったのだが――

(おばあちゃま、おうちにあそびに行かないと‥‥しんじゃうの?)
 ずっと両親と祖母のやり取りを聞いていた幼い子は、不貞寝する祖母の様子を見て考え決心する。
 両親は毎日朝早くから夜遅くまで働いている、だから連れていけないのだろう。
(うん! あたしが連れてってあげよう!)
 勝手に結論を出し、幼いながらに解決策を思いついたと思うと居ても立ってもいられない。
 幼い少女は友達と遊んでくると嘘を両親に言って、家を飛び出したのだった。


「‥‥で、その祖母の集落の家まで開拓者達に護衛を頼みたいと?」
「うん! おそとに出るときは一人はだめって言われたから!」
 開拓者ギルドの受付は、言葉足らずの幼い依頼者の依頼内容を整理しながら俯いた拍子にずれた眼鏡を指で押し上げる。
「両親に黙って来たのだろう? 許可をとってから出直してこい」
「だって、おばあちゃましんじゃうの!」
 子供特有のふっくらとした頬を膨らませ声を荒げる幼女の様子に、受付員はこれ以上の説得は無駄かもしれない判断した。
 両親が連れて行かないなら自分がと考えギルドへ来るこの行動力、ここで断れば何時かその老婆を連れ二人っきりで街を飛び出す事が安易に想像できる。
「護衛だけで良いのだな?」
 現在その集落までの道程で何か事件が起こったという報告はないが、年寄りと幼い子二人では危険極まりない。
「あとね! おばあちゃまの柏餅を、おうちでみんないっしょにたべるの。おいしいんだから!」
「‥‥柏餅だけでは喉に詰まるだろうな。濃い茶も付けると皆の士気が上がるかもしれんぞ」
「そうだね。おばあちゃまに言ってじゅんびするわ!」
「‥‥‥」
 嫌味だったのだが真に受け準備をしなくっちゃと意気込む幼女に呆れながら、受付員は手元の書類に視線を戻し開拓者募集の手続きを始めたのであった。


■参加者一覧
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
喪越(ia1670
33歳・男・陰
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
緋宇美・桜(ia9271
20歳・女・弓
コゼット・バラティ(ia9666
19歳・女・シ
白霧 はるか(ia9751
26歳・女・弓


■リプレイ本文

●帰郷へ続く道
 時折冷たい風は吹くものの雲一つない青空の下、聞えてくるのは小鳥の囀りと小動物の鳴き声、そして――道を歩く者達の賑やかな声だった。

「小さなセニョリータ。そろそろゴールは見えてきたかい?」
 華やかな開拓者一行の先頭を歩く喪越(ia1670)の荷物、基、肩車されているのは依頼者である幼い孫娘だ。
「うん、向こうにお屋根が見えてきたよ」
「それなら‥‥フハハハハ、明日に向かってダーッシュ!」
 意味不明な事を言い笑いながら走り出す喪越に孫娘は喜び「ふははー!」などと真似声をあげ、冷たい風を全身で受ける。
 危険はなさそうだったとはいえ、辺りを警戒し後方を歩いていた礼野 真夢紀(ia1144)はそんな様子につい笑みを零した。
「兄さんや、そろそろ着くから降ろしてくれても‥‥」
 朧楼月 天忌(ia0291)に背負われていた老婆が騒ぐ孫の姿を見て申しわけなさそうに声をかける。
 何処となく不機嫌そうな天忌はそんな言葉を鼻で笑い飛ばした。
「おい、婆さん。こんな仕事開拓者の仕事じゃねぇんだ、手持ち無沙汰過ぎんだよ‥‥遠慮すんな」
 年寄りの足だと日が暮れる、と付け加え背負ったまま歩き続ける。
「天兄ぃは素直やないから照れとるのどすぅ〜。お婆はん、かまへんでよろしおすぇ〜」
 流石に疲れるだろうと恐縮する老婆に、静雪 蒼(ia0219)が可笑しそうに笑いかけた。
 無愛想な彼を兄と呼び慕っている蒼の態度から、老婆の表情も和らぎ「もう少しだけお願いするね」と甘えることにする。
「山の麓って聞いて雪の心配をしたのだけど、ないですね」
 使用する機会がなければ借り損だがソレはソレであって困る物でもない、とスコップをギルドより借り持ってきた緋宇美・桜(ia9271)がピンッと立った髪を揺らしながらスコップを担ぎなおした。
「方向が良いから然程雪に悩まされないのよ。折角だし、嬢ちゃんに庭の手入れをお願いしようかね」
「庭に何や植えとるのどすかぁ〜?」
 手入れというからには何が咲いているのか、興味が沸いた蒼が聞き返す。
「あぁ、もう手入れを数年していないから分らないけど‥‥寒椿や桃や‥‥」
 家を出て数年経ち今は如何なっているのか、住んでいた頃を思い出しながら老婆は皺か深く刻み込まれた目を閉じた。

●無人の集落に咲く、女の園
 たどり着いた山の麓に十軒にも満たない住居が立ち並ぶ、しかし長らく人が住んで居なかったとはいえ其々の建物に目立った外傷はなく暫らく寛ぐには問題はなさそうだった。
 ――しかし、人が住まないとはいえ埃は溜まり、家主に代わり住み着いた迷惑なモノ達も居た。
「はい、はーい! まずは、コッチからお掃除‥‥っと!」
 静かだった場所に、雨戸を開く音に混じりコゼット・バラティ(ia9666)の元気な声が響き渡る。
 数年ぶりに屋内に差し込んだ日の光と開拓者達の気配に、アヤカシがネズミの姿で現れ鳴き声をあげては走り回った。
「はい、はい、アヤカシは埃と一緒にポイッですよ」
 開拓者達には害がなくとも非力な老婆と幼女には危険なアヤカシを、先ずは桜が箒と叩きを使い家より叩きだす。
 もう住む事は出来ないとはいえアヤカシが家に巣食っていた事は悲しい事だと、開拓者達に追われるアヤカシを見て老婆は寂しそうに笑ったのだ。
「今も大事ですけど〜、思い出も大事なものですよ〜」
 アヤカシに襲われない様にと依頼者達の身を危惧し傍に居た白霧 はるか(ia9751)はその憂いが少しでも晴れる様に願いながら優しく微笑む。
「だから〜、思い出をアヤカシと埃から取り返す為に〜お掃除ですよ〜」
「‥‥そうだね、だったら張り切って頑張らないといけないね」
 庭先で退治されるアヤカシを見ながら、持って来た紐で袖が邪魔になら無い様に結び上げた。

 パタ、パタ、パタッ――

 雨戸を全開した縁側を交互に、行き交う軽い足音が聞える。
「お姉ちゃんの方が回数おおいかな?」
「どうどすやろねぇ〜? ああ、あいや足の裏が真っ黒にぃ〜」
 女性陣は厨での作業を中心に掃除しているのだが、料理の腕前が殺人的な蒼は柏餅作りの手伝いが出来ない代わりに掃除を頑張り、孫娘と一緒に縁側を端から端まで往復していた。
「おう、セニョリータ達は頑張ってるな! 感心、感心」
「お兄ちゃんは‥‥探検ごっこ?」
 集落についてから喪越の姿は見えたり消えたり、汚れた雑巾を桶で洗いながら孫娘が尋ねたのだが慌てた様子で首を振り否定の返事を返す。
「そりゃないぜ、金目の物や珍しい物を探してるわけじゃないですYo? 危ないモノがないか調べているのであって‥‥」
 しかし、彼を見る彼女達の視線は何処か白々しい。
「悲しいぜ。俺は皆の安全を守ろうと、アヤカシを退治して回っているのにYo」
 よよよ、と大げさに鳴き声を出しながら蒼達が雑巾を洗い汚れた水の入った桶を持つと井戸の方へと歩き出す。
(時代の流ればかりは如何ともし難いとはいえ、置き去られたモノ達の泣き声が聞こえてきそうだわな)
 不意に呟く独り言に先程までの飄々とした表情はなかったが、それも一瞬、すぐに喪越は何時もの締まり無い表情に戻ると見えてきた井戸の手前で汚水をまずは処理した。

 その井戸の近くの風呂場と厠の辺りからは、絶えまなく何かを擦る音が止まない。
 中で作業をしていたのは天忌、彼は消極的な台詞を吐きつつも積極的にアヤカシ退治そして掃除をこなしていたのだった。
「水周りは黴が凄いだろう?」
 力みすぎて借りた掃除道具が壊れかけてしまうが、老婆が時折見に来ては代わりの物を持ってくる。
「おい、婆さん。掃除はいいから菓子でも作ってろ」
 開拓者とはいえ生身の人間、ぶっきら棒な態度を見せる天忌の手は冬場の水に赤く悴んでいた。
「大丈夫だよ、皆が手伝ってくれて年寄りは口出しだけだから。もう少しでお湯が沸くから持ってきてあげようね」
「いらねぇ‥‥もうすぐ此処は終わるから、次は囲炉裏を掃除して温まれるようにすれば問題ねぇよ」
 老婆の心配した言葉に、やはり不機嫌そうに気を使うなと天忌は乱暴な物言いで返事した。

 久方ぶりにかまどに火が灯り、活気付く厨からの煙が集落の空に真っ直ぐに昇りはじめる。
「正直、家事苦手なのですけど、料理だけは好きですから台所はまだ掃除慣れていると思いますので‥‥」
 先ずはかまどが使えた方が良いだろうと真夢紀が気を利かし、湯を沸かした。
「上から〜埃を叩き落して拭いて〜、床の埃もお外に出しました〜」
 掃除の最中に姿を見せるアヤカシを退治しつつ、老婆が存分に腕を奮える様に厨の掃除は念入りになる。
 思ったよりも時間をかけ箒をかけ終えたはるかが、衣服についた埃を払い落とした。
「それでは、お皿や鍋を洗い‥‥網でもあれば貸して頂けると良いのですが‥‥」
 真夢紀が戸棚から綺麗に並べられている茶碗や急須を取り出し、台に並べ始める。

 ドタンッ、バタンッ――
 その時、家を少しだけ上下させ大きな音が部屋の方から聞えてきた。

 一体何事か、真夢紀とはるかが身構えると廊下より老婆が笑いながら戻ってくる。
「ああ、心配しなくていいよ。掃除の一環だったよ」
「「‥‥‥?」」
 こんな激しい掃除は一体どんなモノなのだろうか、二人は気になるものの老婆の笑みから心配する様な事ではないと思い、厨での準備を進めることにしたのだった。

 そしてその頃、音の発生源である部屋では埃が舞い散り、部屋の視界を少しだけ悪くする。
「けほっ、けほっ‥‥失敗、失敗。数年間放置していれば埃が出ちゃうわよね」
 コゼットは覚えたての畳返しで畳の埃を払おうとしたのだが、数年間の埃が思ったより多くて盛大に撒き散らしてしまったのだ。
「畳の方はこの分だと無理に動かさない方がよさそうです。お茶ガラ拭きにしちゃいましょう?」
 様子を見に来た桜が畳を直すのを手伝うと、奔放な性格のコゼットはすぐに笑顔で大きく頷いた。
「その前に、舞った埃を片付ける方が先ね‥‥ケホッ、ケホッ」
 欄間を叩きで掃除し始めると、また埃が降ってきてコゼットは咳き込む。
「届かなければ私が‥‥」
 と桜は言いかけたが、ふと周りを見渡し言葉を止めた。
 縁側ではまた汚れた箇所を蒼と孫娘が掃除をしていて、軽い足音が聞える。
 よく見ると、この場には高い場所に手が届きそうな背の高い者は居ないのだ。
「‥‥男衆の手も借りると言う事にしましょうか」
 効率も良いしと付け加え、持ち場の掃除を終え姿を見せた天忌を呼び止めたのだった。

 それより数時間後――
「ありがとう、皆‥‥さぁ、お腹空いただろう?」
 数年分の埃を払った家は、来た時とは違い綺麗に片付けられチリ一つ落ちていない。
 そして部屋の中央にあった蜘蛛の巣と煤で汚れた囲炉裏は掃除され火が灯り、部屋が暖かく色付いていた。
 老婆が開拓者達に感謝の気持ちを込めて、丹精に作った柏餅が皿に沢山盛られ置かれる。
「お握りを持ってきました、遠慮なく召し上がってくださいませ」
 そして真夢紀が作ってきたお握りは焼きお握りになり、饅頭と共に其々近くに並べられた。
「おい、蒼。婆さんに料理をしっかりと習ったか?」
 戦闘の時には気にならないのだが、こうも女が多い場所では寛げないと隅に座る天忌は横に座った蒼に柏餅を口に頬張りながら尋ねる。
「見学はさせて貰ったやけどぉ〜試してみまっしゃろか、天兄ぃ〜」
「‥‥いらね」
 可愛らしい笑顔から想像できない蒼の料理は思い出したくも無い、と早々に口の中のモノを飲み込み目の前に置かれた湯気の立つ湯のみの茶を一気に飲み干した。
「柏餅、柔らかくて美味しいです。そういえば、何故に柏餅なのですか?」
 伸びる餅に悪戦苦闘しながら、桜は季節外れなのにと疑問に思っていた事を先ずは聞いてみる事にする。
「死んだ爺さんの大好物でね‥‥出会ったのはもう何十年前だったか‥‥」
 若い人達の食べっぷりはいいと見ていた老婆は、その問いに少しだけ恥かしそうに笑うと何処か遠い場所を見て話し始めた。
「この集落に行商人としてきた爺さんが‥‥ふふふ、あの頃は外の人間が珍しくって‥‥」
 そして周りが居る事を忘れたかの様に、休む事無く言葉が紡がれ続けるのだ。
 止まらない話が部屋に流れる間、動く事が躊躇われる開拓者達に孫娘は笑う。
(おばあちゃま、話し出すと止まらないから放っておいていいよ)
(いや、ここは敢えて攻めの姿勢! 興味を持って聞いてみればアラ不思議、落語のような面白い小話に聞こえ――ねぇYo!)
 この様な事は余り無い事だからと喪越が必死に老婆の会話を聞き続けようとするが、すぐに撃沈と足を崩し大げさに頭を抱える。
(ま、食べ物がある間は我慢できそうだけど‥‥余り長いと眠くなっちゃうかも。柏餅の葉っぱって食べていいの?)
 大人しくしているのが余り得意そうでないコゼットも、老婆の長話だけだと暇になってしまうと中身を平らげ残った葉っぱを見た。
(食べても味は悪く‥‥一般的には食べないですよ)
 空いた湯のみに茶を注いで回る真夢紀が気がつき、返事を返してくれる。
「それでねぇ、ふふふ‥‥爺さんったら、何と言ったと思う? 『この薬はほれ薬だ!』って‥‥」
「まぁ〜、お爺さんはとても面白い方だったのですね〜」
 身の上話は伴侶との馴れ初めになりつつあるらしい。
 老婆の傍に座るはるかは、湯のみを手にしたまま会話の一節一節に頷いてはのんびりした口調で簡潔な感想を述べ聞き入っていた。

 ――亡き伴侶との出会いから老婆の話題は近所の事など、一貫性を見せずに延々と休む事無く続けられる。

 如何やら開拓者達への感謝の気持ちが高ぶり、何時もより老婆の身の上話の内容は『濃い』らしい。
 祖母の様子を見た孫娘の溜息混じりの状況判断に開拓者達は各々様々な気持ちを抱きつつも、偶にはこの様な過ごし方も有りかと――ある者は老婆の話を聞き、またある者は寝て終わりを待つ事にする。
 無人の集落のその一角、冬の花に囲まれた家から立ち昇る煙がゆっくりと風下へと流れる風景は、まだあと暫らくは続きそうであった。